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おっさん、ルーセリスの生い立ちを知る

 ルセイの素顔を見て硬直したゼロス。

 ただ『会いたいなぁ~』と思っていた顔が突然目の前に現れた事も原因だが、アトルム皇国の女将軍で【黒天将軍】の異名を持つ彼女が、まさかルーセリスとそっくりであるなどとは思いもしなかった。

 黒髪や鳶色の瞳を除けば、まさに瓜二つ。驚かないはずがない。


「ルーセリス? どなたですか? それほどルセイに似ているのでしょうか?」

「似てるも何も……そっくりですよ。違いは髪と瞳の色が異なるところですか……。それと、彼女は四神教の見習神官ですがね」

「よりにもよって、あの邪教共の使徒ですか……」

「随分と毛嫌いされていますねぇ。まぁ、当然でしょうが……。幸いと言いますか、彼女は四神を盲目的に信じている訳ではなさそうですね。神聖魔法が魔導士の使う魔法と同じだと知っても、すんなり受け入れてますから」

「あら、意外に物分かりの良い方なのですね。少し好感が持てそうな気がします」

「聞いた話から総合すると、自分と同じ孤児を救いたいだけで、その力があるなら国でも四神教でも構わない感じに思えます。彼女が四神教に所属するのも回復魔法が使えるのが四神教だけであって、別に神の信仰に傾倒している訳ではないようですしねぇ」


 四神教は魔導士の存在を拒絶している。当然他の神官達も少なからず影響を受け、その傾向は見習神官にも及んでいるはずなのだ。

 だが、ルーセリスはゼロスの存在をあっさりと受け入れており、そこに差別意識はまったくない。


「その女性が、ルセイと似ているのですね? なるほど……」

「何か、含みがあるように思えますが、心当たりがあるので?」

「いえ、少し気になる事があるものでして……。その方に親族の方はいるのですか?」

「……? いや、聞いた話では、孤児院の前に捨てられていたという話を本人から聞きましたが、親の顔は知らないはずですよ。彼女のプライバシーを子供達がこっそり教えてくれるんですよねぇ、知らなくても良いことまで……」

「そう……ですか。その子共達にお金を払っている訳ではないのですね?」

「しませんよ、そんなこと……」


 ラシャラの態度で、ゼロスの灰色の脳細胞はフル回転した。どうもラシャラ姫はルーセリスのことが気になるようである。そこにまず疑問を持った。

 なぜ彼女がルーセリスのことを気になるのか分からないが、そこは視点を変える事で見えてくるのではないかと逆算を始める。ルーセリスには親はいない。しかし、育ての親である司祭はいる。

 その司祭が何らかの事情を知っていたとなればどうなるか。例えば孤児院の前で拾われたのではなく、どこか別の場所でルーセリスが親に託されたとなれば話はだいぶ変わってくる。

 何より、ラシャラの態度が気になる。そこで参考になるのが【ソード・アンド・ソーサリス】の設定知識だった。やがて一つの憶測が構築される。


「失礼ですが、ルセイさんとラシャラ姫は血縁関係があるのですか? 見たところお二人は似ているように思えるのですが……」

「えっ? えぇ……彼女の母と私の母が姉妹でして、従妹同士なのです……」

「なるほど、もしかして……どちらかの母君が行方不明だったりしません? しかも、生まれたばかりの赤子を連れて十九年間、音信不通とか……」

「……なぜ、そう思うのですか? 私は何も言っていませんよ」

「察するに、翼のない子が生まれて浮気を疑われ、徹底的に責められた挙句に追い出し、傷心で子供共々どこかへ消えてしまったとか」

「あなた、本当は何か知っているのではないですか!? なぜ、そんなに詳しいのですかぁ!」

「えっ……マジで? 状況から憶測を交えて、適当に話を作っただけなのだが……当たった?」


 ――ドドドドドドドドドドドドッ!

