G殲滅戦
ゼロス達は【エア・ライダー】、【アジ・ダカーハ】に男同士の悲しいタンデムをしながら、北に向けて大空を駆け抜けていた。
暴走していた魔物達も数が減り、代わりに地上で蠢く黒い影が目立つようになってきた。
よく見ると、転倒して踏み潰された魔物の屍を処理している、巨大ゴキブリの姿である。
だが、ゼロスはその大量のGを眺めながらも違和感を覚えていた。
「おかしい……明らかにチャバネやヤマトの数が少ない。前に見たときは、大地を埋め尽くすほど大量にいたはずだが……」
「それ、マジかよ。これでも数が多いぞ?」
「確かに多いですが、これなら【スライスト城塞都市】の守備隊だけで対応できるでしょう。だが、ヤツの姿が見当たらない。もう近くに来ていたとしてもおかしくないんだが……」
「進化前なんだよな? だとしたら、動きが鈍くなっているかも知れねぇぞ? ゲームとは違い、現実は体に何らかの変調がでるのかもな」
「ふむ……可能性としてはありですねぇ。だとしたら、【ギヴリオン】はこの先に……」
不思議なことに、Gの来た方向に進むほど数が減り、蠢くゴキちゃんの数は疎らになってゆく。
ゼロスが目撃した大規模な群れの姿が全く見当たらない。
「なぁ、本当にギヴリオンがいたのか? なんか、次第に数が激減してんだけど……」
「死んでいてくれると、ありがたいんですけどね。相手にしても疲れるだけだしなぁ~」
「地図を見ると、もう少ししたらメーティス聖法神国の国境だぞ?」
「もう少し調べてみましょう。既に進化していたらアウトですけどね。ははははは」
「笑い事じゃねぇーだろ」
気がつくと広がる平原は大地が剥き出しになっており、草一本生えているところがない。
これは餓えた多くのゴキブリ達に食い尽くされ、土地が禿げ上がったのだ。つまりは、この地に生えている植物を根こそぎ食い尽くしたことになる。
「暴食とは聞いていましたが、ここまで酷いとは思わなかったなぁ~。そりゃ国が滅びるわけだねぇ」
「ひでぇな、まるで開拓地だ……。いくら雑食でも限度があるだろ。雑草とかも食い尽くしながら前進してきたのか?」
「設定では暴食と聞いていましたが、まさかこれほどとは……。自然破壊と言いますか、飢えた状態で片っ端から食い散らかしてきたようだねぇ。死んだ仲間も腹に収めて……」
【ヘルズ・レギオン】の恐ろしさは、圧倒的な物量と飢餓状態にある。
だが、動物は食わねば生きていけないのは自然の摂理であり、群れで移動する以上はどうしても脱落する個体も出てくる。
ここが【暴走】との違いであり、倒れた仲間すら食らい尽くして移動するので、【ヘルズ・レギオン】発生時よりも魔物の個体数が急激に減ってゆく。
これを幸運と捉えるかは微妙なところで、時間を掛けるほどに魔物は減り続けるが、代わりに生き延びた個体の強さは上昇するのである。
それでも現時点でGの集団の個体数が少ないことは異常であった。
「もしかしたら、複数の群れに分かれて各地に散ったのかも知れないねぇ。いや、ギヴリオンに食われたか?」
「だとしたら、厄介事が減って嬉しいんですがねぇ。けど、甘かったみたいだ」
「おや、まぁ……」
ちょうど山間が近づいてきたとき、そこに体のほとんどが真っ白に色落ちした【グレート・ギヴリオン】の姿が目に飛び込んできた。
周囲には些か大きなGの軍団が周囲を固め、王を護衛していた。
よく見ると【グレート・ギヴリオン】の足は完全に失っており、巨大な翅もボロボロと崩れ落ちている。一見すると死の掛けているように見えるのだが――。
「マジか……進化する直前じゃねぇか」
