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コッコ、天誅す

 エア・ライダー【アジ・ダカーハ】。

 これを駆り大空を飛ぶゼロスは、大きな欠点に気づいてしまう。

 エア・ライダーは、予想以上に魔力を消費してしまうのである。

 本体が大きくなったことで重量が増えたせいもあるが、最大の理由が増設した術式投射クリスタルと、エア・スラスターの排気量だろう。

 エア・ライダーは下方向に斥力場を発生させる魔法陣を展開し、機体の各所に取り付けられたスラスターで移動するのだが、問題は全ての制御を司るブラックボックスの許容範囲を超えていたのだ。

 増設されたクリスタルから投射される魔法陣の数と、制御できる魔法陣との間に負荷が生じ、更に高度が上がることで掛かる荷重と、スラスターの出力による魔力消費が拍車をかける。

 飛行時間も予想以上に短く、だいたい二時間で地上に降下し魔力を補充しなくてはならない。

 それでも結構な距離を移動できるのだが、魔力の消費率が高くなってしまう。

 言ってみれば、原付で高速道路を走るようなものだろう。

 速度は出せるのだが燃料が足りず、途中でエンストを起こしてしまう。これと似た現象が空の上で起きてしまった。

 実際はシステム的な欠陥なのだが、魔力負荷によりオーバーロードした余剰魔力を放出し、急激にタンク内の魔力が流れ出てしまう。

 幸いなのは、魔力が少ないと判断された時に警報ランプが点滅することだろう。

 元がバイクなので地上を走るだけなら問題がなく、空を飛ばない限り稼働時間は長い。


『困った事に、ブラックボックスを分解できないんだよなぁ~。どんだけ技術力に差があるんだか……』


 何しろ継ぎ目が見えないのだ。溶接したのだとしても内部に魔法式による回路が刻まれているようで、どうやって作りだしたのかが分からない。

 魔力を流すことで内部の回路をある程度は把握することができるが、あまりに緻密なために再現が不可能なのである。再現したとすると今の技術では極端に大きなものになってしまう。

 ついでに、仮に完成したとしても、重量のせいで宙に浮く事など不可能であった。


「さてさて、この辺りからリバルト辺境伯領のはずだが……国境沿いとなると」


 ゼロスは地図を見ながら街道をショートカットする形で空を突き進み、時に地上を走ることで辺境まで来たが、現在位置を確認する上で街道を地図と照らし合わせる必要があった。

 この時代、街道を敷くには山間や湿地帯などの難所が存在し、その道は決して真っ直ぐではない。むしろ複雑に蛇行していることが多い。

 街道を敷く上で肝心なものは安全性であり、多くの商人達が行きかう以上、道なりは移動しやすく平坦に整っていなければならない。

 山間部や湿地帯などは、よほどのことがない限り街道を敷くことを避ける傾向があり、交易をする以上は整備も比較的に楽な方が良い。

 そのため、埋め立て工事など予算のかかる工程は、よほどの事がない限り滅多に行わず、結果として街道が地形に合わせて蛇行したりすることなどよくある。

 街道の多くが迂回路といって良いほど遠回りなのだ。当然だが、街が発展するのも街道沿いに面している。

 だが、エア・ライダーで街道沿いを辿りながら進むと、無駄に時間を浪費してしまう。何しろ何の障害もない空を一気に突き進むことができるのだから、わざわざ意味のない行動をしてリバルト辺境伯領に行くなど時間の無駄である。

