アド、果たし合いを受ける
恋は盲目。
人を愛することを知った者は、相手の心内すら知ろうともせず、一方的で都合の良い夢を見がちである。
初恋なら尚更で、声を掛けられただけで一喜一憂し、一日に数回ほど話をするだけでも相手との距離が縮まった気になる。それが間違いであるとも気づかないほど盲目的に、だ。
互いの気持ちを確かめ合ったわけでもないのに、『自分が彼女のことをよく知っている』とか、『俺が世界で一番彼女を愛しているんだ』とか、極端な解釈をする者が希にいたりする。
こうした気質を持つ者の中には、希にストーカーになる者が多く、困ったことにユイとウルがこの部類に入った。
幸い――と、言って良いのかは分らないが、ユイとアドは相思相愛である。
多少嫉妬深いところがあるものの、彼女はアドに対しては献身的であり、子供もできて実に幸せのど真ん中である。
だが、これがウルになると話は変わる。
彼は今まで、真面目一本でイストール魔法学院の門戸を叩き、魔法や錬金術を真摯に学んできた。
勿論、年頃の青少年であった彼も女性に興味はあったが、それを抑えより高みへと目指すべく邁進してきたのだ。当然だが女生徒とつきあったことすらない。
そんな彼は独り立ちし、錬金術師としての実績を小さくとも確実に積み重ねてきた。
時々実家に帰ることはあるものの、大半が各街や村の宿生活であり、魔法薬や漢方薬を売りながら地道に顧客を増やし続ける毎日。
そして、彼が久しぶりに故郷であるハサムの村に帰ってくると、出迎えたのは見ず知らずの女性。しかも妊婦である。
祖父の話では村の前で倒れていたらしく、身重ゆえに捨て置くわけにもいかなかったらしい。
聞けば夫も行方不明で、彼女も探しに行きたいところだが、子供がお腹にいるゆえに無茶な真似ができないと嘆いていた。
妖精被害を鎮めてくれた夫の友人が、探し出したら連絡してくれるという話らしかったが、ウルは身重の妻を置き去りにするような男は碌でもない人物に違いないと、それはもう一方的に決めつけ憤りを覚えていた。
この時点で大きな間違いをしていたが、彼は気づきようもない。まぁ、事実を知らないのだから当然とも言えよう。
この一月のあまり、彼の生活は華やいでいた。
出会った当初は戸惑ったが、一日一日声を掛け話し合うようになるにつれ、彼は次第にユイに惹かれ始めて行く。
時折、お腹の中にいる子供に声を掛けている姿に、彼は母性というものを感じた。
その姿は正に聖母。日向で愛おしくお腹をさすりながら、優しい声でお腹の子供に話しかける彼女に対し、ウルは美しいとすら思い始めていった。
気づいたときには恋に落ちていた。自覚したのは最近のことだ。
だが、そんな細やかな幸せにも終わりは来るものである。
祖父であるハサム村の村長が、持病のギックリ腰で湯治に行くことが決まり、彼は内心喜んだ。
それはもう、自室でツイストからスピンをかまし、ムーンウォ―クからのバク宙を決めてからクールに香ばしいポージングを決めた後、『Phow!!』叫ぶほどの浮かれ具合だった。
何かに取憑かれているとしか思えないくらいにキレていた。
あわよくば一線を越えられるかも知れないと思い込むほど、彼は現実を忘れ夢の中にいたことになる。この時点で旦那とも言えるアドの存在を忘れていたのだから。
そして、ついにユイはアドと再会を果たしてしまう。正直、アドを連れてきたゼロスのことを激しく憎んだが、持ち前の商人としての顔でなんとか堪えることに成功。
だが、アドを見た瞬間、彼は激しいまでの怒りを表に出さないよう、必死だった。
何しろ女性二人を連れて旅をしていたのだ。方向性は異なるがユイの怒りも痛いほどに分る。
