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そして、都市伝説へ ~エロムラ、お仕置きされる~

【ボアヘッド・バタフリーベアー】は、目に付く動くものを執拗に襲う習性がある。

 目の前に動く生物がいれば後先考えず、頭が猪なだけに猪突猛進に食らおうとする獰猛な生物だった。種族的にはキマイラと同じなのだが、勢いだけで行動する考えなしの力馬鹿でもある。

 また、短時間なら飛行することが可能で、熊のような身体から瞬間的な瞬発力は高い。

 もっとも飛行能力があるといえ、その速度は子供が走るより遅い。飛行中に逃げるのであれば生存の可能性が高いだろう。何のために翅があるのか意味不明だ。

 脅威なのはその腕力と耐久力。一撃で大木をへし折る力は盾などでは決して防ぐことはできない。 防御力も高く、剣で斬りつけた程度では傷すら負わすことができない。

 この魔物を倒せるようになるには相応の練度とレベルが必要となる。


『もしかして、コボルトを追ってきたのか? コボルトはオークと縄張り争いの最中だったろぉ、なに乱入してきたてんだぁ、このお邪魔虫がぁ!!』


 エロムラもぼやかずにはいられない。

 彼は【ソード・アンド・ソーサリス】で【ボアヘッド・バタフリーベアー】と戦ったことはあるが、少なくとも2パーティーで相手にした。その時も半数が死に戻りの憂き目に遭うほど強力な魔物なのだ。上位プレイヤーでならソロで倒せるかも知れないが、エロムラ単独では相手が悪い。

 ついでに言えば彼が相手にした個体は【狂乱】の固有スキルを保持していた。

【狂乱】は血の臭いを嗅ぐことで興奮状態に陥り、手のつけられない暴走を引き起こす。目の前の【ボアヘッド・バタフリーベアー】が【狂乱】スキルを保有しているかっは分らないが、もし保有していた場合は戦闘が大幅に変わる。 

 そして、今この時が現実であると知るがゆえに、間違いなく勝てない状況に足が震えた。それは生物が原始的の頃から保有する死への恐怖であった。


「二人とも、奥の通路に逃げろ! 奴の身長では通路を進むことはできない。アレを相手に戦うのは自殺行為だ!」


 状況を冷静に見つめる余裕があっただけでも褒めるべきだろう。

 エロムラは必死な表情でセレスティーナ達に指示を出した。彼女達で間違いなく死ぬのが目に見えていたからだ。

 インベントリからカイトシールドを取り出すと、それを構えて二人の前に立つ。


「あ、杏さんはどうするのですか!?」

「彼女を置いていく気ですの!?」

「杏ちゃんなら一人で相手にできるほど強いから、逃げることもできる。けど、君ら二人がいたら足手まといだ。下手をしたら俺達のせいでケガする可能性が高い!」


 二人は納得いかない表情を浮かべたが、そもそも杏とセレスティーナ達とではレベルが違う。

 杏一人で戦う場合なら【ボアヘッド・バタフリーベアー】は余裕だろう。しかし、護衛対象がいるだけで行動が制限されてしまう。

 まして二人は【ボアヘッド・バタフリーベアー】の強さを知らず、一撃で簡単に殺されるほどに弱い。つまらない拘りや先入観でこの場にとどまること自体が危険なのだ。


「アイツは、動く者には容赦なく襲いかかるほど獰猛なんだよぉ、コボルトを囮にしている間に奥へ逃げ込め! 俺達がこの場にいるだけで杏ちゃんの足枷にしかならない」

「納得いきませんわ! たとえわたくし達が弱くても、できることは……」

「そんなものはねぇ! 単独で奴を倒せる実力があるのに、二人がいたら行動が制限される。弱い奴を守りながら戦えるほど、あの魔物は甘くねぇんだよぉ!! グダグダ言ってないで、早く待避しするんだぁ!!」

