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おっさん、神からの指令を受ける

 

 神域の掌握に苦戦しているルシフェル達は、モニター画面を見て言葉をなくしていた。

 今まで散々苦労していたプロテクトが、既に15パーセントほど解除されている。これは銀河一つ制御できるほどの力を観測者の後継体、【アルフィア・メーガス】が取り戻し始めていることを意味する。しかし細かい制御は不可能で、神域を委ねるにはまだ力不足だ。

それでも【名】を与えられ【神】としての存在を確立したために、次元管理機構が急速に管理システムを解除し始め、その権限が新たなる管理者に移譲し始めている。

 だが、肝心の世界――惑星管理システムのプロテクトが解除されず、未だ次元崩壊の特異点と化す危険性を孕んでいた。


「おかしいですね。これだけプロテクトが外れたのなら、惑星ひとつの管理権限くらい簡単に掌握できるはずなのに……」

「おそらくだけど、一度全システムを掌握しないと、管理権限に干渉できないんじゃないかな? ずいぶんと面倒な手を使わせてくれるよ、あの人は……」


 ルシフェルの疑問に答えたソウラスは、超最新鋭システムを構築しながらも、変なところで無駄な機能を入れ込む元先輩に殺意すら覚えてくる。

 この余計なシステムが構築されていなければ、今すぐにでも問題が解決できるのだが、厄介なことに、全てのシステムプログラムが知恵の輪のように干渉し合っていた。


「おいおい……ここまで来て、面倒なこったな。性格が悪いとしか思えん」

「同意。システム自体は精巧で目を見張るもの、同時に不明瞭で無駄な機構が多数存在を確認。不用意にプロテクト解除をすれば危険と判断する」


 ヴェルサシスとプロト・ゼロも同意見だった。

 ここまで来ると嫌がらせとしか思えず、前観測者が自分達を嘲笑ってるように思えてならない。それほどまでに不可解なシステムで構築されていた。


「あの人、芸術には無駄を入れてなんぼと思ってたからなぁ。きっと、この世界から左遷――もとい別の管理領域に転属になったとき、どや顔していたと思う」

「後継者を封印したこともか? アレがなければ、どこの世界も幸せだったのによぉ」

「それは、間違いなくあの人のミスだよ。馬鹿となんとかは使いようだけど、使い方を間違うと、後でとんでもない打撃を叩き込んでくるのが、あの人なんだ……」

「だから左遷されたんですね。傍迷惑な……」


 薬どころか、猛毒のような存在の前管理者。

 ソウラスやヴェルサシスは分体なので情報処理能力がたらず、使徒やガーディアンのルシフェルとプロト・ゼロでは能力面で難がある。

このまま観測者が誕生するまで待つのにも、いささか問題があるように思えた。

 現在進行形でひとつの惑星が消滅の危機であり、同時に大規模な次元崩壊を引き起こす特異点になりかねない事態なのだ。

 問題の解決は簡単にできるはずなのに、手を出すことができないのが酷くもどかしい。


「なまじ、優秀なことが問題でね。昔から色々とやらかしたもんだよ」

「どうでも良いが、ソウラスさんよぉ……。その姿で昔を語ると、凄ぇ違和感があるんだが……」

「我等に年齢など無意味。それより、人員確保が先決……」

「そうですね……。次世代の観測者が完全復活するまで、お馬鹿さんから情報隠蔽しないと行けませんし」

「もう一回、正義の味方をやってみる? ハンターがいると無能者は世界中逃げ回るし、情報隠蔽が楽だよ? どうせまともに管理していないからね」

「やめてください!」


 ルシフェルとしては、二度と黒歴史を刻みたくはなかった。

 だが、自分の中に【正義の味方】のプログラムが内包されていることにも気付いている。ケモさんの気まぐれ次第では、いつ正義の味方に変貌するかわからなかった。


「重力震を感知、何者かが転移してくる可能性大。警戒レベルを上げます」

「転移?」

「ここにか? 助っ人だと良いんだが……」

「システム管理が得意な方だと良いですね。オーディン様とか、オモイカネ様とか……」

