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おっさん、雪山でバトル中

1―23


「くそったれがぁ! さっさとくたばりやがれぇ!!」


 ブリザード・カイザードラゴンと戦い続けて三日。

 アドは大剣を担いで猛然と懐に飛び込み、比較的に柔らかい部位である腹を、技もへったくれもなく力任せに思いっきり攻撃した。

 離脱するときは攻撃魔法のオマケ付きである。


「いい加減に、倒れろぉ!!」


 さすがに疲労もあるのか、ゼロスの口調も荒々しい。

 巨大なハンマーを片手で担ぎ、頭部目掛けて叩き下ろした。

 魔法効果が付与されており、強力なプラズマが脳天を直撃するも、龍王クラスのドラゴンにはあまり効果がないように見える。


「ヒヒヒヒヒ! 食らいやがれぇ、【プラズマ・レイ】!!」

「イッちゃってるねぇ……。【バースト・マイン】!!」


 レーザーと爆風が巨大なドラゴンを包み込み、激しい蒸気と黒煙で姿が見えなくなる。

 威力の高い魔法が雪を高温で溶かし、雪山は既に普通に岩場と化していた。

 三日三晩の戦闘は山岳地帯の様相を一変させ、むしろ人為的な天変地異によって魔物の生態系に大きな混乱をもたらしている。まさに人外の戦いが繰り広げられた。


「「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」


 二人が前後に挟み込み、互いに渾身の一撃を叩き込む。


 ――ゴォアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 攻撃は利いているようで、この三日間の戦闘でかなりダメージを蓄積していた。

 翼も既に潰しており、もはや飛ぶこともできない。

 だが、ドラゴンと狩人、どちらも既に満身創痍である。両者にあるのは、ただ生き残るという生物の純粋な意思だけだった。

 しかし、獣は追い詰められるほど怖いものだ。

 種としての小柄な体格と速度を生かし、一撃離脱を繰り返すゼロスとアド。だがパーターンがわかれば対応もしてくる。

 何よりドラゴンは頭が良い。


「!?」


 ゼロスに顎で食らいつこうと、口を開いて襲うブリザード・カイザードラゴン。

 そこに間髪入れず背後から飛びかかるアド。しかし、その攻撃は読まれ、急速に体を捻るとアドに向け長い尾で襲いかかった。


「グアッ………!?」

「アド君!? しまっ……」


 一瞬でも気を取られた隙に、ブリザード・カイザードラゴンは至近距離で【ウィンド・ブレス】を放った。

 両者とも直撃を受け、それぞれが断崖に叩き付けられる。

 普通なら即死しかねない一撃だ。


「グゥ……げっ、マズイ!?」


 岩壁にめり込むゼロスに、猛然と迫るドラゴンの姿が目に映る。

 空中からの襲撃を繰り返すことが多いドラゴンだが、元は地上で生きていた生物である。当然だが地上での戦いも得意だ。

 いや、こちらが本来の戦い方なのだろう。


「させるかよぉ、【グングニール】!!」


 アドが起死回生で放った雷撃系最強魔法の【グングニール】は、ブリザード・カイザードラゴンの脇腹から貫通し、反対側から抜けた。


 ――ギュオォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 龍王の苦痛の咆哮が、雪山にこだまする。

 おそらくは致命傷だったのだろう。痛みでのたうちまわるドラゴンに、インベントリーから大剣を取り出してゼロスは追撃する。

 その大剣を、ブリザード・カイザードラゴンの喉元に向けて突き刺した。


「ツエェエエェェェィ!!」


 そして、その耐性から力任せに引き裂く。

 大量の血液が大地を赤く染め上げる。


「ハァハァ……コイツ、四神よりも……強かったねぇ。完全なイレギュラーだな」

「こんな……化け物が、増えてるのかよ……。洒落にならねぇぞ!」


 雪山での戦闘は、二人を消耗させていた。

 いくら神を抹殺できる強さを得ていても、基本は人間がベースである。まして死んだら生き返られるゲームとも違う。

 生死を懸けたギリギリの戦闘は、精神的にも、肉体的も負担が大きすぎた。

 いくら頑丈な装備を所有しているとは言え、既にボロボロな状態である。

 

