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おっさん、ルーセリス達に同行する ~邪神、目覚める~

 教会から出て街道を進むこと三日、ゼロス達はメルラーサ司祭長に案内され近くの町に向かっていた。

 街の名は【ソラス】。サントールの街から近いこともあり、それなりに商売が盛んな土地でもある。

 しかしながら、まさか三日も街道を歩かされるとは思わず、何の準備もしてなかったルーセリス達には辛い道のりとなった。

 特にルセイはアトルム皇国から来たばかりであり、普段空を飛行しているので歩き続けることに慣れていない。体力はあるが長旅であったこともあり疲労が顔に出ていた。

 そして、おっさんは自分の勘が正しかったことを知る。


「良い若いもんが、たかが三日歩いた程度でそのざまかい? 情けないねぇ」

「いえ、『ついてこい』と言われて、まさか三日も歩かされるとは思わんでしょ。何の準備もしていないのに……」

「その割には、アンタは結構準備しているようだねぇ。鍋や皿だけでなく、食料も持参しているとは思わなかったさ。中々優秀な魔導士じゃないか」

「……それはどうも」

「これならルーとジャーネを任せても安心だねぇ。簡単に死にそうにならんだろうさ」


 フットワークが軽いと聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 サントールで色々やらかしている事は事前に聞いていたが、それが街の外にまで広がっているとは予想外。

