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 邪神ちゃんは、暇を持て余していました

 プカプカと培養槽の中に漂う幼女。【アルフィア・メーガス】と名付けられた元邪神である。

 彼女は今、アカシックレコードからこれまで起きた歴史の流れを読み取り、情報分析を行っていた。

 彼女の脳裏には、管理すべき惑星の一つが時間を早回しに投影され、確実に荒廃してゆく光景が流れていく。四神がいかにこの世界の管理を怠っていたか状況が細部まで見て取れる。


 大陸の一つが急速に砂漠化し、多くの生物が死滅してゆく光景を見て絶句し、今まで滅びなかったことが奇跡に思えた。

 勇者召喚魔法陣が世界を支えるエネルギーである魔力を、急速に吸収消費し、再び召喚を行うべく蓄えていくの分るが、それでも召喚魔法陣が魔力を吸収できる量にも限りがある。

 召喚魔法陣がある土地を中心は、魔法陣が魔力を収束しているために濃度が薄いが、その範囲外は吸収できず集められた魔力がその場に止まり、魔力濃度の高い土地が広域に広がる。

 生態系は急速に狂いだし、動植物自体が強靱で強力な生態へと変化していった。それ自体なら決して悪いわけではないが、わずか二百年程度で行われたのだから問題でありタチが悪い。

 強力な生物に進化した生物は急速に増え拡散してゆき、怪獣同士の戦いの場へと変わる。邪神戦争以前の生態系の面影が全くない。


『これは……酷い。奴等め、本当に碌な真似をせん』


 更なる問題は、召喚された勇者達の魂魄による影響だ。

 自分が封じられて以降、送還されずこの世界で死んで逝った魂は群体化し、この世界を薄い膜状で覆うまでに至った。それは肉眼でも判別できないエネルギーの薄いカーテンのようなものである。


 勇者達は召喚されたとき、この世界に適応できるよう肉体が最適化されるのだが、召喚する外界世界が極端に多いことだろう。

 中にはこの世界と相性の悪い者達もいる世界もあるわけで、そうした調整は本来、事前に神々同士で情報のやりとりを行わなくてはならない。

 当然だが、召喚される側の神々と細部に至るまでの微調整が必要となる。

 お互いの世界の情報から最適な強化のデータを算出し、それに合わせて召喚陣を再調整。召喚される側も事前に召喚される者達の肉体を数値化し、異世界の環境に適応できるよう調整を行う。

 互いの準備が終わり次第連絡し、魔力を充填してから初めて召喚を行う。勇者達に強力な力を与えられる理由がここにある。

 召喚されても勇者達が戦えねば困るので、肉体急速な変化に耐えられるようレベル制にすることにより段階的に成長を促すのだが、今そのような調整は行われていない。放置状態なのだ。


『我を封じた者達は、最初の大量召喚で呼ばれたのは分かる。しかし、それ以降も召喚が続けられたのはどう言うことだ? この召喚での犠牲者はかなりの数になる。召喚魔法陣も暴走しているかのようだ……死んで逝った勇者達の魂が介入し、強制的に故郷への道を開こうとしていたのか?』


