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 後始末は、関係ない者がやらされる

 世界の外側にある領域では、一人の天使が作業に忙殺されていた。

 広大な情報領域でありながら、その光景はSFでお馴染みのシステム的な管制室を思わせる。

 透明のモニターには膨大な情報が投影され、手早くコンソールパネルを操作するキーはパソコンよりも多い。映し出される情報の度に、空間が無数の魔法陣や基盤のような光のラインが輝く。

 天使は必死になりながらも、管理領域のシステムにアクセスするのだが、その作業は一向に進まない。

 様々なアプローチを行うも、広大な膨大な情報量次元領域の掌握に難儀していた。


「無理……こんな複雑なシステムの解析は、私には無理……。神域の物質化投影ができただけでも褒められるべきです」


 ブロンドの美しい髪を持つ天使ルシフェルは、予想以上の困難なミッションに音を上げていた。

 彼女も世界を管理するシステムとして生み出され、観測者ほどではないが膨大な情報を処理する能力も備えている。その全能力をフルに行使しても作業に進展がなかった。

 人選を間違えているとしか思えない。


「少なくとも、私に匹敵する処理能力を持つ管理者が数十人いないと、とても掌握なんてできないです。あの馬鹿主……帰ったらシバキ倒します!」


 もはや恨み言しか湧いてこない。

 それほどまでに【上位観測者】が作り出したシステムが強固だったのである。

 ルシフェルのいた次元世界の方がまだ緩いと思えるほどに、彼女のアプローチを尽く管理システムは拒絶していた。あり得ないことである。

恐ろしいまでに高度でシステム的で堅牢。ある意味では完璧と言っても過言ではない。


『緊急特例すら拒否するって、どう言うことですか! この次元の観測者はどれだけ秘密主義なの? 管理者のいない世界で、この強固さ……いえ、頑固さはおかしいですよ!』


 次元管理において、隣接世界の異常は看過できない問題である。

 一つの次元世界の崩壊が、連鎖的に他の世界を巻き込むこともあり、同質の管理者には外世界のアクセス権限が設けられている。そのアクセス権限が途中で拒否されるなど前代未聞のことだった。

 ましてこの世界には観測者が存在しない。ほぼシステムが自動管理し、各地上世界では低位の神々が好き勝手に行動している。

 その一部の神達によって、ルシフェル達を含む複数の次元世界が迷惑を被っているのだが、〈神域〉の掌握が不可能な以上、どうしても泣き寝入りになってしまう。

 特に魂魄体の管理は重要で、高位に変質をした魂なら回収は可能だが、低位の魂は異世界に召喚されることで事象法則性を書き換えられ、輪廻転生の枠組みから外れることにより異常なバグに変質する可能性が高い。いや、既に変質していた。

