おっさん、引率をする
翌朝、ゼロスは仮眠用テントを出て、草原を照らす朝日を浴び、清々しい気分を味わっていた。
元より彼は農家の出身だけに朝が早く、早朝から畑仕事に専念するで早起きなのだ。
その分、彼は就寝時間が人より早いのだが、健全な日常を送っている証拠だろう。
問題は、この場に耕す畑が無い事だろう。
起きたまでは良いが、彼は限りなく暇であった。
「暇だ……どうしたら良いのでしょうかね?」
何もやる事が無い。
かつて生きていた世界なら、この時間は鶏小屋から卵を回収し、畑に出ては草むしりをしている頃合である。
朝食は前日の余り物で済ませ、テレビを見てはのんびりと過ごし、午後からオンラインゲームに突入が日課であった。
仕事はしていなくとも、親が残した貸家の家賃が振り込まれるため生活には困らず、日長一日のんびりまったり暮らすのが彼の生活サイクルだった。
ある意味、恵まれた環境で健全に過ごしていたのである。
それが今では宿なしの浮浪者同然。
家や土地は何とかなっても、彼には仕事が無かった。
家庭教師なんてやってはいるが、一月後にはただの浮浪者に逆戻りである。
魔物を倒せば素材を売れるのだが、あまりに殺伐した人生になりそうなので遠慮したいところだ。
国に仕える様なお役所仕事など御免だし、普通に自由にのんびりと生きたいのである。
「儘ならないものだ・・・・・」
正直、責任のある職には就きたくないのだ。
他人の命が係わるのであれば、尚更である。
清々しい朝な筈なのに、気分は次第に重くなる。
「でた……奴が出たんだよぉおおおおおおおおおおおっ!!」
「白い悪魔だ……俺のズボンを脱がしたアイツだ!!」
「落ち着け、もう大丈夫だ! ここには皆いるからなっ?」
「嘘だアアアアアアアッ!! 俺を置いて逃げたじゃん!!」
夜勤明けの見張り番が、怨敵クレイジーエイプに遭遇したようである。
騎士…いや、男達にはクレイジーエイプが悪魔に思えて仕方が無かった。
何しろ雄な筈なのに、セレスティーナには見向きもせずに騎士達に襲い掛かり、7人もの騎士達がズボンを脱がされ、内2名がパンツまで脱がされただけでなく股間の紳士を揉まれたのである。
その恐怖は想像を絶する。
ある意味、ドラゴンに出くわした方がマシなのかも知れない。
クレイジーエイプは別の意味で危険な存在となっていた。
騎士達に甚大な心の傷を残して……。
「「奴の『ウヒッ♡』の声が聞こえるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
彼らは完全に脱がされた被害者のようだ……。
幻聴が聞こえる程に酷いトラウマを抱えたようである。
悲痛な魂の叫びは早朝の平原に響き渡る。
違う意味で気分が重くなり、なぜか涙が止まらないゼロス……。
清々しい朝は、台無しになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんて、どんよりした朝食なのでしょうか……」
「お前は良いよな、女だから……。アレの恐怖は男にしか分からん……」
率直な感想を言ったセレスティーナに、ツヴェイトは呟くようにに言葉を返す。
その日の朝食は、正にお通夜状態であった。
正直、誰もが食事の味を感じてない。
彼らは無言で蒼褪め無表情のまま、ただ黙々と朝食を咀嚼する。
暗いなんてモノでは無く、最早この世界の全てに絶望し、夢も希望も完全に失われたかの様な雰囲気に包まれていた。
この分隊にも女性騎士は二人ほどいるが、クレイジーエイプには共に見向きもされずに助かり、大半の男の騎士達が悍ましい物の餌食になりかけたのである。
これ以上の恐怖は無いほどに、致命的なまでに精神的を徹底的に追い詰められた。
「素朴な疑問ですが、雄が男性を襲うなら……雌はどうなのでしょう?」
それは、決して思ってはいけない疑問であった。
なぜなら、彼らにとって更なる悲劇に繋がりかねないものだからである。
だが、一度想像し始めたら止まれないのが人間だろう。
「やっぱり……女を襲うんじゃないか?」
