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おっさん、アトルム皇国に着く

 暗雲が立ち込める空。

 稲妻が轟き、雨が激しく降りしきる中、ソレは空から地上を見下ろしていた。

 不気味に蠢く巨大な肉塊。のちに邪神と呼ばれる正体不明の生物であった。

 形はまるで臓物で作られた醜悪な人の頭部を思わせる。

 その真下には数万は超す鋼の軍団が立ち塞がり、激しい光が肉塊に向けて撃ち出されていた。


 足が六脚ある鋼の魔導戦車と、轟音を響かせて飛行する戦闘機。

 攻撃する武器の全てが魔導技術の粋を集められて作られた究極の武器だが、邪神の前では何の意味もなさなかった。見えない壁に阻まれ、ミサイルも砲弾も貫く事が出来ない。

 肉塊は巨大な口を思わせる開口部に膨大な魔力を集め、強大な破壊力を秘めた光を撃ち放つと、地上にいる鋼の軍団は一瞬にして炎の中に消滅させた。

 それは一方的な戦闘であった。いや、これを戦いとは呼べない。蹂躙である。

 ゾウが地面にいるアリを踏み潰すかのように、この巨大な肉塊は地上の軍隊に対して無慈悲な殲滅を行っているのだ。悪夢である。


 大地は炎が吹き荒れ、その炎と熱で発生したファイアーストームが地上にいる兵士達を呑み込んでいく。

 武器を使い果たした戦闘機は体当たりを敢行して爆散。何とかして侵攻を止めようと必死に食らいつくも、戦う兵士達を嘲笑うかのように何事もなく邪神はそこに存在していた。

 悲痛の思いや決意すら虚しく、兵士達は無駄に命を散らしてゆく。

 そんな戦士達の無念を晴らすかのように、衛星軌道上から強力な光の矢が無数に邪神に向けて落ち、核弾頭に匹敵する巨大な爆発と衝撃波が戦場をを蹂躙する。

 しかし、どれだけ強大な力を秘めた兵器でも、この邪神にダメージを与えることが出来なかった。

 爆炎の中からそのおぞましい姿を現す邪神に、多くの戦士達が絶望の表情を浮かべる。


 再び邪神の開口部に光が収束し、大地を切り裂き戦場を直進、数万を超す人口を誇る大都市を地上から消し去った。熱量により地面は溶岩化し、まるで津波のように地表を飲み込んでゆく。

 その破壊力は都市一つ消滅しただけでは留まらず、背後にある山脈をも薙ぎ払った。

 重力球を無差別に撃ちまくり、戦争とは呼ぶにはあまりに一方的な力による殲滅が行なわれた。まるで無邪気な子供が昆虫を弄ぶかのように――。

 広大な平野部は瞬く間に月面のクレーター群のような姿に変わっていった。


 かくして、第三防衛戦線と呼ばれたこの地での戦いは、わずかか三時間で多種族連合軍が敗北した。

 これが後に【邪神戦争】と呼ばれた高度文明期最後の対邪神戦闘の記録である。

 この戦争以降、世界の文明水準は急速に低下していくことになる。

 高度な魔導技術文明は滅び去り、剣と魔法だけによる無謀な戦いの歴史が始まった。

 百年後、初めての勇者召喚が行われ、邪神が封印されるまでこの戦いは続けられる事となる。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「「「「 こんな化け物に勝つなんて、無理だよねぇ!? 」」」」

「あっ、やっぱりそう思います? 僕も無理だと思ったんですよねぇ~。圧倒的すぎて……」


 投影された映像を見て、勇者達全員が一斉に口を揃えてつっこんだ。

 彼等が見ていた映像は、ゼロスがイーサ・ランテの管理者権限を持ったために、保存されていたデータを持ち出すことが可能になった古代の戦闘記録である。

 ゼロスの手には水晶球が握られており、そこに記録された映像を投影して勇者達に見せていた。

 もちろん、馬車での長旅で暇を持て余していたために、映画鑑賞気分で勇者達と共に見ていたのだが、映像の邪神は普通に考えても人間にどうにかできるような存在ではなかった。