 記録によると、召喚魔法陣の召喚対象世界は、一つの世界しか登録されていない。

 しかし、実際は別の外界世界の道を開いている。おそらくはゲートが開く度に次元座標軸を設定するシステムが壊れ、隣接する多種多様な世界に繋がったものと推測した。

 だが、そうした世界でも星の数ほど存在する。管理者が上層にいる【観測者】に報告しなくては問題視されないのだ。しかもこちら側に引き込むゲートは瞬間的に発生する。

 刹那の瞬間に開いたゲートを逆にトレースするのは困難である。


『いや、問題視はされているだろう。おそらくは、この世界に観測者が存在していなかったことが問題なのだ』


 そう、本来の観測者の後継者的立場である【アルフィア・メーガス】は、管理者として完全に登録されたわけではない。

 世界の事象管理システムは自動化され、封印された惑星に管理者代行を置いただけなのだ。その管理者代行が予想以上に馬鹿であったことが、更なる悲劇に繋がってゆく。

 被害を訴えたところで、要請を受け取る者がいない。そして現在に至る。


『抗体の調整プログラムが、この世界を事象に侵食している……。異界の魂がこれほど影響を及ぼすとは。これは早く復活せねば、予想よりも早く世界は崩壊する可能性も……』


 レベル制の環境適応強化プログラムは、本来であるならば勇者だけのものであった。通常なら送還されることでプログラムは消去され、この世界に影響を及ぼすことはない。

 だが、死んだ勇者達の魂は回収すらされず、同時にプログラムもまた回収されず魂と共にこの世界を漂う。やがて致命的なバグとなり事象に干渉してくることになった。

 動植物の急速な進化や、常軌を逸した能力強化が敵を倒すことで簡単に可能となってしまった。それは自然の摂理を破壊することを意味する。

 幸か不幸か、微妙なバランスで均衡が保たれ、皮肉にもその調整を行っているのがレベルシステムであった。しかし限界でもある。


『スキル主体制度の世界が、こんな短期間でレベル制に変わり、しかも生命を自爆へと誘うか……。これは悪夢としか言いようがない』


 本来、この世界は【スキル】だけの世界である。レベルアップは世界規模でのイレギュラーな危機的状況下のみ、緊急戦力として召喚された勇者――【抗体】のみが可能となる。

 これは、あくまでも防衛をするための緊急措置ていどでしかない。

 この場合、邪神戦争時に勇者が召喚された。これ自体は正常なものである。

 実際、アルフィアが封印されたことで、事象管理システムは正常に戻ったことを記録で確認できた。

 その強化システムの模倣を、勇者達の魂がシステムに浸食することで実行している。プログラムを消去されなかった勇者の魂が、バグと化して事象管理システムに流入し、強制干渉をおこなっているのだ。

 元よりどちらも世界を維持するためのシステムなので、異常事態であると認識されなかったようである。

 そのシステムが、この世界に生息する全生物に組み込まれていった。


 本来のスキル制度は、確認することのできない個人の才能が発現する現象である。

 必死に自身を鍛え続けねばスキルを覚えることもない。多少は地球より有利な世界とも言えるが、才能に個人差はさほど開きがあるわけでもなかった。

 環境次第では身体の成長も人と異なるのはどこの世界でも同じで、個人の能力に差ができたとしても人の範疇だったのである。

 スキル補正についても精々補助程度で、大きな効果があるわけではない。

 また、レベルにおいては、召喚された勇者の体質次第で同じレベルアップでも召喚した世界の事象管理システムの状況によって、レベルアップの使用が異なる場合がある。

 その調整を事象管理システムが行っているようだ。それでも不完全な勇者達の身体調整の負荷は歪みとなっていく。しかも何度も召喚され、そのたびに勇者達は殺されていく。異世界の魂が蓄積されるだけでなく、調整が行われないのでバグが更に酷くなる。エンドレスでこの状況が続いていた。

 もはや惑星一つの管理システムでも修正は間に合わず、飽和状態は暴走を引き起こしていた。この深刻なシステムの狂いは、やがて他の領域にまで及ぶ可能性が高い。管理者の調整が行われないのだから当然だ。

 管理権限のない不完全な管理者では、干渉することができないのがもどかしかった。


『一応、この次元世界は我の管理下に入ったはず。なれば、直ぐにでも完全体になり、正常な状態に戻さねばならぬのだが、あやつらは何をしているのじゃ?』


 数日前、アルフィア・メーガスの前に現れた外界世界の観測者端末と、自分を復活させた異界からの工作員との会話を思い出す。

 それは、培養液の中で暇をもてあまし、アカシックレコードから異世界のゲームをダウンロードして遊んでいたときのことであった――。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アカシックレコード。

