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おっさん、エア・ライダーを楽しむ ~引き起こされた暴走~

 早朝のサントールの街は朝霧が立ち込め、市場の場所取りをするべく多くの出稼ぎ労働者が足早に過ぎてゆく。そんな朝の喧騒から離れた旧市街。

 教会裏の土地に、新たに建てられた家の主は真剣な表情で目の前の機械を見ていた。

 黒龍やその眷属に近い竜種の素材を使われた、旧時代の遺物にして最も新しい魔道具。【エア・ライダー】の本格的な起動であった。

 パーツの可動テストでは何度も成功したが、長距離移動は初めての試みである。無論バイクとしても使えるが、今回は旧時代の装置を組み込んだ【アジ・ダカーハ】の本格的な運転でもある。

 旧時代の【エア・ライダー】に搭載されたブラックボックスには、高度計や魔力残量を計測するシステムが組み込まれており、連動しているメーターの類は全て移植するしかなかった。

 そもそも中世ヨーロッパの文明レベルで、現地球の文明を超越する計測器を作るなど不可能に近い。いくら状態が良かったとはいえ、遥か昔の魔導機械が正常に動くとは思えない。

 些か不安が残るのも確かだ。


 だが、ゼロスは再び気軽に依頼を受けてしまった。

 しかも、今回は魔物の暴走が起こるかもしれないので、先行調査の意味もあった。最悪の事態であれば傭兵ギルドや衛兵に伝える手筈となっている。

 この手続きはクレストンが行ったものだが、ゼロスが依頼を受ける前には既に準備が整っていたところを見ると、最初からこの仕事を依頼する気であったことが窺える。


『外堀を埋めて、後は返事をさせるように誘導か……貴族は怖いねぇ~。常套手段だけど』


 魔物の暴走は、何もゼロスだけの問題ではない。

 場合によっては国が壊滅的な被害を受けることになりかねない災厄である。

 のんびりと生きたいゼロスとしては、厄介な騒ぎはなるべく早く終わらせたかった。


「それじゃ、行きましょうかねぇ。ん?」


 いつの間にか、ウーケイを含む三羽が【アジ・ダカーハ】に乗っていた。


「おろ? 君達もいく気ですかい」

『コケッ! (我等もお供いたします。師父)』

『コケッ、コケ(鍛錬も良いですが、そろそろ実戦を積ませていただきたく。拙者達は己が力を試したい所存)』

『コッケッケッ!(我等も力を試したい。いずれはかの地へと……)』

「まぁ、良いですけどね。ほどほどにな……」


 ワイルドコッコの変異種である三羽、【グラップルマスター・コッコ】【サムライマスター・コッコ】【ニンジャマスター・コッコ】。この異色の変異進化を遂げたコッコ達は戦う気満々である。

 下手な傭兵よりも頼りになり、戦力的には申し分ない。おっさんを含めると過剰戦力でもあるのだが、何が起こるか分からない以上、連れていくことに問題はないだろう。

 白と赤・白銀・黒のコッコ達は、見た目だけならワイルドコッコと変わりないのだ。ましてや野生の魔物に後れを取ることもない。

 偵察だけでも実に頼もしい。


『どうでもいいけど、このコッコ達はどこに向かっているんでしょうかねぇ? すでに魔王クラスに近いんじゃね?』


 魔王クラスとは、魔物が過剰進化を遂げた時に誕生する災厄級の化け物のことだ。

 種族にもよるが、その力は単騎で国一つを滅ぼしかねない力を保有している。例えばファーフラン大深緑地帯で遭遇した二十メートルクラスのギヴリオンだが、これは要塞級と呼ばれる個体だ。

