紅蓮の怪物はスーパー主夫
突然現れた赤い怪物は、無差別に村を襲った。
家を壊し、畑を焼き、家畜や人を殺した。
命からがら逃げ延びた者達もいたが、数は多くなかった。
村人は、全体の半分にも満たない数まで減ってしまっていた。
残った村人達は、仲間や家族の仇を討ってもらうため、イグルス王国へ足を運んだ。
村人達の嘆願に心動かされた王様は、すぐに討伐隊を編成し、怪物の討伐に向かわせた。
しかし、彼らは戻っては来なかった。
王宮の中にも暗いムードが蔓延し、王様も村人達も、皆絶望に暮れていた。
そんな時、突然一人の研究者が名乗りを上げた。
彼女の名は『フレティア』。
年若く、怖いもの知らずで有名な天才研究者だった。
フレティアは周囲の反対を押し切り、二人の騎士を連れて調査に向かってしまった。
それから二ヶ月もの時が過ぎ、誰もが彼女の生存を絶望視していた。
その時、現れた時と同じように、フレティアが突然帰って来た。
旅立った時と同じく、彼女は二人の騎士を連れて、よれよれの白衣を着て笑っていた。
王宮の者達、村人達、研究者の仲間達は彼女の帰還を心より喜んだ。
彼女が、怪物を『封印』する方法を持ち帰ったと聞き、さらに喜んだ。
しかし、その方法を聞いた一同は落胆を露わにしてしまう。
フレティアが持ち帰ったその方法は、『封印の術式を仕込んだ巨大な岩の塔を無数に建てること』だった。
しかも、柱の数はいくつになるか分からないと言う。
皆、そんな事は不可能だと言ったが、フレティアは首を横に振った。
この方法しか怪物を鎮める方法は無いし、このまま放っておけば被害はさらに拡大してしまう。
それを聞いた王様は頭を抱えた。
何故なら、その『被害』の中に、自分達の国が入ってしまっているからだった。
悩む王様の元に、隣国からの救いの手が差し伸べられたのは、そんな時だった。
隣国から力自慢や魔術師が集められ、龍を倒したという英雄まで駆けつけた。
王様や村人達に、希望の光が見えた瞬間だった。
作業はすぐに取り掛かられた。
魔術師が沢山の岩に封印の術式を施し、それを力自慢の男達が山の麓の森まで運び、積み上げていく。
その間、作業を怪物に邪魔されないように、英雄は怪物と闘い続けた。
怪物は英雄と互角に渡り合う程強かった。
英雄は岩の柱が建てられていく中、怪物と闘い続けたのだ。
こうして、三年もの月日が経った。
変化は突然現れた。
突如として、英雄と闘っていた怪物が苦しみだしたのだ。
そして、英雄に見守られる中、怪物は煮え滾る溶岩の中に吸い込まれていった。
湧き上がる快哉。
国に帰ると、王様や村人達は、英雄や魔術師、男達に喝采を浴びせた。
それから三日三晩、イグルス王国はお祭騒ぎとなった。
やがて、残った村人達は、山の麓に再び村を再興した。
復活した村には、怪物に殺された村人達の慰霊碑に、怪物を鎮めるための祠が建てられたと言う。
◆◇◆◇◆
俺はこの話を聞いた時、特に何も思わなかった。
所詮は作り話だし、子供向けだと思ったからだ。
しかし、翌日にマグマの中から出てきたレスティを紹介されて、度肝を抜かれた。
まさか物語の怪物が実在するとは思わなかったからだ。
というか、この火山が物語に出て来る火山だという事も初めて知った。
しかし、レスティが本当にいるとなると、様々な疑問が湧いてくる。
物語だし、多少の誇張は仕方ないと思うが、それでも看過できない点がいくつかあった。
まず一つ、研究者フレティアだ。
彼女はたった二人の護衛しか連れずに旅立った。
全滅したとは言え討伐隊の兵士だってそれなりに強かった筈だ。
それなのに、たった三人で旅に出るなど、もはや無謀を通り越して完全に愚者である。
だが、彼女は帰って来た。
護衛の二人も含めて全員無事で、だ。
普通に考えてあり得ないだろう。
しかし、彼女は帰って来たのだ。
三人で旅に出た彼女が考えなしの愚者でなければ、残る可能性は一つ。
彼女には確信があったのだ。
たった三人で足り得るという確信が。
彼女はもしかしたら最初からレスティの事を知っていたのかもしれない。
だから、レスティと闘いにならなかった。
どうやって封印の方法を知ったかは分からないが、少なくともフレティアとレスティの間には何らかの繋がりがあったのだと思う。
次に、あの英雄だ。
あれは普通に考えておかしいだろう。
三年間ぶっ通しで闘い続けるとかどんな化け物だ。ドラゴンにだって不可能だぞ。
だから、俺はこの英雄もフレティア達とグルだったんじゃないかと思ってる。
そうすれば別にレスティと闘い続ける必要は無いし、フレティアかその仲間が食糧を英雄に届ければ問題無しだ。
