おっさん、領主と会う
ツヴェイト・ヴァン・ソリステア、17歳。
彼はソリステア大公爵の長兄で、次期公爵候補と言われていた。
生まれながらに高い魔力を持ち、次期公爵といて相応しくなるべく研鑽を積んでいた努力家でもある。
性格は粗暴だが面倒見は良く、好き嫌いのはっきりと別れた言動は多くの味方と同時に、当然ながら敵も作る事が暫しあった。
そんな彼にも気に入らない存在が身近に存在している。
一つが彼の腹違いの弟であり、同時期に生まれた事から家督争いのライバルでもあるクロイサス。
常に冷静な物腰の態度を心掛け、口を開けば嫌味とすら聞こえる気障な言動が彼にとっては気に入らない。
まるで自分を小馬鹿にするような態度が癪に障り、何かにつけてぶつかり合う事が多かった。
もう一つは、いま彼の直ぐ傍で魔法式の分解解読作業に専念しているセレスティーナである。
これは彼らの父親でもあるデルサシスが、当時公爵家で女給をしていた女性に『思わず、ムラっときて』手を出したがために生まれた妾腹の子だった。
彼ら兄弟の母親である公爵夫人達はこの事実を知ると、真っ先にセレスティーナの母親を屋敷から追放させたのである。
これは、家督争いという面でこれ以上敵が増えるのを防ぐための手段である同時に、夫でもあるデルサシスの目を惹きつける彼女を出来るだけ遠ざけたかった目論見があった。
結果、彼女の身柄は祖父のクレストンが引き受け、生まれたのが女児であったがために溺愛してしまった。
その後、彼女は病で若くして他界し、セレスティーナはクレストンの男手一つで育てられたのである。
だが、母親譲りの彼女の姿は公爵夫人達には目障りであり、意味も無く目の敵にするようになった。
その影響は夫人達の子供でもある二人の兄弟にもモロに受け、幼い頃から陰湿な虐めをする様になり、セレスティーナは増々引き籠るようになる。
何よりも魔法が使えない事がその行為に拍車をかけたのも事実である。
ツヴェイトから見れば無能なくせに自分の妹である事が許せず、何よりも母親が毛嫌いしている事から影響を受け、何の疑問も抱かずに彼女を冷遇していた。
しかし、セレスティーナは才能が無かったわけでなく、当たり前だと思っていた魔法式が実は問題だらけの欠陥を抱えていただけと知る事になる。
彼が聞いた噂では、セレスティーナは魔法自体は発動が困難だったが座学では優秀。
魔導士としては落ち零れではあったが、他は全て優秀な成績を収めていただけに、決して無能では無いという事だ。
そして今、彼女の問題は全て解決してしまった。目の前にいる家庭教師でもある大賢者によって……。
「・・・・・てなわけで、ここの魔法式を解読すると『魔力流動を収束、必要魔力量は10~50』となる訳です。これは、魔法行使で必要な魔力の幅と制御できる限界の魔法量を示し、魔法式の限界魔力量としての意味合いもある。魔法式には予め決められた魔力が必要とされますが、それ以上の魔力を込めた所で威力は上がらず、むしろ余剰魔力は逆流して魔法式から拡散してしまう事になる……」
彼は正直、この大賢者が好きでは無かった。
だが、尊敬する祖父が認め、何よりも他を圧倒する実力者であるが故に利用しようと考えただけである。
つい数日程前の話ではだが……。
「それはつまり、その魔法式の必要魔力量幅を増減させれば、威力の強弱幅も変わると言う訳ですか?」
「ぶっちゃけて言ってしまえばそうですが、それほど簡単ではありませんよ? 魔力量が大きくなるという事は、同時にそれを貯え現象へと変換する魔法式の耐久力に影響を与えます。
どれほど魔力を込めても、魔法式を構築する魔法陣が脆弱では魔力は拡散するだけで意味は無い。更に言えば魔方陣崩壊から暴走現象を引き起こし、周囲に多大な被害が出る事になり兼ねません」
「難しいですね。必要魔力の他に、魔方陣の強度を上げる術式が必要となる訳ですか……」
「そのための積層型術式であり、二つの魔法式により魔力を循環させるのが【スペル・ライン】と云う物です。強大な魔法術式……例えば広範囲型の魔法ですが、積層型でないと可成り広大な広さが無いと魔法陣は構築できないのです」
予想以上の優秀さであった。
