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 おっさん、マンドラゴラを収穫す

 セレスティーナに実戦を経験させると決まってからというもの、実践訓練の内容は次第に苛烈な物へと変わって行った。

 マッドゴーレムの中に、時折早さ重視の個体が混ざるようになったのだ。

 他の個体に比べて体格は細長く、寧ろ脆弱さが際立っている様に思えたが、実はそこが曲者だった。

 泥で作られた個体とは思えないくらいに機敏な動きで翻弄し、尚且つ他のゴーレムの合間を縫って攻撃して来るのだ。

 実に厭らしい攻撃だが、実戦に於いて何が起きるか分からない以上、こうした訓練は重要となって来る。


 そもそもファーフランの大深緑地帯には、スライムやゴブリンだけが生息している訳では無い。

 大型の肉食獣や猛禽類の様な飛行タイプ、更には植物型の魔物も多く生息し、弱肉強食の食物連鎖を構築しているのだ。

 咄嗟の判断や自己診断、己の技量を弁え動き時には引き返す戦況判断力、自然界特有の罠を見抜く知識などは更に重要なのだ。

 そのため、セレスティーナとツヴェイトには、独自に魔物に関する知識を自分なりに調べ覚えさせる事にした。

 こうした知識は他人が教えるよりも、自分で調べ実際に検証する事で血肉となる。

 無論、魔力操作の訓練の常に行っていた。


「このっ!! しつけぇんだよっ!!」


 ツヴェイトはロングソードでマッドゴーレム(細)を力任せに倒し、肉薄していた通常のゴーレムを縦に両断した。

 対するセレスティーナは慎重で、横より盾で防御しては離脱を繰り返し、必要な時に痛烈な一撃を与える様な技巧を見せ始めていた。


「兄様! 先行し過ぎです。今のままでは囲まれてしまいますよ!!」

「っせぇ~な、解ってんだよ!! だが、この細い奴がムカつく……」


 遠巻きで見ていたゼロスとクレストンは、二人の戦い方を冷静に観察し、その評価をボード版の紙に書き記して行く。


「どうも、ツヴェイト君は直線型のようですね。力で押し切るパワータイプです」

「ティーナは技巧派じゃな。小柄な体格と力の無さを考慮し、一撃離脱を繰り返しとる」

「コンビとしては相性は良い筈なのですが……」

「ツヴェイトの奴が感情優先で行動してしまう傾向があるのぅ。咄嗟に魔法攻撃をして温存せぬから後半が辛い……」

「経験不足でしょうね。今は剣の使い方を覚える事に集中しているようです」

「対するティーナは、元から何も覚えておらぬから色々試している様じゃな。動きを変えると直ぐに分かりおるわい」


 乱戦に於いて問題なのは仲間を巻き込む事である。

 ツヴェイトはその辺りは実践訓練をしているから弁えているが、だからと言って安心出来るほどの実力は無い。感情的になると直ぐにボロが出るからだ。

 セレスティーナは元から訓練を続けていた為に、常に冷静に行動しては後の先を取る事に重視していた。

 安定性はあるのだが、逆に言えばそれだけで致命的な一撃を与える事ができない。

 今まで善戦してこれたのは、マッドゴーレムが比較的脆いからである。


「ストーンゴーレムやロックゴーレムにしても良いんですが、今の二人じゃ大怪我ですね。一撃で倒せなければ意味が無い」

「無茶を申すのぅ。そんな事が出来るのはお主くらいじゃぞ?」

「剣のスキルを極めれば誰でも出来ますよ? どれくらい時間が掛かるかは知りませんけど」

「毎日戦いの中に身を置かねば無理じゃろ。悪魔か、お主は……」


 どうやら武術関係のスキルを極めるには、一生物の時間を掛けねばばならないと悟ったゼロス。

 ゲーム世界と異なり、スキルを極めるには相応の時間と弛まぬ努力が必要不可欠だった。

 現実との齟齬をようやく理解し始めた。


「兄様、左っ!!」

「何っ、うおっ?!」


 巨体のマッドゴーレムの股の下から、マッドゴーレム(細)が下半身を崩し、腕を鞭の様にしならせ攻撃して来たのだ。

 予想外の場所からの攻撃に、ツヴェイトは直撃を受け弾き飛ばされる。


「奇抜で変則的すぎます……これは不味いですね…」

「やって…くれたな……『ファイアーボール』」


 倒れた状態からの魔法攻撃だが、それはマッドゴーレム(細)に向かい一直線に飛んで行くが、機動力では通常のマッドゴーレムより早く動けるので、実にあっさりと躱されてしまった。


