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おっさん、メルラーサ司祭長との対面する

 早朝、孤児院である教会の前に、一人の来客が現れた。

 神官特有の白いローブを着た初老の女性で、このサントールの街では主に色々な意味で有名な人物である。

 白髪が混じったブロンドの髪を無造作に後頭部で一纏めにし、長身でこの歳とは思えないほど背筋は真っ直ぐである。

 鋭く切れ長の目は正直に言って怖いが、身なりにだらしなさが見え隠れしているので印象がだいぶ変わる。どこかの大賢者様と似た雰囲気があった。


「ついにきちまったねぇ、この時が……。思えば長いような短いような……」


 彼女の名はメルラーサ。姓はない。

 幼い頃に孤児院に入りびたり、それ以前はどこにでもいるストリートチルドレン。当然だが何度も脱走を繰り返した問題児であった。

 メーティス聖法神国の教会での施しで行っていた炊き出しを利用し、貧しい食事事情を満たし、その裏で恐喝や万引き、靴磨きにスリなど生きるために行った過去がある。

 孤児達はいくつかのグループに分かれ縄張り争いをしていたが、その抗争に敗れて逃げる形で四神教に入信したのが神官としての始まりであった。

 元より反骨精神が強いせいか、綺麗事ばかりの聖書の教えに反抗して協議内容を変え、『生きる事は戦いだ!』と主張した説法は一躍大人気となる。

 だが、その行動は他の神官達の反感を買い、布教活動を名目に国外追放された。

 そんな過去を持つ彼女がソリステア魔法王国で孤児院を開いた理由が、『ガキにも生きる権利があるんだよぉ、施しだけで人が生きていけると本気で思ってんのかい? 何の解決にもなってないじゃんよ』と、持ち前の反骨精神で面倒を見始めたのがきっかけである。

 

 炊き出し程度で浮浪者の救済になるなるなど思っておらず、逆に仕事の斡旋などを始めたり、孤児達にいくつかの職業を経験させ始めたりと手当たり次第に行動に移す。

 そこに計画性など一切あらず、ノリと勢いだけで突き進んだ。そして成功した。いや、無理やりさせた。

 竹を割ったようなさっぱりした――或いは力尽くの豪快な性格が多くの者達に慕われ、協力してくれる人達には不自由しなかった。

 元が孤児であったおかげか、直ぐに浮浪者や街角にいる孤児達を束ね、多くの者達を更生させることに成功する。

 しかし、彼女にも致命的な欠点が存在する。酒と博打だ。

 しかもめっぽう強く、イカサマを見抜いたり、圧倒的な一人勝ちからそちらの筋の者達に敵視される。

 何度も殺し屋に狙われ、そのつど返り討ちにし、或いは逃げ切ったたことから、ついた通り名が【放蕩司祭】。

 ついにはその筋の親分から気に入られ、【大姐さん】と呼ばれ慕われていたりする。

 今では裏の住人達からも一目置かれる大物として名を馳せていた。街の浮浪者から職人、果ては裏社会の者達まで彼女の交友関係は幅広く無茶苦茶なのであった。

 そんな彼女が教会に来た理由。それは……あることを伝えるためである。


「さて、ルーは起きてるかねぇ」


 メルラーサ司祭長は、教会のドアを乱暴に叩いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……ルーのやつ、どうしたんだ? 朝からボ~っとしてるんだが」

