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エロムラと杏、探索す

 遺跡都市【イーサ・ランテ】。

 地下街道工事中に発見された、生きた旧時代の遺物である。

 かつてはこの地下都市で暮らしていたが、邪神戦争期に外部との連絡網を寸断され、埋もれることとなった。

 民はすべて飢え死にし、後に残されたのは魔物化した死体と怨念に囚われた、文字通り死霊都市であった。

 街の解放後、調査団が派遣され大規模な調査の結果、地下を流れる竜脈から魔力を集め、この都市を支える動力としていることが判明。

 街に幾重にも聳え立つ柱は、岩盤を強化魔法で固定化する魔力伝導装置の役割を果たし、今までこの街を守ってきた。

 生活環境を支える管理システムは今の魔導士が扱うには危険すぎると判断され、何十もの防御障壁で完全に封鎖された。下手に防衛システムをいじられ、古代兵器を稼働させるわけにはいかないからだ。

 メーティス聖法神国に放たれた【断罪の矢】は、この地でうっかり起動させてしまった古代兵器が原因である。その事実を知るのはソリステア魔法王国の一部の者だけである。

 とにかく、この遺跡都市は危険なものが多く、調査をする魔導士達も慎重に行動することを求められる。何かを発見しても必ず報告する義務が課せられていた。

 そして、調査員として派遣された学院生達もまた例に漏れず義務を背負う。

 その学院生達は、現在遺跡から発見された道具を調べる作業に当てられていた。

 無論、サンジェルマン派の魔導師士である。


「……この指輪、何かと対になっているようだな。起動魔法式が刻まれているようだが、どの魔導具と連動しているのかが分らん」

「分らないなら、一度起動してみれば良いのでは? この中のどれかにあるかも知れませんよ?」

「冗談だろ。ヤバイ魔導具だったらどうすんだよ」

「逃げれば良いのでは? 私は真っ先に逃げますけどね」

「無責任だろ、それ……」


 クロイサス達は、多くの箱が重ねられた倉庫のような場所で、発見された魔導具の識別作業を行っていた。

 魔導具には大抵【魔石】や【魔晶石】、或いは【精霊結晶】といった宝石が組み込まれている。

 この宝石に魔法式を刻み込むことで、様々な効果をもたらす魔導具が作られる。その宝石をルーペで覗き込み、魔法式を解読することでどんな効果があるのかを読み解くのだ。

 しかし、その作業は恐ろしく根気がいる。


【魔石】や【魔晶石】がそれなりに大きければ、魔法式で構成された魔法陣を判別しやすい。

 しかし、中には小指の先のような小さな物も存在し、かろうじて魔法陣であることが判別できるのだが、魔法式を読み取ることまではできない。

 どうやって極小の魔法陣を刻んだのかは分らないが、恐ろしく精緻で調査員達を苦しめていた。

 喜んでいるのはクロイサスだけである。


「素晴らしい……どうやればこれほど極小サイズで魔法陣を組み込めるのか。やはり旧時代の魔導具は芸術ですね」

「クロイサス君……良くテンション持続するね~……? 私達は直ぐに音を上げたよぉ~。こんなの判別できないよぉ~」

「まぁ、クロイサス君だし……。ここは彼にとって聖地であることに間違いはないわね」

「えぇ、まさにここは天国ですよ。一生ここで研究に明け暮れても悔いはありませんね」

「お前……そこまで喜ぶほどなのか? クロイサス以外は全員うんざりしてんぞ?」


 当初は学院生もクロイサスのように喜んだ。

 何しろ旧時代の魔導具だ。研究者が完成された精巧な魔導具を触れる機会など少なく、下手をすると一生に一度あるかどうか分らない自体なのだ。

 そんな魔導具が目の前に山ほど存在している。これで浮かれない方がどうかしているだろう。

 しかし、その選別作業は恐ろしく面倒であった。【鑑定】のスキル保持者であるなら多少の判別が可能だろうが、旧時代の魔導具は精巧すぎた。

 数少ない【鑑定】スキル保持者も降参するほど、用途不明の魔導具ばかりで調査は難航を極めている。【鑑定】のレベルは上がるのだが、それでも完全に読み解くことはできない。魔導士としてのレベルも低いことから、高度な技術で造られた魔導具の効果を一文字程度しか読めなかったのだ。

