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学院の日常2

 「クロイサスの奴、いると良いんだがな……」


 そう呟いたツヴェイトは、護衛のあるエロムラと共にクロイサスの済む学院生寮に来ていた。

 彼がここに来た理由は、ツヴェイトが手にした学院からの通知にある。生きた古代都市、【イーサ・ランテ】の調査団参加を要請されたものだ。

 学院の優秀成績を修めた魔導師は、古代遺跡の調査を国の研究機関に所属する魔導師と共に、実地研修として参加する資格が与えられる。

 ツヴェイトやクロイサスは最上位成績を修めているので、当然ながら強制的に参加させられることになる。

 名誉なことではあるのだが、ツヴェイトは軍魔導師であり戦闘職である。さすがに訓練や軍事研究を蔑ろにしてまで参加した血とは思わなかった。

 だが、強制参加なために、不参加は認められない。学院議会によるありがた迷惑な話であった。


「ハァ~……。古代遺跡に行って何しろって言うんだ。俺は専門外だぞ、考古学者じゃねぇ」

「よく知らないが、その古代遺跡はかなりの技術で造られた都市だろ? そこに一足早く行けるなら、役得なんじゃねぇの?」

「あのなぁ~、知らないだろうから言うが、その都市に存在した魔道具の大半は既に回収されている。つまりは都市の中枢以外には何もないわけだ。魔物が大挙としてひしめいているなら腕が鳴るが、既に安全が確保されているらしい。戦闘職の魔導師である俺が行く意味があると思うか?」

「お宝もないのか……。夢がないな」

「いや、そんな俗物的なことじゃなくて、軍事的な意味でも地下都市は難攻不落なんだよ。既に防衛の点で完璧なのに、何を学べと言うんだ」

「あっ、そっちの意味か。血湧き肉躍る冒険ができなくて嘆いているのかと思った」


 地下都市は周囲唐の侵入は不可能であり、街の門以外は出入りすることができない。

 無論地上にも換気する空洞があるのだが、イーサ・ランテの真上は険しい山麓だ。兵を送り込むのは困難なのである。また、仮に換気口にたどり着けても、地下都市までは直通で1000メートル以上の高さがある。

 ロープで降下するにも危険であり、外部から侵入を防ぐために様々な仕掛けが施されていた。

 防衛機能は完璧なのである。


「しかし、侵入できないわけでもないだろ。トロイの木馬って知っているか?」

「知らん。なんだ? それ……」

「昔、どこかの国が城塞都市を攻めたとき、侵入できなくて巨大な木馬を置いて撤退したんだ」

「あぁ~、なるほどな。その木馬の内部に兵を隠して、城塞に入り込むんだな。内側から兵に城門を開けさせるわけか」

「理解、早っ!? まぁ、手段なんていくらでもあるってやつだろ」

「まさか、エロムラに戦略を説かれるとは……。俺もまだ未熟か……」

「失礼だろぉ、同士っ!!」


 エロムラ君はちょっぴり傷ついた。

 どうやら同士から馬鹿だと思われていたようである。まぁ、間違いではないが。


「しかし、その城塞都市の指揮官は馬鹿か? 都市の前にあからさまに不審物が置かれていたら、燃やすだろ。普通……」

「普通はそうだよなぁ~。多分、敵の戦利品はありがたく頂く風習を逆手に取ったんだろ。昔なら有効だった手だな」

「今は無理だ。怪しすぎて俺なら排除するぞ? ついでに古代都市は重要な施設に魔法無効化などの仕掛けがある。とてもじゃないが簡単には陥落しないぞ。占拠できても支配下に置くことができないだろう」

「それほどの技術かよ。で、その都市の名称はなんて言うんだ?」

「イーサ・ランテだそうだ」

「マジッ!?」


『おいおい、どう言うことだよ!? イーサ・ランテって、【ソード・アンド・ソーサリス】の地下都市の名じゃないか。まさか、ここはゲーム世界なのか?』


 意外な名を聞き、転生者でもあるエロムラは困惑した。

 この世界のシステム的なものはソード・アンド・ソーサリスに近いと思ってはいたが、まさか本当にゲーム世界の世説が発見されるとは思わなかった。しかも古代遺跡である。

 時代設定と照らし合わせても、この世界の歴史の中に、ゲームの大都市が存在するとは思ってもいなかった。元よりモンスターハントを主流としたプレイヤーだったので、ソード・アンド・ソーサリスの設定はうろ覚えだ。