 ソリステア魔法王国無周辺で見かけるギヴリオンは五メートルクラスで、一般的に将軍級と呼ばれている。その強さはオーク・ジェネラルと同等であった。

 環境やレベルの差でも個体の進化が極端で、一概にクラスを決定する事はできないのだが、人の住む領域ではこれが常識であった。

 常識などというものは直ぐに塗り替えられるものなのだが、驚異的な存在を確認したことがない以上、進化した魔物をランク付けすることができない。

 進化の過程を予測することなど、いかなる学者でも不可能である。


「それでは、いきますか……ハァ~、眠い……」


 ゼロスは【アジ・ダカーハ】に跨ると、指導キーを差し込む。

 圧縮式魔力タンクから魔力が機体全体に巡り、旧時代のシステムが稼働し始める。

【アジ・ダカーハ】の両サイドに取り付けられたシールドウェポンが左右に倒れ、外装カバーがスライドすることで内蔵された水晶球が顕になる。

 そして、ブラックボックス内に内蔵された魔法式が展開し、重力に反する力場が形成された。


「エアロ・スラスター、始動! 方向は……北西で合っているか?」


 方位磁石を確認しながら、【アジ・ダカーハ】の向きを変え、ゆっくりと宙に上昇していった。

『パシュ!パシュ!』と吐き出される方向転換用サブスラスターの空気圧音を聞きながら、ゼロスは次第に小さくなるサントールの街並みを眺めた。


「おぉ……これは絶景だな。感動ものだ」


 薄霧が立ち込める城塞都市の姿は、実に幻想的な光景であった。

 言葉にできない感動というものを味わいながらも、名残惜し気にスロットルを捻る。

 スラスターから高圧力の空気が吐き出され、【アジ・ダカーハ】を加速させ異世界の空を駆け抜けた。『素晴らしきかな、異世界……』などと呟きながら――。

 空を飛べる者の特権をゼロスは改めて実感する。依頼された面倒ごとをロマンが上回り、空を駆け抜ける優越感に浸るおっさんであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 生物は食べなくては生きていけない。

 人もそうだが、おおよそすべての生物はこの理から逃れることはできない。

 植物にしても根から養分を取り込み、光合成をおこなって生きている。アンデッドすら外から魔力を得なければ存在できないのだから、生きることは食べることに直結する。

 しかし、その理から大きく逸脱すればどうなるのであろうか?


 移動し続ける【グレート・ギヴリオン】も、その理から逃れられず飢えていた。

 巨大になりすぎた体は多くの食料を求めるが、ギヴリオンが蹂躙しているこの領域に満足するような餌は存在しない。どの餌も小さく、常に苛まれる飢えを眷属の屍でかろうじて凌ぐのがやっとであった。移動をすればそれだけ栄養を必要とするのだから、当然空腹になるのは当たり前である。

 そして、その飢えを満たすような大型の生物はこの地に存在していなかった。

 多くの魔物はギヴリオンの存在を察知すると逃げ出し、追いかける眷属もまた飢えのせいで次第に脱落していった。

 動物は本能に忠実で危険に敏感だ。勝てない存在から全力で逃げるのは当然だろう。逃げるのは一つの生存戦略なのだから。 


 だが、ギヴリオンは本能に従って移動していたが、ある時を境に自身に異変が起きていることを察知する。移動速度も落ち、動きも次第に緩慢となってゆく。

 だが、それは決して『死』ではない。新たな何かに変わる変調だということに気づく。

『この飢えは、どうすれば満たされるのか?』、『どこへ向かえば良いのか?』。常にこうした疑問が思考の中で行き来していたが、同時に解放の時が近づいていることも理解していた。

『もう直ぐ、この苦しみが満たされる……』。飢えた巨大生物は本能に従い、自身が変化する時がくるのを静かに待つ。

 野に屍をさらす眷属を喰らいながら――。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 リバルト辺境伯領。メーティス聖法神国の国境に接する、ソリステア魔法王国の国土防衛の要所である。

 この地で異変が起きたのは約三週間前のことであった。

 本来ならば個々で縄張りを持つ習性の魔物が複数現れ、近隣の村や町を荒らし始めた。

 リバルト辺境伯も対処に乗り出し、傭兵や騎士団を派遣したのだが、状況は次第に悪化の一途をたどっていった。

 対処が早かったのは見事と言えよう。しかし、次第に数が増える魔物の脅威から近隣の住民を一時的に避難するよう命を下した。

 数を増す魔物の群れに対して、さすがに対処のしようがなかったのだ。


「アーレフ大隊長、各村民の避難が完了しました!」

「ご苦労。それで、魔物の様子はどうであったか?」

「たいした相手ではないのですが、いかんせんとも数が多いですね。まるで何かから逃げてきているようでしたよ」

「そうですか……。これは……ただの【暴走】ではないのかもしれないな」


 アーレフはファーフラン大深緑地帯の護衛から戻って以降、その実力が認められ大隊長に任命された。かつての部下もくり上げでその配下に加わり、今では特務遊撃騎士隊として出世していた。

 馬鹿げた弱肉強食の地獄から帰還した彼等の実力は、他の騎士達をあっさりと突き放し、地獄を経験したことで新しく部下になった騎士達に苛烈な訓練を行うことで有名になってしまった。