 上空から見た街道の位置を地図と照らし合わせ、現在位置を特定して進めば迂回す距離を省ける。

 もう一つ魔力の充填する上で地上に降りなければならない。山間や未開発の土地に【アジ・ダカーハ】を下ろすような場所はなく、適した場所を探すのにも苦労していた。

 今更なのだが、人目に付くと騒ぎになるのは目に見えている。ロマンを求めた結果、先にある騒ぎを気にもしなかったのだった

 おっさんは趣味に走ると周りが見えなくなる傾向があるようだ。


「魔力を補充する時間を含めて、あと三時間くらいか? こんなことなら小型のスクータータイプにしておけばよかった。また分解するのもめんどいしなぁ~」


 何度か地上に降下し、魔力を補充して飛び部を繰り返し、リバルト辺境伯領内の空を飛んでいく。

 人目を避けるために【光学迷彩ステルス】の魔法を使い、上空から魔物の動きを確認しつつも先を急ぐ。

 上空から確認したところ、確かに魔物の数が多いように感じられた。


『これは……明らかに逃げているな。何かの気配に怯えている? この先に魔物を脅かす存在がいるのか?』


 獣は周囲の気配に過敏に反応する。

 ましてこの世界には魔力に満ちており、強力な魔力を保有する魔物がいると、周囲に波動なって伝わるのだ。

 野生の世界では五感が鋭くなくては生きていけない。多くの獣はこの波動を察知して、狩りや逃走の基準にしている。人間のように視覚認識で物事を判断している訳ではない。

 まぁ、人や他の種族もこうした気配を感じ取れない訳ではないが、獣よりは鈍いと言った方が正しいかも知れない。

 現に【恋愛症候群】という発情期が存在するのだ。勘の鋭い者であれば現在起きている状況に対して、わずかながらにも寒気を感じるだろう。


『だいぶ先だが……強い気配を感じるな。龍王クラスか? いや、それよりは弱い……なんだ? 何が迫ってきているんだ?』


 高位レベル者であるゼロスは、こうした魔力波動に関して高い察知能力がある。

 ゼロスには肌に感じるピリピリとした気配に、かなりの大物がこの国に迫ってきていると予感させる。何しろ現時点でその気配の主の姿が見えていないのだ。

 そこから類推すると、気配の持ち主はよほどの強力な存在である可能性が見えてくる。


「ここからでは見えないか。それでもビリビリくるねぇ~、いったいどんな化け物なのやら……」


 姿が分からない以上、憶測を並べたところで意味はない。

 問題は別のところにもある。


「魔物がこれだけ逃げてくるとなると、傭兵さん方は大儲けだねぇ。解体が大変そうだけど……。変な病気が流行らないだろうな?」


【暴走】が起きて最も大変なのが対応と後始末だ。

 押し寄せる魔物を倒すのは良いのだが、後に残された魔物の屍を処理するのは大変な労力を必要とする。食用などに適している魔物であれば、被害に遭った人々の一時的な食糧として利用できるが、中には食料に適さないどころか防具などに素材にすらならない魔物も存在するのだ。

 更に作業が遅れれば遅れるほどに魔物の屍は腐敗し、病を誘発する病原体の温床になるのだ。蔓延でもされたら最悪の二次被害を招くことになる。

 魔物による【暴走】は恩恵がありそうに見えて、実は後始末で多額の費用が掛かる厄介事でしかない。ラノベやゲームのように直ぐに屍が消える訳ではないのだ。

 ゼロスが流行り病を心配するのも現実を見ているからである。


『まぁ、僕が心配したところで、どうする事もできないんだだがな。ん?』


【アジ・ダカーハ】は上空を真っ直ぐ進むが、その真下では多くの魔物が逃げまどっている。

 だが、その流れの中で不自然に魔物が避ける場所があることに気づく。

 最初は見間違いかとも思ったのだが、ある場所を境に群れ成す魔物が左右に別れ、別の方角に逃げる動きを見せていた。

 その中央には小さな農村が見えたのだが、その中には魔物の姿すら存在しない。明らかに不自然である。


『【魔避香】でも使ったのか? だが、村を囲むほどの量を用意できるだろうか? それなりに値段が高い代物だし……妙な気がするな』


【魔避香】は、作るには簡単だが、素材が意外なほど高価であった。

 国で保有することはできても、小さな村でこのアイテムを持つなど予算的に無理がある。よほどの収入がないと購入できないほど高価なのだ。 


『仮に村で購入したとして、予め【暴走】を予測できていなければ、あのように村を避けることはないはず。そんなことが可能か? 魔物が増えてきていたら真っ先に逃げるんじゃないのか?』


【ソード・アンド・ソーサリス】の冒険者や実際の傭兵達も、【魔避香】はキャンプなどで使うことが多い。少なくとも村一つを囲むほどの量は採算に合わないのだ。

 いくら考えてもおかしな点が多い。


「ウーケイ、ザンケイ、センケイ……あの村の様子を見てきてくれませんかね?」

『コケ? (何か、気になる点でもおありか? 師父)』

「妙なんですよ。村一つが丸ごと無事でいる……。すでに魔物に飲み込まれていたとしてもおかしくないはずなんですが」

『コケ……コケッコ。(妙な臭いがするでござる。拙者、少しムカムカするでござるな)』

『コケ……。(俺もだ。気にしなければなんともないんだが……)』


 コッコ達も、どこか不快な感じがするようであった。

 これにより、あきらかに【魔避香】を使用したのだということが判明した。


「【魔避香】は、それなりに強い魔物には無力ですからねぇ。君達には効果はないでしょう。魔物を討伐するついでで覗いてきてくれませんか? 僕はこの先で何が起きているのか確認してきます」

