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 おっさん、弟子が増える

 セレスティーナはメイスを振りかざし、マッドゴーレムの頭部を叩き潰す。

 飛び散る泥に意も返さず、次の獲物に向けて身を翻し、横殴りの一撃を加える。

 核を破壊されたゴーレムはその場で崩れ落ち、わずかな泥山を形成した。


 マッドゴーレムは動きが単調で、その攻撃過程は至極読みやすい。

 現に数体のゴーレムが腕を突き出した瞬間、セレスティーナはその場から離脱すると、彼女がいた場所に泥の腕が一斉に襲い掛かった。

 これが人間の様な思考が在れば、殴りかかる瞬間に腕を伸ばし拘束、捕らえた後、倒す為に止めの一撃を加える事だろう。

 その動きは緩慢で、幾ら数が多くとも冷静で在れば対処はし易い。


 だが、流石に数が多く、倒しても術者が直ぐに補充して来るのだ。

 セレスティーナはちらりと横を見ると、師でもあるゼロスは状況を見て3体のゴーレムを生成していた。

 

(増援は三体……だいたい戦力に加わるのに約20秒、その間に三体倒します)


 彼女は手近なゴーレムに狙いを定め、懐に飛び込んで核を破壊、すかさずその横で腕を伸ばそうとしたゴーレムを撃破し、後方から迫るマッドゴーレムを頭から一気に叩き潰した。

 彼女はこの数日間に戦闘訓練にも慣れ、既にマッドゴーレムの動きに対して冷静に対処できるようになっていた。


 元より彼女は保有魔力こそ低かったが、イストール魔法学院では優秀な成績を収めるほどの秀才である。

 そんな彼女は戦闘訓練の授業は受けられなかったが、見学する事で状況判断の分析能力が異常に高くなっていたのである。


 戦闘訓練と言っても動き回るゴブリンを的に攻撃魔法を撃ち込むものであったが、隙を見せれば怪我をする事もあり、中には骨折するほどの怪我を負う者も見ていた。

 その状況判断がどのような物であったかを分析し、自分自身に置き換えての脳内シミュレートを繰り返してきたのである。

 彼等の負傷の原因は状況判断と認識の甘さ、更に仲間がいるから大丈夫と云う、根拠の無い安心感による傲りと油断であった。


「マッドゴーレムは動きが遅いですが、時折奇抜な攻撃をしてきますね……」


 彼女に油断は無いが、それでも安全と云う訳では無い。

 隙を見ては真下から足を延ばして蹴りを入れて来たり、倒れた仲間の泥を利用して自分の躰を強化したりと、一体と思えば二体に分裂したりなどの融合攻撃もして来る。

 似たような攻撃をスライムなどがしてくると知識としては知っていたが、実際に目の当たりにするとかなり厄介な攻撃であった。


「穿て、岩の槍よ『ロックランス』!!」


 地系統魔法を撃ち出し、数体のゴーレムを一瞬にしてくだ蹴散らすと、増援に向かってメイスを振りかざした。

 だが、マッドゴーレムはいきなり姿を視界から消す。


「!?」


 一瞬、何が起きたか分からなかった。

 答えはマッドゴーレムが自らの躰の構築を崩し、地面に崩れ落ちただけである。

 しかし、これは彼女にとって一瞬の隙に繋がる。


 マッドゴーレムはその崩れた姿のまま地面を這いずり、セレスティーナの足を絡め捕って動きを封じる。

 それと同時にほかの二体も腕を伸ばし得彼女を捕え、完全に動けなくなってしまった。


「これで、チェックメイトかな?」

「まだです! パワーブースト!!」

「おっ? 無詠唱だね。いつの間に」


 無詠唱で身体強化を使い、強引にマッドゴーレムの捕縛を振り解くと、セレスティーナは先に二体のゴーレムをしとめ、最後の一体にメイスを振り落として破壊する。

 