「待て、そう見せかけて男を襲うのではないか? もしそうなら……地獄だぞ!!」
「もしかしたら、両方……」
「考えたくもねぇえええええええええええええええっ!!」
「待て、仮に女だけを狙うとして……そんなモノが見たいか?」
「見たくないな。美しくない……」
「「アンタ等、セクハラよっ!!」」
考えてみれば、彼らは魔物は害獣扱いとして倒してはいるが、事実上その生態を知らないでいる。
動物と同じように繁殖期があるのは確かだが、その真偽を確かめた者は皆無なのである。
もしくは過去に調べた者がいたとして、現在に於いて伝わっていない事から、全員が死んだ可能性が高いだろう。
魔物の生態調査はそれ程までに難しく、危険に満ちた研究なのだ。
それ故に謎と神秘に満ちているのだが、クレイジーエイプを調べたいと思う者がいるかどうかは甚だ疑問である。別の意味で危険度が高過ぎる。
「それよりも、今日の予定はどうするんですか? 我々は御二人の護衛なので、予定はあなた方の行動で決まりますが……」
「そうですねぇ~。採取がてら魔物を狩りましょうか? 魔石は臨時収入になるでしょうし」
「「「「「嫌だぁああああああああああああああああああああっ‼‼」」」」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
クレイジーエイプはインパクトが強すぎた。
奴に刻まれた傷は相当に根深い。
結局の所、彼らは全員仲良く森の奥に行く事になる。
それが彼ら騎士の仕事であり、役割だからだ。
どんな仕事も、一度でも引き受けたら最後まで責任を持たねばならない。
それは、どこの世界でも同じなのである。
◇ ◇ ◇ ◇
ファーフランの大深緑地帯は、その名の通り広大な面積を誇る森である。
大陸の半分以上がこの森で覆われ、人が住める領域は三分の一程度しか無い。
その狭い領域で国が乱立し、邪神戦争の折には一時期、統一国家が出来上がるほどだ。
その大国もやがては衰退し、再び小国同士が牽制しあう状況にまで戻ってしまった。
栄枯盛衰は世の常とは言え、わずか百年も満たない内に統一国家が衰退したのだから、理想を現実にするのは果てしなく困難なのかも知れない。
そんな世界の情勢を見続けた、決して変わらない領域がこの広大な森なのである。
数多くの魔物が弱肉強食の摂理の中に生き、知恵ある者達を拒絶するかのような環境は地獄に等しく、こんな過酷な森で生きて行けるのはエルフくらいなものであろう。
そんなエルフ達も人間にはあまり関わろうとはせず、特定の者達以外の前には姿を見せる事は無い。
その理由が邪神戦争後の統一国家にあり、当時は種族を越えた博愛精神の国として栄えたが、結局は人の欲望の前に腐り果て分裂する事に繋がった。
理想は高く、されど難くである。
エルフ達は人の愚かさに愛想をつかし、自らこの過酷な森に入り国を作り、そして引き籠りになった。
なまじ長く生きるだけに、彼らは先を見過ぎて勝手に絶望したのである。
今ではどこに国が存在するかも不明で、多くの者達がその所在を探り、手に入れようとしている。
魔法に関しては彼らが優れているため、欲深き権力者が彼らエルフを隷属させ、戦力に組み込もうと狙っているのである。救いようが無いとしか言いようがないだろう。
偶にエルフを見かける事があるが、その大半は引き籠らずに人の中で生活していた者達の末裔である。
しかし、ファーフランの大深緑地帯は過酷な森ではあるが、同時に豊かな森でもある。
この広大な森の中には多くの薬草や鉱石が眠っており、それを求めて足を踏み入れる者達も多い。
効能も栽培した物より高く、値打ちも薬草で二倍、マンドラゴラなどの特殊な薬草は十倍の値が付くほどだ。
更に秘薬でも作りようものなら、その価値は果てしなく上がり続ける。
「この森……魔力の濃度が異常に高いんですよ。だからでしょうね、魔物が極端に強いのは……」
「木々も凄く太いですね。栄養も高いのでしょう、成長速度が凄く早いと聞いてます」
「どうでも良いが……奴はいねぇだろうな? 正直こんな場所で会いたくねぇぞ」
