果たし合い、空 ~或いはおっさんの暇潰し~
ハサム村の前に広がる草原。
この草原に二本の柱が聳え立つ。この柱を倒すのがアドとウルに課せられたルールであり、方法は魔法攻撃下物理攻撃に限定される。
ウルは魔法具やアイテムの使用が認められ、アドはハンデとして剣で相手をすることになる。
見ようによってはかなりアンフェアな決闘に思えるが、それだけ二人の実力差が離れていると言うことだ。これだけやってもまだ足りないとさえ思える。
柱の前には互いに罠を設置する時間が与えられ、現在二人は内心では釈然としないものを感じながらも、必死になって防衛のための仕掛けを施していた。
この罠にもハンデがあり、アドは殺傷効果の高いトラップは仕掛けられず、ウルもまた可能な限り威力の高い罠を仕掛けているが、アドにはおそらく通用しないだろう。
アドの職業は【賢者】。恐ろしく魔法耐性が高いのだ。
そして、互いの準備が整う。
「さぁさぁ、皆さんお待ちかね。決闘の始まりだぁ! 挑戦者はこの村の村長の孫で、イストール魔法学院を優秀な成績で卒業した魔導士、ウル! 対する相手は最強クラス魔導士であり、数多くの困難を実力で叩き伏せてきた歴戦の猛者! 某国では国賓として敬われている男、アド! 二人がどんな熱い戦いを見せてくれるか、期待が高まっております!!」
「ウル坊、ケガなんかするんじゃねぇぞ!」
「略奪愛なんか、人として駄目だろ。諦めろやぁ!」
「若い娘より、熟女の方が断然良いわよ?」
「負けたら慰めて、あ・げ・る♡ ウホッ!」
マイク型拡声器を片手に、おっさんはノリノリだ。
「今回、勝利者はユイさんの所有権を得られることになっております。いやいや、既に結果が出ているのに、実に諦めが悪い。そして実力差があるのに大人気ない」
「アンタが仕組んだんだろうがぁ!!」
「どこまでも人を馬鹿にして……」
二人とも、えらくご立腹のご様子。
まぁ、結果として見世物と化しているのだから当然だろう。
「ウル君はユイさんの気持ちを蔑ろにしている自己中で、アド君は朴念仁のクセにしてなぜか女性にモテる無自覚リア充だ。これは対極に位置する者同士の戦いとなることでしょう」
「「余計なお世話だぁ!!」」
ジャッジはもの凄く自分に正直だった。
この機に乗じて余計なことを遠慮なく言いまくる。
「片や略奪愛を目指して猛進撃のストーカーボゥイ、片や奥さんと子供を抱きたいリア充野郎。両者の意気込みを聞いてみたいと思います」
「誰がリア充野郎だ! まぁ、人の女房に手を出す奴は、遠慮なく叩き潰させて貰うぞ。誰に喧嘩を売ったのか教えてやる!」
「ハッハッハ、むかつくほどバカップルですね。砂糖が無限に生成できそうですよ……刺して良いですか?」
「彼女はあなたには勿体ない。僕が幸せにしますから大人しく消えてください。いえ、今日この日を以て消させて貰います!」
「この時点で、ユイさんの気持ちを完全に無視していますね。紛れもなくストーカー気質です。間違いない! 実に都合の良い夢しか見ていないようです。寝言は寝てから言って貰いたいですね」
言いたい放題のおっさん。それに対してギャラリーは盛り上がっていた。
娯楽に飢えた村民は、この戦いをお祭り気分で眺めているのだ。
「ゼロスさん……もの凄く悪意があるんじゃない?」
「でも、意図的に相手を殺すことができないルールだから、これはこれで良い手だと思うわよ? ギャラリーもいるから迂闊に殺人を犯すわけにもいかない」
「う~ん……でも、本当の目的もあると思う。だって、大まかにだけど二人のプロフィールを大勢に教えているわけだし、勝っても負けてもそれ以上口出しできないんじゃないかな?」
「なるほどね……アドさんが勝つことが前提で、ウルさんは負ければ言い逃れはできない。完全に次の行動が塞がれる訳ね。決闘のルールを持ち出した以上、法律に従わなければならない義務が生じるわ。大衆の前で宣言した手前、破れば犯罪者。しかもゼロスさんは公爵家とも繋がりがある。ストーカーになって追いかけてきたら、彼は間違いなく牢屋行き確定。中々に策士ね」
「凄いよね……こんな短時間で、相手を封じ込める手を思いつくなんて……。でも、少し酷いような……」
おっさんの言動に対して、女性陣は凄く感心していた。
だが、あえて言わせて貰おう。偶然である!
