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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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陽陰の魔力

『……この世界には『魔力』と呼ばれる存在は、二種類あるわ』


昨夜、母さんはそう切り出した。


『まず、さっきの話のお(さら)いよ。魔力とは、一体どこから生まれるものだったかしら?』

『人の心、だったよな?』

『惜しい。魔力は人類だけじゃなくて、感情を持つ生き物全てから生まれるわ』


ありゃ。

初っ端から間違えてしまった。


思わず苦笑を漏らした俺に母さんも釣られたのか、ふっと笑う。


『まあ、少し勘違いしやすいところよね。心を持ち、感情を持っているのは何も人間だけじゃない。魔物でさえも、ちゃんと嬉しい時は喜ぶし、悲しい時には涙を流すわ』


母さんの言葉に、俺は目を丸くする。


『魔物にも心ってあるの?何か、魔王が生み出した残虐非道の戦闘生物ってイメージが強いけど』


夕食の時の母さんの話で、魔王が誰しも悪者ではないと分かったが、魔法訓練とレベル上げに魔物を狩っていた俺には、あの生き物達に心がある、と言われてもあまりピンとこなかった。

目を合わせれば襲い掛かってくるし、涎垂らしているのがいたりするし。


それに、もし魔物に心があったとしたら、今まで気兼ねなく駆逐していたのがとても残虐な行為に思えてくる。正直、次からまた同じような事ができるかと聞かれると、できなくはないが、前みたいに考えなしに殺める事はできないだろう。


そんな俺の心情を察したのか、母さんは優しく包み込むような微笑みを向けてくる。


『別に、今までしてきた事について思い詰めるないわ。確かに、何も考えないのもちょっと考えものだけれど、必要以上に悩む事もない。いちいち塞ぎ込んで、生を腐してしまったら、奪った命に対して失礼と言うものよ。(こと)命に関しては何を言っても詭弁になってしまうけれど、結局は自分をどう騙すか、どう納得させるかが重要よ。アルは今色々と多感な時期だけど、うまく自分の心と折り合いをつける事ね』


年の功、と言うには若々し過ぎる母さんだが、やはりその人生、もとい龍生経験は並ではなく、その言葉には自然と納得できるような力があった。

それに、と母さんは言葉を続ける。


『一部例外はあるけど、魔物は総じて他の種より繁殖力が強いから、増え過ぎで生態系が崩れる前に、ある程度間引きをしなきゃいけないのよね。アル達は私が指定したところでしか魔物と戦った事はないでしょう?』

『それって言うのは……?』

『まあ、そう言う事ね。本来なら私やお父さん達のお仕事なんだけど……実戦訓練も兼ねて、アル達にやってもらっていたのよ』


確かにそうだった。

俺達が魔物と戦う時、母さんが場所や討伐対象の魔物を指定していた。その時は、俺達の強さに合った魔物と戦わせるためだとか、ゲーム性を持たせて意欲を向上させるためにやっていたんだと思っていた。だが、いつの間にか仕事を手伝わされていたとは……。

いやまあ、もちろん前者のような意図がなかったわけではないだろうし、俺も戦闘経験が積めて、尚且つレベルも上げられたから文句はないのだが。


ちょっと驚きではあった。


『だから、別にアル達は意義のない事をしたわけじゃないのよ。そこはちゃんと分かっていて欲しいかったの。でも、別に悩む事だって悪い事ではないし、ちゃんと命を奪う事に関して考えるのもいいんじゃないかしら?』


成る程、母さんはちゃんと考えてやってくれていたんだな。精神年齢が二十歳後半の俺はこの際置いておくとして、クロナとローザはまだ子供だ。無闇に悩んで、泥沼に嵌ってしまった時のために逃げ道(いいわけ)もちゃんと用意してくれていたようだ。


そこで、母さんは真剣な表情になって俺を見詰めた。


『アル、貴方は色々と規格外なところはあるけれど、まだ子供なの。私がしている事は、親としては間違っているのかも知れない。それで、貴方が色々思い詰めてしまっていたら、謝るわ。でもね、いつかは誰かを守るために誰かの命を奪う事が必要になってくる事があると思う。その時に、二の足を踏んで、取り返しのつかない事になってしまわないように、今の内から、命を奪う覚悟をしておいて欲しかったのよ』


母さんの口振りからは、どこか確信めいたものを感じる。

何かそうなると言う確証があるのだろうか。


そんな事を考えていると。


『アル、貴方、『いつか旅に出たい〜』とか考えてるでしょ』


ギクゥッッ!!

