おっさんは、空気を読まない
勇者達を含むメーティス聖法神国神聖騎士団の小隊は、本来の任務である街道の破壊工作から要人暗殺に切り替え、暗殺をするべく森の中で息を潜め機会を窺っていた。
彼等が手にする【火縄銃】は既に発射態勢が整っており、合図があればいつでも攻撃できる態勢で待機している。問題は――。
「なぁ、神薙……。あの魔導士の武器、どれほどの威力があると思う?」
「知らん。だが、所詮は一丁しかない。どれだけ連射ができるかは分らないが、弾数には限りがあるだろう」
「けどよ、剣と魔法の世界だぜ? 無限弾数だったり、見た目よりも威力が高かったらどうするんだ?」
「なら、先にあの魔導士を倒せばいい。そのために木の上にスナイパーを配置したんだ」
「木の上で火縄銃がまともに照準を合わせられるのか? あの武器は形状から狙撃には向いていないぞ?」
火縄銃はライフルのような銃床はない。
グリップと引き金が後方に位置し、狙撃するにも安定感がない。
弾を撃ち出せば衝撃で火縄銃が真上に飛び跳ね、命中率も低い。次弾装填にも時間が掛かり、銃身が焼き付けば暴発する恐れもある。
この欠陥を補うには銃身を冷やす係と弾を装填する係、銃を撃つ係と、少なくとも三工程に分けなければならない。発砲するまでにも時間が掛かる。
小隊で動く以上、そんなに役割分担を決める訳には行かず、第一斉射で敵に脅威と警戒心を煽る必要があった。どこかの時代劇のような三段撃ちはできないだろう。
そのため、銃士隊は一人あたり三丁の火縄銃を持っていた。よく考えれば意味のない対処策である。
三丁の火縄銃を全部撃ち終えたら、どう弾を込めるのだろうか?
「アニメなら、コレで上手くいくんだけどな……」
「向こうにも銃を知っている奴がいる。佐々木の奴……せめてマスケット銃を作ればいいのに」
マスケット銃や弾丸を製作するには、専用の工作機械や相応の知識を求められる。
だが、この世界は鍛冶師はいても機械工作に精通した者はいない。日本人の殆どは、銃の脅威は知っていても、製造に関する知識を知る者は少ないだろう。
ましてや勇者達は中学生の時に異世界召喚されたのだ。そのような知識を持ち合わせているはずもない。
火縄銃を作れただけでもたいしたものである。
「魔導士を先に倒す事を優先したほうが良いわね。あの武器がこちらに向けられるのはマズいわ」
「姫島……お前、人間を殺すことに躊躇いはないのかよ」
「あるわよ。でも、殺さなければ私達が殺される。なら、殺すしかないじゃない」
言いたいことは分かる。しかし、佳乃が求めているのは復讐であって、仲間の生死に無関心になっていた。
彼女は生きる事に執着しておらず、ただ憎い相手を殺したいだけなのだ。
「……狙撃手に合図を、あの魔導士を殺せ」
「了解しました」
騎士が左手を上げると、後方にいた騎士も同じように合図を送り、木の上にいる狙撃手に攻撃命令を伝達する。
木の上にいる狙撃手が持つ火縄銃は、射程を稼ぐために銃身は倍の長さがある。
長い銃身を木の枝に固定させ、狙撃しやすいように工夫をしていた。
そして、いよいよ火縄銃を撃とうとしたとき、突然魔導士は手にした【ガン・ブレード】を水平に構え、狙撃手のいる方向を見据えると……。
――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
次の瞬間には轟音が響き渡った。
放たれた銃弾は木々を抉り倒しながらも貫通し、狙撃手がいた木を驚異的な威力吹き飛ばした。
「カ、カウンタースナイプ!? 嘘だろぉ、何でバレたんだよぉ!!」
「くそっ! 銃を構えろぉ、近づく奴等に一斉掃射だぁ!!」
答えは【殺気】だ。魔力が精神に反応する以上、当然殺意にも反応する。
それが魔力の波となり魔導士に察知され、逆に攻撃されたのだ。ここが敵地であるがゆえに、狙撃手は殺意を抑えられなかったのである。しかも相手が魔導士なら尚更だろう。
火縄銃は相手の攻撃範囲の外から一方的に攻撃できる便利さゆえに、聖騎士は油断していたという面もあるだろう。何しろ同じ武器を持つ相手に攻撃するなど初めて事だ。
姿が見えない事が、決して有利ではないという事を身をもって知った。
――ターン!! タタタタタターン!!
