おっさん、なぜか城に行く
ソリステア魔法王国国都、【フォートラーン】。
円形をした防壁に囲まれた魔法防衛を中心とする要塞都市だ。
中央に築かれた城、【フォートラーン城】は最近改築工事を終えた城であり、白い壁と巧みな建築技術から【白翼城】と呼ばれ観光名所としても名高い。
しかしながら、いくら芸術的な美しい城であったとしても、ここは政治の中枢である。
同時に王族が住まう居城であり、日々政務や厄介な政治争いが繰り広げられている。
そんな城の一室に大臣や有力な貴族達と、この国の王である【アルハント・ルド・クラウソラス・ソリステア王】が集っていた。
「ふむ……古代都市は利用可能であるか。まさか、生きている古代都市が存在するとはな……」
「この都市は交通の要となるでしょう。ですが陛下、これは些か厄介な事にもなりますな」
「うむ……。メーティス聖法神国が難癖をつけてくるでしょう。例えば、『この都市は神の加護によって守られた聖域であり、我らに正当な権利がある』とか」
「奴等なら言いかねんな。何でもマルトハンデル大神殿が崩壊したとか……これを機に国都を移動させる口実にするかもしれません」
「だからと言って、貴重な魔導の聖域を奴等に委ねる訳には参りますまい。遺跡から回復魔法を発見するたびに、奴等に接収され続けてきましたからな。軍事力が低下していても、未だ奴等の戦力は高いですし……」
現在、王族を含めた貴族や大臣たちは、古代都市イーサ・ランテの利用価値について話し合っていた。
魔法を研究する魔導士達にとっては宝の宝庫であり、各小国と同盟関係を築いている国としては貿易の重要なかな中継地点である。しかもギリギリ国内に存在しているので、手放すつもりはない。
だが、メーティス聖法神国は未だに軍事力はソリステアよりも多く、戦争になれば多くの犠牲が出てしまう。国力の面ではメーティス聖法神国が上なのだ。
「難癖をつけて国土を広げてきた国であるからな、それもありうるじゃろう。ソリステア公爵、おぬしはどう見ておる?」
「奴等は動かないでしょう。いえ、正確には動けないというのが正しいでしょうな。兵力は向こうが上でも、奴等には決定的な弱点があります。私が用意したお手元の資料をご覧ください。その意味がよくわかります」
「弱点? ふむ、これか……。なんとぉ!?」
「こ、これは……」
デルサシスはこの手の会議に参加する事はあまりないが、重要な案件には必ず出席する。
彼の情報網はソリステア魔法王国にとって重宝されており、国に忠誠を示す姿が貴族の模範として捉えられていた。そして、今回出席したのも国に知らせねばならない情報があったからに他ならない。
その情報とは、イーサ・ランテでクレストンが知り得た情報を纏めたものであった。
勇者召喚による弊害で世界の滅亡寸前であったことや、既にメーティス聖法神国が勇者召喚を行えなくなったこと。更に地震の被害により国内は壊滅な打撃を受けていた事など、事細やかに記載されていた。
また、中には四神の正体にも記載されており、この情報はゼロスがイストール魔法学院で調べ物をしていた書籍を割出し、デルサシスの配下が調べさせた内容であった。
「四神が……代行神? この世界の主神ではないのか?」
「調べた限りでは、邪神と呼ばれる存在がこの世界の正当な神で、四神はその神の眠りを見張る役であったようです。四神は世界を管理する気がない。なぜなら勇者召喚を容認していたのですからな」
デルサシスは淡々と真実を語る。
四神が世界の管理を任された神であるなら、勇者召喚は世界を滅ぼしかねない危険な魔法儀式を使うはずがない。その召喚を四神は何度も利用させていた。
明らかに私的流用であり、その所為で1500年後には、この世界が滅亡する寸前だったのだ。
その危機は偶然に回避されたのが救いであるが、真実はあまりに衝撃的内容であった。
「ま、まさか……四神教の勇者召喚が、世界を滅ぼしかけただとぉ! これは、大丈夫なのか?」