「観測者の完全復活が最優先。てごろな贄を討伐させることを推奨」

「そうだね。なら、あの二人に近場の魔物を倒してもらおう。幸い、近くに生きの良い獲物が居るしね」

「では、今すぐ連絡を……。それにしても、誰が助っ人に来てくれたのでしょうか?」


 ルシフェルにとって、ここで助っ人が来てくれるのはありがたい。

 しかし、どの世界でも次元世界の管理は人手不足なのだ。

 そして、空間を歪めて現れたのは――。


「ヒャハハハハ! 悪神ロキ、参上!」

「アレスだ……。敵はどこだ?」

「ぐはははははは! 雷神トールが来てやったぜぇ、さっさと暴れさせろや!」

「スサノオだぜぇ、暇だから来てやったぞ。ありがたく思え」

「ポセイドンだ。んで、何からぶっ壊せば良いんだ? あと、酒はないのか?」

「「「帰れ!!」」」


 よりにもよって、問題児と脳筋が助っ人に来てしまった。

 暴れ回るしか脳がない助っ人は、早々にお帰り願うことになる。

 軍神アレスはまだマシな方だが、他の三柱は厄介すぎる。問題しか引き起こさない単細胞で、とてもシステム掌握に使える人材ではないのだ。

 ロキ神に至っては論外。状況が最悪になりかねなかった。

『面倒なら、取り敢えずぶっ壊せ』、それが彼等のモットーで、そもそも根底から人選を間違えている。


 彼等を送り返すのに一悶着あった――。

 この後、ルシフェル達は仲良くぶぶ漬けを食べたという。



◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 雪原を強力な冷気のブレスが通過した。

 敵を見失ったその生物は、雄々しく翼を広げて大空を舞う。

その姿を隠れてみているおっさんとアドは、厄介な指令を受けてしまったと激しく後悔する。

 白銀の鱗に覆われた巨躯、その体を充分に支えられる手足と長い尾を持ち、鋭い牙が生えそろうワニのような口。

 そう、ゼロス達が相手にしているのはドラゴン。【ブリザード・カイザードラゴン】であった。


「なぁ、ゼロスさん……俺達、採取と魔物討伐に来ていたのはわかっているんだが、これはないんじゃないか?」

「僕に言われてもねぇ~……。神様からの依頼だから」

「マジ、ヤバいんだけど……」

「……四神よりも強い生物って、実は案外多くいたりするんじゃないか?」


 半ば龍王に近いドラゴンで、簡単に倒せそうな生物ではない。

 そもそもドラゴンは最強生物の一角で、レベル1でもかなり強い。人間の最高レベル500でも、楽に勝てるような甘い存在ではなかった。

 基本的な体力でも人間とドラゴンでは圧倒的な差が存在し、そこにレベルという概念が加われば、まさに災厄級と言えよう。

 たった一頭のドラゴンで国が滅びるのもよくわかる。まさに生物の頂点に君臨する王であった。

 彼等がなぜ、このような事態になったこと言うと――話しは三時間ほど前に戻る。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 事の起こりは、ゼロス達がダンジョンから出てきた後のことだった。

 頭がおかしくなりそうな忌むべき光景を忘れるべく、二人はダンジョン内で暴れ回った。

 それはもう、徹底的に破壊の限りを尽し、ついでにハイテンションで採掘をおこない、出現した宝箱を片っ端から漁る。

 中身の確認などどうでも良く、少しでも悪夢の光景から気を紛らわせられればそれで良かった。彼等の前にダンジョンの力は無力だった。

 代理神すら殺せる二人の力の前に、立ち塞がる魔物やフロアボスなどさほど意味がなく、むしろ凄惨な地獄を広げ続けた。

 ダンジョンにとっては餌が死んでくれるのはありがたい話しだが、おっさん達は逆に精神が追い込まれてゆく。主に罪悪感で、だ。

 しかも超人的なこの二人は疲れることもなく、余裕でダンジョンを制覇してしまったのである。神から送り込まれた処刑人は、ダンジョンから出てきたときには既に精神が追い込まれていた。魔物達にとっては悪魔である。