彼が、初めて他人で尊敬出来るに人物に出会ったのは、これが生まれて初めての出来事である。
何しろゼロスは権力者に媚びない。寧ろ敵対者には容赦なく戦いを挑む程に自分の生き方を尊重し、魔導士としての生き方に誇りを持っている(これは彼の思考内で些か誇張しています)。
実戦と実践による検証を行い、魔法の極みを歩き続けた格上の存在であった。
しかも尊敬する祖父が認める程の逸材である。
祖父であるクレストンは権力に固執した魔導士に対し、常々魔導士のあり方に異を唱えては各派閥に波紋を齎した。
これは、かつて所属していた派閥であるウィースラー派に裏切りと取られたが、実力差があり過ぎて暗殺や警告と云った真似が出来ないでいる。それ以前に王族の血縁関係にあり、迂闊に敵対できないのが現状でもある。
クレストンは『権力に固執する様な奴は魔導士では無い、己を高める事が魔導士に本来の姿だ』と言い切り、派閥に係る事を一切止め、小規模だが独自の派閥を作り上げた。
目の前のゼロスはそんな魔導士の理想を体現したような本物なのだ(と彼等は思っている)。
自らの稼ぎで研究し、わずかな無駄も許さずに理論と実践を繰り返してきた賢者である。
しかも実戦経験が豊富であり、戦場での生き方までも熟知する狂える叡智の探究者。
ゼロスに比べれば他の魔導士がいかに取るに足らないものであるかが、否応にでも分かってしまう。
「さて、他に何か質問は無いでしょうか?」
魔法文字すら解読する様な魔導士が、どうして優秀では無いと言えるだろうか。
彼の目には尊敬する祖父を凌駕すこのの魔導士が雲の上の存在として映り、自分がその足元にすら及ばないヒヨッコだと理解するには、この数日間指導を受けて充分に理解できてしまう。
明らかにイストール魔法学院の教師陣営よりも優秀で、それでいて派閥など意にも返さぬ傲慢なまでの愚かさが、気高く何よりも魔導士らしく見えた(あくまで彼の視点でだが)。
戦場を知り、幾多の戦いを繰り広げながら自身の研究を続けるなど、正気の沙汰では無い。
大半は貴族に取り入るか、国の機関に入る事が望ましいのだが、この魔導士はその何方でもない例外だったのである。
「魔法文字が解読出来るのは分かった。だが、個人で魔法を覚えられる数は異なるんだろ? どうやって自分に合った魔法を選べばいいんだ?
アンタの理屈では全属性魔法の得手不得手の垣根は存在せず、誰もが全ての魔法を覚えられる事になるが、実際は個人によって使う魔法は資質によって分かれ、現時点では属性派閥なんて連中も出てるんだぜ?」
「それは個人の好みの問題でしょう。実際僕は全属性魔法全てを使えますが、好んで使うのは風系統…それも雷系を使用しています。要するに、好みの魔法は死ぬ気で覚えますが、そうで無い物はおざなりに為りがちになると言う事ですね」
「覚えられるが使いこなせていない訳か。だが、潜在意識内に魔法式を刻むのにも限りがあるぞ?」
「それは術式系の構築幅が大きすぎるんですよ。無駄を省いて緻密にすれば魔方陣そのものは小さくなり、省略された分だけ魔法の数を覚える事が出来ます。要はどれだけ魔法式を理解し、それを上手く使うかが魔導士の腕の見せ所な訳だね」
「今研究中の魔法は魔方陣がコロッセオの面積分あるからな、確かに無駄だな」
「平面の魔法陣を使えばそう為るでしょう。しかも膨大な魔力を必要として、使い物に為らないんですよね?」
「見て来たように言うな、アンタ……」
「魔導士なら、一度は通る道ですからね」
この時点で、学院の魔導士たち全員がゼロスより格下という事が判明した。
最新の研究魔法は先もツヴェイトが述べた通りだが、ゼロスの魔法式は上下左右に立体化した見た事も無い術式であり、魔法文字の循環によって組まれた難解なパズル形式なのだ。
少なくとも、ゼロスの魔法は500年先は行っていた。
「一度は通るか……どんたけ先を行ってんだよ」
「さぁ? 僕は自身の研究を他人と比べる気は無いですよ? 興味は無いですし、他人に教える積もりも無いですから」
「自分で辿り着けって事か?」
「当然でしょう? 血反吐を吐く思いで辿り着いた研究成果を、何故他人に渡さなければ為らないんです?
