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 動き出すのは、おっさん達だけではない


 遺跡を焼き払ったゼロス達は、焦土となった場所から離れた森の中で採取を行っていた。

 ルーセリスから【雪咲草の根】の採取を頼まれており、一定の数量を確保するためである。

 この【雪咲草の根】は、薬師には割とポピュラーな薬草である。

 需要は高いが、冬にしか採取できないので数が限られており、地下茎で繁殖するので全ての根を採取してはならない。

 マンドラゴラと合わせると栄養ドリンクが作れるため、労働者もこぞって素材屋で買いあさる。特にサントールではハンバ土木工業が買い占めていたりするのは余談である。


「コレ、効果もそれなりにあるし、色んな薬に使えるから便利なんだよねぇ」

「それ、カノンさんに教えて貰ったのか?」

「いや、僕はフリーでプレイしていたときから知っていたよ? カノンとは第五期アップデートのとき仲間になった。その時はリアルで中学生だとか言ってたかな?」

「へぇ~、もしかして、ゼロスさんの弟子か?」

「いや、ケモさんだ。どちらかと言えば、弟子はガンテツさんかな? 始めは武器鍛冶師を目指してたんだけど……【ボマーゴロン】に吹っ飛ばされて、自爆マニアになった」

「あの性癖……そんな理由で目覚めたんだ」


 同じ殲滅者の自爆武器職人ガンテツ。

 彼と知り合い素材集め手伝っていたゼロスは、【ボマーゴロン】というアルマジロのゴーレムのような魔物と戦い、自爆攻撃で吹き飛ばされた。

 以降、ガンテツは、『芸術は自爆発だぁ!!』と言って妙な武器を作るようになる。


「普通、止めるよな? 自爆武器なんて危なくて使えないだろ。それに迷惑だ」

「ゲームの楽しみ方は人それぞれだからね。僕も面白そうだったから協力してあげたんだよねぇ~。その武器がPK職に渡ったときは爽快だった……全員が消し飛んでさ」

「聞いたことがあるな。どこかのフィールドで集団PKしていた連中が、突然爆発したって話し……。アレもマジな話しだったのか」

「そう、それのこと。テッドも手伝ってね、隠しスキルに【悪行カウンター】という呪いを施したんだよ。PKを続けるとカウントされて、ガンテツさんの【自爆】で吹き飛ぶ。

 更に同種の装備が傍にあると、連鎖爆発するように細工してさぁ~。まさか、PKクランが連鎖爆発するとは思わなかったよ」

「テッド……」

「【リア充カウンター】って呪いも作ったとか。こっそりアド君の装備に仕込む気だったみたいだけど?」

「あの野郎ぉ!!」


 ユイに振られたテッドは、アドに逆恨みするようになった。

 その執念で作られた呪いだが、呪いの効果を確かめるために犠牲となったカップルプレイヤーも大勢いた。全てはアドを抹殺するためである。

 かなり後ろ向きな、努力による執念の結晶だった。


「おっと、雪咲草を発見。土を掘り返して根っこごと持ち帰らないとな」

「地下茎で増えるんだよな? どれだけの長さで持ち帰るんだ?」

「今、掘ってるところだけど……おぉ、結構長いぞ? 五メートルくらいはあるねぇ」

「凄く繁殖してんな。まぁ、誰も穫りに来ないからなぁ~」


