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 最強コンビ、雪山へ行く

 早朝、ルーセリスは日課である礼拝を終え、朝食の支度を始めていた。

 食材を取り出すべく冷蔵庫の扉を開けたのだが、困ったことに卵がない。

 

「困りましたね。スープに使おうかと思っていたんですけど……」


 教会の子供達はとにかく食べる。

 早朝の自主鍛錬を行い、畑の世話も行い、毎日ボランティアで小遣いを稼いでいる。

 元気な彼等は当然育ち盛りであり、毎日が決してお行儀が良いとは言い切れないほど、実に見事な食いっぷりなのだ。食材がいくらあっても足りない。

 物価が安くなければ教会で子供達の面倒など見ることはできないだろう。国から支給される助成金も微々たるもので、生活して行くにも限りがあるのだから。

 いくら医療活動で収入を得ていても、ルーセリス一人の稼ぎでは子供達五人を養うのはキツく、節約できるところはかなり切り詰めていた。

 マンドラゴラの収益もほとんどが生活費に消え、調合した薬を売ってなんとか余裕が持てる程度にはなった。それでも以前よりは暮らしが楽になったと言える。


『メイケイさんに頼んで、少し分けて貰いましょう。ゼロスさんも、食べきれないから持っていって構わないと言っていましたし』


 お隣のおっさんは、コッコを飼っている。

 だが、毎日数個産む卵も、一週間でかなりの数になる。とても一人では食べきれない。

 さすがに困ったのか、『無駄にするともったいないので、好きに持っていっても構いませんよ?』と言ってくれていた。

 偶にどこかへ出かけると、帰ってきたときに食べきれないほど卵が残るからだろう。

 だが、悪い言い方をすると在庫処分と言えるこのおっさんの行為を善意と捉えていたりする。彼女の中でおっさんの株はかなり上昇していた。

 

「申し訳ないけですが、好意に甘えさせて貰います……」


 胸元で手を組み、感謝の祈りを捧げる。

 彼女の感謝は四神に対して捧げられたものではなく、ゼロスの何気ない善意に対してだ。何しろ彼女は神を信じてはいない。

 元よりジョニー達と同じ孤児の身の上なので、神に頼ろうなどとは一切思わないのである。彼女が信じるのは人の善意であった。

 だが、傍目には彼女の祈る姿は聖女に映ることだろう。

 善意を受けたら別のことでお返しをする。それがルーセリスの誠意である。

 だが、お隣のおっさんは何事も一人で済ませてしまうので、ルーセリスがお礼をすることなどほとんどなかったりする。


「ハァ~……なんとかご恩を返せればいいんですが。それよりも卵を頂いてこないと、朝食が間に合いませんね」


 世話になりっぱなしなことに後ろ髪を引かれる思いなのだが、今のところルーセリスがゼロスにできることなど何もない。

 

『これで結婚なんてしたら、ゼロスさんが家事の全てをやってしまいかねないですし、これは女性として駄目なのではないでしょうか?』


 普段は落ち着きのある聖女のような彼女だが、結婚に夢を見るお年頃である。

 家事はそこそこ得意な彼女だが、一人暮らしで家事を行っていたおっさんとは年期が違う。料理だけでなく他の面でも追いつけない差があった。

 そんな彼女は頬に手を当て、『まさか、自分が年上好みだとは思いませんでしたね……』などと思っていたりする。

 端整な顔立ちのイケメンより、優秀だが強烈な個性のあるおっさんの方が人間的で、魅力的に見えていた。

 ――と言うよりも、顔だけの男など神官修業時代に何人も見ており、友人としてならともかく恋人や夫にするなど考えもしなかった。

 いくら顔が良くても、邪な願望が隠しきれず胸元やお尻をチラ見する視線を常に感じていた状況で、異性に対して恋愛感情を持つなどできなかったのだ。

 ある意味では不憫な境遇だったとも言える。


「でも、まさか年上に恋するなんて……。ハァ~、ゼロスさんの方から迫ってくれないものでしょうかね」


 そして、大胆なことを口にしてしまう。

 幸い、この場には誰もいない。もし彼女に気のある男共がこの場にいれば、世を儚んで馬鹿な行動を引き起こしかねない爆弾発言であった。

 だが、ルーセリスにそんな自覚は全くない。

 彼女もまた恋する乙女であり、恋は盲目とはよく言ったもので、他人の目などどうでも良くなるものなのだ。

 

