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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
26/33

戦慄の黒き飛竜 ①

「退けっ!」


俺が背後のクロナ達に注意喚起するとほぼ同時に、皆は素早く飛び退き後退する。

そして、先ほどまで俺達がいた場所を、飛竜(ワイバーン)の鞭のようにしなる尾が薙ぎ払った。


周囲に広がる死の大地の中、俺達の魔法障壁により唯一守られた緑。しかし、飛竜(ワイバーン)の尾が通り過ぎた真下の緑は、突如として茶色く変色し、腐り落ちた。

その様子に、皆驚愕に目を見開く。


「な、何よあれ!」

「腐食属性……?しかし、腐食属性を持つワイバーンなど聞いた事が……」

「こいつは例外中の例外だ!」


戸惑うフレイア、そして冷静に観察し、考察する壮年の神官。この危機的状況で一人煩悶としている彼に向けて俺は叫ぶ。


「どういう事だね?君は彼の竜について何か知っているのか?」

「今は説明している暇はない。ただ、俺達が束になって掛かっても、勝てるかどうか危ういような相手だ」


隣で問いかけてくる神官に短く勝ち目が薄い事を伝えながらも、眼前の黒い飛竜の一挙手一投足に目を光らせる。

正確な力量は測り知れないが、少なくともどの攻撃も致命的と仮定して行動しなければ、不味い。もしかしたら、本当に全ての攻撃がこちらを即死させるような威力を秘めているかもしれないのだ。


飛竜(ワイバーン)は、尻尾の薙ぎ払いで一人も仕留められなかったのが不満なのか、低く唸りながらこちらを厳しく睨みつけてくる。その血のように赤い双眸に睨まれて、俺は背筋が冷たくなった。


飛竜(ワイバーン)が動く。


一瞬、ゆらりと揺らめくと、一足跳びに飛び掛かってきた。

左右に散開し、突撃と噛み付きを躱す。しかし、飛竜(ワイバーン)は予想外の攻撃を仕掛けてくる。


飛竜(ワイバーン)は、基本的に飛行能力のない竜種で唯一、翼脚と呼ばれる鳥や蝙蝠と同じような翼を持っている。これにより、彼らは空の自由を得ていて、滅多に現れない龍種と違い比較的頻繁に出現する事から、この世界の人々からは空の生き物として龍種よりもポピュラーな存在になっている。