「ゲームならレイドボスだけど、実際に戦うとキツいわ……。おじさん、歳だから腰にきちゃうよ……」

「帰って眠りたいところだが……」

「解体があるしねぇ……。徹夜して終わるかな?」

「マジかぁ!?」


 ドラゴンを解体するのは、普通なら数日の時間を要する。

 まして龍王は通常種よりも巨体だ。少なくとも一ヶ月は掛かるだろう。

 だが、二人は馬鹿げた力を持っている。どんなモンスターでも一瞬で解体できるのだから、大型種も恐ろしくハイペースで処理できるであろう。

 だが、それを行うにも消耗が激しい。


「……ハハハ。後始末もちゃんとしないと、ドラゴンゾンビになられたら悲惨だよ?」

「笑えねぇ……。過労死しそうだ」

「龍王の素材、売ったらかなりの金額になるんじゃね? 肉はどれだけ美味いんだろうねぇ? どう考えても高級素材だと思う……」

「おっしゃぁ! コイツの素材を売っぱらって家を買うぞぉ!! 待ってろよぉ、ユイ!」


 ドラゴンの素材は貴重である。

 捨てる場所もなく、骨すら貴重な薬の原料にできる。

 だが、売り払うだけでも経済破壊なのは間違いないであろう。


「吹雪が来る前に、解体したいねぇ……」


 だがそれも、生きて持ち帰った場合である。

 二人は冬の雪山で、巨大なドラゴンを解体し始めた。

 命懸けで……。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『ニョホォ!?』


 培養液の中に浮かぶ【アルフィア・メーガス】は、突如として膨大なエネルギーが自身に流れ込んでくるのを感じ取った。

 それは、数日前に流れ込んできたエネルギーよりも膨大で、神の位で言うのであれば、一級神が誕生してもおかしくはないほど多い。

 逆に言えば、それほどの生物がこの世界にいたと言うことになる。

 如何な存在がこれほどのエネルギーを身に蓄えていたかは知らないが、少なくともこれで自分の体を完全に構築することが可能となる。同時に外界からのエネルギーが自身に流れ込み始めているのも感じ取れた。


『ふむ……。我が核も、完全に起動を開始したようじゃな。情報の処理能力も更に上昇、これならアカシックレコードの情報も同時処理できそうじゃ。いちいちダウンロードしておっては面倒じゃしな』


 今までは例えるなら、アカシックレコードというデータベースからファイルをダウンロードし、自身のPCで閲覧しているような状態だった。

 必要な情報はファイル名でしかわからず、ファイルを開くまでその内容を閲覧することができない。言わばスマホでメールのやりとりをしているようなものだ。

 無論、条件次第ではリアルタイムで情報を得ることもできたが、多次元から観測されていた情報を得るにはそれなりの手間が掛かる。制限が存在していて情報量も人間の知識で理解できる程度だった。

 しかし、今はその制限があるていど緩和され、いつでもどこでもググる事が可能となる。


『おぉ、これで他の世界から、アニメや電子書籍も取り放題じゃな。うむうむ、素晴らしいぞ! 異世界のエンタメ、最高!』


 だが、すっかり駄目な人――いや駄目な神になっていた。

 自分の役割を忘れてしまうほどに――。

 地球のエンタメは、異世界では神をも魅了する猛毒だった。


『おっと、いかんいかん。〈神域〉へとリンク……むぅ、プロテクトが外れておらぬな。45パーセントほどか。まぁ、良い。この惑星の聖域権限にアクセスできれば……』


 聖域とは、言わば惑星管理および監視システム領域である。

 特定の条件下で生命の誕生し得る惑星に、自動的に構築される観測者の端末領域のことだ。環境維持と情報収集のために存在し、連立する事象時間軸をも管理する。

 一つの惑星で発生した歴史は、様々な条件から多岐に分派し、無限とも言えるパラレルワールドが生まれる。その各世界の情報収集のための領域なのだ。

 某暗黒神話体系に出てくる神のような存在と思えば良いだろう。どこにも存在するが、その存在を認識できない場所。

 だが、システムである以上は不具合も生まれる。稀にこの聖域に接触し、イレギュラーが発生することもある。主に邪神や魔王と言われる存在だ。

 こうした存在は、イレギュラーが発生した世界の摂理で滅ぼすことができない。別次元の摂理の力を用いて相殺し、封滅するのが有効な手段だった。

 これが所謂、【勇者召喚】の大元であり、抗体システムである。

 