『ゼロスさん……。俺達、とんでもない過ちを犯したんじゃないのか?』

『……やっちまったな。無用な殺戮をしてしまったよ……。僕達は、神にも悪魔にもなれるねぇ~』

『どこの鉄の城だよ……』


 おっさんはアドのツッコミに応えず、煙草をくわえ火を灯す。

 だが、その手は微かに震えていた。

 生きるために殺すのは自然の摂理だが、今回は二人の現実逃避だ。とても許される行為ではなく罪悪感に苛まれている。

【ソード・アンド・ソーサリス】では良く経験稼ぎで行った殲滅ではあるが、実際におこなうと罪の意識がハンパない。彼等は間違いなく自身が悪だと自覚していた。

 まぁ、力に溺れるよりはマシだが、逆にこの力に慣れていく自分達が恐ろしい。盗賊などの犯罪者を殺すこととは訳が違う。


『感情の暴走か……怖いな』

『僕達の力は脅威だ。力の認識を誤れば、それこそ世界を滅ぼしかねない。そして、自分自身も、な。倫理観がズレてきているのかも知れない』

『一方的な虐殺だったからな。思い出すと恐ろしい真似をしでかしていたし……』

『不気味生物を見てから、別方向でゲシュタルト崩壊していたよ。ヤバいねぇ……これは』


 悪夢を忘れるために、力に酔う。

 本末転倒というには、もたらした被害の方が大きい。

 存在自体が災厄である。


『まだ、ゲーム感覚が抜けきれないか……。これは問題だな』

『良く暴走してたからな。これが人間に向けた攻撃なら、俺達は真っ先に人類の敵だぞ?』

『四神を倒す前に淘汰されるか……。まぁ、これで邪神ちゃんも復活できるのだから目的は達したと言えるが、僕達の精神ももたないかも知れん』


 自身の力による危険性は認識しているが、少しのことでその箍が外れてしまう。

 人間が感情を持つ生き物なだけに、力の責任はかなり重い。忘れてはならないものであった。その自覚を忘れてしまったことが自身を苦しめる原因でもある。


『力をセーブできれば良いんだけどね……ん?』


 ――ピロリロリィ~ン♪ 『メールが届いたよ? 緊急指令みたい』


『『………なんだ? こんな機能があったなんて知らないぞ?』』 


 ================================


【緊急指令】

 現在、次世代観測者が急速に活性化中。

 これに伴い、より完全蘇生を円滑に進めるべく、更なる異常種の討伐を推奨。

 管理システムの権限を掌握するため、防衛プログラムの解除が急務。御協力をお願いします。

 現地点より北東約10キロ地点に、ちょうど良い異常種がおりますので倒してください。


 =================================


『『…………』』


 邪神ちゃんの復活は順調のようである。

 状況はわからないが、より完全に観測者を復活させるため、ソウラスから指令が来たと判断した。

 だが、正直これ以上は戦いたくないのが本音である。


『……これ、行かなきゃ駄目か?』

『駄目でしょうねぇ~。モノホンの神様からの指令だし、僕達の目的も達成させられる』

『正直、そんな気分じゃないんだけど……』

『けどねぇ~、あの四神に世界を任せた神様の同類だよ? これを無視したら、後で何をされるか分ったものじゃない』

『それは怖いな……。いくら味方でも人間じゃないわけだし、どこか異なる倫理観を持っていたとしてもおかしくはない』

『最悪、死んだら変な虫に転生させられるかもねぇ~。どこだかわからない異世界のだけど……』

『嫌なことを言わないでくれよ……』


 二人に選択肢はなかった。

 この文面を送りつけてきたのが四神であれば無視しただろうが、この指令は正真正銘の神々から出された命令である。無視すれば後が怖い。

 しかも次元を超えた世界規模の馬鹿騒ぎの真っ最中なのだ。被害者でもあり当事者でもあるゼロス達は行かねばならない。

 余談だが、ルシフェル達がしているのはお願いであり、命令ではない。

 だが、二人がこの事実に気付くことはなかった。


『……行くか』

『そうっすね。給料の出ないブラック企業に就職した気分ですよ』

『それ、奴隷と同じだと思うけどねぇ。まぁ、社畜なんて似たようなもんだが……』


 こうして二人は指令の通り、北東に向かった。

 だが、彼等がその場所に辿り着いたときに、ドラゴンによる手痛い洗礼を受けることになる。

 そう、いきなりブレスによる長距離攻撃だった。



◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ドラゴンは縄張り意識の強い魔物である。

 餌となる下位の魔物を必要以上に捕食せず、行動範囲も広いので生態系を崩すこともない。一日のほとんどを寝て暮らしているが、空腹時は恐ろしく獰猛な捕食者となる。