「信じられん。しかし、これで我等の優位性が上がりましたな」
「待て、奴等はシラをきるのが得意だぞ? このまま素直に認めるとは思えん」
「旧時代の知恵者はさすがだ。遺跡内に真実を隠すなどと……」
「それだけ追い詰められていたのであろう。奴等は敵に容赦がないからな……」
「資料にも書かれていますが、あの国は現在、大規模な震災に見舞われ経済が破綻しかけている。とてもこちらに攻め込める余裕はないでしょう」
貴族や大臣達はもたらされた情報に驚愕しながらも、同時に四神教の国であるメーティス聖法神国を追い落とす策ができたことに喜んでいた。それだけ横暴な態度が彼等を苦しめていたのだ。
特に神聖魔法。この場合は回復魔法と言えばよいか、人の傷を癒すことができる魔法は神官しか使えないと言われていたが、それが間違いだと知り光明が見えた気がしていた。
神官による治療費は薬師の治療費よりも高く、一般の民にはとても払いきれる金額ではない。
だが、魔導士も回復魔法が使えると知ると優位性は失わたも同然である。勇者も召喚できないとなれば後は国の戦力差だけであった。
「旧時代の技術は素晴らしいが……危険であるな」
「陛下もそう思われますか。ですが、老朽化が酷く、迂闊に調べられないゆえに封印したと我が父が申しておりました。今の我々が調べたところで何も分からないでしょう」
「それほどの技術か。だが、愚か者はどこにでもいる。危険と分かっていても手を出す者はおろう?」
「かつての時代と同等の英知を我々が持たねば、あの遺跡を調べる事は叶いますまい。今は街として利用することを優先したほうが良いですな」
「学者の育成が急務か……。さて、次の議題に移ろう。イサラス王国とアトルム皇国への外交はどうなっておる」
「ハッ! 申し上げます。現在外交により、イサラス王国への援助と同時に採掘される鉱石の価格を査定中。採掘される鉱石の質も相応に高く、輸入も視野に話を進めております」
外務大臣が近況を報告する中、デルサシス公爵はクレストンの報告で知ったイーサ・ランテの状況に頭を痛めていた。
自分の領地に近い遺跡だが、街として利用する以上は領主を決めねばならない。
しかし、この宝の宝庫ともいえる街を収められるような領主はおらず、下手な人選を行う訳にもいかない。万が一旧時代の遺物を利用しようと野心を抱かれイーサ・ランテを占拠されれば、強大な軍事力を相手にしなくてはならなくなる。封印されているとはいえ、どこに抜け穴があるとも限らないのだ。
「暗部によれば、イサラス王国は我が国に攻め入るつもりであったらしいな? その辺りの話はどうなっておるのだ?」
「そもそもあの国が侵攻を企てたのは、痩せた土地で作物が育たず、食料の供給に難があったためでございます。ですが、アトルム皇国と我が国からの援助、並びに鉱石の売買で多額の予算が取れると予想されますので、馬鹿なことは考えますまい」
「幸いメーティス聖法神国は経済が破綻しかかっておる。これは事を進めるのに好機であるな……。だが、追い詰められた国は何をしでかすか分からぬ。慎重に当たれ」
「御意に」
国同士の戦など割に合わない政治である。
軍備に予算が掛かり損害において違約金も払わねばならない。兵士一人当たりの家族に支払う金額も馬鹿にならず、必要な物資には国家予算の殆どが使われてしまう。
国の兵士の殆どが国境の砦に集中し、その維持費に毎年莫大な資金が費やされているからだ。
その仮想敵国が【メーティス聖法神国】であった。
神官は魔導士を毛嫌いし、勇者の戦力は正直頭の痛い問題だったのだが、勇者の中には亡命を希望してくる者達がいたことも確かだ。中には潜伏し続けている勇者達もいる。
「メーティス聖法神国は終わったな。同盟国の中には攻め込む国もあろう」
「問題は、我が国がいつ攻め入るかですな。少なくともアトルム皇国やイサラス王国と共闘せねばなりますまい」