先手は取られたが、火縄銃は有効であった。
初手で【魔族】達に動揺を与える事に成功する。しかし……。
「あの武器は連射が利かん。盾と魔法障壁を併用せよ!! 近接戦闘に持ち込めぇ!!」
黒い鎧を身に纏った女戦士が、何度も部下達に命令を下す。
それに応じて他の戦士達は盾を構え、魔法障壁を展開していった。
「くそっ、火縄銃の欠点をこの世界の奴等が知るわけがない。あの魔導士、やはり銃の事を知ってやがった!! 数ではこちらが不利だ。次弾を装填した銃で斉射を仕掛け、その隙に撤退する!!」
だが、その命令が果たされる事はなかった。
何度も放たれる敵側の銃弾は、火縄銃を遥かに上回る驚異の威力を見せつける。
銃を構えた騎士達は、たった一発の銃弾により地面ごと吹き飛ばされる。根本的なところから性能差に大きな開きがあった。
「アレ、卑怯だぞ! なんて威力だぁ!!」
「多分だが、大型の魔物を相手にすることを想定した武器だ。ここは辺境国だから、入念に準備してきたんだろう。向こうに召喚されていればなぁ……」
「坂本、お前……どっちの味方だ?」
敵の銃撃の方が遥かに高威力だった。
火縄銃など豆鉄砲と変わりなく、弱点に対応されればなすすべがない。
そして、乱戦に陥った。
「私は、あの女戦士のところに行く。こんな状況じゃ逃げられないし、覚悟を決めた方が良さそうね」
「くそぉ、何でこうなるんだよ! あんな威力、反則だろ!!」
「悪態をついても逃げられん。たく……風間の奴と再会する事になりそうだな」
勇者の数は五人。騎士の数は26名。
銃撃によって半数が吹き飛び、戦力的には不利な状況である。アニメやラノベではないので、現実的にここから逆転できる要素はないに等しいだろう。
倒れた騎士達は捕縛され、周囲は敵に囲まれてしまう。これでは逃げようがない。
四面楚歌になった勇者達は、死中に活を求めるべく剣を抜いて突撃するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とりあえず、こんなものですかねぇ?」
「凄まじい威力だ。まるで、伝説の【竜殺し】のようではないか……」
「【ドラグバスター】ですよ? まぁ、多少性能はいじってありますがね。万人受けしないピーキーな性能ですけど」
「……なぜ、わざわざ扱い難い性能に。数を揃えれば戦力になるのではないか?」
「そんな事になれば、戦場は悲惨なものに変わりますよ。死人の数が増加します。そんなものを量産するべきではないので」
ルセイはゼロスの言葉に感じ入るものがあった。
圧倒的な破壊力の前に、戦場は一方的な殺戮の場へと変わるだろう。そうなれば他の国も殺戮のための武器を開発し、戦場はこれまでにない大量虐殺を繰り返すことに繋がる。
引き金を引くだけで簡単に敵を倒せるのだ。そこに罪悪感のような感傷を知る事はなく、誇りや命の尊さを学ぶことがない。
戦士は敵を殺すという行為に対して、命の重さと罪を知らねばならない。
ただ殺すだけの存在など、本当の意味で戦士とは呼べないからだ。
「確かに……。刃に込めるのものは扱う者の意志と信念、この武器は遊び感覚で命を奪いかねない」
「まぁ、血の臭いに溺れて、殺す事を楽しむ異常者もいますがね。さて、では残敵の掃討に向かいますか」
ルーフェイル族は確かに強いが、平均レベルは勇者と同等。積年の恨みが積もりに積もっており、加減を知らずに敵を殺し尽くしかねない。
何しろ敵は長年の宿敵であり、幾度となく苦汁をと辛酸を舐めてきたのだ。その怒りは子々孫々と伝えられていた。
民族性によるある種の洗脳教育と言えなくもない。
「イルハンス伯爵、馬車の中で待機していてください。少し彼等の相手をしてきますので」
「うむ……。だが、大丈夫なのか?」
「数の面でもこちらが有利ですよ。問題は勇者がいるかどうかですがね」
ゼロスはガン・ブレードを担ぎ上げると、軽い足取りで前線に向かって歩き出した。
先鋒は既に乱戦に突入し、所々で断末魔の声が響き渡っている。
『う~ん……。もしかして彼等は街道を破壊しに来たんじゃないか? 途中で無意味だと分かって作戦を変えたのかもしれない。火縄銃があるなら火薬もあるだろうし』
小隊規模での作戦など限られている。
たまたまこちらに出くわし、要人の暗殺に切り替えて政治不安を煽ろうとしたとみたと、ゼロスは状況から推察した。
