おっさん一行、ハサムの村に到着す
オーラス大河を渡し船で渡り、再び街道を[アジ・ダカーハ】と【軽ワゴン】で走り抜けるゼロス一行。
街道をバイクや軽ワゴンで走るのは目立つため、街からある程度距離でインベントリー内に格納、使用時に取り出すを繰り返す面倒な手順を踏んでいた。気分はどこぞの青いロボットだ。
ハサムの村までは農村を幾つも通り越し、ファーフラン街道へと向かうルートが最短である。それでも面倒なことに遭遇しやすい。
「【ファイァーボール】」
「うぎゃぁあああああああああああっ!!」
ちょうど盗賊と出くわし、たった今壊滅させたところであった。
時間にしても五分と掛からない。こうした犯罪者は相手の力量を見極めるなど思わず、その時の勢いに任せて襲ってくることがほとんどだ。
蛮勇と言うべきか、身の程知らずと言うべきか、後悔するときは既に瀕死の状態である。
衛兵に突き出すにも砦や街は遠く、速やかに排除したあと死体は骨すら残らないように焼き尽くすか、或いは深い穴を掘り埋めることが常識である。
盗賊の死体が疫病の温床や魔物の餌になってしまうからだ。
「終わったな」
「真面目に働いていれば死ぬこともないのに、なんでこんな連中がいるんですかねぇ。迷惑この上ない」
「真面目に働ける奴が、犯罪者に身を落とすとは思えないんだけど? むしろ、働けない連中だから犯罪に走ったんじゃね?」
「卵が先か、ニワトリが先か……。どちらにしても、邪魔な連中であることは変わらないんだけどねぇ」
「同感」
十人ほどいた盗賊達は、全員が地面の黒いシミとなっていた。
盗賊に身を落とす者達のほとんどが農村の次男坊や三男、家督すら継げない商人の次男など、先行きを見通せない者達で占められる。
農村であれば一応開拓という仕事もあるが、面倒事から逃げ続け最終的に落ちぶれた者達だ。自業自得なのだが、その鬱憤を商人や旅人に向けるのだから悪質である。
無論、こうした連中に対しての自衛目的で殺傷許可が国で認められている。
数の暴力は確かに有効であるが、所詮は素人同然の者達だ。まともに戦えるわけがない。
問題はその盗賊に傭兵崩れが加わることで、ある程度実戦を経験した者がいるだけで難易度が変わってくる。動きが組織的になるからだ。
そして、今倒した盗賊の中にも傭兵崩れがいた。
「仕事もせずに犯罪者に堕ちた傭兵も無様だねぇ。遣りようによっては盗賊稼業よりは儲かるでしょうに」
「……人を殺しておいて言うのもなんだけど、容赦ねぇな」
「他人を殺すような連中は、殺される覚悟もあるわけでしょ。なら遠慮するのは失礼だと思う。誠心誠意をもって排除すべきだ」
「いやいや、死にたがるヤツなんていねぇよ!? そんな覚悟が最初からあるなら、盗賊なんかになってねぇだろ!?」
「どちらにしても、命の奪い合いに参加した時点で同情の余地はない。相手の力量すら分らないようなら、最初から盗賊稼業なんかやめれば良かったんですよ」
「死人に口なしじゃねぇか。生前に言ってやるべきだろ」
盗賊のほとんどが、『楽をして儲ける』が目的である。
他人から金品を奪い、その行為が次第にエスカレートして殺人に変わるのだ。
しかも半ば素人であるだけに、中途半端な仏心は命取りになりかねない。素人の犯罪者は何をしでかすか分らない怖さがある。
