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おっさん、またも危険物を作り出す

 1-24


 曇天の空を支配する巨体。

 凍てつく氷塊のごとき輝く鱗に覆われ、その力はいかなる者も寄せ付けぬ絶対者。

 生物の頂点に位置し、その威圧感はまさに王の名に相応しい。

 ドラゴン。その更に頂に存在する圧倒的なまでの神々しさは、まさに龍王と言う称号にも納得できるであろう。

 ブリザード・カイザードラゴンは、地上にいる二人の愚者を睥睨し、身に宿す力の猛威を見せつけていた。


『くそぉ! ヤツは地上に降りる気がねぇのか!!』

『自分の優位性を捨てる気はないんだろう。まぁ、当然だろうけど……。しかし、あの巨体を良く浮かせられるもんだ。魔力は底なしかねぇ?』


 戦い始めて数時間。

 ゼロス達は必死に魔法で攻撃するも、空中にいるドラゴンを地上に引きずり下ろす事ができないでいた。更に問題は攻撃にある。


『あっ、凍気がヤツの周囲に集まってるねぇ。来るぞ! アド君、気をつけろ!』

『うぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!?』


 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!


 大気中の水分を凍気で凍てつかせ凝結し、巨大な氷塊の槍が地上に降り注ぐ。

 踏み固められていない雪が衝撃で宙に拡散し、周囲が白一色に染めあがる。ほとんどが爆撃と変わりがない。

 砕けた氷塊が散弾となってゼロス達に襲いかかり、少なからずダメージを受けてしまう。


『舐めるなよ。食らえ!』


 アドはインベントリーから鉄の杭を数本取り出すと、魔法陣を展開させる。

 手に持った杭はそれぞれ魔法陣の前に浮かび、電を帯びてゆく。


『【電磁投射砲レールガン】!』


 電磁誘導によって投射された杭は、真っ直ぐにブリザード・カイザードラゴンに迫る。

 だが、その超高速の弾丸を巨体ではあり得ない機動で避けきった。

 それも、バレルロールを駆使するなど、かなりの高等テクニックで。


『嘘だろぉ!? あの重量と図体で、なんであんな真似ができんだ!!』

『完全に見切っている。ついでに、魔法障壁も展開してるねぇ。障壁を抜けても、硬い鱗を強化魔法で硬度が増してるし、傷ぐらいしかつけられない』

『一日中を費やしてレイドボスを倒したことはあるが、これはそれ以上だぞ。現実はこうも違うのかよ』

『何だかんだで、【ソード・アンド・ソーサリス】はゲームだったから、プレイヤーが倒せないモンスターは出さないよ。かなりハードな戦いだ』

『厄介な依頼を押し付けやがって……。マジで倒せるのか? あんな化け物……』


 爆撃機並みの巨体なのに、戦闘機のように機動性が高い。

 生物の枠組みから完全にかけ離れた存在に手の打ちようがなく、最大の攻撃力を誇る改造魔法も、この機敏な動きを補足するのに難儀していた。

 何よりもゼロス達は地上にいる。障害のない空中からの攻撃に晒され続け、逃げながらブリザード・カイザードラゴンの魔力が尽きるのを待つしかない。

 長期戦は覚悟していたが、想像以上に厄介だった。


『あっ……これはヤバイ』

『あれって、まさか……』


 ブリザード・カイザードラゴンはブレスを放つ体勢を取っていた。

 だが、普通にブレスを吐くのではなく、なぜか周囲には氷で造られた鏡が幾重にも浮かんでいる。その攻撃方法に二人は思い至っていた。

 

 ――グゥオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!