作戦を切り替えたこと自体は良い着目点だと思うが、実力差がある事を念頭に置いていないのは減点である。撤退することまで考慮していない。
おそらくは火縄銃という新兵器を手にすることで優位性を覚え、それが油断に繋がった。相手側が似た武器を所有しているなどとは思わなかったのだ。
『まぁ、運が悪かったんだな。おっ?』
「勇者だぁ! 勇者がいるぞぉ、何としても捕らえよ!」
前方から斬り込んでくる二人の戦士。
黒い髪が特徴の青少年は、どう見てもこのあたりの民族ではない。
「やぁ、勇者君。始めまして。そろそろ諦めたらどうですかね? 君達がこの世界で戦う理由なんてないでしょ」
「なっ、あんた……日本人か? なんで俺達の邪魔をするんだよ!」
「それは、僕がこちら側に雇われているからだけど? ビジネスだよ。見て分からないのかい?」
「日本人なら、あんたは勇者だろ! なんで俺達の敵に回るんだ!!」
「残念だけど、僕は勇者ではないよ。召喚されたわけではないですしねぇ」
勇者二人は目の前に現れた魔導士が、自分達と同じ日本人であることに気づいた。
だが、その魔導士は自分達を窮地に追い込んだ張本人であり、手にしたガン・ブレードを構えている事から、厄介な敵だと判断し警戒する。
「勇者なんておだてられて木に登ったあげく、戦争に参加。仲間の半数が捨て駒にされたのに、まだ戦うのかい? どこまでお人好しなんだ。いや、現実から逃げてるだけかな?」
「ビジネス……? 金で雇われた傭兵か、金のためなら魔族にも加担するのか!!」
「魔族? あぁ……ルーフェイル族のことか。ただの宗教対立による民族弾圧でしょ、こんなの。どこの世界でも起きていただろ? くだらない」
「なっ……」
「四神教はねぇ、創世神に最初に生み出された種族が邪魔でしょうがないんだよ。ドラゴンとガチで戦える種族、脅威だねぇ~。知っているかい? 彼等はかつて、天使と呼ばれていたんだよ。君達はこのことを聞かされているかい?」
「て、天使って……」
ゼロスが言っている事は、もちろん【ソード・アンド・ソーサリス】の設定からの引用だが、基礎的な設定はこの世界の情報と共通している。
だが、勇者達はそれを知るすべはない。当然だが、勇者達二人に動揺が走る。
表情を隠さないところから、真実まったく知らないという事になる。
まぁ、分かっていた事だが……。
「本当に何も知らないんだねぇ、だから使い捨てにされるんだよ。あっ、そう言えば以前、君達の仲間に会いましたよ。一条さんと田辺君ですが」
「あいつ等に会ったのか? まさか、あいつ等にも似たようなことを吹き込んだのか!?」
「失礼な。人を騙したようなことを言わないでくれないかな? 君達も薄々は気づいていたんじゃないのかい? 『何かがおかしい』と……。だが、元の世界に帰るためには従わずにはいられない。例えそれが嘘だとしてもねぇ」
「やっぱり噓かよ……。風間の言っていたことがマジだったようだな」
「クッ……」
おっさんは煙草に火をともすと、気だるげに煙を吐き出した。
「帰れないよ。君達は……」
「「ハァ!?」」
「だから、勇者召喚の魔法陣にそんな機能はない。それに、既に召喚すらできないありさまなんだよねぇ。大神殿が崩壊して、召喚魔法陣が壊れたから……。彼等は君達に敵対される事を恐れている。
多分だけど、配下の中に暗殺命令を受けている者がいるんじゃないのか? 余計な事を知った者から始末する。怖い話だ」
「そんな話、聞いていないぞ!!」
「冗談だろ! それじゃ、俺達は何のために戦っていたんだよ!!」
「言ったでしょ、捨て駒だよ。召喚陣が破壊されたことを黙っているのは、君達に反乱を起こされると困るからさ。まぁ、どうでも良いけどねぇ。
そんな訳で、おとなしく捕まってくれないかなぁ? 僕としては面倒事はさっさと終わりにしたいんだが」
目の前の魔導士はやる気がないように見える。
だが、この魔導士が作戦を根底から打ち崩し、今の状況を作り出した張本人だった。
勇者二人はゼロスの言葉が信じられない。しかし、否定できる要素も少ない事も事実である。
「神薙……どうする? このおっさんの話を信じるなら、俺達はあの国にいても使い捨てにされるだけだ」
「坂本……お前は、この人の言う事が信じられるのか? こっちが嘘をついている事もあり得るんだぞ」
「もう一つ教えておくと、勇者召喚を三十年おきに行っていたから、この世界は滅亡の危機を迎えていたんだよねぇ。後1500年で魔力が枯渇して、生きとし生ける者が死に絶える寸前だった」
