おっさん、アド達と共に帰宅する ~邪神ちゃん、名前が決まる~
夕暮れ時のサントールの街は、仕事帰りの職人や商人達で賑わいを見せていた。
今日という日を懸命に働き、ある者は夕食を食堂で済ませ、またある者は仲間同士で酒盛りをする喧騒に溢れていた。
中にはまだ商売をしている者達のかけ声や、終わらない仕事に従事している者達もおり、サントールの街が繁栄している確かな証であった。
「いい加減に大人しくしろぉ、また牢屋で一晩過ごすか? アァン!」
「うっせぇんだよぉ、クソ野郎がぁ! ヒック! 俺が何しようと勝手だろうがぁ~」
「またコイツかよ……。今週で何度目だ?」
「確か、奥さんに逃げられて自棄になってたんだよなぁ? こんなに酒癖が悪くちゃぁ~、そりゃ逃げるよなぁ」
「女房のことは言うなぁあぁぁぁぁっ!! うぉおおおおおおおおおん!!」
「今度は泣き上戸か。もう鉱山送りで良いんじゃねぇか? 幼い子供達にはかわいそうだが、孤児院の方が良い生活が送れるだろ。親父がコレじゃぁよぉ~」
――中にはこんな者いたりする。
確かに繁栄している街ではあるが、だからといってどこも安全で平和というわけではない。人が住む以上、そこに大小の犯罪は少なからず存在する。
「Wha-ohー……『衛兵24時。~サントールの街は眠らない。二時間スペシャル~』だねぇ」
「ドキュメンタリー番組かよ。繁栄しているけど、やっぱり面倒事があるんだな」
「当然よね。人がいるところに、犯罪は必ず存在するわ。つまらない喧嘩から始まり、裏社会の密輸や抗争……。中には殺人だってあるわよ」
「世界が変わっても、人は変わることがないんだね。衛兵さんも大変」
異世界だろうと、人の本質はどこも変わらない。
どこかで一度は見たことのある光景が、街のどこかしらで見られる。酔っぱらい同士の喧嘩など日常茶飯事だ。犯罪の起こらない日などないに等しい。
大変なのは衛兵や騎士団で、こうした対応に毎日追われている。月月火水木金金の精神で常に業務態勢が敷かれていた。
治安維持は日々行われている活動であり、当たり前だがもっとも大事な仕事である。
たとえ相手が酔っ払いでも、放置すれば取り返しの付かない犯罪に発展することもある。それだけに気が抜けない。
見ている方は毎日の良くある光景でも、任務に準じている衛兵達からしてみれば目を光らせ続けねばならない。路地裏に引き込まれると簡単には発見できないのだ。
かなり精神的にくる仕事であり、彼等が羽目を外せるのは週に一度の休暇だけである。
「野次馬も良いですが、とりあえずどこかで食事を済ませましょうか。ユイさんもお疲れだろうし、家で夕食を作るのも面倒ですからねぇ」
「そう言えば、あのニワトリたちはどこに行ったんだ? カレーを食っていたときはいなかったよな?」
「あぁ……ウーケイ達は先に帰ってきているはずですがねぇ。あっ、修行がてら魔物をしばき倒してくるとも言ってたなぁ~」
「……俺達より早くこの街に戻ってきていると? バイクや車よりも速く移動できんのか?」
「もし戻ってきていなくても、一週間ほど喧嘩旅行でもして帰ってくるんじゃないか? 物足りないとも言ってたし、大深緑地帯まで足を伸ばして腕を上げてくるかもなぁ~」
「くどいようだけど……アレ、ニワトリだよな?」
「ニワトリです。進化したらコカトリスで、めっちゃ武闘派だけどねぇ……」
おっさんの家のニワトリ達は凶暴である。しかし、それ以上にフリーダムだ。
彼等はいずれ来るだろう独り立ちのため、自らを鍛えることに余念がなく、苦難どころか修羅道を喜んで突き進むほどに意欲的である。
そんな彼等の生き様を止められるほど、飼い主であるゼロスは無粋ではない。ウーケイ達の鶏生を自由に選ばせるくらいの度量は持ち合わせていた。
「俺、奴等が近い将来、人類の天敵になりそうな気がして仕方がないんだけど……」
「『強者に敬意を、ゲスには制裁を』が彼等のモットーだからねぇ、不用意に戦いを挑まなければ死ぬことはないと思うけど? むやみに喧嘩をふっかけまくる好戦的なタチだけど、相手を選ぶから大丈夫でしょ」
「いや、それ…全然安心できないんじゃ……」
「それよりも食堂だ。どこか開いている店はないかねぇ~、この時間帯は混んでるから」
夕暮れ時はどこの食堂も混み合う。レストランのような飲食店よりも、酒場と混合した食堂が多いからだ。