ある意味で、手練れの方が目的ははっきり分別しており、無駄な行動は一切行わない。
厄介なのは組織立つ手練れだが、タチの悪さは素人の方が断然上なのである。そうした弱小犯罪者の数が圧倒的に多かった。
「主義主張もなく、信念も持たない。その場の勢いだけで行動する犯罪者の方が面倒なんですよ」
「まぁ、そうだけど、信念のある犯罪者の方が厄介じゃね? それより皆殺しにする必要はあったのか?」
「殲滅させられたと広まれば、この辺りもしばらくは安全になる。被害者を減らすためにも過剰防衛は有効なんだ。別に人殺しを容認するわけではないですがね」
街道での盗賊被害は少なくはない。一人旅などしようものなら真っ先に狙われる。
突発的な衝動犯罪から計画的な襲撃まで、取り締まる側は頭の痛い問題だ。
ゼロス達が襲撃を受けたのも、休憩中で食事の準備を始めていたときだ。食べ終わっていたら酷いことになっていただろう。
シャクティは青い顔をしてうずくまり、リサは失神していた。人が死ぬ現場を間近で見たのだから仕方があるまい。
「シャクティさんは意外に大丈夫みたいだねぇ。まぁ、襲撃を受けた最中に失神でもされでもしたら命取りになるが……」
「私達も何度か盗賊に襲われたことがあるわ。リサはそのたびに失神するけど、少なくとも攻撃されている最中に倒れたのは見ないわね」
「頑張ってはいるのだろうけど、心では拒否感がある訳か。殺しに来る相手に手加減するのはやめた方がいいですよ? 衛兵や騎士団がいつも巡回しているわけではないですからねぇ」
「身を守るために殺すのは仕方がないと思うわ。女性がどんな目に遭うか予想はつくし、法律なんて何の力もないことも理解してるから」
人を殺すことに慣れろとまでは言わない。
だが、殺すことに対して躊躇えば、逆に自分達が殺される。
やろうと思えば誰一人殺すことなく制圧できるが、中途半端な善意で盗賊を生かせば、犯罪歴次第では数年で釈放され再犯する恐れがある。
まして、衛兵や騎士が待機する街や砦が近くにあるわけではない。捕らえて連行するよりはその場で始末した方が楽なのである。
元より盗賊に身を落とすような者達が反省するわけでもなく、生き延びれば逆恨みをし、下手をすれば犯行の手口が狡猾になりかねない。
人間は良くも悪くも学習する生き物だ。被害を最小限にするにも、皆殺しは最優先であった。
「殺すことに罪悪感を覚えるのは、それだけまともだと言うことだよ。僕はこうした連中に対して躊躇いなんてありませんから」
「それ、自分がイカレていることを自覚しているってことか?」
「さてねぇ~。身近に腐れたヤツがいましたから、同類を殺すことに躊躇いはないかな。人様に迷惑を掛けるような連中など、死んで当然なんじゃないかね?」
「どうしようもない悪党が身近に存在していたのね。どんな人なのか気になるけど……」
「一言で言うなら寄生虫かな。存在自体が猛毒な最低の女ですよ。ちなみにこの世界に来ていましてねぇ、今度再会したら引導を渡そうかと思っています」
おっさんの言葉で、シャクティは大凡の見当がついてしまった。
ゼロスは基本的には善人である。いや、行動にいささか問題はあるが、好き好んで犯罪に手を染める人物ではない。
それが殺したいと言うような相手は親族であり、散々迷惑を被ってきたのだと推測する。そんな関係の二人がこの世界に来たらどうなるか?