 ルーセリスも、まさかここまで行動範囲が広いとは思っていなかったようである。


「子供達に小遣いをあげておいて正解でしたねぇ。まさか三日も留守にする事になるとは……。いや、帰りも含めると一週間か?」

「ハッハッハァ、ガキ共にはこうして自立を促すのさぁ。いつまでも大人に甘えるわけにはいかんだろぉ?」

「いや、『ついてこい』と言われて、普通は三日の小旅行になるとは思わんでしょ。普段アンタは何してんですか……」


 この婆さんに遠慮はいらないと、ゼロスは悟っていた。

 疲労がたまっているルーセリスとルセイは、もはや言葉が出ないほど疲弊しきっていた。

 ツッコミを入れる気力すらないようである。


「昼過ぎたねぇ。これなら間に合うか……。さて……」

「用があるのはこの街で良いんですか?」

「あぁ、この街が目的地さ。多分いるとは思うんだけど、いきなりだしねぇ。まぁ、もう少しの辛抱さね」

「事前に目的地を言っておけば、三日くらいの旅支度くらいはできたのでは?」

「そんなことをしたら詰まらんじゃないさね。驚かせるにはいきなり連れ出すのが肝さ。ひゃっはっはっ!」


 人の話も碌に聞かず、この放蕩司祭はズンズン勝手に進んで行く。

 老婆とは思えないほどの放蕩ぶりだが、彼女の行動でおっさんはある確信を抱いていた。


「……どうでも良いですがねぇ。なんか、道ですれ違うゴツイ男達が司祭長に頭を下げてんですけど……この街で何をやらかしたんですか?」

「若気の至りさ。たいした事じゃないさね」


 答える気はないようである。

 体格のゴツイ男達。おそらくは船乗りであろうが、中にはカタギとは思えないゴロツキも頭を下げていた。間違いなく裏の連中と一戦やらかしている。

 まるでヤクザの事務所に乗り込む気分であった。


「確か……こっちだったかねぇ?」


 大通りから離れ、いかにもな薄暗い路地を抜けると、そこは船着き場と怪しげな店が軒を連ねる一角に辿り着く。

 そして、その店の一つの前でメルラーサ司祭長は立ち止った。


「ここさ。ようやく辿り着いたねぇ、前に来た時から何年ぶりだったか……」

「こ、ここですか?」

「何というか……酒場ではないのか?」

「酒場ですねぇ……。窓や入口が閉ざされて、中の様子が全く見えませんよ。明らかにカタギの店ではないですね」


 一言で言うならば、売春から賭け事まで幅広く手を出す、そんなヤクザな店である。

 だが、なぜこんな場所に二人を案内させたのかが分からない。

 三人が困惑する中、店の奥から激しい怒声とガラスが割れるような音が響き渡る。


「ってんだっ! らぁっ、っころすぞ!!」

「っとおだぁ!! んてらっちまえ!!」

『『『・・・・・・・・』』』


 店の中ではヤバい事が起きているようだ。

そして、派手な喧嘩へと発展して行く。


「……なんか、私達…来る場所を間違えていませんか?」

「私も、そう思うぞ……。こんな店に何があるんだ?」

「予想はできるんですがねぇ……。それだと、あんまりにも酷い結果だと僕は思うんですよ。この予想が外れてほしいと切に願いますねぇ、マジで……」

 

 喧嘩は次第に苛烈に発展し、店の中ではかなりエキサイティングでバイオレンスな状況になっている。

 そして、一人の男がドアをぶち破り、路地にまで吹き飛んできた。


「困りますなぁ、お客はん。ウチはカタギの客も来られる真っ当な店なんえ? イカサマをされたら評判が下がるじゃありゃせんですか」


 そう言いながらも店の奥から出てきたのは、どこかルーセリスやルセイと似た顔立ちの女性。いや、この場合は【姐さん】と言った方が正しい。

 問題は、その女性の背に白い翼が生えていることであろう。

 はだけた着流しを着て、気だるげにキセルを持った姿は遊女に見えるが、腰に長ドスを差している事からこの店を取り仕切っている人物なのだろう。

 しかも、恐ろしく強い気配がビンビン伝わってくる。


「姐さん! この糞野郎をどうしやすか?」

「そうさねぇ~。指でもツメてもらいますか……。カタギさんに迷惑をかけましたし、ウチらも舐めらるわけにもいかんやて」

「へい! おい、野郎ども!! この糞野郎を連れていけ!!」

「おい、さっさと立ちやがれ!! てめぇ、オーラス大河に沈められても文句は言えねぇんだぞ! 指だけで落とし前をつけられるんだから御の字だろ?」

「や、やめろぉおおおおおおおおおおおぉ!! 俺が悪かったぁ!!」


 もう、お分かりだろう。

 ルーセリスとルセイの母親。メイア・イマーラは、極道になっていた。


「「・・・・・・・・・」」

「生きているとは予想していたが、想像の斜め上をいってましたねぇ……」


 開いた口が塞がらない。

 皇族生まれのお嬢様が世間に放逐され、何をどう間違えたのか裏社会を取り仕切る一家のトップに立っていた。しかも環境に適応している。

 

「あら? そこにいるのは大姐様じゃありませんか。いつこの街に来たのですか?」

「久しぶりだねぇ、メイア。元気そうじゃないか。アタシも久しぶりに会えて嬉しいさね」

『『『さっきと口調が違くね?』』』


 一仕事を終えたメイアは、先ほどとは打って変る口調でメルラーサに声をかけてきた。

 あまりの落差にどう対応してよいのかが分からない。


「実はねぇ、ついにお前さんの娘が訪ねてきたんで、ここに案内してやったのさ。それより、頼んであった酒は手に入れてくれたのかい?」

『『『まさかの酒のついで!? 母娘の対面はついでだったの!?』』』

「えぇ、手に入れましたよ。旦那様が必死に探してくださいましたから」

「やり手だねぇ。やっぱり仕事はまじめに働くのが一番さね」

「「「再婚していたぁ!?」」」


 衝撃はまだ続いていた。

 まぁ、十九年も放逐されていたのだから、再婚していてもおかしくはない。

 二人の父親である夫のラーフォン・イマーラは、見知らぬ男に女房を寝取られていたことになる。

 だが、今の時点で文句を言える立場ではない。メイアを放逐したのはアトルム皇国なのだから。


「わ、私は父上になんと報告すればいいのだ! 母上が別の男と再婚していたなどと、最悪ではないかぁ!!」

「まぁ、十九年も歳月が流れていますしねぇ。生きていただけでもありがたい事でしょうなぁ。少なくとも謝罪することはできるんですからねぇ……」

「このままだと父上が腹を切ることに……。洒落にならんぞ!!」

「僕に言われましてもねぇ。こればかりはどうしようもないでしょ。原因はアトルム皇国の気風にあるんですし、謂れなき罪で放逐したのは事実なんですから。箱入り娘が世間の荒波の中で生きていけると思いますか? むしろ今まで生きてこれただけでもたいしたものでしょう」