おっさんはその場の勢いに任せて条件を付け足していっただけで、そこに明確な意図は隠されていない。無論、策を講じたことなど一切ない。
あらかじめ事情を知っていれば策を考えることもあるが、突発的に発生した騒ぎに対し有効な一手が打てるわけがない。単に機転が利いただけである。
しかも『騒ぎが大きくなっちゃったし、いっそ派手にやった方が面白いかな?』と、内心ではこんなことを思っていたのだ。
その結果がこの馬鹿騒ぎとなったのである。
「両者の準備は整ったようだぁ、これより花嫁防衛&略奪決闘。を開始する!」
「俊くぅ~ん! がんばってぇ――――――っ!」
「負けたら恥だよ、アドさん!」
「いくら楽勝でも、油断したら負ける可能性があるわよ」
「嬢ちゃんの気持ちを考えろよ、ウル!」
「旦那と会えるのを心待ちにしていたんだろぉ? なに妨害してんだよ!」
「男らしく諦めろやぁ!」
「人妻のことは忘れて、私と結婚して!」
「もじも負げだら、う゛ぁたじどぉ、げっごんじでぇ! ブフフフフフ!」
「人妻が良いなら、あたしはいつでもOKよ?」
「お前ぇ、俺を捨てる気かぁ!?」
ギャラリーの中に変なのもいるが、勝負が始まるのを待ち望んでいる者達の視線が集中していた。
そんな中、ゼロスが高々と手を上げた。
「魔導士決闘、レディ、【エクスプロード(ゴー)】!!」
――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
両者の陣地を遮っていた壁が、範囲魔法【エクスプロード】で消し飛んだ。
ちょうど中間地点には爆発で大穴が開けられ、爆風によりフィールドに砂塵が舞う。とても決闘を開始する合図ではない。
「なに、余計なことをしてんだぁ――――――――――――っ!!」
「なんていう威力……。あの人は上位魔法が使えるのか……。なら、あの男も……」
【エクスプロード】は、使い手の少ない魔法の一つである。
そんな魔法を手軽に使える魔導師はかなり上位のクラスであることが多い。なぜなら、この手の魔法は師から弟子に伝授されることが多いからだ。
当然だが、ウルは【エクスプロード】を使えない。しかしアドは上位魔法を見ても抗議するだけで、さほど驚いたようには思えない。つまりゼロスが【エクスプロード】を使えることを知っているのだ。
下手をすればアドもこの魔法が使えるかも知れず、『君では絶対に勝てない』と言ったゼロスの言葉にも信憑性が増してくる。ここに来てウルは、自分がいかに危険な場所に足を踏み込んでいたのかを知る。
まともに決闘しても勝てる見込みなど皆無だったことに、ようやく気づいたのである。
『だが、今のアイツは魔法が使えない……。僕にも勝算がある』
決闘のルールでは、アドは魔法を使うことを禁じられている。
柱を守るための罠を仕掛けるときだけ使用は許されたが、決闘中は安い剣だけが彼の武器だ。遠距離攻撃が可能なウルにとっては有利に思えた。
「撃ち貫け、炎の矢よ! 我が前の敵を千の矢で焼き尽くせ! 【フレイム・アロー】!!」
実際には、【フレイム・アロー】は千の攻撃などできない。
精々十五~二十ほどの炎の矢を飛ばすだけだが、遠距離からの攻撃は近接戦闘しか使えないアドにとっては先制攻撃として有効だった。理論上での話だ。
しかし、ウルはそこで信じられないものを見た。
「ぬるい! こんなんで俺がやられるかぁ!!」
アドは手にした剣を無造作に振るうと、【フレイム・アロー】は一瞬で斬り裂かれ、消滅した。
尋常ではない斬撃。振るった剣圧が刃となり、周辺の草が刈り取られ宙を舞う。
「魔導士じゃない!? まさか、嵌められた……いや、まさか僕と同じ……」
ウルは周辺の街や村を廻る魔法薬の販売人だ。
盗賊に襲われることもあれば、魔物の襲撃を受けることもある。身を守るためには近接戦闘も必要だと知り、鍛えていた。
しかし、彼の剣の腕前は本職よりは弱く、魔物相手はともかく人間相手の実戦で使えるレベルではない。魔法を併用することでなんとか身を守れるレベルであった。