「お見事。もう、このレベルなら安心して勝てるね。次は実戦してみたいとこだけど……」

「ほ、本当ですか?」

「ただ、クレストンさんの許可が必要になるけどね」


 セロスの言葉を聞いたセレスティーナは、即座に訓練を眺めていたクレストン老に振り返る。

 期待に満った目で見られ、一瞬爺さんは萌えたが、事の大きさを思い出して思案顔になる。


「うぅ~む……実戦か、まだ早いと思うのじゃが・・・・・」

「そんな事はありません! 学院の同年代の子達も、私と同じ年代でスライムやゴブリンを倒しているんですよ? 寧ろ遅いくらいです!!」

「しかしのぅ……この辺りで実戦が出来る場所と言ったら……」


 そう、この辺りで実戦を経験できる場所はファーフランの大深緑地帯しか無い。


 魔物の強さが通常に比べて強く、同じ雑魚扱いの魔物でも油断すれば死ぬ事に繋がるほどの差がある。

 森の奥深くまで行かなければそれ程強力な魔物はいないが、それでも危険度に関しては遥かに高い場所なのだ。

 クレストン老が渋るのも無理は無い。


(実戦じゃと?! もし万が一の事があったらどうするのじゃ!! あそこにはゴブリンやオークなど、年頃の娘を襲う穢れた魔物が多いのじゃぞ!!

 もし万が一、奴等にティーナが……そんな事にでもなれば、儂は、儂はあああああああああああああっ!!)


 どうやら別の事を考えていたようだ。

 どうでも良いが、実の孫娘を頭の中でイケない想像で穢すのは止めて欲しい所である。

 孫が心配な事を機に、エロい事を妄想している様にしか見えない。

 まぁ、実際に於いてそうした被害があるのは事実だが……。


「御爺様? どうしたんですか?」

「ハッ! いや、何でも無い……何でもないぞ?」


(この爺さん……今、何を想像していやがりましたか?)


 ゼロスは人の思考は読めないが、感は冴える様である。


「よし、分かった! ティーナのために護衛を一個師団用意させよう!!」

「一個師団!? ちょ、御爺様?!」

「多い、多すぎますよ!! 大型の魔物が餌と勘違いして、集団で襲って来たらどうするんですかっ!!」

「ティーナの為なら、儂は有象無象を魔物の餌にする覚悟がある!!」

「問題発言、出たぁ――――――――――――っ!! どこまで孫馬鹿ですか!!」

「なぁ~に、遺族にはそれなりの金を積めば何とかなるじゃろ」

「それは、権力者がしちゃいけない最悪の行動です。何を考えているんですか!!」


 孫馬鹿老人は本気だった。

 他人の命を犠牲にしてでも孫娘を守りたい程にイカレている。

 ゼロスが、少し昔の口調で思わずツッコミを入れる程に……。


「あなたは何を考えているんです。そんな大勢で森に入れば動きが阻害されて、返って危険ですよ!!」

「奴らもティーナの身代わりに為れれば本望じゃろう。笑って地獄へ行こうぞ」

「勝手に人を犠牲にするなど、それが貴族のする事ですか!!」

「貴族故に他人の命を弄べるのよ……。幸い騎士団長も、騎士達の錬度が落ちていると嘆いておったからのぅ、ちょうど良いから鍛え直す事を名目に借り出そう」

「黒いわっ!!」


 孫娘の事になると、途端に駄目になるクレストンの爺さん。

 彼の暴走は止まらない。

 ゼロスの口調も止まらない。


「せめて、上等な素材の装備を用意してくださいよ。道具が在れば僕も作れますから……」

「ほぅ……では、魔導士に相応しい装備が作れるのじゃな?」

「素材によりますけどね。限界まで強力に作れますよ?」

「ふむ、具体的にはどのような?」

「魔導士とは言え、防御力がそれなりに無いといけませんし……革の鎧などはどうでしょう?」


 ―――ピシッ!!


