アド君、傭兵ギルドに登録す
傭兵ギルドは、一般的に魔物の退治屋としての認識が強い。
各村や街に出没する魔物から依頼を受けて現地に赴き、倒すことで報酬を得る。
倒した魔物の素材は剥ぎ取り方の善し悪しで値段が変わり、腕が悪ければ二束三文程度にしかならず、狩人としての技量も必要となる。
ただ魔物を殺せば良いわけでなく、確かな素材を確保できる腕を持っているかどうかにより傭兵のランクが変わるほど、傭兵の世界は実力主義の面が高い。
無論魔物を倒せるほどの技量も求められるが、それ以上に素材の知識も必須と、意外に学術的な側面があった。
そのためか狩人出身者の割合が多い。
腕っ節だけの荒くれ者は、当然だが落ちぶれる。
「なぁ、ゼロスさん……」
「なにかね、アド君」
「俺達、凄く注目を浴びてねぇか?」
「魔導士が傭兵になるなんて滅多にないからねぇ、注目ぐらいされるでしょ。気にしないで堂々としていたまえ」
傭兵に魔導士が少ない理由の一つに、比較的裕福層のものでなければイストール魔法学院に入学できないというものがある。
魔導士は基本的に学者の部類に入るため、魔法を学ぶにはそれなりの金が掛かるのだ。
当然だが、孤児や農民、あるいはチンピラ予備軍から傭兵になった者は魔導士達からは蔑まれる。教養がないという点で大きな隔たりが出来てしまっていた。
「まぁ、最近では魔導士も体力が必要となってねぇ。学院でも格闘戦を教えているようだよ?」
「つまり、現時点で俺達が睨まれているのは、以前からの因習が原因ってことか。迷惑な話だ……」
「ついでに、傭兵も魔法スクロールが買えるようになったから、魔導士はいらないと思う傭兵も増えているらしい。
もっとも、魔法スクロールを購入できる傭兵は、ギルドの審査で合格した者に限られるようだけどね」
「魔法を犯罪に使われたら問題だからな、そうした審査は必要だろ。素行の悪い奴に魔法を使われたら面倒だし」
魔法は犯罪に使われると厄介である。
特に科学的な捜査技術が確立していないこの世界において、やろうと思えば完全犯罪が可能なのである。簡単な【スリープ・クラウド】や【アシッド・ミスト】などの魔法でも、犯罪に使われると犯人特定が難しい。
傭兵達には相応のランクや他者からの評価を審査の基準にいれ、一定の高評価を得た者だけが魔法を購入できる資格を得る。
また、魔法スクロールを購入した者はリストに記載され、どのような魔法を覚えたのか傭兵ギルドと記録を共有することで、魔法が犯罪に使われたときの捜査に役立てる。
最近出来た法案だが、この新しい法律にもまだ穴があり、問題が解決するには今しばらくの時間が必要であった。
「魔法スクロールって、一度魔法を覚えても何度も使えるんじゃなかったっけ? 今さらそんなシステムを作っても遅いんじゃね?」
「古いタイプの魔法スクロールだと、出回ったヤツは回収が難しいね。一応、売値の半額値で引き取っているらしいけど、回収率は芳しくない
幸いにも一定の魔力量がないと魔法自体発動しないし、燃費も悪い。脳筋の傭兵が魔法を覚えたところで直ぐにヘバるから大丈夫じゃね?」
「それ、不良品だろ。んで? 新しいタイプって、どんなやつだ?」
「魔法を潜在意識領域に転写すると、スクロールの魔法式が消滅するんだよ。古いタイプの魔法よりも使いやすいし、結構好評らしいね」
魔法スクロールの細工を仕組んだのが自分であることを伏せておくおっさん。
「そんな情報、どこで調べてんだ?」
「新聞さ。アド君も新聞くらいは読もうよ、意外と情報を仕入れられるよ?」
「ところで……そのスクロール、ゼロスさんが広めたんじゃないよな? なんか、似たような物が記憶にあるんだけど――」
「さてねぇ~。それよりも早く登録しなよ」