 意外なところから情報を得て、エロムラ君はイーサ・ランテと聞き混乱する。


「なんだよ。イーサ・ランテのことを知っているのか?」

「あぁ……少しばかり。話だけならな……」

「ふむ……意外に勉強熱心だったか。てっきりハーレム願望が強いエロ馬鹿だと思ってた」

「だから、失礼だろぉ!? 確かに、ハーレムは俺の夢だが……」

「まぁ、そんなことはどうでも良いか。それよりもクロイサスに話を聞かなくてはな。遺跡関係はあいつが詳しいしよ」

「無視? 無視なの? 俺の名誉をはその程度の扱いなのか?」


 ツヴェイトはエロムラ君の訴えを無視して、寮の中へと入ってゆく。

 そんなツヴェイトの背中を見るエロムラ君は、滂沱の涙を流していた。

 普段の行動が他人にどんな認識を持たれるか、なんとなく理解した瞬間であった。エロムラ君は一つ賢くなったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一時間ほどして、セレスティーナ達はクロイサスのいる寮の前へと来ていた。

 嫌がるキャロスティーを引きずって、バンジージャンプに挑むような勇気で未知との遭遇を期待している横では、涙目のキャロスティーが往生際が悪く必死に抵抗している。

『現象には必ず理由がある。それを調べずして何が魔導師かっ!』という意気込みを胸に、三人は被害者Cを引きずりながら寮の中へと入っていった。セレスティーナも中々に酷い。

 クロイサスの部屋は二階にある。どういうわけか両隣は空き部屋で、扉は開かないように板を釘で打ち付けられていた。噂では、夜中になにか得たいの知れないものが這い寄ってくるらしい。

 無数の目がある影とか、不定形の生物が天井から落ちてくるとか、天井にへばりつく人影とか目撃談は様々らしい。その開かずの間は見た目にかなり物々しい雰囲気を醸し出していた。


「うっわ、何コレ……。この三部屋から変な感じがするぅ~」

「クロイサス兄様、いったい何をしでかしたんですか……。変な魔力の気配が……」

「何でも、以前に有毒ガスが発生し、両隣りの学院生が被災して頭が愉快なことになったとか。全裸で女性の前に立ち塞がり、得体の知れない奇妙な踊りを踊って恍惚な表情を浮かべていたらしいですね」

「まさか、キャロスティーさんもその被害者に……」

「違いますわ! 私は、もっと恐ろしいものを……見た気がします。その、覚えて……いませんけど……」


 記憶に残したくないほどの恐怖体験をしたようだ。


「どんな事が起きたのか気になりますが、取り敢えずクロイサス兄様がいるのか確認を……」


 ――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


『うぉおおおおおおおおおおおおっ、いくぜぇ!!』

『こ、これが……合体。素晴らしい』

『男同士で合体してどうすんだよ。できれば女の子の方が良いのによぉ……萌えねぇ~』


 ――ガキィィィン!! ギュオォオオオ!! キシュィィン!!


