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おっさん、防衛戦の参戦前話

「……いきなりファーフラン大深緑地帯のど真ん中にいたんですか!? 良く生きてましたね、聞いた話では危険地帯だという話でしたけど……」

「君達は良いよねぇ~、イサラス王国近くの盆地ですか……。羨ましい限りだ……」

「なんで、そんなに恨みがましい目で俺を見るんですか? 俺のせいじゃないですよね!?」

「わかってはいるんだけどね。それでも、納得いかないものが……白い猿が…白い猿……」

「……猿?」


 カウンターでエール酒を酌み交わしながら、情報交換を行っていたゼロスとアド。

 だが、二人の間には転生初日に置かれた状況の落差から、深い溝ができていた。

 片や、食うか食われるかの生き残りを懸けたサバイバル生活。片や貧しい農村を発見し、そこで生活改善に努めた者。

 どちらが生きることに楽であったであろうか。改めて聞かされると、やはり不公平感を覚えずにはいられない。


「おまけに、食糧問題を少し改善しただけで、国を挙げて歓待されたんですか……。良いですねぇ~、英雄扱いじゃないですか。ケッ!」 

「何言ってんスかぁ!? 自分だって公爵家のお嬢を助けて、好待遇で迎え入れられたんでしょぉ? どこの主人公だよ! おまけに家までもらって……」

「君に分かるかね……毎日味気のない肉ばかりの生活を。いつ魔物に襲われるか分からない環境下で、食料を確保することの難しさを……。隙を見せたら死ぬし……」

「俺だって、毎日芋生活でしたよぉ!? だんだん飽きてくるんですよ、調味料も塩しかないし、おまけに貴重品。岩塩もあったけど、不純物が多すぎて使えないんですよ。なぜかリーダになってるし、リサ達を飢えさせるわけにもいかないし」

「そんなの、工夫次第でどうにでもなるでしょ。塩なんだし……味があるだけ良いじゃないか」

「まぁ、確かに……いやいや! それでも飢えに苦しんでいる人達も大勢いましたよぉ? 俺達だけなら楽でしたけど、他の人達も見捨てる訳にはいかないじゃないですかぁ!」

「いいよね、傍に仲間がいてくれてさぁ~。僕は一人でしたよ……寝てるとさぁ、獣の鳴き声が近くで聞こえるんですよ……。何度も襲われましたしね。ゆっくり休む暇も場所もないし……」


