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おっさん、迎撃す

 馬車に揺られて三日、おっさんは超・暇だった。

 あまりに暇なので、魔導練成でおもちゃを作り出すほどに暇を持て余していた。

 テーブルを挟んで斜め向かいのイルハンス伯爵は書類ばかりを見ており、最初に会話して以来一言も発してはいない。無言を貫いているので退屈にもなる。

 窓の外は見渡す限り岩山と森、雄大な自然ともいえるのだが、長時間も変わる事のない景色ばかりだと飽きもする。

 そんな訳で始めた【魔導練成】。幸い馬車が王族も使用するタイプの馬車で無駄に広い。

【ソード・アンド・ソーサリス】で未完成のまま放置していた【ガン・ブレード】を、趣味の赴くままに部品を制作し、組み立てては部品を作るの繰り返しをしていた。

 ゲーム時代に制作していた部品のまま残されていたので、パズル感覚で暇潰しがてらに製作を始めたのだ。幸いなことに、要人を送る馬車の内部は広く、多少の部品を並べても余裕があった。

 まぁ、完全に完成すれば邪魔になるだろうが。


『火薬による銃は男のロマン。しかし、硝石が少ない。考えてみれば硫黄を採取に行ってないし、弾の制作は無理。また【ライター】着火になるのか』


【ライター】とは、この手の射撃武器を制作するとき、魔道具を流用した魔法内蔵部品をプレイヤーがつけた俗称だ。威力を調節した小さな爆発を起こす魔道具により、弾丸を撃ち出す。

 あまりにお手軽なので、名称が自然に【ライター】となって定着した。


『対ドラゴン用武器のつもりだったが、結局完成しなかったしなぁ。試作品のいくつかは、重心はぶれるし、ブレードパーツは重すぎるしで、調整するのがめんどくさかったっけ』


 【ガン・ブレード】は、剣と魔道具の融合と言えば聞こえは良いが、実際問題として武器としては不完全な代物である。

 重量・剣としての重心・耐久力と、大型化するほど扱い方が難しくなる。特に、対戦車ライフル並みに大きくなると、軽量化しても相応の重量があり、ブレードで斬りつけるにも取り回しが困難になる。

 物理的な攻撃力も火力だけは高いのだが、斬撃による攻撃力は重量の所為で剣筋が乱れやすい。重量と【ガン・ブレード】の大きさが、使用者の動きを制限させてしまうのだ。

 身体強化魔法を何重にも張り巡らせ、初めて剣として振り回すことができるが、近接戦闘における実用性がまるでない。使うたびに身体強化で魔力を常に消費され続けるので、長時間の戦闘に不向きなのだ。

 このレベルの武器を扱うとなると、【臨界突破】した高レベル者でないと装備することができない欠点があった。だが、ゼロスは【極限突破】しているので軽々と扱う事ができる。

 スキルには【見習い】【師】【鬼】【帝】【神】の五段階の領域があり、【極限突破】するには、少なくとも職業スキルが【帝】に達していなければ覚醒条件をクリアーできない。

 また、段階に応じて補正効果が倍加し、単体スキル――【心眼】や【潜伏】などの個別スキルを統合させた数だけ職業スキルの効果は高くなる。

 それだけ非常識でないと、まともに扱える武器ではないという事だ。要するに、自分しか使えない武器を趣味の赴くままに製作しているのだ。


 現実にドラゴンほどの巨体を誇る魔物は、その大きさに見合う耐久力からなる圧倒的な防御力がある。人間の剣による攻撃など、木の枝を手にして立ち向かうのと変わりはない。

 騎士の剣や槍はドラゴンにとって薔薇の棘ほどの痛みしかない。巨大な魔物の足下でチクチク嫌がらせをする程度の効果しか望めず、体も魔力の強化をしており、実際にはそれ以下のダメージしか与えることができない。

 この世界の住人は大型の魔物からしてみれば捕食される側に廻るので、身を守るためには高い貫通力と大ダメージを与える武器が必要になる。はっきり言うと、戦車やミサイルでも造らないと太刀打ちできない相手であった。

 スキル効果による身体能力補正が高まったとしても、分厚い鱗や皮膚、ましてや筋肉を剣で切り裂くことなど、ゼロス並みの化け物領域に足を踏み入れなければ不可能だろう。

 最強種族であるドラゴンはそれだけ強力な存在であり、年に一度、多くて三度ほど現れ各地で甚大な被害をもたらす。縄張り意識がない生物で、気まぐれで現れては破壊の限りを尽くして去って行く。