答えは『遠慮がなくなる』である。
地球では国によっても異なるが、法律が必ず存在する。その法律は大抵犯罪者でも人権が守られ、捕らえられた犯罪者の中には再び犯罪に手を染める者が多いことも確かだ。
長い間、刑務所で拘置され、出所して直ぐに再犯を犯す者も少なくない。
逆に罪を犯す手口が巧妙になり、中には一生捕まらない者達も存在していた。中途半端な人権保護が犯罪者を増長させるのだろう。
法律を学び、科学捜査を学び、綿密に計画を立て警察の捜査を欺く。
計画的に犯罪を行う者は再び罪を犯す。衝動的に犯行を行った者は、その人格によって二つに分かれる。
慎ましく普通に生きるか、再び衝動的に――或いは計画的に罪を犯すかだ。ほんの些細なことで手を上げるような者は、再び傷害事件を引き起こす可能性が高い。
無論、すべての犯罪者がそうだとは言わないが、再犯率が高いことは確かであろう。
なによりも寄生虫と言った。つまりは働きもせず他人の金をあてにし、自分は悠々自適に過ごす社会不適合者だ。
ゼロスは必要に迫られれば別だが、他人を害するようなことはない。そんな人物が遠慮なく引導を渡すと言うような人物だ。よほどの悪党なのだろう。
そして、反省することもなく逆恨みするような身勝手な人物ではと想像する。
シャクティは弁護士を目指していたので、過去の犯罪や裁判を調べ資料としていた。そこから推測したのだが見事に的中していた。
「身内って……姉弟?」
「ご名答。血が繋がっているからこそ、存在自体が許せんのですよ。奴は必ず姿を現す……その時は、フフフ……」
「なるほど……(怖っ!)」
ゼロスの姉弟関係は知らないが、存在自体が許せなくなるほどの怒りを内に秘めていた。
そんな人物が異世界に来れば、殺意を抑えられないことだろう。
まして、この異世界は科学捜査のような優れた捜査技術が存在しない。やろうと思えば後腐れなく始末できるのだ。
完全犯罪などやりたい放題。許可を得れば復讐することも認められるほどだ。
決闘や仇討ちが認められる世界で遠慮する必要はどこにもない。まして殺したいほど憎くんでいるとなれば、躊躇いなど微塵もないだろう。
ある意味では、ゼロスに最も適した世界とも言えた。レベルが最高位である大賢者に狙われる。これほど恐ろしいことは他にない。
その恐怖を思うと、シャクティは背筋に冷たいものを感じた。
『私だったら間違いなく近づかないわね。でも、この言い方からすると、必ず自分の元に姿を現すと確信している。ゼロスさんのお姉さんは学習しない馬鹿なのかしら?』
またも正解を当てていた。
シャランラは学習しない馬鹿である。
「なぁ、場所を変えないか? さすがに、人が死んだ場所で飯を食う気にはなれないんだが」
「……確かに。じゃぁ、湧き水を汲んだ後に、どこかの開けた場所で昼食にしようか。ここは火葬場の臭いがしますしねぇ」
「嫌なことを言うなぁ~……。確かに火葬だけどさ」
しかも生きながらに、だ。
たとえ盗賊とはいえど、人が死んだ場所で食事を摂る気にはなれない。
一行は場所を移動することに決め、手早く準備を済ませるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れに差し掛かるころ、ゼロス達はハサムの村に到着した。
村人達は既に畑仕事を終え、或いは片付けを始め畑から家に戻る頃合いである。
「ようやく着いたか……まさか、盗賊に三度も襲撃されるとは……」
「新記録ね」
「うぅ……あの人達の死に顔が忘れられないよぉ~……」
「他人を殺して金品を強奪するような輩の顔なんか、覚えておく必要なんてないと思いますがねぇ。どうせ死罪か奴隷落ちなんですから」
「マジで適応力がパネェ……。少し羨ましい」
涼しい顔で盗賊を殲滅したゼロス。
なによりも驚いたのがコッコ達の異様な強さだった。
「ゼロスさん、このコッコ達……おかしくね? むちゃくちゃ強いんだが……」
「鍛えてますから、雑兵ごとき蹴散らしますよ。所詮この世は弱肉強食、強者に負けたのだから盗賊達も満足でしょう」
「めっちゃ、恨んでそうだけどな……。死霊になったりしないよな?」