『コケッ!(御意に)』

『コケケ? コケケケ(斬っても良いのですな? お引き受けいたしましょう)』

『コケ……。(手練れがいればよいのだが……)』


 三羽は【アジ・ダカーハ】から飛び降りると、翼を広げて弧を描きながら降下していった。

 さながら特殊部隊か、或いはどこぞの科学忍者隊のようである。

 異色の獣達が再び野に解き離れた。


「さて……先を急ぎますか」


 ゼロスはスロットルを絞り、【アジ・ダカーハ】を更に加速させる。

 目指すは暴走が起きている更に先の土地。その先に何がいるのかを確認するために。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 地上に舞い降りた三羽のニワトリ達は、村から漂う臭いに訝しげに目を顰めた。

 漂うのは魔物が嫌う特有の臭いと、わずかに含まれた鉄錆臭。血の臭いである。


『コケケ……?(コレは、血の臭いか?)』

『ケケッコ、コケ(おそらく。何か、事件でも起きているのだろう)』

『コケ、コケケッコ? コケ(なら、この集落を探索するのはどうだ? 幸い拙者達は下位種と見分けがつかん)』


 ウーケイ達は進化した特殊な存在だが、見た目だけなら一回り大きいだけで普通のワイルドコッコと変わりがない。

 普通に村の中を歩いていたとしても、村人は逃げるだけで決して襲ってくることはない。これはコッコ達全般に言えることだが、基本的に同じ場所で生活し続ける種族ではないからだ。

 気性が荒くて喧嘩っ早いワイルドコッコだが、餌を求めて各地を群れで移動する習性を持っていた。ウーケイ達変異種が異常なのである。


『コケケ(良い手だ。だが、まずは何が起きているか確かめるのが先決)』

『コケコケ……(俺もそこは同意するが、もし外道がいたら……)』

『コケケ、コケッ!(成敗しても構わぬだろう。拙者、非道は決して許さぬ!)』

『『『コケケケ!(悪党なら殺しても良心が痛まん!)』』』


 三羽の意見が一致した。

『悪党なら別に殺しちゃってもいいよね?』と言っているようなもので、考えてみれば酷い。

 彼等にとって、悪党は技の実験をするのに丁度良い獲物なのだ。外道であるほどお手軽な骨付き肉である。そこに躊躇いの文字は存在しない。

 この辺りが魔物なのであろう。人間であれば例え悪党でも殺すことに躊躇するものである。

 解き放たれた野獣達は『ニヤリ』と笑みを浮かべると、それぞれ分かれて行動を開始した。

 始末しても構わない得物を求めて。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 異端審問官であるジョスフォーク達は、日頃から溜め込まれた殺人欲求を満たすべく、人目を避けて森の中を移動し続けてきた。