騎士達が全員頷く。
「私は雌に興味があるんですけどね……」
「「「「「恐ろしい事を言わないでくださいっ!!」」」」」
騎士たち全員の魂の叫び。
誰だって、変態的な習性を持つ魔物になんて会いたくも無いだろう。
自分に害が無いと分かっているセレスティーナは、天然交じりの興味で本心を言ってしまう。
それはこの場にいる男達にとって、恐怖以外の何物でもないのだ。
彼等は恐怖のあまり、いつも以上に警戒心が強くなっている。
「「「「「!?」」」」」
それが幸か不幸か、彼等は魔物の存在を敏感に感じ取ってしまった。
―――グゥヲォルルルルルルルル……。
体は獅子、背には山羊の頭部、尻尾は蠍、背には蝙蝠の羽。
上級の魔物で有名なキメラである。
このキメラは個体ごとに統一性が無く、同じキメラでも外見が似ているモノから、全く異なる別の姿のモノまで幅が広い。
更に言えば個体ごとに特殊能力が異なり、倒すにしても常に戦略を変えねば対処できない難解さがある。
そして、この広大な森で会いたくない魔物の一つでもあった。
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キメラ Lv124
HP 2846/2846
MP 3527/3527
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「キメラですね。レベルは124……以前に倒した奴より弱い個体ですね」
「「「「「Lv124!? 無理、絶対に勝てない!!」」」」」
レベルは現在の騎士達平均の約四倍、だが強さに関しては遥かに上である。
もし襲い掛かって来れば、彼等は瞬殺される程に圧倒的である。
一人を除いてはだが……。
「大丈夫ですよ、『闇の縛鎖』」
キメラの影から漆黒の鎖が絡みつき、一瞬にして動きを封じ込めてしまう。
「「「「「アンタ、何してんのっ?!」」」」」
「倒すんですよ? さっさと攻撃してください。あの魔法は魔力を奪うので、キメラの魔力は直ぐに底をつきます」
冗談みたいな話である。
だが、ゼロスはいたって本気だった。
「攻撃はされないのかよ? 頭が二つあるぞ? 魔法も使うんじゃなかったか?!」
「多少はされますが、あの魔法のもう一つの特性で防御力を落すんです。頑張れば倒せますよ」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
「ちなみに、威力は大きいですが捕縛時間が短いので、今直ぐ攻撃しないと襲い掛かってきますよ?」
「「「「「何てことしやがんだ、アンタはぁああああああああああああっ!!」」」」」
彼らは泣く泣く…いや、実際に泣きながら剣を引き抜き、キメラに殺到する。
そこにある物は恐怖しか無く、騎士達は生きるために剣を振るった。
いつ自由になり襲い掛かるか分からないキメラに対し、彼らは生きたい故に恐怖の中で剣を振るい、確実にダメージを与えて行く。
もはや統制の取れた攻撃では無く、ただやみくもに剣を叩きつけている様にしか見えない。
傍目から見れば集団リンチにしか見えないが、キメラは執念深く、ここで倒しておかねば追いかけて来るのである。
下手をすれば国内にまで追いかけて来かねない。
以前、どこかの貴族がこの森に入り、キメラを倒そうとして失敗した事例がある。
余談として、愚かな貴族の領内にそのキメラが現れ、多くの者達が犠牲になった悪例が存在している。
その時のキメラのレベルが200であった。
この世界の平均上位者のレベルは最大で250。
クレストンでさえLv243なのだから、レベルが300あるワイバーンに手古摺るのも無理は無い。
彼らは強くなれる可能性を秘めているにも拘らず、その実は現状に甘んじて成長を止めているのである。
この世界の人々も、最高値でも500は行ける筈であった。
しばらくして、キメラは動かなくなる。
時間にして40分くらいだろうか? 剣を振るい続けた彼等は精神的に参っていた。
彼ら一人一人の攻撃は弱くとも、集団で攻撃すれば嫌でもキメラにダメージを蓄積さられる。