「「……………」」

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。

 いくら灰色の脳細胞でも、確証も確信も得られるような証拠は何もないわけで、そんな状況で明確な推理を立てられるはずもない。口から出まかせの邪推レベルである。

【ソード・アンド・ソーサリス】では、ルーフェイル族は基本的に家族愛が強い種族である。

 しかし、不義や浮気などの行為は決して許さない感情的な一面がある事から、ルーセリスの境遇を踏まえ話を作っただけなのだ。

 その傾向激しい種族特性はラシャラが卓実を追いかけていた事からも分かるだろう。戦斧を持って追い掛け回すほどに、この種族は情熱的なのだ。

 そんな特性から逆算し、その場で思いついて言ったことことが、まさか正解とは思わなかった。

 結果的に王族スキャンダルを言い当てた事と、思わず感情的になり肯定してしまった両者の間には、表情がが硬直し会話は止まった。

 そして時は動き出す――。


「し、仕方がないではないですかぁ! 翼のない子供が生まれるなんて前代未聞、チェンジリングなんて話は我が種族では聞いた事がありません!! どう考えても人族と浮気したとしか思えないじゃないですかぁ!!」

「……逆切れされましてもねぇ。それに、チェンジリングって隔世遺伝のことで、古い時代に混じり合った血が、時代を越えて突然に目覚める現象のことですよ? 浮気していなくとも人間の子供が生まれてくる事もあります。分かりやすく説明すると、白い肌の両親の間に褐色の肌の子供が生まれてくるとか……。あり得ない事ではありませんがねぇ。生命の神秘です」

「ま、待ってください。その話が本当なら、私達はメイア叔母様を謂れのない罪で追いやったことに……」

「本当に浮気をしていなければ、そういう事になりますかねぇ。まぁ、ルーセリスさんは親の顔を知らないみたいですし、母親の方は既に亡くなっている可能性が高いですね。まぁ、調べようもないですが」

「そ、そんな事って……」


 チェンジリング。俗に取り換えっ子と呼ばれる現象で、昔から妖精が悪戯で自分達の子と人間の子を入れ替えると言われている。

 人間夫婦の間にエルフなど異種族の子供が生まれると、チェンジリングと言われ各種族内で忌み嫌われるが、この現象は隔世遺伝により何代も前に混じり合った遺伝子が今になって子供に現れることだ。

 だが、医学的に未発達なこの世界で、この現象を明確に説明できる者はいない。DNAの文字すら知らないのだ。つまり、隔世遺伝によって生まれてくる子供は、同種族同士で纏まった国では差別の対象になる。

 だが、これが自分達の血統により異なる種族が生まれるとなれば、話はまた変わってくる。

 邪神戦争以降、同種族同士で纏まっていた者達は、とりわけ祖先を誇りとする傾向が高い。旧時代の英知が失われた今となっては、原因が分からず忌み嫌われてしまう子供達が稀に現れのである。

 これが、祖先の血が現れたともなれば、自分の血族の誇りを捨てたことを意味するのだ。それゆえに否定する者もいる。

 まぁ、浮気したと思う方が楽な考え方だろう。当事者からすれば信じがたい現象なのだから。


「み、認めません! 私達の血統の中に、人族の血が混じっているだなんて……」

「認めようと認めないと、現実に翼のない子供が生まれたんですよね? 浮気をしていなかったとすれば、隔世遺伝しか考えられませんよ。今までになかったからといって、これからもないとは断言できません」