 ドアの内側から聞こえる兄二人とエロムラ君の声。

 かなり熱い展開が繰り広げられているようだ。

 そして響き渡る爆音や破砕音。部屋の内側で何が起きているのか謎であるが、燃えるような戦いであることは断言できた。


「合体って、男性三人で何をしているのでしょう?」

「セレスティーナさん……。どうして、そんなに嬉しそうに聞くんですの?」

「あれ、ドアが開かないよ? どうなってんの?」

「魔法ではありませんね。ですが、どうやら中ではかなり魂を揺さぶるような、熱く激しい戦いが起きていることは確かです」


 巨大な何かが動くような音や、魔法ではあり得ない破壊音がしばらく続いたが、やがて静かになった。

 通路でたたずむ女性四人は互いの顔を見合わせると、無言で頷き危険物でも扱うかのようにゆっくりとドアノブを回し、隙間からそっと部屋の様子を覗う。

 そこで彼女達が見たものは、部屋の中で倒れている三人の男達の姿であった。


「兄様達、大丈夫ですか!?」

「クロイサス様、どうなされたのですか? なぜそのような満ち足りた表情を浮かべ気絶しているのです?」

「こっちの人も気絶してるだけだね。でも、何か大きな事を成し遂げたような感じ?」

「おそらく、強敵を倒したのでしょう。それも、命がけで……」

「「「強敵って!?」」」


 ミスカの言っている意味は分らないが、気を失っている男達はなぜか誇らしげであった。


「うぅ……ここは……」

「また怪異に巻き込まれたようですね。いつものごとく記憶にありませんが……」

「何か、凄く熱いことが起きた気がするんだが、わからん」


 この部屋で起きた怪異は、被害者の記憶に残らない。

 何らかの特殊な法則が働いているようで、クロイサスはその解明に熱心だった。さすがは研究馬鹿である。


「いったい、どんな怪異に遭遇したんですか? 爆発音やもの凄い音が聞こえましたよ?」

「う~ん……一万年と二千年前から続く戦いに決着をつけたような……。駄目だ。詳しいことが思い出せん」

「私は……トカゲのような人種と戦争していたような? リーザードマン? いや、違いますね……」

「俺は、なんか派手にフィーバーしていたような……。同じエフェクトの通常リーチばかりで、かなりムカついた気がする。ウハウハだった気もするけど……。」

 