ましてや、仕事を終えて一杯飲み行く職人や傭兵の姿が見られ、彼等の何割かは血の気が多かったりする。客のすべてがと言うわけではないが、堅気の職人やチンピラ予備軍は酒好きが多く、規定量以上の酒を飲み酔っ払いと化す。大人のつきあいというヤツである。
節度をもって飲むならともかく、大抵がその場の勢い任せだから困る。酔っ払いは理性がぶっ飛び、常識がアルコールに呑まれ理屈が通じない。
妊婦がいる手前、酔っぱらいが居そうな店は避けたいところである。
「飲食店って、大抵が酒場と兼ねている店が多いんだよねぇ。お勧めはギルド本部か、その前にあるレストランかな? 意外に酔っ払いが少ないんだよ」
「あれ? なんかギルド本部って、酔っ払いが多そうなイメージがあるんだけど…。逆なんですか?」
「それが逆なんだねぇ。ギルド本部で騒ぎを起こせば、傭兵資格を凍結させられるか、重くて資格剥奪もあり得る。他人様から依頼を受けている仕事なんだから当然だね」
「ゼロスさん…詳しいのね。もしかして常連なのかしら?」
「偶に食事に来てますよ? 後は職人が集まる酒場とか、カフェテラスにもいきますね」
「悠々自適な生活を送っていたんですね、ゼロスさん。それで良く俊君と合流できましたね?」
「偶然だろ……。ところで夕食を摂るのは良いんだが、リヤカーはどうすんだ?」
「……………………あっ?」
ユイを乗せているリヤカー。
路上に無断で放置するわけにも行かず、大勢の人達が行き交う往来で、インベントリ内に収納するわけにもいかない。
ごく希に、遺跡やダンジョンから発見される【収納バック】と言って誤魔化すことも考えたが、この手の アイテムを所有しているのは相応の地位にいる王族や貴族ぐらいのものだ。
どちらにしても、往来で異空間に荷物を収める光景を見られでもすれば、少なからず騒ぎになるだろう。ましてリヤカーはそれなりに大きく、収納する瞬間は目立つ。小物や掌サイズのアイテムのように、気軽に出し入れすることができない。
これでもおっさんは人目を避けてきたつもりだ。技術的なことは隠蔽できるが、能力面での誤魔化しは利かない。騒ぎはできるだけ避けたかった。
「食事の最中だけ、路上放置はできないよなぁ~。通行の邪魔になる」
「忘れていたのかよ……。どうすんだ、いったい……」
「……仕方がない。露店で何か食べるものを購入して、家で食事をすることにしよう。パンくらいなら焼けるし」
「それしかないか……。なにか美味い店の情報は?」
「行きつけの串肉や揚げ物の店ならありますよ? 良く教会の子供達にたかられるので、顔なじみなんですよねぇ」
「ほんとに良い生活をしてるよなぁ~、羨ましい」
リヤカーのせいで飲食店に入ることはできなかった。
結局、ゼロスは行きつけの露店で串肉や野菜などを購入し、適当に夕食を作ることに決めた。と言うより、それしか手がなかった。
予定とは、些細なことで狂いが生じるものである。その場の軽い気持ちで行動してきた一行は、ゼロスの家に辿り着くまで空腹に耐えねばならなくなった。
紙袋から漂う香辛料の香りは、ある種の拷問に思えたという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここが、ゼロスさんの持ち家……」
「ログハウス……それも二階建てで、まるでペンションね」
「何をしたら、こんな家が持てるようになるんだろ……」
「ゼロスさんって、凄いんだね」
未だに拠点となるべき家を持たないアド達は、小さいながらも別荘風なゼロスの家を見て呆然としていた。同じ転生者であるのに自分達の立場とは全く異なる。
片や世捨て人的な生活を送っているのに家を持ち、畑仕事をしながら悠々自適に生きている自由人。しかも公爵家とのビジネス的な繋がりがある。
片やイサラス王国では英雄的な立場でありながら住所不定。いろいろと面倒な仕事を受けながらも生活は苦しいままで、王家の繋がりがあると言えば聞こえは良いが、実際はネガティブな国王にいつも泣きつかれ、自由にさせてもらえない苦労人。
これで嫉妬を覚えない方がおかしい。
「同じ転生者なのに、どうしてこんなに差がつくんだ……。世の中は不公平だ」
「社会にでて働いた経験がないからよ。アルバイトのように気楽な立場ではなく、社畜となって社会に揉まれたからでた差だと思うわ」
「経験と交渉力の差っていうこと? うぅ~ん……国は違うけど、文化的にそんなに差があるようには思えないんだけど」
「たぶん、公爵家に与える情報を小出しにしたのよ。恩人という立ち位置を利用した上で、敵にはならないけど味方でもないと言う立場を貫いたからね」
