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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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ローザの苦手な事

(ふぅむ、やはり壮観だな。)


俺を見下ろしている二体のドラゴンを眺め、俺は心の中で一人そう呟いた。


二人のこの姿を見る(たび)、ここがもう地球ではない異世界なのだという事を実感する。

もうこの世界に転生して十年以上経つので、もはや人間だった頃の記憶には(ほころ)びが出てきている。

昔の記憶が遠くなっていく事を実感する度に、何となく寂しさは感じる。だが、今俺はこの世界のドラゴンだし、可愛い妹達も、優しい母さんもついている。

彼女達の笑顔が、俺の寂寥を和らげてくれた。


『ねーおにーちゃん、早くかえろーよー』


俺が一人感傷に浸っていると、頭上からクロナの声が響いてきた。

彼女は半目で俺を睨み付けている。

かなり不機嫌に見えるので、相当お腹が減っているのだろう。


まあ、訓練で散々魔法を使ったから、それも当然か。


俺は目を伏せ、体に纏っていた魔法を霧散させた。

その直後に視界を染め上げる金色の光。


やがて光が収まり、(まぶた)を開くと、視線がさっきよりも高い位置にあった。

クロナとローザより、少し低いくらい。


この差を感じる度、俺はため息を禁じ得ない。


クロナとローザはまだ幼体なので、成体のドラゴンと比べるとやや小さい。

大体、三メートルくらいだろうか。


まあ、それでも普通に大きいのだが。


俺が密かにコンプレックスを抱いているのは、体の大きさなのだ。


俺とて、別に大きさで言えば二人とあまり変わらないのだが、体の構造上、どうしても縦に伸びないのだ。


クロナは、正に『ドラゴン』と言った姿で、首の長い有翼のトカゲのようだ。


ローザは体躯だけなら東洋の『龍』と言った感じだ。

見た目はどっちかって言うと水棲生物のようなのだが、宙に苦もなく浮いている。


二人は首が長く、視線が高いのだ。


一方で俺は。


簡単に言うと、ゴツいイグアナと言った感じだろうか。


いや!別にまんまイグアナという訳じゃない!