 結果、どちらも不幸話に花を咲かせ、やがてそれは嫉妬に変わる。

 肉か芋か、食糧難かサバイバルか、塩味か味なしか。

 おかげで二人の仲は急速にギスギスしてゆく。


「おい、あんちゃん達よぉ~。そんなに険悪で酒が不味くなるだろ? これでも見ろ、フン!」

「「マスター、他人の筋肉を見てどうしろと言うんだ?」」

「フッ……キレてるだろぉ? 美しいだろぉ? どうだ、この肉体美!」


 そして、カウンターのマスターは仲裁しているのか、単に筋肉を見せたいだけなのか分からない。

 嬉しそうにポージングしているところを見ると、おそらく後者なのかもしれない。

 そんなマスターは何気に料理の乗せられた小皿を二人の前に差し出す。


「特製の【プロテイン掛け、メッカラビーンズ】だ。こいつは効くぜ?」

「マスター、あんた……この機に乗じて俺達を筋肉の道に引きずり込もうとしてないか?」

「それ以前に、酒を飲んでいるのにプロテインを摂取して大丈夫なのかねぇ? 健康に悪くないのだろうか」

「そんときは、体を鍛えて余計な酒精を外に出せ。気持ちいいぞぉ~」

「「酔いが回るわぁ!!」」


 この世界のエール酒は、意外なほど酒精が高い。

 度数で言えばアルコール十五パーセントくらいだろうか。なんにしても酒が入った状態での運動は体に悪く、ついでにおっさんは喫煙者だ。

 酒が入った状態での運動は自殺行為に思えてくる。それ以前に体を鍛えるつもりはない。


「つーか、ここの宿は料理にプロテインを混入するのか?」

「おかしいですねぇ? メニューにはそんなこと一言も書かれていませんが……」 


 すると奥から『バタンッ!!』と音を立てて扉が開き、一人のドワーフが凄い形相でマスターに詰め寄る。今にも斧か何かでマスターを殺すような勢いだ。


「テメェ、ボーヴィル!! また俺の料理にプロテインを入れやがったなぁ、客に食わせられねぇだろうがぁ!!」

「何を言う。料理にプロテインは最高の調味料ではないか、素晴らしきプロテインの可能性!」

「ふざけんなぁ! 以前、それで宿に客が来なくなったんじゃねぇか! テメェの趣味を客に強要するんじゃねぇ!!」


 どうやら、このドワーフが料理長のようだ。

 彼は自分の料理に勝手な真似をされ、えらくご立腹のご様子である。


「だいたい、料理もまともにできねぇヤツが客商売すんじゃねぇ!! おとなしくカウンターでグラス磨いてろ!!」

「フン! 俺だって料理くらいはできる。貴様こそどこかの料理店をクビになり、俺に拾われたクチだろうがぁ!! 宿の経営方針に口を出すな!!」

「お前の料理は、全てプロテインで味付けしてんだろうがぁ!! あと、厨房で体を鍛えるのはやめろ! 貴様の汗で汚れた食材なんて客に出せるか!!」

「なにをぉ! 俺の美しい汗が汚らわしいというのか!? 輝く汗とプロテインが最高の調味料ではないか!!」

「ふざけんなぁ! いい加減にしねぇと、マジで強制的に経営禁止を食らうぞ! お前は客商売を舐めてんのかぁ!」

「傭兵は体が資本! 体を鍛えられて良いこと尽くめではないか、貴様こそ何を言っている!!」


 取っ組み合うマスターと料理人ドワーフ。

 やがて、『表ヘ出ろぉ、お前のその腐った頭を叩き割ってやる!!』、『上等ぉ! 俺が筋肉の素晴らしさを貴様に叩き込んでやろう。覚悟しろぉ!!』と言い合いながら外へ出て行った。