彼の視点でアドの存在は『妊娠した妻を置き去りにした糞野郎』に、『外で女を作っていたくせに、のうのうと妻に会いに来た恥知らず』が追加された。
『四神によって引き離された』という話も、彼は内心で『何を馬鹿なことを』と嘲けていたのだが、ユイを含む五人には共通の認識が存在することに気づく。
初めてユイの存在が遠くに感じた。同時に押し寄せる疎外感と孤独感、そして焦燥。沸き上がる激しいまでの嫉妬。そんな中でユイを連れて行く話にまで進展してゆく。
『このままでは、ユイを奪われてしまう』。かなり極端で一方的な感情だが、ウルは何も考えず待ったを掛けた。彼女が妊娠中であることを理由に、この村に惹き留めることを思いついたのはファインプレイとも言えよう。
しかしながら、ユイの表情はアドと共に行く気であり、彼は『なんで僕の気持ちに気づかないんだ!』と怒りを覚える。そして、彼は暴走を始めた。
そう、彼はアドに決闘を申し込んだのだった。
「もう一度言います。僕と決闘してください! 僕が勝てばユイをこの村に残していく、負けたら好きなようにしてください」
「いや、何でそんなことをしなくちゃならないんだ? 俺には何のメリットもないんだが……」
「決闘するだけ無駄だと思うんだけどねぇ。絶対に勝てないから」
しかし、意気込みはともかくとして、アドやゼロスが決闘を受ける意味はない。
なにより、アドがウルと戦ったところで一方的な蹂躙だ。結果が見えている以上、この条件に応じる必要性が全くなかった。
「アドさん、ゼロスさん……気持ちを察してあげようよ」
「……そうよね。誰かを好きになるのに、時間は関係ないわよ? 心に区切りをつけるにも、ここは戦ってあげるべきじゃないかしら?」
「えっ? ウルさん、俊君のことを!? そんな……男同士なのに……」
「「「「「なんでだよ!!」」」」」
ユイは自分に向けられる好意に対して鈍感だった。
そして、男色疑惑を向けられたウルが哀れに思えてくる。気のせいか、彼は凄く泣きそうな顔をしていた。
「ウルさんが好意を持っているのは、あなたよ? 何で気づかないのかしら」
「えっ? だって、『誰かを好きになるのに時間は掛からない』言いましたよね?」
「だからって、何でアドさんに対象に向けるのかな? ユイさんの中身は全部アドさんしか詰まってないの?」
「それに関しては断言できますね。私は、俊君がすべてだから」
重い台詞である。
「第一、俺と決闘したところで現実は変わらんだろ。ケガをするだけ損だと思うが?」
「簡単な魔法でも、アド君が使えば瞬殺レベルですよ? オーバーキルも良いところだねぇ。君達は、そんなに彼を殺したいのかい?」
「そこは、手加減してあげるべきなんじゃ……」
「決闘する以上、手加減する方が失礼だろ。それに、二人とも【極限突破】したプレイヤーを舐めてねぇか? 俺もゼロスさんも、言ってみれば化け物だぞ?」
「うっ……そこまでは考えが及ばなかったわ。まさか、そんなに実力差があるなんて……」
決闘を受けるのは簡単である。
だが一般の魔導士を相手にする場合、手加減して殴っても体中の骨が粉砕骨折するレベルだ。
良くて重傷、十中八九即死は確実。回復魔法で治療ができるが、即死されたら治療すらできない無謀な挑戦なのである。
「う~ん、お約束の『二人とも、私のために争わないで!』って台詞が言えないね。俊君が強すぎるよ」
「ユイ……まさかとは思うが、その台詞を言ってみたかったのか? それは、彼に対して失礼だろ」
「でも、乙女の夢なんだよ? 一生に一度は言ってみたい台詞なんだよ!?」
「ただの修羅場でしょ……。斬撃でもまっぷたつ、魔法ではオーバーキル。決闘なんかしたら確実に死にますねぇ。アド君を相手にするのは無謀だ」
現実はどこまでも非情だ。
