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学院の日常1

 イストール魔法学院。

 この日、学院の創立から三百年の中で、歴史に残るような催しが開かれていた。

 場所は魔研究などを発表することでよく使われる大講堂で、数多くの発見がこの場所から広がり、様々な研究分野に影響を与えた学徒の聖域である。

 優秀な成果を収めた学院生だけが、この講堂で研究成果を発表すること許され、卒院後はソリステア王家魔法研究院の門戸が開かれる。魔導師として将来が約束される一大イベント会場であった。

 ソリステア魔法研究院は国で保障された研究機関であり、所謂研究を目的とした国家公務員であった。そこから各研究機関に採用されてゆく。

 豊富な人材と研究資金が約束され、さらに高額収入。魔導士には夢のような職であろう。

 だが、此度の主役は優秀な学院生ではなく、サンジェルマン派の代表として挙げられたクロイサスである。彼の研究題材は多くの魔導士が挑戦した【魔法式の解読】である。

 今までは魔法文字が全てに意味があり、それを並べることで魔法が発動すると思われていたが、クロイサスの研究はそれに待ったをかけた。

 そのしてある程度の確信と結果を出し、今この場で公開した。


「で、あるからして、この魔法式の解釈は『空気層により断層を生み出す』となります。つまり風魔法の本質は、風によって発生させた断層によって生じる真空に魔力を流入し、それを刃として対象物を切り裂くという意味になる。つまり、魔法文字とは言語であり、五十六音を用いて言葉を作るための文字という事になります。今まで多くの魔導士がこの疑問に気付かなかったのは、魔法文字の一つに意味があるとの解釈が当たり前となり、それが常識として認識されたことに他ありません。私は提唱します。今こそ正しい解読法を学び、旧時代の繁栄を取り戻すべきだと」


 クロイサスは魔法文字を言語と解釈し、文字を用いて言葉で自称変換することが魔法の本使徒だと発表したのだ。結論から言えばこの研究は正しい。

 だが、それでも否定るる者がいるのもまた事実である。例えば――。


「待ちなさい! 仮のその研究が事実だとして……」

「事実です。何度も確かめましたし、解読した結果はどれも私の思った通りのものでしたよ?」

「……事実だったとして、今まで我々が学んできたものは誤りであったということになる。そんなことを認める訳には行かない!」

「サマス教諭、認めたくない気持ちは分かりますが、これは純然たる事実です。誤りを認めなくては我々は先に進むことができないでしょう。今まで自分達が学んできたことが否定されるのは心苦しいでしょうが、今後の発展のためにも受け入れなくてはなりません」

「それでは、我々が学んできたことは何だったのだ! 当たり前と思っていたことを否定されては、私達は時間を無駄に使ったことになる。とても認めることはできない!」

「認めたくなくとも、真実は今発表した通りです。受け入れるかどうかは個人の判断に委ねるしかありません。現実とは時に残酷なものなのですよ」

「うぐっ……」


 サマス教諭は以前、セレスティーナに同じことを言われたが、それを黙認した。

 所詮は落ちこぼれが多少魔法が使える程度と思っていたが、今では『才女』として名をあげ、彼女の意見を無視した結果がサンジェルマン派に先に発表された。

 今まで学んできたことは無駄であったと否定されたのだ。こんな事なら自分で調べるべきだったと激しく後悔するが、全ては手遅れである。

 そして、サマス教諭以外の講師達もまた否定的な顔を浮かべていた。だが、どれだけ否定したとしても彼等は結果を出しておらず、クロイサスの研究論文を完全に否定することができない。


「今まで学んできたことが全て誤りであったという訳ではありません。確かに魔法文字一つとしても意味はあります。アプローチの仕方が間違っていた。それにより大きな時間がロスしたと思っても良いでしょう。

 しかし、我々は学ばねばなりません。旧時代の技術を手にするにはこの解読方法は必要不可欠であり、否定しては停滞を招きます。現に、ここ百年で魔法の解読は進んだでしょうか?