「あぁ~……これは早々に消し飛ばした方が良いねぇ。時間が立つごとに厄介な状況になりそうな気がする」
「だいぶ広範囲に雑魚が群れをなしてるぞ? 範囲魔法だけじゃカバーできないし、どうすんだよ。やばい魔法を使うのか?」
「使うしかないね。【闇の裁き】を……。ただし、ギヴリオンの真上で」
「よりにもよって、それを使うのか……。まぁ、この辺りはメーティス聖法神国だし、別に良いけど……」
「――ってな訳で、ヤツの上空を飛んで下さい。全力で! あっ、飛行できる成虫が襲ってきますから気をつけて」
「マジかぁ~っ!? ちっくしょぅ、貧乏くじを引いたぁ!!」
「元より、君に選択肢はなかったけど?」
「チクショォ――――――――――――――ッ!!」
飛行するGをかいくぐり、目標の【グレート・ギヴリオン】の上空まで移動。
雑魚を一掃するために【闇の裁き】を発動させ、ゼロス達は急速離脱する。実に単純な作戦だ。
しかし、そこにおぞましいGの群れを目撃することになる恐怖や、生理的な嫌悪感に随時晒されることは含まれてはいない。
ある意味において、これほど過酷な精神修行はないだろう。酷い荒行である。
そんな二人の魔導師の胸の内を無視して、【アジ・ダカーハ】はギヴリ-ズの上空をさしかかったとき、兵隊であるチャバネやヤマトの目は赤く染まる。
長い触覚が敵の侵入を察知し、臨戦態勢に移行したのだ。
『ブブブ……』と翅を振るわせ飛行体勢に入ると、一~三メートルクラスのG達が一斉に舞い上がった。それらは【アジ・ダカーハ】に向けて集団で向かってくる。
「Oh、My、God! Oh―my、God!! 奴等に気づかれたぁ、集団できやがったぁ!?」
「……なんてこったい。図体はでかいくせにスピードがある。あの大きさで、どうやったらあんな速度が出せるんだ? 明らかに物理法則を無視してませんかねぇ?」
「魔力があるからだろぉ!? 何でそんなに冷静なんだよぉ!!」
「前々から不思議だったんですよ。身体を強化したり、物理法則を簡単に無視したり、挙げ句に無から有を生成する。魔力って何なんですかねぇ?」
「そんなことは偉い学者に聞いてくれぇ! 無理、奴らを振り切るのは絶対に無理!!」
平均三メートルクラスのGは、獲物を追う猛禽類のごとく【アジ・ダカーハ】に体当たり覚悟で突っ込んできた。
いや、体当たりして撃ち落とすのが役割なのだろう。
【ソード・アンド・ソーサリス】での知識がこの世界でも当てはまるのであれば、G達はこれといった特殊な能力はないが、代わりに昆虫特有の圧倒的な防御力を持っていることになる。
仮に衝突されることにでもなれば、ゼロス達もただではすまない。少なくとも打撲傷くらいは受けるだろう。
「【フレア・ナパーム】!!」
「【プラズマ・マイン】!!」
爆炎と雷撃機雷の攻撃を受けても、G達の追撃は止まらない。
炎の中を突っ切り、雷撃を弾きながら猛然とゼロス達に迫る。
「嘘だろ!? あの炎の中を突っ込んで来やがったぁ!」
「雷撃は通用しませんか……。直撃しても平然としてますよ。電耐性が異常に高い……」
「【ブリザード】!!」
「アイス……って、おぉ!?」
衝突スレスレでチャバネゴキブリを避けると、今度は真下から猛然と迫るヤマトゴキブリ。
深紅に輝く目が、どこぞのアニメ作品を彷彿させる。
「腐海の森に帰ってくれぇ!」
「いや、どこかのオオグソクムシじゃないんですから、水に入れば死にますよ。ゲンゴロウじゃあるまいし」
「アレ、ダンゴムシじゃなかっ、ぬおぉ!?」
「あるいはダゴンともいう。一撃で焼かれたけどね」
