おっさん、気軽に防衛戦す
【暴走】。それは野生動物による一種の自然災害である。
特定の種が一定の数を超えた時、あるいは一定地域を縄張りとする大型種が消えた時に発生する。
別例としてダンジョンからの排出など特殊なケースもあるが、概ね増えた魔物が大移動を開始し、弱い魔物がその群れから逃げることで規模が拡大する。
今回スライスト城塞を含むリバルト辺境伯領において、状況を見た限りでは自然災害のように思えるが、【グレート・ギヴリオン】の動きは明らかにおかしかった。
「あの魔物は、直進しかしないんじゃなかったっけ? ゼロスさんの方はどう思っているんだ?」
「う~ん……そこがわからないんだよねぇ。実はこの街に来る途中で、魔物の群れに囲まれた村を発見したんですが、どういう訳か村が襲われてなかったんですよねぇ。まるで避けるような動きでしたよ」
「それ、【魔避香】じゃないんですか? けど、結構材料の面で高くつくような気がするが……」
「やっぱりそう思う? 用意できるとしたら、小さな村では無理ですね。結構な資本力がないと無理ですよ」
「じゃぁ、どこかの国……メーティス聖法神国のテロ行為か!?」
「それしか考えられないだろうなぁ~。明らかにスライスト城塞都市よりも侵攻が早かったですし、意図的に村周辺に魔物を引き寄せ孤立させたとしか思えないねぇ」
メーティス聖法神国が、魔導士の国であるソリステア魔法王国にテロを仕掛けるのは分かる。
神官と魔導士という相いれない立場が対立しているからだが、村を一つ囲むことに意味があるとは思えない。神罰を主張するなら襲わせた方が良いのだ。
もう一つは奇跡の演出だが、魔導士の国で奇跡を演出したとしても効果があるとは思えない。
【魔避香】や【邪香水】は、雨さえ降らなければ臭いで判別ができるからだ。
人為的な悪意で行われたと判明されてしまい、真っ先にメーティス聖法神国が疑われるのが明白だ。
「あの村で、何か良からぬことでもしているのだろうか?」
「単に、実行犯が潜伏しているだけだなんじゃないのか? 暴走に巻き込まれたくないだろうし」
「あぁ~、その考えがありましたか。充分あり得ますねぇ」
ゼロス達は石積みの階段を上がり、街を守る外壁の真上にまで来た。
高さは約二十五メートル近くあり、真下には数多くの魔物の群れと、倒された屍に群がる肉食獣とGの姿があった。
Gも数で言えばほんの一部であろう。飢え死にした数を含めても、氷山の一角に過ぎない規模だ。
強さ自体はたいした事のない下位種だが、数の面では圧倒的に多い。その軍団はまだ姿を見せておらず、現在現れているのは先行部隊である可能性が高い。
「……或いは、飢えて先走ったヤツの可能性も無きにしも非ず」
「うぇ~……実際のレイドって、凄く嫌なものだったよぉ~」
「血の臭いが……うぷっ! 酷いわ……」
「まぁ、これが現実だよな。倒した魔物が即座に消える訳じゃない」
「考えてみれば、大量の魔物を倒すわけですしねぇ。当然ですが、おびただしい量の血が流れるわけだ。人ではないにしても、吐き気が……」
濃密な血臭が吐き気を誘い、目の前に広がる平原一帯に漂っていた。
僅かに残された林にも魔物が溢れ返り、多くの魔物が他の魔物の血肉を貪り合う。
密集した魔物に魔法攻撃を加え更なる地獄を広げるさまは、正直まともな神経ではいられない。
「ヒィヒャヒャヒャ! ぶっ飛べ、魔物どもぉ!!」
「上がるぅ~、格が上がるぅ~、イヒヒヒヒヒ!」
「うへへへ、燃えちゃってぇ~♪ キャハハハハハハハ!!」
『『『『………』』』』
そんな地獄のような惨状を目の前に、魔導士団から配属された魔導士達はご機嫌であった。
一見して狂ったように見えるのだが、魔導士の一人が小瓶を一気に煽るのを見て、それが酔っているのだと気づく。
「なぁ、ゼロスさん……。あいつら、酔っぱらってね?」
「酔ってますねぇ~。おそらく、【マナ・リキュールポーション】をかなり飲んだんだろう。アレ、一応酒精が混入されているから」
