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おっさんは、阿漕なことをやっていた

【グレート・ギヴリオン】の眷属であるG達は餓えていた。

 獲物を求めて移動してきたが、その合間に多くの同族が死んでゆく。

 餌が足りずに飢え死にし、仲間の屍を食らって飢えをしのぎ続け、その群れの規模は次第に小さくなってゆく。

 成体になれず死ぬ者がほとんどであり、これが人であったならおぞましい光景になったであろう。だがG達は昆虫である。

 倒れれば糧となり、同族の飢えを満たすことに貢献する。

 弱肉強食の世界で得た本能であり、生きて子孫を残すことこそが彼等の目的だ。

 基本的に彼等は群れという巣を持ち、群体で移動をしながら餌を求める。

 死を間近に感じれば、直ぐに群れへと戻り仲間の糧になる。彼等はそういう生物であった。


 だが、群れが大きくなれば、当然だが分派するのもまた自然の摂理である。

 俗に巣分れと呼ばれる現象で、より多くの子孫を残すために発生する。無論そこには食糧事情も含まれる。

 大規模な群れはそれだけ多くの餌を必要とし、【グレート・ギヴリオン】の群れは既に、餌の確保ができないほど食糧事情は破綻していた。

 このままでは子孫を残せず死んでゆくことになる。一つの卵で数万近くの眷属を産み落とす【グレート・ギヴリオン】とは異なり、他のG達は産卵できる回数が決められている。

 より多くの子孫を残すことに、群れで指揮官クラスにあるG達は一斉に行動を開始した。

 ここに、大規模な巣分れが発生したのだ。それを最終的に決断したのは【グレート・ギヴリオン】である。

【グレート・ギヴリオン】は、単体で大量の餌を必要とする。眷属を食らい続けるにも限度があった。何よりも自分自身が変化し始めている。

 自然界が過酷であることを知っているだけに、万が一自分が消えても子孫を残さねばならない。

 その命令を受諾したG達は山を駆け上り、あるいは元来た方向へと移動を開始し、ある者は小規模な群れで拡散してゆく。

 今残されているのは【グレート・ギヴリオン】と数少ない眷属達だけである。

 残された眷属と共に、【グレート・ギヴリオン】は移動を開始する。だが白色に変質した足の一つが砕け、その場に残された。

 もうじき【グレート・ギヴリオン】は生まれ変わる。その時が来るまで安全な領域まで移動する必要があった。それを本能で理解している。

 変化したあとの自分が、最早今までの生物ではないことを察知していた。

 だが、そこに外部からの干渉を受けたことに、最後まで気づくことがなかった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 スライスト城塞都市での防衛戦から一夜明け、再び戦いの時が来た。

 前日に大規模な魔物の群れと対決したが、その戦闘はまだ続いている。だが前日に比べて勢いは弱まり、騎士や傭兵だけでもなんとか迎撃が可能となった。

 魔導師団の魔導師達も前日からの戦闘を交代しながら繰り返し、騎士達よりも疲弊しているようである。

 騎士の中にも範囲魔法を使う者はいたが、魔導師ほどに何度も放てる魔力を保有してはいない。結局前日の戦闘で疲弊し現在グロッキー状態であった。

 人間同士の戦争であるなら事前に準備もできたであろうが、魔物の暴走は自然災害であり予測などできない。結局今ある備品や装備でしのぎきるしかないのだ。

 地震や台風などと同じで、万全の準備を整えることなどできないのである。一応軍備は整えてあるが、それでも防衛戦では物資が不足している状態だ。

 何日も街で孤立した状態では、住民の食糧が不足することもあり、長期間の籠城戦は不利である。これを打開するには、暴走の原因でもある【グレート・ギヴリオン】を倒さねば終わることはない。