この話しだと、レスティは自ら望んで封印されたと考えられる。
もしかしたら封印の方法もレスティが教えたのかも知れない。
だとしたら、レスティは一体何故自分から封印されることを望んだのだろう。
村を襲い、討伐隊を全滅させたと思ったら、自ら封印されようとする。
レスティの行動には一貫性がない。
もちろん、途中で改心したとかもあるかもしれないが……。
それに、封印の方法を持ち帰ったと言う偉業を成した筈のフレティアが、物語の終盤では全く出てこなくなるのも気になる。
何だか頭の中ごちゃごちゃしている。
全く答えが出てこない。
迷いに迷う俺の考えは、この後、更に謎を深める事になる。
◆◇◆◇◆
俺が五歳の頃の話しだ。
俺は母さんに頼んで、岩棚に人間の家を作って貰った。
この頃は、本格的に母さんが教師を務める魔法の授業が始まり、俺達が『人化』の魔法を覚えた頃だった。
最初は今のように快適ではなかったが、それでも人間の暮らしを、クロナもローザも母さんも楽しんでくれていた。
この時、クロナが言ったんだ。
『ねー、れすてぃもさそおうよ』
この頃は、料理を作るため、母さんが人間の国へ行って働き始めた頃だ。
料理を作るためには、食材を買うお金を稼がなければならない……。
これまた、生肉を食べ飽きた俺が出した要望だった。
……今思うと、この頃は母さんに散々我が儘言っちゃったなぁ……。
とまあ、そんな訳で母さんは働きに出てるため、家を開ける事が多くなった。
そのため、母さんが留守の時は俺がクロナ達の面倒を見ていた訳だが、この時のクロナ達はまだ五歳。
今よりもずっとやんちゃだったのだ。
物は倒すわ飲み物はこぼすわ……本当に大変だった。
岩棚で遊んでいる時も、勢い余って岩棚から落っこちたりした。
当然俺は真っ青になって岩棚の下を見る。
目に映ったのは。
睡眠魔法で眠らされてすやすやと寝息を立てているクロナと、クロナを優しく抱いているレスティがいた。
こうして、クロナが落ちる度にレスティに助けられ……を繰り返しているうちに、俺達とレスティは何となく仲良くなった。
俺は母さんから、迷惑を掛けない代わりにこの場所に住まわせてもらっていると言う事を聞いていたので、いつも謝っていたのだが、レスティはその度に「気にしないでくれ」と笑った。
そんな中でのクロナのあの一言である。
翻訳を挟むと、
「いつも助けられているレスティに、新たな寝床と料理を提供する代わりに、正式に我が家の代理保護者として採用してはどうか」
と言う事だった。
母さんが悩んだ末にレスティに相談を持ち掛けると、レスティはすぐに許諾し「雑事もこなすので是非雇い入れてくれ」と逆に頼み込まれた。
彼も、度々落ちてくるクロナに肝を冷やしていたのだそうだ。
こうして、母さんと俺、クロナとローザに加えて、レスティが同居人兼保護者として家族の仲間入りを果たしたのだった。
レスティの職場環境を良くしようと、フローリングやモニター、それぞれの私室を導入したのもこの頃だ。
◆◇◆◇◆
レスティと暮らし始めて、彼のスペックの高さに俺と母さんは驚かされ続けた。
彼の仕事内容は『母さんの外出時に俺と妹達の面倒を見る』だけだったのだが、彼は「こんなに良くして貰っているのだから」と、仕事の合間に家事もこなし出した。
彼はクロナ達が昼寝をしている時間などの合間を縫って、炊事洗濯に掃除に風呂焚きまで、あらゆる家事をこなした。
しかもその練度が半端ではない。
彼の炊くごはんはとてもふっくらとしているし、彼の洗濯した服はシワひとつなくさらには花の香りがする。さらに掃除をすればチリひとつなくフローリングが鏡のようにピッカピカになるし、風呂のお湯の温度も実に絶妙だった。
お花エプロンのレスティが誕生したのはこの頃だ。
母さんはいつも申し訳なさそうにしていたが、レスティは笑って「好きでやっているから気にしないでくれ」と言った。
母さんはそれでも申し訳なさそうにしていたが、その反面、レスティの家事スキルの高さに少し嫉妬していたようだった。
やがて、母さんは料理以外の家事をほとんどしなくなり、家の雑事はほぼレスティの仕事となった。
そうして、今に至る。
この五年間レスティと暮らして分かったが、彼は真面目で勤勉で、誰に対しても礼儀正しく優しい。
こんな完璧な善人が、昔、村を襲ったなんて、正直俺は信じられなかった。
何年か前に、その事をレスティに聞いてみたが、彼は珍しく迷ったような表情を見せ、結局はぐらかすように笑みを浮かべた。
その笑みが、どこか寂しさを孕んでいるように俺は感じた。