 情報を集め、その星の生態系や環境維持を管理する聖域を正しく管理することが従属神や使徒、あるいは管理神の役割で四神もこの部類に入る。

 だが、よりにもよって環境システムの浸食を受けている。それも召喚された者達の魂によってだ。そのためにも聖域のシステムを一度掌握せねばならないのだが、困ったことにアルフィア・メーガスは聖域に管理権限が下りていない。

 いや、全ての聖域を管理している神域が独立稼働しているので、管理者権限を変更できないでいたのだ。だがそれも先ほどまでの話である。


『ぬぅ……奴らめ、聖域を完全に封鎖しておるな。じゃが、この世界のシステムが稼働している以上、やり要はいくらでもある。今までとは違うぞ!』


 勇者を召喚する抗体システムは、環境維持システムの一つである。

 その抗体システムが暴走状態で摂理の書き換えが行われているわけだが、逆に言えば、この原理を応用して聖域にハッキングが可能と言うことでもあった。


『浸食プログラム……データ解析、これは骨が折れるのぅ。聖域を掌握するのに、しばらく時間が必要じゃ。我を生み出した観測者は、一体何を考えているのじゃ?』


 完全に自動管理された世界。

 神と呼ばれる者達の大半は好き勝手に生きており、世界を維持する役目には就いていない。四神だけが特殊と言える世界のありようだった。


『……思うに、こんなシステムにした理由は、自分で管理するのがめんどくさかったからかのぅ。我が創造主は管理世界の配置換えがなければ、ダラダラと引きこもっていたのではないか?』


 どの観測者も基本的な世界の管理は変わらない。

 異なるのは能力と個人差により、多くの眷属と共に世界管理する者もいれば、一人で一つの領域を管理する者もいる。

 観測者の性格によっては、かなり面倒な世界もあることが確認された。中には複数の観測者が徒党を組み、大規模な世界管理を行っていることもある。

 導き出された結論が正しければ、管理者の配置換えがかなり慌て、勢い任せで自分を生み出したことになる。

 そして、好み後継者ができず、四神に管理コードを預けて去って行った。

 四神に神域のすべての管理領域を管理ができるはずもなく、拠点である聖域でダラダラと過ごしていると思われる。その結果が酷い有様だ。

 あくまでも状況証拠から導き出された結論だが、あまりに情けなくて気分が滅入ってくる。しかも自分はくだらない理由で封印されていたのだ。

 封じ込める道具付きで――。


『……我は、くだらない理由で生まれたのじゃな』


 幼女神は項垂れた。

 自分の誕生理由が酷すぎて、怒る気にもなれない。

くだらないにも程があるだろう。


 システムに侵入させるウィルスプログラムの構築を、ちょっぴり鬱な気分で続けるアルフィアだった。

 神々とは、実に身勝手な存在のようだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「よし、45パーセントプロテクトが解除されたぞ」

「緊急特例、受理を確認。これより、神域の管理者権限は【アルフィア・メーガス】に移譲。優先順位を―(発音不可)―次元領域、座標R@Σ12b※……星系、第三惑星。事象システムの修正に移行」

「聖域は駄目だね。向こうに管理コードがあるから、どうしてもプロテクトが破れない」

「でも、進展はありましたよ? 向こうの次世代が覚醒したおかげで、こちらのプロテクトも解除されましたし、管理者不信による権利剥奪事項が正常に発動し始めてます」


 外部からの干渉者達には、四神に預けられた管理コードが、それぞれ四つに分割されていたことが救いだった。

 アルフィア・メーガスは一度完全復活を遂げており、四神を執拗に追いかけ回した。その目的が管理コードの奪取である。システムに登録されていないとは言え、アルフィアは当時、観測者としての能力があった。彼女自身、観測者としての能力が使えていたなら、既にこの世界を取り戻しているはずである。

