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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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不機嫌勇者様

下流へ下った俺は、少々煩悶としながらも、フレイアに聖剣で刺された尻尾の先を川の水で冷やしていた。

これぐらいなら大したダメージにはならない。が、痛いものは痛いのだ。人間で例えるなら、タンスの角に足の小指をぶつけるとかだろうか。

龍は頑丈とは言え、痛覚がないわけじゃない。その辺をあの女勇者には理解して欲しい。


しばらく尾の先を垂らして川面をボーッと眺めていると、上流の方からフレイアがやってきた。


フレイアはスタスタ歩いてくると、ブーツを脱ぎ、俺の隣に腰を下ろしてシミひとつない白い足を川にそっと入れた。


「ふー、冷たくて気持ちいいわね」

『服は乾いたのか?』


足で川面をぱちゃぱちゃと叩いているフレイアに聞くと、彼女は俺を見上げ、少しギョッとした。


『……何?』

「いや……改めて見ると、やっぱり龍ね……」


何を今更、と言う視線を送ると、彼女は少し考えるような素振りを見せる。


「こうして龍と会話しているなんて……何だか妙な感じがするわね……。龍って言うのは全員が貴方のように会話する事ができるのかしら?」


フレイアの問いに、俺は片眉を上げた。


『んー、基本的に龍種は『人化』はともかく、『念話』はほぼ全ての奴が持ってるらしいから、相手にその気があれば会話も可能だと思う。下位の竜種は、一部の賢い個体なら『念話』スキルは持ってるのもいるし意思の疎通は可能だと思うけど……大半は無理じゃないかな。そもそも、龍種にしろ竜種にしろ、人間とはあまりいい関係じゃないからな。会話するって発想自体あまり考えなかったんだと思う』

「なるほど。確かに龍と会話しようなんて考えるような気狂いはそうはいないわねぇ」

『それがどうかしたのか?』

「ああいや、もしかしたら、龍と仲良くなれたりするのかなーって思ったんだけど……ちょっと無理そうね」


苦笑するフレイア。


『確かに、大昔から人間と龍は争い合ってきたって言うからな。そう簡単に和解とはいかないだろうさ』


俺はでも、と続ける。


『『種』として友好を結ぶ事は難しくても、『個人』として付き合うんならうまくいくんじゃないかな。現に今、俺とフレイアはこうして仲良く並んで会話しているだろ?先の戦いでは共闘もした。多分、これからも仲良くしていけるだろう。それなら、他の人でも同じように良好な関係を築く事はできるんじゃないかと俺は思うよ』


俺の言葉にフレイアは暫しぽかんとしていたが、やがてにひっと笑う。


「確かにそうかもしれないわね……。いい事言うじゃないの、よっ!」

『ウッ!』


フレイアが肘で俺の脇腹を小突く。

一瞬息が詰まった。


あれ……?俺一応甲殻持ってるんだけどな……?


幼体とは言え龍の堅牢な甲殻を難なく貫通してくるフレイアの膂力に恐々としつつ、雑談を重ねていく。


「はぁ〜、それにしても、龍に乗って空飛んで、挙げ句の果てに落っこちて芋虫に引っ付かれるとか……今日は私の人生の中でも一二を争うくらい衝撃的な一日だったわ」

『うっ……それは悪かったって』

「全くよ。なんーんで飛行中に魔力枯渇なんて起こすかなぁ?」

『うぐ……仕方ないじゃないか、『裁きの神光(ジャッジメント・ライト)』で予想以上に魔力を使っちゃってたんだから……』


そう、俺が先ほど墜落したのは、飛行中に魔力枯渇による突発的な魔力欠乏症を起こしたからだった。


魔力欠乏症とは、生命の維持に魔力を必要とするこの世界の生物特有の症状だ。

今回俺が発症したのは突発型、つまりは急激な魔力の消費により体内の魔力量が生命活動の維持に差し障るほど少なくなってしまったことによるものだ。

魔法を扱う者なら誰しも通る道なんだそうだが、症状としては、まず眩暈(めまい)、全身の倦怠感。次いで急激な脱力感に襲われ、度合いによって意識の混濁や失神したりする。まず眩暈や倦怠感により、身体が脳に対して警告をし、更に魔力を消費すると今度は脳が半自動的に生命維持のため身体への命令を延髄のあたりでシャットアウトする。これが脱力感の正体。意識の混濁や失神はこれより重篤な状態の時に起こるもの。全霊を以って生命維持に従事するために意識に割く魔力がなくなるからなんだそうだ。


地球出身の人には分かり辛いかもしれないが、地球での『酸素』を『魔力』として置き換えると分かりやすいかもしれない。

それぐらい、この世界の住人にとって魔力とは大事なものなのだ。


話を戻すが、あの時、飛竜(ワイバーン)に大魔法を使った時点で、俺の魔力はほとんどすっからかんになっていたようなのだ。ワイバーンを前にした緊張感、そして恐怖により、俺は自分の魔力残存量に気が回らなかった。と言うか、気付かなかった。