【雪咲草】は種と地下茎で繁殖する。

 夏場は休眠状態で眠り続け、繁殖力の強い草花が減るのを待ち、冬の競争相手が減った時期に活動を始め繁殖する。

 フキのような葉と、蓮を思わせる小さな白い花を咲かせるのが特徴だ。

 雪の中からわずかに顔を出して咲くその姿は美しいが、花と茎には猛毒があるので、間違っても口にしてはならない。

 使えるのは根っこの部分だけなのである。


「大ザルに山ほど持っていけば足りるでしょ。乱獲しても使い道がないし」

「けど、作業が面倒だよな」

「枯れないように、一メートルほど根を残すからね。この辺りの奴は凄く繁殖しているから、取り放題」

「そのたびに穴を掘るんだよな? しかも埋めて、また別の穴を掘る」

「ゴボウの収穫よりは楽だよ。根は横向きだし、腐葉土だから土は柔らかい。豪雪地帯というわけじゃないから、ファイアーで簡単に凍結を溶かせられる」

「……雪が降り出す前には帰りたいよな。………おっ?」


 森の奥に蠢く黒い影。

 岩のような体を持つ大猪、【ロックボア】だ。


「……ロックボア。猪……豚肉」

「ヘッ、兄ちゃん。狩るかい? 奴の肉は美味いぜぇ~?」

「ゼロスさん、良いのか? 雪咲草はどうすんだよ」

「奴は雑食性。雪咲草の根っこも食べるんだよ。邪魔される前に、狩っておくに越したことはないさ」


 アドの脳裏に、とんかつ、豚モツ鍋、生姜焼き、ソーセージ、ベーコンと、懐かしい地球の食べ物が次々と駆け抜けていく。

 体を覆い隠す岩のような外皮は、加工すればそれなりの防具として使え、売れば相応の高値がつく。しかし、彼の頭にあるのは食に対するこだわりであった。

 アドは今さらこの魔物の素材など必要ではない。ならば、食を求めるべきと決定を下す。

 気のせいか、おっさんの耳に『ジュルリ』という音が聞こえた気がした。


「肉、置いてけぇ――――――っ!! ヒャッハァ―――――――――ッ!!」

「あぁ……アド君が、カイくんのような肉魔人に……」


 気のせいではなかった。

 地球の味を最近思い出してしまったアドは、もはや止めることはできない。

 全長三メートルを超す巨大猪に、アドは獰猛な肉食獣のように襲いかかる。おっさんの援護など必要としないだろう。

 

「ブキィィィィィィィィィィッ!?」

「肉肉肉肉肉肉肉肉ニクゥゥゥ、UREEEEEEEEEEEEE!!」

「豚さん、逃げてぇ――――――っ!!」


 気軽に『狩るかい?』などと言わなければ良かったと、おっさんは後悔した。

 魔物を大量虐殺したときには罪悪感に苛まれていたのに、今はまったくその時の悲壮感すら感じさせない。

 アドもまた、この地に生息していた魔物と同じように、飢えていたのだ。


 所詮、人間も獣であると、雄大な大自然が目覚めさせるのだろう。

 数分後、ロックボアは物言わぬお肉になる。

 その間にも、雪咲草の根っこを採取し続けるおっさん。

 自然界は弱肉強食、ロックボアを助けようとは思わない。酷い話しである。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ある街で、一人の男が自分の元から消えた女性を探していた。