「イサラス王国は豊な土地が欲しいでしょうからな。恩を売っておけば、こちらとしても有益になりましょう。ただ、不確定要素があります」
「うむ……奴等が秘密裏に探している【邪神】と【転生者】か。邪神はともかくとして、転生者の存在が分からん。勇者よりも強いとのことだが、何者なのだ?」
「報告では、異世界の神々に送り込まれた者達となっているが、詳細が不明だ」
情報を収集する暗部の仕事ぶりというより、デルサシスの情報網が凄まじかった。
メーティス聖法神国の上層部しか知らない情報をなぜか既に手にしているのだから、彼の情報網は信じられないほど広いことになる。その気になれば世界を手にできるほどの才覚だ。
だが、彼はそんなものを望まない。仕事と女が生き甲斐だからだ。
「少なくとも敵ではありますまい。既に転生者と思しき者達は確認できておりますゆえ、彼等の周りを調査しております」
「おぉ……さすがはデルサシス公爵。既に動いておりましたか」
「分かっている事は、彼等はこの世界で生きる場所を探しているように思えますな。そして、四神に対して激しい怒りを持っております。敵対する事はまずないでしょう」
「四神に対して怒りを? なぜ……」
「ある者を調査していたところ、酒場で四神が邪神を彼等の世界に送り込み、そのせいで自分が死んだと言っていたとか。泥酔した者の戯言かと思ったのですが、別件で似たような報告が幾つかありましたな」
「偶然ではないと……。う~む……事情が分からんな」
正体不明の連中が好き勝手に動いているのは不気味だが、少なくとも敵対意思がないだけが救いである。
「彼等の殆どが我が国に対して大きな利益を与えていますからな、今は様子を見ていた方が得策。転生者に対して少し心当たりもありますので、私が直接に聞いてみる事にしましょう」
「なんと!? 転生者に心当たりがあるのですか?」
「事情が分かればこちらも手が打てる。さすがは我が国の知将、何と心強い事か」
デルサシスは政治家としても優秀だが、商人としての顔がある。
敵対者は容赦なくつぶす冷酷な面もあるが、味方や協力者には多大な恩恵で報いるので周囲の信頼は厚い。それだけに彼に協力する者が多い。
彼は勝てない戦いは絶対にやらない。そして、勝つためにはどんな卑劣な手段も厭わないのである。故に敵対側は彼を恐れる。
「なに、お互いにビジネスの話をする程度の関係だ。相応の利益を与えれば、少なくとも敵対される事はないですからな」
涼しい顔で王侯貴族の前で言い切るデルサシス。内心では『ゼロス殿はおそらく転生者。事情を知るには直接聞いたほうが良いだろう。確か、ライスで作った酒を探していたな……』などと考えていた。
もしゼロスがこの場にいれば、『アンタ、何者だぁ!』と言ったことだろう。
「では、次の問題に取り掛かろう。この後、他国の使者と会食があるのでな」
「そうですなぁ、陛下。では、続けます。次の議題はあの国から出回ってくる【書籍】の規制について」
「「「「 アレは徹底的に排除すべきだぁ、教育に悪い!! 」」」」
満場一致で意見が見事にハモった。
やはり薄い本は問題視されていたようである。
「しかし、中にはあの書籍を愛読している者もおり、売り上げも急増しています。各書店も収益が向上しているようで、経済に少なからず影響が出ますな。撤廃するには何らかのテコ入れが必要になるかと」
「せめて内容を何とかせねば、幼い子供達にどんな影響が出るか分からん! 我が娘もアレに……」
「安価で本が手に入るのがマズい。税をかけて金額を上げるか?」
「待て、あの手の書籍はやりようによって芸術の可能性がある。内容を制限し、絵師に表現方法を変えさせるべきだ!」
政治よりも薄い本の内容を変える議論の方が白熱した。教育のことを考えれば当然だろう。
王族を含めた政治に携わる者達が頭を痛めるほど、人心に多大な影響を与え始めていたのだ。それは貴族内にまで浸透し波紋を生んでいる。