魔法スクロール販売の裏側に、間違いなくおっさんがいると確信したアド。
すっとぼけるおっさんを白い目で見ながらも受付に向かった。
「いらっしゃいませぇ~、ご用件はなんでしょうか?」
「傭兵登録をしたい」
「魔導師様お二人ですね? 珍しいですが、YoーHey!ギルドはどんな方ででも受け入れますぜbaby。規約には従って貰いますが」
「なんか、途中ラップ調だった気がするんだが……登録は俺だけだ。後ろのおっさんは既に登録してある」
「OKしました。人手不足なYo-Hey!ギルド、加入申請、マジ感謝! ファッキン魔導士鼻につくが、人手不足にゃ代えられねぇ! 今すぐ速攻で登録OK?」
ファンキーな受付嬢だった。
見た目はスーツ姿のキャリアウーマン風なのだが、会話の中にいちいちラップを挟んでくる。
「いくら魔導士が気に入らないからと言って、そこまで露骨に言っちまっても良いわけ?」
「OhーYee、くそったれな馬鹿魔導士、学院出身! Yoeeeくせに粋がる坊やマジうぜぇ!
役にも立たない馬糞にも劣るぜ! Roadに転がるStone以下。Battleにゃ出ねぇし剥ぎ取りもできねぇ! 素材も確保できねぇ役立たずのマザコンbaby!
Yo,YoーChickenなHeartに俺様幻滅! クソどもがマシだぜ、仕事しろよファッキン・ガイ。お呼びじゃねぇよ口だけ魔導士、マジなところGoHome、Fu-」
「普通に話せよ……。それに、俺は学院なんか出てないぞ? 他国出身者には迷惑なんだけど?」
「コホン! 失礼しました。魔法王国なんて言われていますが、正直に申しまして魔導士には期待していないんですよ。
今まで何度も魔導士の方が傭兵登録しましたが、ほとんどが口先ばかりで、依頼をまともに達成した方々は少ないんです」
アドは思わずゼロスに振り向く。
少なくともおっさんは並みの傭兵よりも強く、簡単な依頼など真っ先に達成させるだけの実力がある。その魔導士が傭兵の仕事をしていないなど考えられなかった。
「アド君、僕は確かに傭兵ギルドに登録しているけど、別件で必要だったから登録しただけだからね? 別に傭兵稼業するほど稼ぎがないわけでもないし、なりたかったわけでもない」
「いや、傭兵登録したなら少しは依頼を受けろよ。妙な偏見を持たれでもしたら、俺みたいな新人には迷惑だろ」
「それは個人の自由だと思うけどねぇ。それに魔導士の待遇改善を望むなら、アド君が頑張ればいいんじゃね?」
「正論だが、なんか釈然としねぇ……」
ゼロスは確かに強いが、傭兵の仕事を続けるかどうかは本人の自由意志だ。
元よりやりたいことを好き勝手にやる人物なので、アドの事情で動くとは思えない。
それでも、魔導士の待遇改善に少しでも貢献してくれて良いのではないかとも思う。
「それでは……カキコしてくれ申請用紙、説明聞けよ?Crazyboy。うちの腕利きバトってEnd。ありがたく受け取れやギルドカード、Pooou!」
「「………(この受付のねーちゃん、いちいちラップを挟まねぇと話せんのか?)」」
「失礼しました……」
「「失礼だよ、マジで……」」
客に応対する態度ではなかった。
真面目に仕事はしているのだが、何かのきっかけでフィーバーするようである。
見た目とのギャップが凄かった。
ともかく、アドは受付嬢に案内され、奥の部屋で講習を受けることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
講習を受けに行ったアドを待つこと一時間。
おっさんは取り敢えず酒場の方のカウンターでエール酒を呷っていると、奥からふらつく足取りで歩いてくるアドの姿が目に留まった。
見たところかなりお疲れのようである。