「作品が違う!! って、言ってる場合かぁ! 避けるのが精一杯で、ヤツから離されていくぞ!?」
魔法攻撃をくぐり抜けたギヴリーズは、ゼロス達を即座に発見して軌道修正をしてくる。
Gの数が多いためにギリギリで避けることはできても、全てを撃ち落とすのは不可能であった。
【アジ・ダカーハ】の速度はGの飛行速度より多少速いだけで、真下から一斉に飛びかかられては攻撃でいくら叩き落としても、物量差で最終的に追い詰められることになる。
一刻も早く雑魚を一掃する必要があった。
「一か八か、賭に出てみますか?」
「どうすんだよ。こんなに数が多くちゃ、そろそろやばいぞ。避け続けるにも限度がある」
「前方の敵を一掃して、中央を一気に突き抜ける」
「んなことができんのか? ストックしている魔法がそろそろ切れそうなんだけど……」
「やるしかないでしょうねぇ。と言うか、行きますよ。【ブラスト・タイフーン】!!」
「いきなり!?」
風系統魔法、【ブラスト・タイフーン】。
前方に強力な横向きの竜巻を発生させ、敵を一気に薙ぎ払う魔法である。
短時間であるなら竜巻を任意に動かせるので、雑魚相手なら重宝する魔法だ。前方に強力な竜巻を発生させて、内側を突き進む。
その作戦は、一応成功したかに見えた。
「おぉ……成功だ。これなら楽になる。チャバネ達が弾き飛ばされてるぞ!」
「このまますんなりと、ギヴリオンの上空まで行ければ良いんだけどねぇ。【ブラスト・タイフーン】!」
「ゼロスさんは心配性だなぁ、この竜巻の中にいれば攻撃されないですむんだ。楽勝だろ」
「だと良いんだが、この世界は妙な進化を遂げた生物がいるからねぇ。ギヴリーズの中にもそうした個体がいてもおかしくはないかと……」
「……それ、フラグじゃないよな?」
竜巻の内部にいるため敵に近づけないと学んだG達は、背後から回り込むような動きを見せ始める。
ゼロス達は竜巻の中心を突き進んでおり、その光景を見たG達は同じように行動すれば被害が出ないと学んだのだ。だが、それだけではない。
地上から飛翔する増援の中に、背部から鋭い角を生やした特殊な個体が竜巻を無視し、天高く上昇する。
「……知らない個体だな。【ソード・アンド・ソーサリス】にあんなヤツいたっけ?」
「嫌な予感がしますねぇ。後ろからも追撃してくるみたいだし……」
上昇した【角付き】は、一度上空でホバリングすると【アジ・ダカーハ】目掛けて急降下してきた。しかも、ドリルのように高速回転しながらだ。
「ス、【スパイラル・ダイブ】!?」
「マジかぁ!? 奴等、竜巻の中に突っ込む気だぞ! ゼロスさんがフラグ立てるから!!」
「未確認の個体能力なんて、僕が知るわけがないでしょ。アクセル全開! とにかく突っ切れぇ!!」
【スパイラル・ダイブ】は、大型の鳥型モンスターやドラゴンが使う強襲攻撃である。
自らを魔力の障壁で防御し、回転を加えることで魔法攻撃を弾き飛ばす。そんな攻撃をまさかGが使うとは思いもよらなかった。
【角付き】の大きさは四メートルクラス。個体数は少ないようだが、それでも驚異的な力で強引に攻めてきた。
おそらく、この【角付き】が【グレート・ギヴリオン】のガーディアンなのだろう。
その【スパイラル・ダイブ】は、物量による猛攻で【ブラスト・タイフーン】による竜巻を引き裂き、内部にいるゼロス達を襲う。
「ノウ、ノォウ! NO――――――――――――――o!!」
「あれは、もうゴキブリじゃないな。全く別の昆虫だ」
「なんで冷静なんだよぉ、あんなのが直撃したら普通に死ぬぞ!?」
「幸い、高速回転をしているから狙いが定まらないようだ。落ち着いて避ければ大丈夫でしょう」