長い議論の末、流通経済規制部所の設立が決定され、有害指定の薄い本は年齢制限を設ける事で販売する年齢を限定し、幼い子供達には手の届かないよう法案が可決された。
これにより法を破れば書店は多額の罰則金を支払わねばならず、書店も普通の書籍と売り場を分けるようになる。
この政策は他国も真似をし始め、結果として漫画に節度ある表現方法を求められるようになり、メーティス聖法神国の経済を徐々に圧迫していく。
また、この薄い本に影響を受けた者達はやがて独自に出版活動を始め、どぎついエロを排したオリジナル作品が市場に溢れ出す切っ掛けとなった。表には出ないがかなりの論争が巻き起こったらしい。
やがてこれが【コミケ】に発展していくことになるのだが、その経済効果は意外なほどに高く、しかも内容がより洗練され名作と呼ばれる作品も次々と生まれることとなる。
その効果により、メーティス出版の売り上げは更なる大打撃を受け、内容を蔑ろにしたエロ書籍は次第に廃れてゆく。要は漫画家が画質とストーリー性を追及するようになったのだ。
欲望の丸出しでストーリー性の皆無な薄い本から、次第に読者が離れていく。
規制が厳しくなることで多くの名作と呼ばれる漫画が世に送り出され、これがエンタメの萌芽となるのは、まだ先の話である。
この場にいる王侯貴族達もこの時は、こんなくだらないことで経済制裁ができるとは思ってもみなかった。
後から考えれば結果オーライだったわけで、彼等はその報告を聞いたとき全員でサムズアップをしたという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アトルム皇国の城でもある【シューラス城】。その石畳の上を、勇者達と共に歩いているゼロス。
場違いな場所にいることは自覚しているが、一般人のゼロスが国に仕える将軍の申し出を断ることはできない。要人警護で訪れている以上はこんな事もあると納得はしていた。
「なぜ、僕は洋風とも中華とも、ついでに和風ともつかない城の中を歩いているのだろうか……」
それでも思わず口に出す疑問だが、これは事情聴取を受けたからである。しかしなぜか解放されない。
この城は複数の建物で分割されており、それぞれが内政や防衛・政務の仕事を行うために分かれていた。無論王族が住まう後宮や王と謁見をする内宮もあり、敷地面積が分からないほど広い。
山水画を思わせるような庭園横の回廊を進み、前を歩く女給に案内されるがままに歩き続けていた。
ちなみにイルハンス伯爵は着いた早々に分かれ、現在は交渉の真っ最中であろう。
ただ護衛を頼まれただけの自分が、どういう訳かこの場にいるのはおかしいとおっさんは考えていたが、流れには逆らえずただ言われるがままにきてしまった。
「どうして僕は、こんなところまで来てしまったのだろうか……」
ただの護衛であったはずなのだが、城に招き入れられるとは思ってもみなかった。
これで王との謁見があるなんて言われたら、ストレスで胃に穴が開く自信がある。今もストレスで腹の辺りがキリキリ痛む。
だが、一番ストレスが溜まっているのは勇者達であろう。
彼等の表情は蒼ざめ、まるで病人のようである。よほど厳しい事情聴取を受けたと思われる。
幸いアトルム皇国は人道的で、拷問などは一切行わなかった。勇者達も知っていることは包み隠さず話し、メーティス聖法神国の情報をルーフェリア族に全て伝えていた。
ゼロスも知っている事も彼等に伝え、今後の政策に少なからず影響を与えるだろう。
「ルセイさん。僕達はどこへ向かっているんですかねぇ?」
「ん? それは貴殿らが滞在できるように部屋を取り計らったからな。その部屋にまで案内しているのだが?」
「いや、勇者達はともかくとして、僕はどこかの宿に泊まる事ができればいいと思っていたんですけど……」
「何を言う。ゼロス殿のおかげで我等の被害は最小限に抑えられたのだぞ? 死者が出ない戦いなど今までになく、更にケガ人を治療してもらったのだ。我等には多大な恩がある」