 魔法は学問であり技術であります。これを進展を妨げた要因は、各派閥による対立が影響しているでしょう。魔法に威力を求め、そこにある真理に目を向けることはなかった。戦争することが当たり前となり、技術を研究する時が奪われたのです。特に千年前の戦乱期からその傾向が強くなりました」


 クロイサスは誤った解読法を否定するにあたり、戦乱が続いた歴史から当時の情勢記録を提示し、かつての魔導師が辿った状況を説明してゆく。

 戦争で求められるのは魔法は威力のみ、威力にのみ目を向けられ魔法の本質を紐解き真理に挑む者達を否定してきた。結果としてそれは停滞を招き、今日にまで至ることとなる。

 その古き時代の方針は呪縛となり、今日まで魔法の発展の枷となったことは否めない。

 そして今日、その呪縛は完全否定されたのである。その衝撃は学院講師に大きな影響を与えたようであるが――。


「ふむ、そろそろ時間が押してきましたので、今回はこの辺りで終わりとします。ですが、これだけは言えます。この解読方法が正しいのだと! 古き因習を捨て去り、正しき理の下で更なる飛躍を心掛けることを望みます。以上……」


 講堂内は静まり返っていた。

 今まで信じていたものが否定されたのだから、それを学んできた者達は拍手を送るなどできないだろう。

 これにより現状の方針を守る者達と、新たな可能性に挑む者達との対立が生まれることになる。

 だが、その対立も深刻化はせず、完全に魔法式を解読できるまで言い争いになる程度だった。

 また、サンジェルマン派の研究室は多くの支援を受け、権威が拡大してゆく事となる。

 派閥のトップにいる魔導士団は派閥争いが激化し、サンジェルマン派を取り込もうとする動きを見せるが、元から研究馬鹿の巣窟であるサンジェルマン派はまったく取り合う事はなかった。

 唯一好意的な態度で接したのは、最も新しい派閥のソリステア派である。

 サンジェルマン派の権威が上がると同時に、王族派閥であるソリステア派の権威が上がることで、各派閥の権威は失墜する事になるのだった。

 当然、ウィースラー派も例外ではない。やりきれない感情の矛先は、派閥の末端である学院生に向けられることになる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 OB。どこの世界でも、先に学問を修めた先達は偉そうな態度をとる。

 全ての先達がそうだとは言わないが、さほど優秀でもないのに先に学院を卒院したというだけで傲り、もはや関係もないのに学院に現れては上から目線で意味のない説教をするのだ。

 これが経験からなる先達の実話を交えた戦議なら良いのだが、実際は喝を入れるという名目上のただの愚痴こぼしである。何の実りも糧にもならない偉そうな説教を延々に聞かされ、ウィースラー派の学院生はうんざりしていた。同じ話を何度も繰り返すのだからたまらない。

 突然現れて講義室を勝手に使用し、時間の浪費としか思えない文句をグチグチと聞かされれば、さすがに派閥に対して疑念を持つようになるだろう。

 そんな簡単なことすら分からず、やれ『我が派閥は軍務を掌握し、正しき道に進まねばならない』とか、やれ『他の派閥に後れを取るとは貴様等は弛んでおる。儂の若い頃は……』と、こんな調子だ。

 おそらくは上の連中から同じようなことを言われ、そのストレスを発散しに来たのであろう。

 学院生からすればいい迷惑である。


「……まったく。サンジェルマン派に後れを取るとは、貴様らはいったい何をやっているのだ。儂が学院におれば、このようなことはなかったものを……」


 そして、意味もなく自分の優秀さをアピールするような言動に、学院生全員が『だったら、アンタが魔法式の解読方法を発表すればよかったろ。ふざけんな、無能!』と声に出さずに思う。