 だが、街に到達されても問題であった。


「……って、なわけで、アド君。これからGの親玉を倒しにいこう」

「いや、ゼロスさん……。いきなりそんなことを言われても困るぞ? 確かに元凶を潰すのは分るけどさ、戦力的に無理じゃね?」

「無茶も通れば道理になる。今の内に倒さないと、魔王に進化されたら最悪だしねぇ」

「魔王クラスなら、ゼロスさん一人でも倒せるんじゃないか? 俺は【極限突破】したばかりだから、レベルの差があるんだけど……」

「大丈夫、ちょこっと援護してくれれば、後は僕がやりますよ。今の僕なら魔王クラスもガチで戦えると思うんですよねぇ」

「それが信用できないんっスけど……。俺、絶対に巻き込まれるパターンなんだけど?」


【殲滅者】の『少し手伝ってくれ』は信用できない。

【ソード・アンド・ソーサリス】の時、その一言に騙されて何度も死線を彷徨った経験がある。

 死に戻りしなかったのが不思議なくらいで、実際に『あっ、これは死んだな……マジで』と思うようなことが幾度ともなく経験した。

 ゼロスはまだマシな方で、【ケモ・ラヴュ-ン】の後についていったときは最悪であった。

 その時の恐怖を口で語るのはまさに筆舌に尽くしがたく、『いっそ、殺せぇ!!』と何度叫んだか分らない。それほどまでに面倒事なのだった。


「アド君……【エア・ライダー】に乗りたくはないかね?」

「なっ、なん……だと?」

「【ソード・アンド・ソーサリス】では絶対に手に入らなかった【エア・ライダー】だ。君は、乗ってみたくはないかい?」

「くっ……なんという甘い囁きを。乗りたい……あの素敵アイテムに乗れるなら、俺は地獄に行くことも厭わないだろう」

「それでこそ、アド君だ。善は急げ、速攻で片をつけてきましょう」


 アド君、悪魔の囁きにまんまと乗る。

 彼もまた重度のいかれたプレイヤーであり、レアアイテムなどには目がなかった。

 目の前に餌をぶら下げられ、まんまとその餌に飛びついてしまう。

 アドは根がもの凄く単純だった。


「……アドさん。あっさりと落ちたみたい」

「性格を良く熟知しているのね。メフィストフェレスに唆されたファウストって、あんな感じなのかも知れないわよ? アドさんって、根が夢見る少年みたいだから」

「それを知っていて誑かすゼロスさんって、もの凄く悪人?」

「悪人ではないわ。むしろ、利益を目の前にちらつかせて交渉しているだけだもの、本気で嫌だと言うなら手を引くわよ。それくらいの分別はあるわね」

「……それ、アドさんが子供だって言うことだよね?」

「あるいは、ゼロスさんが大人とも言えるわ。上に『タチが悪い』とつくけど……」


 片やできちゃった婚目前で就職間際の大学生。片や現場で指揮を執ってきた社会人で、実戦経験の豊富なサラリーマン。

 アドが素直なこともあるが、それを知っていて利益を目の前にぶら下げ誘導するゼロスは、ある意味で悪魔と言っても過言ではない。

 契約は守るのだから、ある意味では悪魔そのものかも知れない。

 自分の利益と他人の利益を計算できる人間だと言うことだ。そして、自分の利益とアドの利益は決して等価ではない。


「あのアドさんが騙されてる……」

「騙されてはいないわ。ゼロスさんとアドさんの価値観が等価ではないと言うことだけ。それを知っていてゼロスさんは自分に有利なるよう誘導しているのよ」

「それ、悪魔と言っても良いんじゃない? やり口がかなり悪質なんだけど……」

「ビジネスとはそういうものよ? ゼロスさんの利益がなんなのかは分らないけど、アドさんの利益は婚約者の居場所と【エア・ライダー】と言うことは分るわよね。必要な情報と興味のある話題を小出しにして、戦力として雇いたいと言っているだけだわ。そこにどれだけの価値を見いだすかはアドさん次第。その場で決めちゃったアドさんは交渉で負けたに過ぎないわ」

「交渉だったの? でも、それが分るリサさんって、考え方が凄くドライだね」

「弁護士目指してたから、考え方を客観的に見るようにしなきゃ駄目なのよ。ゼロスさんは何を考えてるか分らないから手強いわ」


 ゼロスはクレストン元公爵の依頼で、リバルト辺境伯領の様子を見に来ただけである。

 状況に応じて自由に行動して良いとお墨付きを受けているので、防衛戦に参加しただけに過ぎない。その戦力内にたまたまアド達がいただけだ。

 事態の収束に力を借りようと、ちょうど良い話題を振って交渉の手札を切る。

 要はアド達に戦力としての参加の是非を決める事ができたのだが、情報の小出しによって考える暇もなく決定権をゼロスに掌握されていた状態。しかも無意識にそれを行なうからタチが悪い。