 そして響き渡る壮絶な殴り合いと、聞くに堪えない罵詈雑言。

 それよりも気になる問題発言があった。


『『僕(俺)は今、とても恐ろしい想像をしている!!』』


 この世には、知らなくても良い真実が存在する。


「……なぁ、ゼロスさん。さっき、マスターが『厨房で筋肉を鍛えてる』って、言ってなかったか?」

「まさか、この妙な料理も……プロテインだけでなくマスターの……」


 嫌な汗を掻きながら、ゼロス達は店内にいる客達を見た。

 彼等は何事もなく料理を食べ、酒を飲んでいるが、先ほどの話が事実だとしたら恐ろしいことになる。

 主に衛生的な面で、だ。

 彼等が動じないのは、日常で何度も繰り返されていることだからなのだろうが、初めて話を聞く客にとっては気持ちのいい話ではない。

 もう、二度とこの宿に泊まることはないだろう。

 溜息を吐きながら、ゼロスはインベントリー内からベーコンを取り出し、ナイフで薄くスライスする。


「これをつまみにしよう。この宿の料理はあやしい……」

「このベーコン、なんの肉だ? それに、やけに分厚いブロック肉だったぞ?」

「ワイヴァーン。大深緑地帯で七頭ほど倒しましてねぇ、肉が余ったので生ハムとか作ってみたんですよ。長期保存も可能。欲しければあげますよ?」

「マジで!? 欲しい! イサラス王国は肉なんて滅多に食えないし、ワイヴァーンは最高の肉だろ。俺も食ってみたかったんだ」


 そして、再び話し合う情報の共有。

 アドは軍事機密である危険なアミュレットの話は伏せ、ゼロスもまた【エア・ライダー】をガメたことは秘密にした。どちらもバレたら犯罪だからだ。

 そして再び語る、嘘の含まれた情報共有。


「ふぅん……大深緑地帯で【エア・ライダー】の部品を回収したのか。俺も行ってみようかなぁ?」

「やめておいた方が良い。あそこは【ソード・アンド・ソーサリス】のフィールドよりも過酷ですよ。リサさん達では一日持ちませんね。明日には魔物の腹の中です」

「マジでぇ!? どんだけやべぇんだよ……。しかし【イーサ・ランテ】があるとは思わなかったな」

「アレには僕も驚きましたよ。ですが、確信はできましたねぇ」

「【ソード・アンド・ソーサリス】の世界が、この世界をベースにしているって事か? だが、なんのために……。四神が勇者を召喚しているのは、この世界の文明水準を上げるためとしても、他の世界の神々はどんな目的があるのか分らんしなぁ」