ましてや、動きと魔力を奪われたキメラはただの的であり、さほど困難なく倒す事が出来た筈である。
「ハハハ……俺、レベルが43だよ。さっきまで24だったのに……」
「俺もだ……へへへ、なんでだろ? 全然、嬉しくない……」
「体が痛い・・・・・・レベルが上がった副作用か?」
「スキルレベルが上がってる・・・・・アハハハ・・・・」
「俺のレベル、68になってんぞ……?」
「私……もう少しで50になります」
だが、彼らの中には勝利に喜ぶ者はいなかった。
それ以上に恐怖が、彼ら騎士達を縛り付けているのだ。
傍観していたゼロスは、キメラのHPの減り具合を調べ、騎士達の与えた攻撃力が一回辺り2~15程度であった事を知る。
どうやら、今のキメラは防御特化型の様であり、レベル以上に耐久力が備わっていた様である。
魔法効果で防御力を落しても、更に魔力を奪っても、何らかの耐性スキルを持っていたようで、レジストされた傾向が強い。
しかも、特殊能力としてHP回復力もあったようだが、集団による数の暴力の前では無意味だった。
ゼロスの魔法を打ち破れるのは困難な筈だが、決してゼロでは無いのでよほど運が良かったのか、あるいは悪かったのか判断できない。
「では、解体しましょう。誰か手伝ってくれますか?」
『『『『『待てや、コラァアアアアアアアッ‼‼‼‼‼』』』』』
何事も無かったかのように解体を始めようとするゼロスに対し、騎士達の怒りの声が上がる。
勝てないと分かっている相手に戦わされたのだ、恐怖は怒りに変わり、その怒りは既に限界を突破している。
十分な理由が無ければ、その怒りの矛先はゼロスに向けられる事に間違い無いだろう。
「なんて奴と戦わせるんだよ、死んだらどうする積もりだっ!!」
「俺達を殺す気かっ!!」
「誰か、死にましたか?」
「そうじゃなくて、捕縛魔法が切れたらどうすんだって聞いてんだ!!」
「切れましたか? 捕縛魔法」
「「「「「 ・・・・・おやっ?! 」」」」」
ゼロスは捕縛魔法は直ぐに切れると言っていた。
しかし、実際にはその魔法はキメラが死ぬまで効果が持続しており、そこに違和感を感じたのである。
「ぜ、ゼロス殿? まさか……我々に嘘を吐いたのですか?」
「悪いとは思いましたが、今のあなた方は弱すぎますし強力な魔物を目の前にした時は逃げる他がありません。逃げられるのなら良いのですが、それが駄目な場合は死ぬしかありません。ならば身体レベルを上げれば良い、生存率が高くなります」
「なぜ、その様な真似をしたんです。一言、言ってくだされば……」
「油断して強い魔物と戦えなくなる。いつも僕が傍にいる訳ではありませんし、何より強い相手に挑む心構えが無ければ話になりませんよ。この広大な森は、凶悪な魔物が無数に生息しているんですから」
この集団の中で、最も強いのがゼロスである。
だが、彼の存在は騎士達にとっては安全の保証その物となり、命懸けで戦う様な本気にはならない。
傍に強者がいる安心感から、彼らの心は無意識に安全と思い込み、いずれ何らかの失敗を引き起こす要因に繋がる可能性が出て来る。
命に係る様な致命的なミスを犯しては遅いのだ。
「なるほど、我らの訓練も兼ねていたのですか……」
「戦闘スキルのレベル上げは後で出来ますが、今はあなた方の身体レベルを出来るだけ引き上げる必要があるんですよ。この森は油断ができませんからね……色んな意味で…」
「ゼロス殿という安心が、我ら自身を弱くするという事ですか?」
彼ら騎士達は、ゼロスの足手纏いにしかならない。
それを払拭するには、騎士たち全員を強制的に強くするしか無いのだ。
ついでに戦闘スキルも上げるために、あくまでも捕縛するだけに止めていた。
この時のゼロスの内心は……
(弱いんですよ、彼ら…話にならない。 強制的にレベルアップさせるしか無いけど、寄生させるのは違う気がするし、今後の事を思えば自分自身で強くなる方が良い筈です。
この森のモンスター、最大値で軽く500超してるんですよ? 彼等が生き残れる訳ない!! どんな無理ゲーですか?