「ソレ、戦場でお酒を飲んでるのと同じだよ? 良いのかなぁ~、職務怠慢じゃないの?」
「でも、リキュールポーションは回復薬よ? 酔うほどの効果は……あ、床に瓶が……。あんなに飲んじゃって大丈夫なのかしら?」
防壁の床に転がるポーションの瓶。
その数はお世辞にも嗜む以上の量を飲んでいることを如実に示していた。
いくら酒精が弱くとも、大量に飲めばアルコールの摂取量も加算される。【暴走】の防衛現場で飲む用な回復薬ではない。
「おいおい、どこ狙ってんだよぉ~。へったくそぉ~♪」
「うっせぇ! 見てろよぉ~、今直ぐ大量に仕留めてやらぁ~。【アース・グレイブ】!!」
「あっれぇ~? 何でアンタが三人もいるのよぉ~? 兄弟ぃ~?」
『現場に配給される回復薬を限定していないのか? 全員が酔っ払ってる……。この街、大丈夫なのか?』
おっさんの心に過ぎる一抹の不安。
アド達もさすがに同じことを思ったのか、全員が頭を抱えていた。
ゲームでならともかく、リキュールポーションを現実に使えば、当然だが飲み過ぎた者達は酔っ払いと化してしまう。何事もほどほどが肝心である。
「ゼロス殿、そろそろ攻撃に加わってもらいたいのですが……。彼等では魔法の威力がさほど高くありませんし、いかんせんあのザマでして」
バリスタの矢を運んできたアーレフ達騎士は、防壁の惨状に苦笑いを浮かべている。
『ハイになっている』とは言っていたが、これでは戦闘の邪魔だろう。下手にはこの場からどかそうとすれば、絡まれる可能性が高い。
酔っぱらいはタチが悪いのだ。
「アーレフさん……普通、リキュールポーション系は避けませんか? 魔導士が全員、良い具合に盛り上がってますけど……?」
「まさか、配給されたポーションがリキュール系だとは思いませんでした。使用期限切れ間近の回復薬を先に回してきたらしいのですが、こんなことになるとは予想外ですよ」
「せめて均等に分配しろよ。なんでマナ・リキュールポーションを大量に持ち込んでんだ? あの木箱のほとんどがそうだろう?」
「この街の執政官に言ってください。我々が作戦に参加した時点で既に酔っぱらってましたから」
『『『『『戦場ぉ~良いとぉ~こ、一度はおいでぇ~。どっこいさぁ~! まぁ、周りの女は美人とまではいかながなぁっ!!』』』』』
『『『なんですってぇ~~~っ!! 私達に喧嘩売ってるぅ? あんたら、いっぺん死んでみる?
売られた喧嘩なら買うわよ!!』』』
どこかの漁師による宴会場みたいな光景だった。
そして始まる男女の勢力に分かれた壮絶な殴り合い。
「何か、お酒か温泉旅館のCMを思い出すわね……」
「あれだけ酔っ払うと、天国から帰ってくるかも。それより戦力になるのかな?」
「君達、今が戦闘中だということを忘れてませんかねぇ? 【マナ・ポーション】は飲み過ぎ注意のラベルを貼る必要があるなぁ~」
リサとシャクティは酒を嗜むが、さすがに酔うほど飲んだことはない。
アドも呆れてものが言えない酷い宴会場だ。男女が壮絶に殴り合い、そして女性陣営が優勢だった。
何とも愉快で非常識な戦場である。
主に防衛側の魔導師が――だが。裸踊りをしでかしていないだけマシであろう。
「そんじゃ、奴らの目を覚ましてやるか。ゼロスさん、何の魔法を使います?」
「爆裂系は被害が大きいですし、氷結系で凍らせたほうが良いのでは? 後始末の時だけ焼き払えばいい」
「了解、そんじゃ~……」
「「【コキュートス】!!」」
アドとゼロスが放った氷結系魔法【コキュートス】。
分類上は範囲魔法だが、この規格外魔導士二人が放つと話は別で、防壁の真下から広範囲に渡り一面凍土と化すほどの威力となる。
魔物達も一瞬に凍結され砕け散り、空気中の水分は氷結してダイアモンドダスト現象を引き起こし、更に見渡す限り白銀の世界へと塗り変えた。
「おっ? まだまだ元気な魔物がいますねぇ」
「これ、解凍したら腐敗臭が酷くならねぇか? 砕けた片も一応は肉だろ?」
魔物はたとえ同族が死んでも、生き延びるために我先にと前進を続ける。