 最悪、次元領域を破壊して連鎖崩壊へと導く爆弾に変わりかねない。法則性の異なる魂――エネルギー体とはそれほど危険な存在になるのだ。

 ルシフェルを含む複数の次元世界の使徒達は、なんとしても召喚された魂を回収せねばならない。


『幸い、彼の地での情報では召喚陣が破壊されていますし、これ以上の被害は食い止められましたね。ファインプレーです! グッジョブです!』


 システム掌握は進まないが、アカシックレコードから情報を引き出すことはできた。

 そのおかげで現在起きている事象を見ることで、この世界に送り込まれた刺客の様子を確認できている。


『ですが、送り込まれた者達も半数が死んでしまいましたね。なんとか魂魄を回収しなくては……。まったく、あの四人は碌な真似をしません!』


 彼女の上司である『ケモさん』が送り込んだ転生者。だが、四神達は気まぐれで転生者の大半を危険地帯に送り込んでいた。

 食料確保が困難な砂漠地帯や、生きるのも過酷な凶悪な魔物がひしめく弱肉強食の原生林。或いは山脈の頂上など嫌がらせを超える非道な行いだ。

中には幼い子供もいた。わずかに操作可能な〈聖域〉の監視システムを検索したとき、四神がその悲劇的な光景を笑いながら見ている記録が確認できた。

 実に腹立たしい光景で、普段は冷静なルシフェルも憤るほどだ。

 勇者召喚陣が完膚なきまで吹き飛び、四神の思惑が崩された光景は凄くスカッとした。

 ただし、これは今までの事象記録であり、リアルタイムで見たわけではない。


「この個体……コードナンバー666、〈ゼロス〉ですか。優秀ですね。もっと嫌がらせをしてくれれば良いのですけど」


 上司である『ケモさん』が送り込んだ最強の刺客、その中でもっとも期待が大きいゆえに、なにやら不吉な番号を与えられていた。

 その大きな理由が【未熟な観測者】のコアを持たされたことにある。

【邪神】と呼ばれた【観測者の後継体】は、システム的に見ても異常をきたしていた。管理者権限が存在せず、その管理権限を保有する四神を追跡捕食する。

 周囲の生命体を吸収し、情報収集して進化、強制吸収した存在を事象情報に分解し、アカシックレコードに還元するなど、とても【観測者】とは思えない。

 内包する力が異常なまでに強く、一つの世界が崩壊しかねないほど暴走し、破壊をまき散らしていた。一つの惑星に封印できていたこと自体奇跡である。


『前観測者が封印用の神器を残してくれていたことはありがたいですが、脆すぎましたね。残っていれば回収し、私達の手で彼の者を最適化できたのですが……』


 観測者の雛形が残されているのであれば、外なる者達で確保し、在るべき姿に修正することができた。しかしながら、この次元世界は完全に独立しており、他の観測者の要請を受け付けない。

 迂闊に手を出せないだけに後手に廻らざるを得なかったのだ。最悪の事態にならなかっただけでも救いである。そして次の瞬間、ルシフェルは突っ伏した。

 彼女の前にあるモニターには、【漆黒流星ギヴリオン】の勇姿が映し出されたからだ。


「殺してぇ――――――っ!!」


 望まない強制正義執行の映像は、彼女のライフを0にした。

 所詮は過去の記録であり、消えることのない黒歴史。なかったことにできる者は事象操作ができる観測者だけである。


「おぉ……これはまた、傾いているな」

「熱い展開だね!」

「……」

「誰っ!?」


 咄嗟に振り向くと、そこには明らかに自分より格上の上位者三柱の姿があった。

 一人は漆黒の魔神。見た目は明らかに禍々しい存在だが、神聖な気配を放つ上位管理神だ。

 もう一柱は中性的で幼子のように見えるが、三柱よりもはるかに強い存在を放つ。どうみても【観測者】の一柱だろう。

 最後は白銀のドラゴンで、おそらくは観測者直轄のガーディアン。だがルシフェルよりもはるかに格上であることが窺える。


「要請に応じて、応援に来たぞ。俺は【ヴェルサシス】、一応は一級次元管理神だ」

「僕は、【――――――】だよ。ごめん、こちらでは存在しない言語だったね。便宜上、【ソウラス】と呼んで。それが近いから」

「……【プロト・ゼロ】。主の命により、システム掌握を援護する」


 不遜な態度の魔物のような管理者と、子供っぽい観測者、そして感情が一切感じられない機械的なドラゴン。

 頼もしい助っ人のように思えるが、どこか不安を拭いきれない。


「助かりました。私はルシフェルと言います。早速ですが、システム掌握に手を貸してください。私では処理できない情報量ですので……」

「これは難解だな。俺も見たことがないぞ……」

「ん~……僕はあるていど把握した。けど、これは少し問題があるかな? 度重なる勇者召喚による異界との接触、帰還しない異界の魂……原因はこれかぁ~。事象に狂いが生じている。

 なんでレベル式の急速成長システムが事象化してんの? こんなのゲームじゃん。いや、バグ化した転生者の魂に『引きずられている』の方が正しいかな? 妙な具合になっているね」

「この世界の観測者権限が必要、後継個体が存在すればシステムロックが外れる……。現状、プロテクト解除不可能。中枢システムのロックは――現在三パーセント解除を確認」

「「「えっ!?」」」

「後継個体は現在、未成熟のまま覚醒。アカシックレコードの閲覧権限、解除。事象干渉権限は未だ現状維持。覚醒個体、情報の閲覧を開始。次世代観測者権限は個体名【アルフィア・メーガス】に固定」


 いきなりの状況変化に、三柱は言葉を失った。

 次世代観測者の存在が確認され、個体識別名が記録されることでシステムの一部がロック解除されたのだ。たとえそれがわずか三パーセントでも、広大な世界から見れば膨大な情報である。

 これは喜ばしい結果だが、四柱の管理者に知られるのはマズイ。


「現、管理者権限は【アルフィア・メーガス】に移譲、〈神域〉並びに〈聖域〉の管理権限は現状維持。次世代の成長を最優先事項」

「つまり、未熟のまま覚醒したために、完全にシステムのロックが外れないわけですか?」

「そうなるな。だが、これにより厄介者は管理者としての枠から外すことができる」

「けど、あの世界の管理権限は固定されているね。次世代が未熟だから、処理能力が追いつかないのか……。なら、完全体にしてしまえば良い。問題は、お馬鹿さん達が管理者から外されても管理権限を保有していることかな」