火縄銃の攻撃で負傷した兵達を回復魔法で治療をして回ったおっさんは、なぜかもの凄く恩を抱かれてしまった。本人が忘れるほどの些細なことなのだが、治療を受けた者達から見れば恩人である。
しかも治療費すら受け取らないともなれば、はた目には高潔な魔導士と思われ尊敬の念を集めてしまう。
ゼロスはただ仕事を早く終わらせたかっただけで、そこに優しさや労りといった感情はない。
小さな親切程度のものがこの現状を生み出してしまったのである。
「そこまで恩を感じなくともいいんですがねぇ。明日には少し観光してから、街を出ようと思っているんですが」
「そ、そうなのか? いや、それでも恩を受けておいて不義理なことはしたくない。これは我々の誠意だ」
「そうですか……。誠意なら受けねばなりませんね」
例え大した理由もなく回復魔法を使ったとしても、その治療を受けた者がどう思ったかは別問題だ。
純粋に感謝の念を抱かられると、なかなか断り辛いものである。
だが、それはゼロスの立場という話であり、戦いを仕掛けた勇者達は不安を隠せないでいた。
一人再起不能な少女もいるが……。
「……」
「彼女は、事情聴取の最中もあのような様子だったらしい」
「ですよねぇー……。酷い失恋をしたよう……おや?」
――タッタッタッ……。
誰かが後ろからくる気配にゼロスはなんとなく振り向くと、一人の少年が必死の形相でこちらへ向かって走ってきていた。見た限りでは日本人のようである。
勇者達もその気配を感じたのか振り返ると、今走ってくる人物は彼等の良く知る人物であった。
「……卓君?」
「「「「……風間(君)?」」」」
死んだと思われていた勇者、【風間 卓実】その人であった。
佳乃の傷心の原因が、空気を読まずに向こうから近づいてきていた。
だが、よく見ると後ろには何やら豪奢な衣装を着た銀髪で白い羽を持つ幼女が、巨大な戦斧を持って飛行し追いかけている。風間君は必死に逃げているようだった。
「うふふふ……まちなさぁ~い♡」
「あはははは……俺を捕まえてみなぁ~って、ひぃ!?」
「「「「「「 いや、普通は逆でしょ……。なに、この昔風ラブコメ修羅場 」」」」」」
勇者を含めた全員がつっこんだ。
卓実は振り回される戦斧をかろうじて避けると、必死な形相を浮かべ全速力で直線の回廊をひた走る。
「ル、ルセイさん……あの女の子は?」
「彼女側が国の第二皇女で、名を【ラシャラ・イール・アスーラ―・アトルム】という。信じられないだろうが、あの外見で私よりも一歳年上だ」
「「「「「 マジでか…… 」」」」」」
異世界の神秘。見た目はどう見ても十歳前後の幼女。
銀色の髪の美しい天使を思わせる少女が、あどけない笑みを浮かべながら戦斧を振り回し、一人の少年を追いかけまわしていた。
だが、彼女は決して幼女ではない。成人を迎えた立派な大人なのだ。
「私という者がありながら、年端もいかなない幼女に目を奪われるだなんて……。その腐った性癖を矯正して差し上げます」
「ハハハ……もしかして嫉妬? 本当に可愛いなぁ~。そんな君だから俺はぞっこんLove、虜になっちまうのさぁ~Baby」
「何度もそのような言葉で誤魔化されるほど、私は初心ではありません! 覚悟ッ!」
バカップルの痴話喧嘩であった。しかし、その喧嘩はやけに命懸けである。
ラシャラは巨大な戦斧をぶん投げると、凄まじい回転と勢いで卓実の背後から迫る。とても見た目が少女の体から繰り出される力ではない。
「うおぉ!?」っと、卓実は某映画張りに背中を逸らして避けると、戦斧はそのままの勢いで角の壁に突き刺さった。あり得ない威力である。
戦斧の攻撃に気を取られている隙にラシャラは飛行速度を加速させ、卓実に高速でSLCダイブを敢行した。その勢いは止まることなく卓実ごと回廊先の壁に叩きつけた。
「バルバスバウゥッ!?」
「ようやく捕まえた……。仕方がない旦那様ね、あんな年端もいかない子供達に劣情するなんて……」