 一瞬だが、空気が凍結したような音が聞こえた。

 同時にクレストン爺さんの顔が増々険しくなってゆく。


「待て、革の鎧という事は……当然、躰の寸法も……」

「測りますね? サイズが合わないと危険ですし……」

「ゼロス殿……少し裏でO・HA・NA・SIしようでは無いか」

「なぜに!?」


 爺さんの目がヤバかった。


「それはつまり……ティーナの躰を余す事無く、備に念入りに調べるという事じゃろうがぁああああああああああああああっ!!」

「爺さん、アンタちょっとおかしいぞっ!!」

「儂の可愛いティーナを……くんずほぐれつ…丹念に嬲る様に…そして……」

「考えすぎだぁああああああああああああああっ!!」


 爺さんの孫馬鹿は常軌を逸していた。

 目を血走らせ、鼻息を荒くした危機迫る形相は、ハッキリ言って怖い。


「もう少し歳が上なら考えなくも無いですが、現時点では子供と大差ないでしょうに!!」

「こ、子供……私、子供扱いなんですね……」

「儂の可愛いティーナに、魅力が無いとでも言うのかぁあああああああああああああああっ!!」

「アンタは僕に、どうしろと言うんですかっ!!」


 孫馬鹿の老人に理屈は通じない。

 セレスティーナの為なら平気で戦争を引き起こしかねない、溢れんばかりの愛情で無茶苦茶な理屈をのたまう。

 この日、変な方向に感情を爆発させた老人の相手をして、不毛な時間が流れるのであった。


 結論から言えば、セレスティーナの装備製作はお抱えの職人に頼み、ゼロスがその補助的加工を施す事で決着がつく事になる。

 尚、この結論が出るまで、狂える孫馬鹿老人との壮絶なOHANASIが続いたと云う。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇



 セレスティーナの訓練風景を、窓から見ている者の姿があった。

 その者はセレスティーナの異母兄妹で、ソリステア公爵の長兄ツヴェイトである。

 彼はこの公爵家の跡取りして思われていたが、一人の女性の為に職権を乱用し、現在謹慎中の身の上である筈であった。

 彼がこの別邸に来た理由は、祖父であるクレストンに鍛え直して貰う為である。


 この国の貴族達の大半は魔導貴族と呼ばれ、各貴族家に伝わる継承魔法を保有している事に由来する。

 一族に列なる者は皆この魔法を継承し、そこで初めてその家系の貴族であると認められるのである。

 ソリステア公爵家の魔法はこの国の最大戦力の一つであり、秘宝級魔法と呼ばれていた。


 彼は13歳でこの魔法を継承し、事実上後継者として認められたはずであった。

 事実上彼の家系に伝わる魔法は強力で、焔を好んだ事から【煉獄の一族】と言う異名を欲しいままにし、その異名に恥じない破壊力は他の魔導士の追随を許さない程の威力を誇る。

 だが、その魔法はたった一人の魔導士によって、彼の自信と共に打ち砕かれる事となった。

 しかも魔法は使わず体術で無力化したのだ。

 更に追い打ちをかける様にその魔導士は、彼が心を奪われた女性――ルーセリスの孤児院に頻繁に訪れていた。

 腹立たしい事に、ルーセリスと楽しげに会話などしているのを遠巻きに見ているしか出来なかった。

 完全にストーカーになり下がる寸前である。


 そんな彼がこの別邸に着て驚いたのが、魔法の才能が無いと言われていたセレスティーナの変わり様である。


「あれが、セレスティーナだと…? 信じられん。何をしたら短期間で……」


 無論、毎日の戦闘訓練と魔力制御特訓を繰り返し、座学に於いても真剣に取り組んでいたからである。


 もっとも驚いたのが、彼女が近接戦闘を率先して行っていた事であろう。

 彼の知るセレスティーナはどこか暗く、言葉にすら感情の入らない人形みたいな少女であった。

 ツヴェイトも事あるごとに彼女を泣かし、それを楽しんでいた記憶がある。

 

 だが、今の彼女にはそんな影は微塵も無く、率先して戦闘に赴く好戦的な一面を見せていたのだ。

 冷静に状況を俯瞰し、相手の動きを先読みしては確実に仕留める。動きはまだ洗練されてはいないが、それでも目覚ましく成長し続けてる事は確かだ。

 その成長を促しているのが自称大賢者の魔導士ゼロスである。


「あれだけのゴーレムを一人で操れるのか……どれだけ魔力を持ってんだよ、クソッ!」


 彼がこの屋敷に来た時に訓練が始まり、一時間以上はゴーレムを生み出し操作していた事になる。

 そんな魔力を行使すれば、直ぐに魔力が枯渇し倒れかねない。

 ゼロスの魔力量は彼の常識を遥かに超えていた。


 彼の知る限りでは、どんな高位魔導士でもゴーレムを2~3体製作できればマシな方である。

 最高でも6体ほど作りだせる者もいるが、数が増えると命令する術者にも精神的に多大な負担になり、そのゴーレムの動きが単調になりがちで制御でする事が困難になる。

 