人が死ぬとこなんて見たくないし、無茶をさせてでもレベルを上げさせないと僕が辛い。ですが、この人数にまで手を廻すのは面倒なんだよねぇ…て言うか、無理!)
……こうだった。
オーク達は比較的低レベルで助かったが、いきなりレベルが100を超える魔物も突然現れる環境なのだ。
しかも、『どうせ二人をレベルアップさせるのだから、多少は人数が増えても良いね? 上手く行けば、この辺りの魔物ぐらいなら何とか出来る様になるかも知れん!』なんて考えている。
要するに、彼ら護衛騎士団の面倒まで全面的に見れない。レベル底上げは手を貸すが、『自分の身は、自分で守ってください』と言っている様なものだ
いくらゼロス自身が強くても、作戦や状況次第では彼等と別行動にもなる可能性が高い。
その間に凶悪な魔物に出くわせば、騎士達はなす術無く殺されるだろう。
一応は彼らの身も案じててはいたが、それでも守る人数が多いと面倒なのだ。
対するアーレフはというと……
(まさか、我らの事を考えてこの様な策を……。初めてお会いした時から思ってはいた。やはり、この方は只者では無い!
確かに騎士は民を守る精鋭だが、この世界には強者など掃いて捨てるほど存在する。強者に挑めずして何が騎士かっ!! 我らは勇猛であらねば為らんのだ!!
戦いは常に相手が存在し、それが強者でないと誰が言える! ゼロス殿の考え方は理に適っているし、何よりも我らを思いやって、敢えて厳しい処置を取ったのだろう。
今はこの御好意を受けるとしよう。もしこの方に我らの力が必要となる時が来るのなら、いずれこの恩を返せるように強くあらねば……)
ゼロスの知らない内に、株が急上昇していた。
騎士団は戒律が厳しいがゆえに、彼らは堅物…いや、脳筋となっていたのである。
それ以上に、彼らは現役の体育会系だった。
見た目がどんなに爽やかでも、彼ら騎士団はどこまでも暑苦しい熱血漢の集団。
理系の魔法師団と仲が悪い訳である。
「皆、聞けっ!! 我らは確かにゼロス殿に甘えていた。それは昨日のオーク戦でも分かるだろう。
しかし、それで本当に良いのか? 我等は民を守る騎士だ!! 騎士が強者に怖気づいて何を守れると言うんだっ!!
これより我等は自身の強化を行うべく、ゼロス殿の指示に従いレベルを上げる!! いずれ有事の際に民の盾となり、多くの者達に誇られる騎士となろうぞ!!」
「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼‼‼」」」」」
彼らは本当に、どこまでも色褪せる事無く、体育会系だった。
そして彼らも修羅となる。
出会う魔物は率先して襲い、今よりも強くなるために血で血を洗う殺戮が続いた。
二時間後……
「クソッ!! 左、気を付けろ!! 奴が動くぞ!!」
「盾では防げん、迎え撃つ!!」
「援護するぞっ!! 『ファイアーボール』!!」
「背後のランス隊、何してる!! 急げっ!!」
彼等が相手にしているのは緑色の巨人。
足が短く腕が異様に長い、筋骨隆々の巨人トロールである。
その数三体。
大振りな一撃が木々を薙ぎ倒すが、騎士達は巨人よりも小柄なために小回りが利く。
その利点を生かし、彼等は善戦していた。
「そろそろ一匹仕留めるぞ! 騎士達は注意しろ、喰らえ『ボルガニック』!!」
ツヴェイトの魔法攻撃。
地面から噴き上がった炎が、トロールの一体を包み込む。
―――ゴォオオオオオアァアアアアアアアアアアアッ!!