 咆哮と共に放たれたブレスは、途中でいくつにも拡散し、氷の鏡に反射してゼロス達のいる山に向けて襲いかかる。

 必死で逃げるアドとおっさん。

 その威力は凄まじく、小さな山の山頂が一瞬にして吹き飛んだ。


『もう嫌だぁ――――――っ!! 帰りてぇ!!』

『果たして、ヤツが僕達を見逃してくれるかねぇ~。ドラゴンは執念深い性格だから……』

『なんで、そんなに冷静なんだよぉ!?』


 爆風で吹き飛ばされ落下中のゼロス達は、本気で死に直面していた。

 少しでも選択を間違えれば、死が手招きしている綱渡り状態である。

 このような戦いが何度も繰り返された。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「―――なんて戦いをしてきましてねぇ。もう、しばらくは戦闘なんてしたくないですよ」

「「「普通は死んでるからねぇ!? 生きて帰って来れただけでも、奇跡だから!!」」」


 調剤や調合の合間に、ゼロス達がなにをしてきたのか聞いていたイリス達は、あまりの酷い状況に揃ってツッコミを入れた。

 そもそも、ドラゴンという生物に二人で挑むなど自殺行為に等しい。

それどころか狂人の域だ。

 一般的にドラゴン一頭を倒すには、国の戦力全てを費やして勝てるかどうかの戦力差がある。龍王クラスなど、どれほどの戦力が必要になるか計り知れない。

 どこかの狩りゲーのように、単独で巨大モンスターを倒すなど不可能なのである。


「フフフ……始めて絶望というものを知りましたよ。アド君が弱音ばかりを吐くので、逆に冷静になれたねぇ~………」

「おじさん……目が死んでるよ?」

「死んだ目にもなる……。アレは……地獄だ。あんな化け物となんか、二度と戦いたくない……。へへへ、目を瞑ると、ヤツの姿が浮かぶんだ……。夢でもヤツに追いかけ回される」

「アドさんも重傷ね。何でそんな無謀な真似をしてきたのかしら?」

「「…………」」


 レナの疑問に二人は答えない。

 この時点で『神様の依頼で龍王と戦ってきました』などと言えば、本気で正気を疑われかねない。何より真相を話すつもりもない。

 アルフィアの存在を知る者は少ない方が良いのだ。


「うっかり縄張りに踏み込んでしまいましてねぇ、ドラゴンは執念深いから……」

「いや、二人なら逃げることができたんじゃないのか? 何も三日以上戦い続ける必要があったとは思えないんだが……」

「ジャーネさんの言うこともわかりますよ。けどね、ドラゴンは脅威となりそうな生物を生かしておくほど、心が広くないんですよ。なまじ僕達が半端に強いだけに、脅威と認識されて排除しようとしたんだよ」

「半端って、ゼロスさん達は、人という枠組みから外れている気がするわ。普通はそんなに強くないと思うわよ」

「ドラゴンにとって弱い存在は餌だよ。強ければ脅威認定、見つかったのが運の尽きさ」


 正しいドラゴン知識を強調し、話の方向性を少しずつ反らす。

 ドラゴンは自分の縄張りに侵入した強い敵を排除しようと動く。これは獣としての習性であり、種を守るための行動でもある。

 また、生態系の頂点に君臨しているので、外部からの捕食者を歓迎することはない。むしろ執拗なまでに攻撃を加える。自分の餌場を守るためだ。

 逆の見方をするなら、生態系バランスを調整していると言っても良い。


「雪咲草の根は助かりましたが、まさかそんな大冒険をしてきたなんて……。あの、そのドラゴンは倒したんですか? もし倒したのであれば、英雄といえる快挙となるはずなのですが……」