「手っ取り早いのが、異常進化種の内包した力を移譲することだな。だが、今のままでは始末されるのがオチだぞ?」

「それより、もっとマズイ状況だと思う。記録だと召喚された勇者は、そのほとんどが『ケモさん』の管理する世界と似た物質世界。魂魄が回収されず、長期間放置されたために召喚時に上書きされたシステムが変質。階位成長型世界で浸食を始めている」

「待て、それは【抗体システム】が暴走してんのか? いったいどんな状況だ!」

「異常を異常と思えない世界……。例えば、レベルが低い個体が簡単に上位者を倒したり、異様に早い成長をする進化種が誕生したりと、矛盾が存在するのに誰もおかしいとは思えない。それを当たり前と受け入れて、常識と認識してしまう」

「あるいは、桁外れの力を持った上位者が誕生するか……厄介だな。【魔王種】は想定内だが、簡単に数が増えるのも生態系が壊れかねん。下手をすれば星一つが消滅する。しかも手遅れだと認識できない」

「星一つで済めば良いけどね。これが特異点に変化すると、この次元は崩壊だね。早いとこ何とかしないと……」


 予想以上に厄介な事態になっていた。

 これが四神だけの問題なら簡単に住ませられるのだが、摂理そのものに異常をきたしているとなると、いずれ破綻してしまう。システムが複雑で精緻なだけに、崩壊の余波は管理しているすべての世界に影響を及ぼし、下手をすれば自己崩壊により消滅することも可能性としてあり得る。

 虚無となった空間に他の次元世界が引き寄せられ、連鎖崩壊へと繋がってゆく。


「一つの惑星だけの摂理が崩れているだけで済んでいるのが、幸いと見るべきかな? でも、ここが起点となる可能性も否定できない。確立が高すぎる。できる限り手早く修正したいけど……」

「〈神域〉の掌握ができないことが問題ですね。次世代の観測者が間に合えば良いのですけど……」

「難しいな……ん? そう言えば、ケモミミラブの観測者が、この世界のデータを流用して疑似世界を構築していたよな……? そのデータはないのか?」

「ありますよ? ただ、主様は遊んでいるとしか思えなくて……」

「そのデータ、僕達に少し見せてくれないかな? 気になるし、とても嫌な予感がするんだ」


 ルシフェルの神核には『ソード・アンド・ソーサリス』の情報も記録として持たされている。それは邪神戦争前から邪神戦争を終結し、最近までの摂理を元にしたものであった。

 彼女自身は主が遊び感覚で行っていると思っており、さほど重要視はしていなかった。

 だが、他の上位存在から見れば、それが異常であることが理解できてしまう。


「生態系の異常変質を確認。この時点での生命体の変化は崩壊の危険性あり……自然界に存在する全ての生命力も異常活性化。強制進化による負担増大」

「お~い、これ、召喚されて『ヒャッハ―!』した連中の知識情報が介入してないか? 色んな法則がごちゃ混ぜになっているぞ? 本来レベルなんて存在しない世界なのに……。 

おいおい……明らかに大規模召喚による影響だな。無茶やらかしやがって」


 勇者召喚は、世界に異常事態が起きたとき、外界世界の観測者に協力を要請することで送り込まれる。しかし戦いともなると普通の人間では簡単に死んでしまう。

 召喚される側の世界の摂理と、召喚した側の摂理は似て非なるものであり、召喚間際に調整することで戦いに特化する。それが【抗体システム】である。

 異常個体を倒し、魂の力(便宜上)を吸収することで強力な個体へと成長する。そして吸収した力を送還時に回収、事象還元することにより世界の均衡は保たれる――はずだった。

 だが、この世界は幾度となく勇者召喚を行い、各世界との調整が行われないまま放置されていた。

 更に言えば、召喚された勇者の調整をこの世界を維持するためのシステムが行い、当然だが事象に負荷が掛かることになる。

 最悪なことに、送還されなかった異界の魂は輪廻転生の円環から外れ、異質な力を回収されないまま世界で滞留し続ける。それが事象管理システム領域内に侵入し、管理システムを浸食を始めていた。まるでコンピューターウィルスのようである。