「案外、僕達人間と遊びたかったんじゃないですか? 長い時間を世界の管理に費やしているのだから、きっと暇なんだと思いますがねぇ」

「見ているだけの存在なら暇だろうな。それこそラノベの神々じゃないっスか」


 ベーコンを囓りながら、アドはもっと深い理由があると思っているが、ゼロスはそれほど深刻には考えていない。

 神などという存在は元より埒外であり、その思考を分析したところで無意味である。

 世界を操作し、デスゲームを仕掛けないだけ良心的だと思っていた。


「問題は……」

「俺達が転生者でなく、転移者であるかもしれないと言うことか? だとしたら、俺達の世界の神々が四神を騙したことになる。なんのために?」

「大凡のことなら分りますけどね。ただ、確認できたわけではないですしねぇ」


 ゼロス達の世界の神々が四神達に嘘をついた理由。それはおそらく【勇者召喚】にあるのだろう。

 この世界の魔力を大量に消費して行なわれる召喚、だがそれは、他の世界から人間が大量に消えることを意味する。

 自然界において可能性は小数点以下だが、それが意図的に頻発するとどのような影響が出るか分らない。

 次元というものが不安定であるとしたなら、四神が行なったことは不安定な世界に波どころか津波を引き起こす行為になるからだ。

 次元そのものを管理する神々にとって、四神の行なったことは管理世界の破壊工作になりかねない。そのため四神を排除したい。

 そう考えると、ゼロス達を転移者でなく転生者と偽ったことにも説明がつく。転移者の管理権限は他の世界の神々にあるとすれば、転生者と偽っておけば四神は疑うことはない。

 転生者の管理権限は四神にある仮定できるからだ。管理が杜撰であると知っていたからこそ【邪神魂魄】の存在を見逃すと判断した。

 ゼロスの予想ではそう思っているのだが、これも直接聞いてみないとには分らない。

 確証のない疑問の連続が続くのである。


「ゼロスさん、邪神の復活って、どうしたらできると思います?」

「えっ、邪神ですか? それは……どうなんだろうねぇ? なぜに?」

「四神を追い落とすなら、邪神の存在が必要不可欠だと思うんですよ。アイツらはただの代行神のはず。ゼロスさんなら既に調べがついていると思ったんですけど」

「そこまでは調べがついているけど……。たぶん蘇生した邪神をこちらに送り返すのだと思ってましたし、僕達の役割は四神の目を反らす目的だと予想していたんですが」

「なるほど……。じゃぁ、ゼロスさんは邪神の素材なんかも持っていないわけですか。何かしらの手がかりを俺達の誰かに持たせていると思ったんだけどなぁ」

「素材は持っていますが、正直呪われた素材ですよ? 持っているだけでもバッドステータスになるような。世に出すには危険な代物ですねぇ」

「マジで? そんなの、俺達には扱いが難しいか……」


 内心、『ごめん、実は邪神ちゃん……もう、復活してるんだよねぇ~、テヘ♡』っと、言葉に出さないおっさんであった。

 実際、今の段階で邪神の存在が知られたら、体が安定していない邪神はあっさり始末させられてしまう。

 敵を騙すには、まず味方からである。


「【殲滅者】全員がいても無理だろうねぇ。瘴気が凄いこと、ここで出しても良いですが……死人が出ますねぇ」

「うっわ、核レベルの危険物じゃないっすか……。汚染力がパネェ!?」

「実際、僕も何度か浄化してやっと普通に戻れたんですよ? 一般人は悲惨な死に方をするから、封印しておいたほうが良いでしょうねぇ」

「当面の目的はあの国か……。奴らが出てくると思います?」

「無理、四神は無責任だし、人間がどれだけ死のうが知らん顔するだろう」

「やっぱり……。ムカつく奴らだ」

「同感……」


 四神に嫌がらせをするのは理解している。

 だが、今の段階で切り札を知られるわけにはいかない。それが例え同胞でも、最大の切り札に関しての情報漏洩は避けるべきであった。

 その為あえて真実を交えながらも嘘を吐く。これにより信憑性は上がり、邪神の復活の話は流すことができる。


「それにしても、このベーコン……マジで美味いなぁ~、マジでうめぇ……」

「何で泣いてんの? さっき切り分けたやつだけど、今あげようか? 僕はまだまだ持ってますから」

「うわぉ、ゼロスさん、太っ腹! これでしばらく美味い肉が食える」

「君達、一体どれほど肉に飢えているんだ?」

「イサラス王国は……家畜も少ないんだ。偶にロック鳥が出没するし、あの鳥は倒しても肉が不味い。素材は良いんだけどね……ハハハ。グスッ……」


 本気で涙しながらベーコンを齧るアドに、ゼロスはなぜか涙が止まらない。

 方向性は違うが、飢えのつらさは理解しているからだ。肉か穀物の違いで、二人の間には共通の苦しみを抱えていた。

 いや、現在進行形でその苦しみが続いているアドの方が悲惨だろう。

 イサラス王国の生活環境は、ゼロスが思う以上に酷いのかもしれない。


「クッ……特別だ。ワイヴァ―ンの生ハムもあげよう。二人にも食べさせてあげるといいさ」

「デカっ!? 何だぁ、これっ! 股肉にしてはデカいぞ!? これが全部生ハムって、重っ!?」

「思う存分味わえばいいさ……。ソーセージは家に帰らないとないけど……」

「ゼロスさん、適応力がパネェ!? 俺、一生ついていきたい!」


 この日、この世界に必要なのは【スキル】ではなく、環境適応力であると知るアドであった。

 リサもシャクティも【調理】のスキルは持っているが、味自体はたいしたことがない。スキルレベルが高くとも、彼女達二人は現実にそれを生かす経験がなかった。

 アドは自分の体に匹敵するほどの生ハムを抱え、実に幸せそうである。

 そして、翌朝――。


「おいひぃ……お肉がおいひぃよぉ~……グスッ」

「生ハム、スクランブルエッグ……ふかふかのパン。こんな贅沢があるなんて……」

「まともな食事だぁ~……。へへへ……この世界の肉は不味くてさぁ~。涙が……へへへ、うめぇ」


 ――ゼロスが携帯コンロで軽く料理をしただけなのだが、三人は泣きながら腹を満たす。

 今まで彼等がどんな食生活を送ってきたのか気になるところだ。

 わかることは、異世界の食文化は日本人には合わないということだろう。リーマン時代に海外出張で様々な物を食べ、実際に自給自足をしていたおっさんとは違う。

 現代の若者には悲しいまでに辛い現実なのであった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……田舎の肉は生臭かったわ」