 それができなかった理由が、分割された管理コードとシステムのアクセス権限の有無、そして能力の封印だった。

 だが、今の彼女にはその封印はない。たとえ管理コードがなくとも、時間を掛ければ世界を掌握することは可能なのだ。

 しかし油断できない問題がある。

 現在彼女がいる惑星の周囲は、次元バランスが不安定であり、惑星一つの消滅が連立世界に多大な被害を与える可能性が高い。

 まして被害者の魂が事象に干渉し、摂理が完全に壊れてきている。システムの崩壊は世界の崩壊に繋がるのだ。


「多少強引だけど、事象干渉して聖域のシステムを掌握するしかないね。この分だと神域のシステム掌握の方が早く終わりそうだし、終了次第ハッキングして……」

「おい! それ、下手すると連立世界に影響が出るぞ! そもそも情報処理能力が足りない。今の俺達では無理だ」

「作戦推奨、聖域の干渉が不可能な場合、管理コードの抹消は不可。現時点での有効な手段と認める」

「厄介な場所に逃げ込んでますもんね。もしかしたら強制介入ができるかも知れませんし、一か八かの賭に出るしか手段がないですよ」

「チッ! 厄介な……失敗したら減俸だな。たく、面倒なことをしやがる。なんでマスターコードを惑星の発生神に託しやがったんだ!」

 

 マスターコードを四神が持っている以上、かなり遠回りで時間をかけなければシステム内に侵入できず、管理権限の譲渡が難しい。

 四柱の神と使徒は、アルフィアと同じ結論に達していた。


「仕方がないか……。なら、早く神域を解放して、次世代と完全にリンクさせるぞ。奴も処理能力はあるが、システムの全能機能が使えるわけじゃない」

「君、普段は粗暴なのに、真面目だね」

「今は、それどころじゃねぇだろぉ! 手を動かせぇ!!」


 たかが惑星一つ。されど惑星一つ。

 彼等、神々と眷属達は、惑星一つの消滅で右往左往する事になるとはとは、これまで思いもしなかった。

 彼等若い世代には、このような緊急の案件に携わることになるなど、滅多なことでは起こらないのだ。ゆえに対処マニュアルなど存在していない。

 手作業で事態に当たることに経験が少なかった。


 彼等はシステム掌握に専念する。

 最悪の事態に発展したとき、事後処理をするのも彼等だからだ。

 上の人が動かないのは、どこの組織でも似たようなものなのかも知れない。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「へへへ……。見える、暖かい部屋と美味い飯が………」