「そうなのだが……。わ、私はどうすれば……」


 色んな意味で取り返しのつかない事態になっていた。

 本当に失われた時間は戻ってこない。時とは残酷なものなのである。


「ルセイ……ルーセリスなのですか? 本当に、大きくなって……。ごめんなさい。私が無力だったばかりにあなた達に辛い思いをさせて……」

「あの……本当にお母さんなのですか? だとすれば、なぜ今まで私と会わないようにしていたのでしょうか?」

「それは……私がこの店の用心棒になった後、この辺りの商家と抗争になりまして……」


 つまり、この辺りを仕切ってる商家は、全て裏の人間が取り仕切っている事になる。

 ルーセリスの身を守るには、どうしてもメルラーサ司祭長に預けなくてはならなかった。しかも逆恨みで襲ってくる連中はいまだにいるのだ。

 新興勢力もたまに仕掛けてくることもあり、子供を守りながら戦い続けるには無理があったのである。

 そして、メイアの実力はこの辺りのゴロツキを殲滅できるほど強かった。

 結果、彼女は【姐さん】にジョブチェンジを果たしたのである。裏の仕事は彼女が取り仕切り、旦那は表で手広く商売をはじめ現在に至る。

 まぁ、裏の仕事と言っても賭場だがーー。

 

「大姐様と旦那様には親身になっていただいて、恩を返そうと色々していたら……」

「その旦那と恋に落ちたわけですか。まぁ、謂れなき罪で放逐され、行く当てもないところを拾われただけでなく親身に相談に乗ってくれたら、そりゃ本気になりますねぇ。これは妻を守り切れなかったラーフォン殿が悪い」 

「生きてくれていたのは嬉けど、事態が最悪だぁ、うわぁ――――――――――ん!!」


 ルセイ、号泣。

 瞼の奥にいた母は、家に戻ることは二度となくなってしまった。

 死に別れではなく、再婚という形でだが……。


「ちなみにですが、二人には弟と妹がいますね。どう? ルセイちゃん、嬉しい?」

「複雑すぎて、どう答えて良いのか分からないよぉ――――――――――――っ!!」

「ゼロスさん……これ、収拾がつかないんじゃないでしょか?」

「こうなった原因はアトルム皇国にありますしねぇ、無実だと分かっても既に取り返しのつかない事態になってますし、お二人の父親であるラーフォン殿には諦めてもらうしかないですね」


 例えいまだに愛していても、ルーセリスとメイアを守ることができなかったのだから、もはやどうしようもない。過ぎ去った歳月を取り戻すなど不可能である。

 後日、この事実を外交官経由でアトルム皇国の皇室に報告がなされ、しばらくの間この問題で波紋を呼ぶことになる。

 要は『メイアとルーセリスを呼び戻すべき』と主張する【皇室派】と、『今更どんな顔して呼び戻せというんだ』と主張し、困った事があれば便宜を図るべしと唱える【擁護派】に別れ意見を対立させた。

 ちなみに、ルセイとルーセリスの父親であるラーフォンは、ショックのあまり政治の舞台から身を引く事となる。

 後の歴史書によれば、未だに古いしきたりに縛られる国に対して絶望したためと伝えられているが、真相が知られる事はなかった。

 唯一分かることと言えば、これを機にアトルム皇国とソリステア魔法王国との仲が進展したという事だが、その裏で何が行われたかまでは歴史書に書かれる事はなかった。

 そして、その歴史書には【ゼロス・マーリン】という魔導士の名が残されている。

 この魔導士が何をしたかまでは分からないが、騒ぎの中心にいた事だけは事実である。そして、この魔導士の名が歴史の至る所で出てくる事になるが、その素性は謎に包まれていた。