「おっ、戻ってきたか」
「まいった……あの受付嬢、最初からヒートアップしてさぁ、ラップで説明しやがるんだよ。なに言ってんだか分んなかった……」
「まぁ、基本的な話を覚えていれば良いんじゃないか?」
「分からないところを説明して貰おうとしたんだけど、なぜか途中からラップがデスメタに変わり、最後は童謡も混ざった歌で説明してくるんだ……」
「聞きたいような、聞きたくないような……微妙で斬新な音楽だねぇ」
「『規約、覚えていますか?』と言われてもさぁ、ぜんぜん頭に入ってこねぇよ。しかもリサイタル状態がいつまでも続くんだ……。どこかのガキ大将よりタチが悪い」
アドはこの一時間ですっかりやつれていた。
聞くところによると、受付嬢の歌唱力は高く、めまぐるしく変わるテンポのある曲調で、ギルドの規約を歌い上げたという。
しかし、歌の方が気になり過ぎて、規約そのものが頭に入ってこなければ意味がない。
「何人か新人の傭兵がいたけど、オタ芸で応援してたし……」
「どこのご当地アイドルなんだ?」
「ヘッ……コブシが利いてたぜ。ツッコミ疲れた」
「演歌も含まれてた!? やつれていたのはツッコミ過ぎたから!?」
「結局、ギルドの規約説明書を貰ってきた。あの講習の意味が分からん……」
この世界は独特の音楽文化があるようだった。
そして、ギルド規約は講習よりも説明書を読んだ方が早いようである。
「これから実戦テストでしょ? アド君、大丈夫なのかい?」
「なんとか……。体を動かした方が精神的に楽だし」
「まぁ、普通に考えて、君が合格できないわけがないんだけどね」
「フッ……それはどうだろうか」
「「!?」」
横からの声に振り向くと、一人の青年が立っていた。
右に長く伸ばした前髪を手で弄りながら立つ青年は、どこかの貴族の御曹司と言われてもおかしくない装備を纏い、女性の取り巻きに見つめられながらゼロス達に声を掛けたようである。
「傭兵は命懸けの仕事さ。魔導士の出番があるとは思えない。それに……君達をテストするのはこの僕だ。簡単に合格を上げるつもりはないよ」
『『ガ○マ!?』』
二人の第一印象は某機動兵器が出てくるアニメのキャラだった。
気取った仕草や世間知らずなところがそうしたイメージを与え、実戦テストを行う試験官にはとても見えない。
「前衛に出ることのない魔導士など、傭兵には必要ないよ。無様な姿をさらす前に潔く身を引きたまえ」
「いや、なんでそこまで言われなきゃアカンの? 魔導士だろうが傭兵稼業ができないわけじゃないだろ。偏見じゃね?」
「フッ……傭兵とは弱き者を守る最後の砦さ。後方から魔法支援しかできない魔導士には荷が重いよ。確かに戦いようはあるけど、自分の身を守れない時点で無駄に死ぬだけさ。僕はそんな場面に何度も出くわしている」
青年は手で前髪をなで、どん引きするくらいフサァっと髪をなびかせた。
そんな彼を見て、後ろにいる女性陣達から黄色い歓声が上がる。
『『こいつ、ウゼェ……』』
この時、ゼロスとアドは心底そう思った。
「キレミー様の言う通りだ。魔導士はおとなしく諦めて帰れ、傭兵になっても邪魔なだけだ」
「どうせ役立たずなんだろ? 怪我しねぇうちにかぁちゃんのところに帰りな」
「俺達Bランククラン、【紅薔薇騎士団】の手を煩わせるな。これは親切で言ってるんだぜ?」
「君達、本当のこととはいえ、もう少し言葉を選びたまえ。僕の品性が疑われてしまうじゃないか」
「「「「「申し訳ありません。キレミー様……」」」」」
『あっ、仲間がいたんだ……。ボッチかと思ってた』
『紅薔薇ねぇ……どっちの意味だ? この世界、変な連中が多いみたいだし』
アドとおっさんは、かなり失礼なことを考えていた。
