《ステータス》
家に帰ってレスティに挨拶をした後、俺は風呂に入った。
久々に全力で飛んだので、結構な量の汗を掻いている。
パパッと服を脱ぎ、地球で言うところの洗濯機にあたる魔法具に放り込む。
……ちなみにこの魔法具、見た目は完全にただのゴツい箱なんだよね。
◆◇◆◇◆
風呂から上がって、夕食の材料をローザが作った冷蔵庫から取り出し、台所の上に置いたところで、クロナ達が帰ってきた。
直接リビングまで来たのは母さんだけで、後の二人は先に風呂に入ってから来るそうだ。
母さんはその間に夕食の支度をするらしい。
(クロナもそうだけど、今日はローザが疲れ切ってるだろうからなぁ)
顔を真っ赤にしながら必死に飛ぶローザを思い出して、思わずクスリと笑いが漏れる。
(……明日筋肉痛で動けなくなってたりして)
しばらくレスティとモニターを見ていたら、見るからに風呂上がりなクロナとローザが寝巻き姿で現れた。
顔がまだ赤く上気している。
「おかーさーん!おなかへったー!」
「はーい、もうすぐできるから待っててねー」
母さんの声を聞くと、クロナは「むふふ〜」と笑みを溢しながらレスティと俺の間に座った。見るからに楽しそうである。
よほど楽しみなのだなと思い、思わず俺も微笑んでしまう。
ニコニコしながらゆらゆら揺れる姿は非常に愛らしい。
次いでローザに目を向けると、ローザは幽鬼のような顔で、ふらふらと歩き、俺の隣に崩れるようにして腰を下ろした。
しかし、すぐにちゃぶ台に突っ伏してしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
俺が声を掛けると、ローザはぷるぷると顔を動かして俺を見る。
「おなかが……空きました……」
グッタリしながらボソボソと言う。
「お疲れ様。頑張ったな」
俺が労うように頭を撫でてやると、一瞬ビクゥッ!と跳ねて、その後何かモゾモゾし始めた。
「あり……がとう、ございます」
顔を伏せたまま言うローザの頭を、最後にぽんぽんと叩いた。
「疲れてるだろうが、そろそろ体起こして。母さんが夕飯持ってくるよ」
ローザが渋々体を上げるのと、台所から母さんが声を上げたのはほぼ同時だった。
「アル、レスティ、クロナ、ロー……ザは無理みたいね。三人共、ご飯できたからお皿とか運んで頂戴」
「はーい」
クロナが元気良く立ち上がり、台所に向かってぱたぱたと駆けていく。
俺とレスティは無言で立ち上がり、同じく台所へ向かった。
三人で皿やコップを運ぶ。
途中、再び突っ伏してしまったローザを起こしたりしながら、夕食の準備は進んでいった。
そして今、目の前には綺麗に並べられたパンを乗せた皿に、スプーン、果実のジュースが入ったコップ、そして食卓の中央には、もうもうと湯気を立てる、本日のメインメニュー、ビーフシチューが。
中には牛肉はもちろん、じゃがいもや人参などの野菜もごろごろ入っている。
見ているだけで食指が動く。
俺の左脇では、クロナは目をキラキラさせながらシチューを眺めている。
右でも、ローザが珍しく目を輝かせている。
そして、食卓の最後の席に母さんが腰を下ろすと、二人は期待の眼差しで母さんを見つめる。
その視線に気付いた母さんは苦笑した。
「二人共、もう待ちきれないみたいね。じゃあ、さっさと食べちゃいましょうか」
母さんが手を合わせると、みんな一斉に同じように手を合わせる。
「「「「「いただきます」」」」」
五人の声が重なった。
手を下ろすと同時にクロナが動いた。
閃く右手が狙うのは、シチュー釜のおたまだ。
しかし、クロナが手にするより早くに、おたまを掴んでいた人物がいた。
ローザである。
悔しそうに顔を歪めるクロナだが、ローザはそんなクロナの様子にも気付かず、己の皿にシチューをよそっていく。
最終的に、ローザの皿にはシチューがなみなみとよそられる事になった。
その量は、表面張力でシチューが微妙に盛り上がってしまうレベルである。
普段、少しずつよそって上品に食べるローザからは想像できない量だ。
それを見たレスティは目を丸くした。
「ローザは一体どうしたんだ?」
「ああ、それはな……」
俺は苦笑を浮かべながら帰りの出来事をレスティに話した。
レスティは、それを聞いて微笑んだ。
「だからアルがあんなに早くに帰って来たのか。クロナ達と喧嘩して追い出されて来たのかと思ったぞ」
「……まあ、ちょっと似たような事はあったがな」
俺の言葉にレスティは片眉を上げる。
俺はシチューを口に運びながら、魔法訓練の時の事も話した。
そしてレスティに「口にものを入れたまま喋るんじゃない」と怒られた。
