表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/286

杏とエロムラの防衛戦?

 コボルト種の特性は、集団デ行動することにある。

 この魔物は知能が高く、ボスを中心に組織的な行動をすることが厄介だ。オークやゴブリンのように数にものをいわせて襲う魔物とは大夫異なる。

 犬は元より集団で狩りをする生き物であり、その特性は人型の魔物であるコボルトも保有していた。ようは軍団規模で戦うことに特化しているのだ。

【戦士】【将軍】【王】【魔導師】【暗殺者】と、人型に近い魔物はこれらの職業ジョブに近い能力を持つことがある。特に生産職能力を持つ個体が存在すると、群れも大きく発展する。

 また、個体レベルの上下関係なくコボルトの集団戦が得意で、その脅威度は軍隊と言っても変わりない。斥候を放つのは他の魔物でも見られるが、作戦や戦略を練るのはこの魔物だけなのだ。大半の群れをなす人型の魔物は力押しがほとんどだった。

 獲物を追い詰め、罠を張り、相手が軍団規模でも効率を重視し、決して真っ正面から戦わない。そうした特性が実に厄介なのだ。

 どんなに有利な状況下でも、獲物を確実に弱める戦法模索し実行する。必要なら自分達に有利な集落にまで敵を引き込むことも行う。

 何よりも嗅覚と聴覚が優れているのが問題だ。ただでさえ人間よりも身体能力が勝っているのに、コボルトの嗅覚や聴覚は更に優位性を高めてしまう。

 同じ戦力でも、人間とコボルトが戦えば確実に人間側が敗北する。まともに戦えばこれほど危険な魔物は存在しないだろう。

そのため、コボルトを発見次第、早急に群れが大きくなる前に潰すことが急務とされていた。


「本当に……どこから侵入したんだ。まさか、どこかに大穴が空いているのか?」

「ん……【遠吠え】で仲間を呼ばれると厄介。直ぐ始末する」

『取り敢えず、鑑定もしておくか』


 ゲームでお馴染みの行動を、エロムラは即座に実行した。


 ====================================


 種族 ハイ・コボルト・シーフ  種族 コボルト・レンジャー

 レベル 457         レベル 58

 スキル 【短剣術『鬼』】    ―――ERROR―――

     【毒薬師】 

     【罠師『鬼』】

     【投擲】 

     【索敵】

     【身体強化】


 ―――ERROR―――


 ====================================


『コボルトで、レベル58!? エラーって……なんだよぉ、これ!? レベル的に見れば弱いはずだけど、とてもそうには思えねぇ。それに……』


 気のせいか、コボルト達の体から黒い靄が沸き立っているように思えた。

 この世界で【鑑定】を行うと、魔物に限り妙な情報を脳裏に送られてくることがある。

 詳細な情報のものもあれば、いい加減なやっつけ表示であったりと、その時々で不親切になるのだ。


「杏ちゃん……この世界って、おかしくね? 【鑑定】したらエラーが出たぞ?」

「現実はゲームじゃない。技術的なもの以外のゲーム的な要素は、切り捨てた方が利口……」

「そうだけど、作戦を練る基準にはなるじゃん」

「頼りすぎると危険。それより、さっさと倒す。仲間を呼ばれたら厄介……」

 

 エロムラと杏が走り出す。

【ハイ・コボルト】と【コボルト】は危険を察したのか、即座に踵を返すと全力で逃げ出した。

 コボルトの【遠吠え】は、仲間に敵がいることを知らせる合図でもある。逃げながらでも遠吠えをおこなうことは可能で、セレスティーナやキャロスティーがいる状況で仲間を呼ばれるのは危険だった。