 今まで【鑑定】スキル保持者は優遇されていたが、今回のことで彼等の自信は根元から叩き折られ、ちやほやされていた立場から一転し罵声を浴びせられる立場となった。

 作業が捗らない苛立ちも加わり、壮絶な殴り合いを幾度も繰り返すほどだ。そんな中でマイペースを貫けるクロイサスは大物である。


「無理だ……【鑑定】スキルレベルは最大値に上がったが、上位スキルに変化しない……。魔導士として未熟すぎるんだぁ~!!」

「チッ、鑑定持ちがまた弱音を言い出したぞ! うざいから外に捨ててこい!」

「お前が行けよ、こっちも解読作業で忙しいんだよ! 畜生、これはなんて読むんだぁ!! 誰か、辞書を貸してくれぇ!!」

「どの種族言語辞書よぉ~。獣人族だけでも、三十六冊もあるわよ! エルフやドワーフ言語、更には絶滅した種族の言語もあるけど……」

「読めん! 【マヒャボラハ】って、どう言う意味だぁ!! 【チョチョメメン】ってどこの種族言語だよぉ!!」

「落ち着け、読み方を間違えているかも知れん」


 修羅場であった。とにかく作業がめんどくさい。

 文字一つだけで山ほどある辞書から調べ、同じ行為を何度も繰り返す。

 旧時代よりも更に以前の時代は神話期と呼ばれ、その頃の種族は統一言語を用いていたらしい。

 その統一言語が各種族に別れ、やがて独自の種族言語に変化した。解読作業は統一言語を調べる行為そのものでもあったのだ。

 すべての魔法式の意味を読み解けば、統一言語を再び蘇らせることができる。これは歴史的な偉業となるはずなのだが……実際は作業が難航する一方である。

 同じ言葉でも、種族によっては別の意味を指す言葉も存在するのだ。いくら魔法式を解読できると言っても所詮は学院生、すべてを解読できるわけではない。

 何しろ最近始めた新しい分野なのだ。かなりのムチャ振りをさせられている。


「う~ん……こうなると気分転換がしたくなるよね」

「そうね……何か、面白い話はないかしら?」

「そう言えば、旧時代の魔導具は統一言語が使われているんだよな? だとすると、邪神戦争期も統一言語を使っていたことになるよな? なのに種族言語がこんなにある……どういうことだ?」

「そうですね。わずか千年ほどで種族言語がここまで変わるとは考えられない。少なくとも、世界は二度崩壊したことになると思いますよ?」

「「「なんだってぇ―――――――――っ!?」」」


 邪神戦争期、既に種族間で統一言語は使われていなかった。

 この頃は既に各種族特有の言語が存在し、人間は他の種族と交流するにも通訳が必要だった。

 ならば、魔法式に統一言語を使っていたのは人間だけになる。そうなると、『なぜ、そんな時代になっていたのか?』という疑問が生まれてくるのだ。


「考えられるのは、神話や物語で良く語られる終末戦争……。ですが、どの記録にもそんな戦争があったことなど残されていない。不思議ですよね?」

「つまり、一度文明が崩壊し、統一言語を使う人間と独自の文化を築いた異種族に分かれた。文明を発展させた人間は再び世界を統一したが、邪神戦争でまたもや文明が崩壊。今度は統一言語すら失われたと……そういうことか?」

「邪神戦争期以前には、もしかしたら何らかの記録が残されていたかも知れません。ですが、その記録が戦争期に完全に失ったと考えるなら、納得できるのですがね」

「なら、この街を調べたら記録が残っているかも知れないよね?」

「イー・リン、それは無理よ。可能性はあるかも知れないけど、ほとんどが御伽話レベルだと思うわ。ここの文明レベルを考えると、かなりの時間が流れているはずだもの。私達の知るおとぎ話レベルだと思うわよ?」

「文明発祥期の古代遺跡が残っているとも思えませんしね。すべては時の彼方ですよ、調べようがない」


 さすがに旧時代よりも太古の時代は調べようもない。

 何しろ世界中に溢れていた人の文明は、邪神戦争期以降完全に荒廃したのだ。

 クロイサスの立てた予想は龍脈を利用した都市が崩壊し、そこに蓄えられた膨大な魔力が大気中に拡散。世界の魔力濃度が一時的に倍に増した。

 その膨大な魔力が植物を急速なまでに異常成長させ、弱い魔物や人為的に生み出された生物兵器に悪い意味で影響を及ぼし、予想外の異常進化をもたらした。

 高度文明は大自然の中に埋もれ、野生の世界が短期間で再生される。弱肉強食の世界が復活したのだ。

 異常な速度で広がり続ける森と、高濃度の魔力で異常進化を遂げた動植物達の異常な繁殖力により、世界は瞬く間に緑に飲み込まれ現在に到る。

 人が住める領土は山岳地帯に遮られた平野部のみ。もしくは小さな島々で細々と生活することとなった――。


「――っと、憶測の域を出ませんが、私はそう考えていますよ。皆はどう思います?」

「うぅ~ん……充分、考えられるかなぁ~? 神話では妖精種は友好的な種族だとされているけど、実際はタチが悪いもんねぇ~。もしかしたら神話の時代とは別の種なのかも知れないし」