「待ってくれ! 勇者の召喚は四神の力で行われていたんじゃないのか!?」
「あのねぇ……時空に穴を開けるエネルギーが、その辺に転がっている訳ないでしょ。四神は、この世界から魔力を搾り取って勇者召喚に使い続けていた。それはこの間確認できたよ。偶然だけどね。
メーティス聖法神国は崩壊に向かうだろう。何しろ、勇者召喚を利益のために何度も行い、世界を崩壊の危機に追い込んでいたんだからねぇ。四神は彼等を助けない。そんな愁傷な心なんて持ち合わせていないよ。ふざけた連中だから。君達の同級生は無駄死にだ」
煙草をふかしながら淡々と語るゼロス。
だが、勇者の二人には大問題である。何しろ自分達の知らない真実をいきなり突き付けられ、選択を迫られているのだから。しかも現在戦争中。
どちらの選択を選ぶかによって、自分達の運命が決定される。
そんな二人の前で、おっさんは暢気に紫煙を吐き出す。
「フゥ~……いい声優が、みな死んで逝く……」
「今は関係ないよなぁ、確かにそうだけどぉ!! ついでに最近の事は知らねぇぞ!」
「それに、生きている声優が悪い声優みたいに聞こえるぞ! 凄く人聞きの悪い!!」
「ファンだった声優の訃報を、ある日突然に聞かされるんだ。この悲しい思いが君達に分かるかね? 行き場のない悲しみと焦燥を……。あの声は、もう二度と新作アニメで聞くことはない……」
「「知らねぇよぉ!? なに、ハードボイルド風に語ってんだよぉ!!」」
「それより、早く決断してくれないかい? 僕としてはさっさと終わりにさせたいんだよ」
「「あんたが話を脱線させてんだよぉ!!」」
とにかくマイペースなおっさんに勇者二人は翻弄され、ここが戦場である事を忘れていた。
今も神聖騎士団の騎士達が倒され、或いは討たれ死んで逝く。
そんな命の奪い合いの現場なのに、目の前の魔導士は気にした様子もない。
「どうしても決断が出ないのなら、ここで昏倒されて捕虜にでもなるかい? 政治的な取引に持ち込めば、監視はつくが自由に動ける事はできると思うが?」
「俺達が殺されないという保証はあるのかよ!」
「そうだ! この世界の戦争に、人権の保障なんてものがあるのかよ」
戦争に加担しておきながら、身の安全を要求する。
考え方が甘いとしか言いようがない。こうしているうちにも、敵対した相手側は敵意を滾らせているのだ。
「だが、武器を持っている以上、常に警戒される事になる。何気ない動きで勘違いされ、背中からバッサリなんてこともあり得る。君達が何も考えずに突き進んできたからだろ? 自業自得だと思ういますがねぇ?」
「俺達は監視されているんだぞ! こんな状態じゃ、あの国にいる仲間の身も危ないじゃないか!!」
「ほぅ……監視に気づいていたのかい? なら、自分達が信用されていない事も分かっているはずだ。あの国にとっては、異世界の人間など何人死んでもかまわないのさ」
「ラノベ展開で言うところの、騙されパターンかよ……。分かってはいたけど、風間の奴に合わせる顔がねぇ……」
「良く話に出てくるなぁ~、その風間君。嵐を呼ぶ園児に弄ばれているような名前なのに……。まぁ、宗教国家に利用されていたのだから、弄ばれていたと言う意味では同じだけど。ハハハハハ」
「「ひでぇ……」」
悪いとは思ったが、精神的に追い詰めないと決断を出さないと判断した。
勇者達はこんな状態で今まで戦ってきたのだろう。中途半端な覚悟と都合の良い情報しか与えられていないために、彼等は周囲に疑心暗鬼になっていた。
なまじ敵として戦ってきただけに、降伏が死に直結すると考えていても仕方がない。
「さぁ、早く決断してくれ。これ以上長引くなら、僕が直接攻撃して気絶させるけど? 監視している奴等が見たら、敵に倒されたと思うんじゃないのか?」
「「こうして話をしている時点でアウトだろ!!」」
「降伏しなさいよ。でないと、君達の先輩である元勇者のように、命を狙われることになるよ? 彼等はどのみち、君達を生かしておく気はないからねぇ。確認したから間違いない。だからさぁ~、降伏しちゃいなさいよ」
「マジかよ……。つーか、大事な事だから二回言うのも分かるが、最後はスゲェ投げやりだな……?」
「クッ……仕方がない。武器を捨てて投降する。命の保障してくれるのか?」
「それは交渉次第だねぇ。今まで敵対していたんだ、それが難しいことくらいは分かるだろ? 情報を売るにしても大したものはないだろうし、僕の方から何とかお願いしてみるけど……」