そんなこととは知らず、キレミーはなおも言葉を続ける。
「傭兵は清く正しく、なによりも品性と礼節を求められるべきだ。無論、個人の強さは必衰だが、下品な者達がいると他の者達の品性も疑われる。特に魔導士は駄目だね」
「いや、俺は確かに魔導士だが、近接戦闘もできるぞ? むしろそっちの方が得意なくらいだし、な」
「今までどんな魔導士と出会ってきたのかは知らないけど、その全てと比較されるのも嫌なものだねぇ。まぁ、忠告としては聞き入れますよ? 意味はありませんがねぇ」
『仲間の方も品性ないじゃん』という疑問は口にしない。
下手にツッコミを入れると、ややこしい展開に発展しそうな気がしたからだ。
「まぁ、いいさ。君達は、くれぐれもギルドの評判を下げるような真似はしないで貰いたい。魔導士など最初から当てにはしていないし、せいぜい邪魔にならない場所で薬草でも採取してくれたまえ」
「ヒャハッ! 駄目だなぁ~、キレミーの坊ちゃんよぉ~」
今度は某世紀末ファッションの、やたら下品なチンピラ風の男が加わってきた。
革製のジャケットの下は半裸。棘付きの肩パットにチェーンを体に巻き、ナイフを舌で舐めながら登場したモヒカンの男は、このサントール傭兵ギルドでも腕利きのAランク傭兵である。
他のメンバーも同様のファッションで、男の言動にキレミーはもの凄く不愉快そうに顔をしかめた。
ゼロス達も『また変なやつが出てきたよ』と、内心で思う。
「この二人、ヤベェ~ぜぇ? お前みてぇなボンボンが勝てるような奴じゃねぇ。TUEEEぜ、マジでよぉ~ヒャハ!」
「エースさんですか。魔導士をそこまで高く評価するなんて、目がおかしくなったのでは? たかが魔導士を随分と高く評価するじゃないですか」
「ヒィヒヒ、言ってくれんじゃねぇか。けどよぉ~、この二人は別だぜぇ~? お前程度が喧嘩を売っていい相手じゃねぇよぉ。ヤベェ気配がビンビンくるぜぇ~ヒャハハ!」
「フッ、魔導士程度に僕が後れをとると? エースさんは随分とこの二人を買っているようですね?」
「ヒャハハハハ! 違うなぁ~、正直に言えば近づきたくもねぇ。こいつらは一種の化けもんだぁ~、それが分からねぇからBランク止まりなんだよぉ~」
「クッ……」
悔しげに顔を歪めるキレミーと、嘲るように長い舌を出しながら下品に嗤うエース。
その両者の間に激しい火花が散っていた。
「ヒヘヘヘ。ヘッド、なに騒いでやがんですかい? 他のクソどもに迷惑でやすぜぇ?」
「ヒャハ! ジョーカー、オメェ、随分と遅かったじゃねぇか?」
「ゲヒヒ、来る途中で大荷物のバァさんとで出くわしやして。家まで荷物を運んでやったんでさぁ。お礼に揚げパンをくれやしたぜ? 作りたてですぜぇ~」
「ヒヒヒ、良いことしたじゃねぇか。それでこそ俺様のファミリーだ。ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
『『見た目よりもスゲェーいい人達だった!?』』
彼等のファッションセンスは最低だが、心根は凄く善良だった。
「君、つかぬこと聞くけど……彼等は、実は凄くいい人達なのかい?」
「まぁ……見た目はアレですが、年寄りや孤児の世話をするなど、凄く慈善家で有名ですね。せめてあの格好は何とかして欲しいのだが……。僕から言わせて貰えば、偽善者集団だ」
「見た目通りの悪党より、はるかにマシじゃないですか……。まぁ、あのファッションはどうかと思いますけど」
キレミーも言いよどみながらゼロスの問いに答えた。
エース達のクラン【世紀末の聖人】は、どんな安い依頼も引き受ける善良な組織である。
上位ランクから低ランクまでのメンバーを組織的に運用することにより、どんな状況下でも赤字を出さずに依頼を効率よく達成する。しかも慈善事業まで行うほどの徹底ぶりだ。