 だが、ゼロスは20体以上のゴーレムを作り、更にはそのゴーレムを巧みに操っていたのである。

 明らかに常識外の実力を持ち、その実力者が世に埋もれている事自体、彼の常識から掛け離れていた。

 魔導士なら誰もが国に属する事を夢み、その為に学院で魔法や戦略を学び、卒業して各派閥に属する軍属となるのが近道だ。

 賢者クラスの魔導士が権力を求めず、寧ろ隠者の如く生きている事が信じられない。


 隔絶した実力差がある事を彼にまざまざと見せつけたにも拘らず、権力に固執せず、寧ろくだらないと言い放つような魔導士など常識の外側なのだ。

 だからと言って、彼が見てきた常識が間違いである訳では無い。

 魔法研究に金が掛かるのは当然で、その研究費を得るには権力を持つ魔法師団の派閥に加わるのが最も安全である。


 多少派閥同士での対立はある物の、国からの支援金が毎月下りるので困窮する事は無い。

 何より、国属になれなかった魔導士の犯罪は後を絶たず、彼等の犯罪もかなりの数に及び、同時に全員が貧乏である事が統計で判明している。

 それは資金繰りが容易では無い事を意味し、有事の際でないと魔導士の出番が無いからだろう。


 ゼロスの様な魔導士がいるという事は、研究資金を自分で稼ぎ、その稼ぎを遣り繰りしながら魔法研究を続け、その上で強力な魔法を生み出している事になる。

 つまりは天才という事になるのだが、彼にはそれが納得できないでいた。


「何で…あの数のゴーレムを操れるんだ……。おかしいだろ」

「ところが、そうでもない様ですよ? ツヴェイト様」

「うおっ?! いつの間に……」


 気付けば、彼の傍らにはメイド服を着たメガネの女性が同じように窓の外を見ていた。

 彼女はセレスティーナの専属使用人で、名をミスカと言う。

 かつては本宅である屋敷で女給長をしていた実力者で、教養と他者を立てる物腰から公爵家での信頼も厚い実力者である。

 彼も幼い頃には世話になった人物だった。


「どういう事だ? 何か秘密でもあるのか?」

「ゼロス様にとっては秘密でも何でも無いようですね。セレスティーナ様に簡単に説明していましたから」

「馬鹿な! あれ程ゴーレムを巧みに操れるのだぞ? ある意味では決して口外出来ない高等技術だ」

「そうですか? ですが、それは私達にとってであり、大賢者様には取るに足りない事のようですよ?」

「チッ! 俺達の力は足下にすら及ばないと云う訳か……で? どうやってあの数のゴーレムを操っている?」


 彼も魔導士の端くれであり、知らない技術には興味があった。

 ましてや、使い物にならないとまで言われたゴーレム操作を見事なまでに連携させているその秘密を知りたいと思うのは、彼がまだ権力に染まっていない魔導士としての証であろう。


「興味がおありで?」

「ちゃかすな、俺だって魔導士だ。優れた技術には興味がある」

「では、私が知る限りの事をお教えしましょう」


 ミスカは眼鏡を指で押し上げ、楽しそうに説明をし出した。 


 先も言った通り、ゴーレムの数が増えれば制御は難しくなるのは常識だ。

 しかし、ゼロスがゴーレムを操作する方法は、一般の魔導士が行うような直接操作と云う訳では無い。

 ある程度の命令を実行するゴーレムを分隊長とし、その下に簡単な命令を実行する単位的なゴーレムを配置するのだ。


 術者であるゼロスが指令を下し、隊長ゴーレムがその指令を受けて命令を実行、単為ゴーレムがその作戦を遂行する。

 完全に騎士達が戦う時の命令系統システムが、そっくり其の儘ゴーレムに組み込まれているのだ。

 隊長ゴーレムは単為ゴーレムよりも遥かに強化されており、ある程度魔力を貯えられるよう魔石を与えられているために自軍のゴーレムを自身で補充できる。更に術者の精神的負担が軽減されるため、長期戦でも重宝するような操作が可能であった。