 彼の名は【ザボン】

 このザボンは漁師で、オーラス大河で網を上げたところ、一人の女性を救い上げた。

 話を聞けば旅の途中で魔物に襲われ、崖からオーラス大河に落ちたのだという。

 それから親身になり、この女性の面倒を見てきた。

 美人でスタイルも良く、彼は直ぐに一目惚れしたが、同時に自分と結ばれるはずもないと思った。

 あり得ない可能性が現実となり、肌を重ねる関係になったときには数日は舞い上がったほどだ。

 気立ても良く、溢れる母性で自分を包んでくれた愛しい女に、彼はもう夢中になった。

 だが、その女性が突然姿を消した。

 彼が家に戻ってくると、部屋は荒らされ、金目のものが全て盗まれた後だった。

 金目のものはどうでも良い。

 ザボンは自分が愛した女性も連れ去られたことが問題だった。

 彼は街を必死に探し、漁師仲間である知り合いにも頼み込み情報を集める。

 そして――。


「ハァ~……」

「そんなに気落ちすんなよ。希望を持たねぇと、お前が先にまいっちますぜ?」

「けどよぉ~、未だ情報が集まらないんだぞ? もしかしたら今頃……」

「この国は非合法の奴隷売買は認められていねぇ。衛兵にも捜索願を出したんだろ?」

「アイツらが、何の役に立つって言うんだ……。あぁ……シャーラ」


 教も酒場で酒を飲み、立ち直れずにいた。

 ザボンは仲間内では唯一の独身であり、正直かおもイケメンとはほど遠い。

 むしろブサメンの部類に入る。

 そんな男に女ができたと知ったとき、仲間達に盛大に祝って貰えた。ザボン自信も夢ではないかと現実を疑ったほど、この時は本当に嬉しかった。

 だが、毎日が幸福に思えたからこそ、それを失ったときの反動は大きい。

 もたらされる情報は、今のところ全くない。

 そんな時、仲間の一人が急いで酒場に飛び込んできた。


「ハァハァ……おい、コレを見ろ……」

「ん? 何だよ、コレ……。手配書?」

「馬鹿、その手配書に書かれた顔を良く見ろ!!」

「…………アァアッ!? シャ、シャーラ!!」


 手配書には、ザボンの良く知る女性の顔が描かれており、罪状は高貴な人物の暗殺実行犯。

 多額の懸賞金が懸けられており、しかも生死問わずの重犯罪者だった。


「おいおい……ここ最近になって死んだ商人の殺害にも、関与してんのかよ」

「とんでもねぇ女だな。まさか、俺達を騙していやがったのか……」

「目撃者がいたが、サントールの街方面に向かったらしい。フード付きのマントを頭から被って商用馬車に乗ったと言う話しだが……」


 漁師仲間の男が、鬱ぎ込む彼の姿を見る。


「う、嘘だ……俺のシャーラが……」

「名前は、シャランラか……あんな虫も殺せねぇような顔をして、犯罪組織のボスの愛人だと? この手配書、随分と前に出されたやつだな……」


 漁師達はシャーラと言う女性と話をしたことがある。

 親切で気配りもでき、何よりもいい女であった。

 だが、現実は真逆で、他人を騙し懐に入り込み、金品を強奪する泥棒であった。

 しかも、高貴な人物を殺害しようとしたことから、手練れの暗殺者でもあるという。


「ち、違う……シャーラは………。シャーラはそんな女じゃない!!」


 だが、騙されていたザボンは未だに夢の中にいた。

 幸福な幻影の中に溺れ、目の前の現実を受け入れることができない。それだけ彼は幸せであったのだ。

 逆に言えば、これがシャランラという女の恐ろしさとも言える。

 他人の弱さにつけ込み、言葉巧みに他人の心に入り込み、自分の都合の良いように動く人形に仕立て上げる。

 そして、利用価値がなくなると簡単に捨てたのだ。

 たとえ嘘で固められた日常であったとしても、幸福に満ちた甘い生活を知った彼は、思い出の時間にすがりつく。

 それが幻想であったことを拒絶して――。


「違う……この女じゃない。俺のシャーラは……」


 この日、人生を狂わされた男は、街から姿を消した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 シャランラは馬車に揺られ、サントール方面を目指していた。

 目的は【回春の秘薬】の効果を打ち消す魔法薬を奪うためである。

 その相手は実の弟であり、しかもシャランラを殺すことに躊躇わないほど恨んでいた。

 いや、恨まれるような真似をしでかしたシャランラが悪いのだが、残念なことに彼女はどこまでも自分中心に物事を考える。

 世界の中心が自分であると疑わないほど、彼女は傲慢だった。

 しかし、シャランラは弟の居場所を知らない。

 迂闊に姿を見せれば、間違いなく嬉々として抹殺しに来ることは疑いようがない。そのためにも自分の姿を見られずに居場所を探す必要があった。


『まったく……姉の危機を救おうとしないどころか、殺しに来るなんて……』


 彼女にとって男と弟は都合の良い財布でしかない。

 血の繋がりを盾に居座り、周囲の人間を抱き込み、無理矢理にでも金を出させようとしていた。今まではそれで上手くいっていた。

 だが、この異世界に来て立場は逆転してしまう。

 命の安い世界で、この世界の法律は地球よりも甘い。だが、それ故に人間の意思による判決が強い世界でもあった。

 例えば地球では、裁判の判決を下す前に法律に照らし合わせ罪状を吟味する。そのため人間性や犯行などの下調べなどが重要であり、判決がくだるまでに時間が掛かる。

 だが、異世界ではそんな下調べは必要ではない。罪状を調べることはするが、犯した罪によってはその場で死刑も簡単にできる。冤罪も頻繁に起こるほどだ。

 シャランラの場合、『公爵家の御曹司暗殺未遂』という罪状がある。この時点で既に死刑判決は確実で、しかも証人が多くいた。

 その一人が実の弟である聡――ゼロスで、しかもその場で死刑執行を行おうとした。

 