【大賢者】と知られるのは、それから更に後の時代の事である。


 余談になるが、ルセイとルーセリスは今の旦那と対面することになる。

 だが、今の旦那は極道ではなく、やたら人の良い普通の商人であった。その旦那の父親が極道のだったらしいが、腕っぷしの強いメイアをいたく気に入ったらしい。

 そして、メイアが極妻になった原因は、ひとえにメルラーサ司祭長だということが判明した。何でも裏街道で生きていく術を手取り足取り教えたとか――。

 非常識は感染する。  


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……なんか、最近はそっちこっちに動かされてばかりだなぁ~。しばらくは休みたい」


 疲れた表情でぼやくおっさんは、ソラスの町で一泊した後、三日かけてサントールの街に戻ってきた。

 教会にいる子供達にお土産を渡した後、疲れた体を椅子の背もたれに預け、リビングでだらけている。

 ぶっちゃけ『もう働きたくないでござる』状態で、何かをする気も起きないでいた。

 街に戻るとルセイはアトルム皇国の外交官邸に赴き、ルーセリスも明日からの仕事のために、早めに休むことにしたようだ。

 ゼロスもまた調べ物がある。そう、【イーサ・ランテ】で掠めてきた【エア・ライダー】である。

 このシステムを【廃棄物十三号】に組み込もうかと考えており、成功すれば念願の素敵アイテムをゲットできるのだ。男ならこれに燃えないわけがない。

 おっさんの顔に、実に楽しそうな笑みが浮かぶ。


『エア・ライダーは【ソード・アンド・ソーサリス】でゲットできなかったからなぁ~。これは何としても徹底的に調べ尽さねば……。ゲームだと設定によって手に入れる事の出来ないアイテムが存在したが、現実ともなれば制作できる可能性が高い。燃えるねぇ~』


 おっさんは趣味の人である。

 伝説級の聖剣や魔剣、更には装備やアイテムに至るまで、他の仲間と作り倒した生産職だ。

 個人レシピのオリジナルアイテムは不可能だが、ゲーム内で一般的なアイテムならほとんど製作できるのだ。だが、それはあくまでもゲームで派手に暴れるために必要だったからに他ならない。

 唯一本気で取り組んだのが魔法の改良であり、その魔法はこの異世界において凶悪極まりない。迂闊に制作し広めてよい物ではなかった。

 そんな中で出会った【エア・ライダー】。巨大ロボや空中戦艦などに次ぐ素敵装備は、おっさんの好奇心を刺激したのである。


『明日から徹底的に調べなくては……ククク』


 どう見てもマッドだ。

 その笑みは実に凶悪で、他人の意見が介入する余地はない。

 

『………』

「ん?」


 今後の予定に野望を燃やし、はやる好奇心に悦に浸るおっさんの脳裏に、何やら声のようなものが聞こえた気がした。


『気のせい……か?』

『………』

「確かに聞こえた……。まさか、目覚めたのか?」


 それは小さな声であった。

 いや、直接脳裏に響いてくる以上、これを声と呼ぶのは違うだろう。

 厳密には念話というものに近い。そして、その声を伝えてくる存在にゼロスは心当たりがあった。

 急いで床にある扉を開き、地下倉庫の奥へと向かう。

 地下倉庫の深奥にたたずむ巨大な装置。邪神を再生させるための培養曹だ。

 ゼロスはその培養曹に唯一ある窓口の蓋を開き奥を覗きこむと、三歳児くらいの幼子が液体の中に浮かんでいた。

 

「こ、これは……ケモさんの呪いなのか?」


【殲滅者】の一人、【ケモ・ラヴューン】。

 ケモ耳の銃人種をこよなく愛し、【ダンジョン・クリエイト】でケモ耳ホムンクルスのハーレムを築いた変人である。

 そして、培養曹の中に浮かぶ幼女は、キツネ耳と尻尾の獣人であった。

 いや、他にも翼や角が生えており、どう見てもまともな獣人ではない。

 あえて言うのであれば【鵺】であろうか。


「う~ん……因子の選択を間違えたか?」


 まさか、自分がケモ耳幼女を生み出すとは思ってもみなかった。

 邪神の蘇生には成功したが、体の構築には失敗したようだ。ツッコミどころが多すぎる。


『ケモさんが喜びそうだなぁ~……。モフモフじゃないか』


 ゼロスの脳裏にケモさんの『さぁ、行こう! 光り輝くモフモフのロードを。俺達にの前にはケモ耳パラダイスが待っている。ケモ耳ハーレムこそ真のエルドラド、モフモフ王国こそこの世のハライソさぁ!!』という声が聞こえてきた。