「な、なんて事なの……。一大事ではないですか……」

「まぁ、目覚めた人族の血も、家族を守るために邪神に挑んだ誇り高い古の血筋ですよね? そこまで嫌う必要はないと思いますが……」

「そういう問題ではありません! メイア叔母様は私の母の妹……皇族の分家筋に連なる血統の方なのです。その方を謂れなき罪で放逐したとなれば……」


 無実の者を罪人として放逐。これは大問題である。しかも皇族の分家筋。

 今のルーフェイル族には隔世遺伝の知識はまったくない。かつて高度な文明を築いていた種族は、今やただの山岳民族に成り下がっていた。

 そして、文明水準が低下した一族は、皇族に連なる者を無実で責め立てたという大スキャンダルに発展。

 しかも、放逐された人族の赤子は四神教の神官見習いとなっている。無知から招いた悲劇となってしまった。あくまで推測の話ではあるが世間にバレたら洒落にならない。


「あ…あぅぅ……そ、それで……妹は………。会うことは……はうぅ……」

「妹? あぁ……そうなりますか。血縁があるかどうかは分かりませんが、元気でやっていますよ? ですが、正直に言うと会わないほういいですね」

「なぜですか? 話を総合すると、そのルーセリスさんはルセイの妹という事になるのですよ? 姉妹なら会って話をする権利があると思いますが?」

「第一に、二人に血縁関係がある判明していない。第二に、仮に血縁関係が判明したとして、無実で放逐しておいて今更どんな顔で会うつもりですか? 第三に、母親のことすら記憶にないのに、蒸し返すことで恨まれる可能性も高い。第四に、母親が放逐された原因が自分にあると知ったら、どんな結果を招くか想像したくないですよ」

「うっ……確かに。非はこちらにあるとしても、何も知らない方にいきなり話すのは気が進みません」

「アウアウアウアゥゥゥ……妹……生きてた。けど……うわぁ~~ん!!」


 ここまでルセイとルーセリスがそっくりだと、血縁関係があったとしても不思議ではない。そんなルセイは文字通り仮面が外れ、もの凄く頼りなかった。

 仮面を外された彼女は、先ほどから『あわわ、はわわ』状態である。目がグルグルで顔が真っ赤、ここまでパ二クると見ていて不憫に思える。

 赤面症とかそういうレベルではなく、対人恐怖症と言った方が正しいのかもしれない。『これ、別人じゃね?』と思うほど仮面の下はヘタレだった。


「どうでも良いですけど、再起不能な人が多いですね……」

「そ、そうですね……」


 ラシャラとゼロスの視線の先には、グダグダな光景が広がっていた。

 この国から追い出された妹の情報を知り動揺したルセイ、庵の裏に連行された風間卓実と勇者達。

 耳をすませば聞こえる勇者達のやり取り。


『あれ? なんか……男に殴られても気持ちよくなっているような……』

『『マジかよぉ、お前はどこまでいく気だ!?』』

『えっと……イクまで?』

『『誰か、精神科のお医者さんを呼んでくださぁ―――――いっ!!』』


 ただいま、絶賛カオス展開に突入中。おっさんは【痛覚耐性】スキルの危険性を知る。

 そして、幼馴染をボコった佳乃は、リア充勇者二人に宥められていた。


「うふふ……虚しい。卓君を殴り倒しても、心の痛みが収まらない。あっ、なぜか涙が……」

「姫島さん……もう、これ以上は……」

「もう傷を広げないで、佳乃ちゃん。きっと、時が……時が解決してくれるから」


 正直、関わり合いになりたくもない。

 おっさんは、とにかく無視する事に決めた。とても収拾がつかない。


「ハァ~……ところで僕達は、いつまでここにいれば良いのですかねぇ?」


 客人をもてなす準備は整っているようだが、案内役のルセイがポンコツ状態。その部屋がどこなのか、おっさんは知るわけがない。

 適当に城の中を歩き回るわけにもいかず、事が収まるまでこの場で待つしかなかった。

 長く辛い暇な時間が過ぎていく。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 グダグダな状況が続いた後、ゼロスは客間に通された。