「あっと、こんなことをしてる場合ではないです。卵を頂いてきましょう」


 ルーセリスは教会の裏口から外に出て、ゼロスの家へと向かった。

 欠食児童は今日もハングリーなのだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ホニャァ~~~~~~ッ!?」

「ポンゲェ――――――――――ッ!!」

「チョベリカチョロンサマァ―――――――――――ッ!!」

「ニクハシモフリ―――――――――ッ!?」


 ルーセリスがゼロスの家前に来ると、今日も元気に子供達が変な叫びを上げて宙を舞う姿が確認できた。

 鮮やかな赤い体毛のコッコ、メイケイ師範に投げ飛ばされたのだ。

 

「プケリャァ――――――――――ッ!!」


 そして、イリスも同じように宙を舞う。

 ここ最近の光景だ。当初はさすがにハラハラと見守っていたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。

 それというのも――。


「「「「「ニャンパラリン!」」」」」


 五人が受け身を取ることを覚えたからである。

 再度空中に高々と飛ばされても、空中三回転半ひねりで体制を立て直し、つま先から綺麗に着地する。オリンピックでも通用するかも知れない。

 イリスだけが少しもたつきがあるようで、着地しても体勢が崩れてしまうがご愛敬だろう。むしろ短期間でここまで成長したことを褒めるべきである。


『コレ、もう鳥じゃないですよね? 彼等はどこへ行こうとしているんでしょうか……』


 電光石火の早業で五人を同時に投げ飛ばすメイケイ。

 ルーセリスの目には何が起きたかなど分らないほど、刹那から繰り出された高速の攻撃なのだ。普段から米粒一つの間隔で見切れる飼い主の方がどうかしている。


『コケコケコッケ。(まだ甘いわね。この技を覚えれば、たとえ相手が巨体でも簡単に宙に浮かせられるわ。自ら技を受け止め、その理を知りなさい)』

「「「「「ハイ! メイケイ師範」」」」」


 まるで掬い上げるような動作で、コッコよりも明らかに体重差のある人間を投げ飛ばす。

 重心を崩すとか瞬間的に力の作用を反らすなどと言う物理法則ではなく、どう考えても現実には不可能な技を叩き込もうとするメイケイ。

 だが、その事実に気付く者はこの場にいない。唯一イリスが気付きそうなものなのだが、彼女の場合は『ファンタジー世界だから』と納得してしまっていた。


「メイケイ師範、卵を頂きたいのですがよろしいですか?」

「コケケッコ(小屋裏に子が生まれない卵があるから、自由に持っていっていいわ)」

「ありがとうございます。(いつもながら、なぜ会話が成立しているのでしょう? 皆は不思議に思わないのかしら?)」


 なぜかコッコと意思疎通できることに対し、やはりルーセリスも疑問に思っていたようだ。だが、その謎は考えたところで分るはずもない。

 ルーセリスは不思議に思いながらも鶏小屋の裏にある棚の元へ向かい、新鮮な卵をコッコ達から譲り受けるのであった。

 その表側では元気にヒヨコたちが乱取りの真似事をしていた。


『……普通に考えて、こんな武闘派なコッコが増えるとマズいのでは?』


 誰もが一度は疑問に思うことだろう。それはルーセリスも例外ではない。

 しかし、飼い主が問題視していないのだから、彼女がどう思うと現状は替わらない。

 彼女は背筋に寒いものを感じ目を背けたたが、視線先ではまたも子供達が宙を舞う。心ないか楽しそうに見える。


「「「「「ニャンパラリン!!」」」」」


 キャットな空中三回転で受け身をとる子供達。

 気のせいか、さきほどよりも受け身のキレが増したかのように見えた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 