「それ、言い方を変えれば、繋がりを持つ価値はあるけど、配下にはならないと言うことだろ? 良く受け入れて貰えたよな。イサラス王国じゃ、馬鹿みたいに歓待してきたぜ?」
「あの国は人材不足だからよ。優遇して長く国に止まって貰いたい。あわよくば知識のすべてを引き出して、邪魔になったら切り捨てたら良いと思っていたんじゃないかしら?」
「軍事強化政策が盛んだったからなぁ~、いざとなったら二人を人質か? あり得るな」
互いの立場を冷静に分析することで、見えないところが見えてくることもある。
無論、この場で口にしていることは憶測の域を出ないが、外れているとも言いえない。
イサラス王国ではアド達を好意的に見る者達もいるが、あきらかに敵意のような嫌な視線を向ける者達も少なくはない。王が頼りないために軍閥の将軍達が幅を利かせている。
当然だが、国を思うがゆえに強硬路線をひた走る。戦争推進派と呼ばれる者達である。
それでも迂闊に戦争を仕掛けられない理由が、圧倒的な兵力や食料不足にある。周辺国であるメーティス聖法神国やアトルム皇国よりも兵の数が少なく、仮に他国に攻め入ったとしても長期戦を行うことなどできないほど国力が弱いのだ。
民を苦しめてまで兵糧を集めるわけにも行かず、必然的に軍内部に僻みや嫉妬といった感情が溜まっていく。かつては大国だったイサラス王国も今は昔の話だ。
過去の栄光を取り戻すと騒いだところで、貧しい酷であるがゆえに兵力差を埋めることなでできようはずもない。軍備を優先しすぎる傾向が強いので、民の生活が良くならない悪循環が続いている。
そんな中で和平推進派である王側に優秀な魔導士であるアドが加われば、敵意を向けるのも仕方がない。彼等はアドの戦力があれば直ぐにでもメーティス聖法神国から肥沃な土地を奪えると思っているのだ。他力本願だ。
無論、戦争はそんなに甘いものではない。勢いだけで侵略したところで奪い取った土地を、防衛維持できるわけではないのだ。ついでにそんな戦力もない。
戦争推進派は理想論を並べ立てるだけで、自国の戦力をあまり顧みないほど愚かであった。視野狭窄でやっていることはテロリスト並みの無謀な者達だった。
アドが戦争推進派に力を貸した理由も、わずかでも豊かな土地を確保できれば良いと考えただけであり、侵略を続けるためではない。
【邪神石】を利用した魔導具だが、その効果は危険すぎたためにメーティス聖法神国の裏側に居る犯罪組織に売りつけ、涸れた土地でも栽培可能な強い野菜の種などを購入した。
戦争推進派との間で妥協案を出しただけで、あくまでも防衛を目的とした技術供与を行っただけなのだ。後は獣人達の国に同盟を組む繋ぎを行ったくらいだ。
「考えない理想論者が多いからなぁ~」
「経済が少しでも豊かになれば、税金のほとんどを軍備拡張に回すのかもしれないわね。民衆を蔑ろにしてるし」
「うぅ……あの国に戻りたくないよぉ~」
「苦労していたんだね、俊君……」
「そこまで酷い国なのかい? なおさら他国の要人と顔見知りになる必要があると思うけど……それよりも、中に入らないのか?」
「「「「おじゃまします」」」」
玄関前でだべっていたが、四人はようやく家の中に入る。リビングのテーブルの上に串肉の紙袋を置くと、キッチンから皿を取りに向かう。
所詮一人暮らしなので、家の中は簡素なものである。余計な調度品も置いておらず、悪く言えば寂しい部屋であった。
「適当にパンでも焼きますかねぇ。石窯で焼けば直ぐだろうし、できればサラダでも作っておくか……」
「おぉ……ゼロスさん、頼りになりすぎるぅ~!!」
「正直、ゼロスさんと合流できて凄くありがたいわ。懐かしい料理も食べられるから」
「そうだよね。ゲテモノ料理は勘弁して欲しいけど……」
「できれば手伝って欲しいんだけどね。ユイさんを除いて、みんなで分担した方が早いでしょ」
「「「うぃ~す」」」
食事の準備に動き出すアド達。
ユイも手伝うと言い出したが、妊婦に無茶をさせるわけにも行かず、イスに座らせて大人しく待って貰うことにした。
ちなみに、今夜の献立は焼きたてのパンとサラダ。露店で購入した串肉と適当に作ったスープである。ユイ達三人はテーブルを使い、ゼロストアドは床に卓袱台を置いて今後の予定を話し合う。アド達の立場は微妙に危険な場所にいるため、いつ頃イサラス王国から撤退するべきかを話し合う必要があった。
そんな二人の目の前に、暖かな湯気が立ちこめる料理を見て、アドは素朴な疑問を覚える。