「っ!?」


 そう、杏一人なら決して敵ではない。余計な真似をしなければ単独で倒せるほど強いのだ。

 ただし、敵は【ボアヘッド・バタフリーベアー】だけではない。未だ多くのコボルトが侵入してきており、杏は【ボアヘッド・バタフリーベアー】を利用してコボルトの数を減らしている。

 この状況がいつまでも続くとは思えない。最悪、討ち漏らしたコボルトがこちらへ向かってくる可能性の報が高いのだ。


「奥へいきましょう……キャロスティーさん。私達では、お二人の援護すら難しいです」

「レベル差が決定的に違うんだ。逃げることは恥じゃねぇ……。通路の狭さを利用すれば俺達でもやりようはある!」


 隔壁が完全に閉じるまでが勝負である。

 完全封鎖ができればコボルトや他の魔物も侵入することはできない。通路は狭く、【ボアヘッド・バタフリーベアー】は侵入することは不可能。

 安全策を講じるなら逃げるのは最も有効な手段だった。


「杏ちゃんが奴を利用してコボルトの侵攻を食い止めている。だが、それもいつまで続くとは思えない。死にもの狂いになれば、こっちへ逃げてくるコボルトもいるはずだ」

「……仕方がありませんわ。私達のせいで杏さんにケガを負わせるわけにはいけませんもの」

「杏さん、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「問題ない。あのおっさんと同類だぞ? 何でもありの化けもんだよ。本気の【影六人】の強さはあんなものじゃねぇ。さっさと待避するぞ」


 下では逃げ惑うコボルトと襲いかかるボアヘッドによる修羅の宴の真っ最中。杏は隙を覗い壁をよじ登るコボルトを集中的に狙い、ボアヘッドの注意をコボルトに向けさせていた。

 だが、次第に苦無を投擲する回数が減ってきていた。

 手裏剣も使用しているが、元から数が少ないのか多用してはいない。エロムラはそのことを二人に告げると、通路にも勝手走り出した。


『ん……やっと逃げ出した。苦無の数も心許ない。大きな出費になる……エロムラ、後でもぎる…』


 何をもぎるかは定かではないが、杏はいつまでも上層でダラダラしていた三人に少しむかついていた。苦無や手裏剣もただではないのだ。

 消費したら特注で製造せねばならず、鍛冶師に依頼すればそれだけ値段が高くなる。

 手裏剣一つにしても数がかさめば懐に痛烈な打撃となるのだ。いつまでも無駄に時間を費やしていたエロムラに対し、物理的にお仕置きすると決めた瞬間だった。


「じゃ…少し本気になる。【陽炎幻影斬】」


 杏の体がまるで陽炎のようにブレ、無数の杏の姿が現れる。逆上して襲いかかってきたコボルトが杏をすり抜けるかのように通過すと、その瞬間にコボルトの首が飛んだ。

 緩急をつけた動きに視覚が惑わされ、幾重もの幻によって攻撃すべき相手の認識を幻惑する特殊な武技。現実にこんな真似をすることなどできないが、異世界ではレベルのこともあり不可能であったアニメなどでおなじみの物理的に非常識な技を、鍛えれば現実に可能となる。

【演舞】などと呼ばれた技術も組み込まれ、斬撃による攻撃動作にも対応していた。

 杏は確実にコボルトの数を減らし、搬入口に殺到する魔物は片っ端からボアヘッドを誘導することよって駆逐されていった。ここまでは目算通りに進んでいる。


『ん~…二匹逃した。エロムラに任せる。頑張れ……。もぎるのは終わった後……』


 エロムラ、もぎられることは確定だった。

 隔壁は幅を狭め、既に侵入してくるコボルトは少なくなった。そうなると最後の問題は大物の相手である。両腕を振り回しコボルトを始末していたボアヘッドは、当然だが杏に狙いを定めた。

 だが未だコボルトは十数匹存在し、完全に閉じようとする隔壁の隙間を強引にくぐり抜けてくるコボルトもいる。未だ予断も許されヌ状況下で周囲に注意し続けるのも結構疲れてくる。

 そんな時、ボアヘッド・バタフリーベアーが突然両腕を広げると、下腹部に力を入れだした。


「……緊急待避」


 記憶にあるモーションに、杏は咄嗟に搬入口の角に移動すると、三角蹴りの要領で一気に上の階に上った


 ――ブボォオォォォォォォォォォォォォォォッ!! ブビッ!!


