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おっさん、爆走中 ~その頃、イサラス王国では~

 険しい山岳に敷かれた街道を、一陣の漆黒の物体が走り抜ける。

 馬車ですら追いつけるような速さではなく、その速度は獲物として襲おうとした魔物をぶっちぎり、急カーブをハングオンで強引に曲がってゆく。

 ご存じ【廃棄物十三号】。ゼロスが制作した魔導バイクである。

 ボディに魔法式高速モーターを内蔵し、某メーカーをパクったディスクブレーキを使用。面倒だったがチェーンで動力を伝えるようにした。

 形状はやけに突き出した未来型デザイン。どうやら更に改造して、どこかのアニメか某ヒーロ―が乗るような、はたまた変形してパワードスーツになるような、明らかに世界観をぶち壊す未来型バイクであった。

 ちなみに、ツインモーターは安定性が悪いから止めた。


『この先は確か、連続のスラロームだったな……』


 猛スピ―ドで走るバイクは連続するカーブを攻略し、ゼロスは今、峠の狼となっていた。

 そう、おっさんは今、風になっている。何人たりとも自分の前は走らせないとばかりに、そのスピードをさらに加速する。どこかの暴走サモナーのことは言えないだろう。


「ひにゃぁあああああああああああああああああああああっ!!」


 そして、タンデムでゼロスの後ろに乗る同乗者は、絶叫していた。

【黒天将軍】と二つ名を持つ武人であり、アトルム皇国では忠義に厚い女傑として知られたルセイ・イマーラ将軍閣下は情けない悲鳴を上げて、後部シートから振り落とされないよう必死にしがみついていた。

 この世界に馬より速く走る乗り物は存在しない。当然だがこの世界の住人達も乗り慣れてておらず、その体感速度は視覚情報よりも速く感じられる。

 ルーフェイル族は翼を持ち飛行することはできるが、その最高速度は時速四十キロくらいが限界で、それ以上の速度で飛ぶことはできない。

 これは、飛行能力を使用するにしても体重を浮かせるためには魔力を必要とし、重量と速度からくる魔力消費、更に空気圧の抵抗の負荷で長時間の飛行が不可能。飛行速度を上げれば当然魔力を消費するために速度を上げられない。ゼロスの飛行魔法【闇鳥の翼】も飛行速度は出るが同様に燃費が悪いのである。

 ついでに、バイクを操るおっさんの運転は荒い。

 時速四十キロの速度に慣れているルセイは、その倍の時速八十キロに耐性がない。しかもバイクによる体感速度はルセイに未知の恐怖をもたらした。

 さながら初めてジェットコースターに乗る子供のようである。仮面をしていてもヘタレが思わず出てしまうほどだ。


「しょ、しょくどぉおろひょしれふらはいぃ~~~~~っ!!」

「えっ? 何ですか? 何を言っているか分かりませんがねぇ」


 ルセイは速度を落としてほしいのだが、ヘルメットと風圧で声が届かない。

 そして次の瞬間、廃棄物十三号は街道にノコノコ出てきたオークを弾き飛ばした。完全にわき見運転である。


「ひいらやぁ~~~っ!? ひょーふをひりひょろひらぁ~~~~~っ!!」

「ハハハハハ、オークなんて屁でもないやなぁ~~~~~~~~っ♪」


 会話が成立していない。正しい意味でも会話になっていない。

 廃棄物十三号は、もはや走る凶器と――いや、狂気と化していた。

 不運にも街道に出てきたゴブリンや他の魔物をおっさんは容赦なく弾き飛ばす。バイクは急に止まれないのだ。

 そして、温泉街へとリニューアルしたリサグルの町に到着するのであった。本日はここで一泊である。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 イサラス王国。かつては広大な平原で一大勢力を誇った歴史を持つ国である。

 かつては【イスカラス帝国】と呼ばれ、多くの人種を差別なく取り込んだ統一国家であった。

 しかし、三代皇帝の代になり権力を振りかざす貴族が増え、やがては帝国内で派閥争いに発展。泥沼の内乱状態に陥った。この時に獣人種やエルフ達はあっさり帝国を見限った。

 皇帝の継承権を持つ派閥、有能な者を皇帝にすべきと推奨する派閥、隙あらば帝国を乗っ取ろうとする権力志向派閥などが暗躍し、互いの足を引っ張り合う内乱から民の心が離れるに充分だった。