 そして、本来勇者達はこの邪神と戦うために召喚されたはずなのだが、どう考えても勇者達に勝てる要素が見当たらない。いや、存在しない。ある訳がない。


「これ、レベルがどうこうの問題じゃないぞ……」

「冗談じゃねぇ……。こんなのと戦うくらいなら、聖法神国で革命を起こした方がはるかに楽だ」

「私……逃げたい。捕虜になってよかったよぉ~」

「僕も同意見。こんなのに勝つのなんて不可能だよ。圧倒的じゃないか」


 勇者達は邪神の脅威を知り、自分達がとんでもない相手と戦わされるところであったことを知る。

 ファンタジー定番の聖剣や大魔法をもってしても、とても勝てるとは思えない。武器の優劣やレベル差など何の意味も持たないほどに、邪神の力はあまりに圧倒的であった。


「やだよぉ~、私……元の世界に帰りたい」

「ゆかりちゃん……。帰りたいのはみんな同じだよ」

「田代の言うとおりだぞ。俺だってこんな化け物とは戦いたくない」

「神薙……。お前、邪神を倒すとか言っていなかったか?」

「無理だ……。現実は、ラノベやアニメとは違うんだ。これはもう生物兵器の類だろ。しかも究極の最終兵器が暴走しているようなもんだ」


 勇者の【神薙 悟】【坂本 康太】【山崎 ゆかり】【田代 淳】は、もはや勇者という立場から逃げたくなっていた。実際、このような記録映像を見せられたら誰も逃げ出したくもなるだろう。

 邪神は勇者が倒せるような常識の範囲内で収まる存在ではなかった。神官達が口々で言うような、剣や魔法で簡単に倒せる存在ではない。

 高度文明の兵機群が一撃で消し飛んだのだから、その強大さは人知を超えたレベルにある。


「四神教は、聖剣とか聖遺物のような話はしなかったのかい? 勇者伝説には、五つの聖なる武器で力を封じたと聞いているけど?」

「俺達もそんな話は聞いた事がない。聖剣を見せてもらったけど、ボロボロで強力な力を秘めているようには見えませんでした」

「剣や鎧にそんな力を封じる加工なんて、僕にも無理だねぇ。旧時代の技術力でも無理だと思うね。こんな桁外れのとんでも生物の力を凌駕する武器は、神でなければ作れませんよ」


 広範囲殲滅魔法をはるかに凌駕する粒子兵器の直撃を受けても、邪神を滅ぼす事は叶わなかった。むしろ平然としていた。

 剣や魔法・神への祈りで邪神に勝てるなら、四神教は既に世界を征服しているはずである。


「勇者の武器は邪神を倒すためのものではなく、封じるための装置ということでしょうか?」

「多分だけど、そうなんだろうねぇ。少なくとも生産職の頂点である【神工】レベルでも、こんな相手に勝てる武器は作れないねぇ」


【神工】とは、【神】クラスにまで職業スキルを高めた生産職のことで、当然だがゼロスもこのクラスに入る。だが、そんな高度な技術をもってしても、邪神を倒せるような武器が作れるとは思えない。

【ソード・アンド・ソーサリス】で邪神に勝てたのは、おそらくは別の摂理の中で邪神が真の力を発揮できない状況下にあったと思われる。

 そうでなければ幾ら大賢者クラスの魔導士五人でも勝てるわけがない。


「邪神……出てこないよなぁ? 既に復活してるって話だけど」

「さぁ……。俺達には何とも言えんぞ。実際、どこかの山麓が消し飛んだらしいが」

「・・・・・・・・・・」


 勇者達が言っている事は、最近ゼロスが撃ち込んだ重力魔法、【暴食なる深淵】による被害の事だ。

 だが、ここで『犯人はおいちゃんだよぉ~』などと言えるはずもない。黒歴史を口々で言われるものだから、『これ以上は言わないでくれぇ!』と叫ぶことすらできない。

 しかも、邪神さんは現在培養液の中で育成中。なんとも居心地が悪かった。


「邪神か……あんなものが現れれば、我らではどうする事も出来んな」


 勇者達の監視役として、ルセイもまた馬車に同乗していた。

 彼女の表情は一族を絶滅寸前まで追い込んだ邪神に対し、恐怖におののいている。


「旧時代は高度な魔法――いや、魔導科学文明と言った方が良いかも知れないねぇ。そんな高度な文明の兵器が全く役に立たない。勝ったのではなく、封印するしかできなかったと思った方が良いのかもしれないなぁ~」