「……なんでパン生地を普通に持っているんだ? 野外じゃ、オーブンや石窯がなければ焼けないだろうに」
「ハッハッハ。オーブンの代わりなど、魔法を利用すればいくらでも作れるじゃないか。便利な力があるのだから利用しない手はないだろ?」
「魔法を家事に使おうなんて誰も思わないわよ。魔力消費のコストを考えると実用的じゃないし、基本的に魔法は攻撃手段だと普通は思うわ」
「魔導具も【魔石】や【魔晶石】、【魔宝石】を利用するんだよね? 大きさで魔力を蓄えられる量が決まると言われているし、コンロなんか作ったらかなり大きなキッチンができるんじゃないかな?」
「俊君は、魔導具も作ってたよね? 便利な道具を作ったりしないの?」
「俺は基本的に攻略組だったからな、便利グッズの製作は他の生産職に頼んでいた。簡単な防犯グッズ程度しか作ったことがない」
魔導具にも、使用する触媒で利用できる回数が変わる。
【魔石】は魔物の強さに応じて含まれる魔力量が変わるが、魔物からはぎ取れる生態素材であり、魔導具に加工して利用すると【魔石】の大きさは次第に小さくなり消滅する。
これは、魔力が魔物の体内で生成される体液で固形化するためで、魔石の魔力が消費される度に物質化が解けてしまうからだ。そのため使用回数が発生し、強力な魔導具でも使い捨てを前提となる。
同じ属性なら【圧縮】で複数の魔石を束ね結合させることにより、魔石の保有魔力を増やせるのだが、それを行える錬金術師や魔導士の数が少なく、大量生産には向いているが効果が低い魔導具しか作ることができない。
【魔晶石】も基本的には【魔石】と変わりない。違いは鉱山などで採掘される純度の高い結晶であると言うことだ。
【魔晶石】は地下に埋もれた植物などの樹液に魔力が宿り、長い年月を掛けて凝結し結晶化した物である。金属などの不純物も混じるが、そのおかげで【魔石】よりも硬く多少魔力消費をしたところで結晶化が解けることはない。
また、後から魔力を封入できることが可能であり、使用回数は魔石を使った魔導具よりも長くできる。しかし【魔晶石】の数は少なく、値段もかなり高価になる。
需要は高いが、魔導具製作に対して数が足りず、一般向けではない。
【魔宝石】とは、宝石に魔力を注ぎ込むことで人為的に生み出された【魔晶石】のことである。使用される宝石には耐久度が存在し、封入できる魔力量が制限される。
大量生産には向いているのだが、場合によっては込められる魔力が【魔石】よりも低い場合があり、魔導士や錬金術師の技量次第で【魔宝石】の魔力濃度に大きなばらつきが生じる。
そのため、製作された魔導具の性能に差が生まれ、強力な魔導具に利用するには向いていなかった。他にも【精霊結晶】という物が存在するが、簡単に発見できないどころか、発見されてもわずかな魔力しか込められていない欠片がほとんどだった。
「高価な触媒結晶を、どうやって手に入れているんだ?」
「人為的に量産することができるけど? レシピは教えないよ。こればかりは自分の手で研究しないと、感覚的な微調整を行う技術を覚えることができないんだなぁ」
魔法を作り出すのに、魔法文字や魔法式を極めねばならないように、【魔石】のような【触媒結晶】も技術や調合法が必要となる。
天然物に匹敵する高純度の触媒結晶を生み出すには、素材の吟味から始まる相応の研究を行わねば生産できないのだ。ゼロスですら手こずる【人工触媒結晶】の生成は、一般魔導士達には真似することができないのが現状である。
「チートじゃん……」
「チートでも、迂闊に広めて良い情報じゃないでしょ。触媒結晶の生成が可能だと知ったら、世間に危険な魔導具が蔓延することになりかねない。呪いすら込めることができるんだよ? そんな物騒な技術を悪用しないとも限らないし、時間を掛けてゆっくり発展させていくべきだ」
「なるほど……いきなり技術が発展しても、騒動が起こる訳か。場合によっては失業者も出かねないしなぁ~」
「職業による技能レベルは上がるだろうけど、今度は身体レベルを上げることが困難になる。どうしてもレベルが上がらない状況に直面するだろう。技術が向上するのも、結局戦争が中心になるんだし、迂闊な選択をすると機械化が早まるかも知れない」
【エア・ライダー】という高度技術の魔導具が存在する以上、機械による大量生産が旧時代に行われていたのは確かだ。人の手では作ることができない精密機器の製造が可能となり、魔導具の性能だけでなく文明に大きな発展をもたらす。しかし逆に兵器の類いも容易に生産が可能となるので、一概にそれを歓迎することなどできない。