だが、アドは違う。彼がゼロスと同レベルの魔導士であると仮定するなら、先ほどの剣による攻撃は完成されすぎていた。
つまり、魔法も剣の腕前も、自分をはるかに凌駕するレベルにあることになる。
同じ近接戦闘が使える魔導士。しかし、『使える』と『使いこなせる』とでは大きな開きがあることにウルは気づく。
アドは魔法を使わなくとも自分を簡単に倒せる魔導士であると――。
魔法が決め手にならない以上、後は自分の力量でなんとか乗り越えなくてはならない。その壁はあまりにも厚く高かった。
「クソッ、【ファイアーボール】!!」
魔導具の指輪に込められた魔法による攻撃を放つが、その攻撃は簡単に躱される。
この決闘のルールは妨害ありだが、相手の殺傷は認められていない。
互いの陣地にある柱を崩すのが目的だが、それを行うには相手の足を止めた上で、柱の下に向かわねばならない。
チーム戦であれば敵を足止めするブロッカーと、攻撃に廻るアタッカーに分けることができるのだが、今回は一騎打ちである。
相手の隙を突いて柱の下に向かわねばならず、いかに相手を足止めし翻弄するかが勝負の肝となる。しかしウルは魔法の手数が少ない問題があった。
イストール魔法学院で学んだとはいえ、教えられる魔法には限りがある。当然だが高位の魔法など教えて貰うことは先ずあり得ない。
高位の魔法とは大抵が範囲魔法であり、単発魔法でも高威力の危険な魔法は厳正な審査が必要となる。当然ながらこうした魔法を覚えるにも査定に相当な金額を要求される。一般魔導士には辛い実状であった。
もしくは高名な魔導士に弟子入りし、伝授されるしか覚えることが出来ない。農民生まれのウルには金を支払う余裕などあるはずもなく、結局は覚えることが出来ず断念することになった。
裏事情として、魔法貴族の特権を守るために設けられた措置であり、一般魔導士はウルと同レベルの者達がほとんどだ。
無論、金銭を支払い厳正な査定を受け上位魔法を覚える者もいるが、そうした者達の実力でさえ手練れの魔導師に師事した者達に比べるとたいしたことはない。
これのシステムにより、一般の魔導師は不遇の扱いを受けることになる。貴族魔導士が偉そうな態度を取れる裏側にはこのような実状が存在した。
「大地の怒り、鋼をも貫く無双の槍よ。迫る敵を貫き、死を与えよ……【アース・ランス】!」
「邪魔だぁ!!」
ウルの攻撃は、またもアドの斬撃によって簡単に斬り裂かれてしまう。
ましてウルは詠唱魔法、呪文を唱えている間にもアドは距離を詰めてくる。この時間差は致命的であった。しかも詠唱によりどのような攻撃が来るのか判別できてしまう。
柱の下にまで行かねばならないはずなのに、アドの侵攻速度が圧倒的に速い。
牽制すら簡単に躱され、或いは斬り捌かれ、足止めすらできない有様である。
迂闊に魔法を乱発しては、自身の魔力を消費する一方。魔力枯渇を起こせば動けなくなってしまうだろう。
『魔導士としてだけでなく、剣士としても一流なのか……なんでこんな奴に!』
アドの才能に嫉妬するウル。ユイを含む四人は、彼が絶対に勝てないことを知っていた。
それどころか、ゼロスと名乗る魔導士はハンデを与えてくる始末だ。自分の無力さを痛感しながらも、アドに対しての憎悪は益々燃え上がる。
自分のユイに対する想いが一方的なのは自覚していた。それでも細やかな時間は彼にとって幸せであったのに、それを壊す存在が現れるなど我慢できなくて感情を爆発させた。
それがたとえ我が儘であったとしても、自分の心に嘘をつけなかったのだ。
諦められない。壊されたくない。絶対にユイと離れたくない。
本気で愛してしまったがゆえに、彼はどこまでも意固地になる。たとえ決闘に負けたとしても、この想いは消えることはないと思っている。
対するアドはと言うと――。