 傭兵登録を終えた翌日、ゼロストアドは朝も早くから仲良く【アジ・ダカーハ】で空の旅をしていた。

 無論、目的地には三時間ほどで到着するだろうが、辿り着くまでが暇であった。

 その暇潰しの間に、ゼロス達は今後の予定を話し合う。


「アルフィアだっけ? あの邪神ちゃんを復活させたあと、俺達はどうするんだ?」

「ん~、四神を始末するんじゃないかい? 復活したてでは、さすがに四神には勝てないでしょ。元よりアド君もそのつもりだったろ?」

「まぁ、メーティス聖法神国を潰す気だったのは確かだな。奴等をおびき出して抹殺するつもりだった」


 アド達の目的は、この世界に来た原因である邪神を、【ソード・アンド・ソーサリス】の異界空間に捨てた四神に対しての復讐である。

 リサやシャクティはそれぞれ夢に向けて努力しており、アドもまたユイとの新婚生活に向けて就職が決まったところだった。それぞれが自分の水戸に希望を持ち邁進していたのである。その努力や夢を奪われたのだから復讐心を持ってもおかしくはない。

 また、異世界に来て『俺TUEEE』をやる気はなかった。

 確かに能力面ではゼロス達転生者は破格の力を持っている。しかし、その力を好き勝手に行使すれば、他者からは恐れられやがて抹殺しようと動き出す。

 世界の敵になる気もなく、力を行使する上で引き起こされる結果に対しての責任というものを持てなかったからだろう。

 だが、アルフィア・メーガスが完全復活すれば、四神は敵になり得ない。

 また、アルフィアとゼロス達の目的は同じであり、敵対関係にもならない。

 元より邪神を復活させ、この世界の管理権限をアルフィアに取り戻させることこそが、イレイザーであるゼロス達の役割らしい。

 役割を終えたゼロス達がどうなるかは、今考えても仕方がない。


「元より僕達は【神殺し】だからねぇ。アルフィアの復活後は護衛になるんじゃないのかい? それ以外に役割があるとは思えないけど」

「いや、四神だけなら俺達だけでも勝てそうだったよな? 倒しちゃってもいいんじゃないか?」

「ん~……それを大っぴらにやらかすと、今度は信者が鬱陶しいでしょ。狂信者はなにをやらかすか分んないよ? 家族や知り合いを拉致したり、暗殺もあるねぇ。あるいは自爆テロを起こしたりさぁ~」

「うっわ……あんな連中でも盲信する信者がいるのかと思うと、マジで面倒だな。犠牲は少ない方が望ましいんだけど……」

「宗教家なんてそんなもんだよ。行き過ぎた信仰は自分達が正しいと決定しちゃうしねぇ~、他人の意見なんて聞きやしない。自己中心的な思考で完結しちゃうんだなぁ~、慈愛だの寛容だのとか言いながらも、実際は他人に自分達の考えを押し付けるのさ。

 普通に生きていても、他者を思いやることはできるのにねぇ。入信を強要して断られれば異端者扱いさ、しかも集団で責め立てる」

「その前に大打撃を与えておきたいよな。まぁ、最近はおとなしいけど……。この間のギヴリオンを押し付けようとしたこと以外はだが」

「君の場合、もうすぐ家族も増えるしねぇ。無茶なマネは避けるべきだろう」


 身近に守るべき存在があると、それが弱点になり替わる。

 家族や恋人、友人など人質に取られたら厄介であった。特にアドにはユイがいる。

 子供がもうじき生まれそうであり、今が大事な時期であった。


「そもそも、この世界が壊れる原因が四神だけじゃない。外界の異世界からどれだけ勇者を召喚したかは知らないけど、召喚され転生の輪に返れない魂がこのバグとなって世界のシステムに介入しているらしいし、その影響が多くの生態系に影響を及ぼしている。例外は僕達だろうねぇ」