銃が剣の時代を終わらせたのと同じように、武器の発展は戦争の形を大きく変えてしまう。戦略と戦術を用い、効率重視で敵を叩き潰す。
魔法を利用すれば核並みの威力を持つ兵器も開発が可能で、レベルという摂理を無視できる個人兵装も量産されるだろう。実際にゼロスは【ガン・ブレード】を製作している。
対ドラゴン装備である【ドラグバスター】と呼ばれる銃のレプリカだが、その重量から剣として使うには相応のレベルを必要とする。しかし銃であるということは、何も持ち運んで使用する必要はない。台座に固定するだけでも対空兵器としての流用が可能なので、【剣】の形にこだわる必要はない。
等間隔で砦に設置することにより、地上と空を同時に防衛できる手札の一つになり得るのだ。そんな技術革命を引き起こすことができる自分達のような存在が、趣味で魔導具製作する以外で技術を放出するべきではない。
「む……串肉の味が濃いな。調味料を変えたのだろうか?」
「今、マジな話をしているんだよな? いきなり飯の話に戻るのはやめてくんね?」
「要するに、僕達が表舞台にでるのはマズいんだよ。アド君も外交を優先してイサラス王国に恩を売った方が良わけだ。多少技術の漏洩は仕方ないとしても、急激に世界を変えるような武器の製作はやらない方が良い。まぁ、メーティス聖法神国には消えて貰うことになるだろうけどね」
「あっさりと国一つ潰すんだな。国土を奪えば迂闊に戦争を仕掛けるような真似はやめると思うが……。あっ、マジで肉の味が濃い。もう少し薄味でも良いな」
「どうだろうねぇ。人間至上主義の国だし、今までも強硬姿勢で侵略してきたわけだろ? 僕は追い詰められたら無茶をやらかすと思うね」
「そうならないための【小国家軍同盟】だろ? 小国一つを攻め滅ぼせば、他の小国が一斉に軍事侵攻を始める。回復魔法で優位性が立てなくなった以上、馬鹿な真似はできないんじゃないか?」
ゼロスは緑茶を啜りながら、『それが、本当に経済制裁の圧力になれば良いんだけどね』と呟いた。国家間における水面下での外交のやりとりなど、一般市民には分らない。
この世界は王政国家群が乱立し、その中で唯一宗教国家がメーティス聖法神国である。地球での紛争地帯のように【聖戦】を名目に軍事行動も行えるだろう。
国を動かす法王や神官が欲に溺れ、国内の総人口は小国家群よりもはるかに多い。多少無茶な真似をすれば兵力を集めるなど容易にできるのだ。
ましてや【神の教え】を大義名分にすることができる。それがなんの根拠もないただの屁理屈であったとしても、信者達は疑いもせずに受け入れる。
外交や水面下での政治的なやりとりをすべて無駄にする【神】の存在は、それだけ厄介なのだ。暴走されたら目も当てられない。そして、意図的に暴走を引き起こすことや、裏で先導しただけでも効果は馬鹿にできないのだ。それほど信者と呼ばれる者達は厄介なのである。
なまじ信心深いだけに、聖職者の呼びかけに素直に応えてしまうのだ。たとえそれが野心家な人物であったとしてもだ。
「【聖戦】……やらかすと思う? 今の状況だと、俺はリスクがでかいと思うんだけどなぁ~。かなり政治経済が混乱しているんだろ?」
「今までのように回復魔法を独占することができなくなった以上、【神の奇跡】で外交の優位性を持つことができない。国内が【災害】で荒れて後手に回っているし、経済の安定を計るにしても時間が掛かるんだ。ならすべての原因を国外に押し付ければ良い。【聖戦】を名目に、国家樹立宣言をしたテロ組織の例もある。それを宗教国家がやるんだよ。そんな歴史を僕達は知っているだろ?」
「ローマか……。自分達以外を人と認めない強硬姿勢で、選民思想を表に出し奴隷すら容認する。メーティス聖法神国も同じ道を辿っているし敵も多い。北の獣人族も一つの国家に纏まってきたし、後がないのは確かだな。しかも時間が掛かるほど不利になっていく。破れかぶれでやらかしそうだな……」
「その獣人達の国……中心にいるのがブロス君だろ? それはそれでヤバイ国になりそうな気がするよねぇ~」
おっさんの脳裏に、獣の骨を利用した兜を被る半裸な大男の姿が浮かぶ。
実際は中学生らしいのだが、リアルの姿など知るはずもない。だが、彼はゼロスの良く知る【ケモさん】の弟子なのだ。
生産職としてはトップクラスで、アドの話では龍穴を利用した超処刑要塞を作り出したという。砦全体が敵を殲滅する仕掛けばかりで、内部に引き込んでは一方的な殲滅を行う。