 しかし悪気があるわけではなく、生物の本能に従い食事をしているだけで、人間にとっては災厄であるだろうが自然界から見ればありふれた摂理に一つに過ぎなかった。


『【ドラグバスター】って、国で管理されていたよなぁ~? だが、現実にこんな武器が生産されたら、間違いなく戦争に投入されるな。【火縄銃】ですらこの世界では魅力的な武器に見えるだろうし、迂闊に広めて良い武器ではないぞ? まぁ、こんな馬鹿でかい武器を扱える奴なんていないだろうけど』


【ソード・アンド・ソーサリス】の世界において、対ドラゴン兵器である銃、【ドラグバスター・シリーズ】は国で厳重に管理されている設定であった。

 生産職がこの武器を造るためには、国家が要請した超難易度のクエストを50回以上攻略し、別口で隠しパラメータである信頼度を高めなければ、作製レシピを手に入れることができなかった。

 レイド戦においても国から貸し出され、イベントが終われば返却しなくてはならない。着服すれば指名手配される事になり、賞金首として他のプレイヤーに狙われることになる。

 多くの不届き者が、正義の名の下に餓えたプレイヤーに集団で追い回され、フルボッコにされて彼等の懐を潤すことに一役買った。いや、この場合は売られたのだろうか?


 弾丸も生産職でないと製作できず、結局【ドラグバスター】を着服したプレイヤーは捕縛され、牢送りの後に数ヶ月間の鉱山労働をさせられるた。

 ペナルティーの罰ゲームが酷いことで有名なシステムであったが、PK職も同じ目に遭うのでモラル崩壊を防ぐ抑制力に繋がる。

 生産職が作り出した【ドラグバスター】は装備可能レベルが850と高く、レイド戦で貸し出されるものよりも装備条件が高い。使いやすく改良するのは生産職プレイヤーの腕に掛かっていた。

 ちなみにゼロスは改良はするのだが、むしろ使い勝手の悪い【ドラグバスター】を嬉々として製作し楽しむこだわり派である。『武器は使いこなしてこそ』をモットーに、悪い意味で魔改造をしていた。

 威力は高いが装備レベルが高すぎて、結局はインベントリー内で埃を被る事となった。素材だけを大量に使った実用性のない装備であったのだ。

 その【ドラグバスター】は現在、魔導バイク【廃棄物十三号】のオプションとして改造され、立派な魔導兵器として生まれ変わっていた。 


『堅実が一番って事だな。いやはや、懐かしい……。自分以外に使わないから、やりたい放題だったなぁ~……と言うか、この世界にも【ドラグバスター】はあるのか……ん?』


 思い出の中に浸るおっさんが不意に視線を感じて顔を上げると、イルハンス伯爵が興味深げに【ガン・ブレード】の部品を眺めていた。

 

「あの……なにか?」

「君は何をしているのかね? コレは見たところ武器のようだが、完成すればかなりの大きさになるのではないか?」

「そうですね。長さは僕と背丈と同等になるでしょうか? 剣のパーツを取り付ければ、超重量の大剣並みには重くなりますし、使い手を選ぶ欠陥武器ですね」

「ふむ……で? コレは何のための武器なのだ? 私には大型の魔物を想定したものに思えるのだが」

「ドラゴンを相手にするための物ですよ。まぁ、剣の部分は趣味ですがね」


 イルハンス伯爵は、真剣な目で部品一つ一つを手に取る。

 魔道具が部品として流用されていることから、目の前の魔導士の技量に内心では驚愕しつつも、冷静に未知なる武器を調べていた。


「これは……馬鹿げた大剣に見えるが、弓と同じ射撃武器ではないのか? おそらくは金属を撃ち出す武器だと思うのだが……素晴らしい。これほどの魔道具が作れるのか」

「残念ですが、この武器は重すぎるんですよ。おそらくは騎士達でも扱うことができないでしょうね。威力が大きいということは、その反動も大きいということです。使えば衝撃で体が吹き飛ばされますよ」