各次元世界の情報を集積する、途轍もないほど広大なデータベースのことである。原初の次元世界に存在し、無限に広がり続ける。そして全ての次元世界の情報が一手に集まる。

 アクセス権限は管理者の能力次第で決まり、アルフィア・メーガスは閲覧できる領域は他の神々よりもはるかに広く、そして深かった。

 例えば、人間が【神】と呼ぶ自然発生型の存在。彼等は一定レベルの文明や技術の知識以外は引き出すことはできない。異なる世界の情報は理解することができないのである。

 だが、観測者は宇宙創造から各世界の情報まで幅広く得ることができる。

 無限の次元世界を流れる様々なエネルギーの状況や、数百年規模の未来予測まで、情報さえ得られれば不可能なことなど存在しない。

 管理する世界を自分が興味ある世界に再構築することも可能となるのである。他にも様々なことができるが、そこに人間の理解が及ばない英知も無限に存在する。

 そんなアカシックレコードに、暇なアルフィアがアクセスできるようになればどうなるか?

 答えは――暇なので『遊ぶ』であった。


『ぬぉおぉ!? フェニックスモードは無敵じゃが、合体パーツが分離状態で撃破されると、集めるのは大変じゃな』


 脳内にインストールした、どこかの世界のレトロゲームを満喫していた。

 しかし、彼女は人型をしていても、その存在は一種のスーパーコンピューターである。

 人間が時間をかけて遊ぶゲームなど、アルフィアにとってはわずかな時間で攻略してしまう。未熟とは言え情報処理速度が恐ろしく速いのだ。

 しかし、それでは面白くないと情報処理能力を人並みに落とす徹底ぶりであった。並列思考でゲームデータとプレイヤー側の操作を別に処理しているのだが、普通に考えて能力の無駄遣いである。


『ふむ、次は何をして遊ぶか……。オンラインのRPGなぞ、一人でやってもつまらぬしのぅ』

『なら、少し話を聞いてくれないかい? 楽しんでいるところ悪いとは思うけど、僕も忙しいんだ』

『誰じゃ?』


 突然に脳裏に響く声。いや、声ではなく思念であることは瞬時にわかった。

 その思念の主は、どこか自分に近しい存在であると本能的に理解する。


『僕は、ソウラス。本当はもっと長ったらしい名前なんだけど、便宜上ね』

『して、何用か? 今、積みゲーを処理するので忙しいのだが?』

『……君、そのままだと引きこもりの駄目管理者になるよ? まぁ、それは置いておくとして、君には契約をして欲しいんだ。ゼロス君とアド君にね』

『ふむ、ゼロスとは我を蘇生させた者のことじゃな? アドとは……察するに、あやつと同類かのぅ? 契約とは、【聖約】のことか?』

『そっ、話が早いね。君を早く完全体にしないと、神域のシステムプロテクトが外れないんだよ。ただ、今のままだと手遅れになりそうでね』


 異界から観測者や管理能力者が来ることは想定していたが、ソウラスの様子から事態がかなり逼迫しているように思えた。

 それだけプロテクトが強固だと言える。


『むぅ……変質した生体エネルギーを霊体直結することで我に送り、理を正常に戻すと同時に肉体の構築と強化に利用するということかのぅ? それ以外の方法もいくつかあるが、時間が足りぬか』

『うんうん、君も理解が早くて助かる。スピィーディーなのは良いことだ。最悪、惑星一つが消滅しても構わないんだけど、このままだと他の次元に影響が出そうなんだよ。その予防策かな』