「どうでも良いが、彼女は大丈夫なのか? 先ほどから一言も語らないのだが……」

「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」


 ルセイの一言で、ゼロス達の視線が【姫島 佳乃】に集中する。

 その彼女は現在、真っ白に燃え尽きていた。


「死んだと思っていた初恋の幼馴染が生きていたのは良いが、その彼は敵国の姫とラブラブで、しかも見た目が幼――幼い姿だという事がよほど精神に大打撃を与えたんだろうねぇ。まさか、幼馴染がロリ好きだとは思わなかったようで……」

「アンタ……今、幼女と言おうとしなかったか?」


 復讐に身を焦がし、その熱で今まで生きてきたのだが、その思いが酷い方向で打ち砕かれたのだから無理もない。立ち直るには時間が掛かることであろう。

 一時は正気に戻ったが、時間が経過するとともに再び鬱状態になり、今はどこかのボクサー状態である。

 満足した戦いではなく、別の意味で深い絶望に陥っていた。


「私はマズい事を言ったのだろうか? だが、事実なのだから仕方がないと思うぞ?」

「割り切れない思いというものがありますよ。いくら真実でも、その真実を受け入れられるとは限りませんって。張りつめていたのなら尚更ですね……」


 現実は想像以上に残酷だった。そして、想像以上にふざけていた。


「風間の奴……生きているなら連絡くらいすれば良いものを。つーか、あいつロリコンだったのか……」

「まったくと言いたいが、無理だろ。だけど、これで姫島さんははフリー確定……よし!」

「あ~、神薙君だっけ? この世界では一夫多妻や一妻多夫はあたりまえでねぇ、彼女が風間君の二号さんになる可能性があるけど?」

「「なっ、なんですとぉ―――――――っ!?」」


 そう、この異世界は発情ラブ・シンドロームの存在がある。

 そのため妻や夫が複数いる家庭は結構あり、場合によってはハーレムも可能なのだ。

 今までその事を知らなかった神薙悟と坂本康太は、思わず拳を握りガッツポーズをする。どこまでも男の夢に純粋のようである。

 そこに、姫島佳乃とイチャラブという目的は一瞬消えた。彼等は下半身に正直なお年頃なのであった。

 ちなみにだが、メーティス聖法神国では一妻一夫が一般的で、恋愛症候群を発症するたびに高額な賠償金を支払わなくてはならない。それも当事者同士の間にではなく、なぜか神殿にである。

 神の教えに背いたという建前を名目にし、自然の摂理に突き動かされた民達から莫大な金を巻き上げていた。当然だがそこに不満が積み重なっている。


「ぼ、僕は、ゆかりちゃん一筋だよ」

「嬉しい、淳君♡」

「「「 リア充、爆発しやがれ! 」」」


 おっさんを含む男三人は、人の幸せが憎いほどに嫉妬の炎に身を焦がす。実に醜い。

 独り者達は凄く荒んでいた。


「さて、そろそろアスーラーの街に到着するな。勇者達は事情聴取を行うことになる。我らは貴殿達に何の恨みもないが、そなた達は思うところがあるであろう? 不用意に斬首する気はないが、行動にはくれぐれも気を付けてほしい。何しろ、我等はそなた達と文化が異なる。何気ないことで剣を抜き合う事態は避けたいのだ」