「確かに、昔の英雄譚だと妖精に武器や道具を作って貰う場面が多いよな? つまりエルフのような知識を持つ他の種もいたことになるか……」

「そして、神話期に語られる戦争までは人間と共存していた。そして新たな文明が再び崩壊したと……。ねぇ、結局のところ、邪神ってなんなのかしらね?」

「案外、旧時代の生物兵器なのでは? 例えばホムンクルスですが、今は作ることができませんよね? 生物の創造は生命に対する冒涜だという理由から禁忌扱い。その原因が邪神だとしたら――」

「なるほど……その推測がマジだとすれば、そりゃぁ~禁止するわな」


 実際は邪神の正体など誰にも分らない。

 だが、旧時代の生物兵器だと考えるのが妥当であった。少なくとも研究者の大半がそう考えている。何故なら魔導士の多くが神の存在に懐疑的だからだ。

 世の理を解き明かすことを目標とする魔導士の多くは、人が信仰する神という曖昧な存在を是としない。四神ですら特殊な進化を遂げた生物だと思っており、常識だった。

 ある意味ではそれは正しいが、間違いでもある。それを知るのは転生者の一部の者達だけである。

 だが、この場にそれを教えられる者は一人もいない。


「さて、これで少しは気が紛れたでしょう。作業を続けますか」

「うぇ~……忘れていたかったぜ。気が重い……」

「これなら、既存の魔法を解析している方が楽よね……。応用すら覚束ないレベルなのに、魔導具に手を出すのは間違ってない?」

「クロイサス君、凄く生き生きしてるよねぇ~……」


 誰もがうんざりしている中、一人だけ元気でハイテンション。

 嬉々として魔導具解析をするクロイサスを、多くの学院生達は羨ましく思っていた。

そもそも学院生に魔導具解析をさせること自体が無茶なのだが、調査員の数も少なく魔法式を読める者は学院生の方が多い。要は現場で叩き上げることが国の方針なのだろう。

 たった一人を除いて、この現場は蟹工船並みにハード。

 いや、終わりが見えないだけに、蟹工船以上の地獄かも知れない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ツヴェイト達もまた、ウィースラー派の魔導士として活動をしていた。

 主に防衛に関しての粗探しである。


「……門は二箇所。ソリステア側とアトルム皇国側か……。地下だから攻め込む箇所は門以外にないし、街の出入りを厳しく監視しておけば、占領はある程度防げるな」

「内部で反乱でも起こされたら問題だけどね。難攻不落だよ、この街は……」


 イーサ・ランテは基本的に自給自足が可能。

 地下都市なので上空から火矢が飛んでくることはなく、気をつけるのは門の出入りをする商人や傭兵達だ。事実上は難攻不落と言っても良い。

 だが、人は時に予想外の方法で国を落とすことがある。何事にも絶対なものなど存在しない。

 

「西門と北門の前に兵士の宿舎を作っているよな? 他にも治安維持のために、街の中に衛兵の待機所がある。更に街角に監視用の見張り小屋ときた。昔はかなり治安維持活動に積極的だったようだな、どれだけの兵力があったのやら」

「資料によると、武器を保管する倉庫が設置された建物が発見されたらしいから、かなりの規模になるんじゃないかな?」

「民衆を守る警邏部と軍が別の指揮権だったらしいからな、とんでもなく組織的だったに違いない。別の指揮系統同士の部隊が、どうやって連携を取っていたんだ?」

「衛兵も騎士の仕事の一つだからね、部署が異なるだけで事実上は同じ組織だし、魔導師団との組織対立のようなことなんて起きない」

「魔導師団と騎士団の対立を知っているだけに、非効率に思えてくるよなぁ~」


 魔導師団と騎士団の対立は、組織を立ち上げたときから始まった。

 元より魔導士の大半は錬金術師が多い。魔法薬や魔導具を作り、騎士団を後方支援する組織であり、騎士団は治安維持や国を守る正式な軍であった。

 魔法薬はケガを負った騎士を即座に治療し戦線復帰させる貴重なアイテムであり、回復魔法が使えない軍隊では実に重宝する。何しろ回復魔法はメーティス聖法神国が独占していたのだ、魔法薬の需要は必然的に重要度が増してゆく。問題は騎士団と魔導師団に貴族出身者が多かったことにある。