 国境沿いの町や村は既にソリステア魔法王国の騎士達に先導され退避し、彼等が楽しむ相手がいない状態であった。

 そこで更に国内に不法侵入し、国境沿いから離れた村に布教を名目潜入する。

 夜中に【邪香水】を撒き、村の周囲に【魔避香】を漂わせることで周囲から隔離することに成功すると、歪んだ欲望を剥き出しにした。

 昨日まで穏やかだった村は、その日から狂気が蔓延る地獄と化した。

 治療や相談を名目に揮発性の高い麻痺毒の瓶を各所に設置し、夜中にそれを割ることで村中の人々は動けなくなってしまう。

 屈強な男衆をその場で殺し(数名は反応を楽しむために生かした)、女子供はロープで身動きを封じた後、彼等はそのおぞましき本性を曝け出した。

 逃げ出した者もいたが、暴走した魔物の餌食となり外部に救援は望めず、逃げ出せない村人に家畜の餌を食わせ気まぐれで殺戮行為を始めたのだ。

 そして、三日ほどの時間が流れた。


「よう、サドラ。昨夜はお楽しみだったようだな。楽しい声が聞こえてきたぜぇ」

「いやぁ~、中々に可愛い子でしたので、思わず時間を忘れてしまいましたよ。母親に助けを求める姿が健気で、つい燃えてしまいました」

「相変わらず坊やを殺すのが好みか? まぁ、俺も燃えたけどな」

「ジョスフォーク司祭長も、随分と楽しんでいたじゃないですか。凄く楽しそうな声が響いてきましたよ? ドSですね」

「何を言うのかね。俺は神に背く者達を天国に送ってやっただけだぜ? いわば慈悲さ」

「酷いですね。まぁ、僕も人のことは言えませんが」


 笑い合う二人の体には、おびただしいほどの血の跡が残されていた。

 彼等のほとんどが小さな好奇心から、或いは酷い家庭環境から狂気の世界に堕ちた者達だ。

 小動物から標的を人に、或いは愛情の裏返しからその手を血に染めた狂える価値観に侵され、殺人という快楽に溺れていった。

 それを異常とは思わず、これが人の本質だと思っている。彼等にとって同類は家族であり、他の人々は獲物なのである。

 だが、彼等も自覚していないことがある。

 強者が弱者を喰らう、ならば彼等もまた獲物になりうるということに。


「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「あん? 今の声はボロストの奴か?」

「あの人、雑ですからね。調子に乗って反撃されたんじゃないですか?」

「あ~、あり得るな。いたぶることが趣味な奴だからな」


 ボロストは、前科二十六犯の性犯罪者だ。

 強姦殺人罪で死刑宣告を受けたが、隷属することで異端審問官に加わった経歴を持つ。

 ジョスフォーク達はこの時、異変に気づく事はなかった。

 たった今、一人の犯罪者が真っ二つに割かれて処刑されたことに――。

 狩りは既に始まっていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


『コケ……(ゲス共が占拠していたか……)』


 性犯罪者を成敗したザンケイは、嘴に銜えた植物の葉をピコピコ動かして考える。

 最初は様子見のつもりで窓の外から覗いていたが、あまりの外道ぶりに義憤にかられ窓を切り裂き侵入。即座に斬り殺した。

 見た限りでは教会にいる人間のメスと似た着衣を着ているが、どう見ても碌でもない人間であると判断した。だからこそ成敗したのだが他にも仲間がいる可能性が高い。

 ザンケイの目の前には二つに分かれた男の死体と、ベッドの上で恐怖におびえている女性の姿があった。その四肢は鋭利な刃物で切り刻まれており、出血で死なないよう加減されていたことが窺える。

 だが、このまま放置すると出血でこの女性も死ぬ可能性が高い。


『コケッコ(このまま放置は、同じ人族である師父の顔に泥を塗る。手当でもしておくか)』 


 ザンケイは翼をはばたかせベッドに上がると、女性は『ヒィッ!?』と微かな悲鳴を上げる。

 だが、そんなことは無視し、ザンケイは自分の足で女性の腕を掴んだ。


『コケッ!(【命気】!)』


【命気】は仙術系による治療魔法の一種で、体内の魔力を活性化させることにより再生能力を高める効果がある。

 女性は見る間に傷が癒え、やがて傷の存在が嘘のように綺麗さっぱり消え去った。


『コケケッコ(これで良かろう。後は……)』


 治療が終わったことを確認すると、侵入した窓に飛び外の様子を窺う。

 丁度その場に、先ほど斬り殺した男と同じ身なりの者達と出くわす。

 二人ほどいたが、どちらも少なからず血の臭いを纏わせている。

 ザンケイの目に獰猛な光が宿った。


『コケェ!!(成敗!!)』


 白銀の翼が閃光の如く煌めき、二人の首を瞬時に跳ね飛ばし、血の間欠泉が噴き出す。

 その光景を確認するまでもなく、ザンケイは姿を消した。新たな獲物を探し求めて――。

 残された女性は自分が助かった事への安堵と、助けてくれたコッコに神の姿を見て、『あぁ……神様……』と喜びの涙を流し、祈りを捧げる。

 やがて、各所で断末魔の叫びが上がった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ある民家では、一人の中年男性が快楽に酔い痴れていた。