 その余波は生態系にまで及び、異様な強さを持つ生物似進化し増えてゆく。最後の問題が複数の世界から勇者召喚を行ったため、レベルの上がり方が異なる種が300年の間に現れ始めたことだ。

 そんな厄介な事態が発生しているにもかかわらず、勇者召喚は三十年間隔で行われ、別世界の摂理情報も流入し幾度となく事象の書き換えが行われていた。


「【限界突破】はまだ分るよ? けど、【臨界突破】と【極限突破】ってなに? これ、生物の枠組みから外れているよ。上位者に至る段階をすっ飛ばしているよね? 【死者蘇生】なんてその内でてくるかも知れない。厄介だよ。この事態が現実に発生しつつある訳か……」

「永劫と言える時間を費やす変化を、短時間で完了させる。生命体が耐えられるわけねぇだろ! 本来なら【臨界突破】した時点で肉体と魂が消し飛んでいる。疑似世界で助かったな」

「保有能力にも、異常がでているね。矛盾どころか、もはや無茶苦茶だよ。摂理が摂理として成り立っていない。それなのに新しい理が生み出されている。エンドレスだ……疑似世界のシミュレートの結果が、現実にこの世界に発生している。異常進化種が大発生だね」


 摂理の破綻、それは世界の崩壊へと繋がる。

 正常な理が異常に置き換わることで、森羅万象に大きな矛盾を孕み、矛盾は大きな負担へと変わることで、やがて自己崩壊を始め世界は無へと回帰する。

 これが自然の摂理からくる創世と崩壊であるなら問題はないのだが、異常な世界崩壊は周辺領域に拡散し、更なる崩壊を始めてしまう。ある意味では浸食と言っても良い。

 この異常が惑星一つで押さえられていることが奇跡的であり、同時に悲劇の引き金になりかねない。しかし生息する知的生命体は異常事態だと認識できないのが問題だった。


「本来なら、生命体はどれだけ強く変化してもレベル500が限界値だった。それが1800を超えるだとぉ!? しかも短期間で、だ!!」

「弱い生物…魔物だっけ? レベル300でレベル500以上の上位個体を相手にしているんだけど、これって手遅れだよね? どこかに歪みが存在しているはずだよ……」

「特異点を探すのですか? ですが、現時点では難しいのですけど」

「多分、召喚された人達の魂魄が、体内に侵入した病原体の如くシステムを浸食しているんだ。システムを把握しないと探しようがないね。一応、自浄システムも働いているみたいだけど、これ以上は状況が分らない。おおよその見当は付くけど、憶測の域を出ないね」

「【イレイザー】に接触を要望する。【臨界突破】並びに【極限突破】を行わないことを要請、それにより負担を減らすことを推奨」

「それは可能だと思いますが、既に上位進化した存在はどうするのですか? とてもすべてを間引くことはできないと思いますが……」

「次世代の成長に利用することを提案、【観測者】は摂理の外に存在する。魂は輪廻転生の円環に回帰し、力は彼の者の糧となる。その間にシステム掌握することを推奨」

「馬鹿共が邪魔をしてくるんじゃないのか? かなり身勝手な連中なんだろ?」

「その可能性が高いかなぁ、どちらを先に進めるべきか……。もう一つ手が残されているけど、これは【イレイザー】と接触できたら頼んでみようと思う」


 刺客――【イレイザー】は四神に対抗する存在である。

 同時に次世代の観測者を復活させ、守る存在でもある。その目論見は今のところ成功していた。

 だが、次世代の観測者は未熟な個体であり、攻撃はおろか防御すらままならない。

 更に【イレイザー】に接触すると、【観測者】の存在を四神に教えてしまいかねないのだ。今の段階で抹殺されるのは困る。


「なら、先に〈聖域〉を掌握した方が早くないか? そんでシステムを安定させれば、負担軽減できると思うんだが」

「あのお馬鹿さん達が居座っているんだけど? それ以前に、次世代がまだ不完全だ。現在の状態だと、外に出ただけで肉体が崩壊しかねない。まぁ、奥の手を使えば復活の時期は早められるかな」

「成功しても、凶悪な生物は野放しになりますよね? 彼女が処理してくれるようになるまで、どれだけの時間が必要なのでしょうか?」

「上位者権限で〈聖域〉のシステムに介入、神託を使い【イレイザー】に要請。偽装を施したのちに観測を続行」

「結局それしかないかぁ~、〈神域〉よりも〈聖域〉の方が楽だしね。でも、事前にお願いしておくことにしよう。実行はいつ頃にする?」

「次世代が行動可能になってからじゃないか? なに、そんなに時間は掛からないだろう。それまでに奴等に感づかれないようにするさ」

「少し悠長な気もするね……う~ん。今すぐ接触した方が良いね」


 管理システムの掌握は神々の規定で定められてはいるが、武力介入は段階を踏まえないと不可能であった。そのため、こうして搦め手から攻めなくてはならないことが酷くもどかしい。