『我が拒否することはないのぅ。抗体強化プログラムの暴走と浸食を止めねばならぬし、こちらに滞留した異界の魂魄を輪廻に返さねばならぬ』

『ハァ~……もの凄く優秀な娘じゃないか。あの人は、なんで封印なんてしたんだ? あのお馬鹿さん達よりもはるかに優れて――いや、比べるべくもないじゃないか』

『見た目が悪かったらしい』


 アルフィアの答えにソウラスは頭を抱え、『あぁ……あの人なら能力よりも見た目を優先する。それがこんな事態に……』と、嘆いた。

 彼が良く知る観測者だったのだろう。答えを聞いて妙に納得していた。


『どうせ、自分好みの後継者を生み出そうとして、余計な因子を多く取り入れたんだろう。それで失敗したんだ……。優秀だけど、アホだったからなぁ~』

『矛盾しておらぬか? じゃが、今はプリチーじゃろ? 創造主の悔しがる顔が見たいのぅ』

『いや……今の君を見たら、あの人は狂喜乱舞して拉致すると思う。アホだから……』


 前観測者は人格に問題があったようだ。

 もっとも、四神に管理を任せたのだから、性格自体に大きな問題を抱えていたことは疑いようもない。今更である。


『それじゃぁ、君のP*ωxσ×(発音不可)コードを【イレイザー】に直結するよ? 彼等が取り込んだ生体エネルギーは、直接君に流れ込むようにする』

『うむ……しかし、あやつらはイレイザーじゃったか』


【消去する者】、イレイザー。外界の観測者が問題の起きた次元世界に送り込む、【神殺し】のことである。【神殺し】は、事象管理を怠った――あるいは悪用した【神】を消去する殺し屋であり、観測者が送り込む最強の切り札であった。

 生物でありながら、一級神すら滅ぼすことのできる力を持ち、隣接する次元世界に悪影響が出たときに送り込まれる。能力の上昇率は勇者以上。

 要は、勇者達と同じ存在だが、力の差は圧倒的なのである。

 何しろ観測者以外の【神】を抹殺することができるのだ。つまり、それだけ外界の観測者達が本気であると言うことになる。一種のワクチンプログラムと思った方が良いだろう。

 しかし、イレイザーを送り込むことは、余程の最悪の事態であることが多く、観測者の承認がない限り送り込まれることはない。


『あの馬鹿共は、それだけ本気にさせたと言うことか……』

『逆に言うと、イレイザーしか送り込めなかったんだよね。こんなことは初めてなんじゃないかな?』

『この次元は、どれだけ隔離された世界なのじゃ? まぁ了解した。さっさとリンクを始めるが良い』

『後輩なのに、偉そうだね? じゃぁ、行くよ。せぇ~のぉ~……』

「「ホンギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」」

『『……おや?』』


 思念で会話している二人には気付かなかったが、傍らにはゼロス達が黙って見ていた。

 そして、アルフィアとリンクするために魂のバイパスを直結したことにより、その影響で激痛が体に走ったのである。

 本来なら人間が耐えられるようなものではないが、イレイザーは人間とは大幅に異なる生命体だ。気絶はしても死ぬことはない。

 そして、久しぶりに行われたイレイザーへの霊体直結のため、二人に激痛が走ることをすっかり失念していたソウラスであった。


 何にしても、アルフィア・メーガスが完全復活する日は近づいたと言える。

 それも気絶したおっさん達次第でもあるが、何にしても神との契約――【聖約】は結ばれたのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 話は再び現在に戻る。

 聖約を結ばれても、イレイザー達は動こうとはしなかった。

 アルフィアにとっては今すぐにでも動きたいところなのだが、肉体が不安定な状態ではどうすることもできない。四神にですら簡単に倒されるのは問題である。

 

『なぜに動かぬ……。いや、馬鹿げた力を有していたとしても人間じゃしな。派手に動けば関係のない人間共や、あの馬鹿共に感づかれるか……。我も弱い状態であるし、慎重に動くつもりかも知れぬ』


 アルフィアはそう結論づけたが、実際は社会のしがらみを何とかしようと必死なだけである。

 特にアドは生活費がほとんどなく、どこかで稼がねば【神】の復活どころではない。

 しかし、そんな事情は彼女には知ったことではなく、興味もない。

 アカシックレコードを検索すれば大体の事情は知ることができるのだが、些細なことを検索するくらいならば、この惑星の摂理を元に戻すための情報を収集することを選ぶ。

 

『先に異界の魂魄を回収するのが有効じゃな……。そこから手を付けて、システムの正常化を図ったとして……。うぅむ、少し手間が掛かりそうじゃ』


 聖約が結ばれた以上、ゼロス達は行動に移すのは間違いない。

 今は静かに時を待ち、世界の正常化プランを練る。


『そう言えば、我が以前復活したときには管理権限が解除されなかったのに、今になって管理権限が下りるのはどう言うことじゃ?』


 素朴な疑問を思うが、考えても答えなど出るわけがなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 魔法薬を調合していたゼロスだが、一日中テーブルに齧り付いているわけではない。