凍土すらものともせず、凍傷になるのを厭わず必死に凍り付いた大地を突き進む。通常なら突然に凍土ができた時点で逃げるのだろうが、今の魔物達はそのような判断力はなかった。
本能からくる恐怖と危機感が、魔物の思考能力を奪い去り、ただ暴走するだけの存在と化している。
暴徒と化した人間が、善悪の判断なく暴れまわるのと同じだ。
「リサとシャクティも手伝ってくれ、俺達ばかりが攻撃しても魔力だけが消費されるだけだろ? 上位レベル者は魔力が回復するのが遅いんだ」
「仕方ないわね……手伝うわよ。【アイス・グレイブ】!」
「アドさん達だけでも簡単に終わりそうな気がするけど……。【アイス・グレイブ】!」
必死に逃げてきている魔物達が、防壁前に到達する間もなく氷の槍に真下から貫かれる。
一撃で凍らされて砕け散るのではなく、串刺しにされて絶命する。ある意味ではゼロス達より酷い倒し方だ。
「これは……生き延びたら後始末が大変そうですね。矢の節約にはなりますが……」
「手間を省いても良いんですが、そうするとこの辺りの地形は酷いことになりますよ? おっと、【ブリザード】!」
「フハハハハッ! 見ろぉ~、魔物がゴミのようだぁ~!」
「アドさん……その台詞はここで言っちゃ駄目だよ。実際に問答無用で蹴散らしてるし……」
「そうよね。不謹慎だと思うわよ? 魔物だって生きているんだし、やっていることは大量虐殺。命を弄ぶような台詞を言うのは人として……」
「すまん……けどさ、こうでも言わないとやってらんないぞ? 実際問題として魔物に突破されたら街は地獄になるし、どれだけ攻撃しても終わりが見えねぇ」
大地埋め尽くすほどの魔物の群れが押し寄せ、魔法攻撃によって空白地帯となった場所も直ぐに魔物で塞がれる。数が無尽蔵というわけではないが、休む暇がないほど大量にいるのだ。
この場合、矢などの消耗品は限りなく押さえ、魔法により攻撃するのが最も効率が良い。
これは人間同士の戦争とは異なり、昔ながらの魔導師による攻撃が有効である。魔物に戦略は一切存在せず、ただ一直線にこちらへ向かってくるからだ。
「あっ……ギヴリーズが来た」
「「「えっ!?」」」
彼方から飛来する黒い軍団。
独特の羽音を立てながら迫る暴食の権化が今、スライスト城塞都市に急速接近していた。
その姿はまるで戦艦に特攻する零戦部隊のように、速度を落とすことなく迫る。
「罠でも仕掛けるか。【フレア・マイン】」
「おっ? ではこちらも……。【バースト・マイン】!」
【フレア・マイン】と【バースト・マイン】は、空中や地面といった場所に停滞し、通過する敵を迎撃する魔法である。一般的にトラップや迎撃、待ち伏せなどで使われることが多い。
魔法式の改良により、一定時間内は魔力に戻らず大気中を漂う。
風に流されると困るので、あとから風系の魔法で敵に向けて送り出さなくてはならない手間もあったが威力は強力で、密集している敵は高熱量の炎に巻き込まれることになる。
見晴らしの良い場所で設置するとかなり効果が高い。
――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
平原に轟音が響き渡る。
高速で飛行してきたGの群れは、一瞬にして凄まじい爆発に飲み込まれた。
更に後続のGもまた突然の爆発と高熱の炎に飛び込むことになり、焼かれながら地上へと落下していった。
Gの翅は炎に弱く、空中は迎撃するのに格好の狩り場となる。
「嘘ぉ~、あんなにいるの? 私達だけじゃ人手が足りないわよ!」
「うん……ゼロスさんやアドさんと違って、私達チートじゃないしね……」
「地上が手薄になるな」
「そうだねぇ~。魔導師団の方々は何をしているんだか」
視線をそらして魔導師団の魔導師達を見ると、その顔は実に間抜けな表情を浮かべていた。
ゼロス達の魔法があまりにも強力で、今までエリート風を吹かせていた彼等は、初めて格上の魔導師を見たことになる。
実力差が圧倒的すぎたために彼等の酔いが一発で覚めていた。