 エロムラ君だけパチンコだったようだ。

『熱い』の方向性が違う。


「まぁ、記憶にないのは仕方がねぇ。で? 何でセレスティーナはクロイサスの部屋に来たんだ?」

「私達は、魔法式の解読をしようと思って大図書館に行ったのですが……」

「あぁ、混雑していたんだな? それでクロイサスの部屋で研究しようとした訳か。この部屋には借りっぱなしの資料が山ほどあるし、ついでにクロイサスと意見交換ができる」

「あら? ツヴェイト様は意外に勘が鋭いのですわね? 良くおわかりで」

「私としては研究が捗りるから助かりますが、キャロはこの部屋に来ることを怖がっていませんでしたか?」

「あたし達が強制連行したんだよ。いやぁ~、苦労したね。何度も引っ掻かれるし」


 ウルナは悪びれもなく言うが、考えようによっては酷い嫌がらせだ。

 今回は何も起きなかったが、下手をすれば怪異に巻き込まれていた可能性もある。


「それよりも、何で記憶が残らないんだ? 同士は気にならないのかよ。凄く熱かった気がするんだが……」

「そうですね……。私は地獄を見せる男と言われた気が……」

「何かと戦っていた気はするんだ……。だが、やっぱり思い出せねぇ。マジでこの部屋はどうなってんだよ」


 この部屋は事象が狂っていたが、当事者にはそれが分らない。

 仮に長い時間を戦っていたとしても、元に戻ったときにはなぜか記憶が失われる。空間変異と事象改変により記憶に何らかの負荷が掛かるとクロイサスは推察していた。

 だが、それを確かめる術がない。記録用の魔道具を設置しても、その映像にすら記録されないのだ。

 分っていることは、部屋にいた人物が怪異に巻き込まれたとき、一瞬消えることだろう。

 異変に巻き込まれた瞬間に記録用魔道具は映像を保存し、怪異が起きている時間帯は機能が停止する。その怪異が収まると記録装置が作動し、被害者は倒れた状態で映像に映る。

 記録には忽然と人が消え、次の瞬間に倒れているような映像に見えるのだ。この現象はクロイサスの興味を大いに惹きつけた。


「これで七度目ですが、やはり何も分りませんでしたか……。手強いですね」

「お前、いい加減にやめろよ。何かの間違いで被害が拡大したらどうすんだ?」

「それより、お嬢さん方はどうするんだ? この部屋で研究とやらをさせるのか? 巻き込まれる可能性もあるぞ」

「構いません。サンプルは多いに越したことはないですからね。フフフフフ……」

『『『私達、被検体にされてないですか?』』』


 クロイサスはマッドである。

 真理を追究するためなら、たとえ妹でも実験体にする覚悟があった。


「まぁ、俺はミスカさんと話せるなら構わんけど」

「待て、同士! お前、エルフ好きではなかったのか? 何か、ミスカを見る目がやけに熱いんだが……」

「当たり前だろ、同士よ。ミスカさんはハーフエルフだぞ? エルフなら俺は『ハイ』でも『ハーフ』でも、更に『ダーク』でも構わん!! エルフなら皆好きだぁ!!」

「「「「えっ!?」」」」


 四人の視線がミスカに集中した。

 そのミスカはわずかに舌打ちをし、忌々しげにエロムラ君を睨みつけた。

 だが、彼にはご褒美だったようだ。嬉しげにゾクゾクする快感に身を震わせている。


「気づかなかったんですか? ミスカはハーフエルフで間違いありませんよ? そうでなければ、いつまでも十代の姿であるはずがありませんよ」

「クロイサス、お前……知っていたのかよ」

「なんとなくですがね。別に驚くほどのことではないでしょう」


 考えてみれば思う節があった。彼女の姿は、幼い頃から毎日見続けていたのだから。

 今まで気づかなかったことが不思議である。


「なるほどな。言われてみれば、思う節がある」

「私はてっきり、毎日美容に気をつけて若々しい姿を保っているばかり思っていました。女としてそれは狡いです。そう言えば、お父様と同級生みたいなことを言っていたような……」

「公爵様と? まさか氷結の女王……いえ、氷の女帝はミスカさんのことでしたのね? デルサシス公爵に匹敵する超越者の一人。宮廷魔導士以上の実力者。まさか、それほどの魔導師がこれほど身近にいるなんて気づきませんでしたわ」

「ミスカさん、有名だね。いったい何をやらかしたの?」

「フフフ……ウルナさん、女の過去を詮索するのはやめた方が良いですよ? 死にたくなければですが……」


 ドス黒いオーラをまとわせ、ミスカは世界一のメンチを切っていた。

 有無言わさぬ迫力で、神すら殺す殺意がそこにあった。ミスカに過去や年齢の事は禁句である。

 だが、ここには馬鹿が一人いた。


「年上最高! クールな独身お姉さんに俺ちゃんLOVE!! ミスカさん、俺の熱いソウルを受け取ってくれ、そしてあなたの冷たい炎でハートを殺してぇ――――っ!!」


 ――グシャ!!


「エロムラぁ―――――――――――――――――――――っ!?」


 エロフスキー・ムラムラスは、実に鮮やかな踵落としで女帝に成敗された。彼は天国の階段を上る。

 だが、彼は実に幸せそうだ。エルフのためならエロムラ君はMにもなる。

 

「へへへ……痛ぇよ。だが、後悔はない。エルフに引導を渡されるなら……俺は……俺は本望……うっ!」

「エロムラァ――――――――――っ!! しっかりしろ、傷は浅いぞ!!」


 彼にとってミスカの粛清はご褒美だった。


「ど、同士よ……最後に……青………だったぞ…………」

「余計な一言を残すなぁ、俺が殺されるだろぉ!?」

「ツヴェイト様……。覚悟はよろしいですか?」

「俺、関係ないよなっギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 ツヴェイト、とばっちりで制裁を受ける。

 不憫な最後であった。


「ハーフエルフなら年齢的にまだ十代ですよね? それほど気にする事なんですか?」

「クロイサス様、女性に年齢のことは禁句です。同年代の女性達なら先ず殺意を向けることでしょう。それに、こう見えても私は幸せな家庭を夢見ているのですよ?」

「それほど拘るものなんですか? 私には良く分かりませんがね」

「それは女性の敵発言です。他の女性の前でそれを言えば、クロイサス様は殺されるかもしれませんが?」

「ハハハ、そんな事をするのはミスカだけではないですか。公爵家の血族を殴れる人なんて、王族くらいしかいませんよ」

「・・・・・・・・・」


 クロイサスはナチュラルに確信を突いてくる。

 そもそもどれだけ暴言を吐いたところで、公爵家の人間を殴れる人間はいない。そんなことをすれば首が飛ぶからだ。

 だが、それができるミスカはまさに女帝。だからこそ恐れられる。ツヴェイト達の母親である公爵夫人二人が避けるのも分かるだろう。二人もまた同じ学院の後輩だったのだから。