 その中で民の心を掌握し一大勢力となった派閥が【教会派】と呼ばれる者達で、のちにメーティス聖法神国を建国することなる。

 要は民を無視して権力争いを起こし、勝手に自滅した国だっただけだが、王族の血族はそうは思わない。

 豊かな土地を追われ辺境の山岳地帯に小さな国を新たに建国したが、お世辞にも裕福な国とは言えなかった。

 鉱物資源は豊かだが、それで国が賄えるほど政治は甘くない。瞬く間に勢力を伸ばすメーティス聖法神国には安値で鉱物資源を買いたたかれ、財政は火の車状態。

 食糧確保にはどうしても豊が土地が必要であり、オーラス大河を下り戦いを仕掛けるも、当時の敵国であった【ロアンシナ王国】のサントール城塞攻防戦において大敗した。

 百五十年前にロアンシナ王国が消え、ソリステア魔法王国となってもかつての恨みは忘れていない。

 民を救うために戦争を引き起こし、その結果が無様な敗北である。イサラス王国がサントール城塞を持つソリステア魔法王国を敵視するのも分かるが、ただの逆恨みだ。

 それだけサントール城塞が難攻不落の要塞都市だったのだ。

 このとき彼等に手を差し伸べたのがアトルム皇国であり、彼等の支援によりかろうじて飢える事がなくなったことから、イサラス王国は代々恩義を忘れず友好的に接していた。

 イサラス王国とアトルム皇国は力を合わせ、山麓に街道を敷く事となったのはこのときである。


 そして現在、イサラス王国はメーティス聖法神国に政治的圧力を掛けられ、今まさに滅ぼされる寸前であった。メーティス聖法神国の目的はイサラス王国からアトルム皇国に続く街道であり、ここを手に入れることができればアトルム皇国に攻め入ることが楽になる。

 食糧難であったイサラス王国に対し、半ば脅迫まがいの外交を仕掛けてたのだ。

 イサラス王国内は混乱し、ソリステア魔法王国に戦争を仕掛ける計画を立てる。だが、戦争となればどうしても厄介な場所を攻めなければならない。

 そう、サントール城塞都市である。

 かつての手痛い敗北から間者を送り込み、情報収集を行い確実な勝利を手に入れようと計画するも、オーラス大河に厄介な柱を築かれ、その下流には橋も架けられてしまった。

 これではオーラス大河を下って攻め入っても、四方から集中攻撃をされて全滅である。

 万策尽きて頭を抱えているときに、同盟国であるアトルム皇国からソリステア魔法王国がドワーフの地下街道を整備し、アトルム皇国との間に交易路を敷く計画が進行中であることを告げられた。

 これによりイサラス王国の鉱物資源は、アトルム皇国とソリステア魔法王国に交易が可能となる。

 アトルム皇国がこれを黙っていたのは、ソリステア魔法王国側からの工事が難航し、いつ開通するか判断ができなかったからだ。

 その交易路は最近になったようやく開通した。それにより、数多くの鉱石を積載した荷馬車がソリステア魔法王国に向けて出立する。

 ソリステアでは鉱物資源が貴重なのだ。また、メーティス聖法神国に資源を格安で渡すよりは百倍マシだった。


「これで、我が国の財政も多少は潤うか。長かったな……」


 そう呟いたのは、イサラス王国現国王【ルーイダット・ファルナンンド・イサラス】である。

 初老を迎えてはいるが、彼は賢王として慕われており、貧しいこの国で多くの改革を行ってきた人物である。若い頃から民と共に国内の農地開拓を率先しており、食料の自給率も格段に伸びている。

 しかし、それも一部地域のみでおり、未だ飢えに苦しむ民がいる事も確かだ。

 交易路が他国へと開通したことにより、長い目で見ればこの国も潤うだろう。だが、今現在の状況は多くの民の生活が苦しいままだ。

 交易路を利用したとしても、民の生活が楽になるには数年の歳月が必要となる。

 