 また、獣よりも高い知性と魔法に対する耐性を持っており、そこに尋常ではない体力を保有しているため、簡単に倒せるような存在ではなかった。

 良く『ドラゴンと遭遇したら逃げられない』と言われているが、その最大の理由が絶対的な捕食者だからである。攻撃性の強い超大型肉食獣なのだ。


「俺、帰ったら妻と子供を抱きしめるんだ……。こんなところで死ねない」

「アド君……それ、死亡フラグだから。それに、子供はまだ生まれてないだろ? 縁起でもないことを言わないでくれないかな」

「奴を倒したら、とっておきのバーボンで乾杯しよう」

「こりゃ末期だ……。フラグを回収しないように頼むよ。僕が恨まれるから……って、来たぞ!!」


 ――ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 おっさん達が潜んでいた岩場に向けて、ブレスが撃ち込まれた。

 高圧縮によるの空気圧ブレスだが、同時にマイナス温度の冷気でもある。

 岩場を粉砕すると共に大気の水分を凝結し、巨大な氷塊ができあがった。


「あの図体で、よく長時間飛行できるねぇ。巨体を浮かせる魔力も、かなり必要なはずなんだけどなぁ」


 ドラゴンの巨体では、本来飛行することは不可能である。

 それを可能とするのは、内に秘めた膨大な魔力であった。


「チクショォ―――――――っ!! 下りてこい!!」


 空を自在に飛べると言うことは、自然界では大きなアドバンテージになる。

 特に大型の捕食者の場合、降下速度を加えた体当たりは一撃必殺の武器となる。しかも意外と小回りが利く。

 上空を取られたゼロス達は、この時点で不利と言わざるを得ない。


「俺達も空を飛ぶか?」

「今は駄目でしょ。飛行魔法は魔力を大量に消費するし、なによりも魔力の回復が追いつかない。いくら魔力が膨大でも、ドラゴンほど魔力を保有していないぞ?」

「なんとか地上に落とせないか?」

「目つぶしなら可能だけど、あまり使うと獣は学習するからねぇ~。地道にダメージを与えていくしかないんだよ」

「長期戦は免れないか……。俺達、帰れるのか?」

「………」


 ドラゴンと戦うには、先ず地上に降ろさねばならない。

 だが、飛行中に魔力が少なくなると、直ぐに別の場所で休む、慎重な性格のドラゴンも存在する。そうなると長期戦は覚悟せねばならない。

 何しろ、過酷な自然界で生き延びている捕食者のほとんどが、常に慎重に行動しているからだ。長く生きている魔物ほどその傾向は強い。


「おっ? ようやく移動するみたいだねぇ~……」

「二時間も掛けて、ようやく魔力が減ったのかよ」

「ブレスも撃ちまくってたし、追撃して決定的なダメージを与えるべきだ。追うぞ」

「RPGでなく、マジモンのハンターゲームじゃねぇか……。雑魚を一掃した方が早くね?」

「そうなると、餌が不足してドラゴンが人間を襲うと思うねぇ。生態系を壊すのは、いつも人間の方だよ? 彼等に善悪の区別はない」

「……やるしかないのか」


 二人の過酷な狩りはまだ続く。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アトルム皇国。

 イサラス王国とソリステア魔法王国の間にある山岳の小国家だ。

 地下街道が整備され、最近は交易の中継地点として賑わいを始め、これからの発展が期待できる国である。

 そんな国の防衛を司る政武殿、大官長を勤める【ラーフォン・イマーラ】は、体調を崩して政務から離れたと、ソリステア魔法王国にいた【ルセイ・イマーラ】の元に大使館経由で報告が来た。

 慌てて帰国したルセイだったが、いざ実家の屋敷に戻ってみると、家人達は大慌てで彼女を父親の元へ案内する。

 そこで彼女が見たものは――。


「ルセイか……フフフ、私は無様だな。メイアを信じられなかったばかりに、この国から追放させたばかりか他の男に寝取られるなど……」

「ち、父上ぇ!?」

「もう、やだぁ~~っ! なにもしたくない。もう、この部屋から出ずに朽ちてしまいたい……」


 すっかり駄目な人になった父の姿であった。

 頭から布団を被り、丸まって思いっきり落ち込んでいた。

 ある意味ではルセイとの血の繋がりを感じさせる駄目っぷりである。


「政務はどうなさるつもりですかぁ! これから忙しくなると言うのに、書類が溜まっているんですよぉ!? 他の者に示しがつきません!!」

「お前に任せるよぉ~~っ。私はもう駄目……このまま消えてしまいたい」

「父上ぇ、そんなに簡単に済む問題ではないですよ!? なに、勝手に私を重職に就けようとするんですかぁ!! そもそも、私は人見知りが激しいんです! 無理、絶対に無理!!」