 それと同時に放たれた【ボアヘッド・バタフリーベアー】による放屁攻撃。

 辺りに黄色のガスが蔓延する。


「「「「ギョギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」」


 そして響き渡るコボルトの絶叫。

 なまじ嗅覚が優れているために、放屁攻撃は致命的な必殺効果をもたらした。

 コボルト達は悶え苦しみ、白目を剥き口から泡を吐いて倒れていった。中には即死した個体もいるかも知れない。

 この放屁は悪臭ガスだけでなく、糞も飛んでくることがある。実に嫌な攻撃であった。


「……【炎火】」


 充満するガスに向けて、杏は掌に生み出した炎を投げつける。


 ――ドゴォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!


 放屁ガスは悪臭が凄まじいが、その成分は可燃性であった。

 メタンガスだけでなく、臭線から出た気化性の臭い成分もまた簡単に引火しやすく、閉鎖された場所では発火により相応に爆発力が高まる。

 当然だが、これは【ボアヘッド・バタフリーベアー】にもダメージを与えられる。自分が放出したガスが敵に利用されるのだから、この魔物にとっては諸刃の剣に相当するのかも知れない。


 ――グモォオォォォォォォォォォォォォォ!!


 全身が炎に包まれ、床を転げ回る【ボアヘッド・バタフリーベアー】。

 炎耐性が低いため、こうした炎による攻撃が弱点であった。もはや全身火だるま状態である。

 体毛が焼ける臭いが周囲に漂い、不快感に杏は顔をしかめた。


『……毛皮、売れない。失敗した』


 消費した苦無や手裏剣を購入する資金の足しにしようと考えていたのだが、毛皮は断念せざるを得ない。毛皮は高値で売れるのが焼けてしまうと半額以下だ。

 自分の失敗が原因なだけにだけに少しへこむ。

【ソード・アンド・ソーサリス】では攻略の常套手段だが、これはゲームではない。火力による攻撃は素材を痛めてしまい、素材を得るためには別の手を講じる必要がある。

 面倒なのだが、異世界と【ソード・アンド・ソーサリス】の法則の食い違いを確認できたことは幸いである。杏は刀による一撃で仕留めることに決めた。


「思ったより弱い……。楽勝?」


 黒焦げになりながらも立ち上がり、杏に向かって威嚇する【ボアヘッド・バタフリーベアー】。

 だが、杏にとってはさほど脅威とは思えない。エロムラが戦えば苦戦どころか敗北は必至だが、杏はレベルが877ある。500レベルの魔物などたいして相手にはならない。それどころか楽に勝てるだろう。

 しかし、現実に視覚から入る情報に対し、杏は慎重に行動していた。

  

  ――ゴブヒヒヒィ!!


【ボアヘッド・バタフリーベアー】は翅を広げると、ゆっくりと空中へ浮かぶ。その姿は自身の体重がおもすぎて、必死になって飛ぼうとしているかのように見える。

 同時に鱗粉が舞い、まるで大量の花粉が飛び交うかのように空中を漂う。この鱗粉には幻覚作用と麻痺効果がありその毒性もかなり高いため、普通なら飛行中も近づくことができない。