 逆に言えば、公爵家にすら制裁を加えるような女性に婚姻を申し込む命知らずの異性は誰もいない。

 学院の歴史に名を遺すような伝説の大先輩なのだ。


「ナチュラルに致命的な一撃を加えてきますね。クロイサス様、恐ろしい子……」

「ミスカ……。普段の態度を改める気はないのですか? 下手をしたら……」

「下手をしたら何ですか? セレスティーナ様、はっきりと仰ってください」

「何でもありません。その振り上げた拳を収めて、殺意を消してくれませんか? 何となくクロイサス兄様の言った意味が分かった気がします」


 この容赦のなさが婚期を逃している原因だった。


「次のミスカさんの台詞はこう。『しまった!? つい……』と……」

「しまった!? つい……ハッ!?」


 ウルナ、ミスカの心を読む。

 ミスカも女性である。相応の男性と懇意になりたいと思う願望があるが、残念なことに彼女は愉快な性格をしていた。

 頭脳明晰、家事万能。何でもこなす完璧超人。しかし、ミスカはどこまでも武闘派なのだ。

 その決定的な欠点のせいで婚期を逃している。学院生時代も男子には倦厭されていた。決してクールな態度だけで避けられていたわけではないのである。


「セレスティーナ様こういう。『ミスカにも結婚願望があったのですね。少しホッとしました』っと」 

「ミスカにも結婚願望があったのですね。少しホッとしまし……ハッ!?」

「お嬢様……人の気にしている事を言うのは失礼ですよ? 思っても口にするなど言語道断」

「いつもはミスカが私にしている事ですよ!? なぜ逆恨みされなければ………」

「私は良いのですよ。お嬢様の教育係でもありますから……ねぇ?」

「だから、暴力は……うきゃぁ―――――――――――っ!?」

『『『どうでも良いが、なんでこの子は心を読めるんだ?』』』


 男凸凹三人衆は、ウルナを見ながら首をかしげていた。

 その間にも、ミスカはセレスティーナの頬を両サイドから抓っている。しかもやけに素敵な笑顔で。

 グニグニと揉みつけたあと、再び強く抓る。実に楽しそうだ。

 彼女の友人や同級は生既に全員が既婚者で、独身なのはミスカだけなのだ。当然婚期のことを気にしており、人に言われると暴走する。

 そう、勝ち組が憎いのである。


「こんなに粗忽者になってしまわれて、大旦那様や旦那様が見たら泣きますよ。お嬢様?」

「ふにゅにゅにゅ~」

「あらあら、良く伸びるほっぺですね。ふにふにしていて癖になりそうです」

「あっ、面白そう。ミスカさん、あたしにもやらせて」

「にゃぁ~~~~~~~~~~っ!!」


 ウルナも加わり、しばらくの間セレスティーナの受難は続いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 両手で頬をさすりながら涙目のセレスティーナを横に、ツヴェイト達はようやく本題に入った。

 生きた魔導都市、イーサ・ランテ。魔導士なら真っ先に向かいたい、最も新しい古代遺跡である。

 軍事専門のツヴェイトでも興味はあるが、こうした遺跡には稀に凶悪なトラップが仕掛けられている事もあり、国の学者たちと共に学院生が調査に向かうには些か不安があった。

 こうした遺跡などのに仕掛けられた魔法装置に詳しいのがクロイサスであり、知識レベルはもはや学者顔負けなのだ。遺跡に向かう危険に対しての情報を集める目的でここに来たが、部屋に入った直後に例のデンジャーワールドに巻き込まれた。

 馬鹿騒ぎもあったが、ツヴェイトは本来の目的を切り出した。


「クロイサス、魔導都市の情報は何か聞いてねぇか? お前はこうした情報を真っ先に調べているからな、何か知っていたら教えてくれ」

「そうですね……先遣隊からの情報では、トラップの類はないそうです」

「罠が仕掛けられていない? 珍しいな……どういう訳だ?」

「どうも、邪神戦争早期にそのまま出入り口を塞がれ、外に逃げることができなくて滅んだみたいなんですよ。民は飢え死にしたようです」

「ひでぇ……なんて嫌な死に方だよ」

「遺跡に罠が仕掛けられているのは、邪神に手痛い打撃を与えるためのものですからね。早期に滅びた街には罠を仕掛けられるはずがありません」

「なるほどな……。じゃぁ、完全に安全が確保されている訳だな」


 安全が確保された遺跡は珍しく、しかも都市規模で残されていた。

 学院生にも見分を深めるにはちょうど良く、人手もない事から駆り出されると言った方が正しい。

 だが、安全が確保されているとしても、いきなり古代都市の調査は難易度が高すぎる話であった。

 

「重要施設はあまりに高度な技術すぎて、先遣隊により意図的に封印されたらしいですね。下手に触れると国が滅びかねないらしいとか」

「ヤバい遺跡なのは変わりないのか。それで、なんで俺達まで参加させられるんだ? 俺達は軍事研究が専門だぞ。普通に考えて遺跡調査はあり得ねぇだろ」

「数多くの魔道具が発見されたらしいとか。中には武器もあるらしく、軍事面でも大きな利用価値があるんでしょう。兄上達はその手の論文を出して評価されてますし、色々と参考にしようという魂胆なのでは? それと、偶にスケルトンが出没するとか」