「【疾風迅雷】!!」

「……【神風】」


 戦士職技、【アーツ】と呼ばれる【疾風迅雷】と【神風】は、【宿地】と【斬撃】を合わせた剣技である。

 瞬間的に速度を加速させ、敵に致命的な攻撃を加える技だが、少なくとも【疾風迅雷】は狭い通路で使うような技ではない。


「ギャバァ!!」


 ハイ・コボルトは二人に斬られ絶命したが、エロムラはそのまま壁に激突し、杏は壁を蹴りながらも飛び交い、速度を落として華麗に着地する。

 速度が上がると簡単には止まれないのは、人も乗り物も変わりない。


「イデデデデェ……」

「……ドジ。使う技を選ぶべきだった」

「咄嗟だったから、技を選ぶ暇がなかったんだよぉ!!」

「最初から大技を狙うのは素人……。基礎の技を使いこなしてこそ、真の武士なり」

「杏ちゃん……君、忍者だよね? 戦士と言うより、間者だよね? なぜに侍魂を語ってんの?」


 小学生が吐く台詞じゃない。

 まるで歴戦の戦士の如く背筋を伸ばし、腕を組みながらクールに背を向けると――。


「ひとたび刃を抜けば、そこは地獄……。侍魂とは即ち、覚悟を魅せるものでござる」


 ――と、のたまった。

 十年そこらしか生きていない少女が、老齢の達人のような雰囲気を纏いながら生き様を背中で語り、頭巾で隠したわずかな隙間にニヒルな笑みが浮かべていた。

 少女なのに実に男前である。


「小学生の台詞じゃねぇ、なんでそんなに男前!? なに背中で語ってんのぉ!?」 


 小学生に男振りで負けたエロムラであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ハイ・コボルトを解体して魔石を取り出すと、エロムラは魔法で死体を焼き払う。

 狭い通路で肉が焼ける臭いが漂い、まるで火葬場のようななんとも言えない嫌な気分になる。だが、売れる素材は確保したかった。

 

「なんかさぁ~……魔物を解体してるのに、吐き気が起きないんだよなぁ~。グロ苦手なはずなのに……」

「……色々と思うところ、ある。けど、今は侵入経路を塞ぎ逃げるのが先決」

「君、本当に小学生なのかアヤシイ……。子供なのに無駄に達観してね?」

「忍びの世界に、年齢…関係ない。……油断を誘うのは忍者のお家芸」

「なりきってんな……忍びなのに忍んでないけど」


 地球でなら生き物を解体している現場を見ただけで吐き気がくるが、エロムラはまったくそうした精神的なストレスを感じずに魔物を解体している。そんな自分が不思議だった。

 現代日本で生きていた人間なら、少なからず生物を殺して解体することに嫌悪感を持つだろう。精神が弱い者なら血の臭いを嗅いだだけでも吐き気が来る。

 しかし、この異世界に来てからというもの、魔物を殺して素材を手に入れることに対して違和感を持ったことがない。

 今まで何度か似たようなことをしてきたが、同じ転生者が傍にいることで初めておかしいことに気づいた。杏もまた平然と生物を殺していたからだ。


『ラノベ展開的に言うところの、【認識の書き換え】か? いや、もしかしたら異世界転移の影響で、この世界に適応したのか? 何らかの力が働いたのは間違いないが、普通なら耐えられないぞ』


 原因の分らないことに対して、彼は妙な引っかかりを覚えていた。エロムラにはこれが異常であるという意識が初めて芽生えたともいえる。

 そもそも、現代社会で生きる者達は生物を殺すことに抵抗がある。どこかの原住民のように生物を自分で殺し食料にする。普通では考えられないことだ。

 牛や鶏を肉に加工するとき、その工程はお世辞にも気持ちの良いものではない。悪く言えば猟奇的とも言える光景なのだ。

 スーパーで肉を買うときは既に加工さてパックになっているが、そこまでいくには生き物を殺す場面が必ずある。その作業現場は、一般人には耐えられないとても残酷なものなのに映るのである。