どれだけユイのことを想っていても、当人がその感情に気づいてすらおらず、知ったところで受け入れられるわけではない。
実際にそうなった。しかし、完全に激情に駆られた者にとって、他者の言葉の雑音でしかない。
こうした者達は行動に移す。危険な方向に思考が傾きやすくなるのだ。
良く衝動的な犯行に及ぶ者がニュースなどで取りざたされるが、そうした者達の大多数が抑圧された感情を内に秘め、何かの弾みで爆発する。
ユイがそうであったように、ウルもまた同じであった。
いや、まだその段階ではない。一歩手前というところだろうか。
「怖いんですか? 僕に負けるのが……」
「おいおい……話を聞いていたのかよ?」
「四人で共謀し、決闘から逃げているようにしか見えませんよ。そんな馬鹿げた魔導士など、聞いたこともありません」
「あぁ~……コレは駄目かな。アド君……決闘を受けるしかない。こうしたタイプは、実力差を見せなくては引き下がりませんよ。人の話なんて聞きやしませんから……」
ゼロスの第六感に『キュピィ~ン!』ときた。ウルはゼロスの姉と同じく、自分に都合の良いものしか目に映っていない。
敗北などあり得ないという自信もあるのだろうが、今回ばかりは完全に自殺行為であるという認識が湧かないのだ。それだけ狂おしい情愛を滾らせているのだろうが、なまじ生真面目であっただけに転んだ方向性が悪かった。更に言えば彼は一度執着すると長く固執するタイプで、突き進んだら止まれない諦めの悪い性格のようである。いずれ粘着質な執拗さに変わるであろう。
直感的だが、おっさんは金に固執しブルジョワ階級者に対して粘着質に寄生する、自分の姉と同じものを感じ取ったのだ。被害続きで獲得した嫌な特殊能力である。
「マジで? めんどくさいんだけど……」
「まぁ、これは君達バカップルの問題ですが、これ以上執着心をこじらせると危険だねぇ。彼はおそらくNT(寝取り)を狙っています。ストーカー気質ですよ」
「嘘だろぉ、ユイの同類だったのかぁ!? マジかよ……勘弁してくれ」
「今のアド君は彼の視点で見ると、『複数の女性と関係を持つ、最低のナンパ野郎』だからねぇ。実力で圧倒しないと引きませんよ。マジで……」
「……それ、ゼロスさんの主観も入っているだろ」
「そぉ~んなこっと……ないよ?」
「こっち見ろや!」
馬鹿なことを言いながらも、おっさんは別のことを考えていた。
まだ婚約者同士という立場だが、事実上は既婚者だ。そんな相手に固執する以上、これで終わらない可能性が高い。
最悪、『死んで天国で一緒になろう』などと言い出しかねない。実際にストーカー気質のユイが同じ行動をしたのだ、同類のウルが似た行動を起こしてもおかしくないだろう。
前例があるだけに、厄介な人間と関わり合ってしまった不運を呪わずにはいられない。
苦労するのはアドだが――。
「アド君……全力で叩き潰すしかない。余計な手心は逆効果になりますよ? 徹底的に恐怖を叩き込まない限り彼は止まりませんねぇ、きっと……」
「鬼か、アンタ! 過剰戦力だよな? 火縄銃相手に核ミサイルを持ち出すようなもんだぞ? アリを相手にドラゴンを嗾けるようなもんだろ。そこまでしたくはないんだが……」
「ハッハッハッ……ストーカーに理屈が通じるわけがないじゃないですか。君は、嫉妬と激情に駆られたユイさんを説得できるのかね?」
「凄ぇ説得力だ! 無理、不可能。ユイの奴も、こんな風なったら俺の言い分なんか聞きやしねぇからな……」
「そんな彼女に捕まったアド君に、乾杯!」
おっさんは、夫婦間の問題に踏み込まないと決めた。
幼馴染み同士で気心が知れており、互いに大切に思い合っていることに間違いはない。