 傍らには年端もいかなない少女達が数人両腕を縛られ、全裸のまま放置されている。

 その男の相手をさせられるのも成人前の少女で、既に抵抗する気力もなく、なすがままに体を預けていた。


「フヒィ! お、お前達は僕、ちんのお人形さんなんだな。ボボボ、僕ちんがご主人様なんだな、フヒヒヒィ♪」


 男の名は【ボービィ・デッブ】。前科七犯の犯罪者だ。

 主な罪歴は少女誘拐、暴行、姦淫に殺害である。この男はとにかく幼い少女に異常なまでの執着を見せる変質者であった。

 だが、彼はまだ気づかなかった。

 彼の背後で器用にドアノブを回し、内部へと侵入する凶悪な狩人が迫っていることを――。

 見た目は純白のワイルドコッコだが、その大きさは通常種より二回りほど大きい。何よりも異様なまでの闘気を放っている。

 そして、その獰猛な狩人は直ぐに行動に移した。


『コケェ!(死ね!)』


 背後から飛び掛かったウーケイは、ボービィの後頭部に強力な蹴りを一撃見舞う。

 その衝撃は頸椎を粉々に粉砕し、丸々と太った豚のような体に頭部が埋没した。完全に即死であろう。


『コケ……(よし、次だ……)』


 悪を成敗したウーケイは、少女達の拘束を解き放つと、次なる獲物を求めて歩き出す。

 まるで無人の野を行くが如く、その姿は堂々としたものであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


【ジャブ・アルガ】は精神異常者であった。

 その異常なまでの執着心から妻に逃げられたのだが、時間をかけて逃げた妻を探し出し、殺した後にその遺体と三年もの間過ごしたほどだ。

 しかも、腐乱した遺体を喰らいながらだ。その精神は、もはや人とは呼べない。狂気的執着心と愛だ。

 彼はとにかく自分の妻に似た女性に拘り、自分のものにすることに囚われている。


「あぁ……ジェシェカぁ~、嬉しいよ。まさか三人もいるなんて……なんて俺は愛されているのだろう。幸せだよ」


 恍惚な表情を浮かべて語るジャブの前には、母親と姉妹が捕らわれており、血の繋がりか見ても分かる。

 彼女達の不幸は、この男が殺した妻と似ていたことだろう。

 ジャブに被害者達の声は届かない。どこまでも自分の心の世界しか見ておらず、そこで完結している。現実感が希薄なのだ。

 抵抗すれば殴り、従順になれば愛を囁く。この男には失った妻しか見えていない。

 だが、そんな彼の人生も終わりの時が迫っていた。

 部屋の頭上に伸びる一本の梁、そこに音もなく黒い影が姿を現した。

 逆さにぶら下がる漆黒のコッコ、センケイである。


『……』 


 特殊な進化を遂げたセンケイは、羽毛と体毛の二つを持っていた。

 センケイは無言のまま自分の体毛の一本に魔力を流すと、その体毛は瞬く間に長く伸びてゆく。

 そして、その体毛をジャブの首に絡めると、梁を支えに一気に引きずり上げる。


「ケェッ!?」


 突然襲った苦しみ。ジャブラは爪を立ててクビに巻き付いた体毛を切ろうと、もがき足掻く。しかし鋼の如く硬質化した体毛は切れることはない。

 翼をはためかせ床に舞い降りるセンケイと、対照的に宙に吊り上げられた咎人。それを繋げるは一本の体毛のみ。

 センケイはその体毛をまるで弦のように翼にある爪で弾く。


 ――ピィィィィィィン!


 透き通るような音と共に、罪人は闇へ落ちた。二度と目を覚ますことはない。

 それを確認するまでもなく、センケイは体毛を切り離すと影の中へと消えてゆく。

 後には驚愕している母と姉妹。床に落ちて転がる一人の男の躯だけが残された。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 村のいたるところで悲鳴が上がる。