 その残酷な真似を平然と行う自分が、酷く他人事のように思えることが不思議だった。

 日本でなら間違いなく精神異常者と呼ばれてもおかしくはない。生物を殺すという行為に現代日本人は、それだけ忌避感があるのだから。

 ある意味で情操教育のたまものとも言える。だが、この世界でその常識は通用しない。

 普通に考えても精神にかなりの負担が掛かるはずなのだが、この【解体】という作業に対して、エロムラはまったく違和感を覚えない。

 むしろ『当たり前』として認識していることに不思議でならなかった。


「うぷっ……」

「大丈夫ですか、キャロスティーさん……」

「血の臭いが……ここまで酷いものだったなんて、お……思いませんでしたわ」

『普通はこうなるよなぁ~……。やはり【認識】を修正されたんだろう。地球での俺なら、間違いなく吐いてたぞ……。なんで今まで気づかなかったんだ?』

「……坊や、だからさ」

「杏ちゃ――――ん、人の心を読まないでくれるぅ!?」


 エロムラ君は顔に出るタイプなので、表情で何を考えているのかが分りやすい。

 そして、杏はそれ以上に洞察力が鋭かった。


「毛皮、魔石、牙に爪……はぎ取れるのはこんなものだろう。生物の一部が、武器や防具の素材になるのが不思議だ」 

「ん……今更いらないけど、売ればお小遣いくらいにはなる」

「杏ちゃんは気分が悪くならないのか? 普通だったら、吐いてもおかしくねぇぞ?」

「大丈夫……兄貴をたこ殴りにしたときも、吐くことはなかった。問題ない」

「君、お兄さんに何をしたの!? つーか、地球でも血を見たことがあるのか!?」

「……秘密」


 杏の家庭事情が少し気になったが、これ以上踏み込むのは危険だと判断した。

 なぜなら、杏はいつも通り無表情なのだが、なにやら殺気のようなものが滲み出ているのを察したからである。へたに家庭事情に踏み込み、杏に軽い『ツッコミ』を受けたとしても、エロムラにはクリティカルになりかねない力の差があるのだ。

 ただでさえ【忍者】や【暗殺者】は必殺の一撃が出やすい特性がある。普段の杏がどれだけ非力でも、身体補正で強化される効果はレベル差の分だけ強力だ。

 仮に杏がエロムラの首筋に手刀を落としたとして、強化された補正効果次第では斬首されかねない一撃に変わるのである。レベルの存在する世界はそれほどまでに危険なのだ。ど


「冗談はこの辺にして――」

「……冗談はエロムラの顔」

「ほっといてぇ――――――っ!! それよりどうすんのよ、魔物が入りこんでんよぉ!? ティーナちんとキャロキャロを連れて探索するのか!?」

「「そのあだ名はやめて……」」

「エロムラ……落ち着く。魔物の数は少ないと思う。なら、出入り口を塞ぐのが先決……雑魚は私が一掃。ん……問題なし」

「俺は?」

「二人の護衛……肉壁とも言う。絶対死守、ミスれば斬る」


 エロムラ、ついに小学生の尻に敷かれた。

 しかも二人を守る壁扱いで、失敗したら命に関わる。


「俺、何気にピンチだよね? 扱いが酷くね? 人権が無視されてるよね?」

「ん……男は黙ってぇ~、壁になれ? 問題なし」

「俺の命が問題あるんだけどぉ!?」


 杏は男に厳しかった。

 特にチャラ男やキモデブヒッキーが大っ嫌いであった。そしてスパルタでもある。

 微チャラ男のエロムラは、杏にとって暇潰しの玩具程度にしか思われていないのだ。

 どこまでも自分に正直な思考は【殲滅者】と相通じるところがある。


「ん……では、先にいく」

「えっ? ちょ、私達もいくのですか!?」

「一人で、帰れる?」

「む、無理ですわ……。来た道順など覚えていませんですし」

「だからエロムラが犠牲――もとい、壁になる。戦闘は私がする」

「言ったよぉ、確かに犠牲と言ったよぉ!? 場合によっては見捨てる気満々だぁ!! うぉおおおおおおん!!」


 エロムラ、ついに小学生に泣かされた。

 威風堂々と先頭を切って歩く杏の後ろで、情けなくすすり泣く【ブレイブナイト】の姿があった。

 エロムラは生き延びることが出来るか、それはまだ分らない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 地下都市の天井に魔力を送る柱。

 実際は巨大な換気口の役割もあるのだが、同時に地上と地下を結ぶ資材搬入口でもある。

 当然だが、都市の人口を支える食料もこの柱のエレベーターを使い、【イーサ・ランテ】に輸送する都市の生命線でもあった。

 その搬入口に辿り着いた四人は、三階の階層から下を覗き込み、その状況に絶句する。

【ハイ・コボルト】がどこから侵入してきたのか直ぐに判明した。 搬送口のシャッターが破損し、そのわずかな隙間からコボルト達が強引に穴を開け侵入していたのだ。

 本来なら防衛用の隔壁が搬入口前で左右から塞ぐのだが、操作する人間がいないためにコボルトが我が物顔で内部を歩き回っている。四人がいる場所は搬入口の上部三階付近。作業員用の階段が存在しているが、防災扉が閉まりロックされているため、比較的に安全な場所を確保していた。