「昨日、おじさんのところから帰ってきてから、あんな調子なんだけど……」


 ジャーネとイリスは、朝から様子のおかしいルーセリスを見て少し心配していた。

 朝の御勤めでもある礼拝堂の掃除もどこか心あらず状態で、いつものような手なら他様子が全くない。

 思いつめた表情を浮かべたと思えば急に赤面して身悶えしたりと、見ていて少し気持ち悪い。その奇妙な行動が終わると思い溜息を吐いた。

 この状況はまるで――。


「恋の病かしら?」

「「えっ!?」」


 レナの一言で、二人は一斉に振り返る。


「だって、昨日まではいつもどうりだったよ!?」

「相手は……相手は誰なんだぁ!?」

「ジャーネ……それ、父親のセリフだと思うわよ? 相手なんて決まってるじゃない」

「「あっ……」」


 ジャーネとイリスの脳裏に、灰色ローブのおっさん魔導士が『あはははは』と爽やかな笑みを浮かべ、手を振るイメージが浮かんだ。

 そう、ルーセリスの身近にいる男など限られており、消去法でゆくとおっさんしかいない。


「ま、まさか……おっさんに何かされたのか!?」

「いや、ジャーネさん……それ、父親のセリフ」

「んふふ……ルーセリスさんの性格だと、一線を越えていたら顔に出ると思うわ。相当舞い上がるはず。もしかすると、結婚を前提とした告白でもされたのかしら?」

「「けっ、結婚!?」」


 結婚、その単語はイリスとジャーネを更に動揺させる。

 現時点で教会を切り盛りしているのはルーセリスである。宿代で難儀している三人の傭兵には緊急避難所の役割があり、仮にルーセリスが結婚するとなると今後利用できるか分からなくなる。

 元より孤児達の養護施設なのだ。宿代わりの宿泊施設として使うには問題があった。

 今まではルーセリスの善意で寝泊まりが出来たが、彼女が結婚すればこの教会の管理者は変わる可能性が出てくる。今までのように気楽に来ることができなくなるだろう。

 金欠状態が頻繁に起こる傭兵生活の三人には、深刻な事態であった。


「ま、待て……まだ、そうと決まった訳ではないだろ。ここは慎重に……」

「そうだね。さすがにおじさんと結婚は……」

「実は、アンジェちゃん達に話を聞いたのよねぇ~♡ 何でもぉ~昨夜二人で抱き合っていたとか」

「「な、なんだってぇ~~~~~~~~っ!?」」


 衝撃ニュ-ス! スクープ【サントールの聖女様、無職のおっさん魔導士と熱愛発覚!】。【歳の差カップル!? 陰で見守るルーセリスのファン達が泣いた!】。

 そんなゴシップ記事の文面が、二人の脳裏に浮かぶ。

 

「おじさん……いつの間に」

「ルーのやつも、いつからそんな関係になってたんだ? まったく気づかなかった……」

「ルーセリスさん、ジャーネと一緒にお嫁入りする気よ? 後はジャーネが覚悟を決めないとね」

「あっ、アタシはおっさんの事なんか、なんとも思っていないぞ!?」

「「嘘ね!」」


 ジャーネは以前に風邪で寝込んだことがあり、その薬を用意したのがどうもゼロスであると知った(二巻短編参照)。

 もっとも、その事実を知ったのがこの教会で偶に行う女子会で、ルーセリスも酒が入っていたので口が軽くなっていた。

 まさか自分が感染症に罹り、下手をすれば死んでいたかもしれない事を知ったとき、背筋が凍りつくような思いであった。そして、その治療薬をルーセリスに提供したのがゼロスなのである。

 それから少しずつ意識するようになっていた。


「レナさん……ジャーネさんとルーセリスさんが結婚したら、このパーティーはどうなっちゃうの?」

「ん~~……ゼロスさんは話が分かる人だし、奥さんを縛り付けるようなことはしないと思うわ。ジャーネは縛られると喜ぶけど……」

「嘘っ!? ジャーネさんて、え、Mなのぉ!?」

「誰が被虐趣味だぁ!!」

「「大丈夫、ゼロス(おじ)さんはSだし、相性はいいと思うよ?」」


 レナが言う事は家庭に縛られるという意味だ。決してSMの話ではないのだが、変な方向で理解されている不憫なジャーネであった。

 こう見えて彼女は乙女趣味であり、料理や裁縫などはそつなくこなす。

 偶にファンシーなぬいぐるみを自作したり、少女漫画を読んで悦に浸っている。そんな彼女のささやかな夢は、幸せな家庭を築く事であった。

 内面は実に可愛らしいのである。


「お前らぁ~~~~~っ……」


 ジャーネは顔が真っ赤だ。もう、ライフは0のようである。

 そんな三人の戯れのさなか、礼拝堂の方から『コンコン』と扉を叩く音が聞こえた。


「ジャーネ、お客さんみたいよ?」

「出ないの? ジャーネさん」

「教会の客だろ? アタシが出ても良いのか?」


 ――ドンドン!! ガンガン!! ゲシッ!! バキッ!!