『最初は魔法なしと言われて不利かと想ったが、この世界の魔導士はたいしたことないな。弱いとは思っていたけど、ここまでとはね……。詠唱魔法が主流なのは良いが、どんな攻撃が来るのか分っていると対処が楽すぎる。せめて無詠唱魔法か多重展開くらいはやってくれないと、俺の相手は務まらないぞ。
いや、これがこの世界の魔導士の常識なのか。【ソード・アンド・ソーサリス】だったら雑魚も良いところだ』
――予想以上の魔導士の弱さに驚いていた。
ウルは赤いローブをまとっていることから、ソリステア魔法王国の法律で上級魔導師であることは間違いない。しかし、それでもアドには通用しない。アドも今までこの世界の魔導士と戦ったことがなかったが、これほど劣っているなどとは思わなかったのだ。
この程度であれば、【ソード・アンド・ソーサリス】のビギナープレイヤーの方がよっぽど強いだろう。正直ガッカリ感が否めない。
飛んでくる魔法攻撃はすべて剣により相殺していく。むしろ楽勝だった。
『さっさとケリをつけるか……。魔法の威力が弱すぎて剣で簡単に相殺できる。長引かせると惨めになるだけだし、虐めだろ……。ゼロスさん、悪辣すぎ!』
保有魔力や身体能力にもまだまだ余裕があり、多少攻撃を仕掛けてきたウルの方は既に息絶え絶えに疲弊してきている。持久戦に対応できていないのだ。
こんな嫌がらせのような決闘ルールを指定したゼロスが、もの凄く悪人にすら思えてきた。少しでも勝利できそうな気にさせられるのがいやらしい。
ハンデのように思えても、レベル差ではハンデにすら到っていない。魔導士同士の決闘で、魔法を使われずに敗北するなど屈辱以外の何物でもない。
身の程を教えるにしては、やっていることはかなり阿漕である。勝てる要素など最初からどこにも存在していなかったのだから――。
感情に流されたウルも悪いが、それを逆手に取ったゼロスが凄い悪党にしか思えなかった。
無論アドも気づいていないが、こうなったのは偶然である。いや、それだけにタチが悪いのかも知れない。
『ウルだっけ……悪いが、柱を崩させて貰うぞ!』
意気込んで全力で走り出すアド。
あっさりとウルを振り切り、柱を目指し一直線に向かった。
たとえ魔法を使わなくとも、格闘系のスキルの中には【身体強化】と同等のスキルが存在する。一般的に【練気法】と呼ばれる武闘スキルだ。この世界では【技】と呼ばれている。
アドは確かに魔法を使用していない。【技】は技能であり、魔法とは魔法式を脳裏から展開することであるのだから。
「クッ、追いつけない……」
「悪いな、勝負を挑んできたのはアンタだ。早々に決着をつけさせて貰う」
「させない! 僕は勝つんだ……火球よ、業火となりて、我が敵を焼け! 【ファイアーボール】!!」
「当たらねぇよ!」
ウルは魔導士ゆえに【身体強化魔法】も覚えているが、使用しても短時間で効果が消失する。魔力も大幅に削られるために実戦向きではなかった。
短時間戦闘では有効だが、攻撃魔法で柱を崩すには余力を残しておかねばならないため、【身体強化魔法】を使用できない。
「【ファイアーアロー】!!」
「なんだぁ、自棄にでもなったのか?」
放った単発の【ファイアーアロー】はアドの足下を執拗に狙ってくるが、それを簡単に避けてゆく。
それを見ていたギャラリーも、さすがにウルの敗北は確実と思っていた。
「あぁ~……これは負けたなぁ~」
「そもそも、略奪愛はいけないわよ。ユイちゃんの旦那さんと言うことは、お互いに想い合っているのでしょう?」
「男なら燃える展開だが、元から脈がねぇ話しだしな……。不憫な奴」
「でも、愚かでも良いから真剣に愛されてみたぁ~い♡」
「いや、嬢ちゃんにとっては迷惑なだけだろ。ただの自己満足じゃねぇのか?」
一部の人達は、ウルが無謀で無粋な真似をしていることに気づいている。
アドと勝負をしたところで、ユイの気持ちが向いていなければ意味などないのだ。一人で盛り上がっているウルは悲しいピエロなのである。