「だったら、何でアンタは魔法式の解読方法を公表しなかったんだ? 別に学院にいなくても研究できる場所にいるんだろ? あんたは今まで何をしてたんだよ」

「「「「「!?」」」」」」


 ウィースラー派の学院生全員が声の主に振り返ると、堂々とした態度のツヴェイトがいた。

 彼等が今思っていることを代弁した彼に、ウィースラー派の学院生達は勇者の姿を見た。

 

「『自分がいれば』だの、『弛んでる』だのと言っているが、そもそもウィースラー派は戦術研究と実戦をかねた軍事派閥だ。魔法研究はサンジェルマン派に任せてもかまわんだろ。それを踏まえて聞くがドマルト二級魔導士官殿、アンタはこの派閥がどういう存在か考えてものを言ってんのか?」

「何だ貴様は、儂を誰だと……」

「魔導士団の二級魔導士だろ? そんな事はどうでも良い。俺達の派閥は万が一にも国難が起きた時、即座に民を守る防衛戦略を練り実践する派閥であったはずだ。魔法研究は二の次だ。いつからこの派閥は魔法研究者の集団になったんだよ。俺達は本来、戦術の研究し追求する派閥だろ」

「そんな事は分かっておるわ! 儂が言いたいのは、サンジェルマン派の権威が高まるのが問題だと……」

「それはあんた等の仕事だろ。ただの学院生に何を求めてんだ? 俺達は常に各領地の軍事施設に関する資料や地形を調べ、様々な角度で戦略構想の研究と戦闘の研鑽に明け暮れている。実戦こそが重要で、魔法研究は簡単な回復薬が作れる程度で良いんだ。そもそもサンジェルマン派とは理念が異なる」

「貴様こそ何を言っておる! サンジェルマン派の権威が高まれば、我等の軍務掌握が不可能になる。いつまでも騎士団の連中にデカい顔をさせる訳にもいかん!」


 最近の騎士団は、なぜか魔法を行使する者が増えてきていた。

 それだけでも由々しきことであるのに、対立派閥が魔法式の解読法を発見し公表したことにより、ウィースラー派の発言力が落ちてきている。

 だが、そもそもウィースラー派は騎士団と協力の下で防衛戦略を練るための派閥であり、騎士団と対立するようなことはあってはならない。

 ウィースラー派の魔導士達は魔導士団という枠組みに入ったことにより、他の派閥の影響を受けて騎士団との協力体制を作る構想から軍事権限の掌握に切り替わってしまう。

 しかもほとんどの魔導士が命懸けの実戦を経験した事がなく、戦争というものを甘く見ている。魔法が万能だと思っているような連中が上層部で幅を利かせていた。


「騎士が魔法を使うようになって焦ってんのか? だが、騎士団と魔導士の戦い方は異なる。騎士は国の威信をかけて堂々と戦うことが求められるが、魔導士は勝つためにどんな手段を行使しても勝利に導かねばならない。後方で魔法を放つだけで戦局が変わるわけではない。時にこちらから打って出るような戦闘もしなくてはならないはずだ。我等の力を最大限に生かすのも騎士団との協力体制があってこそ、信用できない者と組んだところで作戦が遂行できるとは思えん」

「だからこそ騎士団の軍事権限を掌握する必要があるのだろ!」

「魔導士の戦い方も変えていくべきだ。時代とともに戦略は変化する。当たり前と思っていたことも、次の戦争では通用しないなんてよくある話だろ。今までのような砲台役だけですむ問題ではない。常に新たな戦略を求めるべきだ。そもそも騎士達が魔法を使い始めたのは、あんた等の怠慢が招いた事だろ。ふざけんな」