 耐性スキルを保有しているならともかく、スキルがない場合は中距離からの魔法攻撃を行うしかない。それほどまでに毒性が強いのだ。

 だが、杏は耐性スキルのレベルをカンストしている。状態異常は無効化できた。


「無駄な足掻き…【紫電一閃】」


 壁を蹴り高々と舞い上がった杏は、突如として雷光の如く一筋の閃光となり、手にした刀で【ボアヘッド・バタフリーベアー】の鎖骨から胸元にかけて一瞬で斬り裂く。

 空中からの迎撃攻撃を敢行したのだ。遅れて血液が噴き出し、血の小雨が降る。


『少し……ズレた』


 元より体重があるため、【ボアヘッド・バタフリーベアー】は長時間滞空を維持することはできない。斬り裂かれた痛みで飛行が困難になるほど飛ぶことが下手なのだ。

 必死で滞空しようと翅を動かしているが、元が地上で生息する魔物である。多少飛行能力があったとしても鳥型の魔物やドラゴンと違い、攻撃されても空中にとどまれるほどの能力は持っていなのである。

 痛みに気を削がれ、ゆっくりと地上に降りてくるところを見計らい、杏は一気に勝負をつけるために走る。その姿をたとえるなら、空を滑る一筋の【桃色彗星】。

 一瞬にて連続して斬撃を叩き込むと、刀を構えたまま距離を取った。


「奥義、【影葬連撃三の型――斬影烈閃】……滅」


 ポツリと無表情で呟く杏。

 少し時間をおき、【ボアヘッド・バタフリーベアー】は大量の血液を噴出して絶命した。


『エロムラ……解体終えるまでにコボルトを倒せなかったら、三回もぎる』


 忍ぶどころか暴れているピンクの忍者は、返り血すら浴びていない。

 どこを三回もぎるか気になるところだが、とりあえず素材解体のためにナイフを引き抜くのだった。エロムラのピンチはまだ続いている。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おぉおぅ!?」


 突然股間に走るキュッとした寒気に、エロムラは思わず震えた。


『なんだ!? 今、何か凄まじい悪寒が股間に走ったぞ!? 嫌な予感が……』


 思わず股間を押さえ、キュッときた悪寒の正体を探るべく辺りを見回す。

 だが、その正体を知ることはできず、別の脅威が迫ってきていた。


「エロエロさん、アレは…まさか!?」

「エロ確定なのね……【ハイ・コボルト】か、しかも二匹かよ。杏ちゃんでも取りこぼしがあったか」

「既に呪文は唱えていますわ。後は発動させるだけですわよ?」


 通路に向かってくる二つの影、よりにもよってコボルトではなく上位種の方だった。

 エロムラも馬鹿ではない。これでも中級攻略組のプレイヤーだったのだ。杏が戻ってくるまでに時間を稼ぐべく罠を用意していた。

 無論、セレスティーナ達も罠を仕掛けるのに手を貸していた。問題はレベル差である。

 エロムラとハイ・コボルトのレベルが同じであった場合、同レベルの魔物二体を相手に戦わなくてはならなくなる。守る存在がいるエロムラにとっては不利な状況だ。

 その状況を覆すには先制攻撃で戦力差を覆さなくてはならない。

 

『うまく引っ掛かってくれよ……』


 設置可能な魔法にも制限時間が存在する。

 そこに魔法で罠を仕掛けても、作動しなければ魔法は魔力に還元され消えてしまう。

 効果がある内に早く引っ掛かって欲しいところだ。


『来い、来い、来い来い……来た、来た、来た来たぁ――――――っ!!』


 エロムラ達を既に確認していたハイ・コボルトは、牙を剥きだし、唾液を口から垂らしながらも猛然と速度を速め急接近。

 失敗は許されない。この場で二体同時に倒さねば後がない。

 どちらかを討ち漏らせば、セレスティーナ達では相手にならず、直ぐに殺されてしまうだろう。

 レベル差はそれほどまで絶対の法則なのである。


「今です!!」

「遅延術式解放!!」

「魔力解放、【アイギス】展開!! 職業ジョブスキル、【ブレイブ・ハート】発動!!」


 エロムラの盾【アイギス・レプリカ】は、封じられた魔力を解放することで通路を塞げるほどの障壁を展開できる。その見えない壁に阻まれコボルトは後方に弾き飛ばされた。

 同時に複数の設置型遅延術式が解放され、【スタン・ライトニング】、【シャドウ・バインド】、【プラズマチェーン】などの捕縛や状態異常効果の魔法が発動。床や天井からハイ・コボルトを襲う。

