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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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我が家の同居人

広い荒野。

太陽が照らす晴天の空。


その蒼穹の青を切り裂くようにして、四つの巨影が空を舞う。


一つは、金色の(たてがみ)をなびかせ元気よく羽ばたく赤い仔龍。


一つは、その赤い仔龍に必死に食らいつく蛇のような白い仔龍。


一つは、仔龍の少し先を先導するように飛ぶ、真紅の巨龍。


そして、最後の一つ。


他の三体を置き去りにするような凄まじいスピードで宙を貫く、金色の仔龍。


彼は、ぐんぐんスピードを上げ、他の三体を引き離していく。

その様子に、真紅の巨龍はため息を漏らし、赤い仔龍は感嘆の表情を浮かべ、白い仔龍は……そんな事を気にする余裕はないようだ。



◆◇◆◇◆



俺だ。


俺は今、空を飛んでいる。


人間ならば、一度は夢見た事だろう。

この広い大空を自由に飛び回りたい、と。


俺はそれを存分に楽しんでいる。




駆けっこが始まると同時に、クロナ達は勢い良く飛び出していく。


しかし、その中に俺はいなかった。


妹達が飛んでいくのを、俺は滞空しながら眺めていた。



これはハンデだ。



別に(おご)りでも何でもなく、歴然とした事実、俺は四人の中の誰よりも速い。

クロナと、ローザでは、勝負にもならない。

唯一、母さんは俺に匹敵する速度を出せるが、母さんは事前に『本気を出さない』と言っていたので、その言葉は守るだろう。

事実、三人の先頭を駆ける母さんは、全然本気の速度ではなかった。


しばらくして、三人の影がゴマのように小さくなった。

ようやく俺は動き出す。


滞空姿勢を維持するために羽ばたかせていた翼を畳む。

一瞬の空白の後、俺の体は重力に引かれて落下し始める。

そして、十分な速度が付いたところで再び翼をバッと広げた。


空気を掴み、風に乗る。


ドラゴンになって、最初に母さんに教わった事だ。


初めは全く訳が分からなかったが、飛行訓練の最中に、何となく感覚を掴んだ。


目の前の地面が凄いスピードで近付いてくる。


地面に激突する寸前、俺は思いっきり上体を起こした。


突風を巻き起こしながら、地面擦れ擦れを風のように滑空する。


何度か羽ばたき、高度を上げる。


十分に高度を取ったら、翼を思いっきり広げ、徐々に落下しながら滑空する。


それを繰り返すだけで、俺の速度はぐんぐん上がっていく。


さっきまでゴマ粒程の影にしか見えなかった三人の影が、どんどん大きくなっていく。


目まぐるしい速度で流れていく景色。


不思議な事に、俺のこの速度に、体も、思考もちゃんと付いて来ていた。

人間だったならあり得ない事だ。

もはや俺の速度は時速200キロを超えている事だろう。

やはり、ドラゴンになった恩恵は大きい。



俺の種族の名は、『聖光龍(ホーリーレイドラゴン)』。


(レイ)』の名を冠する通り、成体は正に光のような速度で飛ぶらしい。


まだ幼体の俺には、亜音速が精々だ。


……まあ、亜音速を『精々』と言ってしまう辺り、俺の人間的な常識は大分ドラゴンに侵食されているらしい。


ともかく、この速度特化の種族である俺は、スピードに並々ならぬ自信を持っているのだ。


スピードなら大抵のドラゴンには、例え成体だろうと打ち勝つ自信がある。


もちろん、俺と同じ系統の種族の先輩には敵うとは思わない。が、母さん曰く、光龍(レイドラゴン)種はかなり希少らしいので、いくら世界広しと言えど、そうそう敵う奴はいないだろう。