 今までの魔導士の戦い方は、基本的には砲台である。

 砦に陣取り、防壁の上から魔法を行使するのが一般的であった。それが間違いとは言わないが、戦略は指揮官によって大きく変化することもある。

 例えば騎士団の中に魔導士を配置し、敵の背後に回り補給路を断つなど、時に前線に出ねばならない場合もあるのだ。

 だが、この世界の魔導士の殆どが格闘戦ができるわけでなく、前線に出ることを極力避ける傾向があった。その理由が魔導士の数の不足である。

 魔法研究のさなかに旧来の魔法式を変質させ、特定の魔力量を持つ者でなければ発動しなくなったために起きた弊害だ。ツヴェイトの妹であるセレスティーナがそれにあたる。

 魔導士の数に限りがある以上、余計な損失は避けねばならない。結果、保守的な立場を取る傾向が高くなってしまった。

 先の話を例の出すが、敵の補給路を断つ作戦を行うにも前戦に出ることを魔導士が嫌がり、魔導士を抜いた騎士団は大きな犠牲が出てしまう。姿や気配を消す魔法のサポートがないのだから当然的に発見されやすくなる。魔導師が当てにできない以上、騎士が魔法を覚えた方が手っ取り早い。

 そのような訳で、当てにならない魔導士ならいない方がマシと騎士団は思うようになり、魔導士を拒絶するようになっていった。

 大なり小なりに多数の実例が積み重なり、騎士団と魔導士団の溝が深まったのだ。


「いつまで古臭い因習を引きずるつもりだ? 俺達はそんなくだらない組織で働かなければならないのか? 民を守るという役割を捨ててまで固執するほどの権威に意味があるのか。俺達はドマルト二級魔導士官にお尋ねしたい。今のままで本当に国が守れるのかと」

「うっ……」


 ドマルトは学院生のためにイストール魔法学院に来たわけではない。ただのストレス発散のためである。

 だが、学院に在籍しているウィースラー派魔導士達は、現在の魔導士団に対して疑念を持っていた。

 魔導士団は国の民を守るための組織が第一前提であり、今の状況は不信感をつのらせるような環境である。お世辞にも防衛組織の一翼とは言えない。

 単に組織内での不満を学院生に当たり散らしに来ただけのはずが、いつの間にか自分達魔導士団に対しての疑惑の目が向けられている。それほどに今の学院生は優秀であった。

 ここで『君達の意見ももっともだ。私常々組織そのものに対して改革が必要だと思っている』と言えればいいのだが、残念なことにドマルトはそんなことを言える人間ではない。

 体面のみを気にし、迂闊なことを言えば首が飛ぶと知っているからこそ、余計なことを言えないのだ。

 そもそも、組織内の疑念を堂々と言えるような人物なら、学院に来てまで学院生に愚痴を言うなどという真似はしないだろう。所詮は中間管理職なのだ。


「そもそも今の魔導士団はおかしい」

「そうだ。俺達は民を守るために魔法を極めようとしている。だが、騎士団と交流しないばかりか軋轢を作るような組織に意味があるのか?」

「一度魔導士団を解体し、組織構造を再編した方が早くね?」

「貴族とは関係ない実力主義が望ましい。馬鹿な奴がトップにいると、下につく者が不幸だ」

「今の魔導士団の状況なら、ないほうが良いよな?」

「まったくだ。俺達は有事の際に騎士団と共闘しなくてはならない。組織同士で対立などナンセンスだ」


 ドマルトの知らなかった大きな誤算。それは現ウィースラー派の学院生が実力主義を掲げ、今の魔導士団と真っ向対立の姿勢になっていることだ。

 彼等を拒否すれば優秀な人材は他の派閥に行ってしまい、受け入れれば自分達の地位を脅かしかねない。

 下手に魔導士団に受け入れでもすれば派閥構造を勝手に改革する危険性もあり、その余波で魔導士団御環境も大きく変貌する事になるだろう。今の権威を守りたい立場からすれば猛毒であった。

 さらに厄介なのが、この後輩達の筆頭がツヴェイトだ。つまりソリステア公爵の血族なのである。

 無下に扱う事も出来ず、敵に回せば自分達の身が危険に晒され、最悪魔導士団から放逐されかねない。

 ソリステア派が率いる王族派は現在確実に力をつけてきており、もはや彼等の意見は無視できないものになりつつある。そこに協力関係にあるサンジェルマン派が加われば、ウィースラー派の発言権は消失することになるだろう。


