表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
27/33

戦慄の黒き飛竜 ②

「ガァァァァ!!!」


後方で苛立ちを孕んだ咆哮が上がる。

ちらりとそちらを見やると、飛竜(ワイバーン)が羽ばたきながら憎々しげにこちらを睨んでいた。

そして、歯の隙間からチロチロと漏れる炎のような黒い瘴気。集束する膨大な魔力。


ブレスの予兆だ。


俺は身体を横に振り子のように大きく揺らし、狙いを定められないようにする。


放たれる漆黒の奔流。


だが、それは俺の真横を通り過ぎていく。

ブレスによって発生する突風に煽られるが、しっかりと踏ん張り瞬時に態勢を立て直す。

飛竜(ワイバーン)のブレスに灼かれた空気は淀み、俺は思わず顔を顰めた。


これまでも何度かブレスを放たれているが、今の所何とか全て躱し切れている。


当たれば例え龍の強固な甲殻を以ってしても致命的なダメージを負うであろうブレスだが、それはあくまでも『当たれば』の話。

当たらなければ、どうと言う事はないのだ。

幾ら強化されていると言っても、飛行能力に於いて上位種、それも飛行特化型である俺に敵うはずもないのだ。

空の覇者は飛竜ではない。


でも、だからと言って油断はできない。

幾ら飛行能力が優れていると言っても、回避は絶対ではない。下手をすれば直撃してしまうかもしれないのだ。

そしてそれは、俺の死に直結する。


故に、緊張感を持って挑まなければならないのだ。


(こんな所で死んでたまるか!)


俺は力強く翼で空気を叩き、急上昇を始めた。

飛竜(ワイバーン)も、俺に倣って上昇し追いかけてくる。


よし、ちゃんとついてきているな。


この追いかけっこの目的は、クロナ達から飛竜(ワイバーン)を引き離す事だ。

引き離す事は簡単にできるが、それでワイバーンが俺を諦めてクロナ達を襲いに行ってしまっては意味がない。


付かず離れず。飛竜(ワイバーン)との微妙な距離を調整しながら、空高く昇っていく。


視界の先には、厚い雲。


昼前までは晴れていたが、雨が降るのか。

季節は初夏。この世界でも、夏には積乱雲が発生するのだろうか。


だが、今はそんな事はどうでもいい。

飛竜(ワイバーン)の視界を阻むにはもってこいだ。


俺は雲に突入する。

途端に、俺の身体はびしょ濡れになった。


何も、この雲を利用して飛竜(ワイバーン)を煙に巻こうとしているわけではない。視界を阻む事はできるが、あの飛竜はほぼ間違いなく魔力感知でこちらの位置を探れるからだ。


かと言って、何の意味もなく突っ込んだわけでもない。


俺は強く羽ばたき速度を上げ、一気に雲の中を突っ切る。

灰色の雲海を抜けると、眩しい陽光が俺の目を刺した。


俺は身体を反転させ、翼を全開に広げて急制動を掛ける。

そして、首を逸らして大きく息を吸う。


俺の口腔内で雷光が弾け、眩い光が集束し、球状に凝縮される。


と、その時雲海を割って飛竜(ワイバーン)が現れる。飛竜(ワイバーン)は俺の様子を見て、その赤い眼を驚愕に見開かせた。

慌てて避けようとするが、もう遅い。


俺は口腔に溜めたエネルギーを一気に解放する。


雷光の息吹(ブレス)