 だが、【ハイ・コボルト】が侵入してきたことからも決して油断ができず、体を伏せた状態で息を潜め下の様子を窺っていた。

 

「おいおい……シャッターがこじ開けられてんぞ? 少し塞いだだけじゃ駄目だろ」

「ん……コボルトは殲滅した方が良いかも。【グレーター・コボルト】は入れないかも知れないけど、雑魚は簡単に侵入できる」

「マズいな……隔壁が閉まってねぇ。こいつらが侵入してきたらヤバイぞ。確か、隔壁は下の階にあるレバーを下ろすんだったよな? だが、この数では仲間を呼ばれたら最悪だ」


 地上階層の隔壁は閉じていなかった。

 そのため壊れたシャッターから内部に侵入し、コボルト達が徘徊している。しかも隔壁を閉めるには真下に降りなくてはならない。

 壁に設置された緊急用のレバーを下ろさなくてはならないのだが、コボルトの数が多くて迂闊に強襲するわけにもいかない。


「どうすべ……俺達が侵入した入り口は内部から扉を開けることができる。アイツらはそれなりに頭も良いからなぁ~、イーサ・ランテが魔物の群れに襲われるぞ」

「ん~……コボルトはオークと戦争中。きっと増援を呼ぶと思う」

「下の連中も増援に向かうってことか? なら、その隙を突いて隔壁を下ろすのか……」

「隔壁のレバーは……ん~、左壁際のボックスの中だと思う。【スリープ】の魔法、使える?」

「使えるが、魔導士ほど効果はないぞ? バレたら集団で襲ってくるだろ」

「……問題ない。楽勝」


 杏は自信満々だった。

 だが、セレスティーナとキャロスティーは青ざめていた。

 イーサ・ランテに魔物が侵入。そうなれば間違いなく防衛戦を行わねばならないが、魔物達のレベルを考えると犠牲者の数がかなりのものになるだろう。

 今は静かに息を潜めているが、もし自分達の居場所がバレたらコボルト達は真っ先に襲いかかってくる。しかも今の自分達ではとても勝ち目がない。

 逃げ切れるかどうかあやしい状況であった。


「息を潜め、静かに待つ。影の如く潜み、電光石火で仕留める」

「アイツらに嗅覚で居場所がバレないか? 聴覚も優れてんだろ?」

「【消臭封音結界】を張った……しばらくは気づかれない」

「いつの間に……。俺、そんな結界、知らねぇぞ?」

「忍者の秘伝……。誰にも教えない」


【ソード・アンド・ソーサリス】では、モンスターもまたリアルに能力が振り分けられている。特に視覚・聴覚・嗅覚が鋭い魔物はプレイヤーに真っ先に襲いかかる傾向が強い。

 そんなモンスターを相手にし続けると、時にスキルを獲得することがある。

【潜伏】や【気配察知(微)】、【殴打】や【素人剣術】といったものだ。他にも色々と種類があるが、この手の感覚スキルや技術スキルはレベルが上がることで併合され、やがて職業スキルに発展する。

 職業スキルはレベルに応じて【アーツ】や【基礎レシピ】などを覚え、得た技やレシピをプレイヤーは独自に改良強化する。そのためには研究しなくてはならない。

【消臭封音結界】は、【結界】の呪術系技と魔法の【サイレンス】、生産アイテム【無臭玉】を組み合わせた複合技であった。

 創意工夫で様々な技やアイテムを発見し、使いこなす魅力が【ソード・アンド・ソーサリス】を夢中にさせた理由の一つである。プレイヤー次第ではかなり強力な技や技術が生み出され、その技術は秘匿とされているものが多かった。