「フッ……馬鹿を言っちゃいけませんよ。ルーセリスさん……。あんな化け物に勝てるわけありません。逃げ惑いながら、必死に根負けするまで嫌がらせを続けただけです」

「そうなんですか? 私は、てっきり倒してしまわれたのかとばかり……。ゼロスさんならやりかねませんから」

「僕の認識は、皆さんにどう思われているんですかねぇ?」

「そうだぞ、ルー……。いくらおっさんでも、ドラゴンを二人で倒すなんて無理だろ。仮にそれができたら、人間をやめている」

「人でなしと言うことですか?」


 ここで倒したとは言えない。そして最後の何気ない一言はちょっぴり傷つく。

 そんな中、イリスは凄く冷たい目で怪しんでいた。


『おじさん……本当は倒したんでしょ?』

『なんのことかな?』

『誤魔化したって駄目。ドラゴンから逃げられるわけないし、おじさん達なら『ヒャッハ―♪』なんて言いながら、嬉々として闘いそうだもん』

『君とは一度、とことん話し合う必要がありそうだね……。僕は平和主義者だよ?』

『どこが?』


 なかなかに鋭いところを突いてくるが、少なくとも『ヒャッハー♪』はしていない。

 そこまで戦闘狂ではないし、何よりも今回は神からの依頼だ。

 残念だが、おいそれと話せるような内容ではない。まして地下倉庫に元邪神がいるなどとも言えない。


 ――ボン!

「うおっ!? なんだぁ!?」


 魔法薬の調合をしていたアドが、突然の爆発に驚いた。

 その声に攣られて全員の視線が集中する。


「脅かさないでくれよ、アド君……」

「悪い……間違えて別の薬品を混ぜちまった。まさか、爆発するとは……」

「君、植物の栄養剤を作るとか言ってたよね。何を混ぜたんだ?」

「これは、【マスラの木】の皮だな。少し入れすぎた。何になったんだか……」

「鑑定してみたらどうだい?」

「変な物ができたらヤバイしな、やってみるか……」


 =================================


【男性ホルモン増強剤】

 これを飲めば、あなたもたちまち男らしい体に!

 筋肉増強剤ではありませんので、ムキムキにはなりません。

 鍛えてください。

 女性が飲むことはお勧めはしません。危険です。

 