「や、野郎っ!!」

「焦れば先生の思う壺です。多分、動きが単調な兄様を集中的に狙ってます。恐らくは連携を取れなくするため……」

「なっ?! つまり……俺が足を引っ張っていると言いたいのかっ!!」

「事実です! 先生は弱点を見逃さずに的確に攻撃してきますよ。今までも、そうでしたから……」

「マジモンで実戦形式かよ……容赦ねぇ」


 忌々し気にゼロスを睨みツヴェイト。

 だが、本当の実戦ではやり直しがきかないのだ。厳しくなるのは当然である。


「…当然です。訓練する以上は甘えは許さないよ? これは生き残るために必要な事だからね」

「なるほど……実戦では死んだら終わり。魔物が手心を加える訳がねぇてか?」

「せめて三時間は粘ってください。広大な森の中の孤立は死と隣り合わせ、生き残るために必要な事は純粋な力と原始的な意思のみです。

 下手なプライドや見得は己を殺し、同時に仲間をも巻き込むと知りなさい」

「クッ……ムカつくが正論だ。アンタはこれ以上の地獄を渡り歩いたんだろうよ」

「こんなのは序の口です。遊びにもなりませんよ、ドラゴン相手では逃げられませんからね」

「言ってくれる……。確かに俺は甘かったようだな、もっとやべぇ魔物はごまんと居る……」


 鍛え直して欲しいと言う言葉は真実のようで、彼はゼロスの言葉に真摯に受け止めている。

 少しの油断が死を招くのが自然の摂理であり、人の世界の様な安全は保障されてなどいないのだ。


「昨日の自分、今日の自分、そして明日の自分と少しづつ越えて行くしかないんですよ。近道なんてありません」


 こんな偉そうな事を言っているゼロスだが、内心は……


(何を偉そうな事を言っちゃってんですかね。これで二人が死んだら僕の教えが悪い事になるし、それ以上に責任問題になりかねないじゃないですか……隣の爺さんに何されるか分かんねぇ~っ!!)


 小心者ゆえに、昔の口調が混ざりながらも、かなり臆病風に吹かれてた。

 誰だって他人の命を背負いたくはないだろうし、教え方次第ではこの二人が死ぬ事になり兼ねない。

 そのため、思いつく限りのえげつない攻撃をゴーレムに実行させていた。


「良いねぇ~……変われそうな気がするぜ! 学院じゃこんな事は教えてくれなかった」

「随分と温いんですね、その学院は……。ここでは幾らでも失敗して構いません。自分が理想とする戦い方を模索し、存分に戦い、そしてモノにしなさい。それが貴方達自身の血肉となるのです!!」


(なに言っちゃってんの!? そんな事を言える立場じゃねぇ―じゃんよ!! 単に、これ以上の授業が思いつかなかっただけだろうに……。僕も鍛えないと駄目かなぁ……)