 自分の得た力や技術を駆使し、オリジナルを生み出す。そうした知識はパーティーやギルド内で共有していた。杏の技もまた忍者パーティーの秘伝としていたものである。


「あの……階段を上ってきたらどうするのですか?」

「いくら嗅覚や聴覚を誤魔化せても、視覚ばかりはどうしようもありませんわよ?」

「その時は……成敗」

「防災扉が閉まってるから大丈夫じゃね?」


 ゲームとは異なり、この世界では首を折られただけで人が簡単に死ぬ。これは物理法則が通用することを意味する。

 例えば【鑑定】でゴブリンのステータスを見ると、確かにHPは存在する。

 しかし、急所攻撃により頭部を負傷、あるいは致命傷を負わせられる。場合によっては一撃で死ぬこともあり、あまり当てにできない目安である。

 脳が先にやられれば、生きていられるはずがない。現実にレベルなどの摂理が存在する世界は異常なのだ。


「なんか、おかしなことになっているよな?」

「ん……HPは生命力の強さ程度に認識した方がいい。頭を潰されたら一瞬で死ぬこともある」

「HPが【鑑定】で出ることはあまりないんだが、当てにしない方が利口か……。現実的に急所狙いでなんとか仕留めるしかねぇじゃん」

「……ん? 動きが……変わった?」


 外からは遠吠えが響き渡り、コボルト達は一斉に動き出し始める。

 だが、侵入してきた穴が狭く、一匹通るのがやっとの状態だ。たちまち侵入経路はコボルトで溢れかえる。


「仲間を呼ぶほど苦戦してんのか? オークも強いのかよ……マジか」

「チャンス……数が減ったら隔壁を閉める。完全封鎖で安全確保?」

「コボルト達が強引に穴から出て行きますね。ケガをしても向かわなければならない自体なのでしょうか?」

「これはチャンスですわ! コボルトがいなくなった隙を突いて、隔壁を閉めてしまうべきです」

「それは少し甘い……。少なからず兵隊は残ると思う」


 杏の言ったとおり、コボルトは兵隊を残して外に出て行った。

 その数、十七匹。一桁なら楽だったのだが、これだけの数がいると魔法で眠らせても効果から漏れる個体も出てくるだろう。


「……エロムラ」

「はいはい、分ってますよ。【スリープミスト】!」

「……ハイは一回」

「教師かっ!」


 資材搬入口に、白い霧が立ちこめる。

 その霧を吸い込んだコボルトは急激な眠気に襲われ倒れてゆく。だが、やはり眠らないコボルトも数匹存在した。

 

「……でる」


 そう呟いた瞬間、杏は三階建てビルに相当する高さから一気に飛んだ。

 落下しながらも苦無を投げ、確実にコボルトの頭部に吸い込まれていく。


『おかしい……強さが違う。レベル差? それも違う…なにか根本的なものがまったく別物……。それに、コボルトから沸き立つ黒い霧みたいなもの……なんだろ?』


 コボルト達から感じた違和感。

 杏自身はコボルトがさほど強く思えないが、エロムラが相手をするにはキツイと思えた。

 彼女は【鑑定】スキルを持ってはおらず、相手の強さを直感的に感じることに長けている。その感覚がコボルトの強さに違和感を伝えている。

 されど今はやるべきことがあり、沸き上がった違和感を頭の片隅に置くことにした。

 


「す……凄いです。杏さん」

「一撃必中、瞬殺ですわ!」

「まぁ、あれで本気じゃないんだから化け物だよなぁ~、敵に回せば一撃で首が落ちるぞ」

「先生と同類という意味が分かりました。杏さん、強すぎます」

「あんなに幼いのに、どうしたらあそこまで強くなれるんですの? おかしいですわ!」


 杏は起きているコボルトを全て始末すると、左壁際に設置されたボックスに手を伸ばす。

 だが――。


「……届かない」かき立てられますね」


 ボックスの蓋は開いたが、上向きにあるレバーまでは手が届かなかった。

 上から見た限りでは、ボックスはさほど高い位置にあるようには見えなかった。

 しかし、実際このボックスは杏よりも高い位置に存在している。ボックスの底の面だけでも約百七十センチメートルの高さはあるだろう。

 身長が百四十センチメートルしかない杏では、ボックスは開けることができても、レバーを下げることができなかった。明らかに古代人の設置ミスである。


「か……可愛いい」

「なぜか、保護欲をかき立てられますわね。これが、萌え……」

「いや、萌えてる場合じゃねぇーでしょ」


 だが、その姿は萌えた。

 杏はしばらく背伸びし、必死でレバーを下げようとしていたが、途中でジャンプすればよいと気づき、飛び跳ねると体重をかけ一気に下げ落とした。


 ――ビィ――ッ!! ビィ――ッ!! ビィ――ッ!!