「そもそも、一つの組織内で派閥を作るなど愚行だ。上の連中は何を考えているんだ?」

「黙れ、何も知らない小僧共が! 組織では上の命令は絶対だ。逆らえばどのような事になるか分からんぞ!」

「これは異なことを言うな。俺達は魔導士団の組織構造に疑問を感じ意見をしたまでだが? もしそれで憤るのであれば、その責任は今の組織構造を容認している現役の方々にある。そこにはドマルト二級魔導士官も含まれる。責任転嫁も甚だしい。それどころか、国家防衛構想を捨て権力拡大に邁進する今の魔導士団に、多くの民の人命を任せられると思うか? そんな組織に軍部が任せられると本気でお思いか? どうなんだよ」


 現役の国家魔導士としての地位で黙らせようとしたが、逆に反撃を受けた。

 そもそも学院生は魔導士団の管轄外であり、権力行使は優秀な人材の育成を阻害する越権行為になりかねない。魔導士団の戒律は学院には適応されないのだ。

 いくら派閥内での話でも、一般社会の魔導師と学院生では責任を負う立場が異なる。この場合、学院生にそんな不信感を与えるような組織が悪いことになる。

 ドマルトからすれば優秀であるからこそ危険なのだが、国や民を思う若き魔導士達を否定すれば最悪の事態になりかねない。

 内心焦りながらも『こんなことなら、学院に来るのではなかった……』と激しく後悔した。

 ストレス発散を他人にぶつけようとした結果がこれである。


「黙れ! 実戦も経験した事のない若造が、儂に意見する気か!!」

「経験したぞ? ラーマフの森で魔物に集団で囲まれた。しかも暗殺者の手引きで【邪香水】を使われてな。そして生き延びた」

「アレはヤバかったな……」

「死ぬかと思ったぜ、マジで……」

「次から次へと魔物が押し寄せるしよぉ~、よく全員生き延びたよなぁ……」

「護身術を学んでおいて助かったな。下手すれば死んでたぞ。やはり近接戦闘は必要だ」

「・・・・・・・・」


 ドマルトよりもはるかに実戦経験が豊富だった。しかも魔法だけでなく格闘戦もできる。

 今の後輩達は自分より優秀であることが判明し愕然とする。正真正銘の戦える魔導士なのだ。

 ドマルトは近接戦闘に持ち込まれれば成す術がない。近接戦闘などしたことがなく、魔法があればどうにでもなると思っていたからだ。多くの魔導士がそうだろう。

 だが、後輩達はそれだけでは不足であると知り、自ら近接戦闘術を学ぶ。

 中間管理職とはいえ給料は良いが、下手をすと彼等に今いる場所を追われかねない危険性が高まっていた。

 派閥の殆どが貴族中心だが、この実力主義の後輩達を止められるとは思えなかった。

 何しろ四大貴族の血族が中心にいるのだから厄介なことこの上ない。しかもその弟が魔法式解読を公表し、優秀さが際立ち発言権も高くなってきている。


「そう言えば、先月に学院議会に提出した改革案はどうなったんだ?」

「アレは学院上層部から陛下の下に送られるだろ? そろそろ何かしらの動きがあると思うぞ」

「少しでも魔導士団の改革に役立てばいいんだがな」

「待て、貴様らは学院議会に何を送ったのだ?」

「「「「「俺達なりに解釈した魔導士団の改革案ですが、何か?」」」」」


 ドマルトの目の前が真っ暗になる。

 学院議会は要するに学院の運営を支える中枢機関である。また、優秀成績を修めた学院の魔導士による研究成果や、相応の優秀な成績を修めた者の発案を国王に報告することで、人材を雇用する資料にするのだ。