「分かっています。俺達はメーティス聖法神国に騙されていた。今後のあり方を考えるためにも、少し時間も必要ですし」

「うむ。我等もそなた達を無碍に扱うつもりはない。そなた達の意思を出来るだけ尊重するつもりだ」


 アトルム皇国は人道的であった。『疑わしきは罰せよ』のメーティス聖法神国とは全く違う。

 その日本風な人命尊重の対処に、勇者達は全員が安堵した。


「僕は、王宮に着いたらお役御免ですね。観光でもして帰るかな~」

「えっ!? ゼロスさん、ここでお別れなんですか?」


 意外にも、逸早く反応したのが燃え尽きていた佳乃であった。


「僕は、元々イルハンス伯爵の護衛依頼を受けただけなんですよ。街に到着したら自由にしていいと言われてますしねぇ。珍しいものでもあったらお土産にでもと思ってますよ」

「残念だが、この国に特産になるような物などないぞ? 生活するだけで精一杯だからな。だが、これからは多くの物で溢れることになるだろう」

「山岳地帯だから、もしかしたらとは思っていたが……本当に特産物がないのか」

「精々チーズかヨーグルトぐらいのものだ。肉も自慢だな。最近はアイスクリームというものも製造している。あとは生キャラメルだったか?」

「どこのファミリー牧場ですか? 洗濯機で掘れば温泉が出るかもしれんが、観光地としては微妙かなぁ?」

「「「「「 なぜ、洗濯機? 」」」」」


 勇者達はゼロスが試作の洗濯機で温泉を掘り当てたことを知らず、言葉の意味が理解できずに困惑した。

 まぁ、当然の反応であろう。

 困惑する勇者達を乗せた馬車は、やがて山間に囲まれた街に辿り着いた。

 アトルム皇国国都、アスーラ―の街へと――。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アトルム皇国国都、【アスーラ―】。

 そこは、西方風の建築技術と東方風の建築技術が交わった実に不可思議な街であった。

 あえて言うのであれば中華風の民族色が近いように思えるが、地球の文化のどれとも符合しない。

 巨大な城壁の上には東洋風の建築物が建てられており、積み重ねられた赤井煉瓦が実に美しい。

 街門を潜ると、そこは周囲が囲まれた正方形の空間が広がっていた。その門の奥にはまた別の門が築かれており、攻め込まれたときに四方から敵を迎撃する工夫が随所に込められていた。

 アニメでお馴染みのなんちゃって中華と言えばわかりやすいだろうか。兵士の装備も洋風の鎧に東洋風文化テイストを盛り込んだデザインに見える。まるでゲームの装備だ。


「これ……どう見ても中華風の都市設計だよな? 煉瓦造りで微妙に違うけど」

「あぁ……多分だが町並みも碁盤のような構造になってるぞ。日本で言うなら京都風と言えば良いか……」

「懐かしいなぁ~。昔、仕事であの国に行きましたよ。ただ、現地で子供の尿で煮込んだゆで卵を食わされそうになったときには、さすがに全力で逃げましたけど……。ハハハ……卵から孵化する間際のゆで卵の方が百倍マシでしたよ。羽毛がのどの奥に引っかかって気持ち悪かったけどねぇ~……」

「「「「「 うぷっ!? 」」」」」


 全員が吐き気を覚えた。世の中には信じられない風習が各地に存在する。

 美味かどうかはさておき、縁起物としてとんでもないものを食する民族が多々あることは確かだ。

 だが、そんな風習を知らずに異世界に召喚された勇者達は、おっさんの一言でソレを想像し口を押さえた。気持ちは分る。

 顔を青ざめさせ、山崎ゆかりはゼロスにオズオズと尋ねてくる。


「あの……世界にはそんな不潔な食べ物があるんですか? 病気とかは大丈夫なんですか?」

「あるんだよねぇ~。僕は別にそこの文化や風習は否定する気はないですよ。ただ、その文化をこっちに押しつけるのはやめて欲しい。なにが『コレを食べれば幸福になるよ』だ。普通に考えて汚物でしょうに……卵が可哀想に思えましたよ。むかし利用した市営グランドの公衆トイレみたいな臭いがしてたし」

「めっちゃ否定してんじゃん」

「でも、一部の民族の風習だろ? 全部が全部そんな風習があるわけではないし」

「タガメやゲンゴロウも調理していましたねぇ……。あれは正直、味が……。前足がのどに突き刺さったし、その後病院に搬送されたなぁ~……」 

「「「「「 食べたんだ…… 」」」」」


 一般常識の観点から見ても、信じられない食文化だ。

 昆虫は貴重なタンパク源であるのは分るのだが、何でも火に掛ければ良いというわけではない。

 生きた小さなタコの躍り食いも、実際は危険な食べ方の一つだったりする。失敗すれば喉を通らず窒息することになる。実に危険だ。

『普通に刺身にすれば良いのに』と、ゼロスも思ったことがある。このように、世界には無茶な食べかたの食文化も珍しくもない。

 南米辺りでカブトムシの幼虫を食べるのも、過酷な自然の中で貴重な蛋白源を摂取するために確立したものだ。ミミズも貴重な蛋白源としてみなされ、食用として食べられていた地域は意外に広い。