 間隔を置いた警報音が響き渡り、左右の壁際から重厚な隔壁がゆっくりとせり出してきた。これでイーサ・ランテの侵入を防げるとセレスティーナ達は安堵の息を吐く。

 隔壁が閉まる間、杏は苦無の回収をしていた。

 武器を購入するにも忍者の装備は、ソリステア魔法王国では特注品扱いだ。鍛冶師に直接注文せねばならず、意外にも貴重品だったりする。

 撒き菱など数が必要なものになると、使用した分だけ補充にも苦労する。東方系の武器は結構めんどうだった。


「あ……」


 杏は自分のミスに気づいた。

 けたたましく鳴り響く警報音。その音にコボルトたちが目を覚ました。

 更に外に出ていったコボルトも異変を察知したのか、少数が戻ってきた。現在必死にシャッターの穴を潜ろうともがいている。


「ヤベェ! 杏ちゃん、逃げろ!!」

「馬鹿……」


 エロムラの声を聴いたコボルト達は、一斉に上を見上げ敵の存在を知る。

 そして、信じられないことに壁に爪を突き立て一気に這い上がってきた。コンクリート製の壁がまるで豆腐のようだ。


「げぁ、マジか!?」


 コボルトはエロムラ達がいる通路の手前で飛び上がると、手すりに手を掛けてよじ登った。既に三匹のコボルトが目の前劇場をむき出し、威嚇の唸り声をあげていた。


「やるか……クソッ!」


 悪態を吐きながらも剣を抜く一方、杏は上に向かおうとするコボルトを確実に仕留めていた。だが、徐々に数が増えてきている。

 強引に通り穴を抜けようとするコボルト、それによりシャッターに開けられた穴は次第に広くなり、既に二匹程度なら通り抜けられるほど拡張されてゆく。

 防壁はまだ完全に閉まり切らず、未だゆっくりとした動きで防衛の当てにはできない。

 

「……速攻で決める。【影分身】」


 魔力で分身体を作り出す影分身。地上一階にいる背中に背負った刀でコボルトを一瞬で三匹始末するも、新たに現れるコボルトに邪魔をされ上の階に行くことができない。

 上ではエロムラが交戦状態に突入していた。


「……雑魚、ウザイ。めんどう」


 決して強くはないが、倒しても現れる雑魚がわずらわしかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「力を与えよ、我が聖剣【カリバーン】!」


【ブレイブナイト】であるエロムラは、手にした剣にキーワードを唱えることで、封じられた力を発動させることができる。

【聖剣】は特殊な素材によって作ることができ、その製法は鍛冶ではなく錬金術に近い。

 鍛冶師と錬金術師のスキルを持つ生産職でしか作ることができず、【カリバーン】は比較的初期の聖剣だ。この剣をベースに他の素材を用いて鍛え治すことで、聖剣をより強力にパワーアップさせることが可能である。

 しかし、そのためにはかなり難易度の高いレア素材が必要となり、今のエロムラでは手に入れることができない。勇者プレイをしていたエロムラが初めて手にした聖剣で、その力は一時的に身体能力を1.5倍にする効果がある。