高温に焼かれ、悲鳴を上げながら膝から崩れ落ちると、そのトロールと戦闘していた騎士達は次の獲物に剣を向ける。
残り二体、動きは鈍重だがその一撃は侮りがたい。
トロールと云う魔物は、力と耐久力だけで言えば比較的上位に属する魔物であった。
「トロールて、皮が素材でしたっけ」
「そうですが? 正面から挑むなっ!! 側面と後方から攻め立てろっ!!」
「レザーアーマ―としては秀逸だけど、炎系統の魔法には弱いですよね」
「そこが難点ですよ。我等としても、その弱点が無ければ騎士団で採用できるのですが……」
「なぜ? 別に、炎系統の魔法が弱くても良いのではないですか?」
「問題を起こすのが貴族出身の魔導士なんですよ。まともな方々もいるのですが、彼らは派閥の意向には逆らえません」
まともな魔導士がいる事は想像じていたが、魔導士の派閥は代表を中心としたブラック企業の様である。
上にいる代表は何もせずに権力を求めコネを作ろうとし、研究などは下の魔導士に任せ、有用な魔法が生み出されたならば、それを手柄に自分達の権威を上げようとする。
下位の魔導士達にしてみれば上の連中は邪魔だが、なまじ高名な魔導士家系の貴族なために、逆らう事が出来ないのだ。しかも研究成果は奪われる。
タチが悪い事に、その代表者がかなりの術者なのだった。
国の治安を守る騎士達には、頭の痛い問題だ。
「なるほど、派手で高威力な炎系統魔法を多用しているんですね? あっ、そろそろ決着がつきますね」
「えぇ、それで自分達の行いが悪いにも拘わらず、魔法をチラつかせて脅迫するんですよ。残るトロールは一体、私も行きます」
「上の連中が問題か、付き合いたくないですね。頑張ってください、これはサービスで『巨神の祝福』」
「では……。奴を逃がすなっ!! 疲れているだろうが、ここが正念場だぞ!!」
アーレフはロングソードを引き抜くと、トロールに向けて走り出した。
暴れるトロールの腕を掻い潜り、足元に到達すると同時に剣を一閃。
狙いは、トロールのアキレス腱。
今の騎士達は、さながら草食恐竜に襲い掛かるラプトルの様である。
どうでも良いが、世間話と作戦指揮を同時にやるのは止めて貰いたいものだ。
ゼロスの身体強化魔法『巨神の祝福』による効果で高められた斬撃は、トロールの足の腱を斬り裂き、7メートルを超す巨体が倒れた。
そこに集中して浴びせられる、セレスティーナとツヴェイトの攻撃魔法。
ツヴェイトは炎系統を多用し、セレスティーナは雷系統を盛大に乱発した。
爆炎と雷がトロールを蹂躙する。
苦しみ、のたうち回るトロールにアーレフが渾身の一撃を首に叩き込む。
巨人の首が地面に落ち、周囲に大量の血液が撒き散らされた。
「おし! レベルが上がった。それにしても体が痛てぇ……」
「そうですね。……先生、レベルが50超しました!!」
嬉しそうにはしゃぎまわるセレスティーナ。
彼女はレベル50、スキルレベルが三つ30を越えればゼロスの魔法を与えられるので、ようやくその時が近づいてきた事が嬉しくて仕方が無い。
そのセレスティーナの喜びように不審に思ったのか、ツヴェイトは彼女から事情を聴きだし、凄く不機嫌そうに羨ましがる。
「お前ばかり、狡いぞ! 師匠のオリジナル魔法だとっ!?」
「後はスキルレベルですが、この調子ならもう少しで達成できそうです」
「どんな魔法だ、教えろ!!」
「知りませんよ、先生はお楽しみと言ってましたし」
ゼロスの指導を受けて以降、二人の仲は急速に良くなってゆく。
今までの不仲が嘘のような二人だが、元を正せば公爵夫人二人の態度が原因であり、ツヴェイト自身はセレスティーナに対して考えを改めただけである。
幼い頃に虐めをしていたのも、親の影響とセレスティーナの才能の無さに対する一方的な憤りで、それが間違いと知れば彼は直ぐにでも修正する素直な一面もある。
それだけで関係が縮まる事は無いが、ゴーレムとの戦闘訓練により短期間でだいぶ関係を修繕できたのである。
謝ったかどうかは不明だが、態度が軟化しているのは見て分かる
言葉の数より戦の数だった。