「その前に精神がもたねぇよ! 操作を誤って死にそうだぁ!!」
アドは半泣きだった。
彼にしてみれば、ソリステア魔法王国を守る義理はない。
しかし、この国にはアドの婚約者であるユイがおり、しかも現在子供が生まれる大事なときだ。
【軽ワゴン】に乗せて逃げるという手もあるが、そのためには彼女の居場所を知らねばならない。それを知っているのはゼロスだけであった。
【エア・ライダー】に乗ってみたいという欲求も何割かあったが、ゼロスに協力したのはユイを守るためである。しかし早くも挫けそうだった。
何しろ魔法攻撃を物ともしない物量差があり、起死回生の策も簡単に打ち破られてしまう。
しかも現在、竜巻を引き裂き巨大昆虫はアド達を容赦なく付け狙う。今までに感じたことのない恐怖であった。
「あっ?」
「へっ?」
ゼロスの間抜けな声でわずかながらに冷静さを取り戻し、何とか前方に視線を向けて良く見ると、まるで行く手を遮るかのように三体の昆虫がこちらに向けて飛んでくる。
しかも【角付き】であった。
「「いやぁ~な予感が……」」
その予感は間違いではなかった。
前方を遮る【角付き】は、飛行しながらも翅をたたみ、横回転をしながら急速に速度を上げた。
「やつら、短時間なら翅なしでも飛行できるのか……。とんでもないな」
「だから、なんでそんなに冷静なんだよぉ!? 来たぁ!!」
どこぞの五機合体のロボが使う必殺技のごとく、凶悪な技で突撃してくる【角付き】。三体同時攻撃なのがタチ悪い。
【ブラスト・タイフーン】の内側は狭く、避けるのが困難である。考える間もなく一体の【角付き】が目の前に迫ってきていた。
「チッ!」
舌打ちしながらもゼロスはからだ左に傾け、強引に重心移動を試みた。
一体目は辛くも躱したが、次に迫るのは二体並んでだ。
『避けるには狭すぎる。ここは……』
二体の【角付き】が迫る最中、咄嗟にゼロスはアドの前へと乗り出すと、ハンドル手前に設置されたレバーを押し込んだ。
同時に左右の大型シールド・ブレードが折りたたまれ、飛行を維持できずに急速降下を始める。
「ちょっ、何をぉ!?」
「重心を前に移動! やつらが来る!!」
「きっ、来たぁ!!」
下向きに操車されていた斥力場がなくなり、【アジ・ダカーハ】は地上へと引力により急速降下。それと同時のアドは前屈みになり、ゼロスもまた後ろにのけぞるような形で【角付き】を避ける。
一体の【角付き】は、高速回転しながらもアドの背中とゼロスの鼻先をかすめ、後方へと抜けていった。
「……なぁ、ゼロスさん? いま、俺の背中を何かがかすめていったんだけど……」
「奇遇だねぇ。僕の鼻先も何かが通り過ぎていきましたよ」
「少し……もう少し高度が上だったりしたら?」
「今頃は二人してミンチだったねぇ。運が良かったと喜ぶべきだろう。ところで、高度が急激に下がってきてますよ?」
「おあぁあっ!?」
焦りながらもアドはレバーを引き、シールド・ブレードを倒すことで再び浮力が安定し、高高度からの墜落を免れることができた。
「あっぶねぇ~……。なんでこんな命懸けの特攻をしなくちゃなんないんだ?」
「そういう年頃なんでしょ。意味もなく盗んだバイクで走り出すようなねぇ」
「年齢は関係ないよな!? それより、何か武器はないのか?」
「フロントと左右のブレード内に魔導砲が搭載されていますが、連結アームの耐久力の都合上、どうしても直結にしなくちゃならなかったんだよねぇ~」
「結論は?」
「魔導砲を使うと、反動で後方に吹き飛ぶ。不安定な空中では使えない武器だね」