 そこは寝台やテーブルが置かれ、四畳半の囲炉裏もある。天井は吹き抜け構造で、傍の棚階段から二階に上がれるようになっていた。

 京都の日本家屋を連想させるが、棚の止め金具などに施された装飾は洋風で、しかも見事な金細工である。まるで二条城のようだった。

 精神的に疲れていたゼロスは直ぐに寝台に横になり、ぼんやりと天井を眺めては溜息を吐く。


『ルーセリスさんが、アトルム皇国の皇族血統ねぇ……。羽が生えてたらマジ天使だろうなぁ~。今頃はジャーネさんに僕の所在を聞いている頃だろうか……』


 街道工事現場の護衛依頼を終えたジャーネ達は、少しでもお金を稼ぐべく周辺の村を回って帰る予定と聞いていた。傭兵の仕事はそれだけ金が出ていくヤクザな商売である。

 正直に言えば嫁に来てほしいところだが、一夫多妻や自分との年齢差に躊躇い、冗談のように『結婚しよう』としか言えない。おっさんも意外にヘタレだった。

 何しろルーセリスやジャーネ年齢は、ゼロスが大学で遊んでいた頃に生まれた計算になる。この差を思うとさすがに本気で結婚を申し込むのはきつい。

 要は卓実と同じで、年下好みと思われたくはない。重度のロリコンよりはマシであろうが――。

 ゼロスはグラマラスな女性が好みであり、卓実のようなツルペタプ二には興味はない。一応は正常な男性の価値観なのだが、どうしても一歩踏み込むことができないのだ。

 堂々と幼女趣味を全開にする勇者を見たせいで、逆に自重したくなってしまう。

 また、ルーセリスはジャーネと一緒に自分をもらって欲しいなどと口走っており、そこで日本での常識がどうしても壁となって板挟みになる。異世界だからと割り切ることができないでいた。


『ハァ~……僕も風間君のことを悪く言えないなぁ。年下かぁ~……あっ、風間君は姐さん女房だったな。だが、見た目が……』


 貴族社会ではゼロスと同年代の男性が、成人を迎えたばかりの十四歳の少女を妻にすることが良くある。しかし、この世界の法律で認められていても、どうしても心のどこかでブレーキが掛かるのだ。

 そんな自分が、まさか一ヶ月近く会わないだけで、ここまで二人の女性を恋しいと思うようになるとは思わなかった。

 

『これが恋なのかねぇ……。なんか、違うような気もするが……ハァ~』


 自分の心が自分のものではない。何とも、もどかしくなる感情に、ゼロスは生まれて初めてぶち当たっていた。

 やると決めたらその場の勢いで即断即決のおっさんが、寝台の上でゴロゴロ転がる。

 まったく絵にならない光景である。


「ゼロス殿、部屋におられますでしょうか」

「ハッ!? い、いますよ。何かご用ですかぁ!?」


 一人悶えるおっさんの部屋に、城の女官が部屋の外から声をかけてきた。

 咄嗟のことで思わず声が上ずる。


「失礼いたします。ゼロス殿、貴殿にどうしてもお会いしたいという御方がおられるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」

「会いたい人? 僕に……ですか? 何だろうね」

「さぁ、私共はゼロス殿をお連れするよう、承っただけでございますから」

「そうですか。それで、僕はどこへ行けばいいのですかね?」

「私共が案内を務めさせていただきますので、後をついてきてくださればよろしいですよ」

「分かりました。では、いきましょうか。ホント、なんだろうね?」


 ゼロスは灰色のローブを羽織ると、女官の後をついていく。

 韓流時代劇でよく見られるような民族衣装の女官の後を、まるでタイムスリップしたかのような感想を抱きながら歩くおっさん。

 これがドラマだと、明らかに面倒事に巻き込まれるパターンである。

 

「どこへ向かっているんですかね?」

「政武殿でございます。そこで、ある御方が話を聞きたいと待っおられますので……」

「お偉いさんに話をするようなことなんてあったかな? 分からん……」


 入り組んだ通路を通り、各正殿を仕切る門を何度も潜ると、東大寺大仏殿のような寝殿造りの施設に辿り着く。建物の前は石畳が敷かれた広場となっており、おそらく多くの兵がここで鍛錬を行うのであろう。

 槍の的に使う藁人形や、王が閲覧するための観覧席も建てられていた。

 