 拘束され、麻痺などの状態異常を誘発させられたハイ・コボルト。一か八かの背水の陣であった。


「うぉおぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁっ!! 【雷鳴剣】!!」 


 属性効果と斬撃強化により威力を増した【カリバーン】が、【直感】で強いと思われる方のコボルトに向けて繰り出し、頭骨を粉砕し致命傷を負わせた。


『この手応え……同レベルか!? だが、確実に仕留めた! 次ィ!!』


 伝わる手応えで相手の力量やレベルが分る。

 相手のレベルが低ければ両断することも可能だが、同格であれば負わせる傷も必然的に軽くなる。だが、それも絶対ではない。

 たとえ相手が強くとも、猛毒を塗られた武器で目などの弱点に攻撃を与えることができれば、強い相手も倒すことが可能である。

 頭部を破壊できれば確実に仕留められるだろう。ゲームとは異なり、現実は急所攻撃が有効だからだ。


『魔法の拘束効果が切れかけている……。こいつも一撃でぇっ!』


 設置型のような応用が利く遅延術式魔法も弱点がある。魔法を設置した時間が長いほど、その効果時間は低くなるのだ。

 それは魔法を設置した瞬間から元の魔力に還元される摂理が働き、発動したときに展開する魔法陣が希薄になるからである。魔法に込められた魔力や術者のレベル差によって効果時間は大きく変わるが、一度顕現された魔法式の分解はこの世界の絶対法則なのである。

 エロムラの魔法はともかく、セレスティーナ達の魔法は効果時間が短い。レベルの近い魔物を一撃で倒すのは難しく、奥の手である職業の固有技【ブレイブ・ハート】に魔力を回すので余計な魔法の使用を控えていた。

 この【ブレイブ・ハート】は、持てるすべての魔力を身体強化に回し攻撃力を大幅に上げる技だ。一度発動すると魔力をすべて使用してしまうため、騎士職にはまさに切り札とも言える。

 効果時間は約十分。使用する魔力が多いほど威力は高まり、その効果は絶大だった。

 同レベルの魔物を、ましてや守らねばならない対象がいる時点で、エロムラは切り札を使用せねば切り抜けられないと判断した。一撃で倒さねばセレスティーナ達に被害が及びかねないからだ。


「【十字煉華】!!」

「遅延術式、解放! 【プラズマ・ランス】(×3)」

「遅延術式、解放! 【アイスド・ランス】(×3)」


 エロムラの鋭い攻撃がハイ・コボルトに加えられ、致命傷を負った瞬間に後の二人がとどめを刺す。これによってハイ・コボルトを倒すことに成功した。


「ハァハァ……終わった。マナ・ポーションを飲まないと……」

「もう、こんな冒険はこりごりですわ……。地道に鍛えませんと…」

「帰ったら反省会ですね。勝ちましたが、ベストな戦い方とは言えないと思います」


 セレスティーナは別としても、キャロスティーとエロムラは自分と同格か圧倒的に開きのあるレベル差の魔物と戦った経験はない。そのため無駄に力を入れすぎていた。

 ファーフラン大深緑地帯での戦闘経験のあるセレスティーナは、今の戦いが最初から焦りで冷静な対処を行っていたとは思えず、効率の良い戦いができたのではと思考を巡らせていた。

 