 優秀な人材を雇用すれば国益や防衛にも繋がるので、その意見書に国王は必ず目を通すことになる。論文の内容によっては破格な待遇で迎え入れられるのも夢ではない。

 そして学院議会は魔導士団に対して恨みのようなものを持っており、真っ先に彼等の意見書は国王の下に挙げられるであろうことは予想できる。

 何しろ権力で学院議会に圧力を掛けていたりするのだから、学院側は面白く思わないだろう。そこにツヴェイト隊の構造改革が持ち込まれればどうなるか。

 国王も他の政務大臣達も、魔導師団と騎士団の対立は頭が痛い。そこに改革案などが持ち込まれたら軍部の構造改革を真っ先に推奨し、組織改革の基盤になる可能性が高い。

 ドマルとは自分の行動を振り返り、左遷されるかも知れないと思うと正気ではいられない。彼の心臓は早鐘のごとく激しく鼓動する。


「き、貴様らは他に何を学院議会に出したのだ! 改革案だけではあるまい!!」

「そりゃ~、軍事関係の装備見直しや戦術案、ついでに現魔導士団に対しての市井評価や同じ魔導士から見た感想。それ以外にも地方の防衛にあたる防衛戦略立案書とか訓練法、優秀な人材を雇用するための雇用立案書……他に何だっけ?」

「色々と提出したよな? 数が多すぎて思い出せん」

「な、なんて事をしてくれたんだ。貴様等ぁ!!」

「ドマルト二級魔導士官殿、膿は早めに出さなければ国が腐りますぜ?」

「痛みなくして改革はできない。魔導士団は生まれ変わるべきだ」

「権力に固執するような無能者はいらないよなぁ~」

「何にしても手遅れですぜ? もう一ヶ月前に提出したもんだしなぁ~」


 最悪の事態が発生していた。

 この場にいる全員が学院生であり、政治の舞台に上がるのはまだ先の話だ。

 しかし彼等はドマルトよりも優秀で、その研究分野や組織構想案は実際の改革に使用される可能性が高い。以前に部下から見せられた防衛作戦の発案書は、かなりできの良い物だったからだ。

 中には貴族という理由から裏で手を回し魔導士団に入った者達もいる。学院生達の意見が通った場合、そうした連中は大規模な改革で排除されかねない。

 学生であるが優秀なことが問題だった。実力主義が優先されれば、自分もまた排除される対象になる。なぜなら、彼が見た発案書の作成名義を名を自分のものに替え、上層部に提出したからだ。それだけの真似をしている自覚もる。

 現に今、ストレス発散のために学院に来ているのだから。


『最悪だ……。まさか、学院生のレベルがここまで上がっているとは……。下手をすれば儂も解雇されかねんぞ!』


 散々威張り散らしたドマルトは、ここにきて氷水を浴びせられたかのよな寒気に襲われた。

 時代は常に変化する。その時代の流れから外れた者は、波にのまれて溺れるだけである。

 いまさら手遅れかもしれないが、ドマルトは上に報告するために戻ることを決めた。


「き、急用を思い出した。今日はこの辺で良いだろう……。お前達も精進するように……」


 足に鉛を入れた靴を履いているかのような重い足取りで、ドマルトはこの行動から逃げるように退室していった。


「どうしたんだ? あれ……」

「さぁ? けど、長話が終わってよかったよね」

「まぁな。さて、無駄な時間を使っちまったし、昨日の続きでもするか。確か、ルトア公爵領の防衛に関してだったか?」


 ツヴェイト達は気にした様子もなく、再びいつもの日課に戻る。

 そして、何の気兼ねもなくなり戦略研究を始めるのであった。


 余談だが、ツヴェイト達が提出した魔導士団組織構造改革案は採用され、多くの不適格魔導士が排除される事となる。

 更に軍略においても防衛構想案は受け入れられ、魔導士団の不穏分子は瞬く間に権威を失い放逐されていく。これにより騎士団との和解もつつがなく進み、ソリステア魔法王国の国土防衛は盤石となる足掛かりとなっていった。