 貴族はなによりも名誉を重んじる。ソリステア魔法王国建国以前の国では、魔導士の待遇がとにかく悪く、当時は喩え貴族でも魔導士であれば侮蔑の対象として見なされていた。

 その侮蔑を行った者の中には、当然騎士階級の貴族達が多く含まれている。

 そして、魔導士である貴族達は当時の国王の圧政に対してクーデターを引き起こした。そこには騎士階級の貴族も加わっていたのだが、事実上は利害が一致しただけの関係である。

 魔導士達は待遇を改善させる国家を目指し、騎士階級の貴族はこれ以上圧政を敷かれたら国が滅びる危機感を持ったのだ。そしてクーデターは成功しソリステア魔法王国を建国した。

 当時はまだ魔法貴族と騎士貴族との仲はそれほど深刻ではなかったが、やがて魔導士と騎士の両貴族の間で対立が勃発。魔導師団と騎士団に分れ対立が悪化する。

 要は、旧国家体制時の暴言を、騎士貴族が吐き出すようになったのだ。腹いせに魔法薬の数を制限したことから、自体は更に深刻化。一般出身の魔導士や騎士達は、巻き込まれた形で被害を被った。ツヴェイト達の組織改革案が通るまで、その対立は永らく続くことになる。

 余談だが、ツヴェイト達の改革案は能力重視であり、たとえ貴族出身でもいきなり重要な職務に就くことはない。今も無能者は解雇処分という形で淘汰され続けていた。


「愚痴を言っていても仕方がない。結論を出すか……ディーオ、お前ならこの街をどう攻める?」

「普通に商人を装って、時間を掛けて落とすかな。正攻法でこの街は落とせないよ、難攻不落なんだから一騎打ちなんて応じる義務もないしね」

「まぁ、な……。俺は立場的に応じないといかんけど……」

「貴族は大変だね」


 この時代、王侯貴族は戦争時に家紋をあしらった旗を掲げ戦場に出なくてはならない。

 戦意高揚の目的もあるが、軍として組織的に動くには、貴族の旗頭は円滑に作戦遂行をさせるのに必要なことであった。

 だが、逆に言えば敵に指揮者を教えているようなものであり、集中的に狙われる可能性が高い。

 まして魔導士は近接戦闘が苦手であった。たとえ魔導士でも貴族であれば一騎打ちを受けねばならず、王族血統であればなおさら逃げることが恥になる。

 騎士貴族が魔法貴族を侮蔑した最大の原因がここにあるのだ。一騎打ちを申し込まれたのに、魔法貴族は遠方から魔法で一撃。卑怯と思われても仕方がない。

 だが、魔法貴族の言い分になると、『なぜ、騎士貴族と同じ土俵で戦わねばならない! むしろ、そっちの方が卑怯じゃん』ということになる。そもそも職業が違うのだから、どちらの言い分も噛み合うことがない。しかし王族の親戚筋であるツヴェイトは、一騎打ちには応じなくてはならない立場だ。