見た目は最悪だが多くの人達から支持され、サービス精神も忘れない。サントール傭兵ギルド内で1,2を争うほどの依頼達成率を誇る。
エース達は正に傭兵稼業の成功者とも言えた。
「まぁ、依頼の報酬金額だけで仕事を選ぶよりはマシかな。粋がった馬鹿よりは好感が持てるし」
「ゼロスさん……。ある意味で俺達も彼等と同類では? 普通じゃないという点ではゼロスさんも同じでしょ」
「僕達は善人ではないよ? むしろ悪党かな。仕事も報酬金額で選ぶし」
「普通の傭兵なら誰でも同じだと思いますが? まぁ、僕達は彼等ほど下品ではないのでね。まったく……彼等の行動よりも、普段の態度の方が問題すぎる」
エース達が善良すぎて、他の傭兵達の立つ瀬がない。
だが、それも仕方のないことである。傭兵達は装備の手入れや回復用のポーションで何かと金が掛かり、少しでも生活できるように報酬の高い依頼を受ける。
慈善事業ができるほど余裕もなく、今日という日を生活するだけで精一杯の者達が多い。エース達【世紀末の聖人】が異質すぎるのだ。
「キレミーちゃんよぉ~、この男は直ぐに合格した方が身のためだぜぇ~? 下手に手合わせしたら一撃で勝負がつく」
「なっ!? 僕が弱いとでも言うのか! それは侮辱だぞ、エースさん!!」
「ヒヒ……ちげぇ~よぉ~、マジでこの二人が化けもんだって言ってんだ。いいか、忠告はしたぜ?」
「フン! ならば、僕がその予想を超えて見せよう。魔導士などに負けるはずはない」
「ケケケ、しつこいようだが忠告はしたぜぇ。そこのアンちゃん、手加減はしてやれよ? アンタが攻撃しただけで、この坊やは死んじまうからな」
ヘラヘラと笑いながらこの場からエースは立ち去った。
Aランクというはダテではないのだろう。アドの強さ自体は正確に分からないだろうが、おそらく放たれる気配だけで強さを推し量った。
それは、危険に対して敏感であると言うことであり、傭兵に必要な能力である。
危機感に鈍い者ほど早死にする。傭兵という職業の損耗率が高い理由がここにある。
魔物の強さを見ただけで分からなければ、勢いだけで突撃していく者が多い。血の気の多い傭兵達には良くあることだが、これでは長生きできるはずもない。
損耗を防ぎ、いかに効率よく依頼を達成するかが問われる職業なのだ。当然、上位ランクにいる傭兵達ほど慎重であり、時には長い時間を掛けて魔物と戦う。
そのための入念な準備は常日頃から行っており、万が一の事態に備えているからだ。そのためにはパーティーよりもクランを立ち上げた方が効率はいい。
そこまで入念な準備をしても失敗は常につきまとう。ゆえに生存率を高めることを念頭に置いて慎重に行動する。【索敵】や【鑑定】が使える傭兵は重宝されている。
それもできるだけ危険を察知するためであり、その上で依頼を達成させる手段でもある。
もっとも、全てのクランが【世紀末の聖人】のように慎重で入念な準備は行わない。中には仲間を使い捨てにする悪名高いクランも存在した。
ギルドはあくまでも依頼を斡旋する組織なので、クラン内部の事情には踏み込まないのだ。この中途半端な管理が傭兵の評判を下げることになっていた。
「僕が負けるだと……。フッ、その予想を覆してあげますよ」
『『なんか、凄くやる気になってるけど、忠告が挑発になっちゃってない? 火に油を注いだだけじゃね?』』
キレミーは燃えていた。
彼は貴族の三男坊であり、当然だが家督の継承権はない。
それ故に名声を求めており、傭兵という職業に品性を求めるのも当然である。
商人から指名依頼を受けるには、実績と礼節が求められる。ランクが高いクランほどその傾向は強い。例外は【世紀末の聖人】くらいのものである。