「その時は、浄化して始末をつけましょう。レベルの低い神官にはちょうど良い経験値になるだろうさ」
「う、浮かばれねぇ……」
身の程を知らずに強者に挑み、返り討ちになった盗賊。
死んだら死んだで、神官職の経験値として浄化される。なんとも嫌な人生である。
自業自得なのだから仕方がないかも知れないが、アド達は異世界が別の意味で途轍もなく危険な世界に思えてならなかった。いくら摂理であっても酷すぎる。
罪を犯した者に罰は必要だが、これはあんまりな死に方だった。
「コケッ?(身の程知らずが、死んだだけだぞ?)」
「コケコケ(死にたくなければ、最初から罪など犯さなければ良いのだ)」
「ケッコケッコケ(愚か者が死んだだけだ。気に病む必要は皆無)」
「いや、確かにそうだけど……。あれ? なんでこいつらの言葉が分るんだ?」
『アド君も、か……。誰もが通る道なのか?』
なぜか、コッコ達の言葉が理解できてしまうアド。
ゼロスも最初は戸惑うこともあったが、今ではすっかり慣れてしまった。
困惑するアドを眺めながらも、おっさんは妙に懐かしい気持ちになるのであった。
「それじゃぁ、後を着いてきてください。村長宅はこっちですよ」
「なんか……妙に緊張してきた」
『『あれ? 私達……なにか大事なことを忘れてない?』』
先導するゼロスの後をついて行きつつも、アド達の心には妙な不安が渦巻いていた。
そんなことを気にせず、ゼロスは村の中心にある村長宅へ三人を案内する。
村長宅は、村の中心にある広場の前にあり、ハサム村で唯一大きな建物だ。
建物が大きい理由は、ハサム村は東西南北それぞれの畑を管理する代表格がおり、村長を含め五人で会議をおこなう。
また、集会を行うため、あえて大きな建物になっていた。
「さて、村長はいるかな?」
おっさんは気軽にドアをノックした。
ほどなくして、扉の奥から『ハ~イ』と声が聞こえると、静かにドアが開かれ、見知らぬ青年が出迎えてくれた。
「あれ? 村長じゃない……」
「祖父ですか? 祖父なら、最近になって持病のギックリ腰が再発しまして、療養に行ってますよ? ところで、あなた方は……」
「失礼、この家でお世話になっているユイさんの知人ですよ。旦那を見つけたので、連行……もとい、案内してきました」
「……えっ? 彼女の旦那さん、見つかったんですか!?」
「それはもう、意外な場所で偶然で会いましてね。強制連行してきました。ははは!」
「ゼロスさん……。俺は犯罪者かなにか、か?」
出迎えた青年は村長の孫で、名をウルと言った。
イストール魔法学院の卒業生であり、今は近場の街や村を廻り、薬を売る薬剤師のような仕事をしているらしい。
彼に招かれ家の中に入ると、そこにはユイがイスに座り、毛糸で靴下を編んでいた。
お腹も以前に比べて大きくなり、近いうちに出産するかも知れない。
「お久しぶりですね、ユイさん」
「ゼロスさん!? どうしたんですか、あっ、もしかして……」
「えぇ、アド君を見つけたので、連れてきました。あっ、そんなに急いで立ち上がると体に障りますよ?」
急いで立ち上がろうとしたユイを、ゼロスはやんわりと引き留める。
身重の体で無理をさせるわけにはいかない。
「ユイ……」
「と、俊君……っ!?」
ユイはアドの姿を確認して、一瞬だが喜びの表情を浮かべた。
だが、アドの後ろに続くリサとシャクティを確認したと同時に、もの凄い早さで何かを投げつけてきた。
ソレは高速でアドに迫り、殺意を感じたアドがわずかに首を反らして避けると、『ザシュッ!!』という音と共に壁に突き刺さる。
刺さっていたのは【刺身包丁】だった。
「俊君……その二人は誰かな? まさか、私がいないことを良いことに浮気……」
「ご、誤解だぁ!? たまたま同じ国に流れ着いて、共闘している仲間だ!」
「ふぅ~ん……それにしては、仲が良さそうだよね?」
「なんでそんなに邪推すんだよぉ、俺はそんなに信用がないか!?」
「俊君も男の子だし、万が一のことも……うふふふふふ」
ドス黒い殺意がユイの体から沸き上がっていた。
「私達、そんな関係じゃないからぁ!!」
「そうよ。さすがに重度の方向音痴で、探すのに手を焼くような人はちょっと……」