 どうでも良いが、おっさんはどこの僻地でも生きていけそうな気がする。


「けどよぉ~、どこかの特殊部隊は尿を飲む訓練をする話を聞いたぞ?」

「それは局地で水や塩分補給ができない場合の、残された最後の手段ですよ。ここはジャングルではない。海難事故で海を漂流しているならともかくね」

「なるほど、塩分と水分補給は重要だからなぁ~。余計な栄養素の排出はマズい訳か……」

「どうでもいい汚い話が続くな……。もう、やめねぇか?」


 ゼロスが言っているのは水すら飲めないような僻地で生き残るための手段であり、騎士団でもそんな訓練は行なわない。主にジャングルや海で遭難したときに短期間は効果的である。

 実際のソレで生き延びた人たちもいる訳で、命が係わるような状況で生き残るには有効な手段の一つである。

 騎士団の行動は限定されており、国の威信を背負う以上戒律は厳格だ。どこかの国の特殊部隊が行なう訓練ならあり得るだろうが、誇りや名誉を遵守する騎士がそんなサバイバル訓練を行なうはずがない。

 逆に言えば、生き残るための技術や知識が乏しいとも言える。戦争は、時に困難の作戦を遂行しなくてはならない。必要最低限のサバイバル知識は必要なのだが、この世界ではまだ確立していなかった。

 

「ルセイさん、少し聞きますが、この辺りはそんな妙な文化があるんでしょうかねぇ? 一般的に遠慮したい食べ物があったりしますか?」

「他の国がどうだか分らぬが、糸を取った後の蚕の中にある蛹は普通に食べるな。【キラービー】や【ジャイアント・アント】の幼虫も、煮込むと美味いスープになる」

「あ~、油で揚げるとパンパンに膨れあがる料理があったなぁ~」


【ソード・アンド・ソーサリス】でもゲテモノ料理はあったが、意外に美味しかった記憶がある。

 見た目も揚げパンのようなきつね色で、とても昆虫には見えなかったので食べやすい。知らなければパン生地に包まれた野菜スープに見えた。

 

『う~ん……記憶にある料理が出てきたな。やはり【ソード・アンド・ソーサリス】のベースはこの世界だ。だが、勇者なんていなかったし……あれ?』


 ここでゼロスは、勇者に関して一つ気になることに思い至った。


「確か、風間君は魔導士という話でしたよね? 魔法はどうやって覚えたんだ? 魔導士を毛嫌うメーティス聖法神国が、魔法スクロールを輸入するとは思えないんですが……」

「えっ? 魔法やスキルって、レベルが上がれば勝手に覚えるものではないんですか?」

「な、なんとぉ!?」


 おっさんの素朴な質問に答えたのは、佳乃であった。

 魔導士の魔法は、魔法スクロールを購入することで覚えられる。しかし、勇者はレベルが上がることで魔法を獲得していくようである。

【ソード・アンド・ソーサリス】では、初期のプレイヤーは様々な武器や魔法を使う事でスキルを獲得するのだが、勇者のレベルアップは違うようだ。

 先に技能スキルを自分たちで決め、レベルアップする度に使える技が自然にダウンロードされる。

 勇者だけが別のゲームキャラに思えてきた。

 

「何だそれ、何でそんなお手軽設定なんだ? 普通は鍛錬をしてスキルを発現させ、そのスキルレベルを上げて他のスキルと統合し、別のスキルに変化させ相乗効果を高めるものだったはず。

 魔法を覚えるにはスクロールを購入しないと、新たな魔法は覚えられないのが一般的ですよ? レベルの関係で覚えられる魔法も限りがありますし、スキルも個人の努力でしか覚えられないし、技も経験の中から突然に発現します。ランダム性が高いんですよ。まさか、勇者のレベルアップが一昔前のRPG方式だったとは……」 

「待ってください。それじゃ、ゼロスさんは面倒なレベルアップで強くなったんですか? 私達勇者よりもはるかに強いですよね? いったいどれほどの……」

「限界値強化スキルの補正効果を発現してますから、レベル500の勇者が集団で襲い掛かってきても楽勝ですね。補正効果がいくら高くとも、邪神には勝てる気がまったくしないけど……」

『『『『『 勇者の存在理由っていったい…… 』』』』』


 色々話をして分かったことだが、勇者のレベルアップは最大値レベル500までがチュートリアル期間で、そこから先のレベルに上げるには、この世界の摂理に沿って鍛錬を積まねばならないようだ。

