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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
3/33

遊びじゃないよ

ここは名も無い荒野。


かつては緑が生い茂り、人の国が栄えていたと言われる。

しかし、今となっては、日照りによって乾燥した大地は干からび、そこには小さな虫や魔獣が跋扈(ばっこ)する魔境の地となってしまっている。

(いにしえ)の栄華など、もはや見る影も無く、文字通り影も形も、木の一本すら死に絶える不毛の地、人の立ち入る事のない禁足地。


そんな大地で、突然巨大な爆炎が上がる。


真紅の炎は、空を焼き尽くさんとばかりに上へ上へと昇っていく。


しかし、炎の更に上空で、きらりと何かが光った。


直後、空は雲一つ無い快晴だというのに、何も無い空間から、極細の(いかづち)が発生した。

雷は蛇行する事無く、真っ直ぐに炎へ突っ込んでいく。


もし、それを誰かが見ていたとしたら、こう思っただろう。

『まるで、光の矢のようだ』

と。


しかし、いくら雷が速くとも、空を蝕むように広がる爆炎には敵わないだろう。

炎は、もはや発生時の二倍も三倍にも膨れ上がっている。


雷は、直下して、真っ直ぐ炎の巨大な(あぎと)に呑み込まれた。



刹那。



炎の中で何かが光ったと思うと、呑み込まれた筈の雷が、炸裂した。


その威力は凄まじく、圧倒的なまでに肥大していた炎を、千切り、引き裂き、散らしていく。


空中で散り散りになった炎は、空気だけを灼いて消えていった。


その数十秒にも満たない間の光景を目撃した小さな魔獣達は、恐れ(おのの)き蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げて行った。


そして、炎と雷の激突が起きた震源地では。



◆◇◆◇◆



「もー!おにーちゃんズルいよ!なんでそんなにつよいのよー‼︎」


カラッとした空に向かって、地上から悔しさを孕んだ幼い少女(・・・・)の理不尽な非難の声が上がる。


そして、上空からは。


「それは仕方が無い事だよ、クロナ。お前の魔法は良くも悪くも大雑把過ぎるんだよ」


両腕を振り上げ叫ぶクロナと呼ばれた少女に、少年のマジレスが返って来る。


そして、空から、簡素なシャツにズボンを纏った少年が降りて来た。


少年はふわりと地上に降り立つと、ブスッとした表情で不貞腐(ふてくさ)れているクロナに向かって尚も話し続ける。


「さっきの魔法は大多数の弱者に向かって攻撃する分には持ってこいだけど、一人の強者を相手にするには、込めた魔力が拡散してしまうから、正直威力不足なんだよ」


「だって!できないんだもん!いっぱつにまりょくいっぱいこめても、おにーちゃんよけちゃうんだもん!」


クロナは子供特有の「もん!」を連発させ、ぷんすこ怒りながら少年へ詰め寄っていく。口ぶりからして、二人は兄と妹の間柄なのだろう。


兄である少年は困ったように頭を掻き、頬を膨らませているクロナに向かって諭すように言う。


「別に乾坤一擲(けんこんいってき)で勝負に挑めとは言ってないさ。素早い相手になら、速度重視の牽制弾を撃ちまくって、相手が体勢を崩してから本命を当てに行けばいいんだよ。お前の保有魔力量なら、軽めのなら沢山撃ったって枯渇なんかしやしないだろ?」


「だって、できないんだもん!」


クロナは、幼い自分にとって難しい単語連発する兄をぽかーんと眺めていたが、突然再び頰を膨らました。そして訳の分からない事ばかり言う兄を小さな両手でぽかぽか叩き出す。