 最初は犯罪者仲間である異端審問官達が、村人相手に派手な拷問をしているのかと思ったが、外に出て見れば無残な屍となった者達が目に飛び込んできた。

 完全に敵が内部に入り込んでいるとジョスフォークは気づく。

 しかし、彼等が逃げるにしても村周辺の森は魔物であふれかえっており、どこにも逃げ場など存在しない。更に問題は村人が鍬や斧を持ち出して反撃してきたことにある。

 完全に孤立した村の中では、異端審問官達は駆られる獲物に成りさがる。完全に立場が逆転したのだ。


「クソッ、何でこんなことに……。巧くいっていたはずだ」

「頭ぁ、どうするんですかい……? 逃げられませんぜ」

「うるさい! 今考えている」


 異端審問官のほとんどが殺人者だ。しかし、能力面で言えば彼等は一般人とさほど変わりはない。

 多少は神聖魔法が使えるが、それでもこの孤立状態から抜け出せるほどの実力はなかった。

 すでに半数が何者かに惨殺され、捕らえていた村人は自由を取り戻し、村の周囲は魔物がうごめく暴走の真っただ中。

 自分達でこの状況を作り出した結果が、決して逃げることのできない牢獄となってしまった。

 生き残るために魔物の中に飛び込むか、或いは村人に殺されるか、別の襲撃者に始末されるかの三択が迫られる。どれも絶望的な選択肢だ。


「いたぞ! こっちだぁ!!」

「よくも娘を……ぶっ殺してやるぅ!!」

「弟を……よくも弟をあんな…………人殺しぃ!!」

「母さんの敵だぁ!!」

「お爺さんは……余命いくばくもなかったのよぉ!! それを、あんな……」


 生き延びていた村人の殺意が異端審問官達に向けられる。

 久しぶりの拷問を楽しむため、ある程度の人数を残したのが間違いであった。その数は彼ら快楽殺人者達よりも多い。

 拘束していたはずが、いつの間にか自由の身となっていたのだ。更に今も同類の犯罪者は確実に人数を減らしている。


「ギャボハァ!!」

「な、なんだぁ!?」


 ジョスフォークの目の前で、一人の異端審問官が家屋の壁をぶち抜き、転がってきた。

 その姿は全身が無残なまでに腫れ上がり、息をしているのが不思議なくらいの重傷を負っている。

 そして、その家屋から出てきたのは翼の一部が深紅の、一羽の純白なコッコであった。


「ワ、ワイルドコッコ……!? まさか、これをやったのが、こんな下級の魔物だというのか?」

「た、助けてくれぇ!!」

「「「「!?」」」」


 振り向けば、一人の異端審問官が必死の形相で逃げていた。

 だが次の瞬間、銀色の閃光が彼を追い越すと同時に、彼の体は上下均等に分断される。

 異端審問官を斬り殺したのは、白銀一色の羽毛を持つ、草の葉を咥えたコッコである。

 鋭い眼光がジョスフォーク達を射抜く。明らかに異常な種だ。


「なんだ、こいつら……」

「か、頭ぁ~……後ろ、後ろを……」

「後ろ、だとぉ? まさか!?」


 咄嗟に振り向くと、彼の背後にはいつのまにか漆黒のコッコがいた。

 そこにいた事すら気づかないほどの、高度な隠密能力である。


『コケ……(こ奴ら、外道だな……)』

『コケ、コケコ(あぁ、ゲスだ。師父達と同じ人族とは思えん)』

『コケコケ、コケッコ(こ奴らの存在は、人族である師父殿の名誉を汚すだろう。拙者は今直ぐ始末するべきだと思うぞ?)』

『『コケェ(同感だ)』』 


 凄まじい殺意がジョスフォーク達に向けられていた。

 彼等は恐怖で体が動かない。

 そもそもワイルドコッコは弱い。それゆえに強い相手には敬意を示す魔物である。

 だが、いたずらに命を奪うような輩とは決して相いれることはない。弱肉強食の世界にもそれなりのルールは存在するのだ。

 魔物の多くが生きるための本能によって突き動かされており、それゆえに強者の糧となる弱者を余すことなく食らう。それは生存本能に組み込まれた自然の理だ。

 生きることの過酷さを知るゆえに、遊び感覚で他者を殺している存在をウーケイ達は激しく嫌悪する。

 自然界で生き残るため、子供に狩りを教えるべく弱者を捕らえ与えるのとはわけが違う。ゆえにコッコ達は快楽殺人者の存在を許さない。彼等の殺戮は誰の糧にもならないからだ。