 ついた通り名が【蒼鬼のアーレフ】。だが、その部下達も苛烈な訓練のおかげで現在誰一人かけることなく任務にあたっている。部隊の損耗率が他の大隊よりもはるかに低かったのだ。

 今では騎士団を代表する将の一人となっていた。


「【暴走】ではないとしたら、なにか強力な魔物が出現したのでしょうか?」

「そうとしか考えられない。しかも、この先にある国は……」

「メーティス聖法神国……。奴ら、何かやらかしたんでしょうかね? 向こうの魔物がこっちに流れてきているとしか思えませんよ」

「今、我が国は、あの国から目の敵にされている。理由は分かるな?」

「まぁ……回復魔法の販売を始めたからでしょうね。下位の回復魔法なら既に傭兵達も出回っていますし、神聖魔法の価値が落ちることになるでしょうから」

「技術の進歩を認められない古臭い者達だからな。何かにつけて足を引っ張りたいのだろう」


 魔道具や魔法薬の品質向上や魔法開発という点において、ソリステア魔法王国とメーティス聖法神国は真っ向から対立していた。

メーティス聖法神国側は魔法に対して偏見を持っており、『自然の理を捻じ曲げる悪しき知識は捨てろ!』と高圧的な態度で迫るのに対し、『技術の進歩なしには発展はあり得ない! 貴様らが着ている神官服も魔法技術の産物だろうがぁ!!』と反論した。

 散々議論を重ね、その結果どうなったかというと――。


『貴様ら、神の御意思に逆らうのかぁ!! この悪しき魔導士どもめぇ!!』

『ざけんなぁ、何でアンタらの国にご意見を求めなくちゃなんねぇんだ! 国の発展に身を尽くすのは当たり前だろうが、こっちの内政に干渉してくんじゃねぇ!!』

『なんだとぉ、怪しげな薬で人心を惑わす背教者風情がっ!! 人は自然のままでいることが幸せなのだとなぜ理解しない!!』

『それで得するのはあんた等の国だろ! 妖精なんて邪悪な生物を保護している分際で、戯けたことをぬかすな!!』

『妖精はもっとも純粋な種族である! 穢れた心は一切存在しない無垢なる種族であるぞ! 貴様等こそ内政干渉ではないかぁ!!』

『ハッ! なにが純粋な種族だよ。その純粋な種族様は、人間や動物をバラバラに解体してゲラゲラ笑っているんだぜぇ? 神官様達はそんな奴らを純粋だとか言って保護するわけだ? 民がどれだけ犠牲になってもかまわないというんだな? たいした神の信徒だな』

『き、貴様ぁ!! 神の眷属を冒涜しおって、表へ出ろぉ!!』

『上等だぁ、相手になってやんよぉ!!』


 ――と、このように真っ向対立することになる。既にメーティス聖法神国との交易は断絶し、逆に周辺諸国との連携が強化されることになっていった。

 また、この喧嘩腰の外交が行われていた裏では、旧ドワーフ地下遺跡の街道工事が着々と進んでいた。交易が出来なくなれば困るのはソリステア側であると思っていたメーティス聖法神国は、真っ先に経済制裁のつもりで交易を停止させる。

 だが、それが罠であることを知ったのは地下街道が完成した知らせを受けた後であった。

 これにより、『鉱物資源(イサラス王国)』『厄介な神敵(アトルム皇国)』『背教者(ソリステア魔法王国)』が繋がってしまう。経済制裁が裏目に出てしまったのだ。

 強気の姿勢で外交を途絶させた手前、頭を下げて交易を再開させてもらう訳にも行かず、更にこの三国以外の小国も連動して反意を突き付けてきた。

 経済制裁をしたつもりが、逆に経済制裁を受けてしまう形になる。

 更に国を襲った未曽有の大地震や国の中枢を崩壊させた正体不明の攻撃により、メーティス聖法神国は外からの援助を受けられない。

 今までの国力差による強気な外交が原因で、頭を下げるに下げられない事態に陥ったのである。


「まぁ、そんな訳だから、奴らが何か嫌がらせをしてきてもおかしくはないな」

「あの国、馬鹿なんですかね? 外交を舐めているとしか思えませんよ」

「今まで神聖魔法は、我が国でも重要視されていたからなぁ。魔導士に回復魔法を使えるようになられては困るわけだ。だが、それが他の国でも行われてしまったために手の出しようがない」