 こればかりは義務であり、遠方から必殺はできないのである。実に面倒な血筋であった。


「しかし……この分だと、俺達は直ぐにやることがなくなるよなぁ? 旧時代の都市は興味あったが、防衛としては鉄壁すぎる……」

「アハハハ……守るにせよ、攻めるにせよ、できることなんて限られてくるからね。特にイーサ・ランテは防衛特化の街だからなおさらだね」

「どこか、鍛錬ができる場所がないか……ん?」


 街の地図を広げながら、次の場所へ移動しようとしたとき、エロムラと杏が揃って歩いているのを発見した。

 実に珍しい光景だが、二人は一応雇われた護衛であり、無断で行動することは契約違反になる。

 特にエロムラ君は恩赦で無罪放免になってはいるが、暗殺未遂の実行犯の一人であり、それ以前に馬鹿な真似をして奴隷落ちさせられた犯罪者である。

 少なくとも個人で行動するときは、ツヴェイトに許可を伺わねばならない立場だ。


「お前ら、どこへ行く気だ?」

「おう、ツヴェイト! これから探索しようと思ってな。未発見の地下道があるかも知れないし、もしかしたら戦闘訓練ができるかもよ?」

「なにっ、それは本当か!?」

「あくまで……エロムラの憶測。だから確かめに行く……」

「ちょ、杏ちゃん!? 君も気になるって言ってたよね? 俺にすべてを押し付けるのはやめてくんない!?」


 二人は転生者である。

 当然イーサ・ランテのことも【ソード・アンド・ソーサリス】で知っており、ゲームと現実の異世界の検証をしようと、ある場所を目指していた。

 その途中でツヴェイト達と出くわしたわけだが、大まかな内容を省いて目的を話すと、予想以上にツヴェイトは食いついてきた。

 イーサ・ランテを守るにしろ攻めるにしろ、戦術を練ったところで出来ることは限られている。

 このままでは、ウィースラー派の者達は近いうちに暇になるだろう。魔導具を調べることなど畑違いであり、魔法式の解読などやったことがない者がほとんどだ。

 ウィースラー派の研究は有事の際の戦術構想を練ることにあるのだから。


「まぁ、俺達の勘違いかも知れないから、あまり当てにするなよ?」

「期待はしないでおくが、どこに行く気なんだ? 普通は俺に許可を取りに来るよな?」

「わりぃ、そこは謝っておくわ。俺達が目指すのはあそこだ」


 エロムラが指を指した方向に、天井へと伸びる巨大な柱があった。


「なんであの柱なんだ? あれは街の外殻に魔力を伝える役割だろ?」

「一応、あの柱の中を通って外に出られるんだよ。中に階段とエレベーターがあるはずなんだが、壊れてないことを祈りたい」

「良く知っているな? 俺達も知らない情報だぞ、それ……。(エレベーターってなんだ?)」

「【殲滅者】なら詳しいだろうな。俺達も、この街のことはあまり詳しくは知らねぇんだよ」

「……お前ら、何もんだよ。どこからそんな情報を得たんだ?」

 

 今になってツヴェイトは、ゼロスとエロムラの異常性に気づいた。

 このイーサ・ランテは最近発掘された都市遺跡だ。情報に詳しいばかりか、柱の中に階段があることまで知っている。

 遺跡関係の情報をなぜか手に入れているクロイサスでさえ、柱の中の構造まで知っていたわけではない。地上に上がれるなど初耳であった。

 しかもゼロスが詳しく知っているとなると、エロムラに感じた異常性がおっさんにも適用されることになる。自分達が知らないことを知りすぎているのだ。


「いや、俺達はあのおっさんと同類だから……」

「知らないことは幸せ……。好奇心はヘルグレートキャットをも殺す。気にしない方が良い……」

「いや、そんな伝説上の魔物の名前を言われてもよぉ……。つぅか、出くわしたら殺されるだろ」

「ん……大丈夫。あなたは死なないわ、私が守るもの……」

「守る相手をほったらかしにして、今出かけようとしてるよなぁ!?」

「細かいことは気にすんなよ、同士。一気に禿げるぞ?」

「禿げるかぁ!! まぁ、いい。何か発見があれば教えてくれ……」


 教える気はないようだと、今日のところは引き下がる。

 エロムラも『了解、任してくれ』と軽く手を振り去って行った。


「あの二人……なんかおかしいよね?」

「あぁ……どうやら師匠と同類らしいが、アイツらは魔導士じゃない。どう言う関係だ?」

「師匠さんに聞いてみれば?」

「聞いても良いが、素直に教えてくれるか分らん。変なところで惚ける人だからな」


 ゼロス達の事情を知らないツヴェイトは、何か喉奥に刺さるような感覚を覚える。

 しかし考えたところで分らないのだから、とりあえず今は何も追求しないことにしておく。

 いずれ知るべき時が来たら教えてくれるだろうと、師を信じることにしたのである。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エロムラと杏は、聳え立つ柱の一つに来ていた。