「勇者調整システムの暴走か……。世界の摂理に浸食を始め、生物に劇的は変質を促している。レベル1000超えの魔物もいるかも、な」

「う~ん、どうだろねぇ? それほどの魔物だと平均レベルが300のこの世界の人達じゃ対応は不可能でしょ」

「ゼロスさん……この世界の平均レベルは200だぞ? 一般レベルの最高が100以上で、上位者が200。達人級で300だ。唯一【勇者】と【超越者】が500を超えるけど、そこからレベルがなかなか上がらないらしい」

「えっ?」

「えっ?」 


 二人の間に一瞬だが空気が止まった。


「えっ? 平均レベルが300じゃないの? 僕は今までそう思ってたんだけど……」

「いや、違うぞ? 俺が調べた限りだと、レベル200前後者が多い。むしろ300まで上げられたら大したもんだ。どこで調べた情報だよ」

「公爵家別邸の書庫だけど、えっ? マジで?」

「あぁ……多分だけど、ゼロスさんが見たのは戦乱期に書かれた歴史書だな。自分達の軍事力を強調するためのガセ情報が含まれてたんだろ」

「あぁ~……一種のプロパガンダか。自分達の国の力を強調させるため、教育用の資料に虚実をない交ぜにしてたわけね。戦時中に良く為政者がやる手口かぁ……」


 資料として残された歴史書が、全て真実とは限らない。

 戦乱の中であるからこそ虚偽の情報が多いこともある。


「戦時中の日本や某国が歴史を改ざんして、正当性を強調していたアレね……。迂闊だった」

「まぁ、外国では良くある話だよな。日本軍が国の政治基盤を作っていたのに、自分達は反抗勢力として同胞を日本軍より多く殺していた。敗戦して撤退した後、その事実を伏せて民族思想を強調させたみたいな話だろ? 強奪や焼き払いをやりまくった事実はどこに消えた?」

「勝てば官軍だよ。負けたら歴史なんてどうとでもなる……。事実、謀略なんかはどの国でもやっていたし、知られたら逆に突きつけられる。エネルギーや資源を独占した結果が世界大戦に発展したようなもんだけど、先進国なんか知らん顔してんじゃん。歴史の資料書でもそんな話を聞かないでしょ。他国に配慮してさぁ~……。

 僕は、国の正当性よりも全ての真実を明るみに出して、歴史的観点から人の愚かさを伝えるべきだと思うなぁ~。今も昔もやっていることに大差ないでしょ」

「利益優先で他国を足蹴にしようとした結果が、取り返しのつかない事態に……アレ? 俺達、なんの話をしていたんだっけ?」 


 レベルに関しての話から、なぜか歴史考察に替わっていた。

 無論、彼等の言っていること以外にも様々な要因があるのだが、この異世界で地球の問題は関係ないことに気付く。


「アド君……なんで歴史に詳しいんだい? しかも政治的な話だけど、とても君が興味を持つ話題じゃないでしょ」

「いや、シャクティ達とこの世界の情報を調べていたとき、アイツが色々と例を出して歴史のだめ出しをしてきたんだよ。この記実は嘘だとか、これは為政者が都合のいい歴史を書き込んで、真実は国がらみの謀略みたいだったとかさぁ……」

