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 伝説は、こうして作られる

 

 雪が積もり前を進むのも難航する森の中を、ゼロスとアドの二人は進んでいた。

 思ったよりも積雪は多く、場所によっては膝まで埋まることもあり、正直雪山を舐めていたことを後悔していた。

 かつては多くの人々が行き交った町並みも今は瓦礫へと変わり、生命力の象徴と言わんばかりに建物に木々が生えている。人が住まなくなった街がここまで自然に埋もれるなど想像以上である。

 かろうじて残された滑走路は開けた場所ゆえに太陽熱で雪が溶け、わずかに生えた草木が雪や凍結した路面から顔を出していた。そこに擱座された多脚戦車はまるで屍のようであった。


「滑走路なんだが、なぜか雪のないところがあるなぁ。太陽光の熱だけで路面が見えるほど暖かくなるものなのか?」

「ソーラーパネルみたいなのが埋め込まれてるからじゃね? なんのための物なのかは分らんけど……。触った感じではガラスみたいだ。叩いても割れないしガラスでないことは確かだ。強化ガラスか?」

「う~ん……滑走路に強化ガラスなんて埋めるのか? 発電のためにしても数が足りないと思うんだ。旧時代の技術にはまだ謎が多いねぇ」


 道具や施設に無駄な物はない。

 まして、この廃墟と化した街が軍事的な施設であったと仮定するなら、なおさら無駄な機材などあるはずもない。

 まして旧時代は高度な魔導文明だ。魔導動力炉が存在する以上、太陽光による発電など必要あるか疑わしい。なにしろクリーンエネルギーに満ちていた時代だったのだから。


「それにしても、雪で足が取られるねぇ。場所によっては深いところもあるし、予想よりもキツイ狩り場だ」

「魔物も多いぞ? 今も周りにスノーウルフの群れがいるし……」


 おっさん達は現在、魔物の群れに囲まれていた。

 雪山では食糧が少なく、冬眠できる魔物はとっくに深い眠りの中。冬でも活動できる魔物だけが元気よく獲物を探しているのが現状である。

 当然だが、おっさん達自身も異色量として認識されていた。


「う~む……アド君の生活のためにも、獲物は無傷で倒したいよねぇ。損傷が少なければ尚よし」

「弓でも使うか? この場合なら有効な武器だが……」

「そうだねぇ~。矢が消耗品だけど、武器を選んでいる場合じゃないし」


 そう言いながらもステータス一覧を開き、コンソールパネルを叩くように装備変更を操作した。ただ、傍目には妙な動きをしているようにしか見えない。

 ステータス画面はゼロス達にしか見えないのだ。ましてインベントリやストレージなどという物は転生者しか所持していない。

 アイテムバックという物も存在するが、この手の道具はダンジョンからしか手に入れることができなかった。


「一応、鉄の矢を使うよ。武器はミスリル・ボウだけどね」

「俺も似たようなもんだ。魔改造武器だと素材が破壊されるし……」


 ゼロス達は強力な武器を所持しているが、その武器を使うと過剰戦力になってしまう。

 転生者ゆえの能力と武器の威力が加算され、せっかくの素材を爆散させてしまうからだ。おっさんはファーフラン大深緑地帯でミンチにしたウサギの姿を忘れていない。


「これでも過剰な気がするんだよねぇ~、【手加減】を忘れずに」

「OK」

「場合によっては、小石だけでも仕留められるけどね」

「小石!? いや、さすがにそれは無理だろ」


 どうも、アドは指弾や投石などやったことがないようだ。

 狩りでは意外と有効であり、落とし穴を使うとより効果的である。


「牙や爪、毛皮を優先的に狙おう。金持ちにはかなりの金額で売れそうだからねぇ」

「目指せ、マイホーム。あと魔石も売れるんじゃないのか?」

「売れるけど、かなり大きいやつだと換金二時間が掛かるんじゃないかなぁ~。お金を用意するのも大変だろうし」

「魔道具店には売れないのか?」

「あそこ……赤字経営だから」


 魔女風の格好をした女魔導士が経営する店。

 だが、そこには店を貶めること天才的な店員が存在する。しかも人を犯罪者にしたがる厄介な女性だ。


「潰れてないといいけどね」

「どんだけ落ち目な店なんだよ」


 雪に足を取られながらも、二人はオオカミの群れへと突撃していった。

 普通なら死に行くような無謀な行為である。

 