 今のところは望む形でことが進んでいるが、それが続くとは限らない。慎重に行動することが今の彼等には重要だった。一柱を除いてはだが――。


「んで、誰がイレイザーと接触するんだ?」

「僕がやるよ。分体を使えば、お馬鹿さん達には感づかれないだろうしね。早速だけど、彼の元に行ってくるよ。それにしても神クラスの刺客を送り込むなんて、大胆だなぁ~」

「主様は、ちゃんと物事を考えていたんですね。遊び呆けているばかりと思っていました」

「訂正を要求、観測者『ケモさん』は七割方享楽目的と推定。【イレイザー】の脅威度指数、現在も増大中」

「……」

「特異点も探さなくちゃならないか……。予想以上に面倒な事態だ。下手すればイレイザーが特異点になりかねない」


 やることが増えた神々と眷属は、こうして本格的に動き出す。

 だが、彼等はルシフェルの触覚に対して、誰も口を出すことはなかった。

 なんとなくだが、触れてはならないことだと判断したようである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 深夜、ゼロスとアドは突然に目を覚ました。

 それは感覚的なものであり、何者かの存在を感じさせる気配を知覚したのだ。

 呼び声とも、波長のようなもので、その存在は確かに家の中にいる。


「ゼロスさん!? もしかして……」

「アド君も感じたか……誰かが呼んでいるねぇ。声ではないけど、意思のようなものを感じた」

「しかも、家の中にいるよな?」

「誰だろうね? おおよその見当は付くけど、確証があるわけじゃないし……」


 何者かの存在に、一応の推測は立ててある。

 だが、二人が気づかないだけで、泥棒の可能性も捨てきれない。

 声のような波動も、疲れからくる勘違いである可能性もある。それほど微弱なものなのだ。


「リビングかな?」

「戸締まりは確認したよな?」

「勝手口は見てなかったような……」


 警戒しながらも慎重に進むと、リビングに明かりが灯っているのを確認した。

『カチャカチャ』と音も聞こえるが、この先に何がいるのかが分らない。二人は手にナイフを持ち、ドアの左右に陣取った。


『ドアを開けたと同時に飛び込む……』

『了解!』


 ハンドサインを出しながら、突入のタイミングを計る。

 ドアノブにゆっくりと手を伸ばし、音を立てないように慎重に捻ると、一気にリビングへと雪崩れ込んだ。


「ホールドアップ!」

「ブ○イブポリスだ!」


 そして、思わずオタク魂がでてしまった。


「やぁ、もぐもぐ……この生ハムは美味しいね。おかわりを貰って良いかい?」

「「………」」


 そこには、少年とも少女とも言えない不思議な感覚を醸し出すお子様が、勝手に冷蔵庫から食料を持ち出して飯を食べていた。

 中々に太いお子様である。


「君は……」

「誰だ?」

「なんとなく分っているんじゃないのかい? それより、お茶はまだかな?」

「君、既にエール酒を飲んでいるでしょ……。これ、絵面的に良いのか?」

「子供が酒……良い子には見せられないな」

「健康的ではないよね。でも、僕は大丈夫。合法さ」


 見た目通りの子供ではないらしい。

 しかもかなり図々しい。


「まぁ、合法でもさすがにマズいかな。さて、時間もないことだし単刀直入にお願いしよう。僕の名はソウラス。便宜上の名だけど、本名は人間で発音は無理だからごめんね。そしてお願いなんだけど、君達に次世代の【観測者】と契約を結んで欲しいんだ」

「何を言ってるんだ? 観測者? 誰だよ、それ……」

「……」


 ゼロスは理解する。

 このお子様が言っている観測者は、【アルフィア・メーガス】であることを。

 しかも邪神が復活していることを既に知っている。情報を漏らした覚えはないので、何らかのち超常的な力で気づいたと思われる。

 そして、彼は間違いなく『こちら側』であることに気づいた。


「うん、さすがコード666。彼が期待しているのもよく分るよ」

「君は、向こう側の存在ですかね? おそらくは、四神よりもはるかに上位の存在……」

「それって……【神】かぁ!?」

「アハハハ、人間は僕達の存在なんて知らないよ。だから君達の言う神とは違うけどね。けど、答えは合っているかな。さすが、次世代を復活させただけのことはあるね。冷静で、しかも慎重だ」