「アド君……殺しちゃ駄目だぞ?」
「俺、そんなに信用がないっすか? 手加減くらいはしますよ」
「いや、その手加減でもヤバ~い気がするんだよ。君が思っている以上に、君自身は強いからね? そこんところを自覚して欲しい」
「まぁ、軽く相手してきますけどね……」
「僕を侮辱するのは辞めたまえ!」
おっさんは、更に爆弾を投下してしまったようだ。
凄く嫌そうな顔をゼロスに向けるアド。おっさんは心の中で謝った。
「……時間だ。君達新人の実力を見せて貰うよ。特に、そこの魔導士……」
「うわぁ~、敵意満々……。めんどくせぇ~」
「アド君、いってらっさぁ~い」
無責任なおっさんに見送られ、凄く嫌そうな顔で扉の奥に消えたアド。
こうして数人の新人傭兵達は、地下闘技場で実力テストを受けるのであった。
「マスター、ロックで」
「……あいよ」
彼等の背中を見送ると、おっさんは暢気にカウンターで割高のウィスキーを注文するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地下に広がる闘技場。
かつては地上に存在し、この場所で多くの闘士達が戦いを繰り広げた。
今では半円形の湾曲した天井に塞がれ、傭兵ギルドの新人訓練所として使われている。
「では、さっそく実戦テストを受けてもらう。順番は受付の番が早かった者達からだ!」
鼻息荒く指示を出すキレミー。
訓練用の木剣が職員によって運ばれ、その中から自分に合ったものを選ぶ。
アドが選んだのはツヴァイハンダーと呼ばれる両手持ち型の剣である。
軽く振り回して具合を確かめてみた。
『まぁ、こんなものか……。木製だし軽いからな』
アドは軽く振り回しただけだが、その剣筋は新人の傭兵達やキレミーの目にはまったく見えなかった。
目にも留まらぬ斬撃、その事実に誰もが戦慄する。
『バ、馬鹿な……なぜ魔導士があれほどの技量を!? あり得ん! 魔導士が剣を使いこなせるなど……そうか、強化魔法だな! 肉体を強化したからあれほどの斬撃ができるんだ。なら、本来の実力は……』
キレミーはアドが身体強化魔法を使用していると思った。
この場に魔導師がいれば、魔法を使った痕跡など見つからないだろうが、生憎と傭兵ギルドに魔導士は存在しない。
ゆえに彼は勘違いをしていることに気付かなかった。
「君、強化魔法は認めていないぞ? 魔法を解除したまえ」
「強化魔法? いや、使ってないぞ? 言っただろ、俺は剣を使う方が得意だって」
「嘘をつくな! どこの世界に剣を使いこなす魔導師がいると言うんだ!!」
「ここにいるだろ? 大体、強化魔法を使ったら見て分かるだろ。体の周囲を魔力が包み込む光が見えるんだからな」
「なっ!?」
そう、身体強化魔法は目に見える形で判別できる。
そしてアドにはその痕跡が見当たらない。つまりは自身の力で剣を振り回したことになる。だが、キレミーはそのことを認めることができなかった。
『強化魔法ではないだとぉ!? ならいったい……そうか! 【闘気法】か! これなら魔力が見えることもない!』
【闘気法】は、体内で魔力を循環させることで肉体を強化する格闘家の技術である。
体の内側に魔力が巡るので、外側から魔力を見ることはできない。更に肉体は強化され常人の倍の力が発揮される。
「フッ……なら【闘気法】だね。まさか、魔導師がそんな技を使えるとは驚きだが、僕の目は誤魔化せないよ」
「だから、使ってねぇーって。大体、【闘気法】が使えるなら、魔導士でなく格闘家だろ。格闘戦できるなら、そもそも剣は選ばない。まぁ、俺はどちらもイケるけど、な。素手で殴ったら確実に死ぬぞ?」
「ハァ!?」