 凶悪な魔導師二人による魔物の大量虐殺が始まった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 


 その日、イーサ・ランテを調査するソリステア魔法王国の調査員が、通気口内部を調べていた。

 この隠されたルートを発見した学院生の証言もと、街を調べていた調査団の半分がこちらに回され、現在いくつかの資材搬入ルートが特定できた。

 地上からの直通のものもあれば、入り組んだルートを辿り谷間に出たりするなど、まるで蟻の巣のように通路が張り巡らされていた。

 古代都市が軍事防衛基地だとするなら、この複雑な資材搬入ルートには納得できるものもある。しかしその全容を把握するには大きな問題があった。

 魔物の巣になっている場所が無数にあるのだ。

 狭い通気口を匍匐前進で進んでみれば、ゴブリンやオークが徘徊しており、特に山脈側に多数の魔物惰性即場所として利用していた。

 ソリステア魔法王国は強力な魔物が生息する大深緑地帯に隣接した国であり、魔物に対しての警戒心はとても高い。それが不用意に戦いを挑まず、臆病とも言える慎重さで生態を観察したのだ。

 その結果、国内に生息するゴブリンやオークよりもはるかに強力な個体であると判明。

 何しろ鉄を加工していたのだ。それだけの知能を持つ魔物は軍事的な行動を取ることがあるので、下手にこちらの存在を気付かせるわけにはいかない。

 下手をするとイーサ・ランテにまで侵入を許しかねず危険であった。

 今後のことを考えると、いかに対処すべきか頭を悩ませる調査団の隊長は、副官と共に外の景色を眺めていた。


「困ったものだな……奴らがいたのでは調査は進まんし、何より外の遺跡も調査できん」

「そうですね。まぁ、長いこと放置されていましたし、魔物の巣になっていることは予想していましたが……」

「奴らは、我等とは違う。強さの上限幅が異常だ……。クソッ、目の前に手つかずの遺跡があるのに、手もだせんとは!」

「口惜しいのは私達も同じですよ。旧時代の技術を少しでも解明できれば、人々の暮らしももっと楽になるというのに……」

「資料に残された生物と比べると、なぜあんな化け物が生まれたのかまったくわからん」

「進化と言っての良いのでしょうかね? ですが環境が急激に変わったとはいえ、あれほどの種が一気に増えるものなのでしょうか?」

「それも解き明かしたいのだが、な……。説はいくらでも出せるが、所詮は憶測の域を出ることはない」


 わずかに残された旧時代の資料を見ても、今や現存する動物の数は少ない。

 存在はしているが、魔物すら倒す凶暴さを秘め、いつ魔物に変わるかわからないような生物だ。原種として残されているのは、せいぜい豚や牛、馬といった家畜が原形を留めているだけであった。

 今やこの世界で、動物とは魔物と言ってしまっても良い。

 