 言っている事と心の中では別だった。

 だが、家庭教師の立場である以上、弱腰姿勢では誰もついては来ない。

 どこぞの映画の軍隊方式と、どこかのカンフー映画のパクリであった。

 心の声も完全い若い頃に戻っていた。


「やっぱり先生は厳しいです……ですが、自分に合った戦い方が出来るのは嬉しいですね」

「ゴブリンを野放しにして的にするより、こっちの方が性に合うぜ。なんせ手痛い反撃までして来るからな」

「怪我をしたら僕が治療しますよ? 回復系の魔法も得意ですから」


 考え様によっては地獄の様な訓練である。

 しかし、決められた通りに動く敵は存在しないし、圧倒的不利な状況が無い筈も無い。

 この訓練は結構よく考えられた訓練と言えるだろう。

 例え元が、仲間のレベルアップの為の訓練だったとしてもだ。


 何せVRRPG時代、この方法は新たに加わった新規プレイヤーを鍛えるため、各ギルドで行われた方法なのだ。

 スキルやレベルを一定に底上げし、そこからパーティーを組んでクエストに向かっていた。

 この訓練はその模倣を現実に持ってきただけである。


「よし、こいやぁ!!」

「熱くなるのは構いません。ですが、心は常に冷静に徹するべきです。でなければ直ぐに死にますよ?」

「限りなく実戦に近い訓練……たまんねぇ~な…。超えてやろうじゃねぇか!!」

「僕は君達に答えを教える事は出来ない。なぜなら君達の人生は、君達自身の物なのだから……。

 だから、僕が経験した乱戦の状況を思い出す限り再現します」

「ちょっと待て、て事は……この状況は……」

「そう、僕が若い頃に体験した地獄ですよ。この時、多くの同胞が命を落としました……」

「マジかよ……通りで、えげつねぇと思った」


 無論、ゲームのレイドで大量繁殖したオークを殲滅するのがクエストの内容だった。

 この時、作戦指揮を執っていたギルドマスターの采配ミスで、仲間の大半が死に戻りにしたのである。

 それ以降、ギルドと言う組織自体から足を洗い、ソロで活動するようになったのである。


「例え知能が低い魔物でも、数が揃えば脅威となります。ましてや、広範囲攻撃魔法が使えない乱戦では、個人の技量が何よりも重要なのですよ」

「近接戦闘が出来なければ死ぬか……。実戦に裏打ちされた訓練、最高じゃねぇかよ」

「不本意ですが、同感。先生の御心が分かった気がします……死なない為に生き残る手段を得るのですね」

「必要な時に魔法が使えない魔導士など不要。味方の邪魔になる位なら、戦って仲間の為に死ねと言いたいですね」


 ゼロスもかなりの暴言を吐いている自覚はしている。

 しかし、彼の内心は既に混乱していた。

 最早、ノリと勢いで行動するしかない。


「確かに……『乱戦になったら速やかに後退しろ』と教えられたが、戦場が思うような状況になるとは思えん。時には包囲されこんな状況になるか……」

「そもそも、後退なんて出来るのでしょうか? 戦争は自分達だけでなく、相手も作戦を練って来るのですよね?」

「本当に温いですね。『常に最悪を想定せよ』、これが常識でしょうに……」

「返す言葉がねぇな……確かに学院の訓練は温い……」


 ゼロスは懐中時計を取り出し、今の時間を見ると不敵な笑みを浮かべた。


「二時間……これより二時間、乱戦状態になります。見事生き延びてみてください」

「先生!? 今にも魔力が切れそうなのですが……?」

「魔力が切れたという理由で敵が待ってくれますか? そんな状況下で、いかに生き残るかが重要なのですよ?」

「つまりは魔力が切れた所から正念場という事か。やり直しの利く実戦……良いねぇ……」

「分かりました。絶対に生き延びて見せます!」

「では、これから本気でゴーレムを操作します。死ぬ覚悟で挑んでください」


 マッドゴーレムが隊列を組み始め、陣形を整えて行く。

 魔物の中でも、時に知能の高い個体が指揮し、こうした戦法を取る事が良くある。

 正に実戦さながらの訓練に、二人は緊張と高揚感を感じていた。


(これだ! コレなんだよ、俺が求めていた物は……。流石、賢者…半端なく容赦ねぇぜ!)


 ツヴェイトは学院の鍛錬その物に物足りなさを感じていた。

 そんな彼にとって、ここ数日から急激に難易度の増したこの訓練はやり甲斐があった。


(先生は私達が死なない様に、敢えて厳しい訓練を選んでいるのですね。ならば、弟子としてその思いに応えねばなりません!)