 気分転換に外に出ては、畑仕事をすることもある。


『岩石芋、【ポルタ】かぁ……。これも久しぶりだねぇ、本物は初めて見たけど』


 アドがイサラス王国で栽培を始めさせた岩石芋。

 皮が岩のように固く分厚いが、水で煮込むことで柔らかくなるのが特徴だ。

 冬であれば茎や葉から糖分を抽出できる優れもので、剥いた皮も肥料としては良質で捨てる場所がない。料理でも実に応用が利く野菜であった。

 また、保存性にも優れ、一年ほどなら腐ることなく蓄えておける。

 性質はほとんどジャガイモに近いので、カレーの具材に使えると思い畑に植えていた。


「あぁ~……なんで畑仕事をしてるかな。俺。腰が痛い」

「アド君、『働かざる者、食うべからず』だよ? 居候の君は、何もせずにダラダラ食っちゃ寝するつもりかね?」

「いや、そんなつもりはないが、俺達はやるべきことがあるんじゃね?」

「ユイさん達をクレストンさんの別邸で預かって貰っているんだから、相応の見返りを出さないといけないよ。幸い、このポルタは色々と使える」


 乾燥させて粉末にすれば、小麦粉の代わりとして使える。

 この異世界では麦は水田で栽培され、麦の量を増やすには水田を増やすために開拓を行わねばならない。平野部でならまだしも山間の村や町では麦の栽培には向かない。

 しかし、このポルタは違う。

 世界の標高の低い土地では気候も穏やかであり、寒冷地のように砂糖はとれないまでも、小麦の代わりであるデンプンは充分に確保できる。

 食糧自給率が上がれば他国にも支援できるので、食糧難のイサラス王国に送ることが可能となるのだ。小国同士の繋がりを深めるにもポルタの栽培は有効な手段でもあった。


「俺、金を稼がなくちゃならないんだけどなぁ~……」

「金がなくなったときのため、保存の利く食料は必要でしょ。なくなって慌てていたら遅いからね?」

「そうなんだけど、魔物を倒して素材を売った方が得じゃね?」

「否定はしないが、傭兵家業は儲からないぞ? 危険地帯に行けば良質の素材も確保できるが、その代わりリスクもでかくなる」

「どのみち魔物は倒さないと駄目だろ。聖約の件もあるし」


 細かくしたポルタを土に埋めながら、マジな話をする二人は実にシュールである。


「手頃な狩り場でもあれば良いんですがねぇ」

「【ソード・アンド・ソーサリス】と大夫違うからな、都合良くそんな場所があるとは思えない」

「だねぇ~。狩りもできて、聖約の条件を満たせる。そんな場所なんて……」


 そして思い出す。地下都市【イーサ・ランテ】の真上に街が存在し、そこには手頃な狩り場があったことを――。

 前回でイーサ・ランテを発見したときは確認しなかったが、地上は山間部に築かれた都市であり、【ソード・アンド・ソーサリス】の序盤では最高の稼ぎ場であったのだ。

 魔物素材から始まり、鉱物資源まで採掘できる。薬草などの類いも豊富で、売ればそれなりの稼ぎになる場所であった。

 そして、この異世界では完全に閉ざされた場所であり、しかも【アルフィア・メーガス】を完全体にするための獲物が数多く生息している可能性が高い。


『ちょっと、行ってみようか?』


 まるで『近所に煙草を買いに行ってくる』的なノリで、魔物を狩りに行こうかと考え始める。

 どのみち強力な魔物を倒しに逝くことは決定事項であり、できることなら凶悪に進化した個体の方が効率も良い。アドとゼロス二人だけでもこの世界で最強に値する。

 多少は手間取っても、【神】の完全復活は果たさなくてはならない。


「ゼロスさん、少し良いですか?」