「どれくらいのレベルがあれば使いこなせるのかね?」

「改造武器なので、少なくともレベルは800以上は必要でしょう。剣として振り回すにはそれ以上でないと不可能。個人武器としては欠陥品ですがね」

「固定すればどうなのだ? これほどの武器であるなら、城塞に設置して使えば効果があると思うのだが」


 不味い展開であった。暇すぎて遊んでいたら、国の要人に目をつけられた。

 迂闊であったと思ったが、今更である。


「効果は高いでしょうねぇ。ですが……便利な道具は必ず戦争に使われます。僕はコレを売りさばく気はないんですよ。大量虐殺の父になんて、なりたくありませんので」

「ふむ……確かに。これほどの武器を手に入れたら、愚かな者達が戦争を仕掛けることだろう。国で管理するにしても、その管理する者は人だ。高潔な精神がいつまでも続くとは思えん」

「政治をおこなう方々にも、利益優先で損害を考慮しない方がいるんじゃないですか? そんな人達に利用されるようなら、僕は他国に逃げますよ。わりと本気で……」

「それは我が国の損失に繋がるな。つまりは、『自分達で造れ』ということかね?」

「ありていに言えばそうなりますか。自分で製作した物が戦争に利用される。生産職にとって、こんな嫌な話はありませんからねぇ」


 他人が造った武器が大量に出回り、戦争に利用される。この程度ならゼロスは別に問題視していない。

 自分が制作した物が、殺し合いの道具として利用されるのが嫌なのだ。

 それ以前に趣味で製作した武器を他人に売る気は全くなかった。


「それにしても、ずいぶんと部品数が多いな。これでは整備に手間がかかるのではないか?」

「耐久性の都合上、固定部品が多くなったのは否めませんねぇ。まぁ、慣れてしまえば何とかなりますよ」

「これほどの武器を製作して、何と戦うつもりなのかね。君の才は国として無視できないものがあるのだが」

「まぁ、ワイヴァーンとかですかね。鱗は硬いし肉厚で普通の剣などでは倒せませんし、分厚い骨を貫通させるにはどうしてもこのくらいの大きさが必要になるんですよ」

「素晴らしいな……。君、我が国で働く気はないかね?」

「愛国精神なんてものはありませんし、基本的に責任がのし掛かるような仕事はお断りします。正直、疲れますしねぇ。……人間関係で」


 一般魔導士なら喜んで飛びつきそうな就職の話を、ゼロスはあっさり断った。

 だが、国の要人はしつこい。何しろ文明水準が低いのだから、断ったからといって諦めるわけではない。

 それはイルハンス伯爵も同じであった。


「まぁ、ソリステア公爵とは懇意にさせてもらってますが、無理強いをしてくるなら他国へ行きますよ。宮廷魔導士などなりたくもないですしね」

「普通は逆ではないのか? 魔導士は皆、上を目指すものだと思っていたが」

「権力者になどなりたくありませんよ。何も背負わなければ好き勝手に研究できますし、飽きたら別のものに手を出せます。国の研究機関だと、そうは上手くいかないでしょう。まぁ、別の意味で上は目指していますがね」

「そなたの才なら自由に研究できると思うが、それでは不満なのか?」

「その代わり、研究したものを国に提供しなくてはならないでしょう? 危険物を製作して、それを知らないところで利用されるのが嫌いでしてね。今の魔導士達の状況を見ると、とてもとても……」

「ぬぅ……」


 かつて王宮の回廊でも、魔導士達の激しい言い争いが起きていたが、最近は派閥争いも鳴りを潜めてきていた。どこかの公爵が暗躍し、資金繰りが苦しくなったことにより、派閥内での待遇改善運動が激しくなったのだ。

 以前は爵位や高官であることを利用して事を収めていたのだが、ソリステア派が権力を増してきたので、今までのように上から圧力を掛けることができなくなってしまった。

 要求を呑まねばソリステア派に魔導士達が移籍してしまい、組織内での影響力が落ちることに繋がる。

 魔導師団の上層部にいる者達は今まで好き勝手にやってきた手前、資金繰りが厳しくなると当然ながら部下の方にしわ寄せが来る。

 その部下達に無茶を要求し続けた結果、一斉にストライキが起こり、逆に上層部の魔導士達は追い詰められることになる。

 金の切れ目が縁の切れ目であった。自業自得でもある。


「すみませんねぇ、僕は宮廷魔導士という地位に何の魅力も感じないんですよ」

「君は、その才能を誰かの役に立てようとは思わないのか?」

「やってますよ? 自分の意思で、自分の目につく人達にですが」

「もっと、多くの人々のために大きな事をなそうとは考えないのか? 才能の無駄遣いではないか。そなたの才能があれば、国はいくらでも研究資金を出すであろう。国王命令で話が来たらどうするのだ?」