「ご、誤解だ……単に、君との間に出来る子供は、元気がいいほうが良いなぁと思っていただけだよ」
「そ、そんな言葉で誤魔化されませんよ。どうしてあなたはそんなに節操がないのですか! そ、それに子供なんて……(ゴニョゴニョ)。言っておきますが、ど、動揺している訳ではありませんからね?」
『『『『『『 ツンデレかよ……。しかも、めっちゃ動揺してんじゃん 』』』』』』
壁に戦斧が突き刺さっていなければ、見た目には近所のお兄さんと戯れる小学生。
だが、実際は姉さん女房であった。世間的な目を見ても犯罪臭がハンパではない。
「ラシャラ殿下……のろけるのは周囲を確認してからにしてくれませんか? 見ていて凄く恥ずかしいのですが……」
「あら? ルセイ、いたのですか? 少し待ってください。今、旦那様を調ky……お仕置きしてから話を聞きます」
『『『『『今、さらっと調教って言おうとしたぞ? この姫さん、見た目より過激だ……』』』』』
卓実君はどこかの鬼娘に追いかけられる学生のごとく、ラシャラの尻に敷かれているようであった。
だが、彼は筋金入りのロリである。そして紳士である。
合法ロリには手を出しても、正真正銘本物のロリには手を出さない。
普通に考えて、手を出したら犯罪者ではあるが、彼が常識を弁えていることは幸いであろう。
「か、風間……お前………マジか? マジなのか? ガチでロリコンじゃねぇか……」
「よし! 俺にもチャンスがある。風間、お前の性癖に感謝……したくねぇ!」
「風間君……君、本気で変態さんだったんだね」
「嫌ぁ……こんな人とクラスメイトだったの……?」
「ふむ……新たに捕らえた勇者ですか、確か今日この城に来る予定でしたね。ですが、今はこちらが優先です。さぁ旦那様、覚悟はよろしいですか?」
「あれぇ~? ここは他の皆に目を向けるんじゃないの? そして、なんでみんな俺を白い目で見てんの? 久しぶりに会ったんだから助けてくれてもいいよね?」
「「「「無理。だってお前、真正のリア充のロリコンだし……」」」」
幼女の敵は社会の敵だった。それが例え紳士でも、いつビーストにモードチェンジするか分からない。
『疑わしきは差別せよ』。これは、常識のある者が少なからず判断する一種の集団心理だった。
「助けはきませんよ? ここは覚悟を決めて、おとなしくお仕置きされてくださいね、旦那様♡」
「だ、誰か助けてぇ――――――――――――――っ!!」
「待って!」
「よ、佳乃? お願い、た、助けて……」
「誰ですか、あなたは……?」
卓実のピンチに待ったをかけた佳乃。
目元は髪に隠れ見えないが、ただならぬ気配が彼女の体から滲み出している。
「私は、姫島佳乃。そこにいる卓君の幼馴染です」
「その幼馴染が夫婦の問題に口を出すのはどうしてでしょう? あなたには関係のない事です」
ラシャラは相当に嫉妬深く、佳乃に敵意を見せている。
特に胸元辺りを凝視しているところを見ると、背が伸びない事を気にしているのかもしれない。
「そうですね……今となっては関係はないですね。ですが、卓君には私も言わなければならない事があります。そして、そのお仕置きに私も参加させてください!」
「「「「「 ハァ!? 」」」」」」
佳乃を除く全員が困惑した。
卓実を助ける気はまったくなかったようだ。それどころか率先して折檻に参加しようとしている。
そして、その理由には心当たりがあり過ぎた。
「卓君……以前、卓君の部屋で見かけた幼女写真集……。あれ、お兄さんの物じゃなくて卓君が保管していたんだね? まさか、幼女趣味だったなんて……おじさん達が知ったら泣くよ?」
「いや……本当にアレは俺のじゃ………」
「嘘ついても分かるよ……。卓君は、本気で焦るとお尻を掻く癖があるから」
「マジで!? あっ……」
卓実が自分の手を確認したとき、これが佳乃の誘導尋問であることに気づいた。