「いいじゃん。皆、『そこが萌ぇ~~~っ!』って言ってんだから。私がいなくても何とかなるよ……。これからは若者の時代さ」

「正気に戻ってください!!」


 ルセイはアトルム皇国において【黒天将軍】などと呼ばれ、その武において多くの者から賞賛を浴びていた。

 しかし、実際の彼女は仮面がないとまともに人と話すことができない、凄く残念な一面を持っている。

 政務や式典では素顔で出なければならず、そこで定期報告や宣誓などを行うと『はわわ』や『あわわ』とパニクってしまう。とても重職が務まる性格ではない。

 なによりも彼女は結婚に憧れをもつ乙女であり、こんな重役を担えば、ますます婚期を逃してしまう。

 まさに死活問題であった。


「しかもさぁ~、子供もいるんでしょ? 僕ちゃん立ち直れないよぉ~。今度生まれ変わるなら、私はエビになりたい……」

「これは……重傷だ。幼児退行している………」

「もう、一人にしてくれ……。父ちゃん、情けなくて涙がちょちょぎれちゃう」


 事はルーセリスの誕生が始まりだった。

 隔世遺伝という概念を知らなかった彼等は、浮気を理由に古いしきたりの元、妻であるメイアが放逐された。

 だが、外から来た魔導士によって、古き血が目覚めることがある事実を知ってしまった。

 気付いたときは手遅れで、放逐されたメイアは再婚し、すっかり極妻となっていた。

 生きていたこと自体は喜ぶべき事だが、既に他人の妻となって身である。いくら悔いても取り返しがつかない事態に発展を遂げていたのである。

 まぁ、皇族の血統であったので、今や帝も頭を痛めている事態なのだ。


「結局、母上のことはどうなるのですか?」

「帰国はできるってさぁ~。けど、帰ってくることなんてないじゃん。身内全部から責め立てられたんだよぉ~? で、手遅れ……うっうっ」


 布団の中で泣く中年男。実に情けない父親の姿であった。

 女々しい。政務に携わっていた凜々しさの欠片もなかった。

 今は何を言ったところで無駄だと悟り、ルセイはラーフォンの寝室を後にした。


「……他国に留学させるくらいのことをしていれば、こんな事にはならなかったのかも」


 ルセイの思うことももっともだが、当時はソリステア魔法王国に行くにしても険しい山間を越えねばならなかった。地下街道の開通すらしていなかった頃なので今さらでもある。

 だが、【メーティス聖法神国】という共通の敵がいたのだから、もう少し密な関係を結んでいても良かったとも思える。

 多くの知識を学んでいれば、このような事態にならなかった可能性もある。

 何にしても全て終わったことであった。無知からでた悲劇は終息に向かうまで、まだしばらくは掛かりそうである。

 

 余談だが、ルセイはこのあと政武殿に連れて行かれ、溜まりまくった書類整理に明け暮れることになる。

 色んな意味で衝撃が大きく広がっていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ファーフラン大深緑地帯。

 弱肉強食の摂理が毎日繰り広げられている過酷な大自然の領域だ。

 この深緑地帯入り口付近でも、魔物の個体能力は比較的に高く、騎士団の訓練にはちょうど良い場所となっていた。


「この辺りで休憩を入れる! 各自警戒をしつつ、順番に休め」


 騎士隊長の声で、見張りに当たる騎士が周囲の警戒を行い、それ以外の者は食事の保存食を口に運んでいく。

 この森は魔物の数が少ない方だが、騎士達は先ほどまで連戦を繰り返していた。

 そのせいか、多くの者に疲労の色が見える。

 彼等の様子を見て、「そろそろ撤退するべきか……」と騎士隊長は呟く。


「し、死ぬ……」

「こんなの、魔導士のやることじゃねぇよ……ハァハァ」


 最近になり、騎士団の構成に大きな見直しが行われた。

 部隊に魔導士を入れ、様々な想定される戦略の見直しと検証が行われ始めたのだ。

 その中で急務となったのが魔導士の戦力増強である。

 今までの魔導士は後方支援が主な任務で、魔法の威力は大きいが前線では戦えない者がほとんどであった。だが前線で戦える魔導士がいることで戦局の優位性の幅は大きく広がる。