話をしている最中、盛んにシチューを食べていたクロナが動きを止め、レスティの様子を伺うように時折チラチラと視線を向けていた。
レスティは、厳しい表情で俺の話を聞いていた。
「……成る程な。今回は大事にならなかったから良かったものの、魔法は便利な技術だが、命に関わる危険をも孕んでいる。そこのところをちゃんと自覚しなさい。……いいね?クロナ、ローザ」
クロナは明らかにしゅんとした表情で頷き、さっきまでこれまた珍しく一心不乱にシチューをかっ込んでいたローザも、コクンと頷いた。
レスティは俯いているクロナの頭をぽんぽんと叩いた。
クロナははっと顔を上げる。
「……次からは気を付けなさい」
微笑みながら言うレスティを見て、二人は花が咲いたようにパァッと明るくなり同時に「「うん!」」と頷いた。
何だかレスティは父さんよりも父親らしいな。
(あの放蕩者は今は一体どこで何してんだか……)
俺は思わずため息を吐く。
「?どしたのアル」
いきなりため息を吐いた俺を不思議がるように母さんが聞いてくる。
俺は苦笑して小さく首を振った。
「何でもないよ」
◆◇◆◇◆
夕食後、母さんは風呂に入り、レスティは洗い物をしている。
俺とクロナとローザはボーッとモニターを眺めているところだ。
ふと、俺は思いついた。
「なあ、クロナ、ローザ。今日の訓練は色々あったけど、なんだかんだ頑張ったんだしレベル上がってるかもよ?《ステータス》見てみれば?」
「今日の訓練」の部分でビクッと身を竦ませたクロナだが、後の言葉を聞いて「あ」と少し間の抜けた声を上げた。
「そーだね、上がってるかも。おねーちゃんも見てみれば?」
「そう、ですね……最後の駆けっこもキツかったですし……」
そう言って二人は体から力を抜くようにふぅっと息を吐いた。
俺はそんな二人を見つめる。
◆◇◆◇◆
《個人名》
クロナ・エルクリア ♀ Lv23
《種族》
赤皇龍(第二段階)
《能力値》
HP 725/725 MP 1084/1084
STR : 1480
DEF : 365
AGI : 940
HIT : 314
INT : 497
《魔法》
•炎魔法(第二段階)
•人化
•自己身体強化 (30%UP)
《スキル》
•炎鱗
•火炎ブレス
•念話
《称号》
炎の龍
◆◇◆◇◆
《個人名》
ローザ・エルクリア ♀ Lv26
《種族》
晶眼蛇龍(第二段階)
《能力値》
HP 684/684 MP 1890/1890
STR : 457
DEF : 684
AGI : 423
HIT : 840
INT : 1760
《魔法》
•氷河魔法(第三段階)
•流水魔法(第二段階)
•疾風魔法(第二段階)
•回復魔法(第二段階)
•人化
《スキル》
•龍鱗
•凍結ブレス
•念話
•天翔の羽毛
•魔水晶の瞳
《称号》
氷の龍、三色の魔術師
◆◇◆◇◆
……ふむ、クロナはこないだ見た時はレベルが22、ローザは24だったから、二人共レベルが上がったようだ。
特にローザは二つも上がっている。
きっと駆けっこで頑張ったお蔭だろう。
俺がそう思った直後に、クロナとローザが喜色を含んだ声を上げた。
「やったーおにーちゃん!レベル上がったよー!」
「私も上がりました!しかも、一気に二つもです!」
ローザの言葉に、クロナは目を丸くする。
「ふたつも!?すごいねおねーちゃん!がんばって飛んだからじゃない!?」
「そうですね、たまには多少無理をするのもありかもです!」
二人顔を見合わせはしゃぐ二人を見て、このシステムもなかなかありだよなと思った。
◆◇◆◇◆
俺が《ステータス》の存在を知ったのは五年程前。
母さんから魔法を教わる時に、必要な事だからとその存在を教えられた。
初めて知った時は流石に仰天した。
ドラゴンだってファンタジーの世界の住人だが、《ステータス》なんてものもあるなんて。
母さんが言う通りに、頭の中で『ステータス』と念じると、個々人の能力を数値化した、まるっきりRPGの《ステータス》が出てきた。
それも、ぼんやりしたものじゃなくて、はっきりと頭の中に映っている。
俺は《ステータス》の項目を吟味した。
そして見終わると、ほっと一息吐く。
大体は普通のRPGと同じようだ。
HPやMPはもちろんの事、STRや、DEF、AGIやHITにINTと。
お馴染みの項目を見て、何だか安堵した。
その下には魔法やスキルに称号なんてのもある。
魔法のところがに目に入った時、急に胸が熱くなるのを感じた。
やっぱり男の子だもの。
魔法は嬉しい。
さて、 《ステータス》を見ると、初期値だからどうにも判断し辛いが、俺は敏捷値が秀でているように見える。
スピード型か。何かいいね。
魔法は〜っと、あった!あったよ奥さん!