「グレーターコボルトとハイ・オークが普通に歩き回る地か、地獄だな……ここは」

「何とか排除できれば……いや、多くの犠牲が出てしまいますね」


 旧時代の異物を調べたい研究者にとって、イーサ・ランテの真上にある遺跡群は正に宝の山であった。今でも外に飛び出したい気持ちに駆られる。

 しかし、外は群れをなす習性の魔物が生存競争の中で生きており、調査を行うなど自殺行為だ。

 調査を強行することもできるが、個人の身勝手で部下を巻き込むわけにもいかない。


「口惜しい限り……ん?」


 通気口の外環には作業員用の通路が存在し、窓には高質化した分厚い特殊ガラスが填め込まれている。その窓の外に広がる光景の中に、突如として白い柱が立ち上った。


「なんだ……今のは」

「凶悪な魔物同士の戦いですかね? 鑑定持ちでもレベルがわからないほどの魔物ですから、その衝撃で……」

「いや、アレは魔法による攻撃だ。確か、【アイス・ゲイザー】という魔法が発動すると、あのように氷の間欠泉を発生させていたはずだ」

「ですが、どう見ても威力が違いますよ。まるで氷山が砕けて湖に落ちたように、氷が吹き上げていましたよ!?」

「ほう、君は氷山を見たことがあるのか……」

「旧時代の魔導具に記録された映像ですが……。いや、そんなことはどうでも良いでしょ!? 明らかに、何かとんでもない化け物同士が戦闘状態なんですよ!!」


 今度は巨大な岩が天を突くように聳え立つ。

 その威力に巻き込まれた魔物が、高々と木っ端のごとく宙を飛んだ。

中には体の正面をえぐり取られたオークや、前半身がえぐり取られたスノーウルフの姿などが確認され、無残にも凄惨な死に方をした魔物が地面へと落ちてゆく。


「なっ、ななな……」

「遺跡、大丈夫ですかね? あんな攻撃を受けたら、無事な建築物も……」

「大丈夫なわけがないだろぉ!! どんな化け物だぁ、貴重な宝を破壊するなど!!」


 この騒ぎで他の調査員達も集まり、窓の外を食い入るように見つめた。

 そんな中、空中に巨大な火球が生まれる。

 煌々と輝けるその光は、炎と言うよりは雷を凝縮したような、実に神々しい輝きを放っていた。隊長の背に不吉な予感が走り抜ける。


「ま……まさか……」 


 巨大な光の球から、無数の光の帯が大地を走り抜ける。

 そして――。


 ――ドォオォオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!


 後から衝撃波が発生した。

 分厚い強化ガラスの窓が震え、建物が振動で自身の如く揺れ動き、窓の景色は一転して水蒸気の煙に包まれる。

 それは、途轍もない熱量とエネルギーが内包された攻撃であると理解できた。

 一度の攻撃で大地を薙ぎ払い、溶岩を吹き上げ、更に衝撃波が地上を蹂躙する。

 まるでドラゴンのブレスのようだが、そんな魔物の姿はどこにも存在していない。


「あっ……あぁ…あれは……あれは、なんだ……」


 水蒸気の中に浮かぶ巨大な人影。

 口の辺りに浮かぶ赤い光が、先ほどの攻撃が巨人によるブレス攻撃であることを想像させる。つまり、目の前の巨人はドラゴンに匹敵する化け物と言うことになる。

 口元に浮かぶ赤い光は徐々に輝きを増し、やがて無数の炎の球が大地に降り注いだ。

 遺跡の街が無残なまでに炎の中に焼かれてゆく。


「い、遺跡が……人類の宝が………あぁ……」

「た、隊チョォ―――――――――――――――――ゥ!!」


 あまりのショックで、調査団の隊長さんは気絶した。

 旧時代の文明は、世界遺産と言ってもおかしくはない。それが目の前で無残に光に裂かれ、溶岩に沈み、爆風で消し飛んだ。

 考古学を専攻する専門家にとって、目の前で起きた出来事は悲劇でしかない。悪夢と言い換えても良い。


 後に、この山岳遺跡の周囲には姿を見せない巨人がいると調査団の記録に残された。

 これが後の民間伝承、【姿なき巨人】の伝説である。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 刻は少し遡る。

 スノーウルフの群れに突っ込んでいったゼロスとアドは、やはり無双していた。

 そもそもこの二人を相手にできる存在など、それこそエンシェントドラゴンか神ぐらいのものであろう。だがここで大きな間違いを犯してしまった。

 山岳地帯の放棄された都市、逆に言えば野生動物の生存競争が最も激しい場所と言える。限定的な食料しかなく、生存競争が激しいのだ。

 ゼロス自身も自然を甘く見てはいない。むしろ警戒していたのだが、単純な思い違いをしていたことに気付きもしなかった。

 それは、スノーウルフを解体しているときに起きた。


「綺麗な毛皮ですよねぇ……。あれ? これって、値が暴落しないか?」

「ゼロスさん……そういうことは全滅させる前に言ってくれよ。まぁ、【解体】のスキルで楽だから良いけど」

「いざとなったら、ソリステア商会の会長に売りつけよう。さぞかし隙のない商売で儲けを出すことでしょう」

「俺、あの人のこと苦手なんだけど……。笑っている姿も怖いし、立ち振る舞いにハンパなく隙がない」

「貴族だからねぇ~。しかも公爵様だ。深入りすると火傷じゃ済まなくなる」

「貫禄がありすぎだろ」


 スノーウルフは傭兵ギルドでも毎年討伐依頼が来る。

 雪のように純白の体毛は貴婦人にも人気が高く、一匹の毛皮だけでもかなりの高値で買い取られる。しかし恐ろしく狡猾で組織的な魔物であった。

 