 ひとしきり笑い転げた後、ソウラスは簡単に説明を始める。

【アルフィア・メーガス】が完全体になるには、膨大な存在力――魂が蓄える力か必要であること。存在力とは即ち経験値のことで、魔物を倒すことで得られる。ただし危険が常に伴い、【アルフィア・メーガス】との契約を交わすことで、経験値譲渡のラインを繋げることが必要となる。  


「なんか、随分と唐突だねぇ~。問題でも発生しましたか?」

「実はそうなんだよ。この世界は複数の異世人に後付けされたシステムに、逆に浸食され異常な変革を始めている。しかも四神達では止めることもできないし、あのお馬鹿さん達は気づきもしない」

「複数の異世人? それ、勇者召喚が影響しているのか?」

「うん、正解! 話が早くて助かるよ。異世界から召喚された者達の魂は、輪廻の輪の中に還らない。魂魄の性質がこの世界と違うから当然だね。しかもこの世界を守るため、急速成長のためにレベルアップシステムを上書きしてしまうんだ。それがエラーを誘発してね、結果としてバグが発生する。こう言えば君達には分りやすいかな?」

「あぁ……なんとなく事態は飲み込めた」

「本来なら、召喚された者達も送還されなくちゃいけないんだけど、実際はこの世界で死んだまま魂だけが残されている。結果、輪廻の円環には入れない代わりに、世界のシステム内に滞留してしまう。そして、この世界の摂理に上書きされ、システムとして書き換わってゆく。そして現在暴走中」

「どんだけ召喚したんだよ……」

「軽く千人は超えているかな。何度か無茶をやらかして、強引に五百人くらい勇者を召喚した時期があったから。邪神戦争中にね。良く召喚できたものだと感心しちゃうよ。

普通なら召喚陣が消し飛んでいる。まぁ、代わりに大陸の一つが砂漠化したけど……。被害世界からの報告がないから見逃していたよ。まったく、碌な真似をしないね。それ以降も続けていたから頭が痛い」


 邪神戦争終結後、それでも勇者召喚は続けられた。被害に遭った次元世界の報告がないと、どれだけの者達が召喚されたのか判断できない。

 しかも他次元の観測者に無断で続けられ、ランダム召喚された勇者達の記憶を参考にして【英雄システム】の調整が行われた。主にテレビゲームの知識がベースとなっている。

 その結果、世界は死んだ勇者達の魂に上書きされた情報がバグ化し、世界を侵食し始める。

 自然生態系はレベルアップ式の摂理に書き換えられ、本来の自浄システムが辻褄合わせに事象を改変し、異常な世界が当たり前として受け入れられてしまった。他のスキル制度や覚醒スキルもこの時に発生した。

 それでも四神の我が儘により、しつこく勇者は召喚され続けた。

その被害により龍脈はねじ曲げられ、魔力枯渇地帯が拡大し、召喚のために収束させた魔力に惹かれるように魔力濃度が高いエリアが現れる。【ファーフラン大深緑地帯】がそうである。

 だが、そのスキルが更に事態を深刻化し、限界を迎えるのも遠くはないだろうというのが神々の結論だった。事象管理システムが暴走状態になりかけている。

 正常に戻すには【観測者】が必要だが、その次世代は未熟な個体であり、今直ぐにでも完全体にしなくてはならない。問題はソウラス達が干渉できないことにある。


「疑問だが、勇者の魂を回収できないのか? そうすれば少しは楽になると思うんだが」

「そうしたいんだけど、残念なことに上書きされた理が変質して、この世界のシステムに食い込んでいるし、さらに世界中を漂っている。一箇所に引き寄せるにも意図的にバグを発生させなくちゃならないんだよ。そんな危険な真似ができるわけない。管理者に許可を貰わないと干渉できないしね、あのお馬鹿さんが許可を出してくれると思う?」

「思わないねぇ。だから、観測者の復活ですか……。しかし、なんでこの世界を管理していた観測者は、管理者なしで放置したんですかね? いくら思ったような後継者にはならなかったとしても、管理するものは必要でしょ? 頭がおかしいとしか思えないんだが……」