 対するセレスティーナも実戦に勝る経験は無いと理解し、何としても食い付いて行くと言わんばかりに真剣である。

 その上で増々ゼロスの株は上がる一方であった。


 二人の教え子ははこんな調子だが、対するゼロスはと言うと……


(あぁ~失敗したかな? あの時のレイドって、際限なくオークが出てきて地獄だったっけ……。

 これは少し、調子に乗り過ぎたかなぁ~? 恨まれないだろうなぁ~?)


 ゲーム時の状況を思い出し、現実と比べて心では不安で右往左往していた。

 デジタルな世界と現実は似てはいるが、完全に異なる世界だ。

 その線引きをどうするかで悩んでいた。


 そして、ゴーレム達は一斉に動き出す。

 悪夢の二時間が始まったのである。


「しかし、何じゃのぅ。ティーナの装備は何とかならんかったのか……」

「クレストンさん……無茶を言いますね?」


 セレスティーナの装備は安物のレザーベストに鋼のバックラー、そしてメイスと言う駆け出し装備だが、相手がマッドゴーレムなだけに着衣の全てが汚れても良い、安物の衣服なのである。


「どうせ汚れるし、消耗品なのですから安物で充分でしょう。相手は泥人形ですよ?」

「そうなのじゃが……残念過ぎる。せめて純白のドレスに鎧姿の方が……」

「返り血で赤く染まりますよ……。しかも繊維に着いた血液は洗っても落ちませんし…」

「ぬぅ……屈辱じゃ。可愛いティーナが、あのような装備を着る事になろうとは……」

「純白衣装じゃ、『どうぞ狙って下さい』と言っている様な物でしょうに」


 とことん孫娘優先のクレストン爺さんであった。


「もう一人の孫は良いんですか?」

「あ奴は男じゃし、別に良いのではないか?」

「・・・・・・・・・・」


 ツヴェイトも学院指定の訓練装備なのだが、如何にも駆け出し感が出ている。

 しかし、同じ孫でも性別が異なると差別の差が極端だった。


 この老人を尊敬している彼は浮かばれない。

 ツヴェイト君が報われる日が来るのかは神のみぞ知るである。



 ◇  ◇  ◇  ◇  



 二時間後、二人は殆ど気力だけで立っている様な物であった。

 長時間に上る戦闘訓練はこれが初めてで、実戦を想定した修練が如何に苦しい戦かを、彼等は文字通り身を持って体験したのである。


「どうですか? 本物の戦場は今の状況が最低でも六日、長くても一月は掛かる物なのですが……」

「凄く……苦しいです……。こんな状況が、そんなに長く続くのですか……?」

「スゲェ辛い……これが実戦……。学院は温いなんてもんじゃねぇ……甘すぎる……」

「こんなの、ただの小競り合い程度ですよ。大規模な戦争はこんな物ではありません……これ以上の地獄です」

「マジかよ……ハハハ、最高だ! こんな訓練が受けられる俺は運が良い!!」


 魔力が枯渇寸前でありながらも、二人はやり遂げた充足感に包まれていた。

 そんな二人にゼロスは小さな酒瓶を手渡す。


「先生……これは?」

「【マナ・ポーション】です。孤児院でマンドラゴラを栽培していまして、少し分けて貰ったので作ってみました。あの繁殖力は凄いですねぇ~、危うく畑が埋め尽くされる所でしたよ……数日で」

「孤児院でそんな物を栽培してんのかよ! つーか、アンタの差し金だろ!!」

「薬草も栽培してますよ? これからは良い収入源になるでしょう」

 