「「「・・・・・・・・・」」」


 ノックから次第に扉を殴りつけるような音に変わってゆく。

 気が短いのか、或いはただの嫌がらせか判断ができない。


「ルーセリスさん、そっちの筋からお金を借りてるわけじゃないよね?」

「さ、さぁ? でも、もしかしたらという事もあるし……迂闊に扉を開ける訳には行かないわ」

「……アタシ、知っている。こんな派手なノックをする人は……あの人しかいない」


 ジャーネだけがこの凶悪なノックをする人物に心当たりがあった。

 なぜなら、幼い頃に同じ体験をしたからである。その当時は怖くてベッドでシーツにくるまり震えていた。

 そう、ある日、突然に消え、数日後に突然朝帰り。

 更に面倒事を引き連れて大騒ぎに発展することも度々引き起こした、重度のトラブルメーカー。ジャーネとルーセリスの育ての親とも言える【放蕩司祭】である。


『おんやぁ~? まだ寝てるのかねぇ、なら斧かなにかで扉を打ち破って……』

「うわぁ~~っ!? ちょっ、今開けるから待ってくれ!!」


 ジャーネは急いで走り出し、扉のかんぬきを外す。打ち破ると言ったら本気でやる人なのだ。

 扉を開くと、そこには見知った老司祭がニヤケた笑みを浮かべて立っていた。


「なんだい。いるならさっさと開ければいいじゃないのさ。まったく、余計な体力を使っちまったねぇ」

「司祭様……。突然に現れて、いきなり扉を壊そうとするのはやめてくれよ……。ルーセリスが迷惑だろ」

「ハンッ! そんなの、さっさと扉を開けないのが悪いのさ。こっちとら老い先短いんだよ、余計な時間を使ったら寿命が勿体ないじゃないのさ」

「だからって、扉をぶち破ろうとするか、普通……」

「そこに壁があるなら、ぶち破るのがアタシさねぇ。いまさら何を言ってるんだい、この子は……」

『『うっわぁ~~っ……もの凄く自己中な人が来たよ』』


 豪快すぎるその言動に、レナとイリスはドン引きした。

 行動がいい加減で大雑把、その場の勢いだけで生きているような人物だ。キセルを片手に煙をぷかぷか吹かせている姿に、とても神の信仰に殉じているとは思えない。

 むしろ背信者である。


「ふん……相変わらず乳がデカいねぇ、もう男に揉まれたのかい?」

「い、いきなり、なんてことを聞くんだ!? そんな相手がいる訳ないだろぉ!」

「なんだ、まだなのかい? まったく、そんな調子じゃ行き遅れになるよ。さっさと適当な男を見繕って、ずっこんばっこんしちまいな」

「それが司祭の言うことなのか!?」

「当然じゃないか。ありのままに男とくっついて、ガキをこさえて何が悪い! むしろ処女を神聖視することに気持ち悪さを感じるねぇ。八十過ぎの婆で処女なんて不気味なだけだろ?」


 身も蓋もない人だった。


「だいたい、あの法皇ですら裏で聖女とお楽しみしてんだよ? だったら他の者が性欲にまみれてもいいじゃないか」

「何で、そんなスキャンダルネタを知ってんだ!? 世間にバレたらマズいだろぉ!」

「……あいつ、昔からロリコン気質でねぇ、その癖ドSなのさぁ。そんな男が今や法皇だよ? 世も末だねぇ」

「……司祭様があの国から放り出された理由、分かった気がする」

『『スゲェ~自由人だ。異端審問に掛けられるんじゃ……』』


 堂々と法皇ですら扱き下ろす女傑。それがメルラーサ司祭長。

 こんな豪快な性格でも仁義は通す。そんな女傑に、痺れ憧れる者は多い。

 彼女が異端審問にかけられない理由。それは、異端審問官を全て返り討ちにした挙句、見事に逃げ切った実力者だからだ。

 立ちふさがる異端審問官を全てボコり倒し、全裸にして街路灯に逆さ吊りにした逸話は未だに語り継がれている。神官一人を異端として裁くより被害の方が格段に大きかったのだ。