 ハァ~……飲んだところで、生えてくるわけじゃないのよね。

 あの娘のためにも男になりたいのに……。


 =================================


「「………」」


 厄介な物ができてしまった。


「……いま、誰かの声が聞こえたんだが……?」

「偶に、鑑定すると聞こえるんだよ。それにしても、とうとうコレがきたか……。あとで調合レシピを教えてくれ」

「……相変わらず、アイテムマニアか」


 以前、クロイサスが作り出した【女性ホルモン増強剤】。

 それと対をなす薬物が、ついに現れた。


「前は【女性ホルモン増強剤】だったな。性別を変える薬ができたけど、これでも同じ事ができるだろうねぇ」

「あんた……何を作ってんだよ」

「僕が作り出したわけではないよ。ただ、性別変換薬は作りましたけどね……」


 以前、クロイサスが作り出した女性ホルモン増強剤。

 この増強剤から豊胸薬と女性変換薬が生み出された。

 豊胸薬は短時間でしか持続せず、原液のまま飲めば、ギネス級を超える肥大化した自分の胸で潰され圧死しかねない危険物であった。

 女性変換薬はその名の通り、男が女性化する薬である。

 原液を飲めば女性化すると元に戻れず、薄めた短時間女性変換薬は何度も使えるネタアイテムである。これでおっさんは酷い目に遭った。


「まぁ、男性変換薬が作れるかはわかりませんがね、試してみるのも良いでしょう」

「チャレンジャーだな……」


 おっさんは、さっそく実験を始めた。

 だが、それを見て内心穏やかでない者がいる。イリスであった。


「どうしたんですか? イリスさん。目が泳いでますよ?」

「……い、いやぁ~。以前、イストール魔法学院に行ったとき、こっそり女性変換薬をおじさんに飲ませたんだよねぇ……。もしかして、復讐されるかも……」

「イリス……お前、なんて真似を……」

「お姉さんにそっくりの姿を見て、おじさんが自殺しようと凄かった……」

「……心底お姉さんが嫌いなのね。イリス、やって良いことと悪いことがあるわよ?」

「うん、反省はしている。でも、後悔はしていない!」


 やけに男前の表情で断言したイリス。

 確かに後悔の表情は浮かべていない。


「それで、女性になったゼロスさんは、どうでしたか?」

「あれ、ルーセリスさんも興味があるの? 凄ぇ~美人だったよ?」

「……それは、それで見てみたいわね」

「いや、自殺しようとするから駄目だろ! お前はさっき、自分で何を言ったか覚えているか? レナ……」


 所詮は他人事であった。

 実験器具を前で調合を続けるおっさんの背中に、なにやら熱い視線を感じる。

『……女性化を期待されてる!?』と、このとき確信した。しかし、女性化はおっさんにとって死を意味する。

 ルーセリス達の期待は、ゼロスに『死ね』と言っているのと同義なのだ。


『前例があるから、濃度の調整をするのも楽だなぁ~』


 あえて無視して調合に集中する。

 前に女性変換薬を制作したので、男性ホルモン増強剤の濃度を薄める割合のデータは揃っている。そのデータを元に実際の調整具合を比べながらノートに記録した。

 その結果、女性ホルモン増強剤よりも薄める量は少なく、いくつかのサンプルを作りラベルを貼っていく」


「男性変換薬は、不用意に売らない方が良いね。下手をすると、とんでもない事態になりそうだ」

「まぁ、悪戯で済まされる問題じゃないわな。俺に飲まそうとするなよ?」

「アド君に飲ませても効果はないでしょ。飲ませるとしたら、例えば……」


 なぜか女性陣を見るおっさん。

 それは、被検体として女性が服用することを意味し、四人ほど対象に当たる者達が目の前にいた。

 一番怯えているのがイリスである。


「……短時間男性変換薬、飲んでみるかい?」

「やっぱりぃ!?」

「私は、生まれ持った性別を変えようとは思いませんね。ちょっと興味はありますけど、一応神官なので……」

「アタシも遠慮しとく。男の自分なんて……見たくもない」

「ジャーネ、顔が赤いわよ? 何を想像したのかしら? 私もパスするわ。男になったら、可愛いと楽しめなくなるし……」


 女性陣には、性別変換薬を拒否。

 イストール魔法学院の学院生達は嬉々として挑んだものだが、これが一般人の感性の差によるものか、あるいは研究者である学院生がおかしいのか、判断できない。

 おっさんとしては実験ができずに残念だ。


「……と、なると、アド君…………」

「断る! 勘違いしたユイに刺されそうだ。何しろアイツは、女の匂いには敏感だ。だいたい、それって今作った男性変換薬じゃないだろ!」

「いや、女性化してから男性変換薬を飲めば、元に戻るかなって思ったんだけど。それにしても、なるほどねぇ。性別が変わると体臭も変化する、か。ユイさんは、アド君フェロモンを敏感に感知するだろうねぇ~。危険すぎるか……」

「生きて帰れたのに、命懸けの実験に関わるつもりはない!」


 被検体――もといアド君には断られた。

 生け贄――いやいや、臨床実験ができないと、安全性と効果を確かめることはできない。

 これでは面白アイテムとして売り出すことも適わなくなる。何よりも、売り物の検証実験で犠牲者がでるのは困る。


「イリスさん、やっぱり生け贄――もとい犠牲――いやいや、実験につきあってくれませんかねぇ? 以前、僕に女性転換薬を飲ませたんだから、協力してくれても良いと思うんだけど」

「生け贄と犠牲者って言ったよねぇ!? 人の尊厳を踏みににじるような真似を普通はする!?」

「言ってる本人が実行したじゃないですか。いいじゃないか、別に男の娘になっても。他人にやらせておいて、自分は安全圏にいるのは筋が通らないと思うなぁ~」

「うっ……それを言われると弱い」

『男の娘?』


 イリス、過去にしでかした罪がブーメランで返ってきた。

 とは言え、性別を変える気は、多少なり興味はあれど実行する気はない。

 そんなイリスの傍では、瞳に危険な光が宿るレナの姿があったのだが、そこに気付くことはなかった。


『イリスの男性化……男の娘。なに、この魅惑で甘美な響き……』


 レナ、妄想スイッチがONとなる。

 