 それに気づかなかった時点でアド達の負けであった。何しろ日常会話感覚で、とても交渉しているとは思えなかったのだから。


「……悪い大人だよね」

「そう? 必要なときに行動できると言うことは、充分冷静な大人ということよ。あのふざけた言動に騙された私達の負けね」


 どちらにしても、欲に負けて【ギヴリオン】迎撃を引き受けた時点で手遅れだ。

 アドの目は【エア・ライダー】に移り、浮かれている。

 そのアドを見ながら。ゼロスは実に良い笑みを浮かべている。考えようによっては悪魔の笑みとも言えるのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レベル1000超えの魔導師が二人。それは言わば国を相手に戦えるレベルである。

 ゼロスとアドは【大賢者】と【賢者】。宮廷魔導師よりも格上であり、存在を知られただけで騒ぎが引き起こされるほどの要人である。

 本人達に自覚がなかろうと、その力は決して看過できない。そんな魔導師二人はのんきに北門の外に広がる平原を歩いていた。


「うっわ……まだ血生臭ぇ~」

「昨日の今日だからねぇ、簡単に血の臭いは消えませんよ。魔物の屍は焼き払ったみたいだけど、この臭いはしばらく残るだろうなぁ……」

「ゲームの時と大違いだな。レイドの時でもここまで酷くなかったぞ」

「倒したモンスターが消えるわけではないからねぇ。現実なんてこんなものですよ」


 歩けば所々に生焼けで残された魔物の一部が転がり、それを食するGの姿が見られる。

 だが、昨日襲ってきたときよりもはるかに数が少ないのが気になる。


「一メートルを超えるゴキブリって、普通に見ても気持ち悪いよな」

「小さくても気色悪いのに、大きくなると更に不気味さが増すのはなぜだろうか。デカいカマキリとカブトムシなら見たことがありますが、ゴキちゃんだけは駄目だねぇ」

「不思議だよなぁ、同じ昆虫なのに……。なぜにGだけは駄目なんだろうか……」


 人間とは不思議なもので、同じ昆虫でも蝶やカブトムシなどは平気で触れるのに対し、蛾やゴキブリは激しく嫌悪感を持ってしまう。

 昆虫という分類では同じはずなのに、見た目の印象でその差は極端であった。


「まぁ、中には蝶も駄目だという人はいますがね」

「どこかの学習ノートも、昆虫は気持ち悪いという理由から最近では植物の表紙が多いよなぁ~」

「植物にも不気味な種類はありますけどね。ラフレシアとか、ハエトリソウとか」

「冬虫夏草は?」

「あれは菌糸類でしょう。漢方薬としては重宝されているみたいだけど、実際に効果はあるんですかねぇ?」

「タツノオトシゴもそうだよな? あれ、本当に効果があるのか怪しいんだけど?」


 漢方薬や高級食材の中には、実際に食べて効果があるのかあやしい物も多々ある。

 正体不明の粘菌のような物体も、不老不死の効果がありと信じられ食されていた。

 培われた文化と風習というものもあるが、実際問題として科学的に証明できない時代では、なんの効果のない植物なども薬として重宝されていたものが多い。


「ファンタジー世界だと、どうなんだろうな? 何かしらの効果があったりするのか?」

「そうだねぇ~、冬虫夏草みたいなもので【パラサイト・マッシュ】というキノコがあるけど、身体強化薬の素材にはなるかな」

「食用としては? 漢方にも効果があったりするんだろうか」

「一応、この世界でも漢方薬として重宝されていますねぇ。素材屋に高値で売っていましたよ」