「ほとんど同時期に公表しましたしね。あからさまに仕組まれていたと分かりますから……」

「獣人達の国に戦争を仕掛けて大敗したらしく、今は戦力がない状態なのだろう。魔物を嗾ける真似をしたとしてもおかしくはない」

「嫌がらせにしては酷いですね」

「或いは……他国に押し付けなくてはならないような化け物が現れたかだ」


 色々と憶測はできるが、今の時点では何もわかっていない。

 この混乱を何とか抑えねばならないと奮闘するのが精一杯であった。


「アーレフ大隊長ぉ、避難民の馬車が魔物に襲われているとの報告がぁ!! 救援要請が小隊長から出てます!!」

「マートン小隊を向かわせろ! 誰一人として死なせるなぁ!!」

「了解! マートン小隊長に伝令を出します!」

「早くしろ、事態は一刻の猶予もならん! 我らは民の盾であり剣でもある、その誇りを忘れるなぁ!!」

「了解!」


 何にしても、今は民を避難させるのが先決である。

 アーレフの大隊はファーフラン大深緑地帯の経験を活かし、これほどにまでない苛烈な修練を積んできた。必要なら再び魔の森へと赴くほどだ。

 生半可な魔物なら楽に勝てる猛者が複数人現れ、そのほとんどが小隊の隊長格にいる。その訓練により不名誉な二つ名を得たが、結果に見合うだけの実力者揃いなのだ。

 まさに精鋭部隊と言っても過言ではない。


「……さて、被害をどれだけ抑えられる事か」

「すべてを救えるわけではありませんからね。力不足を痛感しますよ」


 騎士達の数にも限りがある。

 どれだけ迅速な行動をしても、全てを補えるだけの戦力があるわけではない。少なからず犠牲は出てしまうのだ。

 その犠牲者の数を抑えるのが仕事ではあるが、人間を数字と見てしまうことにアーレフは嫌悪感を覚える。そして、出来ることならその犠牲者の数が少数であってほしいと願わずにはいられなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 森の中から魔物に襲われる民衆を覗きこむ影があった。