 変異種であるウーケイ達は、ことのほか力に対しての信念が強い傾向があった。


『コケコケ!(我等は至高の武芸者に師事する魔なる者なり!)』

『コケコケコケェ!(命の理を冒涜せし愚か者に、破滅をもたらす一矢!)』

『ケケッ、コケッコケッ!!(罪を罪とも思わぬその傲慢な意思に、滅びのという断罪を与えようぞ!!)』

『『『コケケケェ!!(後悔せよ、冒涜者どもよ。恐怖に抱かれ、滅っするが良い!! 変身!!)』』』


 膨大な魔力の奔流が吹き上がると同時に、ウーケイ達の姿は変化を始めた。

 体は全長三メートルほどの巨体に、更に尾羽の元から蛇之尾が生えると、それぞれ得意とする魔力を帯びて輝き叫ぶ。


『ゲギャオォオオオオッ!!(シャイニング・コカトリスモード!!)』

『ギョアァアアアアアッ!!(ライジング・コカトリスモード!!)』

『ギュギョアァアアアアアッ!!(ダークネス・コカトリスモード!!)』


 今ここに、ファーフラン大深緑地帯に生息する魔物と匹敵する化け物が爆誕した。

 紅蓮の炎を纏い、強力なプラズマを纏い、邪悪なまでの闇を纏うコカトリス三頭。意外にこの三羽はキレやすかった。


『『『ギョアァアアアアァァッ!!(力の理の元に、汝らに滅びを与えん!!)』』』


 異端審問官達の行いは、ウーケイ達特殊な魔物にとって侮辱以外のなにものでもなかった。

 ゆえに、その怒りは殲滅という暴力で断罪が行われる。

 だが、それを見ていた人々はというと――。


「し、進化しやがった……。しかも変異種じゃねぇか!?」

「コカトリス……だとぉ!? 馬鹿な、何という魔力……」

「化け物だ……た、助けて……誰か助けてくれぇええええええええぇぇぇっ!!」


 ――と、存在力だけで恐怖に怯える罪人と――。


「あぁ……なんと神々しい。神の使い様じゃぁぁぁぁっ!!」

「神様が……神様が助けてくれた………。四神教なんてもう信じられない!!」

「悪を裁く断罪の鳳……伝説だ。俺達は今、伝説の始まりを目にしている……」

「神獣様が我らを助けてくれたぞぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ――新たな宗教が生まれた。

 そして始まるウーケイ達による一方的な蹂躙。

 それは、ただの弱い者いじめと言った方が正しいのかもしれない。殲滅の嵐であった。

 ジョスフォーク達はここで重傷を負い、後で衛兵達に連行される運命を辿る。

 やがて裁きにかけられ、生を渇望しながらも後悔のなかで処刑台に上がり、人生に幕を閉じることになる。

 ちなみにウーケイ達は、異端審問官達を散々ボコったあと、嬉々として魔物が蔓延る森へと突入していった。滾る血潮を押さえられなかったようだ。

 こうして犠牲者は出たものの、小さな村は救われたのである。

 神ではなく、変な生物によって。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「冗談じゃないわよ! 聡の奴がくるならともかく、またあんな化け物共が出てくるなんて……」


 金品を物色していたシャランラは、途中でウーケイの姿を見かけ、咄嗟に姿を隠した。

 コッコとは一度戦ったことがあり、飼い主であるゼロスが近くにいると考えられる。

 こそこそと逃げていた彼女はやがて、天敵はウーケイだけではなく他に二羽いることに気づき、【シャドウ・ダイブ】で陰に隠れてやり過ごしたのである。

 だが、それだけでは終わらなかった。異端審問官は片っ端から成敗され、逃げることができない。


『しばらくは潜伏して、頃合いを見計らってから逃げたほうが良いわね……。見た限りでは聡はいないみたいだし』


【回春の秘薬】の効果を消したいシャランラとしては、どうしても弟であるゼロスに会わねばならない。

 たとえ秘薬の効果を打ち消す魔法薬の存在がなくとも、その事実を信じない者にとってどれだけ真実を伝えても意味がない。それ以上に彼女は自分に都合の悪いものを見ない人間であった。

 だからこそ、彼女は快楽殺人者である異端審問官達と気が合ったのだろう。方向性は異なるが、犯罪者という意味では同類だからだ。

 

『まったく、どういう神経をしているのよ! マナ・ポーションだって馬鹿にならない金額なのよ、それなのに姉を見捨てるどころか殺しに来るなんて……。絶対に後悔させてやるわ!』


 このように、益々逆恨みをしてゆく。被害妄想が激しいのだ。

 本当にどうしようもないほど、自分の都合しか考えない女である。

 そして、こんな女に限って異常なほど悪運が強かったりする。

 シャランラはしばらく、命懸けの潜伏を続けることとなった。


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