光と雷の属性を孕んだエネルギーの激流は、飛竜(ワイバーン)を呑み込み、灰色の雲を引き裂いた。


これで多少なりともダメージを負ってくれていればいいのだが……。


「ガギャァァアアア!!!!」


ですよね。


俺が割と本気で放ったブレスをまともに受けて尚、無傷で姿を現した飛竜(ワイバーン)に正直辟易した。


なんか色々と自信をなくしそうだ。


だが、俺の小さな自尊心などどうでもいい。

それより、そろそろ戻ってもいい頃合いかも知れない。

もうクロナ達とも大分距離は離れたはずだ。


そうとなれば、もうこんな化け物の相手をしてやる必要はない。


俺は身を翻すと、再び雲海に突っ込んだ。

重力に引かれるままに落下する。


俺が本気で飛べば、奴は追いつけない。

翼を広げ、雲を切り裂きながら直下する。


何度か危ういところはあったが、何とか逃げ切れそうだな。


俺がふと安堵のため息を吐いたその時。


『!?』


ぞわりと。

身の毛もよだつような、嫌な予感が俺を襲った。


直後、その予感は形を成してやってきた。


『ぐあぁっ!?』


無数の黒い矢が飛来し、突然の事に反応しきれなかった俺の肩や翼腕を貫いた。

動転した俺は翼腕を貫かれた事もあり、バランスを崩して錐揉みしながら落下する。


雲を抜け、視界を塗りつぶしていた灰色の雲と森の緑が眼に映る。


ぐるぐると回る視界と激痛に混乱しながらも、己に治癒魔法を掛け、翼を広げ無理やり態勢を立て直す。


しかし、そこに今度は無数の黒い球が飛んできた。


避けようとして必死に身を捩る。


『がはぁっ!』


しかし、全てを避けきる事はできず、腹に直撃する。

直撃した黒い球は小さな爆発を起こし、腹を抉る。


だが、治癒魔法を掛ける間もなく再び黒い球と矢が飛来する。


治癒魔法は後回しにし、腹を襲う激痛に泣き出しそうになる心と身体を叱咤して、それらを避けるべく飛び回る。


だが、いくら必死に避けようとしても、痛みと焦りによって精彩を欠いた俺の動きでは、数十もあるそれら全てを避ける事は叶わない。


翼を貫かれ、背中を抉られ、俺は撃墜された。


森に頭から突っ込み、木々を薙ぎ倒し、地面を数十メートル削ってようやく止まった。


『ぐ、う……』


立ち上がろうと腕に力を込めるが、ガクガクと震える腕では立ち上がることすらままならず、再び地面に抱きついた。


荒い息を吐きながらも、治癒魔法を掛けて回復を図る。

貫かれた翼や翼膜、甲殻を砕かれ抉られた背中や腹。赤く染まった身体を優しい緑光が包む。俺は熱く痺れるような痛みや疲労感が和らぐのを感じる。


そして、ようやく起き上がった俺の前に、影が差した。


バサリバサリと羽ばたき、降り立ったのは、飛竜(ワイバーン)だ。


けれど、その様子は先ほどまでとはまるで違っていた。


飛竜(ワイバーン)の体からは、黒い瘴気が立ち上っていた。その量たるや、並ではなく、飛竜(ワイバーン)の輪郭が朧に見えるほどだ。

息を吐く度に口からも、冬に吐く白い息のように、黒い瘴気を吐き出している。

そんな中、赤く光り揺らめく双眸は、異様な不気味さを放っていた。


俺は戦慄した。


その異質さに。


伝わってくる怨嗟のような黒い殺意に。


今までは、まだ本領を発揮してはいなかったのか。

ならば、その本領を引き出すトリガーとなったのは、あのブレスだろう。


ダメージが通ったのかどうかは怪しいが、それによって飛竜(ワイバーン)は激昂してしまった。


撃たなきゃ良かった……。


そもそも、アレを撃つ必要性はあまりなかったと言うのに。己の攻撃が通るのか──そんな下らない好奇心とあわよくば退散してくれないかなと言うささやかな策謀に押されて無闇にブレスなんか撃ったさっきの俺を、俺は全力で呪った。


俺って奴は、自分の愚かさを悔いた側から同じような馬鹿な真似を。


だが、今更悔いてももう遅い。


飛竜(ワイバーン)はがぱりと口を開き、上体を反らせる。そして、口腔に闇色の煌めきを放つ黒い瘴気が集まっていく。


ブレスだ。


ほぼ確実に、あのブレスは今までのものとは比にならないほどの威力を秘めているのだろう。


そして、そんなものを俺が耐えられるわけがない。

きっと簡単に消し飛ばされてチリ一つ残らないだろう。


俺は必死に身体を動かしてブレスを避けようとするが、回復したばかりの俺の動きは遅い。


避けられない。


俺の心が絶望に染まる。


頭に浮かぶのは、二人の妹達。

戻ってくると、約束したのに。


彼女達の笑顔をもう見れないと思うと、寂しくなった。

彼女達が悲しんでしまうと思うと、心が潰れそうになった。


嫌だ。


俺はまだ、死ねない。


死にたくない。


だと言うのに、俺の身体は言う事を聞かない。

緩慢な動きに、俺は酷くもどかしさと苛立ちを覚え、泣きそうになる。


無情にも、時は過ぎ行く。

ブレスのエネルギーの充填を終えたワイバーンが、力を溜めるようにゆっくりと首を回した。


──くそ。


俺はその場に力なく崩れ落ちた。


刹那。


視界の脇から、金色の光が飛び込んできた。


光は大きな矢のように走り、今にもブレスを放とうとしている飛竜(ワイバーン)の下顎を正確に撃った。

飛竜(ワイバーン)は予想外の横槍に驚愕し、閉じてしまった口内でエネルギーを暴発させてしまう。


上体を持ち上げていた事でバランスを崩した飛竜(ワイバーン)は、口から黒い煙を吐き出しながら横に倒れる。


飛竜(ワイバーン)を撃った光りの矢は、下顎を撃ち抜いた勢いのまま旋回すると、俺の前までもどってくる。


それは、一人の女性だった。


陽光を受けて煌めく長い金色の髪、風に翻る袖なしの真紅のコート。

そして、背には光りの粒子を振り撒く一対の白銀の翼。

その女性は、手に持った細剣(レイピア)をひゅんっと鳴らし、こちらを振り返る。


怜悧な顔立ちに似合わぬ人懐っこそうな笑みを浮かべ、明るいサファイアブルーの瞳が俺を見据える。


「愛と勇気の美少女勇者フレイア!健気な少女達の願いにより、只今参上よ!」


よく分からない口上と共に、女性──女勇者フレイアはパチッとウインクをして見せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