「う~ん……彼は今、虚無の世界で新たな世界の構築をしているし、話を聞けないんだよね。僕よりも上位存在だし、上の人達に聞いても知らん顔してる」

「それ、出世はしたけど、僻地へ島流しになったんじゃね? 誰も関わり合いになりたくないとか……。いや、まさかなぁ~」

「それが正しいのかもなぁ~。正直、僕もあの人に近づきたくないんだよね。昔、ゴスロリ衣装や、頭脳は大人の少年探偵衣装を持って、変な笑顔で追いかけてきたから……」

「「凄ぇ納得した! 納得できちゃったよ!!」」


 聞きたくない神様事情。上位の神々はかなりの俗物だった。

 しかも色々な意味合いで業が深い。


「しかし、それほど急ぐ必要があるのか? 邪神を復活させた話は初耳だったけど、強引にことを起こす理由が分らん」

「アド君だっけ? 意外に物わかりが悪いね。例えばそこのゼロス君、HPが87594503あるんだけど……これ、人と言えるのかい? 生命力の数値化は置いておくとして、簡単には死なないよ? もう、僕達の領域にいるよね?」

「……えっ? それは、【ソード・アンド・ソーサリス】では当たり前の……まさか!」

「そう、あの世界はこの世界の情報をベースとした疑似シミュレートだよ。結果として化け物レベルに成長した。普通なら魂ごと肉体が『ドカン!』さ、周囲を巻き込んでね。それがこの世界の現状なんだよね」

「なるほど……本来なら肉体が耐えられない訳か。だとすると、僕達のような転生者は何らかの措置をされているわけですね? 高レベル成長しても耐えられるように……」

「そうだね。多分、使徒の劣化ボディを元に、本来の肉体を融合している。十分の一くらいは神に近い状態だから、この世界の強制上書きに耐えられるけど、元の肉体だったらこの国は消滅しているね。爆風による被害も相当なものだったろう。まぁ、役割を終えたあの世界は、僕達が君ら子供達と遊ぶ場所に作り替えたけどね。その影響で君達の記憶認識も変わっている。実際はあの世界、クソゲーだったんだよ。」

「「うっわぁ~~……」」

「時間に左右されないから、過去に戻って修正したと言えばわかるかな? 今君達の記憶にある楽しかった世界は、修正後の記憶さ」


 自分達の記憶認識どころか、過去の時間すら書き換えた神々の力に、言葉が出ない二人。何しろ記憶がないのだから恐ろしい話しだ。

 それは別として、自分達を含めたこの世界に生きている者達すべての存在が、時限爆弾が意思を持ってうろつくようなものであると再認識した。

 戦い続ける内に限界が訪れ、やがて周囲を呑み込み派手に散る。ある意味ではロマンだが、当事者になってみると恐ろしい真実だ。

 

「今の体は、死んでも魂だけは送還されるようになっている。これは事前に聞かされていたから教えておくよ。安心して化け物になって良いからね」

「「断る!!」」


 今でも充分に化け物だ。

 これ以上の進化など考えたくもない。


「急ぐ理由は他にもたくさんあるけど、一番の理由が最弱レベルでも技能スキルが高ければ強者を圧倒できることにある。これ、現実に考えてもえてもあり得ないよね? そんな異常個体が大量に発生しているし、今もなお増殖中。しかも摂理そのものが狂いだしていて、異常な事態を異常だと認識できないんだ。君達なら理解できるんじゃないかい?」


 改めて言われ、ゼロス達は納得できてしまった。

【ソード・アンド・ソーサリス】の世界は、現実に考えると色々なところで破綻している。そんな世界が現実化し、当たり前と受け入れ疑問にすらまったく思わない。

 異世界転生したおかげで違和感を覚え、それが確信に変わったほどだ。考えてみれば恐ろしい話である。

 レベルによる成長、技能レベルに伴う補正効果。計算上ではとてもあり得ない力のバランス。

 異常成長する植物や、力関係に圧倒的な差が生まれる生態系。更にボーナス効果や数多くある職業ジョブ、ゲームのような摂理など自然とは言えない。

 例を挙げれば、明らかに肉体的にも体力が劣る人間がワイヴァーンを一撃で瞬殺する。これは物理法則では考えられないほど無茶な現象だろう。

 たとえ魔力による身体強化が可能であっても、はるかに体の大きい竜種では体力的に勝負にならないはずだ。それが可能とした場合、その人物は既に人間ではない。

 おっさんやアドは化け物認定されたも同じことである。


「話がスムーズに進むのって、楽で良いよね。あと、魔物の進化にも問題があるね。進化は普通、時間をかけて行われる。それが短期間で急速に行われるのも問題だよ。自然じゃない。