「護衛目的もあるのか。実戦訓練の延長か?」

「私が思うに、別の意図がありますね。多分ですが……」


 クロイサスの予想は、こうである。

 サンジェルマン派の上位成績者。つまりクロイサスを中心とするチームだが、彼等を教えられる講師は殆どいない。学生という枠組みから大きく逸脱した研究意欲で、講師達が呻るほどの研究成果を出しているからだ。

 新しい魔法薬の発見や、安価で作れる魔道具の設計。挙げ句には魔法式の解読法の公表により、『もう、教えられることはありません』と突き放したのだ。悲しい現実である。

 対してツヴェイト達は、自らを鍛え様々な戦術論文を提出し、その姿勢は今までの魔導師とは大きく逸脱していた。近接戦闘や中遠距離攻撃と、どんな戦局にも対応できる戦闘特化型の魔導師と化し、その影響は周囲の学院生達にも影響を及ぼし始めている。


 同じ派閥の魔導師達はツヴェイトに対して危機感を持ち始め、これ以上周囲に影響が出ないよう、古代魔導都市の調査を名目に一時的に追い出そうとしている。

 この二人の共通点はソリステア公爵の血族であり、兄弟二人はソリステア派の指示に従い派閥を崩壊させるつもりだと思われたのだ。要は、ただ目障りに思われたのだ。

 魔導師団にいる両派閥の宮廷魔導士達は、ソリステア派にこれ以上力をつけられるのは困るのだ。特に二人の父親であるデルサシス公爵に対して、半ば脅迫観念に囚われている。

 敵に回すと恐ろしいので、遠回し気に足を引っ張るという姑息な手段に出たのだろう。

 これはあくまでもクロイサスの予想だが、その予想はおおよそ的中していた。


「まぁ、私は技術の宝庫にいけるのですから、嬉しい限りですがね」

「だが、期間は春期休暇までだぞ? 魔導都市の場所は国境付近の地下深くだ。地方出身者の学院生は故郷に帰るのが大変だろ」

「その辺りの経費は学院から落ちるのでは? 上位成績者は優遇されていますし、帰省する資金ぐらいは捻出してもらわなければ学院の名に傷がつきます」

「何だか、ややこしい事になってんだな。お前らの親父は何してんだよ」

「派閥の上にいる宮廷魔導士連中が睨み合っているんだが、共通の敵が出来たんでどうにか足を引っ張る参段なんだろ。そんな奴等だから親父も蹴落としてやりたいんだろうさ」

「本末転倒じゃね? どんだけお前らの親父は恨まれているんだよ。それより、俺や杏ちゃんはどうすんだ? 一応同士の護衛だろ?」

「貴族出身の奴等も多いからな、護衛としていく事になる。傭兵を雇うにも金が掛かるだろ?」


 貴族に雇われた護衛は、関係者としてイーサ・ランテに行く事になる。

 これは護衛薬の傭兵を雇う依頼金を減らすことと、各貴族家から出された要望である。自分達が雇った護衛役以外の者が信用できないからだ。

 中には護衛の仕事を忘れ学院生に手を出す輩もいるが、そんな連中は真っ先に解雇され傭兵ギルドに通報される。傭兵達も自分のランクに響くために真面目に働かなくてはならない。

 ただのチンピラでは勤まらない仕事なために、護衛依頼を受けられる傭兵のランクはBに設定されていた。


「俺……傭兵ランクを取り消されて、未だにDランクなんだけど……」

「まぁ、ソリステア公爵家で雇った護衛だからな。お前は特例になるから大丈夫だと思うぞ?」

「そうか……給料が出ないと困るからな。仕事ができるならいいか」

「私としては、この遺跡を発掘したときに同行していたという魔導士が気になりますけどね。イーサ・ランテの名もこの魔導士が口にしたようですし、その時に街の一部が大規模に破壊されたとか。今は復興中だそうですよ?」