あまりに唐突に図星を突かれ、思わず肩を跳ねさせてしまった。


それを見て、母さんはクスクスと笑い、レスティも顔を俯かせて肩を震わせている。


な、何故バレたんだ?


俺は今までその事は口に出さず、ずっと心の内にしまっておいたはず。


その事を母さんに問うと、母さんはニヤッと笑った。


『私は貴方のお母さんなんですからね。息子の考えなんてお見通しよ』


実は、俺はニュースなどで色んな国を紹介していると毎回食い入るようにモニターに噛り付き、目を輝かせていて、そこから簡単に推測されたとか、この時の俺は知らない。


『それでね、アル。別に私は、貴方が旅に出る事を止めたりはしない。お父さんみたくいつもフラフラしていても困るけれど、若い内から様々な事を経験する事は、きっと貴方の力になるから』


母さんは表情を引き締め、しっかりと俺を見据える。


『貴方が旅に出ると言ったら、あの子達(クロナとローザ)は必ず貴方についていくと言うはずよ。もちろん、私はそれを止めない。貴方や、あの子達が力でそう簡単に負ける事はないでしょう。けれど、世の中に絶対はないし、上には上がいる。それに、力と一括りに言っても、様々よ。中には、単純な武力では抗えない力と言うのもある』


母さんは目を細め、短く言い放つ。


『世界は、甘くないわ』


その言葉に、母さんの発する気迫に、俺は一瞬気圧されてしまう。

冷や汗がたらりと額を流れた。


『貴方には、クロナとローザを守ると言う、確固たる意思がある。覚悟がある。なら次は、大切なもののために、他者を切り捨てるための覚悟を持つのよ。貴方が救えるのは、貴方の手が届くものだけ。龍の力を過信してはいけない。龍も、所詮はただの生き物なのだから』


母さんはふっと気迫を緩めると、いつもの穏やかな母さんに戻った。


『でも、悩んで、どうしようもなく辛かったりしたら、遠慮なく大人(わたしたち)に相談してね。私やお父さん、レスティはいつでも貴方の味方だから』


俺はコクコクと頷いた。

こ、こわくなんかなかったぞ。


『スカーレット、少し凄み過ぎではないか?アルが震えている』

『あ、あら?やり過ぎたかしら……?』


母さんは慌てて俺に近寄り抱き締めると、『ごめんね〜』と俺の頭を撫でながら謝った。


べ、別に震えてなんか、ない。


ないったらない。


俺は未だ俺を抱き締めて撫で続けている母さんの腕から逃れる。

母さんに抱き締められると、必然的にその胸にある大質量に埋もれる事になる。男としては正に天国であるわけだが、何分、息が詰まる。窒息しそうなくらいには詰まる。


『で、母さん。話が脱線して本題がまだ聞けてないんだけど』

『あら、そう言えばそうだったわね』


あっけらかんと言ってのける母さんに、俺は小さくため息を吐いた。


自分の座布団に戻った母さんは一つ咳払いをし、口を開いた。


『さて、魔力が生き物の心から生まれる事はもう覚えたわよね?』


母さんの問いに、俺は頷く。


『よし。……まず、先に名称を教えるわね。一つは、喜怒哀楽の情動から生まれる、『(よう)の魔力』。これが所謂普通の魔力ね』


そう言って、母さんは手の平に小さな炎を灯した。

ゆらゆらと揺らめく緋色の炎は、やがてふっと消失する。


『そしてもう一つ、禍々しき負の情動から生まれる、『(かげ)の魔力』』


陽の魔力と、陰の魔力。

俺は口の中でその単語を反芻する。


『その二つの魔力と、ウェルスさん達が言ってた黒い龍がどう関係してくるの?』

『うん、その説明のためにも、まず二つの魔力について説明するわ』


母さんはまず、陽の魔力の説明を始める。


陽の魔力とは、一般的に生き物の感情から発生する魔力で、生命維持や、魔法の行使などに用いられる。

その特性は、創造。そして、活性化。

無から有を創り出す魔法は、この創造の特性によるもの。

活性化は、生命維持に加え、体の成長や身体能力の向上に関わってくる。

レベルが上がる事によるパワーアップは、最大保有魔力量が増える事により、単純に魔力が増え、より身体を活性化させる事ができるようになり、それが身体能力の増強に繋がっていると言う事らしい。