何に使われるか分かったものじゃないですし、何より危険すぎます」
「俺達に教えるのは、飽く迄も初歩ってか? 自分で頂に辿り着けと言うのかよ」
「そうですよ? 僕の研究成果を知った所でどのみち、誰も使えませんからね。他者に渡す意味が無い」
ツヴェイトの背筋にゾクゾクとした感覚が走る。
これは恐怖によるものでは無く、寧ろ高揚感に近い物であろう。
ゼロスの言葉は要するに、自分専用の魔法であり他人が使える様な魔法では無いという事だ。
他人が使えない以上は、存在するだけの魔法は無意味なものと変わりはない。
この賢者は既に高みに存在し、ツヴェイトはそんな人物に魔法の神髄を教えて貰っている事実に、言いようの無い喜悦を感じたのである。
「君達は若い。それゆえに、これから先は自分自身の手で己を極めるしかないんですよ?
人から教えて貰って有頂天になっているのは、もはや停滞と同義だと覚えておいてください」
「俺自身の魔法は自分で生み出せってか? とんでもねぇな、教師の言う事じゃねぇぜ」
「基礎を知り尽くせば簡単ですよ? 後はいかに努力するかです。自身との戦い……理論と実践、魔導士は常に孤独なのです」
この数日で、ソリステア魔法王国の魔導士がいかに遅れているかを知った。
この賢者を知ってしまった今では、国中の魔導士達がどれほど盛大に勘違いしていかを痛感したのである。
魔法文字の意味、解読法、魔方陣の構築、自身と自然界の魔力操作、どれも知らなかった事ばかりなのだ。
更に実戦での心構えなどや、接近戦での技術を考えると、圧倒的な技量の差が良く解る。
「簡単…ね。俺にも出来るという事か?」
「出来ますよ? 後は本人の努力と、どれだけ世界の摂理を理解しているかに掛かっていますけど」
「楽しいじゃねぇか……こんなにワクワクする話は初めてだぜ。どんたけ教師連中は駄目だったんだよ」
粗暴だが、彼は魔法に関しては真摯である。
知らない事を知りたい。知っている事の先に何があるのか、その先が見たいのだ。
そのため真面目に講義を受け、その度に自分なりに検証している。
目の前に極みに辿り着き、それでも飽き足らずに研究を続ける魔導士がいる事に対し、その領域に辿り着いてみたいと思うのは魔導士の性と云う物だろう。
「さて、そろそろ時間ですね。続きの講義は明日にしましょう」
「えっ?! もう、ですか? 早いです……」
「かれこれ、三時間ほど延長してますよ? そろそろ休まないと、詰め込み過ぎても身に着きませんて」
「残念です。でも、明日が楽しみですね」
「近い内に二人には積層魔法陣に挑戦してもらいます。簡単な物ですから、気負わずに遊んでください」
こうして今日の講義は終わった。
ゼロスが退室した後も、セレスティーナは予習する事も忘れない。
そんな妹の姿に、ツヴェイトは驚きを隠せない。
以前なら自分に近付く事すらしなかったのだから……。
「なぁ……セレスティーナ……」
「何ですか? 兄様……」
「お前、凄く変わったな。 以前のお前なら、真っ先に俺から逃げ出していたぞ?」
「そうですね。ですが、今は私も魔法を使えます。先生程でも無いですけど、今の魔法の魔法式はおおよそなら解読できますよ?」
「とんでもねぇ魔導士だな、奴は……。お前が変わるのも良く解る」
ゼロスと比べれば、全ての魔導士は格下なのだ。
そんな最高峰の魔導士の教えを受けられるのは、魔導士を目指す者として名誉なのである。
しかも、今教えて貰っている授業は魔法式の構築法で、基礎に当たる物である。
それも、学院とは明らかに視点が異なる上に、実証された物なのだ。
「奴に比べれば俺は雑魚も良い所だ。賢者の弟子と云うのは、魔導士にとっては最高の名誉に値する」
「……兄様も弟子なのでは?」
「俺には派閥があるしなぁ~……あぁ~クソッ!! あんな派閥に入らなきゃ良かったぜ!!」
現在のウィースラー派は権力志向が強く、魔法研究など二の次だった。
そんな所に長くいたために、彼は精神的にも汚染されていたのである。