「足りない魔力は魔石で補えますし、何より疑似的な魔物とは言えセレスティーナ様の格を上げるにはもって来いの訓練ですね。魔石の魔力は後で補充すれば良いと言っていました」

「だが、それでも魔力は足りないだろ。少なくとも隊長格のゴーレムは魔力を大量に消費する」

「そこは、ゴーレムを製造するための魔法式に秘密がありますね。ゼロス様は【スペル・サーキット】と仰っていましたが? 細かい事は分かりかねます」

「自身の魔法で軍団を作り出せるのかよ……化け物め……」

「ゼロス様は、『僕など大したことはありませんよ。かつての仲間の方が、もっと凄い事をしていました』と仰っておりましたよ? あの方は何でも熟しますが、基本的に攻撃魔法が専門だと伺っております」

「どんたけの猛者だよ、奴の仲間って奴等は……」

「まぁ、五人でベヒーモスに挑むような狂った魔導士の方々ですからね。私達のような者には理解出来ない事でしょう」

「全員が魔導士!? しかもベヒーモスだとっ?! イカレてるにもほどがある!!」


 研究者は挙って変人が多い。

 彼の所属する派閥にも頭がおかしい者達はいたが、ゼロスはそれを群を抜いてヤバイ。

 研究のために災害級の魔物に戦いを挑むような無茶な真似をやらかすほどだ。それはツヴェイトの常識の枠から完全は外れ、狂気的な何かに支配されているとしか思えない無謀さに、彼は戦慄を覚えた。

 同時にそれは世界がどれほど広いかを示し、高位魔導士の証でもある深紅のローブを着て浮かれていた自分に対し、どれだけ矮小であったかを思い知らされる。


「俺は……未熟どころか、取るに足りない雑魚だったわけだな……」

「そうなりますね。相手が悪いですよ、なにせ大賢者ですから」

「この世界は謎と神秘に満ちてやがる。あんな狂った魔導士がいるとは……」

「未知の探究とはそう云うものでしょう? ツヴェイト様も精進なさいませ」


 改めて自分の愚かさを知ったツヴェイトだった。


「謎と言えば……ミスカ」

「なんでしょう?」

「ガキの頃から思っていたんだが……お前、何歳だ? 全然姿が変わらないから気にもしなかったが、改めて考えると色々おかし……いっ!?」


 言葉が言い終わる瞬間、ミスカは俯き不気味な気配を放出した。

 ドス黒い気配はツヴェイトに絡みつき、未知なる恐怖を誘発させる。

 生まれて初めて感じる絶望的な何かに、彼は本能的に逃げられない事を悟った。

 そこに在るのは絶対的な死。


 彼は愚かさを知っただけで改善されておらず、新たに愚かな真似をしでかしたのだ。


「あ・・・・・・あぁ・・・・・」


 脅えるツヴェイトの頬に手を当て、ミスカのやけに光り輝くメガネが眼前に迫り、恐怖心は否応なく煽られる。


「女性に……歳の事を聞くのは失礼ですよ? 笑っている内に事を済ませるのが得策だと……思いますが?」

「ごめんなんさい!! もう二度と聞きません!!」

「……今、何気に歳を聞きましたか?」

「滅相も無い!!」


 彼は本気の土下座でミスカに謝罪した。

 未知の恐怖に敗北したのである。


 この世には、知ってはならない物があると、身をもって知ったのであった。

 同時に自分の浅はかさをだが……。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「えっ? 僕に鍛えなおして欲しい? それはまた何で?」