魔力が無尽蔵である以上、魔力切れで機能不全になることもない。まさに難攻不落の凶悪な軍事施設である。
「ケモさんの影響かなぁ~、ケモ耳を守るためなら魔王にでもなるだろう。かなり洗脳――いや、教育されていたみたいだしなぁ~」
「今、洗脳ってはっきり言ったよな? 確かに、敵は悪意と殺意で殲滅する真っ黒なヤバイ要塞だったけど……」
「多分、イベントで獲得した特殊技能、【ダンジョン・クリエイト】を利用したのだと思う。ケモさんとブロス君しか持っていない特殊スキルだ」
「あれ? 【ソード・アンド・ソーサリス】で、ダンジョンを作っている奴等はかなりいたような……」
「あの二人、【人工ダンジョン・コア】を裏で売りさばいていたんだよ。それを使ってダンジョンマスターになったプレイヤーは結構いるね。この世界に【人工ダンジョン・コア】を持っているプレイヤーが他にいたら、とんでもないことになる」
「あの二人、何してんだよ……。現実にダンジョンが作れたらヤバイ」
異世界に流されてきたプレイヤー。
所持しているアイテムやスキル次第では、この世界はかなり危機的状況になり得る。
特に【人工ダンジョン・コア】は任意で迷宮を設置でき、ダンジョンマスターの好きなように迷宮を操作可能。街の中にすら迷宮を作り出すことができるので、自然発生のダンジョンよりも厄介な存在である。
「考え出したら頭が痛いねぇ。とりあえず、今は食事を済ませようか……」
「そだな……。なんか、先のことを考えると寝込みそうだ。俺はまだ、過労死したくない」
気のせいか、性格や人格そのものがおかしい人物が転生している気がしてならない。
自分のことを棚に上げているが、やけにマニアックな趣味や異常なまでに性に対して積極的な人物など、今まで出会った者達は碌なものじゃない。
エロムラにしかり、ブロスにしかりである。杏もまた妙な拘りを持つ小学生なのだ。
普通に見えるリサやシャクティでさえも、おっさんはどこか変な趣味や性癖があるのではないかと疑っていたりする。少々人間不信なのかも知れない。
ゼロス達が男同士の会話を弾ませる後ろでは、テーブルの前に座り料理に手をつけている女性陣も会話を弾ませている。
「なんでかな? お肉は異世界風の味付けなのに、日本の食生活に思えてくるんだけど……。これ、日本の料理じゃないよね?」
「それは、ゼロスさんが日本風の家庭料理ばかり作っていたからだと思うわよ? 味付けは違うと分っているけど、ここ数日間はゼロスさんが料理していたから錯覚しているのね」
「少し羨ましいですね。ハサム村の料理は味付けが変だったから……。料理名が『スッパラコッテリステーンウ』と言うらしくて、すっぱ甘かったです」
「「ソレ、どんな料理!? 料理名が凄く気になる……」」
異世界の味付けに満足いかない三人だったが、その中でユイは妙な郷土料理を食べていたようであった。『すっぱ甘い』という時点で味が微妙なのに、料理名でいかなる料理であるかが分らない。何よりも辟易したような表情を浮かべるユイに、彼女が食した料理が微妙な味付けであるという確信を持った。
日本人の味覚に凄く合わない料理なのだろう。
「お肉を使った煮込み料理なんですけど、口に入れた瞬間にどろっとした舌触りと凄く酸っぱい味覚が押し寄せるんです。その後にくる何とも言えない甘みが凄く気分を不愉快にさせるんですよ。そんな煮込み料理を皆さんは凄く美味しそうに食べてました」
「……料理じゃないわね。どう考えてもまともな調理をしてないわ」
「うん……イサラス王国の片田舎でも、そこまで酷い料理じゃなかったよ。普通に食べられたよね?」
地方によって、そこで生活している者達の味覚は異なる。
例えば関西風の味付けと関東風の味付けでは、北に行くほど味が濃いめである。郷土料理など、その地方特有の味付けになるので異なる地方出身者には美味いと思えないときがある。日本人が白ワインを飲みながら生牡蠣を食するのを思い浮かべれば良いだろう。
牡蠣の生臭さがワインで強調され、とても美味いとは思えない。異世界ともなると、デンジャーな味付けの料理が数多く存在していそうだった。
おっさんの作った【ゲテモノ天丼】は普通に食べられることから、まだマシな方の部類に入る。
国が豊かでも食文化はかなり独特なものが存在し、良い食材を使用して不気味な味付けになるのはいただけない。リサとシャクティは『食材が勿体ない』と呟く。
貧乏性になるほどイサラス王国の食文化は貧しかった。