周囲にもてはやされ、増長し、その結果が手痛い失恋。
ある意味で洗脳されていたと言っても過言では無い。
「あそこは腐っていやがる。これは俺なりの忠告だ、学院に戻ったら注意しろ。奴等が派閥に引き入れようとするぞ?」
「・・・・・・珍しいですね? 兄様が私に忠告するなんて……初めてですよ?」
「俺だって馬鹿じゃねぇ! 今のお前は随分変わった。派閥連中が放っておけないくらいにな……」
「面倒ですね。私は派閥など何の価値も無いのですけど」
「全くだ。大賢者なんて化け物を知ったら、奴等なんかの講義など杜撰も良い所だ」
二人の数日間は濃厚であり、何よりも充足感があった。
今まで止まっていた物が一気に流れ出したかのように、二人の学習力は大いに跳ね上がったのである。
知れば知るほど魔法と云う物が面白く、基礎とは言えそれを学ぶ事に対して新たな発見が導き出される。
何よりも、疑問に思っていた事が解消され、新たな可能性を見れる事が楽しかった。
「学院になんか戻りたくねぇ~~~~っ!! ここにいた方がよっぽど研究が捗る」
「そうですね……。後、一ヶ月後には、戻らないと…いけないんですよね……」
ゼロスとの契約は二ヶ月。
約一月後には学院に戻り、つまらない講義を受けなければならない。
二人には時間の無駄遣いに思えていた。
「そう言えば、クロイサス兄様は戻って来ないのですか?」
「クロイサスぅ~? 奴は派閥の重鎮候補だからな、それなりに忙しいだろうし研究に明け暮れているだろうよ。無駄なのにな……」
「そうですね。無駄です……貴重な時間を無駄にしてますよ」
「やろう…『実家に戻るのですか? なら、父上に宜しく言っておいて下さい。それくらいは良いですよね? 実の兄なのですから……』なんて、人をメッセンジャーにしやがった!!」
「相変わらずですね……余程研究が好きなのでしょう」
次男のクロイサスは粗暴な兄を嫌っていた。
むしろ、関わり合いになる事すら時間の無駄と思っていた。
効率を優先し、何よりも研究に打ち込む姿は魔導士らしいと言えよう。
しかし、彼の言動がツヴェイトにとっても鼻に突くのだ。
「相変わらずだよ! あの気障野郎……だが、奴は運が悪い。ククク……」
「あぁ……確かに運が悪いですね。大賢者の教えを受けられないなんて……」
「だろ? 奴の顔を見る日が楽しみだ……」
敢えて例えるなら火と氷。
全く異なる性格なので、決して相容れぬ存在として互いに認識していたのだ。
「だが、あいつの姿勢は魔導士らしい…。考えさせられるな、最近は……」
「行動が先生に似ていますからね。けど……知識が足りない上に間違ってます…」
「そこが残念だな。俺にとっては嬉しい事だがよ。て、そうか…奴の事が気に入らないのは、クロイサスの野郎に似ているからか……」
「クロイサス兄様の事、そこまで嫌いなのですか?」
「大っ嫌いだ! いつか、あのスカした面に拳を叩き込んでやる!」
性格が合わないがゆえに対立し、その結果が公爵家の跡目争いの原因になっている事を彼は知らない。
彼も魔導士であり、他人の噂話なぞどうでも良いのだ。
そんな二人の兄の状況を考え、セレスティーナは溜息を吐く。
彼女はただ、内乱にならない事を祈るばかりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ゼロスは客用の応接間に来ていた。
理由は単純で、孫娘を溺愛する狂気的な老人クレストンに呼ばれたからである。
「フフフ……ついに…、ついにセレスティーナの装備が完成したのじゃ!!」
「豪くテンションが高いですね? その装備は此処に見当たりませんが?」
「嬉しくなって、ついセレスティーナに渡したわい。じきにに来るじゃろうが……」
「もう、試着させるのですか……行動が早すぎる…」
この老人はいつに無くハイテンションで、装備を纏った孫娘が来るのを待っていた。
クレストンが暴走すると、つい昔の口調に戻ってしまうゼロス。