「主観の相違ですね。失礼ですが、伯爵は僕が才能の無駄遣いをしているように見えても、自分が納得して行動しているのですから無駄ではありません。国に貢献しろと強要されれば、真っ先に国を捨てますよ」


 イルハンス伯爵は、目の前の魔導士が他の魔導士達と同様に、待遇を良くすれば食いつくと思っていた。

 だが逆に『国に仕える気は一切ない』と完全否定されたことに内心驚愕する。

 権力で強制的に召し抱えようとすれば、簡単にその国を捨てるとさえ言う始末。目の前の魔導士を放置するのは危険だが、強要すれば他国に簡単に行ってしまう。

 言い換えればソリステア魔法王国に何の価値も持っていない。いや、国や王命といった権力など、目の前の魔導士には何の意味もないものだと理解した。


「その手の話はクレストン元公爵閣下とついていますので、今更ですよ。まぁ、たまに簡単な仕事は引き受けていますがね」

「ぬぅ……ソリステア派か、しかし、それで満足なのか? 宮廷魔導士なら研究資金に困ることはないのだぞ?」

「今も別に困っていませんよ? 素材がなければ採取や採掘に行けば良いですし、資金は魔石などの素材を売ればいくらでも稼げます。宮廷魔導士に何の魅力もありませんね」


 無敵だった。価値観が他の魔導士と根本的なところから異なり、交渉するにも手札にできるものがない。

 権威が何の魅力もないとなると、何を言ったところで国に従う気がないのは明白である。


「では、なぜクレストン公爵閣下と懇意なのかね。君は、あのお方から仕事を受けているのだろう?」

「別に、いつもという訳ではないですし、結構自由に生きてますので……。お気遣いは大変にありがたいのですが、この話はこれまでという事にしてください」


 つまりは、『話し合う必要はない』という遠回しの拒絶である。

 スカウトは最初から無意味だったのである。


「ところで、護衛は引き受けましたが予定を聞いていません。僕はアトルム皇国の国都までの護衛のみで、後のことは自由にして良いと言われてますので」

「そうか……予定では、そろそろアトルム皇国の戦士団と合流することになる」

「戦士団? 騎士団ではないので?」

「あの国は、民のほとんどが戦士だ。国民の大半が並みの騎士よりも強く、非常時には戦闘に参加する。国と言うよりは、国家規模の部落と言った方が正しいのかも知れん」

「翼をもつ民……【ルーフェイル族】ですね。創世神が最初に生み出した民で、後に天使と言われた種族」


 創世神教において、創世神は世界を生み出した後に、七つの種族を作り出したと言われていた。

 その最初の種族が翼を持つ民、【ルーフェイル族】

 その後、残りの六種族を作り出したが、五種族は互いに混じり合い、複数の種族へと分派していった。

 だが、【ルーフェイル族】だけが他の種族と混じり合うことをせず、今もかつての姿のまま生きていた。

 言わば、純粋な古代種とも言えるだろう。混じり合うことを拒否したもう一つの種族がドラゴンである。


「四神教が嫌うわけですよねぇ、創世神の生み出した最初の種族。そんな種族が今も存在していたら、彼等の教義がいつ破綻したとしてもおかしくはない」

「詳しいな。そう、そして……今も太古の姿を保っているからこそ、彼等は勇者達よりも強い」

「魔法も得意だし、体力も人間より優れている。ドラゴンとまともに戦える唯一の種族でもあります」

「うむ。だからこそ、我等は彼等と手を取り合うことにした。彼等の国家体制は独特だが、同種族で殺し合うことはない。実に平和的だ」


【ルーフェイル族】の国であるアトルム皇国は、王族は確かに存在しているが、国としての政は全て親族でおこなっている。

 他の者達は比較的自由であり、商売したり農耕に勤しんだりと好き勝手に生きていた。

 かなりグダグダに思われがちだが、政治形態は戦国時代の日本が近いだろう。そして、王族は他のルーフェイル族より圧倒的に強い力を持っていた。


「ただ、回復魔法が失伝し、攻撃魔法しか知らないようだ。魔法の威力は大きいが、神官の数が多いメーティー聖法神国の物量の前では、神聖魔法でほとんど威力が削られてしまう」