そこに第三者、特に女性が加わると状況が一気に悪くなるだけだ。そこさえ弁えて接していれば特に問題は起こらない。
しかし今回はユイの方に男性が近づいてきた。リサ達を連れてきたアドを執拗に追いかけ回したユイの立場は、一転して逆転したことになる。
幸いなのは、アドがストーカー気質で粘着質な性格でないことだろう。アドまで同類であったらカオス展開で手が着けられなくなる。
「私、そんなに執着心が強いかな? そんなに聞き分けが悪い?」
「昨日、散々暴れ回ったことを忘れたんですか? 彼はあなたと同類ですよ、ユイさん……。自覚してください。人の振り見て我が振り直せ、ですよ?」
「いや、ゼロスさん? あんた、俺にユイを嗾けたよね? 煽った上に始末させようとしたよな?」
「ハッハッハッ、つい感情に駆られましてねぇ。いやはや、僕もまだまだ若いから」
「アンタの場合、大人気ないって言うんだよぉ!!」
「心が若いと言ってくれたまえ、アド君。確かに今年で四十だけどね、近所からは見た目も若いって評判なのだよ。同年代でも、見た目が若い人達って最近多いよね?」
「知らねぇよぉ!!」
おっさんとアドはマイペース。リサ達二人は我関せずの態度で距離を取り、被害が及ばないように対処していた。そんな彼等の余裕な態度がウルには凄く腹立たしい。
ウルはイストール魔法学院の上位成績者だ。それなりの誇りもあり、努力もしている。
実戦経験もそれなりにこなし、少なくともこのように相手にされないなど先ずあり得ない立場だ。実際に学院からも講師として声を掛けられている。
そんな彼は、宮廷魔導士よりも実力はあると自負していた。しかしアドとゼロスは全く自分を見ていない態度をとっている。
少なくとも世界に名高い魔法学院の卒業生に対して取る態度ではないだろう。知らないと言うこともあるのだが、魔導士なら相手が放つ魔力の気配で強さをある程度知覚できる。
しかし、この場にいる者達はウルが絶対に勝てないと断言しているのだ。その態度が彼のプライドをも刺激し益々感情的にさせていた。
そう、アドやおっさん達の忠告は、彼にとって挑発行動に取って代わっていたのである。
「……それで、決闘は受けるんですか?」
「めんどくさいが、そうしないとアンタは納得しないんだろ? 仕方がないから相手をするさ」
「随分と余裕ですね。僕を舐めているんですか?」
「いや、実際に敵にすらならないだろうな。逆に聞くが、本気でやるんだな?」
「当然です、あなたは、ユイに相応しくない」
「それを決めるのは俺達であって、部外者であるアンタじゃないだろ。世話になった手前、気が引けるが……相手をする以上は本気になるぞ?」
「望むところです!」
言ってしまった。この時点で彼の運命は確定した。
おっさんは、こんなことになるのではないかと予想し、インベントリーからいつぞやのアミュレットを取り出す。ラーマフの森に向かう前、ツヴェイト達に渡したお守りの試作品である。
「ユイさん、念のためにこれを装備しておいてください」
「あの……コレっていったい?」
「念には念をいれてね、今装備してほしい。なんか嫌な予感がしますので……」
「はぁ……?」
アド以外の男性から何かを貰うことに抵抗があったが、少なくともゼロスは信用できると思っている。何しろアドを本当に探し出し連れてきたのだから。
ついでにアドとは気心の知れた友人同士のようで、年齢差はあれどかなり親しげであることは間違いない。リサやシャクティには油断はできないが、ゼロスは約束を守ってくれたこともあるので、彼の言葉は無碍にできずアミュレットを装備することにした。
そんな彼女の前では、今まで見たことがないほどに睨みつけるウルと、本当にやる気のない態度のアドが欠伸をかいていた。