「おや? ルーセリスさんですか、どうしました?」


 申し訳なさそうな表情で、ゼロスに声をかけてきたルーセリス。

 考え事に夢中になるあまり、彼女の接近に気付きもしなかった。これが戦場なら致命的な隙である。


「薬を調合していたのですが、少し素材が足りなくなってしまい……その、余っていたら売って貰えないでしょうか?」

「まぁ、素材にもよりますね。何が足りないんですか?」

「【雪咲草の根】なのですが……」

「解熱作用のある【雪咲草の根】ですか。残念ながら所持していませんねぇ、なんなら採取に行ってきましょうか? どうせ、ついでですし」

「本当ですか? ありがとうございます。常備薬を作るにも量が少なくて困っていたんですよ」


 この時点でアドの都合など考えてはいない。

 仮にアドが断っても、おっさんは一人で勝手に行くことだろう。


「常備薬? いざという時の薬ですかね」

「いえ、来週に広場でバザーを開くので、そこで売ろうかと思ったんですよ。これでも薬師のスキルを持っていますのから、必要な方にお売りしようと思いまして」

「最近、薬草の栽培農家が増えたようで、値段も安くなったらしいですからねぇ。薬も価格が下がっているのだろうか?」

「そんなことはありませんよ? ウチは質が良いそうなので、それなりの値段で取引されていますね。薬と言えば魔法薬を連想する人もいますが、魔法薬よりも調合した普通のお薬が重宝されます」

「ほう、保存日数の問題ですかね? しかしバザーか……露天商はやめて、出店させてみようか。参加は自由なんですか?」

「そうですね。参加をするなら朝一で場所取りをしなくてはなりませんが、それ以外に決まった手続きはいりませんよ?」


 バザーやフリマは、この世界でも普通に行われている。

 日用品。特に衣類などの古着などは重宝され、民は物々交換で取引することもある。

 衣類には生地が必要だが、生糸や木綿、麻などの素材を用意するにも、それなりに手間が掛かるものだ。そのため古着などの再利用は一般的であった。

 無論、中古日用雑貨などの販売も行う者達もおり、新品の品物を購入することは少ない。

 真新しい品物を手に入れるなど、一般の人達には金銭的な負担になる。お世辞にも生活が豊かとは言いがたく、食器類などの余り物は良く販売されていた。


「アド君、一稼ぎしてみるかね? 露店販売はやめにして、バザーに参加しよう」

「言葉が違うだけで、たいして変わらないだろ。まぁ、それは前から予定してたから良いけどさ。ころころ日程を変えるのはやめてくんね?」

「ついでに、明日は狩りに行くよ。ちょっと山越えしていくから、雪原に対応できるよう準備してちょうだいな」

「いきなりだなぁ!?」

「鉄は熱いうちに打て、だよ? 僕達に余裕なんてないのさ」

「あんた……さっきまで畑仕事してたよな? 充分余裕があるだろ」


 思い立ったら即行動のおっさんは、他人の都合を一切考えない。

 そして、幸いにもアドの事情を良く知っているので、断れないことを計算に入れて発言している。


「リサやシャクティ達は留守番か?」

「大抵の魔物は倒せるだろうけど、大深緑地帯や未開の地は何が生息しているか分からない。安全を考慮して僕達だけでいくことにする」

「未開の地って……どこに行く気だよ」

「【雪咲草の根】を採取に行くんですよ? 山岳地帯に決まっているじゃないか。イーサ・ランテの真上に都市があったはず。この世界の現状も実際に見て確認したいですし、様子見がてらに行ってみよう。一狩り行こうぜ!」