「宝石や鉱物、貴金属などは高値で取引されましょう。しかし、あの国がいつまで大人しくしているか分からないですからな」

「うむ……。だが、アトルム皇国の使者が先ほど面白い話をしておったぞ?」

「面白い話ですか?」

「メーティス聖法神国は、先の大地震で多くの被害が出ているらしい。国内が安定するにも数年は先にになろう。国都ではかなり混乱しているとの話だ」

「では、しばらくはあの国も難癖をつけてくることを控えるでしょう。辺境国に目を向ける余裕などないでしょうから」

「だが、その数年が勝負時になる。今の内に国力を安定させ、軍備を整えねばならん」


 ソリステア魔法王国に攻め入る準備をしていたが、その軍備はオーラス大河に築かれた橋により攻め込むには危険と判断し、侵攻作戦は棚上げになった。

 国一つ挟んだ他国に攻め込むには、更なる軍備が必要となったからだ。だが、その軍備がメーティス聖法神国に攻め入る準備となろうとは皮肉なことである。


「あの国は今、混乱の中にある。奴等に奪われた土地を取り戻すには好機となるな」

「ソリステア魔法王国は、今では同盟国になりましたからな。サントール城塞の雪辱を晴らせぬのは残念ですが、今は豊かな土地を確保するのが先決です」

「うむ。ソリステアも我等に援助してくれるらしいからな。アトルム皇国同様に友誼を結ぶのが良かろう」

「回復魔法のスクロールも無償で献上されましたから、我等も医療魔導士の育成を始めなければなりません。友好であることが最良と判断します」

「時に、大魔導士殿。獣人の国は同盟を結んでくれましたかな?」


 大臣は振り返り越え尾を掛けた先には、黒衣の魔導士が無言で立っていた。

 この魔導士達は、ある日突然辺境の村に現れ、無償ではやり病を癒したのみならず、多くの改革をして生活を安定させたために恩賞を与えるため王宮に招き入れたのだ。

 その改革は他の村や町にも広まり、民の生活が少しだけ安定の兆しを見せていた。


「獣人族は、相互不可侵を貫いてくれれば良いそうです。また、メーティス聖法神国に攻め込むときは手を貸してくれると約束を取り付けました」

「おぉ! さすが、アド殿だ。獣人族が手を貸してくれるならば心強い」

「彼等も親や家族を殺され、或いは奴隷として攫われていますからね。本気で聖法神国を潰す気なら、喜んで手を貸してくれるでしょう」

「各小国の間に同盟関係が結ばれている。包囲網は既に完成したも同然ですな」

「まだ、楽観はできないでしょう。勇者もまだ半数残っているらしいですし、戦争になれば無辜の民に犠牲が出るのは避けたい。なるべくこちらに懐柔できればいいんですがね」


 アドは今までの話を整理し、現状を慎重に考察していた。

 イサラス王国の戦力は少ない。他国の支援があっても、小国を各個撃破する戦力はまだ残されているのだ。その戦力に打撃を与えねば、聖法神国に攻め滅ぼされかねない。

 

「それは余も考えていた。無作為に攻めても、我が国の戦力では叩き潰される。幸いあの国は災害で混乱しており、その対応に追われている。この機を逃すつもりはない。

 だが、民の方に支援するも、我等には支援するだけの余力がない。今は国内の立て直しが先決になるか。無いもの尽くしであるな……」

「【ポルタ】の栽培も順調とは言い難いですからな。食糧の自給も軌道に乗せねばなりませんし、ワインでも輸出しましょうか、陛下……」


【ポルタ】。最近まで食用とすら思われなかった植物で、ジャガイモのような野菜である。

 皮が岩石のように固く、煮込むことで外側が柔らかくなり調理しやすくなる。

 食べるような動物がいないので、人の手が入っていない山林に群生していたが、まさか食料になるとは思いもよらなかった。

 また、煮込むことで柔らかくなった皮は、剥いた後に乾燥させ固めることで固形燃料として使える。そんな植物を発見して広めたアドは、一部で英雄扱いを受けていた。

 余談だが、イサラス王国はその土地柄ブドウ栽培が盛んで、レーズンやワインを作り大量に保管している。他にも【フロストコーン】と呼ばれる冬に育つトウモロコシを栽培し、貴重な蛋白源を確保していた。