「それ、血抜きしてないだけなんじゃないですかね?」

「パンは硬いし、干し肉は味が濃すぎる上に噛み切れないし、アゴが疲れました」

「現代日本人は、アゴの力が弱いから」

「焼かれた肉も味が変だし、肉の旨味を感じられねぇんだ。熟成するということを知らないんだろうなぁ~」

「あぁ、それは納得できますねぇ。たまに外で食事をしますが、美味い店との間に極端な差があるんだよねぇ~。うんうん」


 久しぶりに満足いく食事をしたアド達は、凄く上機嫌であった。

 海外に行くとよくある味覚の差というのは、実際に深刻な問題でもある。

 旅行などの数日間なら問題はないのだが、これが年単位ともなると地獄である。しかもここは異世界、食文化は極端に拙く衛生管理も杜撰であった。

 食中毒も頻繁に起こり、品質の管理や向上を行うにも金が掛かる。国を挙げての大規模な事業に発展するのだ。

 だが、貴族が領地管理するこの世界で、そうした事業を起こす者など先ずいない。

 唯一そうして事業で利益を得ているのは、ソリステア公爵領くらいのものである。そう、現在の当主であるデルサシスは大事業としてこの改革を推し進め、領地の食糧事情は大きく発展した。

 これを他の貴族達も真似をするが、その結果はことごとく失敗し借金だけが嵩んでゆく。

 殆どの貴族が事業に詳しくなく、専門の情報を得ようとせずにいきなり事業を起こしたのだから、失敗するのも当然だろう。その結果嫉まれるのだが筋違いも良いところである。

 デルサシスは小さなことからコツコツと業績や経験を伸ばし、そのすべてを投入して大事業を成功させた。確実と判断したところで多額の金を使うことで、確実に利益を上げている。

 ただの貴族がいきなり何の信用もなく商売をはじめたところで、結果など見なくても分かることだろう。

 

「そんな訳で、僕の住んでいる場所は比較的食生活は豊かなんだよねぇ~。厄介な仕事を押し付けられるけど……」

「ヤベェ、引っ越してぇ……。ユイもこの国にいることだし、思い切って……」

「そうよね! 国同士で同盟関係も築けたし、ここで手を引いてソリステアに移住しても構わないわよね!」

「美味しい食事、豊かな経済力と統治……。魔導士として働くのもいいかも……」

「君ら、国賓扱いを受けているんですよね? 色々と知られちゃマズイことを知っていたら、刺客が送られてくるんじゃないですかねぇ?」

「「「!?」」」


 アドは軍事面で色々とやらかしており、しかも臨時的に王室顧問の役職を与えられている。リサやシャクティも魔法薬の国内流通に貢献していた。

 その効果は微々たるものではあるが、イサラス王国としては手放したくない人材だ。他国に取られるくらいなら始末したほうが良いと思うだろう。

 何よりも国王が小心者で、なぜかアドに依存していたりする。


「……あの国王に泣きつかれるんだろうなぁ~」

「私も、薬草などの栽培法とか教えちゃったし、研究部署でお給料をもらってる」

「私も雪国だったみたいだから、衣服や国民の生活向上に色々と……。食料の保存のために氷室を作ったりと、結構やらかしてたわね」

「僕は家庭教師をしただけですしねぇ~。今はフリーで農作業と土木関係のアルバイトを少々、後は傭兵みたいなことをしてますねぇ。気軽ですよ?」

「「「ず、ずるい……」」」

「最初から言っておけばいいんですよ。『国家権力に仕える気はない』って。僕は真っ先にそう言いましたけど?」


 アド達の立場は王室顧問魔導士、宮廷魔導士の上位で、場合によっては軍に口出しできる権限を持っている。

 顔が判明している以上、途中で逃げだせば指名手配は確実である。この時点でミスを犯していた。

 優秀な弟子でも育てない限り、彼等の自由は殆どない。


「じゃぁ、何で騎士団の隊長格と知り合いなんだ?」

「以前、教え子と共に大深緑地帯に行きましてねぇ。その護衛として彼等と行動しただけですよ。どうやら出世したみたいだ。以前は小隊長だったんだが……」

「公爵家と繋がってんだろ? ゼロスさんを手放すと思うか?」

「大丈夫でしょ。敵に回さないように利用しようとする方だし、こちらの利益になる手立てを取ってきますから」

「ある意味で、もの凄く理解のある方ね。敵に回すと怖いわよ?」

「私もそう思う。手元に置こうとする人達より考えていることが読めないし、何をしでかすか分からない人だと思う」

「公爵ですけど、本質はやり手のビジネスマンですね。互いの利益のために利用しあう間柄ですから、ムチャな真似は絶対にない。そうした事態の時は素直に頭を下げてきますよ」