「あんな安物の装備など、いつまでも着せられぬわい。何しろ、初めてあの子のために装備を作ったじゃからな」
「もう一人の孫の方は?」
「前に新調したやつがあるから別に良いじゃろう。男の装備なぞ武骨過ぎて美しくないからのぅ」
「・・・・・・清々しいまでに酷い爺さんですね…。不憫な・・・」
孫娘を溺愛し過ぎで依怙贔屓だ。
ツヴェイトが浮かばれない。
「今回は儂の小遣いを奮発し、素材から吟味させて最高の装備を用意したのじゃ」
「何の素材かは気になりますが、恐ろしく金が掛かっているのは理解していますよ……」
「当然じゃ! 可愛い孫娘の為なら、儂は魂すら悪魔に売り渡す!! 他人の命をじゃが……」
「清々しい程に外道な爺さんですね」
無茶苦茶である。
しかし、この老人は本心から言っているのだからタチが悪い。
恐らくだが、セレスティーナの為なら本気で悪魔に生贄を差し出すだろう。
罪深いまでに孫への愛情は業が深かった。
「いずれ嫁に行く身分なんですよ? その時はどうするんですか?」
「・・・・・・認めん・・・・そこいらの有象無象に可愛いティーナを嫁に出せるかっ!!」
「・・・・・・・行き遅れたらどうするんです?」
「その時は・・・・・・ゼロス殿に嫁に貰って貰おう。安心せい、この国では魔導士の男は一夫多妻じゃ!」
「何気に僕を巻き込まないでください」
とんでもない事を言いだす爺さんであった。
「なぁ~に…曾孫がデキたら、どこへなりとも消えて構わんぞ? 無論地獄でも……」
「種馬にした後に殺る気満々じゃないですか、返り討ちに遭う覚悟はありますか?」
「可愛い孫に手を出すのじゃ、その程度は覚悟して貰おう」
「清々しいまでに腐ってますね、ジジィ!!」
こと孫娘に関しては、どまでも外道な爺さんだった。
巻き込まれる身としては堪った物では無い。
むしろ理不尽過ぎる。
ゼロスのツッコミも、次第に遠慮が無くなって来ていた。
馬鹿な事を言い合っている間に隣の扉が開き、そこに真新しい武具を装備したセレスティーナが姿を現した。
白いドレス調の衣装の上から、白銀の光沢を持つ鋼のブレスプレートを装着、同色の片手用の盾を持ち、メイスに至っては簡単な装飾を施された一品である。
ガントレットやブーツに至るまで金細工が派手にならない様に施され、まるで戦場へ出陣するかのような仰々しさを感じてしまった。
「……あのぉ~……魔物を相手に実践訓練をするのですよね? こ、これは……」
「ミスリス繊維をアルケニーの糸と混ぜて織った装甲ドレスに、ミスリルと白蛇竜のスケイル・ブレスプレート。更に同系統のガントレットにブーツ……メイスに至ってはオリハルコンも混ざり、魔法杖としても使用可能。爺さん……アンタ、いくら使ったんです?」
「何の事じゃ? それほど大した額では無いぞい……」
「この装備……宝物級じゃないですか! しかも、思いっきり趣味に走ってますし」
「えっ?! えええええええええええええええええっ!? そんなに高価な装備なのですか?!」
素知らぬ顔をするクレストンだが、ゼロスの鑑定眼は誤魔化せない。
明らかに領地を一年間運営するだけの予算が使われている。
とても貴族だけの小遣いでどうにかなる代物では無い。
「爺さん……まさかとは思いますが、税金を着服していないですよね?」
「失礼なっ!! きちんと儂の金で作らせたわい……多少、宝物庫の貴金属を売ったがのぅ」
「宝物? 現領主殿の許可は取ったのか? こうした事は、相応の手続きが必要なんじゃないんですか?」
クレストンは思いっきり顔を逸らした。
つまりは無許可であり、隠居した身である以上は横領に値する。
どうやら孫娘のために犯罪に手を染めたようである。
「良いではないか……デルサシスの奴、護衛に七個師団は呼べぬ言いおった。ならば、娘の為にこの程度のはした金を用意しても構わんじゃろ?」
「護衛が更に増えてるじゃないですか。しかも、横領した上に反省すらしていない!!」