『要は、公爵家と繋がりを持ったというわけね。厄介なことを……昔から要領は良かったから、それくらいは観単にやりそうな気はするけど……』


 その公爵家と繋がりがあるという事実が厄介なのである。

 何しろシャランラは、今やこの国で指名手配されている。こうしている間にも賞金稼ぎが自分を捜し回っていると思うと、迂闊に動くことができない。

 しかも、公爵家に情報をリークしたのがゼロスなのだ。


『面倒なことをしてくれたおかげで、街を歩けなくなったじゃない! おかげでブ男に抱かれることになったし、あぁ―――っ、思い出したくもない!』


 利用した漁師の男、ザボン。

 正直、肌を重ねること事態が不快でしかなかった。


『ちょっと優しくしたらガッツいてきて、気持ち悪いったらありゃしないわ! アレで金を持っていてくれたら良かったんだけど、貧乏だったし……コレも聡のせいよ!』


 理想の都合の良い男に抱かれるならまだしも、真逆の貧乏男に抱かれたことが不快でたまらない。しかも顔も悪かった。

 その事実が彼女の機嫌をますます悪くさせる。

 

『まぁ、良いわ。次の街で商人の家に忍び込んで、金目の物をいただくから。ほんと、インベントリーって便利よね』


 揺れる馬車の上で、シャランラは窃盗計画を練っていた。

 そんなこととは知らず、周囲の傭兵達は彼女に目を奪われていた。本性を知らないということは実に幸せなことだ。

 視線を向けている男達に微笑むと、誰もが沸き立ちデレた顔を浮かべる。


『ふふ……しばらくはお金に困らなそうね』


 旅費のないシャランラにとって、下心のある男達は実に良いカモであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 雪山での採取を終えたゼロスとアドは、更に山深い奥地へと進んでいた。

 盛りや遺跡を焼き払ったことや、魔物の大量殲滅で罪悪感に囚われたわけではなく。【ソード・アンド・ソーサリス】の知識にあったダンジョンを確かめるためだ。

 そして、目的の場所にようやく辿り着く。


「……あったな」

「ありましたねぇ~」


 岩山にできた人が通れるかギリギリの亀裂。

 問題は、この場所がダンジョン化しているかどうかである。


「この場所は固定ダンジョンだったけど、実際はどうなのかねぇ? 記憶では薬草の宝庫だったけどさ」

「俺に聞かないでくれよ。入ってみなけりゃわからんだろ」

「確かに……。入った瞬間に、いきなり斬りつけられたりして」

「やめてくれよ。一度、発生型のダンジョンに侵入して、 いきなりボス部屋だったことがあったぞ」

「ボス、強かったでしょ。いやぁ~、僕もなんだか経験したなぁ」


 煙草をふかしながら、暢気に先を進むゼロス。

 アドとしては不安で仕方がない。

 何しろ発生型ダンジョンでいきなりボス戦に遭遇する場合、大抵の魔物は恐ろしく強い。

 ダンジョンを形成するための魔力が全て魔物に流れるため、必然的に強力な魔物が誕生することになる。下手をすればレイド戦になることもあった。


「ギリギリで勝ったけど、消耗も激しかった。魔王クラスだぞ」

「わかるなぁ~。全滅したら運が悪かったと思うしかないけど、勝ったときのドロップが美味しかったねぇ」


 軽い口調で話しながら進む二人だったが、途中で広い場所に出ることとなった。どうやら固定ダンジョンで間違いなさそうである。

 だが、そこには巨大な影が目の前に聳え立っていた。

 おっさんの口元から、煙草がポロリと落ちた。


「……ジャイアント・コボルト」

「…………マジっすか?」


 初見殺しに出会ってしまった。


 ――グォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!