「ここが政武殿となります。主に城の警備や犯罪の取り締まりを行う部署でして、数多くの将がここで鍛錬を行っております」

「治安公務の中枢ですか。なんとも色鮮やかで神殿に見えますねぇ」

「木造建築など珍しく思うでしょうが、建材にも限りがありますから。ドワーフ達の渾身の力作ですよ」

「ドワーフ……どこにでも出没しますね。働きすぎだ……」


 おそらくこの建物も、素敵なダンシングをしながら建築したのであろう。

 その光景が目に浮かぶようで、頭が痛くなってくる。

 扉を潜り政武殿の一室に案内されると、そこにはテーブルに着き険しい目でゼロスを見つめる一人の武人と、ルセイの姿があった。


「政武官長様。この御仁がゼロス殿です」

「ご苦労、下がってよい。ゼロス殿であったか? これは我が家の問題、今は官職抜きで話をする。かしこまった話し方はせぬで良いぞ」

「父上……。ゼロス殿、こちらが我が父、【ラ-フォン・イマーラ】政武大官長。その、貴殿の知っている女性の……」

「あぁ~……理解できました。つまり、もう一度あの話をしてほしいという事ですか?」

「いや、貴殿には頼みたいことがあってこの場に来てもらったのだ……」


 予想とは違った。

 こうなると、なぜか嫌な予感がする。絶対に面倒事だと確信した。


「ゼロス殿、貴殿は傭兵らしいな? そこで一つ、貴殿に依頼を頼みたい」

「犯罪以外なら受けても良いですよ? 誘拐や危険な物の運搬などは拒否しますが」

「なに、貴殿には我が娘をこの地に送り届けてほしいのだよ……。確か、ルーセリスと申したな」

「お断りします」


 おっさん、即決。


「なっ、なぜだ。聞けば邪教共の見習神官をしているという話ではないか、そんな場所に娘を置いておくなどできる訳がない!」

「……今更、どの顔でお会いする気で? 彼女は孤児として育ち、その孤児のために神官の道を選んだ。いわば自立している訳ですよ。それを会った事もない。それどころか自分の生い立ちを知って、母共々追い出した片親に会いたいと思いますかね。それ以前に、血縁関係を確認していませんが?」


 ルーセリスをアトルム皇国に連れてくるには、その事情を彼女に話さねばならない。

 彼女に話を聞かせたうえで、どう決断するかは別問題であり、アトルム皇国行きを拒否すればそれまでの話であった。


「ルセイと似ているのなら、血の繋がりがあるはずだ。話せばわかってくれるだろう……血の繋がりがある親子なのだからな」

「子供は環境に影響を受けて成長します。彼女は物心ついた時から自立を考えて生きてきた。自分と同じ孤児のため、今もその境遇にいる子供達を減らすことを目標とし、その道を自ら進んで歩いています。そこに自分の血縁者のことなんて頭にありませんよ。この場合、血の繋がりはあるは分かりませんし、あったとしても事実上は他人と同じことですね」


 片や血の繋がりを信じ娘を取り戻そうとする父親。片や冷静に状況を考察し、論理で否定するゼロス。

 二人の間に情と現実がせめぎ合う。隔世遺伝の事を知り、ラーフォンはどうしてもルーセリスと会いたくなったのであろう。

 だが、これには大きな問題が残されている事も確かである。


「血の繋がりなんて当てにできません。何しろ僕は、実の姉と殺し合う間柄ですからねぇ。血縁者だからといって親愛の情が芽生えるとは限りませんよ。そんなのはただの幻想です」

「それは、そなたの血統が薄汚れているからであろう。我等とは違う!」

「親はまともでしたよ? 生まれた娘の性根が腐っていただけです。人の考えている事なんてそれぞれに個人差があるのですから、一方的な押し付けは反感を持たれますね。ラーフォン殿の場合はかなりデリケートな問題なので、慎重に事を進めるのをお勧めします」

「しかし、我が娘が邪教徒になっているなど許せる筈もない! そんな場所に置いておけるわけがなかろう」

「邪教徒ねぇ……結局は保身のためですか? それに、まだ血縁者であると判明したわけではありません。他人の空似かもしれない。まぁ、ラーフォン殿の言いたいことも分かりますが、結論を急ぐ必要はないでしょう。まずは事実関係を調べることが重要だと思いますがね」