「「た、頼りねぇ……」」
前線に出ていた為にただでさえ情報が少ない勇者達は、最終的に武器を捨てて投降する道を選んだ。
だが、二人が投降し、残り三人の勇者達も降伏すると思ったが、一人だけ戦い続ける者がいた。
【姫島 佳乃】である。彼女はルセイと壮絶な斬り合いをしていた。
「彼女、説得してくれないか?」
「無理だ……姫島は風間の奴が殺されて、復讐だけが生きがいになってんだ」
「なんであんなオタクなんか……。なんで俺じゃダメなんだよ」
「フッ……思い出は、当人が死んだときから美化されるものさぁ。ましてや異世界で心の支えになるのは、当然近しい者達だよ? 風間君とやらに恋してたら、彼女は止まらないねぇ」
周りの者達は既に捕縛されるか殺されており、今戦っているのは二人の女性だけであった。
「ハァ……仕方がない。僕が仲裁に入りますか」
煙草の吸殻を携帯灰皿に入れた後、ゼロスは頭を掻きながらもぼやき、めんどくさげに決闘の場に割り込むのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
佳乃は脳裏に焼き付いた女戦士を探した。
脇目も振らず周囲の戦士達を振り切り、一直線に聞き覚えのある声に向かって走る。
その先には、仮面をつけた背の高い女性が剣を抜き、部下達に指示を飛ばしていた。
『見つけた!』
走りながらも剣を水平に構え、勢いのままに剣を振り抜く。
「てぇあぁああああああああああああああっ!!」
「すえぇい!」
女戦士は剣を右逆袈裟から斬り上げ、佳乃の剣を弾き飛ばす。
すかさず佳乃は予備の剣を引き抜くと、憎い相手に剣先を向けて構えた。
「勇者か……その顔、見覚えがあるな」
「相手になってもらうわよ。皆の敵、今晴らさせてもらう」
「……よかろう。相手になってやる」
二人は互いに剣で打ち合い、距離を取っては再びぶつかり合う。
攻防が目まぐるしく変わるが、佳乃の方が実力的に不利であった。
元よりレベル差が開いており、実戦経験も低く、感情的な分だけ動きが読まれやすい。
「感情的だな……。一騎打ちの戦いでは、冷静でなければ直ぐに死ぬぞ。いや、それが望みか?」
「確かに、あなたには勝てないでしょうね……。でも、ただで死ぬつもりはないわ!」
「ふむ……相打ち覚悟か。だが、分かってしまえば意味のない事だぞ?」
相手の実力に差がある事は佳乃も分かっていた。何しろどれだけ剣を振るっても掠る事すらできず、最小限の動きだけですべて避けてしまう。
『分かってはいたけど、ここまで差があるなんて……』
「気に入らぬな」
「なに?」
「そもそも、戦いを仕掛けてきたのはお前達で、その原因を作ったのは四神教の愚か者どもであろう? 奴等の甘い戯言に乗り、真実を見ようともしなかった者に復讐する権利があるのか?」
「それでも! あなたは私の大切な人を殺したわ……。それを仕方がないの一言で受け入れる事なんて、できない!」
わがままを言っているのは分かっている。
目の前の女戦士に怒りをぶつけても、どうしようもない事もだ。
だが、行き場のない感情を何かにぶつけなくては、佳乃の心はおかしくなりそうだった。
「それは、覚悟がなかったからであろう? 信念も守るべき者もいない。薄っぺらい覚悟……いや、甘さが自分達の死を招いた。流されるままに身を任せたのがそなたの罪であろう」
「それでも……。それでも私は彼を殺したあなたが憎い! 憎いのよぉ!!」
「あ~……盛り上がっているところ、すみません。そろそろ終局なんで、切りの良いところで終わりにしてもらえませんかねぇ?」
いつの間にか、灰色ローブの魔導士が斬り合いのど真ん中にいた。
しかも、器用に二人の剣を避けながらである。
「復讐だの敵討ちだの、殺伐すぎて嫌になりますねぇ~。この辺りでお開きにできませんか?」
「「空気をよめぇ!!」」
思わずツッコミを入れる形で二人は剣を振るってしまうが、魔導士はその剣を素手であっさりと受け止めた。握られた剣がピクリとも動かない。
灰色ローブの魔導士は、場の雰囲気を見事にぶち壊した。
「なっ!? (ば、馬鹿な……手加減したとはいえ、私の斬撃を手で掴んだだとぉ!?)」
「ルセイさん、向こうの勇者二人は投降しましたよ。あと三人ほど勇者がいるらしいですが?」
「一人は目の前にいるな。残り二人は……」
「将軍! こちらで勇者二人を捕縛しました」