 デルサシス公爵は、本当に必要な時にのみ本気で頭を下げることを知っている。

 それが未だにないということは、ビジネスの相手としてゼロスを見ているということだ。実際ゼロスの懐には使い切れない大金が振り込まれている。

 対価に対しての報酬はきちんと払う人物なのだ。

  

「ゼロスさん、マジでパネェな……。そんな大物とよく取引できるもんだ」

「僕は、リーマン時代に色々契約なんかで海外を飛びまくっていましたからねぇ、帰国すれば地獄のルーチンワーク。今思い返してみるとブラックギリギリ」

「そのブラック企業の先兵になってたんじゃないですか?」

「ふっふっふっ、リサさん……。ブラック企業と言いましたが、会社内は充分クリーンでしたよ? ただ、開発ソフト納品期日前はブラックでしたが……。マスターアップ前日までは修羅場ですぜ、阿鼻叫喚のねぇ~……。何日完徹したかなぁ~」

「普通、訴えるんじゃないかなぁ~。よくそんな企業で働けましたね?」

「社会に出ると、時に理不尽な仕事も回されてくるもんですよ、リサさん……。腐れ部長がさぁ~、過酷な局面で海外出張を入れてくるんだよ。現場の苦しみを理解せずに判を押すんです。こちらの意見も聞かず勝手にねぇ!」

「「「うわぁ~、ハードな職場だったんだぁ~。社会人スゲェ~……」」」


 それでもやり甲斐があったから仕事を続けていた。

 姉の仕出かした犯罪が原因でクビになるまで、それこそ重役候補に名を連ねるほどであった。

 それが今では、のどかな引きこもりスローライフ。極端なまでの落差である。

 まぁ、金があればハイエナが寄ってくると理解したからこそ、その対応に二重三重の手を打っていたが、異世界に来て無意味となった。

 そんな地球でのことを話しながら、四人は傭兵ギルドに辿り着いた。

 この街に起きている現状を知るにはギルドに情報が集まるからである。

 

「さて、アーレフさんはいるかなぁ?」


 ギルドには臨時対策本部が設置されており、そこにはアーレフとギルドマスターのドンサーク老人。そして身なりの良い貴族男性の姿があった。


「アーレフさん、現状はどうなっていますか?」

「これは、ゼロス殿……正直芳しくないですね。魔物の数も増えてきていますし、北門では既に戦闘に突入していますよ」

「早いですね……ギヴリオンの侵攻速度から一週間ほどかかると思っていましたが、余波の影響で戦闘が早まったとみるべきですか?」

「えぇ、ですが、イストール魔法学院の生徒からもたらされた戦術案が有効のようです。範囲魔法で魔物を倒し、その屍を餌に足止めしている方法ですが」

「イストール魔法学院? 戦術案ねぇ~?」

「これになりますが、見てみますか?」


 手渡された表紙には、【城塞都市防衛戦術案、第七項。~餌がなければ魔物を殺しちゃえば良いじゃん~】と書かれていた。

 中身はまとものようだが、サブタイトルが凄く適当であった。

 この防衛案のよると、暴走する魔物のほとんどが飲まず食わずで飢えており、前線に来た魔物を範囲魔法で倒すことで餌にし、食らいついている魔物を足止めする。

 後はある程度固まったところで攻撃し、再び餌とすることで魔物を釣るのだ。

 この作戦にはある程度魔導士の人員が必要となり、幸いなことに魔導士団の構造改革によって中隊規模の魔導士がこの城塞都市に駐留していた。運が良かったと言えよう。

 