「ひょにゃぁ!?」

「ふにょおほぉ!?」


 そして恒例のレベルアップによる負荷が襲う。

 なんの前触れもなくいきなり倦怠感が来るのだ。一応覚悟をしていたとしても、突然の目眩と立つことすらままならない疲労感には対処しようがない。

 二人は体から力が抜け、その場で座り込んでしまった。


「……か、レベルが…108に上がりましたわ」

「私は……172です。どれだけの…開きがあったのでしょうか?」


 エロムラと同格のレベルと言えば500はあるだろう。

 数度の攻撃と魔法を併用したため、二人にはそれなりの経験値が入る。しかしレベルの低い二人にはその負荷はあまりに大きい。

 もし単独で倒すことができれば、負荷によって即死することも充分にある。エロムラが前衛にいたからこそ、この程度で済んだと言えよう。 



「おいおい、大丈夫かよ」

「駄目……ですわね。動けそうにありませんわ」

「この倦怠感は……久しぶりです。やはり…私達には荷が重すぎました」

「どうすべ、この状況。俺が二人を肩に担いでいくか?」

「「それは……お断りします『わ』」」


 女子二人にはエロムラのセクハラ行為が怖かった。

 本人にはその気がなく親切心で言った提案でも、普段の態度から変態と思われているので信用がない。ちょっぴり悲しいエロムラ君であった。


「……エロムラ。お仕置き確定」

「わぁおぅ!? 杏ちゃん、いつの間に、って……お仕置き? なんでぇ!?」

「今、来た。それより二人を危険にさらした…。罰は必要」

「俺、頑張ったよねぇ!? それなのにお仕置きされるのぉ!?」

「ん……冷静に対処すれば、余裕で勝てたはず。レベル差のある相手に二人を戦わせたことは減点対象」


 無表情の小学生ピンク忍者から、凄まじい気が放たれていた。

 セレスティーナ達は弱いなりに頑張ったと言えるが、エロムラは二人よりもはるかに強い。それなのに魔力をほとんど消費し疲弊している。

 つまり、勢いだけで力任せに戦ったことは明白だった。

 

「いや、そこは大目に見てよ……。俺、頑張ったよね? 同レベルが相手だよ? ゲームみたいに同じレベルでも弱いわけじゃないんだし、普通は焦るよねぇ!?」

「それも踏まえてお仕置きする……。大目に見て、一回もぎる」

「どこを!? どこをもぎる気なのぉ!?」

「明日から……エロムラはマダムになる。これ、確定」

「じょ……冗談、だよね?」


 杏は表情を変えない。しかし、彼女は歩みを止めずエロムラに迫ってくる。

 それが答えだった。杏は本気だ。


「大丈夫……兄貴で慣れてる。明日には立派な淑女の仲間入り……」

「ぜんぜん大丈夫じゃねぇ!? 君、お兄さんに何をしたのぉ!? そして、気のせいか嬉しそうだよねぇ!?」

「ん……気のせい。あと、両親に性癖をちくった時には……もう、マダムになってたと言っておく。大丈夫…痛く、しないから?」

「嘘だぁああああああああああああああああっ!! 疑問系だよぉ、マジで去勢する気だよぉっ!? この子ってば、見た目とは裏腹に容赦ないサディストぉ!!」


 猛獣に狙われている。エロムラは本気でそう思った。

 男の自分が…そして息子さんが、二重の意味でピンチだった。


「モギリは辛いお仕事……。雨の日も風の日も、もぎって、もぎって、もぎり続ける……。そして、集計が合わないと怒られる」

「誰にぃ!? それに、モギリ違いだよねぇ!? 杏ちゃんは別の物をもぎろうとしているよねぇ!?」

「……変態には、ご褒美?」

「変態じゃないからぁ!! 俺、立派な普通の一般人だからねぇ!?」

「………どこが?」

「否定されたぁ!?」


 身の危険から逃走を図る。

 逃げるエロムラ、追う杏。同じ転生者ならもぎらにゃ損損。

 走り出した二人は通路の奥に広がる闇に消えていった。

 ほどなくして、エロムラ君の悲痛な絶叫が響いてきたという。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ハァ……セレスティーナさんが昨日から帰ってこない。どうしたんだろ……まさか、タチの悪い男達に!?」