 つまり、最強値のレベル500はこの世界に召喚された時の最弱状態から、短期間でそこそこに使えるレベルまで実力をつけるためのお試し期間であり、そこから先の実力をつけるためには勇者自身の努力に委ねられる。

 短期間でレベル500にまで到達できるのはズルいと言えるが、後は自己責任で能力を発現と統合を繰り返すことになるので、この世界の民よりは成長しやすい以外ににたいして差があるわけではない。

 その気になれば勇者の役割はこの世界の住民でもできる事になる。だが、そこまで能力を鍛え上げる者が存在しないのだ。

 この世界の戦士職や魔導士職の平均値がレベル300で止まるのも、限界を超えようと戦い続ける者が少ないためで、限界値を引き上げる成長スキル【限界突破】を発現するに至らない。

 また、スキル統合が行われないので、基礎身体能力に補正効果で現れる魔力強化値の値が低いのだ。


「強い魔物と戦ったり、生産職に挑戦しないとスキルレベルは上がらないからねぇ。個別の技能スキルで満足していたから弱いままなんだ。だから君達は敗北したんだよ。しかも、この手の情報を調べようともしなかった。おそらく同レベルの魔物にも勝てないんじゃないかな? スキルレベルが低くて……」

「返す言葉がないっス……。けど、技能スキルのレベルがなかなか上がらなかったなぁ~」

「レベル500が最強なんじゃなく、レベル500からスタートラインだったわけか。メーティス聖法神国では、そんな事は教えてもらわなかったぞ?」

「まぁ、自分達の手に負えない化け物が現れるのは避けるだろうねぇ。飼い犬に手を噛まれるのは困るだろうから、余計な情報を与えなかったとみるべきか、或いは最初から知らないのか……」


 たとえ上位レベル者でも、技能スキル効果が低ければ勇者が反抗したときの対処も可能である。

 その思惑に気づかれないように好待遇で迎え入れ、余計な疑問に持たれないよう常に調整・監視する。使い捨ての駒と悟られても始末しやすいようにする対応なのだろう。

 もしくは本気で知らない可能性も高い。そう思える理由が、アトルム皇国に戦争を仕掛けたことだ。

 アトルム皇国の民は全員が勇者よりもレベルが高く、研鑽も惜しまない。過酷な自然の領域が傍にあるために、弱いままでは生き残れないことを知っているからだろう。

 ゆえにルーフェイル族は一騎当千の強者が多い。そんな相手を過小評価し、中途半端な勇者を戦わせていた事から、【限界突破】などの限界値強化スキルの存在を知らない可能性が高い。


「ゼロス殿、そろそろ王宮に向かいたいのだが……。長旅で疲れたであろう? 到着次第、直ちに部屋を用意しよう」

「僕は王宮までが護衛任務なので、後の事はお任せしますよ。観光してから帰るつもりなので」

「何を言っているのだ? 貴殿にも王宮に行ってもらうぞ。襲われた状況の事などを説明してほしいのだ。今後の勇者達の処遇も決めねばならぬし」

「うそぉ~ん……なんでやねん」


 おっさんの仕事は終わらない。

 厄介事に巻き込まれたがために、やはり帰れないのであった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 四神教血連同盟。

 長い時の中で生まれた神官達の裏組織であり、自分達が神の使徒であるという厨二病的な思考にとり憑かれた狂信者の集団だが、彼等の派閥は表立って存在していない。

 傲岸不遜で多種族に対し侮蔑の目を向ける者達で、自分達が全種族の中で最も優れた種族であると自負する痛い派閥である。そんな彼等は各地の教会や神殿に分かれ、一般の神官達に紛れて活動していた。

 彼等が最も多い組織は異端審問部であり、表向きは異端者を正道に導く事を目的としているのだが、その実態はただの始末屋である。

 教義に反した神官達を取り締まるのが彼等の役割だが、要は邪魔な存在に濡れ衣を着せて裁きの名目のもとに死刑宣告をする殺し屋的存在であった。また、彼等には免罪符が発行されており、様々な汚れ仕事を引き受ける代わりに、あらゆる罪が許されている。