「あっ、妙に納得した。それで地球での歴史を例に出され、アド君が覚えたと……」

「シャクティのやつ、資料を複数の観点から真実を見抜きやがるんだ。さすが弁護士を目指していただけのことはある」

「いや、それはそれで怖いねぇ……。地球にいたらかなりのやり手だよ? 検察側は苦しい立場になっただろうねぇ」


 異世界に来なければ、シャクティはかなり手強い弁護士になったことだろう。

 それこそ判決が逆転しかねないほど、彼女の洞察力は優れていた。敵でないこと実に頼もしい。


「そう言えば、勇者達の世界はどんな歴史を辿ったんだろうな。俺達の世界とは異なる次元の場合もあるんだろ?」

「大まかなところは同じかな。細かい部分で歴史の差違があるみたいだねぇ。信長が天下を取ったとか、第二次世界大戦には参戦せず海洋国家として繁栄したとか」

「ゼロスさん、何でそんなことを知ってんだよ」

「ドカで地下街道工事に参加したとき、たまたま三十年ほど前に召喚された生き残りがいたんだよ。仲間と共に今も隠れて生活しているらしい」

「生き残り……ね。まさか……」

「そこに気付いちゃったか。そう……奴等は勇者達を裏で抹殺していた。そのことを召喚された勇者達にリークしてあげたら、あっさりと聖法神国から裏切ったねぇ」


 地下街道工事現場で知り合ったガトーから聞いた話を、ゼロスはアトルム皇国に向かう最中に襲撃してきた勇者達を捕らえ伝えた。

 いささか強引なやり方であったが、勇者達は元よりメーティス聖法神国に疑念のようなものを持っていた。そのため簡単に戦力から引きはがすことに成功する。

 無論、好待遇で甘やかされ、疑念から目を反らしていた者もいる。

 しかし、いざ自分の命があぶないと知ると、彼等は国から出ることに躊躇いを持たなかったのだ。贅沢より命が大切だからだ。

 更に、その真実を伝えたのが日本人であるという影響も大きい。異世界の人間よりも同じ日本人の方が信用されやすかったのだ。

 勇者達が単純で幼稚であったとも言える。


「ゼロスさん……なんで俺にその情報を教えてくれなかったんだよ。考えてみればその話し初耳だぞ?」

「う~ん、そこは所属している国の関係もあるかな。立場上、僕はソリステア側だからねぇ」

「俺、ゼロスさんに全部教えちまったぞ? 他に隠していることはないだろうな?」

「ハッハッハ!」

「笑って誤魔化すなぁ! 何を隠してる。全部教えろぉ!!」


 ハサムの村では水源を周囲ごと消し飛ばし、イーサ・ランテでは最終兵器を起動させ、メーティス聖法神国の首都をうっかり吹き飛ばした。

 威力は最小限だったが、数百人規模の死傷者が出ている。バレたらマズイ話しだった。


「そこまで誤魔化すとなると……。何かヤバイ事をやらかしたな?」

「長いつき合いなら分るでしょ? 僕はねぇ、知り合いの周りに危険な連中がうろつく事態を避けたいんだよ。それだけの情報を知ったら、君もただでは済まないけど……それでも聞きたいかい?」

「遠慮しとく」


 ソード・アンド・ソーサリスの時と現実とでは、情報の扱い方が大きく替わる。

 ゲーム時の情報など精々新しいアイテムのレシピや隠しイベントの進み方など多岐にわたるが、現実に影響がでるわけではなかった。

 しかし異世界転生によって彼等の情報は危険なものになりかわり、薬品や魔導具製作の技術、更に地球での機械工学の応用など、政治経済に大きな影響を与えてしまう。

 ましてイーサ・ランテの情報は危険であった。

 未だ稼働する兵器群にアクセスできると知られれば、それこそ戦乱の世に戻ることになる。何しろ最終兵器レベルなのだから、独占を危険視する国や野心のある国にはさぞ魅力的に映ることであろう。

 おいそれと教えて良い情報ではないのだ。


「アド君も守る家族がいるから、危険な情報は少ない方がいいんだよ」

「非常識な魔導士で収まっているだけでも厄介だからな。イサラス王国の国王がウザいんだ……。鼻水と涙を流しながら、『アド殿ぉ~、我はどうしたらいいんだぁ!! 何かいい方法はないかぁ~!!』って、迫ってくるし……」