「いや、アイツはお前よりも強いからな? その辺の奴等にどうこうできるほど弱くはないぞ?」

「ツヴェイトは妹が心配じゃないのかい!? いくら強くても女の子なんだよ!?」


 沈痛な面持ちのディーオに、ツヴェイトは安心させるためにセレスティーナの実力の話を振る。

 しかし、恋する男は見苦しい。その行為が逆効果として受け取られた。涙目で詰め寄る姿が正直怖い。


「落ち着け。エロムラと杏も昨日から帰ってきてないし、おそらく一緒に行動してんじゃねぇか?」

「軽薄な彼と一緒!? マズイ……今頃、あんなことやこんなこと…クッ、今すぐ探し出して始末しないと!!」

「お前、セレスティーナを心配していると同時に、頭の中でエロいことを考えてないか? まぁ、騒ぎにはなっているからなぁ~」


 キャロスティーやセレスティーナが戻ってこないことに、魔法研究学科の面々は一騒ぎ起こしていた。何しろ侯爵家と公爵家の令嬢が行方不明なのだ。

 当然だが、周囲は総掛かりで探索班を編制するまで話が大事になる。

 しかもここは古代都市。知られていない未知のエリアがある可能性も否定できず、そこに危険が潜んでいることも捨てきれない。


「一応、あの柱の上に向かうとか言っていたが……。ふむ、調べに行ってみるか?」

「……そうだね。もし、彼女の身に何かあったら、俺はアイツを殺すかも知れない」

「……お前、まだ告ってすらいないだろ。彼氏気取りは早すぎねぇか?」

「そう思うなら、俺と彼女の仲をもっと取り持ってくれよぉ!! なんか、相手にされていない気がして不安なんだよぉ!!」

「俺はお爺様に殺されたくない! そんな真似をしたら地獄行きは確実だぁ!!」


 友情を取り味方するか、家族として狂老人に味方するべきか、そこが問題だった。

 義理と血縁の板挟み、中立は信を得られないと言うが、これほど苦しい立場はないだろう。


「その話はひとまず置いておいて……。エロムラ達が向かった柱に向かうぞ」

「俺にとっては切実な問題だけど、仕方がない。今は彼女達の安否を確かめないと」


 複雑な感情をとりあえず保留にし、ツヴェイト達は聳え立つ柱の一つに向かって歩いて行く。

 イーサ・ランテの街には商人が無事な建物に住み着き、細やかながらも商売を営んでいた。

 情報にめざとく食いつき、いち早く商売を始める商人のしたたかさに驚きながらも、二人は目的地に到着するまで五分の時間を要した。

 だが、柱の元には入り口らしき場所が見当たらない。


「上に行けるのは既に判明しているんだよね? 問題は、あの二人はどこから侵入したんだろ」

「大掛かりなからくりの搬入口が発見されているが、上に行くにも扉が開かないようだ。どこかに隠し扉があるのかもな。目立たないように偽装してんだろ」

「う~ん……見ただけでは分らないね。建築技術も想像以上なのかも」

「近づいて柱を念入りに調べて……おっ?」


 調べようとした柱壁の一角が内側に引き込まれ、人が通れるほどの空洞が現れた。

 そこから現れたのはツヴェイト達が探そうとしていた者達で、ケガ一つない無事な姿を見て安堵の息を吐く。


「お前ら、今まで何をやって……おい、エロムラの姿がねぇぞ? アイツはどうしたんだ?」

「ん……もうすぐ来る。無視しても構わない」

「セレスティーナさん、無事だったんですかぁ!! みんな心配していたんですよ」

「すみません。少し危険な目に遭いまして……」

「「危険な目にだとぉ!?」」


 そして、地上に上がった先で何があったのか大まかな事情を聞き出し、その内容の表情は険しいものとなる。

 地上と地下は一本の搬入口で繋がり、地上から魔物が侵入使用としていた事実に、このイーサ・ランテが知らない内に危機的状況に陥っていたのだ。

 杏達はこの街を守ったことになる。


「崩壊した街の遺跡で、魔物の群れ同士が縄張り争いの真っ最中だとぉ!? 待て……実戦訓練にはちょうど良いか?」