 更に他の神官達の知られたくない裏事情を多くの民衆の前で暴露され、その地位から引きずり降ろされた者も数知れない。敵に回せば厄介な女帝だったのである。


「まぁ、ロリコン法皇のことなんざ、どうでもいいさね。ルーはいるかい?」

「どうでも良くないだろ。そんな変態はさっさと始末した方が身のためだぁ!!」

「あんな腐った国なんざぁ、根こそぎ滅びちまえば良いのさ。それが人のためだよぉ、ハハハハハ♪」

『『『笑い事じゃねぇ―でしょ……。犠牲になる人達がかわいそう』』』


 カラカラと笑いながら、まるで無人の野を行くが如く教会の奥へと進んで行く。

 この司祭長を止められる者はどこにもいない。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ジャーネがメルラーサ司祭長の応対をしている頃、ルーセリスの下にゼロスとルセイが来ていた。

 おっさんの家が裏にあるため、当然教会の正面からではなく裏口から出迎えていた。

 目的はメルラーサ司祭長との対面だが、この時はまだその本人が既に教会に来ているとは思っていない。

 そして、今日の行動予定を話しあっていた。


「南にも孤児院があるんですか?」

「はい、そこの責任者で他の司祭様達を統括するのがメルラーサ司祭長様です。と言いましても、事実は仕事を他の人に丸投げして、本人は好き勝手に動いていますけど……」

「それは、司祭としてどうなのだ? 私には凄く無責任な人物に聞こえるのだが……」

「その認識は正しいと思います。他の司祭様方も泣いていましたから……」

『『どんな人なんだ?』』


 ゼロスとルセイは司祭長の人物像が掴み切れない。

 酒と博打をこよなく愛し、更には一般人から裏社会の人間まで幅広く一目置かれ、しかも職業が司祭。

 どう考えても、まともな人間ではない事は確かだ。


「会ってくれますかねぇ?」

「さぁ? 他の司祭様方でも司祭長様がどこにいるのか掴み切れませんから。下手をすると隣の国まで足を運んでいることもあるとか……」

「つまり、無茶苦茶フットワークが軽いんですね」

「悪い人ではないのですが、行動が……」


 要は行動力がありすぎて、アポを取るにしても時間が掛かるということだ。

 その場の勢いで目的地を簡単に変え、下手をすると二ヶ月近く帰ってこないこともある。捕まえることが容易ではない。


「まるで、世界を股にかけるどこかの大怪盗のようだな……。少し本で読んだだけで詳しい事は分からぬが」

「あっ、私も読みました。三代目で剣の達人で、おまけに狙撃手なんですよね?」

『……それ、三人のキャラをひとまとめにしてね?』


 少し意気投合する二人と、モヤモヤ感がハンパじゃないおっさん。

 改めて知るジャパニメーション文化の影響と、バッタモンの酷さ。原作者が知ればダイナマイトを持って突入してくるレベルだ。

 オリジナル要素が全くなく、適当に設定を張り付けただけの偽物臭が鼻につく。


「ヒロインの女の子が良いですよね。いわくありげな美術品を盗んだり封印したりして……」

「うむ、なぜか衣装がウェディングドレスというのが少し気になるが……」

「ヒロイン……。こっちもかパチモンか、粛正する必要があるな。メーティス出版に……」


 この手の本を多く出版しているのがメーティス聖法神国で、その制作と販売を行う部署が神殿内に存在するらしい。

 最近では各国で規制が出たらしく、街で売られている新聞で大々的に伝えられていた。

 ちなみに、おっさんはその新聞の四コマ漫画が気に入っており、思わず新聞を購入して自宅に帰還したのだ。久しぶりの四コマで漫画ある。

 それは兎も角として、国の対応が些か遅すぎるとゼロスは思っていたりする。