「それは、方向音痴の俊君と婚約している私もディスられてる? 遠回しに馬鹿にされているのかな?」
「「滅相もございません……」」
ユイにとって、アドに近づく女性はすべて敵のようであった。
確かにアド、普通に見てもイケメンである。街で普通に暮らせば、言い寄ってくる女性はそれなりに多いことだろう。
そうした女性は殲滅対象であり、たとえ恋愛関係がなかったとしても、アドの傍にいることすら許すことができない。
かなり重い愛であった。
「……この包丁、テッドが製作した【妖刀】、【利亜獣滅術死七点セット】じゃないか。なんでユイさんが持っているんですか?」
「あぁ……実は、テッドの奴はリアルで知り合いだったんだ。妊娠が分って【ソード・アンド・ソーサリス】でデートするようになった頃、あの馬鹿にいつのまにかプレゼントされていた」
「これ、食材に致死性の毒を付与する呪いが掛けられてたはずだが? ついでに【大嫉妬】の効果で、近くにいるカップルを刺したくなる呪いも……」
「おかげで、俺はユイに刺されて死に戻った。あいつ、高校の時にユイに振られた腹いせで、俺を狙ってきやがったんだよ……」
「最近、テッドと険悪だった理由がソレですか。会う度に鍔迫り合いになってたねぇ……」
【殲滅者】の一人、テッド・デッド。
彼はアドの後輩で高校生の時ユイに告白し、見事玉砕して引きこもりになった。
彼はリアルでもイケメンで、成績優秀の上にスポーツ万能。女生徒から告白されること数知れず。そんな彼はたった一度の失恋で人生が変わった。
【ソード・アンド・ソーサリス】では、互いにリアルの話は一切したことがなかったが、偶然ユイを紹介したときに彼女はうっかりリアルの情報を漏らしてしまう。
それがきっかけで、アドとテッドは顔を合わせるたびに、殺し合いに発展するようになったらしい。
「……世界は狭いなぁ~。まさか、リアルの知り合いと偶然に出会うとは……」
「あいつ、二学期の終わり頃にいきなり難癖をつけてきてなぁ~……。それまでダチだったんだけど、嫌な奴に変わりやがった。その後、高校に来なくなってそれっきりだっんだが…」
「ユイさん、テッド……彼になんて言って振ったんですか?」
「えっ? 普通に、『私は、俊君以外は興味ありません。ところで、今の内に既成事実を作りたいと思うのですが、何か良い方法はありませんか?』だったと思います」
「「告白してきた相手を振った上に、逆に既成事実の作り方を請うたのか!?」」
それだけアドが愛されていたという話だが、高校の時にこのような話をしているのだから、結婚を考えていたのはだいぶ前と言うことになる。
要は、幼い頃に既にロックオンされ、常にスナイパーライフルで狙われているようなものだ。そして見事ハートを狙撃されたアド君。
そんな二人を遠目で見ていたテッド・デッドのことを思うと、なんだかやるせない。
「引きこもりになるほど本気だったみたいだし、アイツも不憫だな。ユイも罪なことをする……」
「君に言われても、怒りしか湧いてこないだろうけどねぇ。他にもなんと言ったのか気になるところだが……」
「後は、そうですね……。『私には、好きな人がいます。その人以外すべてゴミに見えますよ。焼却炉で燃やしたらすっきりしそうですよね?』でしょうか……」
「「告白した相手をゴミ扱い!? 思春期の少年にそれは酷い……」」
「他にも、『話をしたこともない人に、いきなり告白されても気持ちが悪いだけですよ? 教室で声すら掛けてこなかったのに、いきなり告白されてもつきあえるわけがないじゃないですか』だと思います」
告白にはいくつかパターンがある。
良く話をする友人同士から恋愛に発展する場合と、話をしたことすらない相手にいきなり告白するかされる場合だ。前者はともかく後者は中々に難易度が高い。
互いが気になる相手同士ならまだしも、クラスで顔を合わせる程度のモブであった場合、告白したところで振られるのは確実である。
テッド・デッドはクラス中の女子と良く話をする社交性があったらしいが、ユイはその枠組みの外にいた。それ以前に最初からテッドのことは眼中になかった。
問題は、ユイの見た目がテッドのモロ好みのタイプであったことだ。