「肉も美味しいらしいよ? 売ればかなりの儲けが期待できるが、この数は問題あるような……」

「軽く200匹はいるんだけど、大丈夫か?」

「ハッハッハ、デルサシス会長に任せておけば良いさ。傭兵ギルドには20匹届けておけばランクアップ確定だ」

「他力本願じゃないか?」

「アド君、僕はデルサシス公爵と繋がりがあるわけじゃない。デルサシス会長と繋がりがあるんだ。これは商売だよ?」

「どこが違うんだよ。下手したら貴族に取り込まれる気がするぞ」

「仕事に応じて立場を弁える人だよ。商人として相手するなら、公爵家の威光は絶対に使わんよ。あの人はねぇ~、かなり危険な人だと思うねぇ」


 ゼロスも、デルサシスも、互いにビジネスの相手として見ていた。

 アドも商人としてつきあうつもりであれば、デルサシスも商人として相手をすることだろう。その上で互いの利益を得られるように配慮してくれる。

 商人としては良心的だが、逆に敵対や裏切りなどすると怖い相手であった。逆に公爵として相手をすると、敵対すれば必ず地獄送りになることは間違いない。


「商人なら良心的なんだな? 騙されたりしないよな?」

「何を言っているんだい? アド君……。商人の交渉は騙し合いだよ。儲けを提示してくれるだけでも、ありがたいと思うといい。ハッハッハ」


 要は足下を見るが、それを悟らせない。

 商品は買値を多少の色をつけ、自分は更に儲けを出す。情報を制し、人脈を駆使し、己の才を駆使して儲けるのだ。

 それも、公爵の仕事の片手間でやるのだから恐ろしい。


「俺、利用されるだけじゃね?」

「利用し、利用される。ベストな関係じゃないか。欲をかくと、それこそ酷い目に遭うから気をつけよう」

「達観しすぎだろ。俺はゼロスさんも怖いぞ……ゼロスさん!」

「……来るねぇ。血の臭いを嗅ぎつけたか……? だが、この数はいったい……」


 それは、四方から集まってくる魔物の群れの気配。

 凶暴なまでの殺意と、暴虐なまでの闘志が感じ取れた。

 ゼロスの忘れていたこと。それは、雪山のでは食糧が少なく魔物が飢えていると言うことだ。

 生きるために狩りを繰り返し、仲間の死骸すら貪り喰い、外敵を執拗に襲い捕食する。

 命を繋ぐ、ただそれだけの純粋なる殺意だが、その殺意を放つ魔物の数が異常だった。


「おいおい……段々と増えてきてるぞ?」

「まいったねぇ、自然を舐めていたつもりはないけど、これは少しばかり異常だ」


 狭い領域だからこそ、魔物は凶暴になりやすい。

 大深緑地帯とは真逆で、限られた領域で少数の種族が食い合いをするのだ。

 春になれば仲間が増え、飢えをしのぐために殺し合い、冬は食糧がなくて殺し合う。

 最後に勝利した種族も飢えて数を減らし、数も調整され、次の年も同じ事が繰り返される。

 自然の生み出した円環。

しかし、それは勝者のいない命を繋ぐだけの、弱肉強食の理だった。


「アハハハハハ! どうやら、僕達は均衡を崩してしまったようだねぇ。これから全ての魔物が殺し合うようだ」

「笑い事じゃねぇだろ!!」


 魔物達は一斉に動き出した。

 スノーウルフがグレーターコボルトを襲い、ハイ・コボルトがハイ・オークに群がり、オークがスノーウルフを襲う。

 死んだ者を他の魔物が食らいつき、その魔物に別の魔物が食らいつく。