「邪神戦争のせいですね。石版にでも刻んでいたんですかね?」


 正確には、イーサ・ランテと同様の近未来都市に住んでいたのだが、邪神の攻撃を受けて壊滅した。

 生き延びた者達は、邪神戦争以降は混乱期の中で安住の地を求めさまよい、今の山岳地帯に住み着く事となる。絶滅寸前だった彼等は、長い時間を掛けて一族の再興してきたのである。


「噂をすれば……彼等が巡回していますね?」

「中間地点でアトルム皇国の戦士団と合流し、そこからは彼等も護衛についてくれる手筈になっている。

メーティス聖法神国がいつ破壊工作をしてくるか分らぬ状況であるからな」

「なるほど、戦力はたいしたことはなくとも、勇者を送り込まれたら状況は分りませんからね」


【ガン・ブレード】を組み立てながら、ゼロスは馬車の窓から大空を自由に飛ぶ、翼を持つ種族を眺める。

 物騒な武器が組み立て終わる頃、ソリステア魔法王国の外交官を乗せた馬車は、無事に指定された合流地点にたどり着いたのである。

 そこには、武装した空の戦士達が整然と並び、互いの国の命運を背負った要人を歓迎してくれていた。

 彼等からはゼロスの見てきた人達とは異なる、尋常ではない闘志のようなものを感じ取った。


『ソード・アンド・ソーサリスでは、ここまで戦闘民族ではなかったんだけどなぁ~……』


 自分の知識とは異なるルーフェイル族の姿に、ゼロスは少し戸惑いを覚えた。

 かつての理知的で高度文明の頂点にいた種族は、邪神戦争による文明の崩壊によって彼等の文化を根底から奪い去り、戦闘民族に大きく変貌を遂げていたことを知る。

 一度滅びた文化は、二度とは戻らない儚いものであると悟るのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 


「ルセイ・イマーラ将軍、ソリステア魔法王国の使節団が見えました!」

「ご苦労、くれぐれも失礼のないようにお迎えせよ。かの国との会談は、我が国の命運を左右する重要なものであるからな」


 黒翼の将、ルセイ・イマーラ将軍は部下の報告を聞き礼に欠く行動を慎むよう促した。

 肩で切り揃えた黒髪の女性将軍だが、その実力はアトルム皇国の戦士の中で五本の指に入る実力者である。ゆえに彼女は【黒天将軍】と呼ばれ、臣民からの信頼も厚い人物であった。

 そんな彼女もお年頃。内心では婚期を逃していることに焦りを覚え、どこかに良い相手はいないかと探してはいるのだが、残念ながら彼女と釣り合う男性は見つからない。

 その大きな理由は、彼女が強すぎるからである。

 実力がありすぎるがゆえに恐れ敬われることはあっても、女性としてみられることは全くない。

 その大きな原因が『私は自分より弱い男と婚姻の契りを結ぶことはない』と公言し、その失言によって見合いすら断られる始末である。

 普段から顔を覆い隠す仮面をつけており、周囲から『国を守るために女であることを捨てた』などと言われていた。実のところ彼女は極度のあがり症で赤面症、素顔だと人の顔を見て話すことができない。

 そんな真実を知る者など、一部を除いて少なかった。


『早く相手を見つけねば、私は……私は一生、行き遅れのままになってしまう。もう二十二だぞ。幼馴染みや友人は皆結婚しているのに、なぜ私には相手がいないのだ。あんなことを言うのではなかった……』


 後悔先に立たず。己の失言が自分の首を絞める結果となっていた。

 彼女も女性であり、強い男性に守ってもらいたいという乙女的な願望もある。

 しかし、彼女を守れるような強者はいなかった。それどころか、周囲からは武人としてみられてしまい、あがり症で顔を隠すための仮面が、国を守る戦士としての決意の現れと思われてしまった。

 心とは裏腹に、周囲の環境が益々婚期を逃す状況になってしまう。

 ついでに、彼女はこの国の皇族の末席で、婚姻を結ぶのであれば相応の地位が必要とされていた。


『地位などいらない。実力がなくてもいい……。相手が欲しい……』


 結婚に夢を見るお年頃だが、彼女はその先の未来設計などは考えていなかった。

 元より一夫多妻や一妻多夫が認められるこの世界、相手が婚姻していてもかまわない。自分を大切にしてくれれば良いと思うようになり、守ってくれるほど強い相手でなくても良くなっていた。