 それでも食料は圧倒的に足りない。


「鉱石はいくらでも出るのだがなぁ~……」

「陛下……虚しくなりますから止めましょう。これからです。これからですよ!」


 ルーイダット王は時折ネガティブの深みに落ちる。

 それほどこの国は何もないのだ。仕方なしにアドは提案してみることにした。


「古いワインでも輸出すれば良いんじゃないですか? 年代が古いほど重宝されますよ。試しにソリステアやアトルム皇国に送れば喜ばれると思いますが」

「古いワインなどで喜ぶのか? それなら腐るほどあるが、本当に大丈夫だろうか……。攻め込んでこないだろうか?」

「陛下、アド殿が言うのだから試してみてはいかがか? 失敗してもこちらは何も失う物はありませんし」

「そうだな……。これも貧乏が悪いのだ」

『何でここまでネガティブなんだよ……。それよりワインを製造してんだから、百年物がどんだけ美味いか分かってんじゃねぇの?』


 アドは現代の地球知識でものを考えている。だが、この世界では熟成という技術は確立されているが、古いワインが飲めるとは思われていなかった。

 ワインは毎年大量に作られ、年代の古いものは次第に蔵の奥に押し込まれ忘れ去れれており、邪魔になったら捨てられるので誰も飲む者はいない。

 もったいない話だが、彼等の常識では熟成された古いワインを飲めない物と決めつけている。そのため誰も手をつけることがなく、大量のワイン樽が蔵の奥で寝かされていた。


「百年物のワインは美味いですよ? 一生の内に手に入るかどうか分からない貴重な酒ですし、むしろ喜んで援助してくれますって。ついでに宝飾品でも送ればなお好感度が上がりますよ」

「だと良いのだがな……。ハァ……」


 ルーイダットは乗り気ではないようだが、これからソリステア魔法王国とは同盟関係を続けなければならない。そのための好印象を与える手札がなく、仕方がないとばかりにアドの出した案を採用した。

 だが、それがやがて予想外の結果を生むことになる。

 ワインと装飾品を送られたソリステア王家は、古い年代のワインの味わいに酔い痴れ、イサラス王国に大量の食糧と支援金を送り付けてきた。

 あまりの事に驚愕したルーイダット王は、物の試しに古いワインを試飲して、その理由にようやく気付く。深い味わいに涙するほ美味かったのだ。

 ワインの価値に気づき、年に数本この熟成した古いワインを販売した。その結果、予想外の高値で取引される事となる。

 更に気を良くしたルーイダット王は、送った百年物を超える年代のワインの数を限定して放出し、後に至高のワイン【女神の涙】と呼ばれ他の王族から愛され、最高級品としてのブランド名を勝ち取ってゆく。

 そのワインの値段は、たった一本で小国の国家予算分の価値がついたのだから驚きである。

 やがてイサラス王国は、芸術的な美味いワインを作り出す酒の聖地として有名になり、確実に財政を潤していくことになるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「あぁ~終わった。毎度疲れるわぁ~……」


 ルーイダット王の下から解放されたアドは、部屋に置かれたソファーに倒れ込み、深い溜息を吐いた。

 イサラス国の王はネガティブすぎて、何かにつけてアドに相談を持ち込むようになっていた。それだけならまだ良いのだが、偶に娘の嫁ぎ先や態度の悪い家臣の愚痴まで聞かされるのだからたまらない。

 獣人達の住む【ルーダ・イルルゥ平原】から戻ったアドは、報告だけを済ませて休むつもりだったが、その後も解放されず延々と内政の相談事を持ちかけられた。

 そんな話をされてもアドは政治家ではないので判断できるわけがない。

 部屋に戻ったときは精根尽き果てた状態である。


「おつかれ、アドさん」

「毎度大変ね。賢者のジョブは言わなければ良かったんじゃない? 余計なことまで押し付けられてるし」

「まったくだ……俺は魔導士だぞ。政治家じゃねぇやい」


 リサとシャクティはお疲れのアドに同情するが、決して手伝おうとはしない。

 厄介な仕事を押し付けられるくらいなら、ポーションなどを製作している方が楽だからだ。

 結果としてアドが貧乏くじを引く事になる。


「あぁ~……ゼロスさんなら口八丁でどうにかすんだろうなぁ~。俺にゃ~無理だぁ~」

「アドさん。そのゼロスさんて、そんなに凄いの? 【殲滅者】の噂は聞いたことあるけど、実際に会ったことがないから分からないんだけど」

「私も……。レイドで広範囲魔法で味方ごと吹き飛ばしたって話は有名だし、PK職を半殺してロープで簀巻きにした挙句、世界樹に逆さづりにしたって言うのも本当なの?」

「マジ……。レイドのときは俺達もいたが、褒賞アイテム欲しさに俺達を捨て駒にしたギルド連中を道連れにした話が有名だな。簀巻きにしたのは、レア素材の【世界樹の実】をかすめ取ろうとした連中を返り討ちにして、世界樹に逆さ吊りの刑にした話だろ。PKの奴等、ロック鳥に食われて死に戻ったみたいだけどな」