「アド君! 寝るなぁ、寝ると死ぬぞ!!」


 ブリザード・カイザードラゴンを解体中、おっさん達は吹雪に巻き込まれた。

 少ない魔力でドームを作り、その後も必死で解体作業を続けたが、当然だが簡単に終わるわけがない。

 それでも三分の二を解体し、残りあとわずかという時に猛吹雪に発展。

 一度は凶悪な戦闘で雪山が焦土と化したが、冬の雪山は瞬く間に焼ける大地から熱を奪い、極寒の凍土へと変えてゆく。

 自然の猛威の前では、人が生み出した一瞬の地獄など無意味だった。

 作業を中断し、一時的な避難をするが、吹雪がいつ収まるかはわからない。

 それよりもアドが危険だった。


「マズイ……この状況は凄くヤバい」

「…あぁ……ユイが川の向こうで手招きしてる。行かなきゃ……殺される」

「いや、その川は渡っちゃ駄目だからねぇ!? あと、ユイさんは生きてますからぁ、勝手に殺すとバレたらマジで地獄送り確定だぞぉ!!」

「無茶言うなよぉ、ゼロスさん……。だって、アイツ包丁を持って笑ってんだぜ? 行かなきゃ……俺、ハンバーグにされちまう……」

「君達は普段、どんな生活を送っているんだ? いや、それよりも寝るんじゃない!!」


 アドの疲労は限界を迎えていた。

 三日三晩の戦闘は、彼の体力を大幅に削っていたのである。

 魔力も少なく、更に解体作業を続けたことにより、彼の意識は涅槃の向こう側へと旅立とうとしていた。


「クッ……気温は下がる一方。しかも燃やせるものが何もない……。しかも、吹雪でドラゴンの肉が凍り付いたら、解体もできん」

「……ユイ、そこにいる小舟の船頭さんは何者? ガ○ラス人みたいに顔が青いけど……」

「アド君もこの調子だしなぁ……えっ? 青い顔?」

「……あと、向こうのバァさんが、なぜか俺のことを熱い目で見てるんだが……」

「それ、脱衣婆じゃないの?」


 どんどんとヤバイ所へ逝こうとしている、アド。

 幻覚か、それとも本当に死後の世界かわからないが、危険な兆候におっさんは何もできないでいた。

 何しろ状態異常ではないのだ。魔法薬でなんとかできるものではない。


「や、やめろ……。来るな! そんな乙女のような目で……俺を見るな!」

「あっ、惚れられちゃったんだね。ごめん、僕には君を助けられない。許せ……」

「ふ、ふふ…服を脱ぐなぁ!! そんな、ババァ! アンタ、俺に何をする気だ!? げっ!? なんだお前らぁ、離せぇ!!」

「……亡者に捕まったのか。もしかして、脱衣婆とグル? 死んだイケメンを押し倒しているのか? なんだか、凄い展開になってきたねぇ」


 アド君は、文字通り生死の瀬戸際で戦っていた。

 そんな彼の様子を見て、おっさんは『イケメンも大変だなぁ~』と暢気に煙草を吹かす。


「ゼロスさん!? なんで敬礼して涙ぐんでんのぉ!? 見てないで助けてくれぇ!!」

「あれぇ、ここで僕が出演!? まぁ、見ているだけなのは確かだが、死んでないが?」

「バ、ババァ! 服を脱がすんじゃねぇ!! 駄目だ……そこは……」

「色んな意味でクライマックスか……」


 寝たら命の終わり。幻覚の中では男として終わり、精神も終わり。

 一線を越えたら人として終わり。戻って来られなければ、すべての終わり。

 アド君に、人生の終焉リーチが掛かっていた。


「や、やめろ……ユイ! 浮気では……浮気じゃないんだぁ!! 助け…グハッ!」

「…………刺された。まさか、ユイさんの生霊じゃないよなぁ? ははは……あり得るだけに怖いねぇ……」


 ぴくりとも動かないアド君。

 さすがのおっさんも、『これは、死んだかな?』と心配になってくる。


「うわぁぁぁぁぁおぉぅ!!」

「おっと、ビックリした……」


 突然に跳ね起きたアド君。

 彼は無事に地獄からの生還を果たした。


「あっ……危なかった。危うく三途の川で、ユイに引導を渡されるところだったぜ……」

「この世界にも、三途の川があるのか? 興味深いけど試したくはないなぁ~」

「ゼロスさんは、戦場へ行く家族を見送るかのように敬礼して泣いてるし、ユイは問答無用で刺しにきやがった……」

「そんな、恨みがましい目で僕を見られてもねぇ……。あの世ではさすがに僕も手を出せないが? ましてユイさんに刺されなかったら、君は現世に戻って来られなかったからね?」

「意識が遠くなる中、ユイが『逃がさないよ……俊君♡』って言ってたぞ? 三途の川の渡し船に乗ってたのは、俺を船に乗せないためか?」

「マジで生霊のような気がしてきた……。アド君は、簡単には死なせて貰えないようだねぇ」

「恐ろしいことを言うなよぉ!?」


 死んでもユイの思念はアドに憑いてくる。

 この重すぎる執念のような愛に、背筋が凍るような思いだった。

 何にしても、アドは死の淵から返ってきた。


「さて、死の淵から返ってきたことだし、さっそく解体作業を続けようじゃないか」

「いや、死にそうなんですけどぉ!? 今、マジで死にかかったんですけどぉ!?」

「あと、三分の一も残っているんだよ。黄泉に落ちても、ユイさんが強制的に連れ戻すから大丈夫でしょ」

「俺に、何度も刺されろと!? ババァが怖くて地獄に行きたくないんだが……」

「目を閉じなければ大丈夫さ。僕も最長で一週間は寝なかったことがあるからね、死にはしないさ。たぶん……」

「猛吹雪の中じゃん! 三分の一ぐらい放置しても良いじゃん!!」

「テールスープ……作ろうと思うんだよ。ドラゴンだから美味いと思うんだよねぇ。ユイさんにも飲ませてあげれば、かなり好感度を稼げるのでは?」

「おっし、やるぞ! さすがに地獄まで憑いてこられるのはマズイ。お腹の子供にも栄養は必要だしな……」


 アドは死の解体作業よりも、背後に感じる得体の知れない何かに怯えていた。

 おっさんはアドの背後に、一瞬だが包丁を持ってニッコリと微笑むユイの姿を見た気がする。思わず目をこするほど鮮明に、だ。


『き、気のせいだよな? 気のせいであって欲しい……』


 その後二人は、吹雪が吹きすさぶ山間部で、形振り構わず解体に勤しんだ。

 体温を奪われ、何度も死ぬギリギリまで意識を持って行かれそうになったが、気合いと根性、そして正体不明の恐怖感で乗り切った。

 余談だが、ゼロスもまた黄泉に落ちかけたとき、彼の目の前にユイが現れ『ゼロスさん? 俊君を一人にしないでくださいね? もし死ぬようなことがあったら、絶対に許しませんよ? 地獄まで追いかけますから』と言って微笑まれたという。