 耳を塞ぎたくなるような咆哮と共に、巨大な大剣で横薙ぎを繰り出す。

 反射的に飛び上がり、壁を蹴って前に飛翔する二人の後を、巨大な剣が通り過ぎていった。

 大剣は岩壁を粉砕し、瓦礫が凄い勢いで飛散する。


「冗談だろぉ!? いきなりの大物じゃねぇか!!」

「ハハハハハ、ゲームバランスの悪いダンジョンだねぇ。初見殺しにも限度があるでしょうに。これは運営にクレームかな?」

「笑っている場合かぁ!! だいたい、どこにクレームを出すんだよぉ!!」


 ゲームとリアルでは迫力が違う。

 いくらチートでも、現実では腰が退けてくる。まして、巨体というのは自然環境下では有利に働く。

 食料確保などのデメリットもあるが、力や体力もあることで簡単に倒されることもなく、生存競争の面で体の大きさは強さの象徴であった。


「セオリー通りに、速さで翻弄しようかねぇ。セイッ!」

「それしか、手がねぇだろ!」


 アドがジャイアント・コボルトの足下で翻弄し、壁を蹴り飛びながらゼロスが弓を放つ。

 しかし、手数を増やした攻撃もあまり効果が見られない。

 ジャイアント・コボルトは体が大きいだけに防御力もあり、巨体に見合わぬ反射速度を持っている。閉鎖的場所ではゼロス達の動きも制限され、全力で戦うにも難があった。


「予想以上に硬いぞぉ、刃が通らねぇ……」

「矢もさほど効果がないねぇ。刺さりはしているみたいだけど、棘が刺さった程度かな?」

「まぁ、普通ならそうだろうよっ!」


 巨体で振り回される大剣は脅威だ。いくらチートでも、直撃を受ければただでは済まないだろう。

 この世界の人間達では、巨体差から来る簡単な物理法則の攻撃は危険であり、一撃受けただけでも肉片に変わる。

 そこにレベルという摂理が加われば手が着けられない。

 暴れ回るジャイアント・コボルトは、それだけ危険な存在であった。


「どうすんだよ。このままじゃ……クッ! 時間ばかり掛かって……」

「魔法で仕留めよう。貫通して崩落でもされたら洒落にならないけど……」

「嫌なことを言うなぁ~……【レイ】!」

「【サンダーボルト】」


 ジャイアント・コボルトに、雷球と収束光が撃ち込まれる。

 高圧電流がジャイアント・コボルトの体で暴れ回り、収束光が心臓を貫いた。

 その余波で背後の岩壁が爆発したのはご愛嬌である。


「最初から、こうすれば良かったんじゃね?」

「そうなんだけどねぇ……崩落とか怖いじゃん。よく考えたら、まだダンジョンと決まったわけじゃないし。もしかしたら、ただの巣かも知れないじゃないか」

「疲れるよりは良いと思うけどな」

「それで万が一に生き埋めになったらどうするんだい?」 


 ゼロス達は過剰戦力そのものだ。

 異常な強さを持つだけに、その力は自分自身を殺しかねない。

 強大な力とは諸刃の剣に変わる


「怖いことを言うなよ。まぁ、そうならないように既存の魔法でも使うか……」

「その方が良い。以前、ダンジョン内でオリジナル魔法をぶっ放して、実際に死にそうになったからねぇ」

「なにやってんだよ。ゼロスさん……」


 アーハンの村にある坑道に採掘に行ったおり、その坑道内で危険な魔法を使ったゼロス。

 使用した魔法の余波で実際に死にそうになった経験があった。

【ソード・アンド・ソーサリス】とは異なり、実際にそんな状況が再び起きれば、今度こそ死にかねない。ゆえに慎重に動かねばならなかった。

 そもそも現実のダンジョンはボス部屋など存在しない。

 常にダンジョン内を徘徊し、探索中に出くわす可能性も高いのだ。


「まぁ、これも調べた知識で、実際に体験したわけではないけどねぇ」

「そうなると、ジャイアント・コボルトはここのボスか?」

「さぁ? もしかしたら、もっと凶悪なヤツもいるかもね」

「嫌なことを言うなよ、ゼロスさん……。どっちにしても、魔物を狩りまくらなきゃならないのは変わらんけど」


【アルフィア・メーガス】の完全復活には、どうしても大量の魔物を倒さなければならない。

 彼女の存在は現在希薄であり、存在を固定するためには多くの贄が必要となる。異常成長を遂げている魔物はちょうど良い生け贄であった。

 そもそも神は高位次元の存在である。理の異なる低次元に顕現するには、その世界での肉体の構築と、保有している力の調整をせねばならない。

 だが、アルフィア・メーガスには保有する力は少なく、肉体の構築にも膨大なエネルギーを必要とする。ゼロス達はそのエネルギーを確保するために動いていた。


「……ここがダンジョンだったら、攻略するのか?」

「攻略するしかないねぇ。邪神ちゃんの完全復活には、どうしても異常化した生物の【存在力】が必要となる。生け贄は多い方が良い」

「なんか、そんな言い方をされると、俺達が邪悪な存在みたいだぞ? それより、【存在力】ってのは何なんだろうな?」

「たぶん、物質を繋ぎ構成する原初のエネルギーだと思う。原子や分子の結合で世界の全てが構築されているけど、その結合を維持している力は何だと思う? 素粒子とか電子とか、そんな物理法則とは異なる未知の力なんじゃないかな?」