「「うっわぁ~……」」


【ソード・アンド・ソーサリス】では、アドのパーティーは【殲滅者】達と行動を共にすることが多かった。アドのパーティーもまた生産職だったからでもある。

 時に情報を買ったり、時に装備を共同で制作したほど親密で、一緒に馬鹿な真似をしたこともある。

 ゲームであったからこそ出来る犯罪めいた真似を、アド達は一緒になって行ってきたのだ。


「普通、やらないよね?」

「死なないことを良いことに、やりたい放題ね。まぁ、PK職やタチの悪いギルドには良い薬でしょうけど、アドさんもやってたのね」

「殲滅者の連中は、どういう訳かやけに鼻が利いてな。確実にふざけた連中を見つけては、情け容赦なく潰していた」

「なに、その遭遇率。モンスターの遭遇率よりも高くない?」

「もしかして、殲滅者の人達もこの世界に来てるんですか?」

「可能性はあるな。聞いた話だと、ソリステア魔法王国で山が一つ消し飛んだらしい。おそらく【暴食なる深淵】だな」


【暴食なる深淵】。超重力範囲魔法で、重力球の崩壊現象による破壊力で敵を根こそぎ消し飛ばす魔法だ。

 そんな馬鹿げた魔法を使う魔導士は数が知れている。問題は、誰がこの世界に来ているかだ。


「ゼロスさんだと思うなぁ~……。ケモさんや他の三人がこの世界に来ていたら、間違いなくカオス展開に突入するし」

「ゼロスさんがどんな人かはともかく、他の人達はそんなに危険なの?」

「トッププレイヤーの人達って、普段は何しているんですか?」

「知らないほうが良いぞ? ゼロスさんもどこかおかしいが、他の四人はもっと酷い。ケモ耳ホムンクルスのハーレムダンジョンを作ったり、バイオハザードやパンデミックを引き起こしたり、馬鹿げた威力の使えない装備を製作したり、呪いのアイテムばかりを製作して他人を騙して売りつけたりと、やることが傍迷惑だった。自重する分だけゼロスさんがマシだったな」


 ゲーム世界であることを良い事に、碌でもない真似をしでかす傍迷惑なパーティーであった。

 各々が趣味の赴くままに暴走し、周囲を巻き込んで被害を拡大させる。

 困った事に似た趣味を持つ連中も集まり、その影響力は上位プレイヤーの殆どに及ぶ。交友関係が恐ろしく広く、敵対したギルドは集団で襲われ壊滅するほどだ。


「う~ん……その話だと、ゼロスさんは何をしていたの? 少なくとも他の四人とは違う事をしていたんだよね?」

「ゼロスさんは魔法開発専門だ。俺が使った【暴食なる深淵】もあの人達が制作したものだが、まさかプログラミングの技術で魔法を製作するとは思わなかった」

「アドさんでもあの威力となると、ゼロスさんがあの魔法を使ったらどうなるのかしら? 【極限突破】をしているのよね?」

「一言で言うなら人間兵器だな。威力が高すぎて使い道がない魔法や、爆発物なんかを好んで製作していたっけ。他のメンバーの手伝いもしていたから、この世界で技術チートができると思うぞ?」

「「爆発物……テロリスト?」」 


 リサとシャクティが抱いた殲滅者達の第一印象は、まさにテロリストだ。

【赤の殲滅者】ケモ・ラヴューンは錬金術師でホムンクルスの研究に没頭、完全なマッドだ。

 素材を集めるためならどんな手段も厭わないほどの、救いようのないケモラーである。

【白の殲滅者】カノンは薬物専門の調合師。魔法薬を大量に製作しては他のプレイヤーに売りつけ、実験を繰り替えしていた。デバフで頭が愉快なことになった犠牲者は数知れず。