 言い換えれば、行き遅れを気にして妥協したと言えるが、その答えを出す前に既に周りはルセイを結婚させようなどと思わなくなっていた。

 原因は先も言ったとおりの失言で、周りからしてみれば彼女の意思を尊重しただけである。

 自分自身の言動と、周りの気配りが見事に空回り状態であった。


「私の…馬鹿……」


 後悔したところで、過去の失言は取り消せない。

 彼女の背中は煤けていた。


「ルセイ将軍、御使者の方が参られたようです。あと少しで、こちらにご到着とのことです」

「そうか、各自整列し、使者の方を出迎えよ。あの邪教共が何もせずにいるとは思えん。常に警戒を心掛けよ」

「ハッ!」


 民でありながらも彼等は戦士である。礼節と規律を重んじ、敵対者には容赦がない。

 かつては人間と同等の人口を誇っていたルーフェイル族も、今ではただの少数民族になり下がった。

 閉鎖的な環境と、同族の血が濃くなったせいか、現在少子化に悩まされている。

 外から新たな血を入れない事には、自分達はいずれ滅びるだろうと予測していた。そんな時にソリステア魔法王国側から地下街道の整備計画の話が舞い込んできた。

 メーティス聖法神国との対立が深刻になる中、彼等は種を守るためにこの計画に乗る事にしたのだ。

 過去の栄光には興味はない。ただこの世界で生き延びるために友好国を巻き込み、ドワーフ達が築き上げた地下遺跡を利用する計画を実行した。

 数十年の歳月をかけ、彼等の念願は叶い二つの国が街道で繋がれたのだ。これにより多くの物資が行き来し、生活の向上にも影響を与えるだろう。

 問題は、彼らが敵対する四神教の総本山だ。勇者をむやみに召喚し世界に仇なす邪教徒を滅ぼさねば、戦乱が続くことになる。


「まだ、気を緩められないな。これからが本当の戦いになる」


 ようやくスタートラインに立った状況なので、これからが隙を見せる事の出来ない戦いが本格化する。

 だが、今のアトルム皇国には、古の技術などない。

 彼等は魔法は使えるが、知識がすでに失われているからだ。民族性の特殊能力で、魔法式がなくとも自在に魔力を変質させることができるの種族なのだ。


「見えました。ほぅ……中々勇壮な馬車ですな。騎士達も鍛えられている」

「だが、勇者と戦えるほどではない。いや……なんだ? 途轍もない気配を感じる。これは本当に人間なのか?」


 豪奢な馬車から放たれる魔力の気配に、ルセイは冷や汗が止まらない。

 確実に自分よりも強い実力者が存在し、その存在力は姿を隠していても嫌でも感知できてしまう。


「こ、この気配は……」

「とんでもない化け物が来たようだな。だが、礼を欠くような真似をするな。あの国は同盟国だ」

「御意に」


 豪奢な馬車が騎士に囲まれ止まるとドアが開き、そこから灰色ローブの魔導士が姿を現す。

 その時、ルセイは雷のような衝撃に身を打たれた。


『なっ……何なのだ、魔導士? しかし……あれは、私達とも違う……』


 巨大な剣状の杖を手にし、馬車の中から現れた一人の魔導士。

 その身から放たれる気配に、ルセイが強者であるがゆえに直感が働いた。『自分よりも強い』と……。

 その魔導士の後に、身なりの良い服を着こんだ一人の貴族が馬車から降りてくる。


「護衛の任務、ご苦労様です。私はソリステア魔法王国外交特務官で、イルハンスと申します」

「私は、アトルム皇国特務戦士団の将で、ルセイ・イマーラと言う。長い旅路、ご苦労様であります。これより我等も貴殿らの護衛を務めますので、よろしくお願いします」

「おぉ、【黒天】の将に護衛をしていただけるとは、実に心強い」

「まだ若輩の身であるのですが。それよりも、後ろの魔導士殿は? 見たところ、かなりの手練れであることが窺えます。名を聞いてもよろしいでしょうか?」

「えっ、僕ですか? ただの雇われ傭兵ですよ。お気になさらず」


 ルセイにはとても『ただの魔導士』には見えなかった。

 身の丈ほどの大剣を所持し、それを片手で軽々と持ち運ぶような魔導士など今まで聞いた事がない。

 何よりも、腰に二振りのショートソードを帯びており、近接戦闘をこなせる修練を積んだ魔導士など初めて見る。


「いや、貴殿のような強者など、私は今まで出会ったことがない。貴殿と戦えば、私はおそらく負けるだろう。それほどの強者なら、名を聞いておきたいと思うのが戦人の性というものだ」