「ば、馬鹿な……なんという威力……」
「なぜあれほどの魔導師が傭兵などに……。宮廷魔導師でもあそこまで強くはないぞ」
「無名の魔導師の中にあんなのがいたら、私達のしてきたことっていったい……」
そして、魔導師団の自尊心を根元から叩き折っていた。
魔導師団に所属する魔導師達は、そのほとんどが貴族や裕福な商人の出身者が多い。
当然だが高名な魔導師に家庭教師をしてもらっていたり、弟子入りをして今の地位に就いている者が大半だが、傭兵の中に桁外れの魔導師がいるとなると彼等の立場は微妙なものになってしまう。
どれだけ優れた魔導師に師事したかというのは、多くの魔導師達にとっては一種のステータスになるからだ。だが、ゼロス達はその枠に当てはまらない。
誰に師事することなく高位の魔導師として実力をつけた者がいると分れば、優遇されるのは当然強力な魔法を行使する魔導師になるのだから。
魔導師団の魔導師達は、今まさに崖っ縁に立たされているのと同じであった。
しかしながら、ゼロ達にそんなことは関係ない。
「すこし、本気を出しましょうかねぇ」
「おっ? ゼロスさん、やる気になったのか?」
「いつまでもキモい生物を見ているのはちょっと……。さっさと焼き払おうかと思うんだが」
「同感。【グレート・ギヴリオン】もいることだし、一気に潰した方が後々楽だろ」
ゼロスとアドは、腰に装備していたナイフを引き抜く。
このナイフには、複数の魔法をあらかじめストックできる機能がある。
制作者であるおっさんとアドは、封じ込められた魔法を解放すると同時に、無詠唱による多重魔法展開を発動させた。
「「魔力解放、遅延術式全発動!」」
「【ホーミング・フレアバースト】×7【ホーミング・ファイヤーランス】×10」
「【グラビトン・バースト】×3【ギガ・エクスプロード】×4」
「「ブッ飛べぇ――――――――――――――――っ!!」」
無数の追尾式の魔法が迫るGに襲いかかり、避けたGも重力崩壊力場と高熱量の爆裂魔法に飲み込まれた。
アドが前衛を乱すことにより攪乱し、ゼロスが逃げ場を塞いで殲滅する。長い間コンビを組んだりして培われたチームプレイは、空飛ぶGの軍団を消し飛ばしたのだ。
一言で言うなれば圧倒的。情け容赦ない殲滅攻撃である。
「本当に私達がいる意味があるの? 二人がいれば、この戦いも簡単に終わるんじゃない?」
「強すぎるよ。私達って、地上の魔物を削るだけしかできないし……」
「フッ……この辺りをクレーターだらけにしても良いならできるぞ? やらないけどな」
「強すぎる力は、使い方を誤ると自分をも傷つける……。それに、全てを片付けていたら人は成長しませんよ」
二人いればこの暴走も簡単に片付けられると、遠回しげに言っていた。
そして、それが決して妄言ではないことをたった今示した。リキュールポーションで酔っていた魔導師団の魔導師達は形無しである。
心のどこかにエリート意識があったせいか、格上の魔導師の存在は彼等から言葉を失わせていた。
「少し、地上の魔物も減ってきましたね。そろそろ我々の出番ですか……。第三小隊から掃討任務に当たれ! 今の内にできるだけ魔物の数を減らすんだ!」
アーレフが檄を飛ばし、その声を聞いた部下が命令伝達を始めた。
真下にある門の前に、騎士と傭兵達が続々と集まってくる。
「騎士団が出陣ですか? 傭兵達も戦いたくて疼いていることでしょうねぇ」
「今が稼ぎ場でしょうし、傭兵達にも動いてもらいましょう。食料もある程度確保しておかねば、長期戦に持ち込まれたときに不利ですから」
「長期戦……食料って、魔物のことかよ!? 倒した魔物をそのまま食料として使うのか?」
「【ビック・ボア(大猪)】や【ジャイアント・ホーン(大角牛)】なんて魔物は、食料として普通に狩られているから、血抜きが巧くいけば美味しく食べられます。角や皮素材だけでも多少の収入にもなるかねぇ」
暴走と言っても、連続して魔物が攻めてくるわけではない。