それでも、ままならない想いというものはある。どこかで発散させなければ前に進めないこともある。ストーカー気質をこじらせればいつまでもつきまとうかも知れず、ここで決着をつけなければウルは一生を暗い感情に囚われたままになるだろう。
魔導具の使用も認められていたが、そもそもウルにそんな便利アイテムを購入できる余裕などない。あり合わせで勝負するしか手がなかった。
そのため、彼は最後に切り札を用意していた。
「うぉおおおおおっ!?」
「「「「旦那が消えたぁっ!?」」」」
『掛かった!』
突如としてアドの姿が忽然と消えた。
その理由は落とし穴である。土属性魔法【ピット・ホール】、この魔法で幾つもの落とし穴を作り、いかにも急ごしらえの落とし穴を囮に本命を隠していたのだ。
後はその場にアドを誘導する。どこまで時間が稼げるか分らないが、これがウルのだした奥の手であった。
アドも落とし穴には警戒し常に避けながら移動していたが、背後や足下を狙った魔法攻撃に注意を反らされたために引っ掛かったのである。しかも弱いと侮っていた隙を突かれたのだ。
「ゲッ!? これは……【スライム・リキッド】かぁ!?」
落とし穴の中に仕掛けていた粘着性の液体、【スライム・リキッド】。水に反応して粘着性を増す魔物捕縛用のアイテムだ。
素材である【スライム核】を大量に使用した粉末で、掌サイズの水筒に入れられた水だけでも爆発的に膨張する性質があった。しかも粘着力がハンパではない。
湿気だけでも爆発的に膨張するので、ある意味では取り扱いが難しい。実に厄介な道具である。
この粘着力はワイヴァーンですら逃れることが困難なのだ。
「強さが油断に繋がりましたね。これで僕の勝ちです!」
ウルは身体強化魔法を掛け、全力で柱に向かった。
攻守が逆転したことにギャラリーは一気に湧いた。だが―――。
「アァ――――――――――――ッ!?」
ウルも落とし穴に落ちた。
しかもご丁寧に【スライム・リキッド】が仕掛けられていた。考えることは同じのようである。
「ひ、卑怯だぞぉ!」
「うっせぇ、万が一に備えるのは常識だろ! 勝利を確信したときが命取りだぁ!」
「どこまでも僕の邪魔を……いい加減に消えてください!」
「ざけんなぁ、人の嫁さんに恋慕するだけじゃ飽き足らず、横からかすめ取ろうとするその根性が腹立たしい! お呼びじゃねぇんだよ、最初からなぁ!!」
「あなたなんかより、僕の方が彼女を幸せにできます! たとえ今はあなたに向いていても、時間を掛ければ僕の気持ちに応えてくれるはず!!」
「根拠がねぇな。ようは今の時点でユイの気持ちを蔑ろにしてんじゃねぇか。それで良く愛していますなんて言えんなぁ! 一人で盛り上がってんじゃねぇ、この自己中野郎!!」
お互いに平原で勝負するのだから、仕掛ける罠など限られてくる。
ウルは確実に負けると分っている勝負だったから仕掛けた罠だが、アドはユイを奪われないために万が一に備えた陰湿な執念による罠である。
しかし、どちらも落とし穴なに引っ掛かった姿はなんとも滑稽であった。
そして始まる罵り合い。
「粘液まみれの野郎なんか、どこに需要があるんですかね? 誰も喜ばん……」
「ゼロスさんが気になるのは、ソコなんだね……」
「見ていて実に見苦しいわ。どっちも馬鹿としか言いようがないわね」
「この決闘、もしかしてドローですか?」
魔法戦から一転して口汚い罵声が飛び交う。
実に醜い。
『チッ、この穴からでないと攻撃が……待て、柱が見えているんだから、剣を投げればいいんじゃね? 確か、剣技に有効な攻撃手段があったな……』
『このままでは先を越される。幸い柱は見えているから、全力で魔法を撃ち込めば……』
基本は魔法主体で格闘戦に望むため剣技の把握が今ひとつのアドと、手段が少なく魔法攻撃面での威力に難のあるウル。互いが同時に動く。
だが、体には粘液が絡みつき、思うように動くことができない。
「おぉ~っとぉ~っ!? 互いが穴の中からフィニッシュを狙うようだぁ!! 視界に入る柱はおそらく先端のみ、魔法で狙うには絶妙なコントロールが必要!