昔からこうやって嘘を見破られてきたのだ。写真集が見つかったときは途中で母親に呼ばれたために嘘とバレなくて済んだが、今度ばかりは誤魔化しようがない。
「卓君……アレは、普通に考えたら違法だよね? 所持しているだけでも罪に問われるほどの……」
「風間の奴……どこでそんな本を手に入れたんだ?」
「できれば購入ルートを教えてほしい……。裏物は見てみたい」
神薙君と坂本君は興味津々。だが、購入ルートを知ったところで意味はない。ここは異世界なのだ。
「まさか、卓君が年端もない女の子にしか興味がない人だったなんて……。その腐った嗜好を叩きなおして、真人間に戻してあげる」
「ちょ、佳乃ちゃん? 助けてくれるんじゃないのぉ!?」
「あんな……酷い別れ方をした後に、自分だけが幸せになってたなんて……。それも幼女……少しお仕置きした程度じゃ収まらないよね?」
「私は、子供ではありません! ですが、性癖に関しては同感です。不本意ですが、お仕置きに参加されても良ろしいですよ……」
「ありがとうございます。それじゃ………覚悟はできた?」
「二人とも、何でそんなに素敵な笑顔で……。は、話せばわかる……」
「「問答無用」」
そして始まる凄惨なお仕置き。合法ロリと勇者の『オラオラ』は、風間少年を徹底的にボコり倒す。
片や失恋。片や嫉妬。二人の娘達による折檻は、紳士を情け容赦なく責め倒した。ロリコン死すべし。
「惨い……。気のせいか、二人の背後にス〇ンドが見えますねぇ。手に包丁を持った、額に二本の角があるやつですが……。いや、アレは式神か?」
「ゼロスさん……ソレ、普通に般若だろ。俺にも見える気がするけど……」
「風間……哀れな奴。アイツの魂は食われ、未来永劫に封印されるんだろうなぁ……」
「僕達は、あんな風にならないようにしようね。ゆかりちゃん」
「うん……」
「アァ――――――――――――――――ッ!! あっ♡」
「「「「「 今、なんか変な扉を開きませんでしたかぁ!? 」」」」」
卓実は、どうやら開いてはならない真理の扉を開いたようである。
【魔導士勇者】→【ロリコン勇者】→【ロリコンM紳士勇者】と凄まじいマイナスジョブチェンジだった。
いや、元から別の意味で勇者だった。鑑定してみると、彼のスキル【痛覚耐性】はMaxである。
『痛覚耐性って、痛みが快感に変わるのか? それがMAX状態……やばくね?』
彼は殴られているのに次第に表情が恍惚となり、痛みは悦楽と変わっていく。
これは危険だと悟ったおっさんは、二人を咄嗟に止めには入る。
「ま、待ちなさい。佳乃さん……。これ以上は彼にとってご褒美だ。見なさい……この幸せな表情を」
「にょろにょろ……いや、スベスベとプニプニした手が、俺をかの地へといざなう……。こ、これが……ヘヴン……♡」
「そ、そんな……。卓君がここまで変態だったなんて……」
「風間の奴……Mの聖域に足を踏み入れたか。扉は開かれてしまった。にしても……」
「姫島さん! そんな変態は捨てて、俺と幸せになろう! そいつは俺達に任せてくれ」
「神薙君……君、めげないんだね」
痛みに快感を覚えるようになった勇者の傍らに、蒼い顔をした幼女――もといラシャラが、凄くばつの悪い顔を浮かべていた。
一言も口に出してはいないが、その様子から『ヤッベェ~、やりすぎたか?』という心境が窺える。
だが、予想の斜め上を行くジョブチェンジを果たした卓実を許せない者がいた。神薙悟と坂本康太である。
二人は卓実の襟元を掴み、彼を引きずりながら、これから戦地へ赴くような表情で歩き出す。
向かうは庭園に建てられた庵の裏である。
「風間……ちょっと向こうで話そうか。拳で……」
「お前には人権はない。幼女趣味なんて犯罪だろ。なんで、こんな奴がモテるんだ……」
「お、俺は男と拳で語り合う気はないけど? ちょ、マジで痛いんだけど、引きずるのはやめてくれないかな? それと、男に殴られる趣味は……気持ちよくないし」
「「女にな殴られて快感なのかよぉ、どこまで堕ちたら気が済むんだぁ!!」」