「うぐ……しかし」


 そもそも、今の時点では血縁関係がはっきりしていないのだ。ここで無理に連れだしたとしても良い結果にはならない。

 更に言えば、片親と会うかどうかを決める判断をするのはルーセリスにある。例え父親が合いたいと言えども、ルーセリスがそれを拒否すれば終わりの話なのだ。


「仮に血縁関係があったとしましょう。そして真実を知り、彼女があなたと会う決断をするでしょうか? 最初に言っておきますが、決めるのはかルーセリスさん自身であり、あなたではない」

「馬鹿な、儂は親だぞ! 娘に会う権利はある筈だ」

「その娘を放逐したのは誰ですか? あなたは自分の奥方を信じる事が出来なかった。状況がそれを示唆しています。残酷な言い方をしますが、この時点であなたに権利などありません」

「うぬぅ……。だが、私の立場にもなってくれ。我が一族の中に、人族の子が生まれたなど普通はあり得ぬであろう」

「旧時代では人族もあなた方の祖先と共存していたんですよ? その血が混じり、いつ目覚めてもおかしくはありません。あなたは目の前の現実に捉われ一方的に責め立てただけで、真実を知ろうともしなかった。現象には必ず理由が存在するものです」

「し、しかし……」

「ラーフォン殿、奥方がなぜソリステア魔法王国に向かったのか気になりませんか? これは憶測になりますが、おそらく人族の子が生まれた原因を調べるためではないかと思いますね。ソリステアにはイストール魔法学院がある。そこには旧時代の書籍が多く存在しますから、真実を知ろうとしたのではないですかね?」

「・・・・・・・・・・」


 そう、ルーセリスとラーフォンとの間に血縁関係があるとしたら、なぜルーセリスがソリステア魔法王国にいるのか説明がつかない。

 仮にアトルム皇国から追われるのであれば、向かう先は距離的にも近い国であるイサラス王国でも良かったのだ。わざわざ険しい山麓を越える必要はない。

 それでもソリステア魔法王国を目指した理由は何なのか、少し考えれば答えが出る。


「あなたの奥方は諦めていたわけではなかった。そう考えなければ、ルーセリスさんがあの国にいる説明がつきませんよ。まぁ、状況証拠のみので話ですがね」

「だが、その目的は達成されなかった。メイアは、志半ばで死んだかもしれないという事か……」

「それを調べる必要があるんですがね。知っていそうなの人はルーセリスさんを育てた司祭殿ですが、過去を調べたければ当事者の許可を取るのが筋ですよ。帰ってからルーセリスさんに聞いてみましょうか?」