柱を完全に粉砕できれば勝ちとなるこの勝負、つまらない前半とは打って変わり時間との勝負となったぁ―――――っ!!」
「俊君、ガンバ!」
「商品のユイさん、夫を依怙贔屓だぁ――――っ!! ウルさん、浮かばれません。そしてアド君、羨ましいぞ! もげちまえぇ!!」
「ゼロスさん……凄く本音がダダ漏れよ? そこは押さえないと、人としてどうかと思うわ」
「ゼロスさぁ~ん、どっちの味方なんですかぁ~?」
「フッ……決まっている。モテない男達の味方です!」
「「「「「アニキィ―――――――――――――――ッ!!」」」」」
おっさん、田舎の嫁不足で難儀している男達の支持を得る。
所詮、時代や世界が異なろうと、人の本質は変わらない。誰もが貧しい農村生活よりも、都会の華やかな暮らしに憧れるものである。
そして、ハサムの村は男性比率が高かった。女性は華やかな仕事と夢を求め、さっさと街へ出て行くのである。
結婚できない男達は、大抵が長男か農村開拓を強要される次男坊達なのだ。彼等が嫁を抱けるのは難しい立場なのであった。
『あのおっさん……いい加減にしろよ! しかし動きづらい……』
穴の中で必死に剣を構えるアドは、全身から闘気(魔力)を放出した。
それは、岩をも簡単に粉砕するどころか、消し飛ばす威力が込められるほどの膨大な魔力である。
重圧となって迫る魔力の気配を感じ取ったウルは、内心で焦りを覚えた。まともに戦っていたら絶望に打ち拉がれるほどの魔力だったのだ。
『ユイ……あんな男のどこが良いんだ! それにしても、なんて魔力だ……甘く見ていた。これほどの魔力を持つ存在がいるなんて……だが、負けるわけにはいかない!』
おっさんの一言は、ウルに嫉妬という名の反発心を駆り立てた。
ウルが使える魔法は威力が弱い。その上、旧来の魔法なので燃費も悪い一面がある。
当然だが身体の負担も相当に掛かるのだ。その負荷に耐えながらも、持てるすべての魔力を注ぎ込む決意を決めた。
必死で呪文を唱えるが、その時間が酷く疎ましい。
「【ファイアーアロー】!!」
ウルの実力では、【ファイアーアロー】は最大で十五発しか放てない。次に放つまでに呪文を唱える必要性があり、その間にもアドは魔力を剣に収束させていた。
恐ろしく膨大な魔力が一点に集中していくのを肌で感じる。
「風の剣よ、我が元に来たりて敵陣を引き裂け。【ウィンドザッパー】!!」
ウルは無詠唱で魔法を放ったゼロスを見た。
魔導士としての理想的な戦い方ができるゼロスは、こんな時でなければ憧れただろう。
しかし、今は敵陣営の人間なのだ。ゼロスにできたことが自分にはできない。同じことができるであろうアドには到底適わない。そのジレンマが彼の心に焦燥感を運んでくる。
必死に魔法で柱を削るが、魔法によって構築された柱は簡単に砕け散ることがなかった。予想以上に頑丈であった。
焦る、集中できない。恐ろしく時間が長く感じる。詠唱がこれほど使えないと思ったことはない。
そんな中、背後でアドの魔力が収束を始め、準備が整ったのを感じた。
「飛剣、【戦刃轟雷】!!」
膨大な魔力を集約して投げられたアドの剣は、高速で柱へと突き刺さった。
同時に込められた魔力が解放され、雷鳴が轟き天を引き裂く稲妻が走ると、今度は周辺に向けて破壊の力が放出される。
それは膨大な威力が込められた衝撃波を発生させ、爆破解体で崩れるビルの如く柱は無残に砕け、無残に倒れていった。
ギャラリーにもその威力の余波である粉塵に包まれた。