魔導士でありながら、剣技だけでなく他の格闘戦も可能。
つまり、魔導士としての叡智を学びながら、近接戦闘も学んだことになる。はっきり言えば規格外だ。
そもそも【闘気法】は格闘家の奥義と言っても良い技だ。それが使えるとなれば達人と言っても過言ではない。
つまり、目の前の魔導士は『魔法も武器も使えるけど、素手でも達人級だよ』言っているのである。
「そ、そんな訳があるか! 魔導士としての修行をしながら、格闘戦の修行などできるはずもない! 僕をコケにするのも辞めたまえ!!」
「いや、事実だしな……。いい加減に認めないと、本当に死ぬぞ?」
キレミーがいきり立つのも当然である。
魔導士の修行は生半かなもので身につくはずもなく、それは格闘戦も同じ事だ。両立して学んだとしても中途半端になりがちであり、まして奥義と呼べるような技を極めるなど不可能である。仮に覚えたとしても使いこなせるレベルではない。
一般的な常識で言えば当然なのだが、残念ながらアドが非常識な存在であることに気付かない。それゆえに現実を認めることができないのだ。
「絶対に裏があるはずだ……。僕は認めないぞ!!」
「いや、認めろよ……。なに意固地になってんだよ」
「黙れ! その化けの皮、僕が剥がしてみせる」
アドの意見は聞いて貰えなかった。
そして、実戦テストが始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「奴は魔法貴族の出身で、な。才能がなくて疎まれていたらしい……」
「へぇ~……またしてもどこかで聞いたような話だこと」
一杯やりながらも、ゼロスはバーテンダーのマスターと話をしていた。
そして、キレミーがやけに魔導士に突っかかる理由を知る。
「実家から追い出された奴は、傭兵になるしかなかった。当然、生き残るような術は持ち合わせていない」
「苦労しただろうね。それがBランクですか、しかもクランも立ち上げて立派だねぇ~」
「なら分かるだろ? 今までの魔導士がどれだけ役立たずだったのか、を……。傭兵が魔法を覚えた方が早いし、実戦向きだ」
「そうだねぇ~……。けど、それはこの国での話でしょ? 中には例外も存在する」
「あぁ……あんたら二人のような化けもんが、な。だが、奴は認められないだろう」
魔導士になれなくて冷遇された過去が、魔導士でありながら前衛で戦える存在を認めることはできない。それを認めればキレミーの今まで人生が否定されたことになる。
極端な話だが、それは……。
「僕達には関係ない話ですよねぇ? 勝手な事情を押し付けられても困る話だ」
「そうだな……。だからこそ世界の広さを知る必要がある。多少の痛い目を見ようとも……な」
「厳しいねぇ~」
「現実は残酷だ。だからこそ、今と向き合わねばならない……」
世界は変わる。
それは良い意味でも悪い意味でも、時代と共に少しずつ変化し、やがて常識の中に受け入れられてゆく。キレミーの【紅薔薇騎士団】でも魔法を覚えた傭兵はいた。
もはや魔法は魔導士だけのものでないことは確かだが、それと個人の事情は同意義ではない。傭兵が魔法を使えるようになるのなら、魔導士が武器や格闘戦が使えてもおかしくはないのだ。現実を受け入れられなければ痛い目を見るのが、傭兵という職業である。
そして――。
「キレミー様、お気を確かに!!」
「なぜだ……。なぜ、魔導士などに一撃で……」
「あり得ん! なぜキレミー様がこんなめに……」
「「……坊やだからさ」」
マスターはグラスを拭き、おっさんはグラスを片手にほぼ同時で呟いた。
担架で運ばれてゆくキレミーが、仲間達に付き添われながら医務室へと運ばれていく。
事実を認められず、最後まで自分の常識に固執したキレミーは、アドに一撃で倒されたようであった。