「漫画のことはどうでも良いでしょう。問題は、その司祭長と会えるかどうかですね」

「そこが問題です。メルラーサ司祭長は神出鬼没ですから、どこに姿を現すか分からないんですよ」

「どこのUMAですか……。裏で賞金が懸けられているかもしれませんねぇ」

「おんやぁ~? アタシのことをお探しかい。けどねぇ、アタシは盗みは……あまりしたことがないよ」

「「「えぇっ!?」」


 突然の声に振り向けば、そこには初老の女性司祭がに立っていた。

 あまりにも突然のことでゼロス達は気づいていないが、メルラーサ司祭は確かにこういった。『盗みはあまりしたことがない』と。

 つまり、彼女は盗みを働いたことがあるということだ。常習犯でないというだけである。

 とんでもない司祭だが、この時点で誰もそこに疑問を思うわなかった。


「メ、メルラーサ司祭長……どうして、こんな朝早く」

「あぁ、ルーに伝えたいことがあってねぇ。まず孤児院という呼び名なんだが、養護院に変わるそうだ」

「はぁ……」

「それと、アンタに重要な話があったんだが……手間が省けたようだねぇ」

「えっ? 手間が省けたって……それはいったい?」


 ルーセリスが困惑したが、目の前のメルラーサ司祭長の視線はルセイに向けられている。

 正確には背中にある黒い翼だが、それである程度の状況を察したようだ。

 だが、次の瞬間にはもの凄く人の悪い笑みを浮かべる。


「へぇ……そっちの男がルーのコレかい? 随分の冴えない男だねぇ~、しかも魔導士。異端審問の連中には注意するんだよ?」

「ひゃいぃ!? 何ですか、突然に……」

「アタシは別に結婚自体は反対しないさ。魔導士だろうが騎士だろうが、惚れた腫れたの問題は口を出さんさね。けど、中にはそう思わない馬鹿もいるからねぇ」


 親指を立ててニヤニヤ笑う初老の女性司祭。しかし、その表情はなぜか妙に男前。

 からかっているのか、警告しているのか、祝福しているのか分からない言い草だった。


「んで、ルーはもうやっちまったのかい? ジャーネはいつまでたってももチキンのようだし、あたしゃ心配だよぉ~。二人とも嫁にいけんのかねぇ?」

「な、なにを言ってるんですかぁ!? 私達はまだそんな関係では……」

「司祭様!? アタシは男なんて……」

「なぁ、アンタ……この際、歳の差なんて細かい事は言わないさね。この二人をさっさと女にしてくんないかい? このままだと行き遅れが確定しちまいそうだし」

「こっちにまで飛び火しただとぉ!? 想像以上に、もの凄く強引な人だったぁ!」


 色んな意味で厄介な人であるとゼロスは思った。


「ちょ、ジャーネさん、そろそろ傭兵ギルドにいかないと」

「そうね。良い仕事がみんなとられちゃうわよ?」

「うっ……仕方がない。ルー、ちょっと傭兵ギルドまで行ってくる」

「ジャーネ、宿代すらまともに稼げないようなら、さっさと嫁に行っちまいな。傭兵なんてヤクザな商売は長く続かないよ! 第一アンタには向かない仕事じゃないか」

「ほっといてくれぇ! 何とか生活できるランクに上がってきてるんだぁ、それに独り身は司祭様もおんなじだろ!」


 さすがに少し反抗したくなったのだろう。独り身はメルラーサ司祭長も同じだからそこを突いたのだが、次の瞬間予想外の返答が返ってくる。


「何言ってんだい。アタシは既に子供が五人いるよ。籍は入れてないし男とは死に別れたけど、子供達は元気に仕事してる。孫も十一人いるが、知らなかったのかい?」

「「えぇっ!?」」


 確かに、男と関係を持ち子供や孫が大勢いても、籍を入れてなければ未婚だ。

 言葉の意味では独身と言って間違いではないが、まさか最愛の男と死に別れていたとはジャーネやルーセリスも知らなかったようである。彼女の愛した男性がどんな人であったのか気になるところだ。