「そんなものですかね? まぁ、それなら……では改めまして、僕はゼロスと言うフリーの魔導士です」

「フリー? それほどの実力者でありながら、国に仕えていないのか?」

「宮仕えは性に合わないんですよ。上から命令されて動かされるのは苦手なんですよね」

「なんと……。いや、人の生き方は個人の自由だ。無理強いなどして配下にしたところで、反抗されたら困るしな。それも一つの生き方だろう」

「まぁ、簡単な仕事なら受けてもかまいませんが、当てにされても困りますので。のんびり生きるのが性に合っているんですよ」


 見た目が胡散臭い灰色ローブの魔導士。

 だが、よく見ると装備がどれも一級品の代物である。ブレストプレートなどの装備には、ミスリルといった希少金属がふんだんに使われており、ローブは【ベヒーモス】と呼ばれる巨大な魔物の皮製。

 手にした巨大な剣状の杖は、伝説に残されてた【竜殺し】の武器に酷似している。

 並の魔導士とは比較にならない実力者であることが嫌でも分かる。


「そうか……。実力があるがゆえに、面倒事を押し付けられる可能性は高かろう。それより、そろそろ移動を開始したほうがよろしいかと。何しろ、この辺りに下劣な者共が潜伏しているとも限りませぬ」

「そうですね。では、護衛の方をよろし……」

「あぁ~、いますね。こちらを覗いているデバガメの方たちが……」

「「なっ、なに?」」


 言うが早いか、魔導士は巨大な大剣武器を水平に構えると、その剣先を森の方角に向け手元の引き金を指で引いた。


 ――ドォゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 腹に響く轟音と共に火球が生じ、剣に取り付けられた筒状の物から何かが撃ち出された。

 撃ち出された何かは森に生えている木々を幾本も抉り、その木々はバキバキと音を立てて倒れていく。

 倒れてゆく木から放り出される人影を見た時、既に敵が国内に侵入している事にルセイは気づいた。


「敵襲!!」


 アトルム皇国の戦士や護衛の騎士達が武器や盾を構え、即座に臨戦態勢に入った。

 戦士達は敵を倒すべく、森に向けて走り出す。だが……。


 ――ターン!! タタタタタター――ン!!


「ギャァアアッ!!」

「グアァアアアアアッ!!」


 先ほどの魔導士の武器とは異なる甲高い音と共に、前衛にいた戦士達が次々に倒れていく。


「なっ!? なんだ……あの武器は」

「あれは……種子島? 火縄銃か!」


 森に潜んでいた敵は、杖のようなものを水平に構え、先ほどの魔導士と同じ攻撃を仕掛けてきたのだ。

 威力に差はあるが、見た限りでは同種の武器であることが理解できた。


「勇者達は、この世界に凄惨な戦場を生み出す気か? あんな物を生産したら、軍事戦略は一変するぞ」

「貴殿はあの武器を知っているのか!?」

「えぇ……勇者達の世界の武器ですよ。もっとも、かなり昔の武器ですがね。連射は利かないはずですが、数を増やすことでその欠点は埋められる。厄介な武器ですね。盾に障壁魔法を併用すれば防げるはずです」


 そう言いながらも、魔導士は巨大な剣を構え、敵に対して再び攻撃を仕掛けた。

 轟音と共に前方の森に打ち出された弾丸は、地面に着弾すると同時に周囲の土砂ごと敵を吹き飛ばす。

 威力の面では魔導士の方がはるかに優れていた。


「勇猛なる我が戦士達よ、盾を構え防御魔法を併用せよ!! あの武器は連射ができない。敵陣内に入り込めばこちらが有利だ!!」

「「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」


 ルセイの鼓舞で戦士達は、それぞれ盾の上からシールド魔法で防御力を強化し、先手を取られ混乱した状況を埋め敵に挑んで行く。

 火縄銃から打ち出された鉛の球は、盾と障壁魔法に阻まれて決定打にならなかった。

 そして、森の中で悲鳴が上がった。



 

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