途中から魔物の群れが分かれ、安全圏まで逃れられれば自然と暴走が収まる。
厄介なのは生態系が混乱することであり、原因である強力な魔物が消えない限り各地で魔物による被害が増加する。だからこそ被害を最小限に抑えるため、今の内に可能な限り間引く必要があった。
ついでに傭兵達の稼ぎも出さなくてはならない。
傭兵達は何かと金が掛かる職業で、武器や防具だけでなく生活費も含め、彼等の生活はかなり困窮している者が多い。
【暴走】が緩やかになったのを見計らい、彼等に稼がせる場所を提供するのも騎士の役割だ。
防衛の戦力として傭兵の力を求める以上、せめて宿代くらいは稼がせねば防衛戦に協力して貰えなくなってしまう。
騎士にとっては守ることが義務だが、傭兵にとっては生活がかかっており、戦況を見計らって傭兵達を迎撃に送り出すしかない。
回収できない魔物の魔石も転がっており、傭兵達にはちょうど良い稼ぎ時であった。
「いくぞ、野郎どもぉ――――――っ!! 今が稼ぎ時だぁ!!」
「「「「「「ヒィ~ヤッ、ハァ―――――――――――――っ!!」」」」」」
城塞都市の門は大抵が二重門になっている。
内門から外門の間には検問などを行なう広場があり、前衛にファランクスの陣形を組んだランス隊が待機し、後方を傭兵達が並び出番を待つ。
ゆっくりと門が開かれると、ランス隊は長めの騎士槍で侵入してくる魔物に向かい、突撃を開始した。
左右から攻めてくる魔物は防壁の上から魔導師団が援護し、隙ができたところに傭兵達が雪崩れ込む。
逆蹂躙戦が始まった。
「おぉ~、これは楽勝かなぁ」
「そうですね。大深緑地帯ほどの手強い魔物はいませんから、今外周に群がる魔物ていどなら楽に蹴散らせるでしょう」
「……いま、何かとんでもないことを言いませんでしたか? まさか、またあの森に行って訓練を?」
「あの地で生息する魔物ていどを蹴散らせねば、我等は国を守ることなどできないでしょう。かの地での訓練を参考に、効率の良い訓練方法を行ない始めましたよ。まだ、無駄がありますがね」
アーレフは鬼軍曹になっていた。
大深緑地帯での洗礼を受けた騎士達が、あの危険領域で訓練を始めるとは思わなかった。
どおりで騎士達が異様に強く、同時に統率のとれた動きを見せるはずである。彼等は訓練から徹底的に甘さを排除したのだ。
アーレフは、そんな騎士達の動きを見て、実に満足そうに頷く。
「おっ、騎士達の陣形が変わるぞ?」
「あれは、【鋒矢陣形】ね」
「シャクティさん……何で戦術に詳しいの?」
アド達が言うように、騎士達は戦局に合わせて陣形を変えていた。
部隊を三つに分け、鏃のような陣形を組む。
「【ランサー・チャージ】、構えぇっ!!」
「「「「「【ソニック・ブースト】!!」」」」」
風系統の身体強化魔法、【ソニック・ブースト】。
【フィジカル・ブースト】により一時的に身体強度を高め、風魔法により加速して突撃を敢行する。
一回限りの魔法だが、瞬間的に疾風迅雷と化す。
盾を構えたフル装備の重騎士が身体能力を強化され、それが弾丸のように加速して突撃してくるのだ。更にランスも構えているのでその威力は倍増する。
群がる魔物が騎士団に轢かれ宙を飛んだ。
「……改めて、ファンタジー世界って怖いな。人間が普通に超人だし」
「レベル次第でどこまでも強くなるし、凶悪な大型の魔物とだって戦える。凄く非常識よ」
「でもさぁ、一番の非常識が私達だよね。なんの訓練もしてないのに最初から強いし」
「ですが、大型の魔物でもレベル次第では強力だ。【極限突破】していてもベヒモスや竜王クラスは普通にきつい。種族間の強さにも一定の法則性があるしねぇ」
「……負けるとは言わないのね。あっ、その非常識が、今、楽しそうに暴れているわよ?」
シャクティの指を指した場所には、傭兵の集団が魔物に囲まれ奮戦していた。
その内の一人が容赦なく魔物を一方的に蹴散らしている。
「おい……あの武器は、まさか……」
「どこかで見たことがある武器だと思えば、ガンテツさんが制作したパイルバンカーですね」