「頼む……。もしゼロス殿の言ったことが真実であれば、私は取り返しのつかない過ちを犯したことになる。どれだけ償いをしても足りぬであろう……」

「気が重いですがね……」


 やはり厄介事に発展した。

 ラーフォンは親として娘を取り戻したかった。だが、そこには十九年という歳月が流れている。

 ルーセリスが娘だと判明した場合、謝罪を込みでできるだけのことをしてやりたかった。しかしその娘は既に自分の足で人生を歩いている。


「とは言え、何と説明したものか……。かなり難易度が高い気がするなぁ~……」

「ゼロス殿……ならば私が説明しようか? もし本当に妹なら、私が直接話をするのが筋だと思うが?」

「仮面を外したらまともに人と話せない人に任せるのもねぇ……。いまいち不安が残りますよ。素顔で直接会わないと失礼ですよ?」

「うぅ……それを言われると辛いが、私も母のことが気になっていたのだ。この機を逃すことはできない」

「仕事は良いんですか? 部隊を率いる将軍なんですよね?」

「有給休暇が溜まっているからな。この辺りで消費してもいいだろう」

「あぁ~、マジで血が繋がっているかもしれない。自分のことをそっちのけで仕事優先なところが似てるし……」


 ルーセリスも休暇を取らず、毎日治療活動にあけくれていた。

 休暇を取ったのは、孤児院の子供達が実践訓練を積むときだ。街で買い物するにも必要な物だけ購入し、よほどのことがない限り贅沢をしようとは思わない。

 マンドラゴラの収入も、子供達の食費や孤児院の運営に充てていた。結構な収益を得ているはずなのに、薬草などに利益を回し医療活動に従事しているのだ。


「とにかく、私はソリステア魔法王国に行く。真実を知り、もし可能なら母の思いを果たしたい」

「……いいんですか? ルセイさんはこの国で重要な立場ですよね?」

「かまわん。儂が許す……。東夷守護将ルセイよ、我が命によりメイア・イマーラの足跡を辿れ。真実を調べてくるのだ。これは、再び同じことが起きた場合に混乱を防ぐ目的もある」

「御意に。直ぐに出立の準備を始めます」

「いいんですかね? これ、職権乱用じゃないんですか?」

「メイアは末席とは言え皇族だ。これぐらいのことは許される」

「まぁ、僕も明日には帰るつもりでしたからねぇ。ちょうどいいか」


 ラーフォンはテーブルに組んだ両腕に額を押し当て、悔恨の溜息を吐く。

 そして、聞いてもいないのに重苦しい口調で語りだす。


「儂は……メイアを愛していた。だが、生まれてきた子供を見た時、愕然とした。まさか、人族の子供とは……」

「なぜ真っ先に浮気を疑ったんですか? 相応に地位にいる奥方といえば、勝手に外に出るようなことはできないはず。少なくとも周囲に多くの目があるでしょうし、浮気など無理だと思いますがねぇ」

「我らは今までの歴史の中で、チェンジリングなど起きたことは一度もない。それだけに信じることが出来なかったのだ……。妻を疑いたくはなかった。しかし、現実に人の子が生まれたのだぞ……。妻が他の者と関係を持ったと誰もが思い込んでしまったのだ」

「まぁ、少ないですけど人族も生活していますからねぇ。疑うのも分かりますが、冷静に対処するべきでしたねぇ」

「儂は疑ってはいたが口には出したことがない。それに、妻の態度から浮気は間違いとも思えたために悩んでおった。だが、周りが次第に騒ぎ出し……」

「あぁ~……やがて王様に伝わったのか。それで公で詰問され、責め立てられた挙句に追放……」


 メイアは皇族の分家筋であるために、常に清廉潔白が求められる。

 だが、人族の子が生まれたために不義を責められ、国から追放された。潔癖と言えるほどに皇族は厳しい戒律が存在する。

 やりすぎと思われるだろうが、元より少数民族なため裏切りは重罪となっているらしい。浮気や詐欺などの行為は人族の法律よりも罪が重い。そんな民族性なのである。


「血が濃くなり過ぎたのかもしれませんねぇ。もしかしたら、隔世遺伝が起こる可能性が高くなっているのかも……。下手をすると奇形児が生まれるなんてこともありますよ」

「古き血が、目覚めやすくなってきておるというのか?」

「医学は専門外なので詳しくは分かりませんが、これが始まりだと思ったほうが良いでしょう。今の内に法律を変えないと孤児が増え続けますね。生まれれてきた子供を殺すわけにもいかないでしょうし」

「いくら人族を毛嫌いしているとはいえ、そこまで外道ではない。なぜこんな事になったのか……」

「生命の神秘ですからねぇ。こればかりは自然の理の中ですんで、どうしようもない。酒でも飲みながら胸の内を聞きましょうか? 誰かに話せば、多少は楽になると思いますよ」

「……そう、だな……。少し、付き合ってはくれぬか……?」


 無知から引き起こされた悲劇。

 地球で得た知識を持ち合わせるゼロスは別としても、原因を知ってしまったラーファンは罪悪感に苛まれる。こればかりは自然の引き起こす現象なので同情することしか出来ないだろう。