そもそも、ドラゴンは絶対数が少ないからな。


長い奴は何万年と生きる超長命種なので、繁殖力が極限までに低いのだ。

だから、母さんは俺達(の卵)を産んだ時、あまりの嬉しさに三日三晩号泣し続けたらしい。


父さんと出会ったのが二千年以上前だと言うから、その繁殖力の低さが(うかが)える。


二千年以上とか、少なくとも俺が人間だった時の二〇十五年を基準に考えても、もう紀元前レベルからずっと、という事になる。


そりゃ母さんの喜びもひとしおだろう。


……まあ、二千年間ずっと盛っていた訳では無いだろうが。


うん、何だかこの話題は息子としてはフクザツなのでもうよそう。



◆◇◆◇◆



さて、そんな事を考えているうちに、母さん達に追いついたぞ。


母さんは呆れたような視線を俺に向け、クロナは目を丸くして驚いている。

ローザは……っと、クロナ達に追い縋るだけで精一杯のようだ。

白い顔を真っ赤にして頑張っている。


『先に帰ってる』


俺がそう言うと、母さんは頷いた。


『ええ、分かったわ。……悪いんだけど、台所に食材を出しといてくれないかしら?材料はまだ先週買った分が残っている筈だから』

『りょーかい』

俺は母さんに頷き返し、ローザにひとこと『頑張れ』と言ってから、再び速度を上げた。



◆◇◆◇◆



視界に入った側から高速で流れていく景色。


俺は全力で飛翔していた。


耳元では風がごうごうと唸りを上げている。


ふと、遠くに影が映った。

影はどんどん大きくなる。


よく見ると、それは岩でできた柱のようなものだった。

一つ一つが、尖塔並みに巨大だ。


無数に乱立する岩の柱を、俺はすいすい躱していく。

体を傾け、翼を畳み、時には回転して……。


ぐるぐると回る視界の中、岩の柱を正確に捉え、ギリギリで躱していく。

速度はほとんど落ちていない。


やがて眼下にちらほらと緑が映るようになり、すぐに鬱蒼とした森林に変わった。


岩の柱を抜けると、愛しい我が家が目に入る。


『レスティアス火山』。


それが我が家の名前だった。


ちなみに、『レスティアス』とは昔、今の我が家である火山を拠点として暴れ回っていた怪物(モンスター)の名前だ。

さっきの岩の柱は、彼を火山に封印するためのものらしい。


数えるだけで数百もある岩の柱が人工物だと言う事にも驚きだが、人間達にそこまでさせたレスティアスは一体何をしたんだろうと疑問に思う。



◆◇◆◇◆



火山の火口の直前で翼を広げて急制動する。


丁度いい具合に火口の真上で静止した俺は、羽ばたきながら火口の中へと降りていく。


やがて見慣れた岩棚が近くなると、『人化』の魔法を発動し、『人間』アルバートの姿になる。

『人化』の魔法とは、読んで字の如く、人に変身する魔法である。その効果は、術者が解除しない限り永続的に発揮し続ける。


ちなみに、人間時の俺は輝く金髪碧眼の爽やかイケメンだ。

自分で言うのは何だが、イケメンとしか言いようが無いのだから仕方がない。


最初はこのキラキラした顔に慣れなかった……と言うか、今も慣れていないのだが、変更は不可能らしいのでもう諦めた。


岩棚に降り立つと、視界には巨大な扉が目に入る。

黒鉄で造った無骨な扉は、三メートル近くの大きさがあり、見るからに重厚だ。


実は、火山(我が家)には入り口が二つある。

一つは、俺を含めた家族が使っている火口の巨大な穴。普段はこれを使う。


もう一つは、火山の麓へと繋がる、一本の洞窟だ。

この道は母さんが最寄りの街へ働きに、あるいは買い物に行く時に使うものなのだが、たま〜に、極稀に招かれざる客が来たりする。

そんな時に勝手に家に上がられたりするのは嫌なので、三年くらい前に家族で協力して作った。


ちなみに、極稀にやって来る客は人間ばかりだ。しかも大概が『ドラゴン退治にやって来た』とかほざく冒険者(アホ)達だ。

その時はクロナが輝くような笑顔とパンチで追い返すのだが、時にはちゃんとした用があって来る者もいるので、そんな人用に、扉の外にはインターホンを設置してある。


俺が作った。


まあ、そんな訳で、我が家は黒鉄の扉とクロナと言う、完璧なセキュリティを備えている訳だ。


さて、岩棚に颯爽と降り立った金髪碧眼の俺は、岩棚の真ん中にある階段へと歩いて行く。