「「まさか、その魔導士って……」」


 脳裏によぎる灰色ローブの魔導士。


「まさか、あのおっさんがやらかしたのか?」

「街道を通す計画があった事は知らなかったが、何で師匠がそんな場所にいるんだよ。魔導士だよな?」

「報告によると、大量のアンデッドがひしめきあっていたので、門を開いた時に戦闘に突入したとか。化け物ですね。単身で乗り込んで殲滅したらしいと聞いています」

「師匠なら、やるな……」

「あのおっさん、暇なのか? つーか、クロイサスはどこからその情報を仕入れてくるんだ? 俺はそこが不思議だが……」


 クロイサスの情報網は同じ研究者達からである。

 学院には卒院性が良く訪れ、中には国の研究機関に所属する者達も大勢いる。こうした研究者は地位や名誉などには興味がなく、ただ研究することが生きがいのマッドが大半だった。

 そのため、優秀な後輩達を獲得するためにも、ある程度の情報を教えてくれることが多かった。

 研究者は意外に口が軽いのだ。それだけクロイサス達が研究者の先達に期待されているとも言えるだろう。彼等は軍事的な事に関してはまったく興味がないのだ。


「一応、国の重要機密だよな……。何でそんなに口が軽いんだ?」

「研究者は別の観点から新しい発見を見つけるのが大変らしいぞ? だからこそ後輩の斬新な仮説を求めてるんじゃね?」

「それもありますね。そもそも研究者は一つの事に没頭する傾向がありますし、頑ななまでに間違いを認めない方々もいますから、柔軟な人達は他からの意見を取り入れようと考えます」