以前、ラーマフの森で使用した魔導砲。これは威力があると同時に、使用時の反動が凄い。
まして、今いる場所は空中。重心移動で左右の方向を決めるバイク型は、魔導砲の反動が生じた場合、物理法則によってバランスを崩すことになる。
更に問題は魔導砲の使用時、複数存在する魔力タンクとカートリッジから大量の魔力が消費放出され、【アジ・ダカーハ】の飛行時間を大幅に削られてしまう。
ついでに照準機能など搭載されておらず、攻撃を外したら魔力だけが消費されることになるのだ。ピンチの時に使いたい武器なのに、全く役に立たない。
「そんなわけで、魔法で攻撃するしかないんだわ。参ったねぇ~、ハハハ」
「笑い事じゃねぇーだろ! 周りが囲まれてんだぞ!?」
「……シリウスに向かって飛べ。龍の巣に突っ込むんだ」
「この世界にシリウスがあんのかよ! 龍の巣じゃなく、あんたにツッコんでるよ!」
「巧いことを言うねぇ~。一緒に世界を目指しますか?」
「それどころじゃないだろぉ!? うおっ!」
再び前方から竜巻内に突入してきた【角付き】が、今度は雷撃を放ってきた。
これもゼロス達は驚かせる。なぜなら、こんな能力を持ったG型モンスターは【ソード・アンド・ソーサリス】には存在しなかったからだ。
「あんな攻撃をしてくるゴキブリ、【ソード・アンド・ソーサリス】にいましたっけ?」
「いや、そもそも特殊能力すら持っていなかったぞ? 体当たりや翅から発生させる振動波くらいだな。この世界ではかなり進化した個体がいるみたいだ」
「だとすると、もはや別の生物なのかも知れませんねぇ。【角付き】は触覚はともかく見た目がクワガタのように思えますし」
「まぁ、背中から突き出した角が特徴的だが、翅でゴキブリだと分るぞ? シロアリが近いんじゃないか?」
見た目が他のG達とかけ離れているため、とてもゴキブリとは思えない。
だが、【グレート・ギヴリオン】に従っている以上、種族としては同族であるとみて間違いない。
あるいは共生関係にある別の魔物な可能性もあるが、かろうじて長い触覚で同系統の魔物であると判別できる。昆虫型の魔物は進化のバリエーションが多く、三度目の進化から見た目が大幅に変わる存在が出現しやすい。個体数が少ないので滅多に見ることはないが――。
「もう直ぐ、竜巻からでるぞ?」
「もう一度、【ブラスト・タイフーン】を……げっ!?」
魔法による竜巻から抜けでると、ギヴリーズが待ち伏せしているかのように大群で防衛陣形を作り、立ち塞がっていた。
ゼロス達は【ブラスト・タイフーン】の内側を通路としていたが、それは群がるG達の数や攻撃に目を奪われ、他のG達の動きから目を反らされる形になったのだ。
「まさか、誘導された? 嘘だろ、アイツらにそんな知能が……」
「自然界は弱肉強食。おそらく、ギヴリーズは集団で狩りをする生物なんだろうねぇ。蟻ですら集団での戦闘をこなす役割分担があるのだから、ゴキブリが同じことをしたとしてもおかしくはない」
同じ昆虫種である【ジャイアント・アント】や【キラー・ビー】は集団で狩りをする。
多くが戦闘と獲物の運搬に役割が分れ、その役割に適した進化を遂げている。蟻ですらそうした変化をするのだから、ゴキブリにも同じような進化を遂げたとしても決しておかしな話ではない。
現に【ソード・アンド・ソーサリス】では見たことのない、とてもゴキブリとは思えない太った昆虫が無数に飛び交い、ゼロス達の行く先を塞いでいる。
「シロアリに近いのかもねぇ。これは、群れであると同時に巣なんだろう。性質的にはグンタイアリがにてるかな。それぞれに防衛や攻撃に特化した個体があるようだね」