「イサラス王国はそんな店ないからなぁ~、調べている暇なんかなかったぞ。低級のポーションもソリステアの倍の値段だし……」

「どんだけ貧乏な国なんですか。そこまで流通事情が悪いとなると、経済もかなり酷いことになっているのでは?」

「酷いもんだよ。孤児が普通に万引きしているし、無職者があふれている。【ポルタ】がなければ半数は飢え死にしてたな」

「あ~……あの岩石芋ですか」


 アド達が英雄扱いされた理由が、たまたま辿り着いた村での食糧事情の改善を行なったからだ。

 山岳地帯なだけに遊牧民の村はあったが、彼等の食事のほとんどが春先から育てた麦だが、収穫量は少ない。

 チーズなどの販売でなんとか食料を買うお金を稼いでいたが、収入は微々たるものだ。貧しい農村では極貧生活である。

 羊毛や干し肉など、特産品があることで比較的に裕福な村であったが、あくまでも他の村に比べてマシ程度で暮らしは、お世辞にも楽とは言えない状態だった。

 そこでアド達は、群生しているジャガイモのような植物【ポルタ】を食料にできることを伝え、他の村と共同で栽培も始めた。

 岩石のごとく固い皮を水で煮込むことで柔らかくし、貴重なタンパク源の確保に成功したのである。そのおかげで救国英雄として扱われるようになった。

 余談だが、正確にいえば【ポルタ】はジャガイモではない。一年中茎が枯れることはなく、根元にできる種芋で繁殖する。

 


「あの【ポルタ】、茎を煮込めば砂糖がとれますよ? 高山は寒いですし、糖分を生成して凍結を防いでいますからねぇ」

「えっ? それ、初めて知ったぞ!? マジで?」

「まぁ、少量だけど砂糖としては上質だったかなぁ~。大きな葉は紙が作れますし魔法紙の素材として最適、捨てる場所が全くない理想的な植物だったと思う」

「ゼロスさん……何でそんなに詳しいんだよ」

「【ソード・アンド・ソーサリスⅡ】で、上位レベル者は高山の村からのマイナススタートだったからねぇ。資金稼ぎに砂糖と紙を大量に作って売りさばいたっけ。懐かしいなぁ~」

「こんなところに真のアドバイザーがいたぁ!? ゼロスさん、イサラス王国に来てくんねぇ? あの国はしばらくやばい状態が続くと思ってんだよ!」

「えぇ~? 山岳地帯の国は寒いし、これから鉱山開発で儲けられるから大丈夫じゃね?」


 おっさんは空気が薄くて寒い地方に行きたくなかった。

 何よりせっかく我が家を手に入れたのに、何が悲しくて生活の苦しい国に行かねばならないのかと、凄く乗り気ではない表情を浮かべている。

 偽善者であると自覚しているので、募金活動には協力しても現地で働く気は全くない。このおっさんにボランティア精神を求めるのは間違いであった。


「だいたいさぁ~、【賢者】だからといって何でも厄介事を持ち込んでくるのはどうかと思うなぁ。少しは自分達で努力しようとは思わないのかねぇ」

「いや、確かにそうかも知れないけど、あの地方の人達も必死なんだよ」


 アドとしても、さすがにこれ以上イサラス王国に力を貸すのは無理に思えていた。

 今はおとなしいが、しばらくしたら強硬派が再び動き出すかも知れない。そうなる前に穏健派の権威を上げておきたかった。


「どうかねぇ、以前この辺りが別の国だったとき、上流から船で攻めてきたでしょ。独裁軍事国家だったんじゃないのかい? 『土地がなければ奪えば良い』みたいな、軍事派閥が幅を利かせた国なんじゃないのかねぇ?」