 孤児院に植えたマンドラゴラは、成長速度が尋常では無かった。

 たった一日で芽を出し、三日後には収穫可能なまでに成長したのである。


 問題は、あまりにも成長が早すぎて畑の大半が埋め尽くされそうになり、急いで引き抜いて間引きしたのだ。

 マンドラゴラに埋め尽くされれば野菜を育てる事が出来ず、畑の栄養分が全て奪われてしまう。

 天敵になる草食の魔物が存在せず、外敵に喰われる心配が無いので増える一方なのだ。

 そのため、間引きと称して若いうちに手早く収穫し、その若いマンドラゴラで製作したのが、彼らに手渡したマナ・ポーションである。


「どうでも良いが……」

「はい……」

「どうしました?」

「「何で、酒瓶?!」」

「専用の小瓶が無かったので、代用したのですが?」


 確かに中身はマナ・ポーションだろう。

 しかし、これでは良い若者が昼間から酒を飲んでるようにしか見えず、見た目には体裁が悪い。

 ゼロスにしてみればただのリサイクルの積りでも、それを使用する者の立場は、目撃した者から見ればそうとう印象に悪い事だろう。

 互いに価値観が違うゆえに生まれた些細な事なのだが、大貴族の子息子女にとってはこれは流石に問題だった。


「今日の訓練はこれまで。明日は通常通りに行きます。そう言えばクレストンさん、二人の装備はどうなっているのですか? 実戦の予定日も差し迫ってますよ?」

「それは問題ない。近い内に完成すると連絡がきおった」

「それなら良いですが、護衛の騎士達はどうするんです?」 

「若い奴等を何名か廻してくれるそうじゃ……全く、デルサシスもケチ臭い事を申す。二個師団ぐらい軽く出さぬか、嘆かわしい」

「「「無茶言ってる!? つーか、倍に増えてるじゃねぇか!!」」」


 この老人はファーフラン大深緑地帯に実戦を積みに行くと決まってから、領主でもあるデルサシスに護衛としての騎士団の要請を頼んでいた。それも一個師団である。

 こんな事のために騎士団が派遣されたら、国民に対して申し訳が立たない事であろう。


 爺さんの孫馬鹿は止まる事を知らない。

 最愛の孫娘の為には、いかなる暴挙も実行するのだ。

 この老人の暴走はどこまでも続く。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 戦闘訓練後、ゼロスは孤児院に顔を出していた。

 これからマンドラゴラを収穫するので比較的ラフな格好で訪れたのだが、何やらルーセリスが眉間に手を当てて悩んでいる様である。

 声を掛けるべきか僅かに悩んだものの、やはり気になったので声を掛けてみる事にした。


「どうしました? ルーセリスさん」

「あっ?! ゼロスさん、ようこそお越し願いました」

「そんな社交辞令は良いですよ。どうしたのです? 何やらお悩みのようですが……」

「実は、マンドラゴラの事で……」

「何かありましたか?」

「そうですね……こちらに来て見てくだされば解ります」

「はぁ……?」


 ゼロスの腕を取り、畑へと引き連れて行くルーセリス。

 その時のゼロスの心境は、偶然にも腕に掛かった彼女の胸の感触に酔い痴れ、戸惑い気味である。


(こ、これ程の巨乳! 凄いボリューム感だ。これはヤバイ! ケダモノになりそうだ)


 彼は彼女いない歴四十年のDT中年である。

 むっつりなだけでなく、こうした無自覚の行為の接触にも耐性が無かった。

 彼は不味いと思いながらも、この感触が何時までも続いて欲しいなだと思ってしまう。


 そして連れて来られた畑には……


 ―――ウギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 断末魔の叫びが響き渡っていた。

 まるで、どこかの魔導具店の様である。


「こ、これは?」

「マンドラゴラを引き抜いたら、あの様に……。子供達がそれを面白がって……」

「・・・・・・・・」


 畑を見てみると、四人の子供達が楽しそうにマンドラゴラを引き抜いていた。


 ―――イヤァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


「あはははは、凄い叫びだね」


 ―――ヤメロォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「僕の方が大きい声だよ?」


 ―――ヒャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


「あははははははは、おもしれぇ~! もっと叫ばせて見よう」


 ―――ヒトゴロシシィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!


「アタイの方が凄かったよ? 人殺しだって、おもしろぉ~い♡」


 子供達が無邪気にマンドラゴラを引き抜いているだけなのだが、陰惨で残虐な行為をしているかに思えて来るのは何故だろうか?