「カードを伏せてやがったのか……さすが異世界、俺達の知らない摂理や習性がまだまだある訳ってか。どうする? ゼロスさん……」
「中央突破するしかないねぇ。あの太ったゴキブリがどんな能力を持っているか分らないけど、進路をだいぶ反らされたみたいだから」
「あれ、どう見てもゴキブリじゃないだろ。カナブンが一番近いんじゃないか?」
「進化したら別の種に変わるなんてざらだし、今更だ。ここからは攻撃主体で突っ込もうか」
「魔力は温存してぇなぁ~。腹を括るか……」
「ここまで来て、まだ腹を括ってなかったのかい? アド君、僕達は戦争をしているんだけど?」
【ソード・アンド・ソーサリス】の知識は、この世界では参考程度にしかならない。
大まかなところは同じでも、細かいところではどうしても偏りがでてしまう。知っている知識が全て正しいわけではないのだ。
鵜呑みにするには危険であり、直接自分の目で確かめ修正するしかない。
「中央突破して、【グレート・ギヴリオン】の真上に【闇の裁き】をぶち込む。作戦は変わっていない」
「難易度がかなり跳ね上がっているけどな。防御を無視して攻撃主体で行くのか?」
「【闇の裁き】を使ったら、即座に戦線離脱する。スロットル横の赤いボタンを押してくれれば良い」
「これ、自爆スイッチじゃないよな?」
「簡単に言えば、ブースターだ。魔力を大量消費するけど、代わりに最大出力が音速まで出せるはずだ」
「タンク内の魔力残量を気にする必要はない訳か。帰りは徒歩になるな……」
アドはぼやきながらもスロットルを絞る。
それに応じて【アジ・ダカーハ】も加速し、【グレート・ギヴリオン】目掛けて突撃を始めた。
多くのギヴリーズはゼロス達の動きに反応し、行く手を阻むために防衛陣形を更に固める動きを見せ始めた。予想以上に統率がとれている。
「邪魔をするなぁ――――――っ!! 【フレイム・ランサー】オーバーシュート!!」
「【プラズマ・ランサー】、オーバーシュート!」
魔導スキル【オーバーシュート】。
これは、本来設定された魔法を更に威力と効果を高める魔導師専用のスキルである。
例えば、【フレイム・ランサー】は火球から二十本の炎槍を敵に向けて飛ばすが、【オーバーシュート】の効果により攻撃する手数や貫通力を更に増加させることが可能となる。
ゼロスの魔導師スキルは【魔導賢神】でカンストしており、アドは【魔導賢帝】63/90。生ずる攻撃の手数は恐ろしく多い。
中級魔法に入る【フレイム・ランサー】と【プラズマ・ランサー】は、一度の攻撃で十回の槍を構築できるが、二人のレベルに到達するとミサイルを無数に乱射するようなものだ。
ほとんど無差別攻撃になるのだが、周りが敵ばかりなので遠慮する必要もなく、気分はどこかの魔法少女だ。ただし、凶悪さのレベルはゼロス達がはるかに上回る。
ファーフラン大深緑地帯に生息していたギヴリ―ズ達だが、一般の魔導師や騎士ですら手こずる彼等をゼロス達は一方的に蹂躙する。
「クソッ! 数が多い……」
「あの【デブG】、かなり強固だなぁ~。魔力で防御力を高めているようだ。一発で撃墜は無理だし、何とか隙間を抜けるしかない。【角付き】の突撃も厄介だねぇ」
「【角付き】、ウゼェ! 近づいてくんなよ!!」
【デブG】は予想以上に頑丈で、アドの【フレイム・ランサー】による攻撃でも簡単には落とせず、突撃を敢行してくる【角付き】を迎撃していたゼロスも、しつこく食い下がってくる猛攻に対して焦りの色を見せていた。