「冗談じゃありませんわ! 上の魔物は恐ろしく強いんですのよ? 軽い気持ちで訓練に向かえば、死者が出てもおかしくありませんわ!」

「良く無事でしたね? そんな場所かから生還するなんて、幸運の女神に愛されているとしか思えないよ」

「杏さんがいましたから、女神は杏さんのことになりますね。あと、マゾムラさんも命懸けで守ってくれましたから……」

「そのエロムラはどこにいるんだ? ぜんぜん見当たらないぞ?」

「ん……あそこ」


 杏が指さした方向には、整備関係者用の職員専用口があった。

 その奥に広がる闇から、ふらつきながら歩いてくる青い顔をしたエロムラ。だが……。


『『なんで……アイツは股間を押さえているんだ?』』


 そう、彼は涙目で股間を押さえ、小動物のように怯えながらゆっくりと帰ってきた。

 何があったのかは分らないが、そこには悲壮感が漂っている。


「……あいつの身に何が起きたんだ? 肉体的にもだが、かなり深刻な精神的なダメージを受けているように見えるが…」

「ヘマをしたからお仕置き……もぎれなかったのが残念。意外に丈夫だった」

「も、もぎるって……まさか!?」


 ツヴェイトとディーオもある部分がキュッとした。

 杏に狙われたら確実に大事なものを失いかねない。男としてこれ以上の恐怖はないだろう。

 それよりも、当事者だったエロムラの精神状態が心配になる。

 そんな二人の後ろで、杏はシュート連取を行うサッカー選手のように、蹴り上げる動作を何度も繰り返していた。


「お、おい……大丈夫か? 同志……」

「へへへ……怖かった。危うく大事なものを失い、マダムになるところだったんだ。杏ちゃんはさぁ~、ドSだったんだよ……。冷徹に俺の…もぎろうとしたんだ。途中からは潰す気だった……彗星三倍キックで」

「そ、そうか……」

「子供なのにさぁ~、無表情で俺の息子さんを集中的に狙ってくるんだ……。痛かったよ。なんど潰されると思ったことか……。マダムになった自分の姿が幾度なく脳裏を過ぎった……。母さん、丈夫な体に生んでくれてありがとう……ヒへへへ」


 ヤバかった。

 何がヤバイと言えば、男として大事なものを容赦なく潰されそうになることではなく、そこまで精神が壊れるくらい徹底的に追い回した少女が怖い。

 エロムラはその場で膝をつくと、その絶望から生きて戻れたことの喜びと、それに勝る刻まれた恐怖でむせび泣く。


「……マダム・エロムラ、見たかった。残念」

「「っ!?」」


 無表情なのに心から残念そうな杏を見て、ツヴェイト達は理解した。

 この少女には決して逆らってはならない。怒らせるなど神に唾を吐く大罪に値すると――。

 不憫で哀れな犠牲者を眺めながら、二人は心の中で硬く誓う。

 その後、四人は事情聴取のために衛兵の待機所まで連れて行かれ、こっぴどく叱られることとなったが、杏だけはいつの間にか姿を眩ましていたという。

 セレスティーナ達が解放されたのは、それから三時間後である。


 余談だが、これから一月あまり、イーサ・ランテで騒ぎを起こした傭兵が全員マダムに強制性転換する事件が頻発した。

 衛兵の調べによると、彼等のほとんどが主に素行が悪く、主に性方面での犯罪予備軍のような連中だった。中には前科持ちもいたらしい。

 商人の中には女性連れも多く、こうした傭兵達の悪行は問題とされていた。結果的に見れば衛兵達の仕事が減ることになるので喜ばしいことである。

 しかし、彼等をマダムにした犯人はついぞ捕まることはなく、依然として謎のままであった。

 調査する衛兵はなぜか商人達に止められ、手がかりすら掴めず捜査が難航を極めた。そして謎の傭兵襲撃犯は多くの人達に感謝されていたのだ。

 被害に遭った傭兵達は事件以降、新たな世界の扉を開いた。開くしかなかった。

 自業自得とはいえ哀れである。

 この話はやがて、一部地域の都市伝説となった。


 小さな悪魔、【マダム・メイカー】と――。


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