「……片がついたようだな」
あっさりと捕らえられた勇者達。
残るは佳乃ただ一人なのだが、彼女もまた剣を掴まれていて動けない。
横から邪魔をされ、佳乃は憤怒の感情が爆発寸前であった。
「邪魔しないでください! あなたには関係のない事です!!」
いや、既に爆発していた。
「関係あるでしょ。君達、先ほど僕の事を狙撃しようとしましたよねぇ? そんな相手になぜ譲歩しなくてはならないんですか? ここは戦場で、君達は要人を暗殺しようとした。これだけでも重罪ですよ」
「そんな事はどうでも良いわ! 私は、この女が目的なのよ! 横から出てきて決闘の邪魔をしないで!!」
「邪魔をするな、ですか……。だが、断る! アトルム皇国側も、いつまでも要人をこの場にとどめて置く訳にはいかないし、僕はさっさと仕事を終わらせたいんですよ」
「勝手に連れて行けばいいでしょ! 私には関係ないわ!!」
「だ~か~らぁ~、関係あるでしょ。君達は要人暗殺を実行した犯罪者で、僕たちは守る側。正義は我にありですよ? テロには屈しない。国際常識じゃないかい?」
いくら他国では勇者と言われていても、別の国に無断で入り要人を暗殺しようとした。これは立派な軍事テロである。
他国の軍隊も他の国に無断侵入して破壊工作を行えば、テロリストとして狙われる。勇者の肩書が通用するのはメーティス聖法神国内での話であった。
「君は誰かの復讐をするためにここまで来たようだけど、そのために他人を巻き込むことを容認した。つまりはテロに加担したんだよ。そんな君に、わがままを通す資格があると思うのかい?」
「なら、この女と戦わせて! 他の事はどうでも良いから!!」
「駄目。時間も押してるし、そこまでする理由がこちらにはない。何の見返りも交渉材料もないのに、君達の意思を尊重する理由がどこにあるのかな? 君達はねぇ、戦争をしているんだよ」
「ゼ、ゼロス殿……貴殿には戦士の矜持を尊重する心はないのか?」
「ないですね。どんなに言い方を綺麗に変えたところで、やっている事は殺し合いでしょ? 人殺しの矜持なんて持つつもりはないですよ。悪・即・斬の三つもあれば充分ですって」
おっさんの矜持は、どこかの侍の矜持であった。
充分に血生臭い。
「君、風間君と言う勇者とはどんな関係? 恋人……じゃないな。多分だけど、幼馴染かな? まったく、こんな美少女の幼馴染がいて、格好つけて死んだら何にもならないだろうに」
「何も知らない人が、彼の事を言わないで!」
「カザマ? 勇者カザマの事か? 彼は……生きてるぞ?」
「「ハァ!?」」
ルセイの突然な一言に、二人は間抜け面で固まった。
死んだと思われた勇者が生きており、ルセイの口調ではアトルム皇国に身を寄せているようである。
「あの……ルセイさん? その勇者、死んだと聞いていましたけど……生きてんの? マジで?」
「うむ。相打ち覚悟で私に範囲魔法を撃ち込んできてな、彼は瀕死の重傷を負った。私は魔力障壁で助かったのだが、あれほどの魔導士を腐った国に置いておくのが勿体無くなったのだ」
「で……彼を回収して治療したと?」
「あぁ……だが、うちの姫様と恋に落ちてな……」
「「えっ!?」」
「姫はその……年齢のわりに幼児、こほん! 幼い姿でな、どうやらカザマ殿の好みと合致したらしいのだ」
いたたまれない空気が流れた。
生きていただけでも驚きだが、敵国の姫とフォーリン・ラブとなると状況は洒落にならない。
一途に思い詰めていた少女が、愛しい幼馴染の生存に喜びを一瞬見せたが、まさか恋人がいるとの衝撃情報。更には姫とくれば、これはもう立ち直れない致命的な一撃を受けたのと同じだ。
「最初に姫の歳を聞いて、彼は『イエス、合法ロリータ! フォーリン・ラブゥ!! 君が好きだぁ~と、叫ばせてぇ―――――――っ!!』と、狂気的な喜びようであったぞ? 正直驚いた」
「……オイオイ、まさか一目惚れかい? これは血を見ますぜ。洒落にならん……修羅場確定」
「そ、そう言えば……昔、卓君の部屋を掃除していた時、幼い少女の写真集が出てきたっけ……。卓君はお兄さんの物だって言っていたけど……まさか」
「うん……そこは疑うべきだったね。彼は筋金入りのロリのようだ。間違いない。犯罪に走らないだけでも良心的だ」
「うふふふ……私、馬鹿みたい……。昔から好きだったのに、こんな失恋……あんまりよぉ~……」
佳乃は真っ白に燃え尽きていた。