 ホムンクルスの制作を手伝うたびに妙なこだわりを吹き込まれ、危うく洗脳されかけたことも何度かあった。本気で精神破壊をしてくるほど熱く語りかけてくる人物だったのである。


『これ、今から取り消すことはできないよなぁ~。誤魔化しようがないぞ。どうすべ……』


 獣人族の混血でも、ここまで混ざり合った存在はいない。

 大抵の婚姻は部族内で収まり、他の種族の特徴が出る混血種は少ないのである。


『その魔力の気配……。覚えておるぞ、我を滅ぼした者の一人だな?』

「やぁ、おはよう。そしてお久しぶりだねぇ、邪神ちゃん。目覚めの調子はどうです?」

『良いわけがなかろう。このような狭い場所に封印しおって、忌々しい』

「人聞きの悪い。僕は君を蘇生させたんですがねぇ? まぁ、体が安定するまでこの中でおとなしくしていてください。今、ここから出れば、せっかくの体が消滅しますよ?」

『……どういうつもりだ? 我を蘇生させて何を望む』

「ただの嫌がらせ。『四神の連中に』と言えばお分かりで?」


 ゼロスの答えが意外と判断したのか、驚きの感情が脳裏に伝わってきた。

 ついでだからおっさんは、邪神に自分の疑問をぶつけてみることにする。


「ときに邪神ちゃん。君はいったい何者なんです? 何となく理解はしてるんですが、この辺りで答え合わせをしたいんですよ」

『我か……我はこの世界を管理するシステム。創造主が管理世界を離れる時、次代の観測者として我が創造された。だが、目覚めてみれば……』

「四神がいた。そして、君の管理システムの権限を奴等が保有していたということですかねぇ?」

『然り……我はこの世界を維持するためのシステムそのもの。されど、管理権限を奴等が掌握していては役割を果たせぬ。しかも、その管理権限を奴等に与えたのが創造主だ』

「つまり、邪神戦争はこの世界の管理権限を取り戻すために引き起こされたもので、君自身は世界を滅ぼす気はなかったという事ですかねぇ?」

『無論だ。我は観測者。この世界以外にも複数の世界を管理する役割がある。ゆえに、自ら世界を滅ぼすことはせぬ』

「その割には派手に暴れたみたいだけどねぇ……」


 かつての映像記録を見る限り、邪神の力は凶悪の一言に尽きる。

 これが四神を引きずり出すためのものであるとするならば、四神と邪神と相対するのは必然のはずであった。うまく倒せればそれで話が済んだはずである。

 だが、邪神は神器によって封印されている。逆に言えば邪神のもとに四神は現れなかったことになる。


「君を封印した神器は、創造神が残したものですかね?」

『アレか……おそらくはそうであろう。三次元防衛システムの特殊装備だと思われる。三次元世界に異分子が発生した場合、他の世界から抗体を召喚してその装備を使う』

「なるほどねぇ……それが勇者召喚ですか、その抗体を送還することは可能ですかね?」

『可能だ。本来召喚した抗体は、この世界に留まり続けることで歪みとなりうる。それを防ぐために召喚と送還は対となっているはずだ』

「ですが、召喚された勇者……この場合は抗体ですが、現時点までに幾度も召喚され送還されることなく、この世界で殺されてますがね?」

『馬鹿な……そのような事をすれば、この世界の魔力濃度は減り続け、異界の理がこの世界に滞留することになる。蓄積されれば更なる異分子が生まれ、浸食されることになるぞ!?』