【青の殲滅者】ガンテツは鍛冶師で、実用性のないデザインの凶悪な威力を付与された武器を好んで製作していた。見た目と威力は凄いのだが、なぜか自爆機能を必ず取り付けるのが問題だった。

 誤作動で吹き飛んだプレイヤーが数多い。

【緑の殲滅者】テッド・デッドは死霊術師。呪いのアイテムをこよなく愛し、PK職を狩る賞金稼ぎでもある。その目的は呪いの実験であり、装備したら悪質なバッドステータスになるばかりか、そう簡単に装備を外すことができない危険物を製作するのが趣味だった。

【黒の殲滅者】ゼロス・マーリンは普通に魔導士で、魔法を改良するのが得意なサイレントデストロイヤーであった。悪質なプレイヤーギルドが幾つも殲滅された。

 この五人がパーティーを組んだ時、互いの足りないものを補い合い、更に教え合い、ついでに高め合うことでトッププレイヤーへと上り詰めたのだ。

 その結果、数々の高難易度クエストを攻略し、それ以上に多くの被害者が出ることとなる。『混ぜるな危険』の標語がリサとシャクティの脳裏に浮かぶ。

 テロリストというのも、ある意味では正しい評価であろう。


「多分だが、ソリステアにいるのはゼロスさんだな。仮に他の連中だったら、もっとヤバイ騒ぎが起こっているだろうし、ファンタジー世界に来たら自重なんてしないだろうさ。断言できる」

「凄く、フリーダムな人達なのね……。なんて嫌な信頼関係」

「自重しないって、国一つ滅ぼせる魔導士は危険なんじゃ……」

「方向性は異なるが、この五人がパーティーを組んだことで全員が大賢者になった。だが、無駄に行動力のある人達だから、騒ぎが起こらないはずがない。しかし今のところ大規模な事件が引き起こされたという話はないから、総合的に考えてこの世界にいるのはゼロスさんだと分かる」

「……つまり、他の四人は真っ先に騒ぎを引き起こす人達なのね」

「【黒の殲滅者】がまともだという意味が分かった気がする。もの凄くタチが悪いし……」


 ゲーム世界が現実となった場合、強力な魔法や破壊的な被害をもたらす魔導士は脅威である。

 ましてや賢者や大賢者は、国家の枠組みに入らなければ何をしでかすか分からない危険性があり、脅威の排除という名目で暗殺の危険に晒されかねない。

 為政者を脅かすような存在を許すほど、王侯貴族の心は広くはない。間違いなく排除に動き出す。


「あの人なら、飄々とこの世界を渡り切るだろうな。そんで、大人げない真似をしでかして、多くの人達に影響を与えるんだろう」

「酷いわね。私、会いたくないわ……。何をされるか分かったものじゃないし」

「私もシャクティさんに賛成。会うのが怖い……」

「あのメンバーの中では一番の常識人だから大丈夫だ。この世界が現実だと逸早く気づくだろうし、四神共に疑念を真っ先に持つだろうさ。味方になれば心強いぞ?」

「じゃぁ、次は……」

「ゼロスさんに会う。もう一度ソリステアに行こうかと……」


 殲滅者が力を貸してくれるなら、これほど心強いものはない。

 何よりも、アドはゼロスの弟子のようなものである。

 仲間とパーティーを立ち上げた時、スキル獲得の訓練をしてくれたのがゼロスであった。それと暗殺のやり方もだが――。

 本当にどこが魔導士なのか判断に困る存在であった。


「「い、いかなきゃ……駄目?」」

「駄目……。普通に良い人だから、そんなに警戒しなくても大丈夫さ」

「でも、その人はリアルの姿でこの世界にいるのよね? 私達と同じように……」

「探し当てることができるかなぁ?」

「大丈夫だろ。転生者や勇者なんて、地球の常識で行動するんだぞ? 普通に生きていても、なんかやらかしてるさ」

「「その〝やらかす〟が怖いんですけど……」」


 二人が怯えるのも分かるが、仲間は多いに越したことはない。

 何より最強の魔導士で最高の生産職なのだ。武器の強化や回復薬の製作にも、最高品質のものが期待できる。

 四神を倒すことが目標である以上、装備は強力な物を準備しなくてはならないと思っていた。

 アドでは作れないような物も、黒の殲滅者なら可能なのである。

 そして三人は、ソリステア魔法王国を再び目指すのである。四神に復讐する目標のために――。

 

   

 


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