何故火山の岩棚に階段が?と思う人は多いだろう。

だがしかし、この階段こそが、我が家へと繋がる玄関なのである。


階段を降りていくと、すぐに木製の扉が現れる。

ノブを捻り、扉を開くと、日本によくあるような玄関と靴箱が。


俺は靴を脱ぐと、長い廊下を歩く。


床はフローリングだ。

もともとは普通にごつごつした岩だったのだが、『足が痛くなる』と要望が出たので、俺が魔法で作った。


工程はこうである。


材木→細長い板になるよう斬る→形を整える→ニスを塗ってツヤ出し→防腐魔法→強力な粘着魔法を片面に→設置


である。


壁と天井にも、木の皮で作った壁紙を貼ってある。

天井には、ワンタッチで点く光の魔法具を吊るしてある。


長い廊下の途中には、家族の私室やトイレや風呂、その他の部屋がある。

だが、俺はそれらを通り過ぎて、一番奥の扉へと向かっていく。


扉の窓からは、光と、誰かの声や音が聞こえて来る。


俺は迷わず扉を開いた。


「レスティただいまー」


扉を開くと、そこはリビングである。


木製のちゃぶ台に家族の人数分の座布団。

左の脇には台所がある。


そしてリビングには、一人の人物がいた。


座布団に座ってモニター(地球でのテレビのような魔法具)を見ていた人物は、俺の声に反応して顔を上げた。


「お帰りなさい、アル。クロナ達はどうした?」


その人物は男だった。

赤銅色の長髪に、切れ長の目。褐色の肌に通った鼻筋など、見るからにイケメンである。

ただ、俺みたいな色白な繊細な雰囲気ではなく、歴戦の強者の風格を漂わせている。


しかし、それは彼が掛けているお花のワッペンの付いた可愛らしいエプロンのお蔭で台無しになってしまっている。


だがそのちくはぐさが、近寄り(がた)い彼の雰囲気をいい感じに和らげてくれている一因である事に違いはない。



彼の名はレスティアス。

我が家の同居人である。


お気付きになった人もいるだろう。

彼こそが、昔人里を襲って暴れ回っていたと言う、『紅蓮の怪物・レスティアス』である。


今でこそ家族から『レスティ』の愛称で呼ばれ親しまれている彼だが、俺は最初彼の事を知った時、酷く驚いたものだ。



◆◇◆◇◆



あれはまだ俺が三歳にもなっていなかった頃だ。

母さんは俺達に色々な話をしてくれていた。


童話や冒険譚、昔話や吟遊詩人の(うた)まで。母さんは多種多様な物語を知っていて、毎夜眠る前に語ってくれたのだ。


その中にあったのが、レスティの登場する《紅蓮の怪物》だった。


「むかしむかし」で始まる物語の内容は、かいつまんで説明すると、こうだ。



◆◇◆◇◆



ある日、山の近くの村を地震が襲った。


その地域は稀に地震が発生するため、時折の地震にも耐えられるよう、建物は頑丈に作られていた。


しかし、その頃、村では地震が多発するようになる。


建物は無事だったが、村人の間では前代未聞の異常事態に不安の声が上がり始めていた。


村人達は不安だったが、だからと言って何が起きるかも分からず、そんな不確定な事のために村を捨てる訳にはいかず、形だけの話し合いが行われ、ズルズルと時を浪費していった。




そしてある日の真夜中、地を震わすような轟音に、村人達は叩き起こされた。


村人達は慌てて外へ転がり出た。


そこで村人達が見たものは、真っ赤に染まった山だった。


山の山頂はものの見事に吹き飛び、そこからは血のように真っ赤なマグマが流れ出てくる。


村人達は当然のようにパニックになる。


逃げようとする者が大半、残りは茫然自失状態で立ち尽くす。


逃げようとする者も、混乱した状態で何をすればいいか分からず、意味も無く喚き散らす者、夜闇の中、何もないところ転ぶ者。


村は恐慌に陥った村人達によって、怒号と泣き声が飛び交う混沌となった。




そんな時だ。


山の麓の森の中から一人の人が出て来たのだ。


よく見ると、それは人ではなかった。


炎のように揺らめく髪に、岩のような肌。

手には鋭い爪を持ち、その目は見る者を恐怖に(おとしい)れる赤。






『紅蓮の怪物』がそこにいた。

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