 各地の村か町から避難してきた住民達は、現在魔物に襲われている最中で、その様子を陰から監視していた。

 視線の先には魔物の相手をしているのは護衛についた騎士達なのだが、その騎士達は少しばかり異様であった。


「オラオラァ! じゃんじゃん来いやぁ!!」

「経験値……中々においしいな。ククク……」

「入れ食い状態じゃねぇか、たまんねぇな。クケケケェ~♪」


 なんというか……イカレていた。

 彼等にとって、襲いかかってくる魔物の全てが強くなるための餌であった。

 なぜこのような騎士になったかと言えば、原因はアーレフ達の練兵改革にある。


 ソリステア公爵家の要請に応えファーフラン大深緑地帯に向かったアーレフ達は、弱肉強食が横行する摂理の中で生き延び、自分達の無力さを知った。

 そして、それ以上に彼等は強くなってしまった。

 その強さは他の騎士達を圧倒的に突き放し、多くの者達から羨望と称賛を受けることとなったのだが、彼等はそこで慢心せず自分達を鍛えることに焦点をおいた。

 仮に大深緑地帯から魔物が群れで現れれば、今の騎士団では到底太刀打ちできないと身を以て知ってしまったからである。そして再びかの地へと向かった。

 以前の経験から学んだのか、アーレフ達は決して油断せずに魔物を相手に戦った。無論攻撃の手段として魔法を覚えてだ。

 過酷な環境下でも回復の手段を得るために薬学や錬金術も手を出し、二週間のサバイバルを生き延びたころには、個人レベルを500にまで底上げすることに成功したのだ。

 再び戻ってきたとき、その圧倒的な強さから彼ら全員が昇格し、多くの部下達の面倒を見ることになる。

 その部下達を鍛えるために、またもや彼等は大深緑地帯に出向。新米騎士達は過酷な自然の洗礼を受けることとなる。

 もうお分かりだろう。ファーフラン大深緑地帯から戻るたびに未熟さを痛感した騎士達は、自らを鍛えるべく様々な知識を貪り魔法を覚え、再びかの地へと向かってゆく。

 それを繰り返すことで馬鹿みたいに強くなった騎士達が増ることとなる。

 まして、この辺りに生息する魔物は雑魚も同然。彼等の敵ではなくなってしまった。

 今の彼等にとって、暴走で襲い掛かってくる魔物は、職業スキルを鍛えるのに有効な試し斬りも肉である。鴨が葱を背負って来るのと変わりない。


「オイ! そっちに向かったぞぉ、逃がすんじゃねぇぞ!!」

「誰に向かって言ってんだぁ、俺がそんなヘマをするわけがないだろ!!」

「良いから手を動かせぇ、民に被害が出たらどうすんだぁ!!」


 叫びながらも確実に魔物を薙ぎ払い、次なる獲物に向かって剣を振り下ろす。

 一刀両断された魔物を一瞥すると、またも次の魔物に向けて剣を振りかざした。そこに一切の隙は存在しない。


『な、なんなのよ……こいつら。無茶苦茶強いじゃない!?』


 陰に潜んでいた密偵。【シャランラ】は、騎士達の圧倒的な凶悪さに戦慄した。

 神聖騎士団でもここまで無茶な連中ではない。大挙として襲い掛かってくる魔物に対して、全てを薙ぎ払うだけの実力など持っていないのだ。

 だが、ソリステア聖騎士団は一薙ぎで数匹の魔物を粉砕し、民を守りながらも圧倒していた。

 当初の予定ではソリステア魔法王国にヘルズ・レギオンを押し付け、自分達は金品の物色や異端審問という名目の殺戮に酔い痴れるはずであった。

 だが、異端審問官達の思惑は大きく外れ、聖騎士達の行動は迅速で民を守りながらも善戦している。いや、軽い口を叩くほど余裕があった。

 真正面から戦えば、いくらシャランラでも勝つことなど不可能だ。


『マズイわ……。戦力ではこちらが上でも、騎士の質では圧倒的に負けてるわ……』


 シャランラの目的は、この国のどこかにいる弟のゼロスを誘き出すことである。

【回春の秘薬】によって若返った彼女は、その副作用で寿命が数年しか残されていない。死にたくはないのでゼロスを探し出し、秘薬の効果を打ち消す解毒薬を求めていた。

 だが、そもそもこの秘薬に解毒薬など存在しない。いや、正確にはお勧めできない手段なら存在している。

 ゼロスも姉に慈悲を掛ける気はなく、たとえ他の人でもこの手段を執りたくない理由が存在していたが、今はそのことを置いておこう。

 シャランラは何が何でも解毒薬を手に入れなければならなかった。


「ん?」

「どうした?」

「いや……何者かに見られている気がしたんだが……。いや、確かに見られているな」

「どこかに魔物が隠れているかもしれん。暴走状態で理性があるとは思えんのだが……」

『ヤバッ!? なんて勘が鋭いのよぉ、今まで誰にも見破られたことがないのにっ!』 


 シャランラの実力はこれと言って突出したものではない。

 この世界の住民からしてみれば脅威だが、ソリステアの騎士達からしてみれば雑魚も同然だ。戦いになれば間違いなく倒される。

 何よりも、彼女はこの国で指名手配を受けている。迂闊に姿を見せることはできない。


『ここは……逃げたほうが良いわね。なんて厄介な国なのよぉ!!』


 悪態を吐きながらも、シャランラはこの場から立ち去った。

 そのヤバイ騎士達が誕生した裏に、お探しの弟が関与していたなどと今はまだ知らない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 シャランラは、必死の思いで異端審問官達のいる拠点に舞い戻ってきた。

 指名手配犯ということもあるが、彼女は現在、神官の法衣を着ている。

 気配を消すだけで他人の認識を逸らすことはできるが、白い神官服を見られればその効果も消えてしまう。そうなれば逃げるに逃げられない。

 しかも、逃げることなく物陰から騎士達の戦いを覗いていたのだ。普通に考えてこれほど怪しい者はいないだろう。

 最大の理由は、メーティス聖法神国にいるならともかく、他国で布教している神官達は戦場に出ることはない。

 本当の神官職であれば『前線で戦う騎士様の治療にきました』と嘘も言うこともできるが、残念なことにシャランラは回復系の魔法を使うことができない。回復魔法を覚えても効果は微々たるものなのだ。


「ふぅ……本当に厄介ね。これじゃ一稼ぎするどころじゃないわ。あのバカもどこにいるのか分からないし……」

「シャランラ、戻ったか。前線はどんな様子だった? 騎士共にどれだけ被害を出せた?」


 彼女の傍にいたジョスフォークは、真っ先に戦況を聞きに来た。

 彼等の役割はヘルズ・レギオンを他国に押し付けることだが、状況はあまり芳しくない。

 報告ではグレート・ギヴリオンの動きが徐々に落ちてきており、他の眷属種も勝手に分散を始めだしている。大本を惹きつけることには成功しているが、下位種のGがここで拡散しては意味がないのだ。