【スパイラル・ダイブ】は、真っ正面からの攻撃を弾き返すので、二次効果による爆発ではたいしたダメージにはならない。それどころかダメージ覚悟で突撃してくるので厄介極まりなかった。
「もう少し……【デブG】の群れの中には入れれば……」
「手数を増やせても威力が下がるからなぁ、致命傷は与えられないか……。しのぎきれるか?」
片や攻撃の手数、片や圧倒的な物量による体当たり、一進一退の攻防が続けられる。
攻撃の手数を少しでも目測を誤れば、ゼロス達は【スパイラル・ダイブ】の餌食となるだろう。
だが、【スパイラル・ダイブ】にも欠点がある。
敵に対して正面か背後をとる必要があり、効果的な一撃を加えるには頭上から攻めるのが有効だ。
しかし、頭上から攻撃するに標的よりも上昇せねばならず、上昇中は無防備となる。
そのため群れでの役割分担が必要となり、敵の足止めと致命的な攻撃を与える二種類の分業を交互に行なう。だが、ゼロス達の攻撃でそのローテーションはうまく働かない。
全方向による集中砲火によって、【角付き】達は近づくことができないでいた。
何とかゼロス達に迫ることはできても、魔法攻撃によって攻撃位置がずらされ、横を通り過ぎることとなる。
それでも【王】を守るのが兵の役割であり、何度も立て直しては同じ攻撃を敢行する。当然だが撃墜される個体も出てくる。
人と魔物、退くに退けない戦いがここにあった。
「もう少しで……。【デブG】の壁を抜ければ……」
「一気に蹴散らす。【シャイニング・レイ】」
ゼロスが放った光属性魔法、【シャイニング・レイ】。
一言で言えば、極太レーザーを敵に目掛けて撃ち放つ魔法だが、高位レベル者が使うと威力は範囲魔法の比ではない。
魔物数体を巻き込む程度の魔法が、群がる魔物を一掃する兵器と化す。
【デブG】は翅を焼かれて地上へと落ちてゆき、空白となった箇所を【アジ・ダカーハ】は通り抜ける。
「おっし! 【グレート・ギヴリオン】の真上を通過するぜ、ゼロスさん!」
「それじゃぁ、殲滅開始。【闇の裁き】」
白く変色した【グレート・ギヴリオン】の真上を通過すると同時に、ゼロスは左手に発動させた【闇の裁き】を投げ落とす。後は全力で逃げるだけだ。
「ブースト、オン!」
「うぉ!?」
アドがスロットルの横につけられたボタンを押し込むと、【アジ・ダカーハ】は今までにない速度で加速する。
重圧が掛かり風圧で体が後方に持って行かれそうになりながらも、前方に【白銀の神壁】で円錐形のシールドを展開させ、戦線を離脱。
その瞬間に【闇の裁き】は完全に発動した。
巨大な超重力球が数多のG達を飲み込み、そこから分裂した小型の重力場が逃げ惑うGを媒体に同質の重力球を形成。超重力圧壊による爆縮に巻き込まれて消滅。
ギヴリーズは瞬く間に巨悪な魔法の餌食となり、跡形もなく滅ぼされてゆく。
「ゼロスさん……」
「何かな?」
「これ、どこのラグナロク?」
「戦いからは何も生まれない。あるのは大きな過ちだけさ……」
「俺達は、大事な物をなくした。そう、人としての良心を……。世界を壊すテロリストになっちまったよ」
「たとえ世界を壊そうとも、人は生きていかねばならない。それは歴史が証明している。地球でも戦争による環境破壊は深刻だった……。これは生存競争という名の戦争なんだよ」
「全ては、種の存続を懸けた戦争が原因か……。世界を壊してでも生きることに執着する。なんて罪深いんだ、人間ってヤツはよぉ……」
倒すべき魔物のみならず、地上にすら暴虐の爪痕が刻まれてゆく。
そのあまりにも凶悪な魔法の猛威を前に、ゼロス達はただ呆然と安全圏から眺めていた。
背中にのし掛る、環境破壊という名の罪悪感に呵まれながら……。