 三つどもえや、四つどもえなんてものではない。全ての魔物が、生き残るために互いを喰らい、殺し合う。地獄である。

 適した言葉があるのであれば、混沌という言葉が適切であろう。

 ゼロス達はその戦いに巻き込まれた。


「どうすんだよぉ、この状況!」

「殲滅するしかないねぇ。【地より吹き出す、零度の息吹】!!」


【地より吹き出す、零度の息吹】は、【アイス・ゲイザー】の強化版である。

 凍てつく極低温の凍気を、間欠泉のように吹き上げ瞬時に凍結する魔法である。ただしその範囲は桁違いであった。

 遺跡と化した旧時代の街に、白い氷の間欠泉が天高く吹き上がる。

 魔物の多くが巻き込まれ、瞬時に熱を奪われ即死した。空気すら凍てつくのだから生きていられまい。

 だが、飢えた魔物の動きを止めることはできなかった。


「いやいや、これでもまだ襲ってくるのか……。雪山には魔物が住んでいるねぇ」

「それ、どっちの意味だよぉ!? 【罪深き咎人は、針山を登る】!!」


 ゼロスと共に作った創作魔法、【罪深き咎人は、針山を登る】。

 読んで字の如く、【針山地獄】のことだ。

 敵が集まる地面を瞬時に隆起させ、巨大な山を作り上げる。その山には無数の棘が生えており、問答無用で敵を串刺しにする魔法だ。

 発動したあとも氷の針山は直ぐに崩れ、氷の質量で敵を押しつぶす。

 うっかりフレンドリーファイアーなどすれば洒落にならない

 無論、掠めただけでも肉はえぐり取られ、瀕死のダメージは免れない。

 凶悪な魔法で魔物を葬り続けてはいるが、それでも数がいっこうに減る様子はなかった。


「いやぁ~……むしろ増えてきてるよね。魔物が……」

「この狭い領域に、どんだけ生息してたんだよ。もしかして、これからが本番か?」


 魔物達は飢えていた。仲間の骸を喰らうほど飢えていた。

 しかし、生きている同胞は決して殺すような真似はしない。ある意味で実に愛情に溢れていると言ってもよい。

 しかし、状況は変わった。

 今や、この地には多くの食糧が存在し、それを求めて奪い合いが始まっている。

 少しでも飢えを満たし、次なる世代に命を繋げるために集まっていた。

 はっきり言えば、危うい均衡で保たれていた地で、おっさん達は余計な真似をしでかしたことになる。

 地位の臭いに敏感な獣は、その臭いに誘われ大移動を始め、周囲は多くの魔物に埋め尽くされてしまう。


「これは、もう……笑うしかないかねぇ~。洒落にならん事態だわ」

「事態も洒落にならないけど、さっきから俺達、洒落にならない魔法を連発してないか? 遺跡って、破壊しちまって良いのか? 保護条例とかないのかよ」

「ここまで壊れたら、保護もクソもないでしょ。いっそ、焼き払った方が諦めもつく」

「ヒデェ……」


 おっさん達殲滅者は【ソード・アンド・ソーサリス】で、仲間内との内輪もめで敵モンスターを味方プレイヤーごと派手に吹き飛ばした過去がある。

 城塞を破壊し、防衛すべき街にモンスターが傾れ込み、壊滅的な被害をだしながらもレイドを攻略した人物だ。その時と同じような妙に落ち着いた態度であった。

 そこには『やっちまったのだから、仕方がねぇ』という、一種の達観とも諦めとも言える感情が見てとれた。思考が『人的被害がないのなら、別に良いか』という考え方に切り替わったのかもしれない。