最初からアドしか見ていなかった彼女からすればゴミ以下、綺麗な言い方をすれば空気だ。テッドがなまじ社交性が高かったばかりに、クラスから浮いた存在であるユイが奥ゆかしい子に見えたのかも知れない。
恥ずかしがって、自分に進んで話しかける事ができないと思い込んでいた。ある意味では傲慢とも自惚れであったとも言える。
そして、その想いがテッドの一方的な勘違いだと判明したばかりか、逆に既成事実の作り方を聞かれ、更にゴミ扱い。ついでに気持ち悪いとまで言われたら立ち直れないだろう。
タチが悪いことに、ユイは思っていたことを言っただけで悪気が全くなかった。
だが、何気に言った言葉も、受け捉える側しだいでは凶器となる。
本気の初恋相手に『眼中にない』と言われたのだ。引きこもりになるほどだったのだから、かなりのショックであったに違いない。
「ユイさん……。君は、思っていたことを言葉にしただけなのかも知れないけど……」
「あぁ、マジで惚れていた相手にそんなことを言われたら、俺だったら立ち直れないぞ?」
「でも、好きでもない相手に告白されても困るだけだよ? そう言えば、テッドさんの本名を覚えてない。たしか、俊君の同級生だったんだよね?」
『『テッド……哀れな奴……』』
完全に忘れ去られていた。
本気かどうかという心の問題を通り越し、完全にテッドの一方通行。
ユイはアドにしか興味がなく、それ以外は完全に記憶からシャットアウトしていたのだ。恋愛として成立しないどころか勝手に自滅したことになる。
彼女の言い方にも問題はあるものの、本心で悪気もなく言われた言葉が思春期の心を完膚なきまでに破壊したわけで、元からテッドに脈などなかったとはいえ不憫である。
その結果、アドが【ソード・アンド・ソーサリス】で嫌がらせを受けることとなった。彼も不憫な立場である。
「あの……ユイさん? あなたは、もう少し言葉を選ぶべきだったのではないかしら?」
「私が悪いのでしょうか? ただ思ったことを言っただけですよ?」
「そうかも知れないけど、普通に『好きな人がいます』だけで良かったんじゃないかな?」
「そう言われても、彼は『幼馴染みとの間に恋愛は成立しない。近しい相手同士は兄妹みたいな認識を持っているはず、諦めた方が良い』とか言い出したんですよ? なんか頭にきて、つい……」
『『テッド……その意見は間違いではないが、絶対でもないぞ。暴発しやがったか……』』
どうやら、テッドの方にも少し問題があったようである。
あっさり振られても彼なりに必死だったようだが、ユイからしてみれば余計なお世話以外のなにものでもない。眼中にない相手から言われれば多少なりとも頭にくるだろう。
素直に思ったことを言われた結果が酷い。
テッドは失恋ショックで引きこもり、やがて【ソード・アンド・ソーサリス】の世界に嵌まり、呪いのアイテムに傾倒していった。
「アイツ、いつまでもウジウジしてないで、いい加減に吹っ切れば良いのになぁ……。俺に八つ当たりは筋違いだろ」
「そうだねぇ。けど、未だに未練があるんだと思うよ? 彼は固執するタイプだから、ユイさんのことが忘れられないのだろう。その思いがアド君に怒りとなって向けられた」
「迷惑な話ですね。私はおつきあいの告白を断っただけですよ? その時点で既に結論は出ているはずです」
「確かにそうなんだが……。なんだろうねぇ~、少しモヤモヤしますよ」
どちらも悪い訳ではないのに、釈然としないものがそこにあった。
確かにユイとテッドの間には何もない。告白を断られた時点で終了している。
しかし、人の心はままならないものであることも確かだ。フンギリがつくまで時間が掛かることもある。
だが、テッドは引きこもり、世間の流れから距離を置いてしまった。
彼の時間は中学生の時で止まっているのだろう。
「お話は終わりましたか? お茶をご用意したんですが」
「あっ、どうも……」
トレイにカップやポットを乗せ、ウルはニコニコ微笑みながら奥から現れる。
なんとも言いがたい空気が、一時的にではあるが緩和した。