「俺達を含めた全てを存在させる力って事か?」

「次元エネルギーと言うべきか、実際はなんて言えば良いのかわからない。フォトンやタキオンはエネルギーだけど粒子、つまり物質だ。物質を構成させるエネルギーと言うべきか、エネルギーをエネルギーたらしめる力と言うべきか、うまく言えないな……」

「要は、何だかよくわからない不思議エネルギーを、魔物を倒して送ればいいわけだろ? この際、物理の話しは置いておいて良いんじゃないのか?」

「なら、聞かないでくれ。専門じゃないから僕にもわからん。なに言ってるんだかわからなくなる」


 話しながら前へ進む二人。

 気のせいか、洞窟内には黒い霧が充満しているように思えた。


「これは……瘴気か?」

「なんか、俺達に集まってきてないか? ヤバくね?」


 ヤバくても、先に進まなければならないゼロス達。

 簡単には死なない体だとしても、生物としての本能が危機感をかき立てる。

 それでも足を止めるわけにはいかなかった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ゼロス邸宅の地下倉庫。

 培養液の中で暇を持て余していたアルフィア・メーガスは、自身に力が流れ込んでくるのを感じ取っていた。


『むぅ? どうやらあの二人が始めたようじゃのぅ』


 それは微々たるものだが、必要なのは力――エネルギーの量ではない。

 例えるならば、車を走らせるときにプラグを点火させる程度の力で構わない。一度活動が活発化すれば、アルフィア・メーガスは世界から莫大なエネルギーを吸収できるようになる。

 だが、そのためには今の肉体を再構築する必要がある。

 肉体の再構築と、世界から力の吸収を動じ深紅で行わなくてはならない。


『ほぅ……召喚された者達の魂じゃな。これは、吸収しておくに限るのぅ』


 流れ込んできた魂という力の塊。

 それは小さなものだが、内包される可能性は無限を秘めている。

 しかし、次元が異なる魂は、この世界にとって異物でしかない。

 世界の摂理に適応するプログラムがかき込まれており、このプログラムが現在世界に干渉し、侵食している。

 

『ふむ……人数的には五人分か? しかも、どれも皆プログラムが変質しておる。正常化システムを構築せねばならぬが、今の我では無理じゃな』


 召喚された勇者の世界は複数存在し、死んでいった勇者達の魂にかき込まれた、異世界の理の影響を受けてエラーが出ていた。

 いや、抗体システムプログラムが致命的なバグと化し、この世界の森羅万象に介入するほどの悪性腫瘍となっていた。

 しかも、アルフィアが予想する以上に深刻な変質だった。


『他の魂にまで拡散浸食するのか……。幸い手に入れた魂は、それぞれが異なる摂理世界のようじゃな。じゃが、近い世界でもある。先ずは、このプログラムを吸収解析し、我自身を抗体にする。どれだけの魂が異世界から召喚されたのかはわからぬが、上手くいけば我の力を早く回復させるのに役立つかも知れん』


 勇者達の変質した魂は、ある意味で【神】に近い存在と言える。

 森羅万象に干渉し、世界の理を根底から書き換える。アルフィアよりも下位の存在と言っても良い。

 だが、そこに宿る意識は単調で、怒りと憎悪、そして郷愁の念しか感じられない。

 魂だけを眠らせ、抗体プログラムを利用する事を決定した。

 

『世界に干渉できるのだ。ならば、肉体の再構築にこのシステムを利用すれば楽になろう。何しろ、この抗体システムは世界から拒絶されていない。奴らのいる聖域に干渉できるようになるやもしれぬな』


 変質した抗体プログラムは、世界の摂理の一部でもある。

 異物を排除するための防衛システムだが、それだけに多少の融通は利く。勇者達の魂からプログラムを分離し、自分専用に調整をしてゆく。

 勇者達の魂派別に保存し、アルフィア自身の肉体をプログラムに組み込み始めた。これによって管理権限がなくとも外部からシステムを掌握することが可能になる。

 その間にも、かなりのエネルギーがアルフィアに送り込まれていた。


『ぬぅ………少々やり過ぎではないか?』


 ゼロスとアド二人と間に交わした聖約は、今も高次元ラインによってエネルギーを送り続けている。

 下手をすると処理能力が追いつかないほどになるとは、嬉しい誤算でもあった。


『近いうちに、我は外に出られるやも知れん』


 邪神ちゃんの完全復活は近い。

 


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