「未明からこの作戦を使ってみたのですが、意外に効果がありましたね。ただ、想像以上にチャバネやキングクラスのGが暴走に加わっています」

「既に、ここまで出没していたんですか?」

「えぇ、おかげで魔導士達はほとんど休んでいません。かなりハイになってますよ」

「じゃが、問題もある」


 突然に口を出してくるドンサーク老。

 傍らで蒼い顔をしている貴族の名前をおっさんは知らないが、とりあえずギルマスの話に耳を傾けてみることにする。緊急時ゆえに些細な問題だと判断したのだ。


「問題?」

「うむ……魔導士達のレベルが上がりまくってな、一時的に戦線から離脱してしまうんじゃ」

「あぁ~、そういうことですか」


 この世界の騎士や魔導士のレベルは低い。

 仮に大規模な戦闘に巻き込まれ、範囲魔法で相当の魔物を倒せば、当然だがレベルアップをすることになる。

 急速なレベルアップは魔導士達に負荷を与え、最悪気絶してしまう。

 一人でも魔導士が欠員すると、その負担は他の魔導士が背負うことになる。気絶した者達の復帰に時間が掛かってしまうのだ。


「なるほど……では、僕らも参加するとしますか。クレストン元公爵閣下に依頼されていますからね。あっ、遅れましたがこれが紹介状です」

「ふむ……なっ、Sランク魔導士!?」

「いえ、元魔導士の農民ですよ。北門ですね? 今から参加してこようかと思います」


 ゼロスは公爵家の依頼を受けた魔導士であり、独自の判断で行動してよいと紹介状には書かれていた。そのために軍の命令で動く必要はない。

 そして、Sランク魔導士の存在は傍にいた貴族の男性に衝撃を与えた。


「あぁ……クレストン公爵閣下、これほどの戦力を回していただけるなんて……感謝します」


 貴族風の男は手を合わせ、神に祈るかのように、傍にいないクレストンに対して感謝の意を示していた。

 端から見ればあぶない人のようだ。


「この方は?」

「この方は、このスライスト城塞都市を任されておられる【ノーホン男爵】であらせられる。いわば執政官じゃな」

「なるほど……まぁ、どうでも良いか。今のうちにある程度の数を減らしておくことにしましょう。敵は【グレート・ギヴリオン】ですから」

「あっ、一応は受付で手続きをしてくれ。報酬の分配のこともあるでな」

「了解しました。じゃぁ、アド君……戦争の時間だ。派手にぶちかますとしましょう」


 後ろで見ているだけのアドは、ゼロスが妙に生き生きしているのに薄ら寒いものを感じていた。

 これはレイドの時に見られた馴染みある光景で、邪魔な者ごと一掃する【殲滅者】の姿であることを思い出した。


「あのさ……ゼロスさん? 俺達はどこまでやればいいんだ? 下手すれば地形が変わっちまうんだけど……」

「無論、敵が根こそぎ消滅するまでですよ。魔物の暴走は先頭集団に釣られてここへ来ます。その集団を片っ端から潰しましょう。後が閊えているんですから、遠慮はいらないでしょう?」

「うっわ、スゲェ~いい笑顔。ストレスが溜まってたのか?」

「こんな状況下です。地形の心配をする必要もない……どうせ、埋め尽くすほどの魔物がいるんですからねぇ~」


 アドは気づいていない。

 自分達がいるせいで、おっさんが【ソード・アンド・ソーサリス】の気分に立ち戻っているなどと夢にも思わなかった。似たような戦闘が今まで何度もあったのだ。

 できるだけ被害を最小限にしようと考えていた常識人のゼロスは、アドと再会したことにより【殲滅者】モードに突入してしまった。

 そして、こうなったゼロスを止められる者はどこにもいない。

 魔物達の悲劇が幕をあげるのである。


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