「食事を済ませたら、今日は休もう。アド君には明日から手伝って貰うから、今夜はゆっくり眠ると良いさ。魔導錬成は精神力がかなり削れるからねぇ」
「おぉ!? 今夜も部品作りをやらされるのかと思っていた」
「お望みならそうするけど、僕はそこまでブラックじゃないよ? 休ませるときにはゆっくり休んでもらうさ」
「「「……嘘だ」」」
アドパーティー全員に否定された。
身に覚えのちょっとあるおっさんは、素知らぬ顔で煙草に火を灯し、煙で輪を作りながら誤魔化す。
プレイヤーとしてのゼロスは、全く信用されていなかったようである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二階の空き部屋を女子達とアド夫妻に使って貰い、彼等には早めに休んでもらった。
魔導具の明かりがあるとはいえ、この世界の住民達は夜十時頃には就寝してしまう。酒場でさえ深夜十二時には閉店となる店が多いほどだ。
これが異世界での常識であり、この時間帯に動く者達は犯罪者の類いや、よほどの重要な案件を抱えていない限り深夜の活動を行う者はいない。
日が昇れば仕事に繰り出し、夜が来れば眠りにつく。実に規則正しい生活を送っていると言えるが、それ以上に娯楽が少ないのだ。
地球のように深夜に営業している店もなく、酒場も料理の仕込みや材料や酒などの仕入れと、昼間でも忙しい。
ある程度の生活リズムが整っていると言える。
そんな夜半過ぎにゼロスはベッドから起きだし、一階のリビングにある地下倉庫の入り口を開いた。目的は奥にある邪神の培養槽である。
「やぁ、邪神ちゃん。夜遅くにすまないね。こんな時間じゃないと、君の所に来れなかったものでね」
『……随分と長く留守にしていたようじゃな。正直、暇でしょうがなかったぞ』
培養槽の窓からのぞき見ると、邪神は幼女の姿でぷかぷかと培養液の中を漂っていた。
見ようによっては楽しそうにも思えるが、何もすることがないので暇なことには間違いない。苦笑いを浮かべていたおっさんだが、良く見ると邪神の姿には少し変化があることに気づいた。
「あれ? 邪神ちゃん……君、翼と角はどうしたんだい?」
『む? 何かと暇なのでな、色々とこの体を試していたら、翼と角が収納できることに気づいたのじゃ。いや、分解と再構築が可能になったと言えば分るかのぅ?』
「それ、収納とは言わないでしょ。自身の体を変化させることができるってことだし」
『些細な問題じゃな。元より我に体など意味はない。この物質界で顕現するのに必要なだけで、本来はエネルギー生命体といえる。まぁ、実際はその定義すら説明できぬがな』
「この世界でも説明できる言葉がない。もしくは、存在自体を定義させることが難しいと言うことですか? 要は不思議生物と認識しておけば間違いないと」
『……なんか、珍獣扱いで嫌じゃのぅ。間違っていないのが腹立たしい』
充分に珍獣である。
会話を交わしつつ、おっさんはインベントリから紙袋を取り出すと、中身を筒の中に流し込む。
『……ん? 何をやっておるのじゃ?』
「お土産。内側のボタンを押すと、一個ずつ培養槽の中に落ちていくから、暇なときに味わってほしい」
『ボタン? 内側に付いているポッチのことかのぅ。味わうか……食べ物とやらか?』
「飴玉。培養液の中だと、普通の食べ物は入れられないからね。固形物でないと直ぐに溶けるし、ある程度の堅さがないと駄目なんだなぁ」
『ふむ……試してみよう』
培養槽の内側にあるボタンに邪神ちゃんは手を伸ばし、『カコン』という音と共に飴玉が培養槽の中に落ちる。ソレを邪神は手に取り口に運ぶ。
『おっ? おぉ!? これは……これが美味いという感覚であるか!』
「君……邪神戦争期に、生物をかなり取り込んでいたという話だよね? 補食したときに味はしなかったの? 鉄錆臭漂う血の味だけど……」
『ないな。あの時は、あの痴れ者共を取り込むのに夢中じゃったし、元より味覚など持ち合わせておらん。情報を強制収集するだけの存在じゃったしのぅ』
「世界の管理権限がないと、神もただの厄介な生物か……。いや、生物の定義から外れているし、傍迷惑な暴食生命体か……」
『人聞きが悪い。確かに物質は吸収し情報を得たが、魂魄はちゃんと輪廻の円環に返したぞ? 魂魄一つ一つが我等の卵のような物じゃし、永劫の時間をかけて【神】に到る。
便宜上、神と言ってはおるが、人間の信仰する神ではないからな? 本質は機械に近いじゃろぅ。感情はこの世界に合わせているだけで、本来の我等は無機質だ』