 天井まで約百メートルくらいの高さがあるだろうか、柱に刻まれた基板の回路のような溝に、膨大な魔力が流れているのを感じとれる。

 その柱の周囲を高さ二十メートルくらいの台座のような建造物で囲まれているが、柱の内部に入るにも、どこにも入り口らしき場所が見当たらない。

 重厚な隔壁は存在したが、その隔壁は固く閉ざされたままであった。


「……確か、この辺り」

「俺達の記憶が正しければ、扉が偽装されているはずだよな?」

「ん……イベント【グレート・オークカイザーの進撃】で、外部からオークが侵入してきた」

「あぁ~、新規プレイヤーが『ヒャッハ―』したイベントの一つだったな。その後は別の街に行くのが定番だったが。んで? 扉は見つかったのか?」

「ぬかりなし……そこに入り口がある」


 やや湾曲した石壁だが、よく目を凝らすと溝のようなものが見える。

 そこに手を触れ魔力を流すと『解除コードを入力してください』と、機械合成による無感情な音声が返答してきた。


「えっと……『偉大なるは、アルヌカムスの聖者』だっけ?」

『解除コード、入力されました。扉を開きます』


 扉が内側に吸い込まれ、二メートルほど奥で左にスライドした。

 予想より分厚い扉のようである。


「ん……良く覚えてた。エロムラの分際で偉い」

「それ、褒めてるの!? むしろ貶してるよねぇ!?」

「褒めてる……一割程度だけ」

「残り九割は貶してるってことじゃねぇか! 嫌いなのか? 俺のことが嫌いなのかぁ!?」

「ん……どうでも良い」

「……泣いても良いよな?」


 ある意味、『嫌い』と言われた方がマシだった。

 好き嫌いでなく無関心だったのである。感情に出さないどころか、存在自体を無視している。

 しかもこの小学生は、そのことを隠そうとすらせずに堂々としているのだから大物だ。


「さて……では中を探索するか。杏ちゃんとは、後でじっくり話し合わなくちゃな」

「エロムラ……ペド?」

「誰がだよぉ、杏ちゃんは俺のことをなんだと思ってんのぉ!?」

「……女好きの……ペド」

「断言しやがった……でも、喧嘩は売らない。絶対に勝てないから……」

「エロムラ……甲斐性なし? チキン野郎のどーてー?」

「おぉ~い! 杏ちゃんは俺をどうしたいのさぁ!!」


 小学生に言われたくない言葉だった。

 無垢な少女の感情のない言葉が、エロムラのガラスのハートを容赦なく抉る。

 小さな暴君は一見して無表情だったが、口元がわずかに吊り上がっていた。それは見逃すほどの小さな変化である。

 どうやら杏はSのようであった。


「遊んでないで……さっさと行く」

「誰のせいだと思ってんのぉ!? 俺のせいじゃないよなぁ!?」

「エロムラ……言い訳は男らしくない」


 少女の尻に敷かれ、エロムラは柱の中へと入っていった。

 そんな二人の姿を遠くから見つめる者達がいたことに、この時は気づくことはなかったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……見ましたか?」

「えぇ……見ましたわ。まさか、あのような仕掛けがるなんて……」


 エロムラ達が柱の内部に侵入している現場を、たまたま街の中を散策していたセレスティーナとキャロスティーが目撃していた。

 彼女達はクロイサス同様に魔導具を調べていたが、休憩に入りイーサ・ランテの街を興味本位で散策していた。ちなみにミスカとウルナは立場的に部外者なので別行動である。


「魔導士として、ここはわたくし達も後に続くべきですわ! どんな発見があるか分りませんもの!」

「それは同意見ですが、私達の装備は戦闘向けではありませんよ? あの先でもしかしたら戦闘がある可能性も考えられますし、調査団が発見していなかった未発見の場所のようですから、油断も出来ません」

「では、このまま世紀の大発見を見逃すんですの? 傭兵は発見した遺物を報告せずに盗むかも知れませんわよ?」

「杏さんがそんなことをするとは思えませんが、もう一人の……エロモントさんは信用できないですね……どうしましょう?」

「行くしかないですわ……いえ、行くべきです!」


 彼女達の装備は学院の制服とローブ。武器も申し訳程度の杖と魔法媒体である指輪のみ、戦闘になれば貧弱も良いところだ。実に心許ない。

 それでも研究者としての知的好奇心が勝ってしまう。

 どうでも良いことだが、セレスティーナがエロムラ君に対する認識がエロのようである。彼が知れば号泣するに違いない。


「で、では……あぶないと判断したら引き返すと言うことで」

「そうですわね。これは調査ですわ、危険な場所と判断したら逃げれば良いだけですもの……」


 言ってしまった。もう後には退けない。

 二人は力強く頷き合うと、エロムラ達が入っていった入り口を目指し走り出す。

 新たなる発見に期待を膨らませながら、二人の少女達は柱の中へと挑んでいった。


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