長い初恋の狂おしいまでの思いが、無残な形で散った。いや、爆散したと言った方が正しいだろう。
あまりに不憫でおっさんも少し泣けてきそうだ。
「もう……やだ……。死んでしまいたい……」
「重症だね。マジで洒落にならん。彼女が不憫でならない……」
「何か、マズい事を言ったか? 先ほどの気迫が全く感じられんのだが……」
「彼女の初恋は見事に爆砕したんですよ。今は、そっとしてあげてください……ん?」
不意に感じた僅かな殺気に、ゼロスは周囲を見渡した。
倒れている騎士達の遺体ばかりで、後はアトルム皇国の戦士達だけである。ソリステア魔法王国の騎士達は既に距離を置いており、イルハンス伯爵の護衛として周囲を固めている。
『ふむ……どこから殺気が出たのやら。この辺りに潜伏しているのは分かるが……さて、何が目的なのかな? 勇者は全員捕らえた。なら、別の目的のために隠れているか……う~ん』
いくつか可能性があるが、どれも決定打に欠けている。
ゼロスは殺意に気づかないふりをしながら、佳乃の傍に近づく。
「確かに君の失恋は酷いものだった。だが、人を思いやる事が悪いとは思わない。君の恋は終わったが、僕はそれが無駄だとも思わない。今は辛いかも知れないが、それは時が解決してくれるさ。月並みな台詞だがね。結果はどうあれ、君はいい経験をしたんだ」
「……」
「まぁ、ここまで心配させたんだから、君には風間君とやらを殴る権利はあると思うが?」
「そう……ですね。直接会って、ひっぱたいてから……この思いに決着をつけたいと思います」
「そうしてやんなさいな。さぁ、立って。一応連行する形になるけど、そのあと事情聴取かな? 四神教の腐れ外道共の話なんかをしてあげると、彼等も喜びますね。新しい情報はどんなものでも欲しいですから」
ゼロスがそう言った瞬間に殺意は高まり、突然傍らで倒れていた騎士がナイフを片手に立ち上がると、佳乃に向けて突き刺そうと向かってきた。
「死ねぇ―――――――っ!! 穢れた勇者ぁー――――――――っ!!」
「なぁっ!?」
「あんたが死になさいな」
だが、ナイフが佳乃に届く瞬間、ゼロスは片手で巨大な【ガン・ブレード】を振るい、騎士を薙ぎ払った。
数メートルの高さまで高々と舞い上がった騎士は、そのまま地面に頭から叩きつけられる。
「なるほど、どうやら彼の目的は君の暗殺みたいだねぇ。向こうで四神教に批判的な事でも言っていたのかい?」
「……ハイ、卓君が死んだ…と思っていた時、四神教や周りの人達が信用できなくなって……」
「推察するに、今まで殺されなかったのは使いようがあったからだろう。だが、君達はここで敗北した。四神教の敵になる可能性を考えると、ここで始末することをあらかじめ命令されていたんだろうねぇ。まぁ、失敗したけど」
「あの国の人達は、ここまで……」
「腐ってるねぇ~。おそらく、以前に召喚された勇者達も同じように始末したんだろう。まぁ、同じ手が何度も通じると思っている時点で馬鹿だね。コレで敵として認識させてしまったんだから」
ゼロスは佳乃の傍を離れ、倒れた男の傍に近づいて行くと、無造作に踏みつけた。
「ゲホッ!!」
「やぁ、君達が【血連同盟】の方々かい? 前に召喚された勇者達から話は聞いているよ。どうしようもない腐れ外道なんだって?」
「き、貴様……魔導士の分際で……グホッ!!」
無表情でゼロスは騎士を力強く踏みつける。
「魔導士だからなんだって? 状況が分かっているのかい? 今、君の命を握っているのは僕だ。主導権はこちらにある。君はねぇ、聞かれたことを素直に答えればいいんだ」
「だ、誰が……お前らみたいな……薄汚たない穢れた魔導士共に……」
「ハハハ、面白い事を言いますね? 穢れた? そんな言葉を口にして良いのは、誰も殺したことのない人間だけですよ。一度でも人を殺せばみんな外道さ。さて、あんたは何人殺してきたんだい? かなり血の臭いがするねぇ……」
ゼロスは腰からナイフを取り出すと、手甲に仕込まれた金具にナイフの柄を固定させ、そのナイフを男に向けて投げつけた。
凄まじい勢いでナイフは男の太腿に突き刺さった。
ナイフは柄がワイヤーで繋げられ、引き抜けば手元に戻ってくる仕様である。つまり、出血多量で死なない限り、何度もナイフで突き刺される事になる。
「ギャァアアアアアアアアアアアアッ!!」
「さて、色々と吐いてもらいましょうか。君達、【血連同盟】の事をねぇ。ククク……」