「あぁ……また二人、私の魅力に捕らわれたものが……。美しいとは罪ですね」
『『この合法ロリ姫……見た目と違い、意外に図々しいな……』』
勇者二人の心の声はシンクロした。確かに見た目は可愛いが、どこか性格に問題がありそうだった。
だが、そんな合法ロリ幼女を見て、ゼロスは首をかしげる。
『なんか、この子と初めて会った気がしないな……なぜだ? あっ……』
気が強そうな目と、背中まで伸ばした銀髪。その印象からなぜかルーセリスの顔が思い浮かぶ。
だが、決して瓜二ついう訳ではない。ラシャラには気位の高さが窺え、身に纏う雰囲気がまるで違う。
そしてルーセリスは普通の人間である。ラシャラやルセイのように翼があるわけではない。二人の顔立ちが似ているだけで、妙な郷愁感を錯覚しただけだと納得させる。
『ひと月近く会っていないからなぁ~。癒しが欲しいのかもしれん』
考えてみれば、護衛依頼を受けた時も工事現場に連行された時も、周りは岸かガテン系の男達ばかりであった。知らず知らずのうちに癒しを求めていたのかもと一人納得する。
「ラシャラ様、客人の前であのような事はおやめください。せめて見えないところでなら構いませんが……」
「なに? ひょっとして、羨ましいのかしら?」
「我が国の恥になると言っているんです! 国賓の護衛の方もいるのでぞ? 少しは自重してください」
「ふぅ~ん……。ところで、好みの殿方はいたのですか?」
「何ですか、いきなり……。私は仕事で護衛任務を受けたんですよ? そ、そんな暇があるわけないではないですかぁ!!」
「なぜ焦っているのかしら? もしかして、気になる殿方を見つけたとか?」
「な、ななな……何を言っているんですかぁ! いくら姫でも許しませんぞ!?」
『あぁ~……なんか懐かしい。ジャーネさんもこんな感じだったなぁ~』
しばらく二人に会っていないゼロスは、無性に会いたくなっていた。それが年の離れた女性に対しての恋心かどうかは定かではない。
ジャーネ達はイーサ・ランテの戦闘後にサントールの街に帰り、それ以降は男共に囲まれていたのだ。そろそろ華がない生活にもうんざり気味である。
目の前の二人を見ていると、なぜかルーセリス達を思い出す。
「そう言えば、『自分より強い殿方以外は夫と認めない』っと、以前に言っていましたね? そこの方は条件に当てはまるのではないですか?」
「な、なにを言っているのですか! 私は結婚をしたいなどと……」
「思っているわよね? その恥ずかしがり屋な性格を何とかしないと、婚期が遅れる一方よ?」
「うぐ……だからと言ってゼロス殿と……。(自分はギリギリ勝ち組になったからと偉そうに……)」
――ギュピ―――――――――ン!!
ラシャラのモノア――もとい、目が異様な光を放った。
そして、小柄な体とは思えない異常な速度で、ルセイの着けていた仮面を奪う。
まさに一瞬。電光石火の早業だった。
「ルセイ……そういう言葉は、人の顔を素顔で見ることができる人が言うセリフですよ? 相手の顔を直視できないあなたが言うのは、些か無礼じゃないかしら?」
「えっ? あっ……あぁ―――――――――――っ!?」
素顔をさらされた瞬間、ルセイの顔は一瞬にして真っ赤に染まる。
極度の人見知りとか、そういったレベルではない。
既に彼女はパニック状態になり、『あひゃ、あうあう……ひゃえひれ』と、ろれつが回らないほど慌てていた。
表現的に言えば、両目が渦巻きになっていると言えばわかりやすいだろう。そこに武人としての高潔さはどこにもない。
「ゼロス殿でしたか? こんな彼女ですが、妻として迎えてくれま……ゼロス殿?」
ラシャラは言葉を続けようとしたとき、ゼロスの様子がおかしい事に気づく。
その顔に浮かぶのは驚愕。そう、ルセイの素顔は彼の良く知る人物と瓜二つであったからだ。
「ル、ルーセリスさん……?」
おっさんが呆然と呟くその一言に、ラシャラは怪訝な表情を浮かべたるのであった。