要約すれば、世界を管理する【神】はそもそも感情を持たない。だが、高次元から物質世界に顕現するとき、感情――人格という情報は色々と役に立つらしい。
上位の高次元世界から三次元に端末を降臨して管理を行う場合、元の無機質な人格であると力の加減が難しくなる。本体の存在する世界と摂理そのものが異なるので、上位世界からの干渉を行えば世界に多大な影響が出てしまう。人格は低次元世界を管理する上でリミッターの役割になるらしく、善悪の判断基準や思想など、そうした情報を元に世界管理を円滑に行う。それでも上位存在になるほど力加減が難しく、そのたびに管理端末を構築せねばならない。管理者が存在しないこの世界が異常らしく、邪神ちゃんは管理端末としての責務を全うしようとしているだけにすぎない。
それでも人間の言うような常識の枠から外れており、初めて自分の管理する世界を創造した【神】は色々と失敗するらしい。現に、この世界を管理していた高次元神は、邪神ちゃんを失敗作としていた。その邪神ちゃんも目覚めた後、世界を崩壊寸前にまで追い込んだ。
「迷惑どころか、もの凄く厄介な無責任だろ……。この世界の創造神は、適当すぎる」
『我は役目を全うするのみ。一つの星が崩壊しようと別に構わぬ』
「スケールが大きすぎるねぇ。けど、世界は壊さないでほしいがね。それに、管理神にも個人差がありそうだなぁ~」
『あるであろうな。我の創造主は、能力は優れていたが世界管理は杜撰のようだ。お主等を送り込んだ管理神の方が、細やかな世界管理をしておるのじゃろぅ』
「転生者――転移者かな? どちらにしても、この世界に石を投げ込んだ。おそらくは邪神ちゃんの存在から目を反らさせるためだろう。弱いままだと簡単に始末できるからねぇ」
『いずれ、その領域まで到りたいものじゃな。うむ、飴玉が美味いのぅ』
かなり大事な話をしているのに、邪神ちゃんは飴玉を口の中で転がしご満悦。
培養液の中でクルクル踊りながら幸せそうに飴玉を味わう姿は、どこから見ても幼女にしか見えない。
「そう言えば、邪神ちゃんには名前はないのか?」
『ないのぅ。名前を与えられる前に封印されたようじゃからな』
「なら、名前をつけよう。いつまでも邪神ちゃんじゃおかしいだろうし」
『うむ。便宜上の名はあった方が良いしのぅ。管理者に相応しい名を頼む』
期待の込められた目で見つめられ、おっさんは焦った。
正直、自分のネーミングセンスは当てにならないことを思い出す。
今名乗っている名前も、年甲斐もなく厨二病を発症してつけたアバター名だ。異世界だからソレでOK的なものがある。
『神……個にして全、Α(アルファ)にしてΩ……アルファ、アルフィア? アルフィア・オメガ……いやいや。オメガ……メーガ…メーガス?』
おっさんは必死だった。
それは、さながら我が子の名前を考える父親の如く、これ以上にないくらい必死に考えた。
何しろ、この世界が滅びるまで長く語り継がれる【神】の名だ。その場の勢いで適当に付けて良いものではない。
「よし、君の名は今日より【アルフィア・メーガス】だ」
『うむ……響きは悪くないのじゃが、何か引っ掛かるものがあるのぅ?』
やっぱり無意識に厨二病を引きずっていた。
『……む?』
「あれ、名前……気に入らなかった?」
『いや、何でもない……(これは……)』
「んじゃ、今日はここまでにしておきますか。朝になったら色々やることがありますからねぇ」
『うむ、次に来るときも飴玉をよろしく頼む』
ちゃっかり飴玉の催促をする【アルフィア・メーガス】。
そんな彼女に苦笑いを浮かべながらも、おっさんは約束してその場を後にした。
残された彼女は――。
『限定されているが、アカシックレコードの閲覧権限が解除された? 〈神域〉へのアクセス権限もか……我が外に出られる時間もそう遠くはないだろうが、四神共に気づかれるのはマズイのぅ』
封印から解放されたとき、このような権限のロックが外れたことはなかった。
だからこそ四神を追い回し、彼女達の管理権限を取り込もうとしたのだ。しかし、今回は名を与えられただけで管理権限を得ることに成功する。
『ふむ……存在の確立か。認識されるほど管理権限や行使できる力が変化する。さて、どうしたものか……』
自身に組み込まれたもう一つの封印。
管理者として復活はしたいが、今のままでは四神の相手はできない。
【神】として認識されるにも、自身の力は弱すぎる。
再生された【神】は今の弱い自分を認識し、先のことを思案し計画を練る。
飴玉の味を楽しみながら――。