 状況によって様々な編成が可能となるので、戦術的メリットは大きい。

 しかしながら、急激な組織改革は大きな波乱も含まれている。

 第一に、旧体制の魔導士を根底から鍛え直さねばならない。第二に、無駄にエリート意識が強かった魔導士達は、真っ先に脱落していく。

 第三に、魔導士達は根性がなかった。後方から攻撃するという安全な位置での役割が崩され、今で武器を持って戦わなくてはならない。


 最近では騎士達の間に魔法スクロールが普及し始め、簡単な魔法を使いこなす者達が増えてきている。こうなると魔導士としての立場が低くなる一方だった。

 何しろ、魔法のエキスパートである魔導士よりも、騎士達の方が魔法を使いこなすのだ。

 こうなると魔導師団の存在意義が失われ、『もう、魔導士なんて要らないじゃん』という結論になってしまう。

 更に問題なのが、前線で戦える魔導士を増やすと提唱したのが、よりにもよって自分達の後輩に当たる学院生だったのだ。

 国王は軍の強化を受け入れてしまい、魔導師団の面目は丸つぶれとなった。偉そうな態度をとれたかつての栄光は地に落ち、今は泥臭い訓練に明け暮れざるを得なかった。


「クソッ! ガキ共が、余計なことを陛下に吹き込みやがって………」

「なんで俺達がこんな訓練を……オエェ!」

「吐くんじゃねぇ! 飯が食えなくなるだろぉ!!」


 過酷な訓練は、貧弱な魔導士には地獄だった。

 例えるなら、某映画の海兵隊の訓練を思い浮かべれば良いだろう。

 毎日基礎体力をつける訓練に明け暮れ、戦術の講義を行い、一人でもヘマをすれば連帯責任。甘ったれた文句を言えば殴られる。

 罵詈雑言が飛び交い、今までの自信を根元から叩き折られ、国に対しての責務と使命感を植え付けられる。ハンパな覚悟は味方を殺しかねない。

 ある意味では洗脳と言っても良いだろう。


「馬鹿やろぅ、そんな根性で国が守れるか! 俺達の装備は国民の税金、言わば信頼だ! その手に国からの試供品を持った以上、俺達に選択肢はない!!」

「そうだ! 我等には民を守る責務がある。その責務を放棄し、甘い汁だけを吸うというのかキサマァ!!」

「「「・・・・・・・・・」」」


 そして、先に訓練を受けた先輩魔導士は、すっかり洗脳下にあった。

 恐ろしいことに、これで凄く立派に見えるのだからタチが悪い。同じ魔導士の叱咤と激励は、下にいる新人魔導士に伝播する。

 更に過酷な環境下で、先輩魔導士の姿は実に頼もしく、強い憧憬を受けてしまうのだ。

 しかし、全ての魔導士がそうとは限らない。不満に思う者も少なからず存在した。


「しかし、今回はやけに魔物の数が多いな」

「奥はもっと酷い遭遇率だという話しだが、今日遭遇した魔物も序の口だというのか?」


 いつもの如く実戦訓練のはずであったが、なぜか魔物の数が多い。

 そのことが彼等にとって大きな見落としであった。予想以上に魔物の数が多い場合、暴走か大量繁殖。そして大型種の出現に限られるのである。

 だが、実戦に乏しい魔導士達はそこに気付くことがない。


 ―――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッ!!