「ちゃんと儂が若い頃に貰った貴金属だけを選んだわい!! 其処まで落ちぶれてはおらぬわっ!!」
「手続きぐらいするべきです。巻き添え喰うのは貴方の孫娘ですよ!!」
「うっ?! しもうた……そこまでは考えが及ばんかった……」
「迂闊すぎるでしょ、どれだけギリギリの精神状態だったのですか!!」
普段の馬鹿丁寧な口調が完全に吹き飛ぶほどに、この老人の暴走は酷過ぎた。
例えいかなる理由が在ろうとも、正当な手続きは必要なのである。
この老人は、その過程を一気にすっ飛ばしたのだ。
「むぅ……これは不味い。仕方が無い……奴に頭を下げに行くか…」
「御爺様……いくらなんでも酷過ぎます」
「仕方が無いと言う時点で反省してませんね。自己中心的なのは魔導士らしいと言えますが、公爵家として見たら最悪でしょう」
「全くだ……父上にも困ったものだ」
「「「!?」」」
振り返れば其処に、ゼロスと同年代の身なりの良い中年紳士が立っていた。
先ほどの言葉から推測し、彼がセレスティーナとツヴェイトの父親であると判断する。
「直接会うのは初めてだったな。私がセレスティーナとツヴェイトの父で、そこの面倒な老人の子でもあるデルサシスだ。
其方の事は父に聞いている。随分と迷惑をかけているようだな。特に……そこのジジィが……」
「これはご丁寧に、僕はゼロス・マーリンと言います。領主殿はご苦労……なさっている様で……」
「この糞親父、無断で宝物庫の鍵を抉じ開け、中に保管されていた幾つかの貴重な魔石を売り払いやがった。
しかも念入りに痕跡を消して、アリバイ工作まで……。その所為で仕事がどれほど遅れたか……」
「爺さん……アンタ、何してんの?」
クレストン爺さんは滝の様な汗が流れている。
そんな放蕩老人を冷たい目で見据える現当主デルサシス。
「な、なぜわかった……? 証拠は…残さなかった筈だ……」
「アリバイ工作が裏目に出ましたな。時間的に無理な状況な上に、距離時にも些か不審な所がありましたからな。念入りに調べたら、まさか替え玉を用意するとは……金で雇われたと白状しましたよ」
「クッ……やはりあの酒場は距離的に…しかも、奴め裏切りよったか!!」
「言いたい事はそれだけですか? あなたの所為で警備担当をしていた者が自殺未遂を起こしたのですよ? 責任は取ってもらわねば……」
「有象無象がどうなろうが知った事か!」
反省の色が全くない。
それどころか、さも当然のごとく超然とした態度である。
見方を変えれば開き直っているとも言える。
「ハァ……。まぁ、私の火遊びが原因だから、あまり責める事が出来ないのだが…できれば手続きぐらいして貰いたかったものだ。でなければ、こんな騒ぎにならなかったものを……」
「確かに……善く善く考えればこの爺さんがこうなった原因はそうですが、時に火遊びを止める気は無いのですか?」
「無いな。心に悲しみを背負う女に喜びを与えるのが、私の使命だ!」
「この親にして、この子ありか……似た者親子」
「御爺様……何も、そこまでしなくとも……」
セレスティーナにしてみれば、自分の所為で自殺未遂を起こした者が居た事になる。
それも、彼女のために仕出かした祖父の暴走が原因でだ。
「見なさい。セレスティーナが傷ついてるでは無いですか、父上の暴走の所為で……」
「うぐっ? ……確かに、些かやり過ぎたやも知れん……。じゃが……宝物庫の警備兵は、妻が浮気している事で悩んどったらしいぞ?」
「醜聞の問題です……自殺未遂の本当の理由は問題ではありませんよ。そんな訳で父上、後始末はきちんとしてください。私はやりませんよ? 父上の暴走が原因なのですからな」
「仕方が無い……不本意じゃが、後始末をして来るか……チッ…」
「舌打ちしましたよ、このジジィ……。しかも、嫌々じゃないですか……」
既にに言葉使いが完全に悪くなっているゼロス。
この老人に対しては最早、遠慮する気は無い様である。
「いったい、何を売り払ったんですか?」