「なるほど……周りに頑固者がいるから、後輩から別の視点意見を求めるのか。それだけ行き詰っているという事だな」

「何にしても、イーサ・ランテ遺跡は危険が少ないんだな? 俺の出番がねぇじゃん」


 エロムラ君は活躍の場を求めているが、その考えは大きな間違いだ。

 護衛は警備が仕事だが、戦闘が起こるようなことはない方が良い。無事にイーサ・ランテに辿り着けるならそれに越したことはないのだ。

 護衛とは要するに保険であり、緊急事態が起こることを望むような者に護衛は務まらない。

 エロムラ君が求めているのは冒険で、護衛という仕事ではないのである。未だゲーム感覚が抜けていないという事になる。


「同士よ、護衛が出番のないことは良い事なんだぞ? 戦闘になれば死人も出る。そんな事態はない方がいい」

「そうは言うけどよ、刺激がないのは退屈なもんなんだぞ?」

「死傷者が出る事になれば、それは護衛を受けた者達の評価に繋がる。護衛対象が死ぬことにでもなれば、給料なんて出ねぇんだからな? 最悪奴隷に逆戻りだぞ」

「うっ……。それは嫌だな。考えてみればハードなミッションだ」

「それで、クロイサス……。いつ頃学院を出ると予想できるんだ?」

「そうですね。いきなりの話でしたし、明日には告知が出るのではないでしょうか? 準備に一週間は掛かるでしょうし、来週の頭には出発すると予想できますね」

「早いな……学院はそれほど俺達を放り出したいのか? 馬鹿だろ……」


 権力を求める者達にとって、下から迫る教委は排除する必要がある。

 しかし、表立ってそれを行えば犯罪になり、こうして嫌がらせをするので精一杯だった。

 なんとも馬鹿らしい話だ。


「何にしても、次の通知が来るのを待つしかねぇな」

「ですね。まだ出発日が未定ですから」

「それまで準備くらいは整えておいた方が良くね? 慌てて用意するのもダメだろ」

「だな。俺はともかく、クロイサスが問題だがな」

「私は大丈夫ですよ。いざとなればイー・リンが手伝ってくれますから」

「「くたばりやがれ、リア充!」」


 男同士の話が纏まり何気に部屋の隅に視線を移すと、そこには女性陣が固まって話し込んでいた。

 その中心にはいつの間に入り込んだのか、ピンクの忍者が店を開いている。


「これは、注文通りの品ですわ。いえ、予想以上……」

「これほどの品を格安で……。これからも懇意にさせていただきます。杏様」

「……ん、商売は信用第一。お客様は神様」

「うわぁ~、尻尾が邪魔にならないようになってる。こんな下着は今までになかったよ」 

「杏さん、採算は合うのですか? 良い生地が結構使われていますけど……」

「大丈夫……。魔法効果もないから、安価」


 杏は今や知る人ぞ知る商人であった。

 主に下着などを販売していたが、最近では衣類なども売り出していた。

 神出鬼没でいつどこで出会うか分からないため、女子は毎日財布を持ち歩くほど待ち望まれている。

 まさか、クロイサスの部屋に現れるなど予想外だった。


「オーダーメイドは高くなると聞いていましたが、良心的なお値段ですね」

「価格の基準が分かりませんけど、それほどに安価なのですか? 私は自分で下着を購入したことがありませんから、今一つ分からいのですけど」

「これほどの出来栄えなら、十倍の値段がついたとしてもおかしくありませんわ。もはや芸術の域を超えています。それに可愛いですし」

「獣人用の下着って、あまり売ってないんだよねぇ~。安い下着に自分で穴を開けていたし……」

「獣人族は下着を購入するのにも苦労しているのですわね。少し泣けてきますわ……」

「……キャミソールも、ある」

「「きゃ~~~~~~っ、刺激的すぎるぅ~~~~~~~~っ!」」


 男共が視線を向けている中、そうとは知らず下着を広げ選んでいる女子達。

 中にはきわどい物もあり、彼女いない歴が長い男衆は刺激が強かった。特にミスカが選んでいる物が凄い。


『おいおい……アレはTバックというヤツでは? ミスカさん、あんな下着を……ウッ!』

『同士……鼻血が出てるぞ? ディーオがいなくて良かった。アイツがいたら既に天国に昇天していただろう』

『杏さんはどこから侵入したんでしょうか? 部屋はほぼ密室、扉が開かれた音はしませんでしたし……。ふむ、面白い。実に面白い』


 クロイサスだけがどこかの大学教授のようなことを言っている。

 彼は別にして、女子達は男二人の視線にようやく気付き、一瞬だが部屋が沈黙した。

 その間にもクロイサスは窓際にゆき、鍵がかかっている事を確認した後に考え込む。


「杏さん。あなたはどこから侵入したんですか? 部屋のドアは鍵が掛けられていますし、ドアの音もしませんでしたが?」

「……秘密。忍者だから」

「そうですか。この謎を必ず解いて見せます。探究者の名に懸けて」

「………ん、がんばれ」


 研究者はこんな時だけお得である。

 何しろ女性の下着になどまったく興味はなく、ただ謎を追い求め調べずにはいられない性分だからだ。

 しかし、ツヴェイトとエロムラ君は違う。二人は年相応の健全な男子としての欲求を持っていた。

 そんな視線に女子達が気づけばどうなるか――。


「きゃぁ―――――――――っ!? 何を見ているんですかぁ!!」

「最低ですわ!! いやらしいですわ!! 見損ないましたわ!!」

「お二人とも、覚悟はよろしいですね?」

「なに騒いでんの? ただ下着を買うの見られただけだよね?」


 ウルナだけがマイペース。そして当然ながら始まる強烈なお仕置き。

 その場にあった本を投げつけられ、怪しげな魔道具をぶつけられ、強烈なアイアンクローを喰らわされ、容赦のない制裁が男二人に苛烈に加えられた。


「理不尽、うぎゃぁああああああああああああああああっ!!」

「イダダダダッ!! ミスカさん……コブラツイストはご褒美、いでででっ!? ギブ、ギブぅ!!」

「あっ、魔道具は投げないでください。貴重な資料なので壊れたら大変です」

「「ちょ、助けろよぉ!?」」


 クロイサスは兄やエロムラの身の安全よりも、独自に集めた魔道具が壊れることを気にしていた。

 結局、二人はボロボロになるまで折檻され、クロイサスは謎を解いてご満悦となる形で幕を閉じる。

 セレスティーナ達も魔法式の解読どころではなくなり、顔を真っ赤にしながらこの部屋を出ていく事なったのだが、理不尽な目に遭った二人の男達は納得ができずダイイングメッセージを残すのである。

 そして、彼女達がいなくなった後、再び怪異に巻き込まれるのであった。


 余談だが、その時ドアの外に聞こえてきたのは激しい銃撃戦の音と――。


『早く走れ、追いつかれるぞ!!』

『くそっ、奴等……一発撃ち込めば百発返してくるじゃねぇか!!』

『衛生兵はどこですかぁ!? ボーマン軍曹が負傷しましたよ!! 衛生兵っ!!』

 

 ――だったという。

 ボーマン軍曹が誰であるかは甚だ謎であった。

 

 

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