『……もし、イリスが男の子だったら、美少年なのは間違いないわね。でも、嫌がるところを無理矢理に男性化させるなんて……それもアリね』


 元より、この人には倫理観というものがない。

 特に美少年という言葉を聞くと、常識というものがあっさりと吹き飛ぶ。

 しかも、狙った獲物は逃がさない少年限定のハンターなのだ。


『元より女同士だし、男の子の体に興味津々のお年頃よね? なら、その内なる好奇心を発散させることにより、未成年者の淫行を防ぐ事が可能! これはイリスのためよ! 性的興味で過ちを犯す前に、私が正しい道を教えるべきよね!』


 色々と理由をつけて自分を正当化するレナ。

 以前から何度も言っているが、レナのしていることは立派な犯罪である。

 問題は、その危険人物の前で、厄介な魔法薬を完成させてしまったことにある。

 彼女はとにかく欲望に忠実なのだ。


「……ジュルリ」

「「!?」」


 おっさんとジャーネ、事の危険性に気がついた。

 少女が少年に変化するということは、同性同士という理由にかこつけて、変態の行動の幅を広げてしまう。


「イ、イリス! レナのヤツ、お前を狙っているぞ!?」

「えっ、えぇ!? 私、女だよ!? レナさんの守備範囲外だよ!?」

「そこに、男性化するという魔法薬の存在がなければの話だよねぇ。イリスさんの年齢は、レナさんの守備範囲だ。もし、性別が変わったとしたら?」

「げっ、レナさんには与えてはいけない薬じゃん!?」


 イリスはようやく事の重大さに気付いた。

 だが、その時には既にロックオンされている。


「ゼロスさん……いくら私でも、そこまで見境なくはないわよ」

「ほぅ、初耳ですな」

「……でも、イリスもやっぱり女の子。異性の体には興味があると思うの。けど、男の子を襲ったら、普通に犯罪行為になるわね」

「レナ……お前、無理に理由をつけてでもイリスに手を出したいのか? それ以前に、お前自身が犯罪者だろ」

「人を変態扱いしないで欲しいわ、ジャーネ……。私はただ、イリスに正しい性教育を教えたいだけよ?」

「「具体的には?」」

「イリスを男の子化して、くんずほぐれつ手取り足取り、生命の神秘を身をとして伝えたいだけ。ね、健全でしょ?」

「「どこがだよ! 紛れもなく欲望に忠実じゃないかぁ!! 健全どころか大淫らだぁ!!」」


 レナは完全に開き直っていた。

 むしろ、堂々と公言するその姿は、女なのに実に男らしい。


「レ、レナさん? 私に変なことをしたいがために、強制的に男の姿へ変えようと……」

「馬鹿ねぇ、そんなはずないわよ」

「だよね……冗談………」

「元が女同士なら、犯罪にならないとわかったからよ。一緒にお風呂にも入れるもの……」

「充分に犯罪だからねぇ!? 強制的な時点で、立派なハラスメント行為だよぉ! どんだけ見境がないのぉ!?」

「いいじゃない。どうせ女同士なんだし」

「性別が変わった瞬間から、私はレナさんの獲物じゃん!! その時点で女同士の垣根は、木っ端微塵に粉砕されてるからぁ!!」


 走り出したその妄執は、天元突破していた。

 おっさんは、とんでもない人物の前で危険物を製作してしまったことを、激しく後悔する。


「ア、アド君! 全部回収するんだ!! この悪魔の薬を変質者に渡してはいけない!!」

「お、おう……(また、濃い変態が出てきたな……。まともだと思っていたのに……)」

「させないわ! その魔法薬は、何が何でも私が手に入れてみせる!!」

「それをアタシが許すと思っているのか? イリスのためにも、この場は死守する!!」