「……なっ!?」
背後で柱が粉砕された音を聞いた。
なんとか落とし穴から這い出ると、ウルは柱は三分の一ほどしか破壊できておらず、アドは柱を根元まで粉々に破壊していた。
「馬鹿な……こんな剣技、聞いたこともない。魔法を使ったんじゃ……」
「魔法じゃねぇよ。飛剣、【戦刃轟雷】は、剣技スキルが【剣鬼】なると覚える技だ。【飛雷震】の発展技だな」
「この威力……魔法と変わらないじゃないですか! 認められない!」
「だが、魔法じゃない。剣技の一つだぞ? これ以上ハンデをつけるのは難しいな……」
【剣技】もしくは【技)】――多くの武技と魔法の違いは、魔法式の有無である。
魔法は魔法文字によって構築され、魔力を物理現象に変質させることで発現する技術であり学問だ。プログラムや設計と言った方が近い。
しかし武技は違う。武器に魔力を込め収束させることにより、威力を高めることで発現する。属性は存在するものの、魔力の変質は武器に使われている素材や個人の資質によって変わる。
雷が得意な者もいれば、火を得意とする者もおり、中には複数の属性を使いこなす傑物もいた。
それはあくまでもこの世界での話で、【ソード・アンド・ソーサリス】のプレイヤーは全員がすべての属性技を使うことが可能。
だが、使える技が多くとも、すべてを使いこなせるわけではない。多くの技がタンスの肥やしとなることが多い。まぁ、耐久値が落ち武器の寿命を早めてしまう危険な技でもあり、騎士や傭兵もあまり多用することは少ない必殺の技なのだ。
言わば武技は起死回生の切り札なのである。
「言ったでしょ、アド君には絶対に勝てないと。強くなるまでかなり無茶をやらかしましたしねぇ」
「ゼロスさん、アンタがそれを言うのか? 嬉々として地獄を見せてくれたのはゼロスさん達だろ」
「フッ……昔のことさ。それに、僕は他の連中より無茶はしてませんよ」
「確かにな……あのメンツに比べたら、ほんの少しだけ楽だったな。マジで少しだけだが……」
「僕は、ブロス君のような犠牲者は出していませんが? 充分に安全策をとってますよ」
「その代わり、厄介な場所に連行されたけどな! それと、【バーバリアン】に会ったぞ。獣人の嫁さんに囲まれてたけどな」
「彼もリア充に……。いや、ケモナーだから別に羨ましくはないが……」
【ケモ・ブロス】。殲滅者の一人、【ケモ・ラヴューン】の弟子であり、重度のケモナーだ。
獣人であれば、人型に尻尾や耳が生えた種族から完全な獣型までこよなく愛する変人である。そんな彼は中学生の身空でありながら、現在十七人の嫁がいた。
今も絶賛嫁が急増中。彼は異世界で夢を叶えていた……。モフモフハーレムを――。
「認めない……こんなの、僕は認めない! うわぁあああああああああああああっ!!」
「なっ!? しまった!!」
「あぁ~……やっぱり暴走したか。お約束な展開だなぁ……」
「こうなったら、どこか安全な場所に拉致して、監禁して……逃げられないように手足を……」
「「怖い、怖い、怖い!!」」
諦めきれない想いと激しいまでの独占欲が、ウルを自暴自棄に、そして猟奇的な方向へと走らせる。
生真面目な性格はままならない感情を暴走させ、極端な行動を引き起こした。
彼の走る先にはユイがおり、彼の手には一振りのナイフが握られている。『君を殺して僕も死ぬ! 共に天国で幸せになろうよ』という、独りよがりで身勝手な思考に移行したようだ。
だが、彼の思いは届かない。
――ガキィン!!