「ぎくっ!? まぁ……確かにそんな感じの国だけどさ、まともな人もいるぞ?」

「信じられないなぁ、前にオーラス大河の流れを撹拌させる柱を立てたけど、それがなければここに攻め込む気だったんじゃないかい?」

「アレを立てたのはゼロスさんかよ!? 強硬派の将軍達が凄く不機嫌だったぞ。敵意丸出しで地団駄踏んでたっけ」

「アド君……そういう情報は言わない方が良いと思うけどね。うっかり口を滑らせると死ぬよ? まぁ、この国の公爵様は既に手を打っているだろうけど」


 いつの間にか裏組織の情報を手に入れることができるチート級公爵。

 そこまで広い情報網を持っているとなると、他国の情報も仕入れることができてもおかしくはない。どこに目や耳が潜んでいるか分らないからだ。


「それよりも、そろそろ行こうか」


 世間話はここで終わりとばかりに、ゼロスはインベントリー内から【アジ・ダカーハ】を引きずり出した。

 鋭角的なフォルムが実に凶悪な、漆黒の【エア・ライダー】である。

 それを見たアドは子供のように目を輝かせた。


「【エア・ライダー】。ハードプレイヤーなら誰もが欲しがった幻のアイテム。まさか乗れる日が来るとは……」

「フッ……あんちゃん、運転してみるかい?」

「なっ!? い、いいのか? マジで?」

「昔のよしみさぁ~、ちょいとなら良いぜ? まぁ、計算では予備タンクを接続して五時間ぐらいが飛行限界だが……」


 あやしい口調でアドを誑かすおっさん。

 素直に『運転させてやるよ』と言えない自慢しぃなおっさんだった。


「バイク時は原付と同じスロットルで前進だが、【エア・ライダー】の時はフットペダルを踏むことで上昇、緩めると降下する。スロットルは前進だけにしか使えないのは一緒だねぇ」

「使いやすくて良いんじゃないか? けど、このシステムの切り替えはどうやっているんだ?」

「左右の【シールド・ブレード】が外側に倒れることで、制御クリスタルが自動的に飛行ユニットの接続と切り代わる。スイッチのON/OFFだけだから意外と簡単に作れたよ」

「これ、重量を考えると魔力の消費量が高くないかな? 飛行魔法って燃費が悪いから」


 飛行魔法、ここで例に出すのはゼロスの【闇鳥の翼】だが、この手の自然法則に反する魔法は比較的に燃費が悪い傾向がある。

 重力に反する斥力場を発生させ、上昇降下、前進後退、速度調整、あらゆる面で魔法式が数多く必要となり、それを制御する術式も必要となる。

 ただでさえ一つ一つが大量の魔力を使うのに、その魔法式が重複することで一つのシステムと化す。とても個人の魔力では賄えない膨大な魔力が必要なのだ。

【エア・ライダー】も基本は同じであり、当然だが魔力を大量に消費する。魔力がエネルギーに変質する消費量と、必要とする魔力を充填する速度が間に合わない。

 当然だが地球上のいかなる乗り物と同じように、燃料不足で止まることになるのだ。


「まぁ、一応対策はしてるけど、あまり使いたくはない手ではあるかな。左のグリップのところにブレスレットみたいなのがコードに接続されてあるだろ?」

「あぁ~、乗り手の魔力を動力に変換するのか。魔導師なら生きた電池だな」

「緊急時にしか使わないだろうけどねぇ。一般の魔導師なら直ぐに魔力を消費して墜落すると思う」

「……【エア・ライダー】に改造する必要があったのか? 普通にバイクでも良いと思うんだが」

「ロマンですよ、ロマン。男なら分るでしょ、夢を叶えたいと思う魂の熱い猛りが!」

「そう言われると弱い。一般に普及させれば儲かるかな?」

「やめた方が良いですよ? 下手をすれば第二のウィンチェスター家になりますから」


 男とは悲しい生き物である。

 夢を現実に叶えられる力を持った瞬間、その熱き魂の赴くままに行動してしまうお調子者だ。

 それは冒険にしかり、ハーレムにしかり、建国にしかり、巨大ロボにしかりだ。

 ヒーローに憧れて公園で真似をする子供のように、男達は魂の赴くままに夢に向かって走り出す。途中で挫折するような者もいるが、それは分不相応な夢を追い求めた結果であろう。

 だが、その夢がささやかなものであった場合、大抵のことは努力で叶えることができてしまう。乗り物の開発などは特にそうであろう。

 ゼロスとアドは既にそれをやらかしている。【アジ・ダカーハ】と【軽ワゴン】の製作である。

 これは個人で使うために製造されたものであるが、製造ラインが整えられれば国中に普及できる便利な道具だ。経済に大きな貢献をすることになるだろう。

 だが、経済が発展すると同時に交通網などのインフラ整備や、人身事故を防ぐために様々な政策をとらねばならない。商売人には利益は途方もなく大きいが、そこに行き着くまでには様々な問題が浮き彫りになり、その問題に国を挙げて対処していくしかない。