「ジャーネ、ショックを受けているところ悪いけど、ギルドへ行くわよ。ほら、さっさと動いて」

「ジャーネさん、急いで! お金は待ってくれないんだよ? 今日こそいい仕事をゲットしないと!」

「待て、アタシにはまだ、聞きたいことが……マジか? マジで結婚!? 嘘だろぉ!?」


 時間が押しているのか、ジャーネは仲間二人に引きずられていった。

 傭兵の依頼は早朝に張り出される。時間勝負でできるだけ報酬の高い仕事を選ぶので、競争が激しい。逆に言えば朝早く受付が混み合うことになる。

 生活が懸かっている以上、一分一秒の遅れは命取りになりかねない。本当にヤクザな商売である。


「「「・・・・・・・・」」」


 まるで台風のような騒がしい朝だ。

 さすがのおっさんも展開が急すぎて話について行けない。


「フン……その黒い翼、アンタがルセイだね? メイアの娘の……違うかい?」

「なっ!? やはり、母を知っているのですか!?」

「まぁねぇ。ルーを直接頼まれたのはアタシさね……。にしても、アンタ等も酷い事をするさね」

「そ、それは……返す言葉もありません」

「旦那が直接探しに来るならともかく、娘に使いぱしりをさせるのかい? 見下げ果てた男だねぇ」


 辛辣な言葉であった。

 

「あの……それでは、私とルセイさんは……」

「あぁ、血の繋がった本当の姉妹さ。けど、それがどうしたというんだい? 勝手に捨てておきながら、血の繋がりが判明したら戻って来いというつもりかい? 傲慢にもほどがあるさねぇ」

「うっ……確かに、私としても妹のことは気になっていましたが、それ以上に母の行方も……」

「知ってどうなるのさ。いまさら壊れたものが元に戻るとでも言うのかねぇ? 現実なんて言うのは残酷なものさね」


 言いたいことはルセイも理解している。

 どう取り繕ったところで、壊れたものはもう取戻すことはできない。

 どれだけ母を求めようと、もはや帰ってくることはない覚悟を決めていた。温室育ちの彼女達の母が、誰も知り合いのいない異国で生きていけるとは思っていないからだ。


「それでも……それでも私は母の行方が知りたいのです! お願いします。十九年間前、母とどのように出会ったのか、そして今はどこにいるのかお教えください!」


 真剣なルセイを前にし、メルラーサ司祭長は大きく溜息を吐いた。


「アンタ、知ってどうなるというんだい? ルーは……この子は既に自分の道を選び、いまさらアトルム皇国の家に戻れるわけないだろう。この子は既に庶民さ、堅苦しい公家でなんか生きていけやしないよ」

「それは……重々承知しているつもりです。いまさら一族の元にに戻ってこいとは言えないでしょう。謝罪をしろと言われれば相応にいたす所存。ですが、それとは別に母の行方も知りたいのです」

「ハァ~……後悔しないね?」

「どんな現実も受け止めるつもりであります。我等はそれだけの罪を犯しましたので……」

「良い答えさね……。ついてきな。アタシが母親のもとに連れて行ってやるさ。そっちの男もついてきな!」


 話が勝手に進んでおり、おっさんは一人蚊帳の外だった。だが、それ故に冷静に物事を見ていた。

 ルーセリスが今まで母親と会ったことがない以上、既にこの世にいない可能性が高い。そうなると彼女達が行く場所は、当然ながら母親の墓と思われる。

 二人もそれを察しているのか、表情が硬く、そんな二人を引き連れて司祭長はさっさと教会から出ていく。思い立ったら即行動の人であった。

 そして、なぜか自分もついていく事が確定した。不思議な話である。


「ジョニー君、ルーセリスさん達とちょっと出かけてくるから、留守番の方を頼みましたよ」

「おっけー、俺達に任せておけ」

「おっちゃん、お土産忘れないでね?」

「某達はザンケイ達と修行をしている。2~3日なら我等だけでも生活できるしな」

「肉を買ってきてくれぇ! 肉だよ、おっちゃん!」

「カイ……野菜も食わねぇと太るぞ。お前はダイエットするべきだと思う」


 子供達は頼もしかった。だが、ゼロスは少し心配になり、多少のお小遣いを渡しておくことにする。

 何となくこうしたほうが良いと勘が告げていたので、その予感に従ったのだ。

 なぜ、そう思ったのかはわからなかったが……。


「それじゃ~、留守の方を頼みましたよ?」

「「「「「いってらっしゃ~~~~い♪」」」」」


 元気な子供達に見送られ、ゼロスはメルラーサ司祭長の後を追った。 

 

 

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