 何にしてもゼロスはラーフォンの後悔の念を、共に酒を飲みながら聞くしかなかった。

 翌日、ゼロスとルセイはこの国を出て、一路ソリステア魔法王国に帰るのであった。

【廃棄物十三号】で……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


 その頃、サントールの街では、増える孤児たちのために設立された孤児院ないで、初老の女性司祭が酒を飲みながら書類に目を通していた。

 メーティス聖法神国のからソリステア魔法王国に派遣された上級司祭であり、司祭とは思えぬ放蕩ぶりから僻地に左遷された経歴を持つ女傑。メルラーサ司祭長である。

 傍らには同じく派遣された数人の司祭がいるが、基本的に今の四神教に不満を持つ者達が多く、島流し同然に他国に布教活動として送られた。

 そのほとんどの神官達は本国でもあるメーティス聖法神国に戻る気はない。ソリステア魔法王国の方が居心地が良かったからだ。

 とりわけこのサントールの街は快適で、すでに結婚もしている者達も出る始末である。

 そうした神官達の代表的な存在が、このメルラーサ司祭長で会った。


「んで? 次の書類が……ふむ、孤児院という名称が差別的だから、養護院に変えることを命ずる……か。デルサシス公爵だね。差別も何も、今更じゃないのさ」

「そうですよね。孤児院の呼び名を変えたところで、いまだに迫害を受けている子供達はいますから……」

「まったくだねぇ。まぁ、あの公爵様はマシな方さぁ~、孤児院に運営資金を送ってくるし、中には多額の寄付金で援助している謎の人物もいるしねぇ。世の中も捨てたもんじゃないさね」

「西地区の教会にも、薬草の栽培を教えてくれた方もいるらしいですし、善意の方はいるものですね」

「魔導士らいけどねぇ……。まぁ、うちも助かってるのは確かだねぇ」


 サントールの街にある四か所の教会。時代に合わせ建築され年代は異なるが、多くの孤児達を擁護する施設として使われていた。

 この教会は四神を祭る施設ではなく、土地に由来する土着信仰のものであったが、メーティス聖法神国の政治的な圧力に根負けし貸し出されたものだ。

 元より多くの孤児や浮浪者に多少の施しをしていたが、人手不足で手が回らない状況であった。四神教の神官は布教活動を許される代わり、この施設と孤児達の面倒を見る契約が取り交わされている。

 要は『信仰を広げたければ、善行を施せ』と、公爵家の意向により押し付けられたといっても良い。

 孤児や浮浪者の支援活動は公爵家から送られてる資金で行わなければならないが、メーティス聖法神国に送る献金は自分達で稼がねばならない。神官達の稼ぎはケガや病に苦しむ人達に治療する医療活動のみであったのだ。だが、薬草などの購入にも金が掛かるわけで、内情は火の車であった。

 最近になって始めた薬草栽培は、各孤児院――もとい養護院でも行われ、生活も楽になってきている。


「さて、今夜はここまでにしておこうかい。あまり夜更かしをすると、明日に響くからねぇ」

「分かりました」

「明日も早いからなぁ~。この歳で畑仕事は辛い……」

「腐抜けた事は言わない。あの薬草で助かる人たちがいるのですよ?」 


 神官達は未だに慣れない畑仕事に苦労しているが、少なくともメーティス聖法神国にいる時より充実した日々を送っている。誰かのために善行を行う確かな手応えを感じていた。

 彼らは敬虔な人道主義者なのである。


「ふぅ~……。んじゃ、もう少し飲むかねぇ~。ツマミ、ツマミっと……ん?」


 机の引き出しを開けてツマミを取り出そうとしたとき、奥から銀の首飾りが出てきた。

 それを見た時、メルラーサ司祭長は少しだけ悲しい目を向ける。


「……そろそろ、あの子にも教えてやるべきまねぇ。母親の事を……」


 初老の司祭長は首飾りを眺めながら酒を注ぐと、静かに飲み干した。

 ルーセリスを託された過去に思いを馳せながら――。 

 

  

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