お茶をしながらも自己紹介から始まり、和やかムードで近況報告にはいるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「イサラス王国……。そんなに貧しい国なの? 俊君……」
「あぁ、食糧事情がかなり深刻だな。外交面でも弱腰だし、メーティス聖法神国の言いなりになりかけてた」
「山岳地帯であったことが救いよね。貴重な薬草が群生している場所が結構あったし、病気になった人達に回す薬が確保できたわ」
「採取にいくのが大変だったよね。ほとんどが岸壁だったし、命懸け……」
山岳部は食料面では苦しい生活であったが、それでも生きていけないこともない。
特に薬草は希少種のほとんどが危険な場所に群生していることが多く、たった一本の薬草でも一攫千金が狙える。
問題は、その貴重な薬草採取を行うにも相応のレベルが必要で、ついでに魔物を倒せる実力者でなければならない。
「結構、死体が多く転がっていたけどな……」
「少しでもお金を稼ごうとしたんだろうけど、力が足りずに死んでいく人が多いのよ。飢えて死ぬか、危険に飛び込むかの選択しかない国ね。鉱物資源も安く買い叩かれてたわ」
「魔物に殺されちゃった人達も多いし、生きて帰れても働けないようなケガをしていたよね。家畜を襲う魔物も死にものぐるいだし」
人口が少なく、周囲には山に囲まれた国。
鉱物資源が主な収入源だが、最近までは足下を見られ安く買い叩かれていた。
放牧だけでは生きるのが精一杯で、街に入れば職にあぶれた者達による犯罪が横行していた。お世辞にも治安の良い国ではない。
「【虹ユリ】や【氷華草】は稀少だけど、岸壁に生える薬草だからねぇ。取りやすい場所は、あらかた刈り尽くしたんじゃないですか?」
「そうなんだよなぁ~。あの手の僻地に生える薬草って、大抵は専用の容器や道具が必要だったりするんだ。何も知らない連中が片っ端から金目的で引っこ抜くから、必要なときに採取できねぇ」
「私も危うく谷底に落ちそうになったわ。アドさんがいなかったら……」
「いなかったら?」
シャクティの言葉に反応し、にこやかな笑みを浮かべるユイ。
心なしかその笑顔がひきつっていた。
「ここにはいなかったわ。『ファイト!、イッパツ!!』の状況だと言えば分るかしら?」
「そうですか……」
「ユ、ユイさんの考えているようなことは、なかったからね? 私達は生きるのに必死で、お互いに助け合っていただけだから……」
「たとえば、どのようなことでしょう?」
「えっ? えぇ~っと……」
何とかフォローを入れようとするリサだが、火に油を投入してしまった。
笑顔なのに、妙に黒い波動が立ちこめている。
「ロック鳥に追われて倒れたときに、アドさんが抱きかかえて……」
「あっ、おい!?」
―――ゴゴゴゴゴゴ……!!
暗黒神が誕生しそうな闇の気配だった。
笑顔なのに、逆にその気配には黒い悪意と殺意がつきまとう。
「あっ、そうだ! この国に来る途中で、温泉の街があったぞ! 子供が生まれたら一緒に行こうぜ、新婚旅行だ!!」
「あぁ~、あの温泉街ですか。偶然掘り当てちゃったんですよねぇ、洗濯機で……」
「「「「洗濯機!?」」」」
巧く話をそらすことに成功。
ユイも「新婚旅行♡ でも、子供が生まれた後だと、一年くらいは無理かな?」と、まんざらでもないご様子。
全員が安堵の息を吐く。アドとおっさん、ファインプレー。
「あの温泉、ゼロスさんが掘り当てたのね……。街も結構繁盛していたわよ? かなりの経済効果があるんじゃないかしら」
「炭酸も含まれていたし、健康に良いと思う。露天風呂で、女性客の時間とは知らずにアドさんが入ってきたとき、さすがに驚いたけど……」
「おい、リサ!?」
――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
リサ、暴投。ユイに再び暗黒神が再降臨。
そして、おっさんにも嫉妬が追加。見苦しい男の嫉みだ。
「アド君……ちょっと、向こうで話をしようか」
「なんで、ゼロスさんも暗黒のフォースに染まってんだぁ!?」
「まさかとは思うけど、狙ってやったわけじゃぁないですよねぇ? 気づかなかったという振りをして混浴風呂に入いれば、偶然を装って女体鑑賞できるとか企んだんじゃないのかい?」