 その日の夜、己の小ささを知ったツヴェイトは即座に行動を移し、ゼロスに土下座覚悟で頼み込んでいた。


「レベルは確かに50は越えている。だが、アンタの実力を見ると、魔導士としての極みは遥か先にあるとしか思えん。俺はこの程度では終わりたくねぇ!!」


 いつになく真剣な様子に、流石にゼロスも困惑する。

 セレスティーナもかつては虐められた経験があり、その所為か彼に対しては苦手意識がある。

 そんな因縁ある二人を同時に見れるのだろうか?と言う疑問はあるが、それ以上に、この変わり様には裏があるのではと勘ぐってしまう。


「魔導士の極みね。僕はまだまだと思っていますが……派閥は良いのですか? 君が言っている事は、その派閥から離れる事を意味しますよ?」

「うっ?! しまった……面倒な奴等がいるのを忘れていた」


 彼の所属する派閥はこの国の魔導士二大派閥の片方【ウィースラー派】になる。

 攻撃こそが魔導士の神髄と信じて疑わない好戦的な一派であり、主に攻撃系統の魔法を研究研鑽をしている連中である。

 ゼロスの指示を受ける事は、この一派から離れる事を意味し、魔導士達はそれを裏切りとして見るだろう。

 実際に彼は派閥で開発している魔法を見ており、秘密主義の魔導士は殊のほか裏切りを許さない結束力で繋がっていた。下手をすれば暗殺も辞さない覚悟でである。

 もっとも、彼等の研究は未だ実っていない事も事実である。


「魔導の神髄と言いましても、単に引き籠って自分の好き勝手に魔法を弄繰り回すだけですよ? それはもう、他人の迷惑も顧みずね」

「アンタが言うと、妙に説得力があるな?」

「ついた通り名が【殲滅者】ですからね。まぁ、僕も含めてと言う意味ですが……」

「何をやらかしたら、そんな通り名がつくんだよ……。聞いても良いか?」

「聞かないでください。若さゆえの過ちですよ、認めたくは無いものですが……」


 まぁ、ゲーム時代の頃の話だが、レイドで自軍の所属するプレイヤー達ごと開発した魔法で敵を一掃したり、PKを捕えて魔法の的にしたり、面白半分で作った呪い付きアイテムを無理やり装備させ、その様子を外から嘲笑ったりとかなりの悪どい事をしていた。

 そんな彼が実際に本物の魔導士になった時、いかに自分が危険な存在である事を痛感したのだ。

 実際に居たら充分な狂人であると知ったのである。

 

「あの頃は、僕も尖っていましたからね……。君以上に……」

「いや……そんな遠い目をして、何言ってんだ?」

「広範囲殲滅魔法をうっかり暴走させて、仲間ごと巻き込んだ時には焦りましたね。彼等の報復は正直怖かったですよ……死ぬかと思いました」

「ヤベェ!! 何か、とんでもねぇ事をやらかしてるっ!? つーか、仲間は死んで無かったのかよ?!」

「魔法防御力は、みんな尋常では無いくらいに高かったですからね。その程度では死にませんよ? むしろ彼らを殺せる方法があるのか知りたいくらいです」

「その程度?! 広範囲殲滅魔法がその程度なのかっ!? それ以前に、アンタもそいつらと同類じゃねぇか!!」 

「その後は凶悪な魔法による撃ち合いの応酬で、被害が拡大しましたよ。砂漠の街で助かりました」

「何してんだよ、アンタはっ!!」


 ゲーム内の話だが、彼にはその真偽を知る術は無いので、言葉をそのまま受け入れてしまっていた。

 