「ワイヴァ―ンの魔石を2個だ。手のひらサイズの貴重な魔石で、コレを手に入れる事など今では不可能に近い」
「ワイヴァ―ン程度が……ですか? ありますよ? ワイヴァ―ンの魔石が……」
「何っ?! ぜひ譲ってくれ、流石に私も実の親が処刑される所など見たくは無い」
「良いですが……爺さん、貸一つですよ?」
「うぬぅ~……仕方が無いのぅ。世話になろう……」
前段階を踏んでいれば、こんな事態にはならなかったのだが、それでもこの老人の態度は頑なであった。
こと孫娘が係ると修羅になるようである。
ゼロスは溜息吐きながらもインベントリーを操作し、ワイヴァ―ンの魔石を3つ取り出して手渡した。
この場のにいる三人の表情が固まる。
「なっ?! 何と大きな……保管されていた物の倍はあるぞ!?」
「ぬぅ……流石ファーフラン大深緑地帯、これ程の魔石が在るとは……」
「せ、先生が倒したのは話に聞きましたが、これほど大きな魔石のワイヴァ―ンて……」
「元はタダですし、遠慮はいらないですよ? 後四つほどありますし」
三人は絶句する。
それはつまり、7頭のワイヴァ―ンと正面から戦い、その上で倒した事を意味する。
元々群れで狩りをする魔物なので、1頭だけというのはありえず、大半の傭兵は集団戦で多大な犠牲者を出す程なのだ。
同時にそれは、目の前の魔導士一人でそれだけの戦力に匹敵する事を意味する。
「……恩に着る、大賢者よ。この埋め合わせは必ずさせよう、この馬鹿親父にも……」
「地位も名誉もいらないので、土地を下さい。農業が出来るていどの細やかな物で良いですよ?」
「あっ……そう言えば土地の事があったな。最近ゴタゴタが続いていたゆえに忘れていた……」
「ドジじゃのぅ、デルサシス……」
「誰の所為だと思ってんだ、この糞ジジィ……」
この爺さんが原因だった様だ。
「手配はまだだがこの糞親父と娘を救ってくれた礼だ。この別邸の一角を切り開いて、そなたの土地として譲渡しよう。序でに家もな」
「ありがとうございます。やっと……やっと宿無しから卒業できる……。長かった……」
「例の【絶叫教会】の裏手の方が都合が良かろう? 周りは我が領地であるし、静かに暮らせるとは思うがそれで良いか?」
「家が手に入るなら多少の事は気にしませんよ。無職宿無しなんて体裁が悪いですから……て、絶叫教会?!」
「わかった。館に戻り次第、直ぐに手配しよう。知らぬのか? 最近話題になっておるぞ。 悲鳴の飛び交う悪夢の教会とな」
孤児院がまさか、変な二つ名が付けられているとは思わなかった。
しかも領主にまで噂が伝わっている。
マンドラゴラの栽培は世間体にはかなり悪すぎた様である。
それは兎も角、デルサシスは意外に話の通じる領主であった。
これで女癖が悪くなければ良いのだが、本人は火遊びを止める気は更々無い。
そんな彼は踵を返し、直ぐに部屋を出ようとする。
「では父上、私はまだ仕事がありますので帰りますが、くれぐれも面倒は起こさないでくださいよ?」
「解っておる! 今回は少しやり過ぎたわい……チッ……(次は足がつかぬようにせねば……)」
「「このジジィ……全然懲りてねぇな!!」」
細やかな時間の領主との邂逅であった。
何にせよ、ゼロスはやっと念願の土地と家を手に入れる事になる。
まだ少し先の話だが、その家がこれからの活動拠点となるのである。
「そう言えば、ツヴェイトの奴が見当たりませんな。何をしているんです?」
「「「あれ?! そう言えば、今日は見かけていないなぁ~?」」」
ツヴェイト君は忘れ去られていた。
そんな彼が何をしているのかと云えば……
「ハハハ♪ 解る! 成程、これが魔法式の解読か!! 楽しいじゃねぇか、こんなのは久しぶりだ♪」
……上機嫌で魔法式の解読を実践していた。
普段の態度はどうあれ、彼は優秀で真面目な魔導士なのである。
この日より三日後、彼等はファーフラン大深緑地帯に出発する事になる。
魔物がうろつく大森林で、実戦訓練と言う名のブートキャンプが始まるのであった。