今まで何となく『そうゆうものなんだろう』と思っていた俺は、裏にそんな原理がある事に驚いた。


そして、陰の魔力。


『この陰の魔力は、ある特殊な条件下にだけ発生する、とても特異な魔力なのよ』

『その特殊な条件下ってのは?』


急かすように話を促す俺に、母さんは苦笑を浮かべた。


『条件と言っても、基本的な発生の仕方は同じ。生き物の感情によって生まれるわ。この魔力は、とても強い感情の揺れにより発生する、一種の奇跡のようなものね』


母さんは語る。


今では陰の魔力などと呼ばれ恐れられているが、昔はその在り方は違ったらしい。


昔の呼び名は、『心力(シンリョク)』。

この力を持つ者は他の者よりあらゆる分野に於いて秀で、英雄となる資質を持ち、中には神に至る者までいたほどだったそうだ。

生きる活力に満ちた、強靭なる意思より生まれし神聖な力。

昔、かつて龍が繁栄していた時代には、そう崇められていた。


しかし、心力はある時を境にして、その在り方を変えてしまう。


龍達は、一つ勘違いをしていた。

心力とは、何も希望に満ち溢れた光の力ではない。

心力とは、文字通り『心の力』。

心の有り様によって、容易にその在り方を変えてしまうのだ。


そして心力が、その在り方を変えるキッカケとなったのが……。


『人の進出よ』


その頃、徐々に人類が勢力を伸ばし始め、逆に繁殖能力の低さによる少子化により、龍達は衰退していった。

やがて龍は表の世を退き、人の時代が始まる。


人類は凄まじい速度で繁殖、勢力を拡大。その数を以って、龍を退ける。

そんな事が、各地で起こった。


やがて龍は人の敵となり、その命を狙われるようになる。

魔物が増え始めたのは、この頃である。

定期的に魔物を間引く龍達がいなくなってしまったため、その数は飛躍的に増えてしまっていた。


時は群雄割拠の戦乱の時代。

各国は他国と魔物、その両方と争い、一時期人はその数を減らす。


そんな時、彼らが魔物や同じ人に対抗するために持ち出したのが、『魔法』であった。

その時代の魔法とは、龍の力の象徴の一つであり、門外不出の技術だった。

しかし、どこからか情報を入手した人間達は魔法を研究し、実用化させた。


そしてその力を用いて魔物を撃退し、一時期は安定した時代が続く。


しかし、その中で、魔法技術に優れた国があった。

他の国々は強い力を持つその国を恐れ、疎い、他の国々と結託し、その国を大陸から追い出した。


大陸を追われ、前人未到の別の大陸へ移り住む事を余儀なくされた国と、その国民達。

厳しい環境により、様々な進化を遂げた彼らは後の世で『魔族』、国王は『魔王』と呼ばれるようになる。


人は、欲が深い。

他を羨み、他を憎み、他を蹴落とそうとする。


嫉妬、憎悪、傲慢。大陸に蔓延する歪んだ感情により、心力はその在り方を変えた。変えてしまった。


この時、精霊さえ寄り付かぬ負の大陸で暴威を振るう人の国々を改めさせようと、一頭の若い龍が乗り出した。


若い龍はかつての龍王の息子であり、亡き先代の意思を継ぐ現龍王でもあった。


龍王は人が好きだった。

あらゆる困難にぶつかる度に、互いに助け合い、思いもよらぬ奇策で乗り越えていく。

強力な力を持つ龍達さえも打ち破る、長命の龍達(自分達)よりも強く、しつこく、生にしがみつく、小さな存在が好きだった。


だから、互いに憎み合い、世界を淀ませた今の世の人々に酷く憤りを感じていた。


我を感服せしめた彼らを返せ!


そう意気込み、龍王は大陸を舞った。


しかし、龍王には一つ、されどとても大きな誤算があった。


淀んだ心力、『陰の魔力』が、あまりにも多く、強過ぎたのだ。


龍王は『陰』に呑まれてしまった。


変質した心力の特性。

それは、腐敗、呪怨、侵蝕。


陰に呑まれた龍王は暴れ狂った。


龍王の吐息は生命を腐り落とし、龍王の轍には呪いが宿り、龍王が羽ばたけばまるで塵芥(ちりあくた)のように命が吹き飛んだ。

人々は逃げることさえ叶わず、ただ蹂躙された。


龍王は、息吹(ブレス)を放つ。


国が消し飛び、大地は死んだ。


今から二千年以上前に起きた天災。




後の世で、『黒龍の災禍』と呼ばれる惨事である。

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