「【フィジカルブースト】、【ライトニングブースト】、エンチャント【プラズマブレイズ】!」


 更に身体強化と属性強化魔法、剣に雷属性の付与魔法を追加した。

 コボルトは雷属性に弱く、これにより与えるダメージを倍加させる作戦だ。さらに政権の効果が加わることで大幅に戦闘力が跳ね上がる。


「一気に行くぜぇ、【雷光一閃】!」


 正面のコボルトに雷を纏い驚異の速度で間合いを詰めると、そのまま横薙ぎでコボルトの体を二つに斬り裂いた。

 そのままの勢いに任せ後方にいるに引きに迫ると、左逆袈裟で一閃。二匹目を血の海に沈める。


「もう一匹、【雷尖烈刃】」


 三匹目のコボルトに紫電の突きを叩き込み、そこから切り上げでコボルトの右腕を切り落とす。


「ギョアァアアアアアッ!!」

「ヤベェ、しまった!?」


 仕留めきれずに逃げ出したコボルトの向かう先には、セレスティーナ達の姿があった。

 今の彼女達ではコボルトの相手はできず、最悪一撃で殺されることになる。


「二人とも、逃げろぉ!!」


 焦るエロムラだが、二人は互いに手をかざすと、「【ライトニングランス】」、「【プラズマボール】」と、攻撃呪文を同時に撃ち放つ。

 二人の攻撃はハイ・コボルトに直撃し、わずかにだが怯みを見せた。

 無詠唱ができるセレスティーナはともかく、キャロスティーはあらかじめ呪文詠唱をしていたようである。


「チャンス! 【斬鉄剣】!!」


 一瞬の隙を見逃さず間合いを詰めると、【カリバーン】で一刀両断に斬り捨てた。

 普段の態度がどれほど痛くとも、だてに中堅プレイヤーをやっていた訳ではなかったようだ。なかなかに目ざとい。


「杏ちゃんはっ!?」


 自分よりも多くの魔物を相手にしている杏を心配し、エロムラは急いで下を確認すると――。


「ん……遅い」

「ギョパァ!!」

「ゴブフッ!!」


 小学生忍者は無双していた。

 辺り一面、屍の山を築き、血の海が広がっている。

 しかし、杏には血の一滴たりとも付着しておらず、あきらかな格の違いを見せつけていた。

 地獄はそこにある。


「うそぉ~ん、強いとは思っていたけど無敵やん。俺、ここにいる意味があんの? つぇ~よ。強すぎる……そんな杏ちゃんを、俺は姐さんと呼びたい」


 レベル格差は男の矜持を無意味にする。


「あっ、なんか格が上がった気がします」

「そうですわね……少し体が怠いですわ」


 僅かな攻撃支援でおまけ二人はレベルアップをしていた。


「もう直ぐ隔壁が閉まるな……。杏ちゃんは楽勝みたいだし、支援する必要も……」


 ――ズガァアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 エロムラはフラグを立ててしまった。

 突如として締め切られたシャッターをぶち破り、大型の魔物が乱入。

 その魔物は頭部がイノシシで体が巨大なクマ、背中には蝶のような翅が生えている。俗にキメラ種と呼ばれる魔物である。


「な、なんですの!? あの、不気味な魔物は……」

「魔物図鑑でも見た事がありません。まさか、新種!?」

「あれは……【猪熊蝶】!? 馬鹿な、何であんな奴がここにいるんだぁ!?」


【猪熊蝶】。正式名称は【ボアヘッド・バタフリーベアー】。

 そのまんまの見た目と名称で【ソード・アンド・ソーサリス】では割とポピュラーな魔物である。ただし強い。

 見た目は普通にキメラとして認識も良いのだが、ある一点だけプレイヤーが毛嫌いする攻撃を仕掛けてくることで有名である。その攻撃とは――。


「あの魔物は、とにかく悪臭が酷いんだよなぁ~。屁をこいただけで上位のパーティーが全滅するほどに……」


 そう、厄介なのは『オナラ』であった。

 至近距離で食らえば【悪臭】【毒】【麻痺】【混乱】【気絶】【即死(微)】の状態異常を引き起こし、しかも効果時間が恐ろしく長い。新規プレイヤーが序盤で遭遇すれば、【即死(微)】で何度も死に戻ることが多かった。

【悪臭】にいたってはアイテムの【高級消臭剤】を使用しないととれないのだ。ついでに周囲の魔物を引き寄せるため、オナラ一発で全滅するプレイヤー達を増産させた悪魔である。しかし素材は高値で取引されたりする。

 タチが悪い魔物として有名で、酷い攻撃を仕掛けてくる魔物としては【ジャイアントロドリゲス・グレートムッハーパンダ】の次に警戒されていた。


「ん~……隔壁は半分閉まってる。時間稼ぎを最優先……」


 コボルトを鋭い爪の餌食にしている【ボアヘッド・バタフリーベアー】から距離を取り、隔壁が閉じるまで時間稼ぎを優先することにする。

 壁をよじ登ろうとするコボルトに攻撃対象を変更し、苦無で上の階に行かないよう叩き落とす。

 もはや苦無の残数を気にしている暇はなくなったことを察したのだった


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