ちゃんと甲殻もあるし、翼だってある。

俺の甲殻は鋭く、刃のような特徴を持っている。

中でも、尾の先端の甲殻は一番大きく鋭い。

尾の両端から生える巨大なブレードは、取り敢えず試してみただけで、堅牢な岩を豆腐のように斬り裂く事ができた。

見た目は両刃の斧のように見える。


俺の一番の武器だ。


おまけに雷も操れたりする。


見た目に関しても、戦闘能力に関しても申し分無い。


自分で言うのも何だが、とても優秀なドラゴンなのだが、個人的に唯一の欠点がある。


イグアナなどのトカゲを知っている人なら分かるだろう。



そう、首が短いのだ。



別に不恰好に見える程短い訳では無いのだが、妹達と比べるとどうにも短い。

そして、首が短いと、顔を高く上げる事ができない。


その結果、俺はクロナ達と比べるとどうにも小さく見えてしまう。


誠に自分勝手な理由なのだが、こう、兄の威厳と言うかそうゆうものが欠落しまっている感が否めないのだ。


もちろん、そんな事で俺を軽視するような妹達ではないのだが、俺の気持ち的にどうにも釈然としない。


そうゆう訳で、元の姿に戻る度に俺は一人悶々としているのである。


『ねー、おにーちゃん早くかえろ?」

『にいさま、クロナちゃんじゃないですが、私もお腹が減ってきてしまいましたわ』


妹達が急かしてくる。


ふと視線を動かすと、二人の隣には俺達よりもひと回りもふた回りも大きな真紅の巨龍が佇んでいた。


母さんである。

今日も超かっこいい。


母さんは、人間が見たら失神してしまうのではないかと思う程、強者オーラをこれでもかと撒き散らしている。


とてもかっこいい。


まあ、これは俺の人間部分で感じた事であって、ドラゴンとして見るといつものニコニコ優しい母さんなのだが。


『さあ、帰りましょうか』


母さんがそう言うと、妹達は仲良く『はーい!』と元気に返事をする。


そして、母さんとクロナは翼を広げ一瞬力を溜めた後、グワァッ!と舞い上がった。


翼の羽ばたきによって発生した突風が地面の砂を巻き上げる。

人間ならこれだけでもひとたまりもないだろう。


ローザは「きゅおぉぉん」と一鳴きして、空中を滑るように、ゆっくりと舞い上がる。


毎度思うが、非常に美しい。

力強く羽ばたく母さん達とはまた別種の、優雅な美しさだ。


思わずため息が出そうになる。


俺は三人が飛び上がるのを見届けてから、力を溜めるように体を縮めた。

そして、その場で円を描くように助走をつけてから、一気に飛び上がる。


勢い良く宙に身を躍らせた俺は、すぐさま折り畳んでいた翼を広げ、空を駆ける。


そうして、俺は母さん達より少し高い位置にまで昇り、翼をはためかせ滞空姿勢を取った。


さあ、帰ろうとみんなが思った時、クロナが口を開いた。


『ねえねえ、せっかくだからおうちまできょーそーしよーよ!』


突然の申し入れにみんなは一瞬ギョッとなるが、すぐにそれぞれの反応を取る。


『あら、楽しそうね』

と、笑顔で言うのは母さん。

クロナは母さんの同意を取れたのが嬉しいのか、元気よく『でしょー!?』と言いながら空中を飛び回る。


……競争をするなら、その前に体力を使うような真似はよした方がいいのではないか、と俺は思うのだが、クロナはそんな事は気にしていないようだ。


『ま、いいんじゃないか』

そう言うのは俺だ。

速さには自信があるので、競争をするのは(やぶさ)かではない。


クロナは俺の反応を見て、満足そうに『うんうん』と頷いている。


しかし、一人、あまり良い顔をしていない(じんぶつ)がいた。



ローザである。



『く、クロナちゃん?別に急がなくてもビーフシチューは逃げませんよ?いつも通りゆっくり帰りましょう?』


俺は『ん?』と片眉を上げる。


『えー?たしかにそーだけどー、いっぱい動いておなかすかしたほーがおいしーじゃん』


珍しくクロナの正論。

準備運動らしき事をしているクロナを見て、ローザは慌てたように続ける。


『た、確かにその通りなのですが……、今日はもうたくさん訓練をしたではないですか?もう十分かと……』

『うるさいなー、べつにいーじゃんよー』


食い下がるローザに、クロナは煩わしそうに顔を背ける。


『で、ですが……』


俺は不思議に思った。


ローザは何故こんなに強硬(?)に競争を拒むのだろう……?


少し考えると、意外にも簡単に答えは見つかった。思わずローザを見てにやけてしまう。


『な、なんですかにいさま……?』


ニヤニヤしながら見つめる俺を、何か変質者でも見るような目で見るローザ。


『ローザ、お前、駆けっこ苦手だもんな』


俺のその一言に、ローザはボディーブローでも食らったように『うっ!』と呻く。

母さんはなるほどと頷き、クロナは狼狽えているローザを見てぽかんとしている。


『ローザ、意外に負けず嫌いだものねぇ』

『おねーちゃん、そんなりゆーで……?』


クロナの呆れたような視線に耐えかねたのか、ローザはうがーっ!とクロナに食いかかった。


『だ、だって仕方ないではありませんか!私は飛行が得意なタイプではないのです!』


手をわたわた振りながら抗議するローザ。


可愛い。


思わず俺の相好が崩れる。


種族を理由にして何とか駆けっこを避けようとするローザに、俺の小さな悪戯心が疼いた。


『ローザ、お前の種は別に飛行速度が遅い訳じゃないんだぞ?速度特化の俺や成体の母さんはともかく、攻撃特化のクロナとは十分張り合える筈だ』

暗に「お前の実力次第なんだぞ?」と伝える。もちろん、ニヤニヤ笑いを添えて。


『私は別に、子供達相手に本気を出したりはしないわよ?』

ボソッと訂正を求めてくる母さんを、俺は華麗にスルーする。


俺の発言を聞いたローザは、愕然とした表情で俺を見つめてくる。

ローザの「ブルータス、お前もか」的な視線を俺は澄まし顔でいなす。


『おねーちゃん、にがてなことはどりょくして『こくふく』しなきゃダメって言ったのはおねーちゃんだよ?』


揶揄するようなクロナの言い方に、ローザはうっと言葉を詰まらせる。

きっとそんな事を言った記憶があるのだろう。


『よし!じゃあ家まで駆けっこな!』

『わーい!!」

今日一番の燦然とした笑顔を浮かべる俺とクロナ。

背中にはローザの恨みがましそうな視線を感じる気がするが、きっと気のせいだろう。


母さんは視界の端でやれやれといった風に小さくため息を吐いていた。


『よし、じゃあいくぞ!位置について〜、よぉ〜〜い……』


俺とクロナ、母さんは準備の姿勢を取る。

ローザも、観念したようにぎこちない動きで姿勢を固めた。






『ドン!!』


俺の掛け声と共に、四体のドラゴンが勢い良く飛び出した。

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