「クッ、ジャーネ……やはり私の前に立ち塞がるのね。いいわ、この場で決着をつける!!」


 変態と、まともな倫理観を持ち合わせる者との激しい戦いが、始まろうとしていた。

 睨み合いが続く仁義すらない戦いに、戦士達はこれから挑む。


「無駄よ。無駄無駄無駄ぁ!! 誰も私の熱いパトスは止められないわ!!」

「くっ、速い……。だが、アタシはなんとしてもレナを止める!」


 普段の動きを上回る変態レナのトリッキーな運動性は、ジャーネを翻弄し先を読むことができない。

 緩急をつけて視覚を惑わし、掴まえようとすれば見事な跳躍力で後方に退避し、着地と同時に次の動きを始めるので捉えようがない。

 この動きが仕事でできるのであれば上のランクに上がれるのだろうが、彼女が人外に至るのは欲望に突き動かされたときだけである。実に残念なことだ。


『欲望が体のリミッターでも外すのかねぇ? 言い方を替えれば野生化と言えなくもないが、僕達とは別の方向で人間をやめてね?』


 おっさん、冷静に分析中。

 今のレナは間違いなく人類最強かもしれない。


「あっ……」

「うふふ……手に入れたわよ。イリス……覚悟は良いかしら?」

「いやぁあああああっ!! 女の子でなく、男の子でそんな初体験なんてしたくない!!」

「大丈夫、天井のシミでも数えていれば直ぐに終わるわ。きっと良い経験になるわよ……たぶん?」

「私の人権を無視しないでぇ!? 嫌だっていってるのにぃ!!」

「最初は誰もそう言うのよ。でも、所詮快楽の前では無意味。皆、簡単に堕ちていくわ」

『『なんか、無茶苦茶なことを言ってるよ……。しかも、手慣れてる気がする……』』


 アドとおっさんは、レナの奇行にある種の常習性を感じ取った。

 普段から、この強引な論理で少年達を食っているのだろう。犯罪者は経験を重ねるごとに手口が巧妙になると異言うが、レナが正にソレであった。

 ただし、今回の被害者はイリス。少女になろうとしている。


「アド君……なんで危険物をあっさり奪われてんの? 歴戦の強者に武器を与えるのと同じなんだけど……」

「いや、まさか、ここまで人外の動きをするとは思えなかったから……。しかも、俺の手から掏っていきやがった」

「レナは手先が器用だからな。悪い意味でだが……」

「そんな暢気なことを言ってないで、助けてよぉ! レナさんの目があやしい……いや、顔が怖いし……」

「「「それは、肉食獣が獲物を見る目だ」」」

「いやぁあああああああああああっ!! お嫁に行けなくなるぅ!!」


 得物は奪われレナの手の内、さらに理性が吹っ飛び暴走している。

 欲望に突き動かされ、ゼロス達も手を焼かされる存在と化していた。

 イリス、貞操の危機である。


「大丈夫。いざとなれば、ゼロスさんが貰ってくれるから。だって、原因の一端はゼロスさんにあるんだもの……」

「何げに僕を巻き込まないで欲しいねぇ……。イリスさんと結婚なんて犯罪ですよ」

「それ、遠回しに私にも原因があるって事じゃん! おじさんに性転換薬なんか飲ませるんじゃなかったぁ!!」

「そうね。なら、罪は清算しないといけないわ」

「この場合、レナさんは部外者じゃん! なに断罪を理由に欲望を果たす気でいるのぉ!?」

「チッ……気付かれたか。でも良いの……これが私の生きる道だから」

「「「開き直りやがった!?」」」


 もはや言葉に意味はない。

 元から意味などなかったが、これ以上の問答など時間稼ぎにもならない。

 レナは色んな意味でヤル気だ。

 