 無論、最後まで悪足搔きをした者もいるが、国王に直接『学院の生徒がこれほどの案を出せるのに、お前等は何やってんの?』と言われ、組織改革をせねばならなくなってしまう。

 要するに、自分達が学院生より優秀であると示さなくてはならなくなったのだ。

 更に王命による改革なので現状維持も出来ず、数多くの貴族魔導士は能力に適したの部署に送られることとなった。現状に固執し甘い汁を吸っていた魔導師達は即刻クビになったという。

 同時にツヴェイト達はその功績から魔導士団入りが約束され、今後の働きを期待されることとなる。

 現ウィースラー派の学院生は、魔導師団の幹部候補となったのだ。

 だが、今のツヴェイト達にはそのようなことが起きていたなどと知ることなく、いつものごとく鍛錬と戦略研究に明け暮れる。

 やがてソリステア魔法王国は魔導師達を軍事部と研究部に分け、それぞれの役割を果たし、同時に騎士団との連携がとれるようになるのだが、今は未だ混乱の中にあった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 イストール学院にある大図書館。通称【書庫】。

 クロイサスの論文が公表されててから早一週間。滅多に使われない知識の倉は、今では多くの学院生に埋め尽くされていた。

 講師や教諭などの姿も見られ、正しき知識を学ぼうと大勢集まったのが原因だ。

 未だに現実を認められない講師達もいるが、停滞していた魔法式の解読法が分ったことは大きく、我先にと魔法式研究に乗り出したのである。

 しかし、ここに例外の者もいたりする。

 魔法式の解読方法を誰よりも早く知り、今では簡単な魔法なら作れるように成長した元落ちこぼれ、セレスティーナだ。

 友人のウルナとキャロスティンと共に、三人で魔法式の解読作業を行なうつもりだった。


「……賑やかになってしまいましたね。これでは私が研究する場所がありません」

「うわぁ~、満員だね。こんなところにいたら息が詰まっちゃうよ」

「仕方ありませんわ。クロイサス先輩の発表した論文は、停滞していた研究を進める大きな鍵でしてよ? 誰もが自分で魔法を創りたいと思い、真理の道の先に行きたいものですから」


 セレスティーナ達も魔法式の研究――と言うよりも、改良するためにこの図書館を訪れたのだが、もはやどこにも席がない。

 更に一度でも席を外せば他の者達に奪われ、壮絶なイス取り合戦が繰り広げられている。先に進むには他人を蹴落とすのが当たり前になっているのだ。

 高学年の学院生であればなおさらである。


「そんな時にはコレです! 暇なときにお嬢さまも読んでいる優れもの!」

「「「うひゃぁ!?」」」


 いきなり現れるクールメイド、ミスカ。

 そんな彼女は手にした物をウルナとキャロスティーに手渡した。


「み、ミスカ! そ、それは……」

「へぇ~、セレスティーナ様はこんなの読んでるんだぁ~…………っ!?」

「なんですの、この薄い本は…………ひゅわっ!?」


 開いた本の中に広がる肌色の世界。

 ウルナとキャロスティーは未知なる世界を垣間見て、やがてセレスティーナに視線を向ける。

 