「準備したら行くか……って、どこでやるんだ?」
「あぁ~……村外れの草原で良いんじゃないですか? あそこなら広いし、多少周囲が吹き飛んでも被害は少ないでしょ……」
「詳しいな……。ゼロスさん、この村で何をしたんだ?」
「凶悪な妖精被害を食い止めました。ジェノサイドしたと言えば分るっしょ」
「納得……」
村の周囲は草原が広がり、多種戦闘が起きても被害が拡大することはない。
そんな理由から場所が決まり、ゼロス達は早めに決闘場所へと向かう。ウルの場合は装備を装着する時間もあり、準備ができ次第向かうことになる。
こうして一瞬で決着がつきそうな、それでいて面倒極まりない決闘が始まるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウルはユイのことを諦めることなどできない。
普通に考えて最初から望みの薄い儚い恋だと分りそうなものだが、なまじ初恋から発展した一方通行の愛情をこじらせ、更に持ち前の性格である執着心が彼を暴走特急状態へと変貌させてしまう。
理屈抜きにしてもアドとユイはラブラブバカップルである。人前では普通の態度を取ってはいるが、二人きりになると砂糖が何百万ガロンでも生成できそうなほど甘い空間を作り出す。
節度があるだけマシと言えるが、その甘い夫婦間の秘め事を彼は隣の部屋で聞いてしまった。
壁伝いで聞き耳を立てていたわけではない。元より田舎の家なので、壁自体が防音ではないのだ。
彼が初めて愛した女性の『Oh―yes♡ Come On、Come On!』な淫らな声を、聞きたくもないのに聞かされたのだ。当然だが嫉妬に狂いたくもなる。
アドに対しての憎悪と、ユイに対しての独占欲が暴走する引き金となった。
アドも自重しようとはしていたが、暴走したユイを止めることなどできず、結果的には押し切られてことに及んでしまった責任は大きい。
ユイにしてみても、見ず知らずどころか自分の常識がどこまで通用するか分らない世界に来てしまったのだ。妖精被害があったものの比較的安全な村とは言え、異邦人である彼女が知らない人達の中で生活をする。これほど心細いものなどなかったことだろう。
アドと再会したとき、彼女の想いは一気に爆発してしまった。コレを責めることなどできまい。
誰が悪いわけでもない。あえて言うのであれば、いささか性格に難のあるユイとウルが出会ってしまったことだろう。そして、タイミングも悪かった。
そんな決闘騒ぎだが―――なぜか大勢ギャラリーがいた。
「な、なんでこんなに人が……?」
「すみませんねぇ。以前、妖精騒ぎを解決したので、僕の顔を知っている人が多かったんですよ。それで、彼等は僕達が何をするのか興味が湧いたみたいでして……」
「それにしたって、これは……」
ウルのよく知る人達が、周囲に集まって弁当を広げていたりする。
小さな村には娯楽がない。朝も早くからあれだけ馬鹿騒ぎをしていれば、当然だがご近所さんにも聞かれることになる。そうした噂は広がるのが恐ろしく早い。
人口の少ない田舎の村であるなら尚更のことである。
「よう、ウル坊! 決闘するんだってな、頑張れよ!」
「ウルちゃん、略奪愛はちょっと……。若いから、ままならない想いが暴走するのは分るけど、人としてどうかとおばちゃんは思うわぁ~」
「ユイの嬢ちゃんは美人だからな、ウルが惚れるのも分るぜ! 俺もあと十年ほど若ければなぁ~、ガハハハハハ!」
「アンタ……ちょっとこっちにきな!」
「若いもんはえぇ~のぅ」
「青春だねぇ~」
人、それを晒し者という。
想いに突き動かされ望んだ決闘だが、いつの間にか見世物と化していた。
結果的にそうなってしまったのだ。
「卑怯ですよ! こんな手で僕の動揺を誘うだなんて!!」
