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後編

 葵屋。


 この日、翠の様子がおかしかった。


 無言でカウンター席の一つを見つめている。


 その双眸からは感情を読みとることができない。


 そして、視線の先にいたのは、冷や汗を流しながら乾いた笑顔を浮かべる月詠だった。


(…… セカンドコンタクト、ばれたのかな?)


(セカンドコンタクト。知っててやったのか?)


互いの推論は既に真実だった。


「ねぇ…… 翠君。あの人がどうかしたの?」


バイトの女の子が翠に声をかけた。


 親ですら怖がって近付かない翠に近付き、声をかけた彼女はバイトの鑑だろう。


 閑話休題。


「確かめたいことがあるんです」


そう言って翠は月詠の前に立った。


「どうも」


「ど、どうも」


口調に棘がある翠と、それを受け、あからさまに動揺する月詠。


これではどちらが年上かわかったものではない。


「光源氏計画、ご苦労様です。どうぞ諦めて帰ってください」


「え?」


何を言われたのか、それを理解するのに月詠は少々の時間を要した。


 状況があまりに似通っているのだ。


 あの“セカンドコンタクト”に。


「セカンドコンタクトって漫画の通りに動いてくれましたよね?あなたは」


(ばれてた)


月詠は泣きたくなるとともに、血の気が引く音が聞こえた気がした。心なしか、顔色も青くなっているようにも見える。


 無意識でしたことだとしても、10も年下の少年に漫画にあったように声をかけ、それでこんなにも怒らせている。


「…… ごめんなさい」


俯いて謝罪の言葉を漏らす月詠は本当に泣いていた。


「別に、本当にセカンドコンタクトを意識してあんなことを言ったんじゃないの」


嗚咽混じりの言葉は言葉になっていなかったかもしれない。ただ、それは正確に翠に伝わっていた。


「じゃあ、何だっていうんですか」


翠の問いかけに、月詠は答えることができずにただ泣き続けていた。


「はぁ…… 落ち着くまで待つから、ちゃんと聞かせてくださいね」












10分程経過して、月詠はようやく話せる状態まで落ち着いた。


「私ね、自分が子供っぽいってこと自覚しててね。いくつに見える?」


独白のようだったが、すぐに翠に話を振った。


「17…… ぐらいですか?」


「わ、嬉しい。よく15って言われるんだ。でもね、私、21なの」


翠は固まった。


 21歳。翠にとっては大人すぎる年齢だった。


 そして、目の前の月詠を21歳だとは思えなかった。


「でね、あの日の仕事してた君を見ててさ、大人っぽいって思ったの。いいなぁ、って、かっこいいな、って思えたの。そしたら、欲しいって思った。一緒にいたいって」


「それ、愛の告白ですか?」


昨晩、5時間かけてセカンドコンタクト(全34巻)を読破した(それ以上に、紙袋で無事に持ち帰ったことを評価すべきだろう)翠は、告白の仕方、その時の言葉について妙に理解できていた。


「そうかな…… うん、そうかも」


自分の恋心を自覚し、この状況を作ってしまったことで多少開き直っていた月詠は割と大胆になっていた。


「正気ですか?」


翠の反応は至極当然と言える。


「何で? セカンドコンタクト知ってるなら、いいかなって思わない?」


「話として見れば、です。現実味がありません。


 それに、大人ともなれば…その…… え、Hな事とかもするんじゃ、ないですか?」


顔を真っ赤に染め、視線を逸らして言葉を紡ぐ翠。


 それに対して、月詠はきょとんとした表情を見せた。


「大丈夫だよ。私、全然わかんないし、したことないから」


爽やかな笑顔で手を振る月詠。


「わかんない、ですか?」


「うん。学校とかで習ったりはしたけど、それで何をどうしたらいいかわかんなかったんだよね」


周りが月詠をマスコット、もしくは最後の良心として扱っている所為か、彼女が性知識を得たのは中学や高校などの保健の授業ぐらいだった。それも、彼女自身が自分にはそんなに関係ないと思い込み、月のものくらいの知識だけを理解するに留めていたのも原因だろう。


 閑話休題。


「でさ、どうかな?私と付き合わない?」


どう? どう? と、自分をアピールしようとする月詠。


「勇気ありますね。どこの席からでも視界に入るカウンター席で21歳の女性が11歳の小学五年生に告白ですか?