そして、飛行中に飛竜(ワイバーン)の気配を探るために常時使っていた魔力探知がトドメとなり、吐き気と急激な倦怠感、そして脱力感に襲われた俺は、為す術なく墜落した。

あまりに急な事だったために、フレイアも『光の翼(ルクス・ウィング)』で脱出する事もできず、俺と一緒に仲良く墜落し、挙句背中に芋虫をくっつける事になった。


フレイアは未だにその事を引きずっているようだった。


俺は『俺が『裁きの神光(ジャッジメント・ライト)』を使わなければやられてたんだぞ!』と声を大にして主張したかったが、グッと堪える。

こういう場合、理屈の問題ではないと言う事は分かっているし、下手な口答えが悪手である事も知っている。


触らぬ神に祟りなし。

機嫌の悪い女性に逆らってはいけないのだ。

これは老若問わず、『女性』と言う生命体と付き合う際に共通する訓示である。


こういう時は、流れに逆らわず、流れを逸らすのだ。


『そういえば、そのコート洗ったんだよな?すぐに乾かしたみたいだけど、そう言う魔法具があったりするのか?』


極めて自然に、ナチュラルに、話題をすり替える。


ジトッと半眼で睨みつけてくるフレイア。

やばい、バレてる。


フレイアはダラダラと冷や汗をかく俺を暫し睨んでいたが、やがてふぅっと小さくため息を吐いた。


「……まあいいわ。別にそんな魔法具は持ってないわよ。あったら便利そうだけど……私の場合は単純に魔法で乾かしただけね。火と風の魔法で温風を当てて乾かしたの」

『へえ、光だけじゃなくて、火と風も使えるんだな』


フレイアは誇らしげに胸を張る。

何もしなくても自己主張の激しい胸がさらに強調された。


落ち着け、俺。


「まあ、勇者ですからね。これぐらいはどおって事ねぇってもんよ」


この女勇者、時々口調がおかしくなるな。

そんな事を思いながら、ふと聞いてみる。


「戦闘での実用段階にある属性はいくつあるんだ?」


母さん曰く、基本的に戦闘に用いるならば第二段階以上が望ましいと母さんは言っていた。

第一段階でもやれなくもないが、どうしても威力や効果範囲が不足してしまう。何より、第二段階になると効果範囲が広がり、範囲魔法や障壁魔法が使えるようになるのだ。それらは個々人の才能や技術力にもよるが、単純に火力が上がる事も大きい。


なので、ギルドなどでも魔法を先頭に用いるならば第二段階以上を推奨している。


まあ、この世界では魔法を使える者自体あまり多くないらしいが。


俺の問いに、フレイアは再び胸を張る。

いやだから胸が。


「闇以外、全部使えるわ」

『へえ』


俺は素直に感心した。

龍や魔物の場合、魔法のレベルアップは進化と共にその種が得意とする魔法が育ったり、何て事があるが、進化なんてしない人間にはそんな事は起こりえない。

基本的に魔法の成長とは、魔法を学び、修練し、日々弛まぬ努力によりその魔法を理解する事によって起こる。それには言葉で聞いただけでなく、自分で実体験し、感覚的にも理解する事が必要だ。

つまりは、ある日突然魔法が強くなる、ではなく、魔法への理解が一定の値に達した時に、ステータスが更新される、と言う事である。

結局、ステータス上の表記の変化など、本当にただの表記で、指標のようなものでしかないのだ。


『果実を手にしたくば、土を肥やし水を撒くべし』とは、昔の偉い魔導士の至言である。

個々の才覚より習熟の速さは違えど、魔法の成長のためには何にしろそのための努力は必要なのだ。


つまるところ、フレイアは必死に努力し、闇属性以外の属性魔法を第二段階以上にまで上げたと言う事だ。光属性は得意そうだし、第三段階まで至っているのではないだろうか。


一応俺も光と雷、風を第三段階に、回復魔法を第二段階まで上げているが、俺の場合、上三つは種族的な要素が大きい。その証拠に、回復魔法を覚えた時にはなかなか苦労したのを覚えている。


光と雷、風は進化によって、それに同調するように成長した。まあ、これを「ズルい」と取るか「種族的なアドバンテージ」と取るかは個人の自由だ。

俺は特に気負いなく「そうゆう種に生まれてラッキー!」と思っている。


まあまとめれば、魔法を成長させるのはとても大変で、闇以外の全属性を第二段階まで引き上げたフレイアは凄いと言う事だ。


ん?


いや、まてよ……。


『水魔法使えるんなら、別に川探す必要なかったんじゃね?』

「あっ」


フレイアは思わず、と言った感じで短く声を上げるが、すぐに口を閉じる。


俺は先ほどの彼女と同じように、半眼でフレイアを睨み付けた。


顔を逸らすフレイア。


『……いやー、川まで走ってくるの、ホントに疲れたなー』

「…」

『俺、魔力欠乏症起こしてホントに辛かったのになー』

「…」

『おまけに聖剣を振りかざした変な人に追っかけられたしなー』

「…」

『突っつかれた尻尾、痛かったなー』

「…」

『俺、フレイアを助けるために、ワイバーンから必死で逃げてきたのに、この鬼畜な所業。いや全く、ひどいものですなぁ。ねえ?』

「……」

『聞いてる?』

「………」

『聞いてるのかなー?』

「…………」

『もしもーし?』

「……………」

『もしもウゲェッ!?』


俺の脇腹にフレイアの拳がめり込む。


「調子乗んな」

『すいませんでした……』


脇腹を押さえ、前のめりに倒れて悶絶する俺を他所に、フレイアはふんっと鼻を鳴らした。


と、その時。


『ん?』


魔力の残存量の問題で範囲を狭めていた魔力探知内に、反応があった。


この魔力は……。


俺は同じく反応に気付き、聖剣の柄に手をやり、瞬時に身構えるフレイアを目線で制した。


俺は空を見上げる。


赤みを帯び始めた空に浮かぶ、二つの黒い影。

どんどん近付いてくるその影を見て、俺は深く安堵のため息を吐いた。


『にいさまーーーっ!!』

『おにーちゃーーんっ!!』


天使達の降臨であった。

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