 予想以上に厄介な事になっていた。

 今までどれほど勇者召喚が行われたか分からないが、勇者達は送還されることなくこの世界の理の中で殺されている。しかし、魂自体は異界の理の中にあるため歪みが生じるのだ。

 同質の歪みは互いに引かれ合い、結合して更なる大きな歪みへと変貌する。


「四神共……碌なことしないな」

『まったくだ。奴等にはこの世界を管理するという意味を理解していない。なぜ創造主は奴等に管理権限を与えたのだ……』

「創造神は何か言ってませんでしたか? 君が封印される前ですが……」

『さて……我はそのとき明確な意識を……待て、そう言えば我のもっとも古い記録に、『うっわ、失敗した……グラマラスなお姉ちゃんにするつもりがヘマした。どうすべ……時間もないし』とか言っておった記録があるな。どういう意味だったのだ?』

「ブフッ!?」


 原因が判明した。

 邪神の姿は臓物で構成された不気味な生命体。遠目からかろうじて女性の頭部が浮いているように見えるが、その姿は化け物のと言っても過言ではない。しかも状況に応じて形態を変える。

 つまり、自分の後継者を生み出したが、その姿があまりに不気味になったために封印したのだ。

 そして、その後釜を誤魔化すかのように妖精をベースにして四神を生み出したが、それが更なる間違いの元で、妖精の本能が享楽的なものであるがゆえに世界を管理する気が全くない。

 本能に従った結果、好き勝手に混乱を広げる結果となった。当然だが世界をまともに管理していないので、封印されていたはずの邪神が目覚め、管理権限を取り戻そうと動き出す。

【邪神戦争】の勃発である。


「創造神、適当すぎるだろぉ――――――――――――――っ!!」


 勇者もそうだが、ゼロスもまたこの無責任な創造神のせいで死んだ被害者になる。全ての原因は創造神の杜撰な管理にあった。

 邪神は世界を管理するために忠実に動き出し、適当に生み出した管理者は世界を管理する気が全くない。そのくせ神の座に留まる事を固執している。

 洒落にならない事態に発展するのはあきらかだ。


「管理権限を取り戻すにはどうするんです? 何か特別な方法であるとか……」

『わからん。だからこそ我はあの女神共を取り込もうとしたのだ。しかし、創造神の作り出した神器によって阻まれた』

「その神器、壊れたらしいですよ?」

『無理もあるまい。我は創造主と同質の存在だ。本来、異分子を排除するための神器を用いれば、神器自体が破壊されてしまうであろう。一度でも我を封印できただけマシというものだ』

「使われるべき役割が違うため、壊れたのか……。何とも傍迷惑な話だ」


 あまりの馬鹿馬鹿しい内容に頭を抱えたくなる。

 何にしても、切り札が目覚めた事は喜ばしい事でもある。色々と問題も残されているが――。


「君は体が安定するまで、ここでおとなしくしていてほしい。時が来ればここから自動的に出ることができますが、今の君では四神に負けますよ。弱すぎますからねぇ」

『仕方があるまい。復活できただけでも良しとしよう……。だが、あの女神共をこのままにしてはおけまい?』

「そこは大丈夫な気がしますね。勇者は召喚できなくなり、四神を信仰する国は現在落ち目。自分達で自滅の一歩を構築していますしね」

『愚かな……奴等はそこまで無能なのか? だが、今のままでは勝てぬか……うぅ~む』

「ここから出たら次は名前を決めましょう。いつまでも【邪神】のままではおかしいですからねぇ」

『ままならぬものだ。管理権限のプロテクトが外れれば何とかできるのだが……』

「すべては創造神が悪い。困ったものだねぇ、マジで……」


 邪神は目覚めたが、この後の事になるとまだ考えが及ばない。

 蘇生した邪神は弱く、四神は今の邪神よりも強い。何よりも神の先兵が平原の中央に居座っているのだ。自称神の国の力をそぎ落とさねばならないのである。

 今後のことを思うとゼロスは溜息しか出ない。

 気分を落ち着けるために煙草に火をつけると、何とも言えない苦い味わいであった。



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