 この世には、科学で説明できない何かがあるらしい。


 彼等が帰路につくのに、翌朝まで掛かった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おじさん、どこまで行ったんだろ?」

「知らん。まぁ、簡単に死ぬようなおっさんじゃないから、大丈夫だろ」


 正拳突きを繰り返しながら、イリスは呟く。

 格闘訓練を続けるイリスの問いかけを、傍で見ていたジャーネが応えた。

 傭兵稼業は仕事がないとき、大半が暇になる。商人の護衛依頼でもあれば少しはマシな方だが、ジャーネ達のランクでは簡単に受けられる仕事ではない。

 大口の顧客には相応のランクが求められ、彼等の荷馬車に列をなす形で他の商人も続くのが一般的だ。防衛の意味を含めて集団で移動するキャラバンを形成するのである。

 この利点は盗賊達から身を守るのに対して、防衛する側の傭兵の人数が多くなる事だ。

 街道を行く場合は、商人を含め人数の面でも戦力は倍になる。一般人でも武器は扱えるので、盗賊達には危険度が高まる。

 キャラバンで移動する商人を襲う盗賊など、リスクが高くて襲わないのだ。

 だが、残念なことに護衛依頼を出せる商人など少なく、仮に依頼があったとしても競争率が高い。競争倍率の面もあるが、全員が女性のパーティーでは簡単に依頼を頼む商人など少ないのだ。

 そのような理由から、ジャーネ達は依頼を受ける事ができず、最近は暇なのである。

 

「四日ほど立ちますけど、少し心配ですね」

「あら、ルーセリスさんは素直に心配するのね? ジャーネもこれくらい素直になれば……」

「どう言う意味だ!」


 珍しくレナの姿もあった。

 なぜか有名な菓子店でケーキを買い、上機嫌で帰ってきたのである。


「レナさん……お金はどうしたの? セィ!」

「ちょっと稼いできたのよ。別にやましいお金じゃないから気にしなくて良いわ」

「「………」」


 レナは重度のショタコンだ。

 それだけに売春で金を稼ぐとは思えないが、客商売をするような女性でもない。

 どうやって金を用意しているのか不明で、イリスとジャーネには謎であった。

 まさか裏で名の知れたギャンブラーだとは思いもしない。


「いくらお二人が強くても人間なんですよ? 無茶をすれば命に関わることも……あっ?」


 ジャーネ達はゼロス達をまったく心配していないが、ルーセリスだけは別だった。

 少しでも苦言を入れようとしたとき、協会の横を歩く二つの影が見えた。

 草が風で丸まり、砂埃とともに転がりながら流されてゆく。

 傷んだ石畳を踏みしめ、互いに肩を貸し合いながら一歩一歩前進してくるその姿は、かなり疲労している様子が窺える。


「えっ? ゼ、ゼロスさん!?」

「「「えぇ!?」」」


 かなりボロボロの姿だが、間違いなくゼロスとアドであった。

 

「……アド君。もう……少しで休める。それまでは………」

「へへへ……俺はもう駄目だ。置いていって……くれよ。意識が………」

「馬鹿なことを言うな……。こんな場所で寝たら……顔に石畳の跡がつくぞ!」

「いいさ………俺は、楽になりたいんだよ……」


 どこかの戦争映画のようで、実は死んだように眠りたい疲れ切った二人だった。

 そんな彼等の元に、ルーセリス達が駆け寄ってくる。


「ゼ、ゼロスさん!? 大丈夫ですか!!」

「だ、大丈夫ですよ……ここ数日、寝てないだけです」

「いや、大丈夫じゃないだろ。それに、凄くボロボロじゃないか! 何と戦ってきたんだ!?」

「ちょっと……ドラゴンと、ね。フフフ……手強い相手でしたよ」

「「「「………………ハァ!? ド、ドラゴン!?」」」」


 こうして、ゼロス達は無事に帰還した。

 驚愕に包まれる中、ゼロスはアドを引きずりながらも自宅の玄関へと向かい、ドアを開け中に入ると同時に力尽きた。

 死んだように眠り続け、目を覚ましたのは翌日の夜半過ぎであったという。



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