 ある意味では前向きとも言えるが、責任問題の棚上げをしたとも言える。


「どうせ猛獣の巣窟だし、調査なんてできないでしょ。一気に焼き払うから、近づく敵を殲滅してちょうだいな」

「あぁ……これで俺も殲滅者の仲間入りか。短かったな……常識人生活」

「失礼な。頭がどこかおかしい、嫁さんに、喜んで首輪をつけられた君に言われたくないなぁ~。マゾなのかい?」

「そっちの方が失礼だろぉ!!」


 人の嫁を『頭がおかしい』と言い切る正直なおっさん。

 確かに失礼だが、事実でもある。ユイのアドに対する執着心はかなり重い。


「そのうち、密室に監禁されるんじゃない?」

「……言うなよ。本当にやりそうで怖いんだからさ」


 群がってくる魔物に注意しながらも、会話する余裕があった。

 その周囲では骸に食らいつき、奪い合い、殺し合う魔物達の混沌とした情景が広がっていた。


「んじゃ、殺りますかね……。【輝光閃滅陣】」

「その、厨二病的なネーミングセンスは何とかならなかったんか?」

「異世界だから、それでOK!」


【輝光閃滅陣】。

 広範囲を包み込む魔法陣内を、巨大な光球から照射されるレーザーによって敵を焼き尽くす、ゼロス特性の改造魔法だ。

 展開した魔法陣が自然消滅するまで、周囲の魔力を吸収し破壊の力に転換され、敵に向けて無差別に極太のレーザーが降り注ぐ。

 安全圏はゼロスの周囲五メートル範囲内だが、それ以外は攻撃の対象となる。制御の利かないマップ兵器扱いであった。


 空に太陽が増えたかのような光球が生まれ、そこから四方八方に向けてレーザーが撃ち出される。

 高温のレーザーにより魔物の群れは一瞬で灰になり、その余波で地面が溶岩化し、火山が爆発したかのように吹き上がった。

 降り積もった雪は瞬時に水蒸気化し、森が一瞬にして白い湯気に包まれた。周囲からは、内側の地獄のような光景が見えなくなったのは救いなのかも知れない。


「なぁ……この魔法、こんなに威力があったっけ? レーザーがかなりの距離を飛んでいったぞ?」

「大気中はレーザーも拡散するし、魔法自体が魔力に戻るからから、遠距離ほど威力は下がる。換気口の辺りは威力もさほどないはず……」

「……換気口の壁を直撃してたぞ? 水蒸気に包まれて見えないけど、ヤバくないか?」

「廃墟だし、人なんていないんじゃね?」


 実際には、人はいた。

 この惨状を遠くから見る、イーサ・ランテ調査団の面々だ。

 幸いにも魔法の直撃は避けられたが、彼等の見ている窓の傍には、レーザーで融かされた攻撃の傷跡が残されていた。少しでも攻撃がズレていたら大惨事になっていただろう。


「それより、飛行能力のある魔物が来たけど?」

「あれ、猪熊蝶じゃねぇか! 奴の屁は、即死レベルの悪臭だぁ!」

「糞も飛んでくるしねぇ~、空中でも放屁は可能だし……。アド君、対処は任せた」

「マジで!?」


 おっさんは、嫌な相手をアドに押し付けた。

 猪熊蝶、正式名称は【ボアヘッド・バタフリーベアー】。気性の荒く、縄張り意識の強いモンスターだ。この魔物が放つ即死するほどの放屁は、実に危険であった。

 そして、アドもまたこの魔物が苦手なのである。


「く、来るんじゃねぇ! 【コロナ・ノヴァ】!!」


 焦ったアドは、空中に巨大な火球を生み出す。

【コロナ・ノヴァ】は、攻撃範囲が扇状に広がる魔法で、一点から拡散する威力は恐ろしく高い。そんな魔法を使うほどに、アドは【ボアヘッド・バタフリーベアー】という魔物が嫌いのようだ。


『おっ? これがブロッケン現象というやつか……。初めて見た』


 火球の明かりに照らされ、おっさんの影が辺りを包む濃密な水蒸気に写し出された。

 面白半分に動いて見せたりと、ちょっと遊んでみる。


 ――ドォオォオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!


 その間に、とんでもない威力の魔法が遺跡と化した街に撃ち込まれ、かろうじて原形を留めていた建物も無残に瓦礫の姿へと変わっていった。

 

「アド君……広範囲攻撃魔法を使うほど、あの魔物が嫌いなのかい?」

「好きな奴がいるんのか? 奴は肉も臭いし、体臭も酷い。しかも群れで来たからつい……」

「おめでとう。これで君も、一人前の殲滅者だ」

「嬉しくねぇ!!」


 生暖かい目差しを向けながら、おっさんはアドの肩に軽く手を置く。

 だが、アドには甚だ不本意のようだ。


 何にしても、遺跡の街は既に瓦礫の山へと姿を変えた事実は、どんなに言いつくろっても変えられない。

 冷静な目で見るなら、他にやりようがあったにもかかわらず、ゼロス達は歴史的重要な遺産を崩壊させた。

 ちょっとした油断が、取り返しのつかない事態を招いてしまった。


「……逃げようか」

「そうっすね」


 そして、水蒸気に紛れておっさん達は逃亡した。

 変な伝説が残されたことを知らずに――。


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