この「ぽかぽか」、軽快な効果音とは裏腹にかなりの威力を秘めているらしく、腹を一発叩かれるごとに少年の顔が青くなっていく。


「こら、クロナちゃん!あんまり叩くと、にいさまが()ってしまいますよ」


そろそろ少年の顔色が青から白に変わりかけた時、(たしな)めるような口調で、クロナの首をつまみ上げた人物がいた。


「お、おねーちゃん!」


クロナはまるで幽霊でも見たかのように顔を恐怖に染めた。


「ああ……ローザ、助かった……。もうちょっとで何か出てはいけないモノが出るところだった……。……あと、流石にこれぐらいじゃ逝かないよ?」


現れたのは、クロナと呼ばれた良くも悪くも元気なの少女と比べて、正反対の大人びた雰囲気の少女だった。どうやら名はローザと言うらしい。


二人は同じような真っ白のワンピースを身に纏っていて、髪の色は二人共人目を引くような、燃えるように鮮やかな赤髪である。


少女は未だ青い顔をしている少年に悪戯っぽい笑みを向ける。


「冗談です。にいさまはとても頑丈ですものね」


口調まで正反対である。


ローザは少年に微笑みかけた後、一転、厳しい表情を浮かべ、クロナを睨みつける。


「それからクロナちゃん、あなたはできないできないと(わめ)きますが、あなたができないのは練習をしないからでしょう!」


クロナは少年に突っかかっていった時とは一転、明らかに挙動不審になり、視線を泳がせる。

どうやら痛い所を突かれたようだ。

少年も自分よりもしっかりしている妹の姿に、兄として自信を無くしたらしく、一人虚空を見つめて立ち尽くしていた。


「だ、だっておねーちゃん……」

「だっても何もありません!折角にいさまがこうして手ほどきをして下さっているというのに……」


ローザの怒りは収まらない。

その剣幕にどこか鬼気迫るものを感じたのか、クロナは顔を青くしている。


少年もその剣幕に驚き、慌てて仲裁に入る。


「ま、まあまあローザ、取り敢えず落ち着きなよ……。ってゆうか、俺の言ってる事ってほとんど母さんの受け売りだし……俺個人は別にそんな大した事はしてないよ」


その時、クロナに説教をしていたローザが、視線を動かして少年を睨みつけた。


反射的に背筋を伸ばす少年。


「にいさま!謙遜は確かに美徳ですが、そうやっていつもクロナちゃんを甘やかすから、クロナちゃんはいつまでたってもこんなんなんです!」

「こんなんって!」


ローザの「こんなん」発言にクロナは抗議するが、ローザがギロッとひと睨みすると、蛇に睨まれた蛙のように再び縮こまって大人しくなった。

それを確認したローザは再び少年に視線を戻す。妹の鬼の形相に、少年の笑顔が引き()った。




「にいさまはいつもいつもクロナちゃんばっかり甘やかして!クロナちゃんは(ろく)に内容を覚えないくせに、いつもいつもにいさまを独り占めして!」


ん?



説教かと思いきや、何だかおかしい。


「わ、私だって、にいさまと遊びたいんです!クロナちゃんはもう今日はダメです。この後からは、にいさまは私と遊ぶんです!」

「っ!?だ、ダメだよおねーちゃん、あたしだってまだ遊びたいもん!」

「クロナちゃんはもう十分遊んだでしょう!だから次は私です!」

「……おい、お前達?これは遊びじゃなくて魔法の訓練なんだけど……」


少年は一応妙な誤解を解いておこうとするが、もはや二人には聞こえていないようだ。


「あたしが!」

「私が!」


ローザも最初の説教はどこへやら。涙目になってクロナと言い合っている。

そんな二人の様子に、少年は深いため息を吐いた。

その時、少年は妙案を思いついた。


そして、善は急げとばかりに、すぐにもう掴み合いの喧嘩になっている二人に声を掛けた。


「なあ、お前達」


少年が声を掛けると、二人はぴったり同じタイミングで少年に顔を向けた。


何だかんだ喧嘩をしても、やっぱり双子のようで、息ぴったりな二人を見て思わず笑みを浮かべる。


「何なら、二人でかかって来いよ。それなら、喧嘩しなくて済むだろ?」


それを聞いて、二人は一瞬キョトンとしていたが、すぐに表情を変え、片方は目を輝かせ、もう片方は困惑の表情を浮かべた。


「いいの!?」

「いいのですか?にいさま、いくらにいさまと言えど、私達二人を相手にするとなると、いささか分が悪いように思われますが……」


それぞれの反応を示す双子に、少年は挑戦的な笑みを見せた。


「俺は別に構わないぜ。お前達は確かに強いが、まだ二人掛かりでも俺にゃあ勝てないよ」

「ほほ〜う、いうねぇおにーちゃん」

「……了解致しました。にいさまに私の実力を見せてあげます」


クロナが肉食動物を思わせる獰猛な笑みを浮かべ、ローザは、目を細めて口端を吊り上げた。


クロナはともかく、珍しくローザまで本気のようで、少年は冷や汗が噴き出すのを感じた。

妹達の迫力に早くも心が折れそうになるが、兄としての威厳を()って何とか持ち直す。


そして、二人に向かって不敵に笑って見せる。


「来いよ」


その瞬間、妹二人が兄に襲い掛かった。



◆◇◆◇◆




だだっ(ぴろ)い荒野の一点で、三人の兄妹が試合をして(遊んで)いるところを遠くから見物している人物がいた。


白いワンピースに麦わら帽子を被ったその人物は、激闘を繰り広げる自分の子供達をどこか遠い目で眺めていた。


「魔法の訓練に励んでくれるのは嬉しいんだけど……」


その時、いくつもの大爆発が起こり、爆風がその人物を襲う。


麦わら帽子を抑えながら、鮮やかな赤髪を熱風になびかせるその人物は、爆風が収まるのを待って、再び呟く。


「アルバートはともかく、ローザとクロナはどうしてあんなに戦闘狂じみてしまっているのかしら……」


宙を飛び交い、魔法を撃ち合う双子の表情は、遠くから見ているだけでも分かるほど輝いている。


その人物、少年アルバート達の母親、スカーレットは、頰に手を当てて深々とため息を吐いた。


楽しんでくれているのはいいのだが、二人の将来の事を考えると、少々憂鬱になって来る。年を経るごとに、自分のよく知る人物に似てくる二人の娘に、不安を抱かざるを得ない。

兄のアルバートは知識欲はあれどそこまで戦闘欲はないのだが、少々妹達に甘過ぎる節がある。


もうちょっと、兄として二人の妹を諌めて貰いたいのだけれど……。


「やっぱり、父親(あの人)の遺伝なのかしら……」


再び起こった爆発の爆風が、一人複雑な表情を浮かべるスカーレットの頰を撫でた。


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