「どんだけ腰が低い国王なんだ? 小心者にしても酷いでしょ……」

「無理矢理王位につけられた国王らしいからな、強硬派に睨まれたらあっさり侵攻作戦に判を押すほど弱い。ソリステア魔法王国には感謝だな、鉱石も適正価格で買ってくれるらしいし」

「それでも馬鹿なことをする国は多いけどね」


 ダラダラと話を続けながらも、【アジ・ダカーハ】は山間を抜け、イーサ・ランテ上空に到着した。

 山間部に通気口の建物が点在し、その周囲は森に覆われている。

 ゼロス達の見知った形状の建物が廃墟として残され、かつての文明が急速に衰退したことを伝えていた。


「あれ? 思ったよりも発展しなかったのかな……。街の規模が小さく見えるけど」

「みたいだねぇ。イーサ・ランテが最も新しい都市だったんじゃないのかい? 上空から見る限りでは軍事施設に思える」


 廃墟と化した格納庫や滑走路が残されており、どう見ても民間の空港とは思えない。

 何よりも八本足の多脚戦車がスクラップとして残され、倒れた塔のような瓦礫の先端には、四つの砲身を持った高射砲が取り付けられている。

 その先では不自然な窪地が一つ存在し、おそらくは高威力の攻撃によって吹き飛んだことを物語っていた。


「あぁ~……これはアレだねぇ。邪神ちゃんの一撃でこの基地は吹き飛んだんだ。街に見える瓦礫群は、おそらく兵舎とかだったんじゃないかなぁ?」

「軍事防衛都市ってことか? 【ソード・アンド・ソーサリス】では、飛行船が飛び交う山間の経済都市だったけど」

「滅んでなければ、その可能性もあったんだろうね。僕はイーサ・ランテを第三新東京……」

「言わせねぇよ!? 汎用人型兵器は開発してねぇからな!?」

「……探せばあるかも」

「……嫌なことを言うなよ。俺はまだ、生命のスープに返りたくはない」


 某人型兵器が存在するかは別として、旧時代のシステムを搭載した【アジ・ダカーハ】は、瓦礫を覆い尽くすかのように繁殖した木々の広がる森へと降下していった。

 だが、ゼロス達は知らない。

 この地もまた、獰猛な生物が跋扈する野生の王国であることを――。

 命懸けの生存競争が始まろうとしていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 険しい山並みが連なる山脈の上空を、風の女神である【ウィンディア】が気怠げに漂っていた。