「状況は最悪ね。暴走させた魔物を片っ端から始末しているわ。この国の騎士は強すぎるのよ」

「馬鹿な……いや、ファーフラン大深緑地帯の入り口が国の傍にあるんだ。騎士が強いのも当然かもしれん。アトルム皇国と同じか」

「それ、普通に考えて勝てないわよね? 押し付けるに成功しただけでも良しとする?」

「冗談ではない。俺達はまだ楽しんでいないぞ! 他人をいたぶり殺せるからこの職に就くのを了承したんだぁ、ここで逃したらしばらくは待機じゃねぇかよ……」

「でもねぇ……騎士が異常なのよ。狂っているわ」


 異端審問官のほとんどが快楽殺人者だ。そんな彼等は何もせずに国に戻れば、しばらく狭い部屋で雑務整理に回されることになる。

 表向きの肩書が神官なだけに、普段の彼等は雑用係として扱き使われる立場であった。拷問を楽しむにも最近は反抗勢力がおとなしく、異端審問官の出番がない。


「仕方がない。この暴走の範囲を広げるか……」

「まぁ、喜んで死んでくれる駒はいくらでもいるしね。占拠するなら、どこかの村で手を打ったほうが良いわね」

「この国にいる神官共も、本国では裏切り者扱いだからな。多少、やつらに牽制をしても良いだろう。俺達は困らんさ」

「あら、かわいそう。真面目に布教活動しているのに、酷い神官様ね」

「奴らは異端者さ。なら、異端者に罪を擦り付けても良いだろう?」


 他国を巡回し、布教活動を行っている神官達のほとんどが、今のメーティス聖法神国に不満を持っている可能性のある神官達だ。

『疑わしきは罰せよ』とまでは言わないが、なまじ一般的な良識や正義感があるので邪魔な存在であった。権力に溺れた者達にとっては消えてもらいたい存在なのである。

 どうせ邪魔な存在なら他国に始末させても良い。政敵は消えるし、何よりもソリステア魔法王国に因縁をつけるための材料にもなる。

 今のメーティス聖法神国は政治的に苦しい立場であった。


「まったく……なんで俺達が上の連中に媚びなくちゃなんねぇんだ。これならただの犯罪者だった方がマシだ」

「自由に動けるだけ楽よね。まぁ、捕まったら間抜けだけど」

「ふん! 俺がそんなヘマをするか。捕まった馬鹿は証拠を残し過ぎたんだよ。頭が悪いとしか思えん」

「それは同感ね。じゃぁ、敬虔なお馬鹿さん達に指示をしてくるわね。『このままでは神の威光を知らしめることはできません。どうか、あなた方の命を私に預けてください』と涙ながらにお願いしてみるわ」

「お前も酷い女だな。自分の利益のために他人を殺すのか?」

「あら、私はお願いをするだけよ? 死を選ぶのは彼等の勝手。あなたも、人殺しがしたいだけじゃない」

「違うな。俺達は罪人を神の御許に送っているだけだ。これは、四神の御意思さ」


 人殺しを正当化する大義名分、これほど快楽殺人者にとって都合の良いものはないだろう。

 政治圧力を逆に仕掛けられている大国だが、狂った犯罪者にとってはこの大義名分は、それなりに価値のある手札である。

『神に仇なす者への断罪』、異端審問官達はこの大義を掲げ、自らの行いを正当化できる。

 仮に捕らえられたとしても、全ての責任を教皇に押し付ける気であった。いわば『死なば諸とも』だ。切り捨てられることすら念頭に置いている。

 個人差はあれ、快楽殺人に走る者は独特の価値観を持ち、自分が死ぬことすら快楽の一つとして楽しんでいる。信念があるだけに悪質な者達であった。

 そんな連中とすら対等に話し合えるシャランラも、ある意味では同類である。

 

『お金は殺してでも得られるけど、寿命はどうしようもないわ。待っていなさい、聡……。必ず見つけてやるわよ』


 彼女の辞書には、『懲りる』という文字が存在していない。

 常に自分の都合の良い夢しか見ておらず、最悪な結果を想定できないからだ。

 それだけに気づいていない。このファンタジー世界は、彼女にとって最悪なまでに相性が悪いということを――。

 現代日本での常識が、この世界では通用しないことを完全に忘れていた。以前に痛い目を見たことすらも――。 


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