 嬉々としてマンドラゴラを引き抜くたびに、この植物は異様な叫びを上げるのである。

 まぁ、マンドラゴラにとっては拷問を受けているのと同じ事なのかもしれないが……。


「何か……邪な感じがしますね」

「マンドラゴラに酷い事をしている気がして……凄い罪悪感が…」

「教育に悪そうですね。まさか、これ程とは……」

「間引いた時の若いマンドラゴラは叫ばなかったのに……どうしたら良いのでしょうか?」

「僕に聞かれてもね……。慣れるしかないのでは?」

「慣れたくないです。精神に直撃して来ますよ、この叫びは……」


 成長が早いマンドラゴラはその繁殖力が凄まじく、直ぐに畑を埋め尽くすほどに増えるのだ。

 その間に出来るだけ若い者を間引く事により、良質な効果を持つマンドラゴラを作り出せるのだが、そのマンドラゴラは引き抜いた瞬間にこうした絶叫を上げる特性がある。

 若い内は引き抜いた所で叫ばないのだが、収穫段階に入った物はこの様に派手に叫びまくるのだ。

 まるで惨劇に遭った被害者の如く絶叫するその声は、収穫作業をする者達の精神を粉々に粉砕する。

 マンドラゴラはメンタルブレイカーなのである。


「近所に誤解されそうですよね? これ……」

「既に何度も誤解を受けて、その度にこの畑を見せる羽目になるんですよぉ~……」


 古い教会の裏から響く絶叫、一寸したホラーな展開を想像させる。

 それを嬉々として引き抜く子供達は、残虐な小悪魔なのだろうか?


 ―――タスケテェエエエエエエエエエエエエエエッ!!


「助けてだって?」

「いまいちだね?」

「捻りが足りない……ちんぷ」

「もっと、こう、心の底から響く声が聴きたい……」


 子供達は残酷だった。

 彼等は小さな悪魔、悪戯好きの悪魔である。


「まぁ、これが孤児院の収入なるのですから……気を取り直して」

「無理です……。罪悪感が半端ではありませんよ、慣れたくないです……」

「重傷ですね。仕方が無い、僕も引き抜くとしましょう」


 そう言いながら手近な所に生えて居たマンドラゴラの茎に手をやり、力一杯引き抜く。


 ―――イヤァアアアアアアアアッ!! オカサレルゥウウウウウゥゥゥゥゥッ!!


「人聞きの悪い事を言うなっ!!」


 ゼロスはマンドラゴラを甘く見ていた。

 まさかこの手のパターンで来るとは思ってもみなかった。


 こちらを見ていたルーセリスの目がなぜか冷たい。


「ゼロスさん……あなたと云う人は・・・・・・」

「何もしてませんからね?! マンドラゴラの絶叫だから!!」


 これは色々と不味いだろう。

 何しろ、マンドラゴラを引き抜いただけで犯罪者になり兼ねないのだ。


「分かりましたでしょう? これは精神的にかなり危険です」

「まだ甘く見ていました。まさか、ここまでの物とは……マンドラゴラの所為で冤罪が続出ですよ」


 何も知らないご近所さんに通報されでもしたら、猟奇的な変質者として補導されかねないレベルである。

 しかし、マンドラゴラは引き抜かねばならないのだ。でなければ畑一面がこの植物に埋め尽くされ、折角植えた野菜が根こそぎ絶滅してしまう。

 更に今が収穫に相応しい成長具合であり、マンドラゴラを売り渡すには最高の期間とも言える。

 これを逃せば種を放出し、無差別に繁殖した手の付けられない状況になるだろう。


 ―――ヒトオモイニコロセェエエエエエエエエエエエエエッ!!

 ―――オレハオマエタチニクッシナイィイイイイイイイイイイイイッ!!

 ―――ノロワレヨアクマドモメェエエエエエエエエエエエエエッ!!