「違う! ネガティブ国王の面倒事から逃れられたんだぞ! 開放的な気分を味わいたいと普通は思うだろぉ!!」
「そんで、偶然にもリサさん達とバッタリってか? 随分と羨ましい――いや、実に良い思いをしてるじゃぁないですか……。君はどこの主人公だい?」
リサの証言は、おっさんのハートにニトロをぶち込んだ。
そして、ユイにも……。彼女は俯き不気味に笑っている。
「なんで、そんなに嫉妬に狂ってんだよぉ!!」
「僕はねぇ、あの温泉を掘り当てる前、拉致られて工事現場に強制連行されたんですよ。汗臭い男連中とツルハシを振るいトンネルを掘って、開通したその日に掘り当てたのが、あの温泉なんですよねぇ。
そんな場所でラッキースケベだとぉ!? 君はどこまで僕を熱くさせるんですか。怒りの炎でねぇ……ククク」
「それは、俺のせいじゃないだろぉ!!」
「しかも、なんだかんだ言っても君は許されているじゃねぇーですかい。普通なら白い目で見られるもんでしょ! まさか、君もハーレムを実現させようとか考えてるんじゃないのかい?」
「背中から刺されそうになるようなハーレムなんて、俺は願い下げだぁ!! 命が幾つあっても足りん!」
「けど、内心では『役得』とか思ったんじゃないのかい?」
「うっ……って、しまった!?」
アドも男である。
偶然とはいえ、リサとシャクティの裸体を拝めたことに内心では少し喜んだ。
だが、根の正直さが裏目に出てしまう。思わず言いよどむ失敗を犯す。
―――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
『『『『うわぁ~い、すんごく怒っていらっしゃる……』』』』
ユイの背後に鬼女の姿を見た。
それも、世界を滅ぼさんばかりの怒りの表情である。
「俊くぅ~ん……私が心配している間、一人楽し~い想いをしていたんだね~……?」
「いや、違うからな!? 俺も結構大変だったんだからな!?」
「もし、この世界に私がいなかったら、俊君はどうしていたのかな?」
「さぁ……いないことを想像することができん。可能性の問題だし……」
「ねぇ、そこは嘘でも『一生独身でいるつもりだった』というべきだと思うよ? その答えが出なかった時点でぇ~、私の存在ってその程度だということだよね~?」
独占欲の強いユイにとって、ラッキースケベは看過できない問題だった。
少しでも他の女性のことが頭にあれば、浮気される可能性が高いと思っている。そして病んでいた。
彼女の思考は狭窄し、短絡的衝動に駆り立てる。
「ごめんね、赤ちゃん……お母さん、あなたのことを生んであげられないかも知れない……」
「ま、まて、早まるな、ユイ!」
「誰かのものにされるくらいなら……俊君を殺して私も死ぬ……」
「へっ、お嬢さん。いい得物のがあるぜぇ? おいちゃん特性、【キリング・ダガー】さ」
「あら? 凄く良さそう」
「今ならお試し価格で、ついでに砥石もつけるぜぇ」
「でも、お高いんでしょ?」
「へっ、仕方がねぇ。本日は無料体験さぁ~! 使い心地を後で教えてくれれば良いさぁ~ね。もってけ泥棒!」
「ちょ、アンタァ――――ッ!? 何を持たせてくれちゃってんのぉ!?」
ダークサイドに堕ちたおっさんは、ユイに物騒なナイフを通販感覚で手渡していた。
「大丈夫……天国で親子三人、幸せになれるから……」
「死んで幸せになれるかぁ!!」
「一緒に……逝きましょう」
「早まるな……落ちつ、うわぁあああああああああああああああっ!!」
ハサムの村に、アドの悲痛な叫びが響き渡る。
身重のはずのユイは、まるで熟練の上位プレイヤーの如くアドを追いかけ、心の赴くまま狂える愛をぶつけた。
この壮絶な愛の狩りは、ユイの精神が尽きるまで続いたという。
嫉妬と独占欲に囚われた彼女のデストロイモードは、活動限界時間が短いことが幸いし、無事にアドは生き延びたのである。
余談だが、村長の孫である青年ウルは、この騒ぎの中でも動じることなく紅茶を静かに味わっていた。
優雅な仕草でカップを置くと、『なんで……』と静かに呟く。
だが、彼の目には危険な光が宿っていたことを、この場にいる誰もが気づくことがなかった