 聞いているだけでも非常識で規格外、それ以上の狂気で突き進んでいたのだと悟る。

 それは高位魔導士として歴史に名を記したい彼にとって、真逆の方向であった。

 名声では無く悪名、他人の事などお構いなしに暴走を繰り返した壮絶な日常である。これで賢者と言うのだから何かがおかしい。


「楽しかったなぁ~……。」

「どっちの意味で?! 仲間と殺し合った事かっ?! それとも研究名目の破壊行動かぁっ?!」


 彼は賢者とは、世間一般の常識から隔絶し、完全に自分の都合で魔法研究を繰り返し実戦する愉快犯と知った。

 そこに他人の意思が入り込む余地は一切なく、思うがままに戦場で実証実験と言う名の破壊行為を行い、遊んでいたとのだと感じたのだった。

 完璧なまでに魔導士の反面教師である。


「それは兎も角……君はどんな魔導士を目指しているんです? 権力に溺れた実例を見るに、然程大した目標では無い様に思えるのですが?」

「痛い所を……俺は歴史に名を残したい。それも英雄と呼ばれるくらいに……」

「殺し合いで英雄なんて、権力者の都合の良い様に思えますけどね。何かを守るのであれば傭兵でも可能ですし」

「む? 戦いに強いだけでは英雄じゃないのか?」

「何を成したかによりますね。国で祭り上げる英雄など戦の犠牲者達の親族の目を誤魔化すための物ですし、敵側から見れば怨敵であり真っ先に殺す標的ですから」


 彼の言う英雄とは戦場で仲間を救う力を持つ者の事であり、同時に敵対者からは仲間を殺した憎むべき存在で、再び戦に為れば真っ先に狙われる標的なのだ。

 恨みを買うような存在が祭り上げられれば、それはただの争いの火種の一つに過ぎなくなる。

 それ以上に貴族間での派閥争いに巻き込まれ、中立を決め込めば殺されかねないので、とても気の休まる立場では無いのだ。

 ゆえにゼロスは英雄などになるものでは無いと思っていた。


「他人に支持されない者が英雄など滑稽ですよ。どんなに小さい事でも人のために成し遂げ、死んだ後に英雄として崇められる者の方が好ましい。

 国で表彰されるような英雄なら、酒場に行けば幾らでもいますよ? 最低でも目標の目安は欲しい所ですね」

「俺は漠然とした目標を見ているだけと言うのか? 御爺様の様な魔導士を目指し、越えたいと言うのは間違いだと言うのかよ」

「それが間違いだなんて言いませんよ。ただ、魔導士は自分の研究だけを見続ける引き籠りですからね、自分自身の在り様はしっかり持てと言いたい。権力に溺れる様な奴等は三流以下です」


 超一流の魔導士は傍迷惑な存在であったために、英雄とは言い難いが実力は本物。賢者の職業ジョブを獲得する程なのだ。  

 結局は自身を鍛え行動して、初めて結果を出す事ができ、その上で多くの人々から支持される事により英雄となる。

 何も、戦いばかりが身を立てる手段では無いのだ。


 ちなみに今のゼロスの心内は――『偉そうに何を言っちゃってんですかね、僕は……。そんな事を言える立場では無いでしょうに……』だった。

 表と裏側の落差が激しかった。


「まぁ良いでしょう。契約では二ヶ月の家庭教師ですから一人増えようとも同じ事ですが、半端な気持ちで講義を受けるならその程度で終わると心してください」

「ありがたい。学院に戻るまで絶対に何かを掴んでやる」

「何を掴むかは君次第ですけどね。僕はそこまで教える事は出来ませんよ、好き勝手やってきましたから」

「それは承知している。俺は今の自分から脱却したいだけだ」


 世界の広さを知った男は、方向は定まらないが自分の行く道を歩き出していた。


「では、明日からセレスティーナさんと共に実戦形式の訓練を受けて貰いましょう。詠唱魔法からの脱却しないと、先に進めないと思ってください」

「よし、やるぞ!! 俺は魔導士の最高峰を目指すんだっ!!」


 圧倒的な敗北は、彼の心に大きな影響を与えた。

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、少なくとも欲に目を奪われず前を見つめる事になった事は確かだ。


 結局は、自身の答えは自分の力でで見つけなければ為らないのだから……。



 そして翌日……


「クソッ!! 隙がねぇぞ、如何すんだよこんな状況!!」

「兄様……真っ先に敵陣に突っ込んでどうするんですか……。それも密集している場所に……」

「泥ゴーレムだから行けると思ったんだよっ!! こいつ等、えげつなさ過ぎるぞ!!」

「動きが遅いですけど、その分狡猾なんですよ。だから慎重にと言ったでは無いですか」

「マッドゴーレムの強さじゃねぇぞ!! 詐欺だぁあああああああああああああああっ!!」


 二人の兄妹はマッドゴーレムに囲まれ、散々ボコられていた。


 時には気の合わない者同士でチームを組む事があるので、ゼロスは格好の訓練になると踏んだのだ。

 その結果、セレスティーナなら何とか攻略できる戦闘が、今や大ピンチの脱出劇と化したのである。

 直情型のツヴェイトは、こうした戦闘が苦手の様である。


「ふぅ……まだまだだね……」

「苦難に挑むティーナ……良い…ふつくしい・・・・・」


 そんな二人を他所に、ゼロスは厳しい採点を下すのであった。


 その横で、ボコられる孫娘を見て萌えていた老人がいた事は言うまでも無い。

 色々駄目な人であった。


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