そのアドは奥から頭を搔きながら気拙そうに現れた。
「手加減したんだけどなぁ~……」
「いや、軽く一当てする程度で良かったんだよ。手加減でも過剰だと思うなぁ~」
「それはさすがに失礼じゃね?」
「いや、僕達のレベルだと、ただの弱い者いじめだから……。せめて、気が済むまで彼の剣を捌ききるとかさぁ~」
「それはそれで酷いと思うぞ?」
アドは律儀に対応したようだ。
その結果、キレミーは医務室送りである。
「アド、だったか? お前さん、強いな……いや、強すぎる」
「まぁ、目の前のおっさんに鍛えられたからな。地獄を見たよ……」
「ゼロス……確か、Sランクの傭兵にそんな名のヤツがいたな……。なんでも【閃光のセイフォン】を軽くあしらった魔導士とか」
「ゼロスさん……アンタもなにやらかしてんの?」
「いや、必要に迫られてだよ。僕は傭兵になる気はなかったんだけどねぇ~」
おっさんは気にもしていなかったが、Sランクに登録されると各ギルド本部に通達が行く。当然だが名前が知れ渡ることになるのだ。
「まぁ、ソリステア公爵のお抱え扱いだからな。うちでも指名依頼をするわけにはいかない。Sランクの大半が貴族や国のお抱えになっている」
「そうなのか?」
「僕に聞かないで欲しいねぇ~。何度も言うけど、必要に迫られたから登録しただけ。おじさんはねぇ、基本的にのんびり暮らしたいのさ」
おっさんの立場は自由だった。
デルサシス公爵も、ゼロスに首輪をつける気は無いようである。
「僕の立場はギブアンドテイク。デルサシス公爵と僕の利益があったときに、依頼を受ける形になる。まぁ、面白い依頼なら引き受けるけどね」
「自由が保障されているのは良いことだ。他のSランクは無茶な依頼を出されて辟易しているからな、実に良い関係を築いていると言える」
「バーテンのマスターなのに、詳しいな? もしかしてギルマス?」
「正解だ……。怪我で傭兵を引退したが、以前はSランクとしてそれなりだったぞ? まぁ、今では名前すら覚えているヤツはいないが、な」
バーテンのマスターであり、サントール傭兵ギルドのギルドマスター。名を【セザン・ロークス】。二つ名を【金剛のロークス】。
かつては大型の盾を使う防御型の傭兵で、仲間を守る前衛の要として名を馳せていた。
怪我と老いから傭兵稼業から引退し、ギルドで働くようになり、今では傭兵ギルドのマスターとなった。
「Sランクの弟子か、技量からSランクでも良いが……」
「せめてAランクにしてくれ。Sランクにされたら余計な連中がつきまといそうだ」
「ふむ……お前さんは良いのか? 弟子なんだろ?」
「弟子というわけではないんだが……。アド君がそれでいいと言うなら、僕が反対する理由はないねぇ。基本的に自由意志に任せてる。縛る気なんてないさ」
「そうか……なら、Aランクで登録しておく。定期的に魔物の素材を持ち込んでくれれば文句は言わん」
「了解……。これで一稼ぎできそうだ」
「ギルドカードはもうしばらくかかるだろう。飲んでいくかい?」
「昼間なのに? まぁ……少しだけ」
アドもイケる口のようだ。
ギルドカードが発行されるまで、アドとおっさんはサラミをつまみに、チビチビと酒を味わう。
「ところで、ウィスキーなんていつ売り出したんだ?」
「俺もエール酒しか見たことがないな。温いやつだけど……」
「最近、ソリステア商会で売り出したんだ。以前から研究していたらしくてな、ようやく納得いく商品が完成したらしい」
「「へぇ~……」」
領主の傍ら商売を手広く広げるデルサシス公爵。
その底知れぬ行動力に、おっさんとアドは開いた口が塞がらない。
自分達よりも、この地を治める領主がチートなのではないかと改めて思うのであった。