「俺のせいじゃねぇだろ! 朝っぱらからデカい声で騒いでたのはアンタだろうがぁ、人のせいにすんなぁ!!」
「え~……では、これより決闘を始めたいと思います。審判は僕が勤めますが、異論はないかい?」
「いや、なんでゼロスさんが仕切ってんだ? まぁ、良いけどよ……」
「色々と思うことはありますが、異論はありません……」
なぜか【黒の殲滅者】姿のおっさんは、マイク型拡声器を手にしながらも『ニヤリ』と笑いを浮かべる。
明らかに状況を楽しんでいる証拠だ。そして、高らかに声を張り上げ、司会進行を勝手に進める。
「OK、baby! 二人の糞野郎共の意気込みは分ったぁ、それじゃぁ準備の再確認をした後、指定位置について貰おうかい。野郎どもぉ、こいつは魔導士同士の決闘だぁ!」
「「「「「Ya―――――――――――s!!」」」」」
「なんか、納得できねぇものがあるんだけどさ……」
「こんな人にジャッジを任せて良いんだろうか? 今から代わって貰うべきでは?」
おっさんは、ノリノリだった。村人も盛り上がっていた。
一撃で勝負がついたらブーイングの嵐が起きそうな、なんともやりづらい雰囲気の中に晒されてしまう。
熱い勝負を期待した視線のプレッシャーが凄い。
「ゼロスさん……楽しそうだね?」
「多分だけど、あの人は引っ掻き回すのが好きなのよ。馬鹿騒ぎとかお祭りが大好きなのね」
「俊君も同じようなところがあるかな? たぶん、似たもの同士なんだと思う」
いつの間にか商品となったユイとリサ達は呆れていた。
類は友を呼ぶ。ストーカーにはストーカーの、愉快犯には愉快犯の友人ができるのだろう。
「そんじゃ、ルールを説明するぜぇ!」
「待て、待て! ルールって、ただ戦うんじゃないのか!?」
「なぜ、あなたが戦い方を決めているんですか! 僕は認めていませんよ!」
「Oh―……そんなことを言って良いのかい? ルールはどんなものにも必要だぜぃ! 決闘? 戦うだけ? 何を言ってるんだい? 普通に戦って、ウル坊やがアドちんに勝てるわけがないじゃないか。一方的な戦いを見て何が楽しい?」
「誰が、アドちんだぁ!!」
「楽しいって……僕達は見世物ではありませんよ! それに、なんで坊や扱いなんですか!!」
「フッ……それが分らないから坊やなのさ」
二人共に不満があるようだ。だが、決闘にはそれなりにルールがあるのも事実である。
騎士や貴族同士の決闘において、互いの威信を懸けた戦いには剣のみで戦うのが常識だ。
魔法や魔導具の使用は認められず、例外的にそうした道具の使用が認められるのは、実力差がはっきりしているときだけである。
「はっきり言おう。ウル君、君ではアド君に絶対勝てない。実力差が天と地ほどの差があり、【ファイアー】一発で消し炭になるだろうねぇ。それほど決定的な練度の差があるのだよ。
君レベルだと、アド君の前では戦略も意味をなさず、真っ向勝負でも簡単に蹴散らされる。圧倒的な火力の前に、君は為す術もなく敗北するだろう。手加減したところで、しばらくはベッドの上で過ごすことになるね。これは確定事項だ」
「何を馬鹿なことを……」
「残念だけどね、これは紛れもない事実だ。君は無謀にも上位レベル者に戦いを挑み、大衆の前で無残に敗北するのは目に見えている。そんなの……つまらないじゃないですか!」
「「なんて凶悪なほどに良い笑顔……」」
「『やってみなくちゃ分らない』なんて言葉は聞かないよ? なぜなら、アド君の職業は魔導士の上位職、【賢者】だからねぇ。魔法勝負なんて最初から勝ち目なんてないのさ」
事実である。
アドは最初から一撃で決着をつけるつもりであった。ウルもまた、イストール魔法学院を上位主席で卒業したことで、並みの魔導士よりは強い。