 突然に響き渡る咆哮。

 現れた漆黒の巨体を前に、その場にいる者達は驚きのあまり硬直した。

 ワニのように鋭い口。背中に映えた翼と、長い尾。

 伝説とまで言われる最強生物に酷似した姿だが、唯一伝承と異なるのは、目の前に出現した魔物は二本足で立っていた。

 彼等の知る最強生物は前傾姿勢なのである。


「……ド、ドラゴン」


 誰かが呟く。

 ワイヴァーンであるなら何とか勝てるかも知れないが、ドラゴン相手では分が悪すぎる。

 戦うにも準備が足りない。


「に、逃げろぉ!!」

「持ち物は捨てても構わん! なんとしてもこの場から撤退するんだぁ!!」


 例え子供のドラゴンでも、その脅威はワイヴァーンなど比べものにならない。

 たった一頭で国をも滅ぼす存在なのだ。彼等が混乱に陥るのも無理はないだろう。


「……だ、駄目だ……今からでは逃げ切れない……」

「ハハハ……俺達、今日…ここで死ぬのか…………」


 しかし、彼等は身が竦んで動けない。蛇に睨まれた蛙状態になっている。

 体は震え、一歩も動くことができず、絶望は目の前に存在していた。


「「「ギュォオオオオオオオオォォォォォォォッ!!」」」

「「「「「な、なんだとぉ!? 」」」」」


 だが、突如として別の魔物がドラゴンに襲いかかる。

 灼熱の炎を纏い、白銀の翼が斬り裂き、漆黒の闇が走り抜ける。

 それは三羽のコカトリスに思えた。


「あれ、コカトリスなのか……?」

「亜種……いや、変異種か? だが、無謀な……」

「だ、だが……奴らが戦っている内に……」

「今の内に撤収しろ! 形振り構わず走るんだぁ!! 死にたいのか!!」


 その声で、騎士達は一斉に走り出す。

 名声や名誉など、弱肉強食の自然界では意味がない。

 たとえ無様でも、彼等は生きて帰ることを優先した。正しい判断であろう。その判断が彼等の生死を分けることになる。


 彼等は二日間過酷な森を逃げ続け、なんとか野営地に戻ることに成功した。

 怪我人や重傷者はいたが、死者が出なかったことは奇跡だった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ギョォ……(逃げられたか……)」

「ギョォ、ギョア(だが、良い勝負だった)」

「ギャオ、ギョア(うむ、また戦いたいものよ)」


 ファーフラン大深緑地帯をぶらついていたウーケイ達は、偶然にもドラゴンに遭遇。

 持ち前の闘争心から戦いを挑み、三日三晩戦い抜いた。

 分が悪いと思ったのか、漆黒のドラゴンは離脱し、森の中にひとときの静寂が訪れる。


「ギャウオ(帰るか)」

「ギョア(うむ)」

「ギャオ、ギョアギョア(ここは良い修行場だな。また来よう)」

「「ギャウォ((同感))」」


 このコッコ達もまた、非常識な存在の仲間入りを果たしていた。

 彼等がどこに行くのか誰もわからない。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 予想だにししなかった強敵から空を飛び逃げた獣は、自身の弱さを理解した。

 目的を果すにはまだ力が足りず、更に強くなるために獲物を捕食せねばならない。


『弱イ……コノママデハ……獲物ヲ……』

『……探セ……食ラエ…………奴ラヲ根絶ヤシニスルタメ……タリナイ……』

『力……ヨリ強イ………力ヲ…』

『…憎イ………苦シイ……コノ苦シミ…奴ラニ……』

『破壊……スベテヲ…………滅ボセ』


 体中にある人面から、口々に言葉が紡がれる。

 それは全ての顔に人格があるようだが、根幹が憎しみという一つの感情で統合されていた。吐き出す言葉は呪詛。

 かつて勇者と呼ばれた者達は、利用されるためだけに異世界から召喚され、用がなくなれば危険分子として始末された。

 この世界で子孫を残した者もいるが、それは勇者の血が入るとその血族は強くなるからだ。当然だがその子達は兵士として育てられ、四神教の信仰を植え付けられる。

 だが、代を重ねるごとに血は急激に薄まり、新たな異世界人を召喚する必要があった。

 逆に言えば、それだけ多くの異世界人が召喚され、道具として捨て駒にされてきたことになる。四神教にとって異世界人は獣人達のような亜人種と同じ扱いだった。

 死しても救われない勇者達の魂は、恨みを晴らすために世界に干渉し、摂理を歪める存在へと変化していく。

 最初は小さな力でも、長い時間がそれを可能とし、やがて生物に憑依する力を得た。

 存在する力を他者から食らい、自己を固定させ能力を奪う。

 しかし、未だ力が足りないことに気付いた。


『モット……力ヲ……』


 獣は東に向かって飛び続ける。

 更なる力を奪い、今よりも強い個体へ進化するために……。


 


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