命の精錬も輪廻転生を繰り返すことで高みへと至る。そんな事態が一つの惑星で急速に行われているんだ。このままだと間違いなく滅びる。惑星一つの消滅で済んでくれればありがたいんだけど、何事も都合良く行かないものさ」

「あぁ~、レベルがものを言う世界って、異質だったんだな。異世界だからと納得してた」

「スキルも苦労して覚える物だったんだねぇ。考えてみると、今のスキルって狡いかな。覚えたら経験値を稼ぐだけで、なんでもできるようになる。これは不自然だ」

「うんうん。今までゲームのような世界だと思っていたわけだね。けど、それは間違いさ。けど、僕達はそんな世界は創らない。子供達と遊ぶとためでも色々と手順を踏むよ? 例えば、ラノベでお馴染みのMMORPGとか? デスゲームなんてやらない―――かな?」

「「その間はなんだよ! なぜに疑問系!?」」


 似たようなゲームは元の世界にも複数存在しており、ゼロスとアドは一抹の不安を覚える。

 もしかしたら、他のゲームのどれかが神の創り出した疑似世界である可能性。或いはすべてがそうである可能性も充分にあり得る。何を信じるべきか現実が分らなくなる一言だった。


「それで、次世代の観測者、【アルフィア・メーガス】との契約はしてくれるのかい? ちなみに、契約するとレベルアップはできなくなるけど……」

「僕は、これ以上、強くなりたくないですよ……」

「そうだな。俺も、さすがに人外は遠慮しとく……」

「今更だね。レベル500を超えている時点で、二人とも充分に人外だよ? さて、新たなる同胞の元に案内してちょうだいな。女の子だよね? やっぱりフリフリは基本だと思うんだ。下着は大胆に黒で……」

『『コイツもかぁ!! 神はやっぱり信用できねぇ――――――っ!!』』


 所詮は超常の存在、人の感覚では理解し得ない身勝手さを持ち合わせている。この世界を創造した観測者のことは言えない。

 四神にしろ、協力者である神々しろ、どこか頭の中がおめでたいようである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 培養液の中で浮かぶ、【アルフィア・メーガス】。

 暇をもてあます傍ら、アカシックレコードから情報を引き出し、情報収集を実行していた。

 在るべき形に戻ろうとするのは本能のようなものであり、四神の存在は決して容認できない。しかし現時点では無力であった。


「うむ……やはり、【熱血】【必中】【幸運】【ひらめき】は有効じゃな。資金が足りないときにはこれが一番。しかし、【気力】が上がらないとマップ兵器が使えん。もどかしい」


 いや、やはり暇潰しのようだった。

 いったい何をダウンロードしたのか、脳内領域にプログラムをインストールし、夢中になって遊んでいる。

 こうしてみると、ただの無邪気な幼女である。


「全滅すると、フラグが立たぬし……レアユニットが手に入らん。死ぬはずのキャラを使えるようになるのは良いが、人間関係がおかしなことになりそうじゃな」


 所詮はプログラムにすぎないはずなのに、キャラクターの人間関係を熟考し始めた。

 これは色々な方面で駄目な道に進み出しているのかも知れない。


「主人公ばかりの奴等じゃが、くっついたり離れたり、中には寝取りもありおる。良いのか? このゲームは子供向けでもあるのだぞ? まぁ、利用するために近づいただけのようじゃが、そのままぞっこんラブになる可能性も充分にある。生存フラグを回収するべきじゃろうか?」


 いや、手遅れだった。

 既に立派なオタクに進化している。


「う~む……どちらのルートフラグを回収するべきか。ユニットか、それともキャラか、それが問題じゃ。しかし、三倍キックの赤い人は信用できん。特に、サングラスをかけて現れたときには裏切る確率が高い。経験値を返すのじゃぁ!!」


 業が深いマニアックな悩みだ。どちらもマニア魂をくすぐり、中々即断できずにいる。

 だが、いくらフラグを回収しても、他にモブキャラの撃墜数など別条件があることを知らない。

 そして、誰もが一度は思う魂の叫びをあげた。


「途中セーブできないのが痛いのぅ……ん?」

 

 熱中しすぎて気付かなかったが、直ぐ傍まで誰かが来ていることに気付く。

 だが、今は脳内ゲームの真っ最中。中断などあり得ない選択である。

外から聞こえる声をガン無視し、ひたすら脳内映像に集中した。


 結果、ゼロスとアドが契約を交わすまで、しばらく時間を要することになる。

 神とはどこまでも自己中だった。

 それが幼女でも変わらない――。



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