「アド君、ジャーネさん……あの変態を捕縛しましょう」

「イリスに、トラウマを刻ませる訳にはいかないからな……全力で行く」

「ゼロスさん、俺はパス。少しでも女の匂いがついていたら、俺はユイに殺される……」

「アド君は使い物にならないか……」

「酷ぇ……」


 アド君、脱落。

 そして、レナの捕縛は二人の勇者に委ねられた。魔王レナイリスを完全に補足している。

 幸い、レナの手にある短時間男性変換薬は一瓶だけだ。勇者達はなんとしてでも魔王の侵攻を防がねばならないのだ。

 

「いくぞ、レナ……覚悟は良いか?」

「ルーセリスさんは、イリスさんを連れて安全な場所に逃げてください。ここらは、命懸けの戦いになります……」

「あの、その前にレナさんに聞きたいのですが……」

「ウフフ……なにかしら?」

「イリスさんを襲ったあと、このまま仲間として活動できるんですか?」

「!?」

「「……あっ」」


 ルーセリスの問いで、根本的な問題に三人は気付いた。

 イリスはジャーネとレナの仲間である。しかし、個人的な欲望で性別を変えただけでなく、性的な意味合いで襲ったとなれば間違いなくトラウマになる。

 精神的に追い込まれ、そのまま仲間として傭兵活動できるかと言われば、どう考えても不可能だ。


「その……一夜限りの繋がりとは違って、三人はこれからも傭兵として活動していくのですよね? 今、この場で過ちを犯せば、取り返しのつかないことになるのではありませんか?」

「えっ? で、でも……私は今まで……」

「それは、相手が異性だからだと思いますよ? 同性の場合、追い込まれる精神への負担はかなり高いのではないでしょうか?」

「うっ!? ……でも、ちょっとくらいは……」

「ルー、何を言っても無駄だ。レナのヤツ……最近では幼い子供にも手を出そうとする、筋金入りの変態だぞ! 何より、誰よりも欲望を優先するヤツだ。自重や反省の言葉など意味がない」

「ジャーネ、それって酷くない!?」


 人生の分岐点であった。

 仲間との信頼をとるか、あるいは自分の欲望を優先するか。

 前者をとれば今まで通りだが、後者を選べばパーティーの解散になる可能性が大。

 欲望に突き動かされていたレナは、頭を抱えて盛大に悩み出す。

 そして――。


「負けた……」


 彼女は打ち拉がれ、床に崩れた。

 一応理性や常識が残っていたのだと、ゼロス達は思った。

 まぁ、何に敗北したのかはわからないが……。


「ルーセリスさん、凄いよ! あのレナさんを言葉だけで止めたよ!」

「あぁ……レナのヤツには毎回苦労させられたんだ。それを実力行使抜きで……」

「「聖女だ。聖女がいた……」」

「あの……当たり前のことを言っただけなんですけど…?」

「その当たり前を、簡単に捨て去るんだよ。レナのヤツは……。だてに神官はやってないな、ルー」


 イリスは救われた。

 勝利に沸くゼロス邸のリビングに、歓喜の声が響き渡る。

 項垂れる彼女の手にした短時間男性変換薬を忘れて――。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「リサ、準備のほどは順調?」

「うん……シャクティさんの方は?」

「彫金でブローチとか作ってみたわ。売れるかどうかはわからないけど」

「私はハンカチとか、掌サイズのぬいぐるみ。バザーで出店と言うより、普通に露天商だよね?」

「そうね。でも、露天商も出店するみたいだし、問題ないと思うわ」

「どこでそんな情報を仕入れてきたんですか?」

「教会で見た回覧板よ。街の大通りを一時的に封鎖して、大々的に行うみたいね」


 リサとシャクティも準備は完了していた。

 あとは当日を待つばかりである。



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