当然だが、彼は実戦においてもそれなりの実力を持ち、大抵の相手なら蹴散らせる自信もあった。
だが、今回ばかりは相手が悪い。職業が【賢者】と便宜上の【上位魔導士】では、その実力差は職業から来る補正効果を入れても圧倒的すぎる。
最初からフェアではないのだ。
「賢者だって!? 馬鹿を言わないで欲しい! そんな魔導士がいれば有名になるはず、僕を欺こうとするのもいい加減にしてくれ!!」
「賢者が存在しないと、なぜ君は言い切れるのかね? 君は、この世界に住むすべての人種を調べたわけではないだろ? それに賢者は隠れ住むものだ。有名にでもなれば、魔法研究なんて自由にできないじゃないか。国に仕えるなど煩わしい限りだし、不毛だ」
「百歩譲ったとして、そんな存在が堂々と人前に姿を見せるわけありませんね。ましてや彼は若すぎる」
「若いから賢者になれないと、君は言い切れるのかい? 君は僕達の何を知っているというのかな? 何も知らないだろう? ユイさんがどこで生まれたかすらも……」
「…………」
そう、ウルはユイどころか、アドを含む関係者が何者であるかを知らない。
知らないゆえに苛立ち、嫉妬し、憤り、考えなしに決闘を仕掛けた。
そんなことはお構いなしに、おっさんは淡々と話を続ける。
「決闘の様式において、ウル君には魔法効果を高める魔導具や魔法薬の使用を認める。対してアド君は魔法の使用を禁止し、【鉄の剣】による物理攻撃のみで対処して貰うよ?
あっ、反論は認めない。これはソリステア魔法王国で決められたルールであり、僕は公爵家と懇意な立場上、アンフェアな決闘を許したら罪になるんだよねぇ」
嘘である。決闘に対する法律は確かに存在するが、おっさんが罪に問われることはない。
ルールで縛ることで最悪の行動を防ぐのが目的である。
どうせやるのであれば、互いに納得できる形にした方が良いという判断も多少はあるが、六割ほどはつまらない試合など見たくはないとも思っていた。
「……そんなわけで、魔導具を使用するなら準備して欲しい。ちなみに法律だと、その手の類いは自前で用意することになっているから」
「なら、俺は剣だけでコイツを倒せば良いのか?」
「それでも、まだ足りない気がするねぇ……そうだ、【ロック・ピラー】!」
【ロック・ピラー】は土属性魔法で、本来は大型の魔物を腹の下から突き上げる攻撃である。
その魔法により、草原には岩で造られた二本の柱が天高く聳え立つ。
「あの柱を互いに守り、相手側の柱を崩すことが勝利条件。魔法の効力が切れて消滅するまでの間が制限時間とする。互いの攻撃と妨害は認めるよ? ただし、相手の殺害は認めない。
罠を仕掛けるのは認めるけど、決闘は互いが柱の前に辿り着いて準備が終えてからとする。OK?」
「要は、妨害や攻撃ありの棒倒しってところか。そのまんまだな」
「納得はしませんが、わかりました。実力差の話は信用できませんが、それで公平というのなら了承しますよ…………」
「あっ、陣地に罠を仕掛ける時だけアド君は魔法の使用を認めます。ただし、凶悪な魔法の使用は厳禁と言うことで。その間、壁を造って互いに見えないようにしますから」
「……なんか、ルールが気分次第で増えていってねぇか?」
アドはさほど気にしていなかったが、ウルは不承不承だが了解したという感じである。
別に親切心でこんなルールを決めたわけではないが、人の話を聞き入れないほど意固地になる彼に対し、おっさんは呆れた溜息を吐いた。
知らないことは愚かだが、幸せである。だが、この決闘によりウルは現実を知るだろう。
ゼロスは、互いの陣地が見えないよう【ガイア・コントロール】を使い、壁を作りつつ、もの凄く楽しげに笑うのであった。