そこにはやけに巨体なガチムチの男性が、巨大な盾とも手甲ともつかない武器で魔物と殴り合っていた。
その盾には極太のパイルが仕込まれており、殴る瞬間に轟音を立てて撃ち出され、容赦なく魔物を貫き爆散させている。
「あら? 私、あの人の顔に見覚えがあるわ」
「私も……。確か、北東口プロレスの……」
「【ボンバー内藤】じゃねぇか……。まさか、あの人も【ソード・アンド・ソーサリス】を!?」
「でしょうねぇ。プレイヤー名が【マスクド・ルネッサンス】だった気がしましたよ? 胸部以外をフルプレートメイルの装備をまとった、半裸の殴り騎士。二つ名は……【ベルセルク】。
以前、ガンテツさんと一緒に武器の制作を依頼されまして、素材確保に奔走しましたねぇ」
「「「騎士なのに大剣じゃなくて、なぜにパイルバンカー!?」」」
「大剣よりも殴る方が性に合うらしく、騎士から格闘スキルを極めたらしいよ? あのパイルバンカー、【バスター・グングニル】を見た瞬間、彼は浮かれて狂喜乱舞していましたよ」
「まぁ、元がレスラーだからな。武器より格闘戦が得意だろ……」
パイルバンカーの制作にはゼロスも関与していた。
だが、この武器を本格的に手がけたのは【青の殲滅者】であるガンテツ。彼には極めて厄介な趣味があることで有名であった。
「ガンテツさんの制作した武器? 自爆装置は……?」
「アレには残念なことに搭載されていません。機構の設計上、どうしてもスペースに余裕がなかったとか」
「ボンバー内藤、命拾いしたな。ガンテツさんは自爆に命懸けてたからなぁ~……」
「さんざん悩んだ挙げ句、自爆装置の設置が不可能だと分ったとき……ガンテツさん、マジで泣いていたよ。いやはや、懐かしい」
ゼロスの話を聞いてアドは一瞬だが安堵した。
だが、そこで思いとどまる。そもそも【殲滅者】がまともな武器を作るとは到底思えない。
【バスター・グングニル】にも、何らかのBADE効果が込められている可能性が高いのだ。
ある意味で【殲滅者】は信用できない集団なのである。
「ゼロスさん……。アレに何かの副次効果は?」
「鋭いねぇ~。【身体能力の向上】と【魔法耐性極大】。更に格闘戦における【戦闘力の向上】、【戦意向上】と【狂戦士化】の効果があります。手を貸したのはテッドさんですねぇ」
「【テッド・デッド】……あいつか。だから、ボンバー内藤があんなに狂戦士になってんだな……」
「呪われた装備じゃない! アレは危険よぉ!?」
「敵を求めて、一人で勝手に突き進んでる。いつか死んじゃうと思う……」
【緑の殲滅者】、テッド・デッド。
彼は呪われたアイテムをこよなく愛する変人であり、ファンタジー世界に呪いの装備は必需品だと豪語する。そんな彼の装備で不幸になったプレイヤーは数知れない。
【狂戦士化】のスキルレベル次第では、装備使用者は破滅することになる。
「急いであの装備を取り上げないと、ボンバーさんが死んじゃう!?」
「やめた方が良いと思いますねぇ。下手にあの装備を取り上げようとしたら、パイルバンカーの餌食になりますよ? 【狂戦士化】のスキルレベルは高いと聞いていますからねぇ」
「どれくらいのレベルなんだ? 精神にどんだけ影響を与える代物だよ」
「さぁ~、さすがにそこまでは……。その頃はカノンと魔法薬の素材集めに手を貸していましたし、そのあとのバイオハザードで有耶無耶に……。彼女は何をしたんだか」
腐ったプレイヤーの製作した装備は、どこまでも傍迷惑で危険物であった。
【殲滅者】のメンバーにまともなヤツはいない。狂った装備でハイテンションの元プレイヤーは、動く敵がいなくなるまで戦い続け、大地を赤く染めたという。
そして、ボンバー内藤の二つ名【ベルセルク】は、この異世界にも轟くのであった。
屍の山を築き上げ、スライスト城塞都市は今日も日が暮れてゆく。
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
【狂戦士】の雄叫びと共に――。