俺の《魔法》の項目には、一つの魔法が記されていた。
俺の魔法は……『重力魔法』か。
よく分からんが、強そうだな。
そしてお次はスキル……ん?
なんだこりゃ?『龍の慧眼』?
何か強そうだな……効果は……っと。
『龍の慧眼』
自分のレベルに近い、またはそれ以下の者の《ステータス》を閲覧する事ができる。
へぇ、なかなか役に立ちそうなスキルだな。
で?その下の『転生者』ってのは?
『転生者』
極限状態に陥った時、特殊な系統の種族に進化する事が可能となる。
何だこりゃ?
確かにロマンはありそうだけど……極限状態って言われてもな……。
……『う○こ漏れそうな時』くらいしか思いつかない。
ってゆうか、『進化』とかあるんだな。
まあ、取り敢えず今は関係無さそうだな。
何だかこの世界で生きていくのが楽しみになってきたな。
でも、不安要素が無い訳じゃない。
異世界転生モノを読んだ事がある人なら分かるだろう。
普通、自然界には《ステータス》なんてものは存在する訳がない。
あるとすれば、それは人為的に作られたモノだ。
一つの世界の生物全てに《ステータス》なんてものを付けられるような存在。
……そう、《管理者》だ。
まあモノによっては神だったり何だったりする訳だけど。
大体その《管理者》的存在はラスボスで、正に神のような力を持っている事が多い。
で、転生して来た主人公はそいつらと戦う羽目になる訳なんだけど……
……はぁ、俺んとこはそんなの無ければいいけど。
今から憂鬱だよ。
◆◇◆◇◆
……そんな訳で、俺は大きな期待と一抹の不安を抱えて今まで生きてきたのである。
はあ、思い出したらまた憂鬱になってきた。
「おにーちゃん、どーしたの?」
「ボーッとなされて、どうかなさいましたか?」
遠い目で鬱々としていた俺を心配したのか、妹達が優しく声を掛けてきてくれた。
……癒やされる。
ありがとうマイシスター。
お蔭で何だか気分が少し明るくなったよ。
「心配してくれてありがとう。それより、レベルが上がった事、母さんに話してあげたら?」
二人ははっとなって顔を見合わせた。
「そーだね、おかーさんにもおしえてあげよ!」
「そうですね、かあさまにも自慢したいです!」
「いこっ!おねーちゃん!」
言うが早いか、立ち上がって走り出すクロナ。
「あっ、待って下さいクロナちゃん!」
ローザも慌ててその後を追いかける。
……そして、クロナが開けっ放しにしていたリビングの扉をきちんと閉めていった。
えらいぞ、ローザ。
ぱたぱたという二人の可愛い足音を聞いて、頰が緩む。
やはりうちの妹達は世界一可愛いな。
そんな事を考えていると、ふと思い出した。
俺、まだ《ステータス》見てないな。
俺はふうっと力を抜き、心の中で「ステータス」と唱えた。
◆◇◆◇◆
《個人名》
アルバート・エルクリア ♂ Lv39
《種族》
聖光龍(第三段階)
《能力値》
HP 2447/2447 MP 6710/6710
STR : 1896
DEF : 1047
AGI : 5896
HIT : 1452
INT : 2630
《魔法》
•轟雷魔法(第三段階)
•聖光魔法(第三段階)
•突風魔法(第三段階)
•重力魔法
•回復魔法(第二段階)
•人化
《スキル》
•龍の慧眼
•転生者
•雷光ブレス
•刃の鎧
《称号》
転生者、守りし者、雷の龍、光の龍、四色の魔術師