ユイに向けて突き出した彼のナイフは、見えない壁によって阻まれた。
彼女は冷静にゼロスから受け取ったアミュレットを発動させていたのである。
「はぁ……びっくりしました」
「なんで……どうして僕の想いに応えてくれないんだ……」
「最初から相手がいるのに、あなたの想いが成就するなんてあるわけがないわ。どれだけ想っていようと、あなたの感情は独りよがりで一方的ものだっただけよ?」
「今まで告白すらしたことないなら、これはただの押しつけだよ? ユイさんの想いは既に決まっているんだし、最初から脈なんてなかったことはわかりきっていたし」
「なんで僕じゃ駄目なんだぁ! 力か、強さかぁ! 権力や金かぁ!! 僕じゃ相手にすらして貰えないって言うのかぁああああああああああっ!!」
感情を暴走させた者は、大抵が支離滅裂な行動原理で動く。シャクティとリサの声も届かない。
自覚していようが、それで納得できないゆえに極端に走る。要は精神が見た目よりも幼稚なのだろう。
狂うほどに愛していると言えば綺麗な言い方だが、実際は迷惑なだけである。
そして、ユイはと言うと――。
「えっと……ごめんなさい。私、俊君のことしか考えられないから、他の男性には全く興味が湧かないんです。男の人みんな、案山子に見えてしまいますから……。ついでに顔も全員が同じに見えます。声で誰かを判断しているだけなんですよ」
「か、案山子……僕もか……ハハ、アハハハハ……。馬鹿みたいだ……」
あっさり振った。しかもかなり重い痛烈な一言。重傷だ。
くどいようだが、最初から相手にされていないのだ。彼女もウルと同類なのだから当然とも言える。
殺してでも自分のモノにする。その手段すらも防がれた以上、ウルには何もできない。
アドを殺すという手段も残されているが、それが不可能だと身をもって知った。強さの次元が圧倒的すぎたのだ。
こうして、ウル青年の重い初恋は終わりを告げる。
その後、ウルは村の男衆に酒を飲まされ慰められたのであった。実に暖かい村人達である。
翌日、彼が二日酔いで再起不能になったことは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「んじゃ、行くか……」
「しばらくは僕の家に住むと良いですよ。部屋は空いていますからねぇ」
「お世話になります、ゼロスさん」
軽ワゴンに乗るユイと、アドパーティー。そしてコッコ達。
先導するのはおっさんの【アジ・ダカーハ】である。
彼等は一路、サントールの街を目指す。その後はデルサシス公爵との交渉次第に掛かっていた。
「……にしても、俺達はこれからどうなるんだろうなぁ~」
「国と関わった以上、君達は重要な客人扱いになると思うがねぇ……。後は交渉次第じゃね?」
「ゼロスさんは気楽で良いよなぁ~。王命で城に連れて行かれたから、俺達には選択肢がなかったんだよぉ~……へたこいたぁ~」
「行き当たりばったりで、最初に拠点確保を考えなかったのが敗因かな。その場の善意で行動したのが間違いさ。たとえ酷い状況下でも、自分の目的をはっきりと決めておくべきだったねぇ」
アド達がこの世界に来た当初、真っ先に四神への復讐を考えて行動してしまった。
そのために国賓の立場に転がり込んだのだが、もしゼロスがアドの立場だったら、真っ先にユイを探すことを優先した。
たとえ貧しい村や街の人々を見たとしても、善意だけで行動する気はない。面倒事に巻き込まれるのが目に見えているからだ。
その違いが二人の立場に差を生み出していた。
「俺、この国で何をしたら良いんだろ……」
「そうだねぇ、イサラス王国に貢献できる交渉をするべきなんじゃないかい? 食糧の輸送や工業の発展、少しでも国に貢献できれば自由に動けるようになるでしょ」
「強硬派の連中が、兵器開発をさせようとするんだよなぁ~。まぁ、ヤバいのは一つしか作ってないけど……」
「その辺りのこと、詳しく聞かせて貰おうかねぇ?」
「駄目だ! いくらゼロスさんでも、こればかりは言えねぇ!」
「……まぁ、良いけどね。僕も少しやらかしてますし、お互いに口は噤むことにしよう」
意見が纏まり、一行はファーフラン街道を走り出す。
ファンタジーに不釣り合いな乗り物が、土煙を上げてハサムの村から離れていった。
もはや、街道を行く商人達の目を気にするのを諦めたようである。