「ち、ちがいますよ!? 偶にミスカが部屋の本の中に忍ばせたり、いつの間にか机の前に置いたりしている物で、私は別に……」

「フッ、お嬢様……。嘘はいけませんよ? 私は知っています。貴重なノートに書かれた熱いほどの情熱の滾りを……。あれは秀逸の作品です。世に出すべきと推奨しますが?」

「いやぁああああああああああああああああっ!? 何を読んでいるんですかぁ!!」

「無論、お嬢様の迸る熱いパトスで思いの滾りを余すことなく書き込んだ、愛という修羅の未知でございますが?」

「確かに未知なる世界ですけど……いや、そこはそっとしておいてくれるのが優しさではないのですか!?」

「お嬢様……私めに、そんな優しさはありません!!」


 断言した。

 このミスカという名のメイド、セレスティーナを揶揄うためならどんな手段も行使する。

 たとえそれが、決して戻れない腐の道だとしても。


「二人からも何か言って……」

「キャロさん……これ、凄いね……」

「こ、こんなの、破廉恥ですわ……けしからんですわ! ゴクリ……」


 めっちゃ熱い目で薄い本を読んでいた。


「ふふふ……ここに腐の魅力に引き込まれた者が二人。中々の成果ですね、お嬢様」

「なぜ私に責任を押しつけるのですかぁ、ミスカのせいですよね!?」

「堕ちるのは人の自由。私はただ本を手渡しただけですよ?」

「なんて、悪びれもない素敵な笑顔……。そのやり遂げたかのような表情が、なぜか頭にきます」


 ミスカは躊躇わない。

 なぜなら、彼女はいつも本気だからだ。


「気のせいか、ミスカの行動が最近エスカレートしているような……」

「気のせいではありません。私は、お嬢様をからかうためなら、四神にすら唾を吐き捨てる女です!」

「神をも畏れぬ腐の悪魔……。ミスカ、あなたの血は何色ですか?」

「エメラルドグリーンですね。太陽があれば生きていけます」

「光合成!? 植物だったのですか!?」


 ツッコミが入るたびに実に満足気だ。

 これがミスカなりの愛情表現なのだが、揶揄われる方はたまったものではない。


「ハァ~……。それよりも、これからどうしましょうか。これだけ大勢の人達がいては、私達が研究する場所がありませんし」

「う~ん、そうだねぇ。どこに行っても、セレスティーナ様の周りには人集りができるし」

「中等部である私達には、研究棟は貸し与えられませんし……どうしましょう?」


 セレスティーナの周りには初等部の子達が良く集まり、独自の研究を行なうことが難しい。

 キャロスティーもまた、サンジェルマン派の研究棟を使うには許可が必要な立場であり、許可が下りたとしても三人で研究室を使うには広すぎる。

 寮で魔法式の解読研究をするにしても、自身で構築した魔法式の起動実験を行なうことはできない。寮では原則として実験のたぐいは禁止されているからだ。


「一カ所だけ心当たりがございますが?」

「どこですか? ミスカに心当たりがあるという場所が気になります。嫌な予感しかしませんので」

「クロイサス様の部屋です。話によれば様々な資料が部屋に保管されているとか」


 静かに魔法実験ができる場所。研究棟以外では大図書館の内部に設置された一般用実験室、後は治外法権の範疇外にあるクロイサスの部屋だけである。

 常識の埒外、学院の危険地帯。果てはイストール魔法学院のデンジャラスゾーンと呼ばれ、未知と神秘に満ち溢れた謎の空間である。


「……前々から噂になっていましたが、いよいよこの日が来たのですね。謎に満ちた領域に挑むこの日が……」

「お~っ、セレスティーナ様が行く気だ。やる気に満ちているよ」


 そして、セレスティーナは好奇心が旺盛であった。

 謎の空間に挑む気である。


「い、いけませんわ! あそこは……あの部屋に行っては……」

「キャロさん、そんなに凄い場所なの?」

「キャロスティー様は被害者ですから、あの部屋の危険性をよく知っておられるのでしょう」

「魔導師は真理の探究者。私は挑みます! 未知なるものを目にするために……」


 セレスティーナは、実の兄が住み着く学院の危険地帯に興味津々。

 そこに何が待っているのか、いかなる神秘が隠されているのかを知りたくてしかたがない。

 覚悟を決めた真理の探究者は、学院最大の秘境へと向かうのである。『放して、あそこだけは許してくださいませぇ―――――――っ!!』と叫ぶ被害者を引きずりながら。

 セレスティーナ探検隊は挑む。危険を覚悟の上で学院最大の謎へと――。

 

 

 

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