 有無言わせず勢いで即行動。

 ルーセリスに頼まれた薬草などの採取などもあり、ついでにアルフィアの完全体のため、多くの魔物を倒さねばならない。

 それを全て、ついでで済ませようとするおっさんは、以外にせっかちなのかも知れない。


「なんか、ところ構わず戦争をふっかけ、死者を生け贄に魔王を復活させようとする邪教徒みたいなんだが……」

「その認識は正しいと思うねぇ。やっていることは同じだし、無意味に死んでいく魔物が哀れだ」

「なんのお話ですか? 生け贄?」

「「何でもないよ? ただの気分的な話さ……」」


 うっかり神復活の工程を口にしてしまい、慌てて誤魔化す男二人。

 場合によっては危険なことになりかねないので、神に関しての余計なことは知らない方が良いのだ。特に四神教に知られるのはマズイ。


「――ということは、魔物の素材は売りに出せるんだよな? 資金稼ぎのチャンスか?」

「あれ? そう言えば、素材を売るには傭兵ギルドの資格が必要なんじゃなかったっけ? アド君はギルドで傭兵登録をしているのかい?」

「いや、必要ないと思って登録はしてないな。面倒な規約があるんだな」


 魔物の素材は、多少例外はあるが傭兵ギルドが商人の仲介役となり、傭兵達が確保した素材の金額から一割の仲介料を差し引くことで、各商人達に卸売りされる。

 ゴブリンなどはたいした金額にならないが、魔物次第では一攫千金が見込める。

 しかし、大物であるほど倒すことが困難であり、傭兵達の損耗が激しくなる。

 まぁ、ゼロス達には無縁な話であるが――。


「お金が必要なら、傭兵ギルドに登録しておいても損はないだろうねぇ。傭兵ギルドは各国に存在しているし、自由に国を行き来できる身分証にもなる。

 有名になるのを避けたいなら、微妙な素材を大量に売りつければ良いんじゃないか? 売りすぎても値下がりしそうだけどね」

「なら、他の国で素材を売っても良いんだな? まぁ、メーティス聖法神国には売らないけど」

「お隣の国程度なら良いんじゃネ? 早速登録しに行くかい?」

「家も買いたいからな、少し稼いでおくか」


 アドの身元証明はイサラス王国が行っているが、あくまでも客分としてである。

 正式な身分証明が必要であるならば、傭兵登録は都合の良いものであった。


「それじゃぁ、早速案内しますよ。ついでに魔石も売って当面の資金に充てたらどうです?」

「あっ、ギヴリーズの魔石か!」


 アドはインベントリ内に大量にある、茶色い悪魔の魔石を思い出した。

 売りに出せばそれなりの金額になるのは間違いない。


「ギヴリーズって、なんでしょうか?」

「ルーセリスさん、奴等のことは知らない方が良い。群れなす台所の悪魔なんて、想像したくないでしょうから……」

「理解できました。想像したくないですね……」

「シスター……顔が青ざめているぞ? 考えない方が身のためだ。俺達も酷い目に遭ったからな」

 

 ルーセリスが想像したのは台所に出没する小さい方だが、ゼロス達は巨大な昆虫型の魔物である。

 その恐怖は比べものにならない。


「【雪咲草の根】は了承しました。明日から採取に行ってきますよ」

「すみません、ゼロスさん。本当なら私が採取にいければ良いのですが……」

「パワフルな子達がいますからねぇ。それは仕方がないでしょ、適材適所です」

「んじゃ、俺も傭兵登録をしてくるか」

「魔石なら、魔道具店に売った方が良いですよ? 暇潰しに案内してあげよう」

「暇潰しかよ……」


 男二人で連れ立つ姿は正直言って虚しい。

 そんな二人の背中に、「いってらっしゃい」といってくれるルーセリスの声が聞こえた。


「ゼロスさん、あのシスターと結婚しないのか? どう見ても気があるだろ」

「年齢差が気になってねぇ~、なかなかにふんぎりがつかないんですよ。勝ち組の君には分からない葛藤だろうね」

「まぁ、あれくらいの娘がいてもおかしくない歳だしな。けど、あれほどの美人だぞ? 狙っている男は多いんじゃないのか?」

「その前になんとか勇気を振り絞りますよ。今は考える時間が必要かな……」

「意外に弱腰だな……」


 結婚のことはともかくとして、今はアドの生活費が問題である。

 もう直ぐ一児の父親となる彼と、妻であるユイの生活にはどうしても纏まった金が必要なのだ。

 今後の生活のためにある程度の予定を話し合いながら、二人の魔導師は街へと向かった。

 


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