 簡単に言ってしまえば、『汚い仕事は任せるけど、その代わり罪は問わないよ』ということだ。

 そのためか、彼ら血連同盟はまともな者達はいない。

 そして、ここ【シュト―マル要塞】にも、狂信者達が数人存在していた。


「それで……勇者達は奴等に捕らえられたというのか?」

「はい……ヒメジマの暗殺にも失敗し、更に転生者と思しき魔導士が確認されました」

「なにっ?」


 彼等は四神以外の神々は全て邪神と思っており、転生者はその邪神の先兵とみなしていた。

 転生者の存在は、自分達にとって災厄に等しいものなのである。


「遠目から確認しましたが、ヒメジマと【黒翼の悪魔】との戦闘中に介入し、両者の戦いを止めていました。おそらく、両者よりも強い存在かと思われます。それも、ソリステアの護衛の中にいました」

「あの国か……忌々しい。それで、貴様の目からその転生者らしき者はどう見えた?」

「見た限りでは魔導士ですが、おそらくは近接戦闘もできるかと。何しろ勇者の剣戟に割り込み、かすり傷追わずに仲裁に入ったところを見ると、化け物です。しかも……奴は【タネガシマ】を保有していました」

「なんだとぉ!?」


 彼等の言う【タネガシマ】は当然火縄銃の事である。

 ゼロスの武器は正確には対ドラゴン装備で【ドラグバスター】が正式名称だが、彼等にそんな知識はない。魔法関連の知識は彼等にとって異端の英知なのだ。

 ちなみに【黒翼の悪魔】はルセイのことである。四神教にとって、翼をもつ者や獣人種は等しく魔族扱いなのであった。


「つまり……ソリステアにも【タネガシマ】が存在するというのか?」

「おそらくは……。しかも、威力では奴等の武器の方が遥かに高性能。こちらが一発放つ間に、向こうは連続で銃弾を撃ち込んできます」

「何たることだ! 由々しき事態ではないか……これでは軍事力で小国共を圧倒できぬではないか!!」

「しかも、一撃で地面が吹き飛ばされました。威力の面においても向こうが圧倒しています」

「クッ……勇者の伝えた技術を形にするには知識が必要。だが、その知識で我等はあの国に劣るか……」

「魔導士共の得意分野ですからな。我らが後手に廻るのは仕方がないかと……。それだけに厄介な連中なのですが……」 

 

 ――タ――――ン!! タタタタタ――――――ンッ!!


「な、何事だ!?」


 突如として響くタネガシマの砲声。

 同時に騎士団が慌ただしく動き回っており、何らかの緊急事態が起きたようだ。

 事態を把握するべく、神官と聖騎士は急いで部屋を飛び出し彼等が窓から見た光景は、要塞の防壁に無数に蔓延る黒い魔物の集団であった。

 魔物は群れで騎士達に襲い掛かり、彼等を生きたまま捕食している。

 タネガシマで応戦しても、その硬い外骨格が弾き返し、大した効果も与えられないでいた。


「アレは……」

「まさか、アトルム皇国に攻め入ったときに現れた……」


 それは昆虫型の魔物であった。

 防壁をものともせずに駆け上がり、鋭利な棘を生やした顎で死肉を漁るおぞましき生物。

 群れで行動す大自然が生み出した究極の死神にして掃除屋。極めつけは――。


 ――ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ……


 耳に響く重低音の羽音。

 姿を現したのは全長三十メートルを超す巨大生物。

 その羽音は振動波を発生させ、ホバリングしながらもシュトーマル要塞の防壁を振動共振により破壊していった。地球のゴキブリとは異なり、羽の構造が進化していた。

 崩壊した防壁から群れで現れる黒い軍団。


「グ、グレート・ギヴリオン!? しかも……へ、ヘルズ・レギオン!!」


 巨大な究極進化体を中心に、眷属が付き従う【ヘルズ・レギオン】。

 魔物のスタンピードと同じくらいに恐れられる災厄の一つが、シュト―マル要塞に降りかかった。

【邪神の爪痕】に沿って現れた巨大なギヴリオンは、メーティス聖法神国近辺に潜伏し群れの数を増やしていたのだ。大規模なGの群れは餌を求めて移動を開始し、そしてこの大要塞を餌場として捉えたのである。

 シュト―マル要塞はこの日、【ヘルズレギオン】によって壊滅した。

 常駐していた聖騎士達は全て捕食され、更なる獲物を求めて【グレート・ギヴリオン】率いる【ヘルズレギオン】は移動を開始したのである。

 奴等は群れで現れる。数万の眷属を引き連れて――。 


 

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