 今でも馬車などの人身事故が多発しているのだが、大半が貴族や商人が優遇され、事故に巻き込まれた者の方が悪いことになってしまう。遺族に対しての謝罪や補償などでるような情勢ではなく、馬車から車に代わっても結果は同じであろう。

 二人の製作した道具はこの世界にはまだ過ぎたものである。

 西部開拓期に席巻したレバーアクション式のウィンチェスターライフルも便利な道具ではあったが、その道具で財をなしたウィンチェスター家はおかしな方向へと突き進んでいった。車と銃の違いはあるが、今の王侯貴族が政治を取り仕切る時代で、車はかなり面倒な騒ぎを引き起こすのは間違いない。

 この世界にはまだ保険がないのだ。信号もなければ横断歩道もない。そんな世界に、時速八十キロ以上も速度が出せる乗り物は危険すぎる。

 まさに走る凶器だろう。


「あぁ~……なら、蒸気自動車はどうです? アレならたいしてスピードも出せなかったと思いますけど」

「まぁ、旧時代の耕耘機ていどの速度しか出ませんけどね。燃焼は魔石を利用して、水の供給も……。免許制度を導入しないとマズいかもねぇ」

「便利な物ほど、そうした規制が必要かぁ~。段階を踏まないと恨まれそうだなぁ~」

「試しに作ってみるか……。後はどこぞの公爵様にでも丸投げしよう」


 やろうと思えば耕耘機どころか飛行機も作れる。

 ゼロスは中々に多芸であるが、率先して販売する気はないようだ。

 だが、どこかの公爵様が裏で特許申請書を用意し、ゼロスが改良した魔法の販売権は他人に持てないようになっていた。

 そのためゼロスの懐はウハウハであることを当人も知らない。今では下手な貴族よりも金持ちである。


「それより、早く乗らないのかね? なんなら僕が運転しますが?」

「うぅ……Gのところには行きたくない。だが、【エア・ライダー】は乗りたい。ちくしょぉ、俺は腹を括ったぞ!」


 アドは【アジ・ダカーハ】に跨がると、始動キーを差し込んで捻る。

 微かに『ブゥゥゥン…』と言う音が聞こえると、魔力タンク手前にあるレバーを引いた同時に、左右のブレード・シールドが左右に倒れた。

 飛行準備完了である。


「ゼロスさんとタンデムか……。できればユイと乗りたかったな……」

「お腹に子供がいる時点で無理でしょ、諦めてゴキちゃんを潰しに行こう。これが終われば会えますから……そう言えば方向音痴だったねぇ」

「お願いします。ユイのところまで案内して下さい……」

「帰りは自力で帰って下さいよ? 僕も色々とやることがありますんで」


【エア・ライダー】は別名、飛行バイク。

 何が悲しくて、男同士でタンデムしなくてはならないのか。

 しかも向かうはどこかの観光名所とか、ツーリングで某高速自動車道を走るわけではなく、ゴキちゃん蠢く大平原。しかも飛行して襲ってくる。

 やるせない溜息を吐きながらも、アドは足下のフットペダルを踏み込んだ。

 一瞬だがエレベーターで感じる浮遊感が背筋を走る。


「おっ? おぉっ!? 飛んでる……マジかぁ!? マジだよ!!」

「浮かれてるねぇ」


 地上を離れる【アジ・ダカーハ】に、アドはめっちゃ興奮状態。

 子供のようにはしゃぎまくる。


「操作を間違えないでくれよ? おじさんはねぇ、男同士で心中なんてしたくはないんだ」

「俺だってしたくありませんよ! うははは♪ 俺は……空を飛んでいる」


 そして、アドは浮かれた状態で思いっきりスロットルを捻る。

 当然だが加速するわけで、おっさんとお馬鹿な青年は仰け反りながらも空を突き進んだ。


「のぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

「体勢を、早く体勢を戻す……おぉ!? 落ちる、マジで落ちる!!」


 加速する【アジ・ダカーハ】は、まるで背中に乗る男二人を振り落とさんとばかりに暴れる馬のごとく、大空を蛇行しながら暴走するのであった。


 

 


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