 でも、俺もあなたも逃げ場を失ったわけですか。やなことしてくれますね」


「ごめんね。やっぱり、迷惑だったかな?」


月詠は不安そうな顔で翠を見る。


「葵 翠です」


「え?」


「葵は、この葵屋の葵。翠は羽の下に卒業の卒って書く、ミドリって読む字です」


何が何だかわかっていない様子の月詠。


「名前です。これから末永くやっていくんですよね?だから、名前です」


「あ」


余裕のある表情の翠とは違い、月詠は嬉しさのあまり泣きながら笑うという高等技能を披露していた。


「よく泣くんですね」


「だ、だって…… 今は嬉しいんだもん」


涙を拭いながら月詠は笑う。


「私は椎名 月詠。シイは木偏に進むの部首がないの。名前忘れちゃったな…… あはは。あれ、なんていうんだっけ。


それからナは名前の名。ツキはお月様で、ミは言うに永いって…う~ん、永遠でわかるかな?」


コクリと頷く翠。


「じゃ、その永いね。それでミ」











その後、月詠は何故かテーブル席に移された。


(1人なんだけどな)


そう考えつつも、何かしらの予感もあった。


 いいことがありそうだ、と。


 一方の翠はというと、月詠の注文したケーキセットと紅茶、さらにカフェオレとクッキーを持っていた。


「何コレ?」


「年上だけどいい人じゃない。絶対に逃がしちゃだめだからね」


話し相手は店長でもある母親だった。


「手伝いは当分しなくていいわよ。それと土日なんかは家にいるのも厳禁。デートに行きなさい」


「母さん…… 何でそんなに熱くなるかな」


言いながらも諦めた翠は月詠の元へ向かうことにした。


 余談ではあるが、翠の両親は母親の一目惚れからその交際がスタートしそれが今に至るというものだったりする。


「いいこと? あんたから誘うのよ、翠」


どうしろと、小学生に。と、言いたかった翠だったが、無駄に情熱に燃えている母に対して反論するだけ無駄だと悟っていた。


「やるだけやってみるよ」


取り敢えず母を黙らせて月詠の待つ席へと向かう。それを熱い眼差しで見送る母(店長)を黙殺する店員と客。それができないのは月詠だけだった。


「お待たせしました、月詠さん」


コト、と月詠のオーダーを並べ、自分のカフェオレとクッキーを置く。


「そ、それ…… どうしたの?」


「手伝いが禁止されまして。おまけに将来の娘にはサービスだって、伝票も捨てられてしまって」


呆れながら言う翠。


「しょ、将来の娘だなんて……」


顔を真っ赤に染めて月詠。


 対称的に、翠は涼しい顔をしていた。


「余裕だね、翠くん」


「スタート時点で10歩ぐらい進んでる月詠さんとは違って、こっちはまだ0だから」


?マークを浮かべて首を傾げる月詠に、翠は答える。


「俺はまだ恋をしたわけじゃなくて。興味と好意が半々ってところだから。だから10と0。わかる?」


ぽん、と手を打って納得を示した月詠だったが、すぐにがーん、という感じの表情になる。


 それはやはり、翠が自分の告白にOKしたのに、自分に恋してはいなかったことに対してだろう。


「10対10ぐらいにしたかったら、あなたに恋させてくださいね」


「あ」


月詠の表情が輝く。

「うん! 任せてよ。私の魅力でメロメロにしてあげるから」


「…… 死語だよ、それ」


この会話の7年後、「メロメロにされました」の言葉とともに月詠の両親に結婚の申し出に行った翠がいたとかいなかったとか。

タイトルの意味は、1と0に見立てて歳の差10歳、一歩先にいるかどうか。1をIに見立てるのと、0をスポーツなどのスコアで読むラブとしてアイラブと読ませたりするようにしています。

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