「「「「あはははははははっ!! 凄くおもしろぉ~~~~い♡」」」」


 なまじ大人は良識がある分だけに、精神的なダメージが大きすぎる。

 無邪気に引き抜く子供達が実に羨ましかった。


「とは言え……いい大人が何もしないのはどうにも……」

「そうですよねぇ~……ハァ・・・・」


 二人はしかたなしにマンドラゴラを引き抜く。


 ―――ヤメテェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!

 ―――ママ、タスケテェエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!

 ―――ヨクモツマトムスメヲォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 精神が持たなかった。

 まるで狙って来るかのような絶叫に対し、二人の心が先に根を上げたのである。


「な、何なんですか……この植物は……」

「酷い極悪人ですね、僕達は……フフフ……。正直、自殺したくなりそうですよ」


 マンドラゴラの精神攻撃は酷過ぎた。

 そして、ゼロスとルーセリスの性格はあまりに善良過ぎたのである。


 こんな搦手で来る精神攻撃に対し、真っ向から挑めるのは子供達だけであった。


 ―――アァ……モットォ~~~っ。モット…ハゲシク……アッ……アァ……♡


「あれ? 違うパターンだ」

「えろぉ~い!」

「何が激しいの? シスターに聞いてみよっか?」

「そうしよう。もしくはおっちゃんに」


「「やめて――――――っ!! 聞かないでっ!! 君達には早すぎます!!」」 


 意図してなのか偶然なのか、マンドラゴラは子供達の好奇心を刺激して来た。

 分かる事は、完全に大人二人の精神を攻めて来ている事であろう。

 恐るべし、マンドラゴラ……植物とは思えない知的な孔明の罠であった。


 彼氏いない歴18年のルーセリスと、結婚未経験のDTオヤジには、子供達の純粋無垢さが凶悪な凶器と化したのである。


「この子達に性教育はまだ・・・・・・」

「早いでしょう。いずれはと思いますが・・・・・まだ駄目です」


 この日、ルーセリスとゼロスは、今後の子供達の教育の仕方に頭を悩ませる事になる。

 後になって、大地操作系魔法『ガイア・コントロール』で収穫すれば早いと気づいた時、二人の精神は鬱になりかねないほどネガティブにまで落とされた後であった。

  ・

  ・

  ・

  ・

 収穫が終わる頃には、二人は満身創痍であった。

 肉体的な疲れでは無く、精神的に追い詰められて二人の表情は危険な兆候を見せている。

 目は虚ろで虚空を見つめ、薄ら笑いを浮かべながら空中に向けて誰かと語っている。


「シスターとおっちゃん、どうしたんだろ?」

「知らね。それよりコレ、どうすんだっけ?」

「日陰に並べて干すんだよ。おっちゃんが言ってたじゃん」

「肉、食べたい……にくぅ~~~……」


 元気なのは子供達だけである。

 勤労意欲があるかは分からないが、子供達はゼロスが教えた保管方法を直ぐに実行し、マンドラゴラを孤児院裏の物置の中に並べ干している。

 子供達の頑張りのお陰で孤児院の財政は潤い、二日後から真面な食事が可能となった。


 だが……この日から、孤児院は【絶叫教会】と陰で呼ばれるようになる。

 また、マンドラゴラの噂を聞いた泥棒は畑に忍び込み、マンドラゴラの絶叫でご近所さんに捕縛される事が立て続けに起きた。

 ある意味、マンドラゴラは有効な防犯装置なのかもしれない。


 ―――ゴウトウヨォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「なっ?! 黙れっ!! クソッ!!」

「ヤベッ!! 逃げろっ!!」

「「「「「泥棒だぁ、捕まえろ!!」」」」」

「なっ?! 何でこんなに人がいるんだよ!!」

「知るかっ!!」


 また今夜も、馬鹿な畑泥棒がマンドラゴラの所為で捕まるのだった。

 同時に、彼等泥棒はご近所さんの臨時収入として僅かな金貨と交換されるのである。


 周辺住民が泥棒が来るのを待ち続け、直ぐ捕縛できる組織体制を敷いている事をルーセリスは知らない。

 ただ、ご近所さんは今夜も待ち続ける。

 

 新たな獲物が掛かる事を……。


 

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