まぁ、ルーセリスに対しては色々複雑だが……。
そんなツヴェイト君はゼロスにどアップで詰め寄る。
「セレスティーナばかり狡いぞ! 納得できんから、俺にも何か魔法をくれ!!」
「君、一家に伝わる魔法が使えますよね? セレスティーナさんは何も無いんだけど?」
「・・・・・・・じゃぁ、俺が秘宝魔法をあいつに教えるから、魔法をくれ」
「・・・・まぁ、同じ魔法で良ければ構いませんが、彼女が条件を満たしてからですよ?」
「おっし! やる気が出て来たぁ!!」
そんな彼を見るセレスティーナは、頬を膨らませて不機嫌そうに睨んでいた。
騎士達はトロールを解体しているが、さすがに大きい上に数があるので難航している。
元より傭兵では無いので解体の腕はいまいち、更には集団で取りかかっているので効率的には早いが、素材として使えるかは微妙なほどだ。
それでも臨時収入にはなるので、騎士達は嬉々としてこの作業を続けている。
この護衛は演習も兼ねており、この森で倒した魔物の一分は彼らの懐に入る事になり、残りは騎士団が責任を持って換金するのだ。
主に武器や鎧の整備に使われる事になる。
騎士団が動くにも、それなりに金が掛かるのだ。
彼らが必死になって作業する中、ゼロスは『ビールが飲みたい……手羽先もあれば言う事が無いのですが』などと呟いていた。
この世界のワインよりも、缶ビールが恋しかった。
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結局、彼らが拠点に戻ってきた時は日が暮れてからの事である。
オークやゴブリン、果てはパライズスネイクなどを倒し、最後のトロールで全体力を使い切っていた。
空腹感と疲労から彼等の足取りは重く、何とか平原に戻って来たのだが、拠点である陣地を見たとき言葉を失う。
彼らの休むべきテントは壊され、荷物の大半は何者かに荒らされた様子がうかがえる。
最も被害が大きいのは食料であり、持ち込んだほぼ全てが食い荒らされていた。
「こ、これは……いったい……」
「魔物が襲ったのか? しかし、この拠点はゼロス殿の魔法で完全に塞がれていたはず」
「そうだ。何がここに侵入した?」
陣地の周囲は魔法による岩壁で覆われ、森へ向かう時は一部を崩して出た後に、改めて塞いでいた。
この地に来るときに使った馬車は、荷物を格納する一両のみを置いて既に近くの村へ待機するため、既にこの地を離れている。後四日、それまでは持ち込んだ食料などで賄わなければならない。
だが、その肝心の食糧が荒らされたのである。
ゼロスはその場所を調べ、そこで動物の体毛を発見する。
しかも――色が白かった。
「この毛……まさかとは思いたいのですが……」
「し、白い体毛……冗談だろ?」
「偶然だ……奴のはずが無い……」
「もし、仮に犯人がその体毛の持ち主なら……」
男達の顔が蒼褪めるには十分な証拠だった。
「おい、アソコ……何か、いるぞ……?」
騎士達は一斉にその方向へ視線を向ける。
止めておいた荷物置き場代わりの幌馬車の裏に、確かに蠢く影が見え隠れしていた。
しかも、何かを喰らうかのような咀嚼の音が微かに響いて来る。
―――パキッ。
誰かが枯れ枝を踏んだのだろうか、小さい音が無言の彼等の耳に聞こえた。
当然、樽山の裏にいる存在にも。
それは頭を上げると、ゆっくりこちらに振り返る。
誰もが否定しながらも、その答えは当たっていた……クレイジーエイプである。
しかも、どうやら雌の様であった。
体の大きさが、雄に比べて二回りほど大きい。
「め、雌か……まだ安心できないが、もしかしたら……」
「あぁ……雄でない限り希望はある」
全員がクレイジーエイプを凝視している中、雌のクレイジーエイプは彼等を舐め回すように見回し、『ウホッ♡』と声を上げた。
「「「「「ですよねぇ―――――――――っ!!」」」」」」
クレイジーエイプの雌も、雄が大好きであった。
さながら飢えた獣の如く、彼らを襲う相手として認識しているのだ。
勿論、別の意味でだが……。
習性はオークと変わりないようである。