 聖域にいても【フレイレス】と【アクイラータ】がネチネチと文句がうるさいので、彼女はホトボリが冷めるまで逃げ出してきたのである。

 それというのも、アクイラータ達が【漆黒流星ギヴリオン】に襲われている隙に、【ウィンディア】はさっさと敵前逃亡したのが原因である。

 その場にいた転生者二人も恐ろしく強く、四神全員が揃っても勝てるとは思えなかった。

 無駄に力を浪費する気もなく、派手な戦闘のどさくさに紛れて撤収したのだが、後になってアクイラータ達に怒られてしまった。

 ウィンディアは二柱の女神達のように短絡的ではない。気まぐれではあるものの、厄介ごとは避けるほどに冷静だったのである。

 アクイラータは自己中、フレイレスはお馬鹿。ガイアネスは怠け者でウィンディアはマイペース。なんとも面倒な女神達であった。

 そんな女神の一柱であるウィンディアであったが、現在彼女は不機嫌である。

 その理由が――。


『オォォォ……帰せ……俺達の世界に…』

『帰りたいィィィ……故郷にぃぃぃぃぃ……』

『ヒハハハハハハ!! 滅びちまえぇぇぇ、呪われろぉォォォォォォ!!』

『ゲヒャハヒャヒャヒャ!! ウヒィ、クヒヒヒヒヒヒ!!』


 それは怨念だった。

 この世界を覆い尽くす薄い膜のような黒い霧。その全てが召喚された勇者達のなれの果てであった。

 利用するだけ利用され、その後抹殺された彼等は、輪廻の輪から外れこの世界を侵食していた。その憎悪は四神にさえも向けられている。

 しかし、この霧状の姿ではなんの力もない。少なくとも四神達はそう判断し放置していた。


「……うるさい」


 人間の肉眼では見ることのできない存在だが、女神であるウィンディアにはその異様さがはっきりと見える。黒い霧は無数の顔の形を作り、彼女の周囲に集まりだしている。

 更に問題は精霊にも怨念が伝わり、強大な悪意としてウィンディアに向けられていた。

 だが、この怨念達もウィンディアを害するほどの力はない。ただの悪意だけでは神に対抗できるわけがなかった。

 ウィンディは鬱陶しそうに顔を歪める。


『殺す殺す殺す殺す殺す……』

『憎い憎い憎い憎い憎い憎い……』

『怨怨怨怨怨怨怨怨怨……』


 いつからか、この世界は黒い霧に包まれてしまった。

 ウィンディアも気にはしていなかったが、最近ではこの世界が汚らしく見えて仕方がない。しかしこの黒い霧には浄化が通用しないのだ。

 弱いゆえに放置していたのだが、それ以上に鬱陶しい存在に変化してきている。だが、なぜこの怨念が自然消滅しないのかウィンディには分らなかった。

 この悪意の塊が元は勇者達であると気付いていない。いや、気にもしていないといった方が正しいだろう。消耗品のことなど念頭にないのだ。

 元より四神は、自分達を害するような存在にあったことなど一度しかない。怨霊がいくら束になろうと神である彼女達を攻撃するなど不可能である。

 それゆえにこの怨霊達が、実は危険な存在であるという事実にたどり着けないでいた。

 そう、この世界の摂理が次第に浸食され、神をも脅かす存在を生み出そうとしているなど思いもしない。


「……邪魔」


 気怠げに呟くと、ウィディアは風を集め、黒い霧を一つの塊に収束してゆく。

 やがて、一つの黒い結晶ができあがった。


「………」


 結晶化した怨霊、しかしこの結晶をどうすべきか考えていなかった。

 やがて彼女はとんでもない真似をしでかす。

「いらない……」と言いながら、怨霊の結晶を投げ捨てたのである。

 そして、少し綺麗になった空を見て、彼女は満足そうにその場から立ち去っていった。

 この結晶が何をもたらすか知ろうともせず――。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 それは弱い魔物であった。

 自然界では捕食されるだけの、名前すら知られていない小さな小動物であったが、過酷な自然界で必死に生きていた。

 そんな小さな魔物の前に、黒い結晶が転がっている。

 豊富な魔力によって構築された結晶を、この小動物は餌と認識した。

 魔物は他の魔物の魔石を吸収することが可能であり、魔石の質によっては急速な進化を促すこともある。それはこの小さな魔物も同様であった。

 生存競争の中にいる魔物は、真っ先にこの結晶に食らいついた。生きるための本能によるものである。


「ヂュッ!?」


 それは、膨大な力であった。

 流れ込む魔力によって、小さな魔物の体内にある魔石は、急速に膨れあがる。

 同時に肉体は急速に肥大化してゆき、小さな体は瞬く間に巨大な姿へと変貌を遂げていった。

 だが、それだけでは止まらない。

 膨大な力と共に、同じくらいの憎悪と悲痛の嘆き、郷愁の念が押し寄せてくる。

 小さな魔物に耐えられるはずもなかった。


『ホロボス……メーティス聖法神国…四神……憎い、悔しい、悲しい、帰りたい……』


 受肉と同時に一つの意識として統合された怨念は、明確な意思を持って巨体を空へと浮かべる。

 様々な感情に翻弄されながらも、破壊の意思だけは明確であった。

 ここに復讐者が誕生したのである。

 後に【ジャバウォック】と呼ばれる魔物は、より強くなるべく他の魔物を捕食していった。

 その身に憎悪の炎を宿しながら――。

 


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