「し、死んでも言うものか!! たとえ死んだとしても、神の御許に逝くだけだ……」
「あのふざけた神々が、ちっぽけな人間が死んだところで気にするとは思えないなぁ。君の死は無駄死にさ」
「よ、四神の……大いなる神の慈悲を知らん者が、神の事を語るなぁ!!」
「知っているさ。四神が、どれだけ無責任で腐った連中であるかを。そろそろ他の神に代わってもらわないとねぇ」
ゼロスの言葉を聞き、男は怒りの込められた声で叫ぶ。
「お、お前は、転生者かぁ!! 神に仇なす邪神の手先!!」
「へぇ……色々聞きたいことができたねぇ。安心していいさ、あんたの傷は僕が責任をもって回復させる。こう見えて回復魔法は得意なんだよ。ナイフを突きさして、瀕死になったら回復する。その繰り返しだ」
「なっ……馬鹿な。魔導士が回復魔法を使えるわけが……」
「使えるますよ? アンタ達が知らないだけさ。魔導士と神官の違いは、回復魔法と攻撃魔法の効果が高いかどうかだからね。けど、使えないわけじゃない」
「で、でたらめを言うなぁ!! 神の使徒でもない貴様が、神聖魔法を使えるわけが……」
「【神の祝福】」
ゼロスは神聖騎士の目の前で、神官最大の補助魔法を自分自身に使って見せる。
「【神の祝福】だとぉ……馬鹿な、魔導士である貴様が……なぜ」
「言ったでしょ。使えないわけじゃないと。【神の祝福】は、大神官クラスの魔法だねぇ? 君達のトップである法皇様とやらは使えるのかい? もう、失われた魔法だという話だけど。ちなみに、僕は神官の魔法を一部を除いて殆ど使えるけどね。君自身が試してみるかい? OHANASHIをしながらね」
「あり得ない……こんなバカな話が……」
「現実を見なよ。まぁ、それよりも話の続きだ。色々と教えてくれないか? 今の魔法強化された僕がナイフを投げつけると、腕が消し飛ぶかもしれないが些細な問題さ。戦争をしているんだし、情報を得るなら拷問……もとい、多少の乱暴なお話をしてもやむを得ないよねぇ?」
「今、拷問と言ったぞ!!」
「些細な間違いさ。気にすると禿げますよ? さて、質問だ。素直に教えてくれると嬉しいですね」
ゼロスは数本のナイフを手に持ち、男の腹を更なる力で踏みつけて固定する。
男は必死で抵抗しているのだが、抜け出す事はできない。何よりも太ももに突き刺さったナイフはワイヤーで繋がれている。逃げる事はできない。
「あ、悪魔めぇ、神の裁きを受けろぉ!!」
「悪魔は初めてですね。僕の二つ名は【殲滅者】ですから、実に新鮮な響きですよ。次はなんて言うのかねぇ? 楽しみだなぁ~ククク……」
邪悪な笑みを向けるおっさんは、男を精神的に追い込んでゆく。
血連同盟の騎士は、未知なる恐怖に晒されて陥落寸前である。
「……あれは、魔導士のする事ではないな。容赦ないえげつなさだ……」
「かっ、カッコいい……暗黒の魔導士……。敵に容赦しないあの苛烈さ、素敵……」
「正気か? 必要ならどこまでも非情になる。まともな魔導士ではないぞ?」
「そこが良い。【殲滅者】……孤高なる破壊の魔導士、力なき正義は正義たりえない。まさにその通りね」
失恋した佳乃は、なぜかおかしな方向に突き進み始めていた。
彼女は特撮物が大好きで、特に敵対する側のアンチヒーローが大好きだった。
この日、一人の騎士が不幸になり、一人の勇者が【殲滅者】のファンになったのである。
「誰か、誰か助けてくれぇ―――――――――――っ!! 何でも話すから、頼むぅ!!」
「まだ始まったばかりですよ? できればもう少し抵抗してくださいよ。つまらないではないですか」
「つまらないと言いやがった!? こいつ、ただ拷問を楽しみたいだけだぁ!! 神よ、神よぉ!!」
「だからさぁ~、君達の神様は助けてくれたりしないんですよ。いい加減に気づきなさいな。それに同じことをあなた方もしていたんでしょ? そうだね、まずは両手両足の爪を剥がして、次に指の骨を一本ずつ折っていき、皮を剥いで耳をそぎ落とし……」
不幸な男は、大賢者の戦闘スキル能力の一つ【威圧波動】の前に屈した。レベル千超えはダテではない。
その威圧感はさながらドラゴンに出くわした小動物状態。魔力による圧迫感は恐怖に変わり、彼はあっさり陥落したのである。
その後、この騎士の男はアトルム皇国側に引き渡されたのだが、彼は真っ白になっていたのであった。よほど怖かったのであろう。
おっさんはやり過ぎたと反省はしたが、後悔はしていなかったという。