そして、飛竜(ワイバーン)は平時は畳んでいるその翼を広げ、打ちつけてきたのだ。


予想外の追撃に俺は仰天して、必死に体を反らせた。

間一髪、飛竜(ワイバーン)の翼は俺の鼻先を掠めて通り過ぎていった。


だが、俺は安堵する間もなく、生まれて初めて感じる異様な感覚に恐怖する。


飛竜(ワイバーン)の翼脚が掠めていった時、俺の中の何かが侵されるような感覚を覚えた。

まるで、魂を抉り取られるような、俺と言う存在そのものを奪われるような感覚。


どっと冷や汗が噴き出すのを感じた。


心拍が急激に上がり、心臓が早鐘を打つ。


俺はどこかで舐めていた。

母さんからアレの詳細は聞いていたし、それが如何に恐ろしく悍しいものであるかも懇切丁寧に説明された。

だけど、それはあくまでも母さんの経験であった。俺は愚かにも言葉だけでそれを理解したと勘違いし、勝手に自己完結していた。


前世にはなかった、魔法と言う力に、龍としてのポテンシャル。俺は無意識の内にその力に酔っていたのだ。

たかだか多少大型の魔物を数匹倒したぐらいで、自分は何でもできると勘違いした。

例えソレが現れようとも、自分なら何とかなると。碌な根拠もない自信を持ってしまっていた。

すぐ側近くに古強者達(母さんやレスティ)がいたにも拘らず、上には上がいると言う事を失念していたのだ。


だが、俺のそんな矮小な傲慢さなど、今の一瞬で吹き飛んだ。


本能的にも、理性的にも、理解した。理解してしまった。


アレはヤバい。


「クロナ!ローザ!逃げろ!」


気付けば、叫んでいた。


俺自身の死の恐怖と、この世界でできた愛しい妹達を失うかもしれないと言う恐怖。

二重の恐怖に突き動かされ放たれた俺の声は、震え、上擦っていた。


尋常ではない俺の悲鳴にも近い叫びに、クロナ達は瞠目する。


俺は、妹達には兄として常に「頼りになるお兄ちゃん」として振舞ってきた。

その俺が激しく取り乱しているのを見て、事態の重さを感じ取ったようだ。


「でも、おにーちゃん!」

「にいさまを置いていけません!」


でも、だからこそ彼女達は躊躇う。


本当に、兄思いの良い妹に育ったものだ。


「いいから早く逃げろ!!」


飛竜(ワイバーン)の気勢を削ぐように魔法の光弾をぶつけながら再度叫ぶ。


俺の怒声に、クロナとローザはびくっと肩を震わせた。

妹達の悲しそうな表情に胸が締め付けられるような苦しさを覚えるが、彼女達には是が非でも逃げてもらわなくては困るのだ。


正直、気を散らされたら避ける事すら厳しくなるのだ。


俺は妹達を安心させるよう、強張った表情を動かし何とか微笑んで見せた。


「大丈夫だ。この若さで死ぬ気は毛頭ない。十分に引き離したらすぐに戻ってくるから。お兄ちゃんを信じろ」


ローザはまだ何か言いたそうに口を開くが、すぐに唇を引き結んで俯いた。

姉の様子を、クロナは訝しんだ。


「おねーちゃん?」

「分かりました、にいさま」

「っ!?」


ローザの返答に、クロナは瞠目する。

そして姉の肩を引っ掴むとがくがくと揺らした。


「なにいってるのおねーちゃん!おにーちゃんがいくらつよくても、あいつあいてじゃやられちゃうよ!」


彼女の中では、引きつけ役を任せると言うのは、俺を見捨てる事と同義なのだろう。必死にローザに言い募っている。


だが、ローザは肩を揺するクロナの掴むと、クロナを睨み付けた。


「じゃあどうするって言うんですか!この場で私達に何ができると!?」

「そ、それは……」


クロナは口籠る。

俺が勝てないと言う相手に、先の戦いで魔力を消費した自分が勝てないと言う事は分かっているのだろう。だけれど、だからと言って俺を見捨てるのは心情的に嫌なだけなのだ。


勢いを失ったクロナに、ローザは尚も激しい剣幕で続ける。


「問答をしている余裕はありません!今逃げれる時に逃げなければ、私達は確実ににいさまの足を引っ張ってしまいます!」


クロナは完全に黙り込んだ。

ローザの肩を掴んでいた腕の力が抜ける。

だが、ローザはその腕を離さなかった。


そして、クロナの左手を両手で優しく包んだ。


「……私は、私を守るためににいさまが傷付くのは、嫌です」


先ほどとは打って変わって、消え入りそうな声でのローザの言葉に、クロナははっと顔を上げた。


「……あたしも、だよ」


絞り出すような声で、クロナは同意を示した。


俺は妹達から視線を外し、今も俺と一緒にワイバーンに魔法を放ち続ける女勇者に目を向けた。


「フレイア!」


呼び掛けると、彼女は飛竜(ワイバーン)を牽制しながらもこちらに顔を向けた。


「妹達を頼む!」


妹達の遣り取りを耳に挟んでいたらしい彼女は、一瞬の逡巡の後、笑みと共に力強く頷いた。


「頼まれたわ!大船に乗ったつもりでいなさい!」


勇者らしく頼りになる言葉を放つ彼女に頷き返し、駆け出した。


挑発するように、先ほどよりも苛烈に魔法をぶつけながら、飛竜(ワイバーン)の脇をすり抜ける。

飛竜(ワイバーン)は苛立たしげに目を細め、尻尾で俺を弾き飛ばそうとするが、地面すれすれを這うようにして避ける。

そして、地を蹴り、宙に身を踊らせた。

瞬時に風魔法を使い、気流を作り出してそれに乗る。


最後に、人化を解除。


金色の雷光が俺を包む。


身体が膨らんでいくような感覚。

思考と感覚を人間から龍のものへと切り替える。


完全に身体を形成し終えると同時に、翼を広げて風を掴んだ。

雷光が収まるより先に飛び出し、気流の道に沿って天空へ舞い上がる。


「ガァァァァ!!」


もはや飛竜(ワイバーン)の意識は完全に俺に向いたようで、咆哮を上げると、翼をはためかせて舞い上がった。

そして、俺を追いかけるように上昇を始める。


よし、成功だ。

精々遠くまで引っ張っていってやる。



◆◇◆◇◆



フレイアは空を舞いだんだん小さくなっていく二頭の龍と竜を呆然と眺めていた。


隣ではフィリアもぽかんと口を開けているし、常日頃から落ち着いているラージスでさえも、目を剥いて硬直していた。


だが、それも当然と言えるだろう。

十歳くらいの少年が、龍に変身したのだ。いや、正確には龍が人に化けていたのか。


そう言う事ならば、彼の子供のくせにやたら高い能力にも頷けるというものだ。


フレイアは何となく脱力した。


「はあ……アル君が(ドラゴン)って事は……」


フレイアはちらりと赤髪の幼い姉妹に目を向ける。


彼女達は互いに手を握り合い、小さくなっていく兄を見送っていた。

その目には僅かな不安はあれど、動揺した気配はない。


「やっぱり、そう言う事よねぇ……」


断定はできないが、十中八九そう言う事だろう。


「なんか、とんでもない事を頼まれちゃったのかしら?」

「フレイアちゃんは、落ち着いてますね……」


放心状態から脱却したフィリアが声を掛けてくる。

意識は戻っているようだが、視線はもう黒いゴマのように小さくなってしまったアルバートに釘付けのままだ。

ラージスは未だ呆然としている。


「まあ、アル君結構非常識な事ばっかだったからね。もうそう来たか、くらいにしか」


フレイアとて十分驚いているのだが、勇者の自分より速く走ったり、あの訳の分からないワイバーンのブレスを防ぐような高等な魔法障壁を使ったり、妙に大人びていたり、とか、色々あったせいで少し免疫がついていたのだ。そのお蔭で、フィリアやラージスほど驚かずに済んだのだ。

むしろ、もうなんか一周回って納得できた。


「さて、と。突っ立ってても仕方ないし、取り敢えずヒラル村に戻ろうか。頼まれた事もあるけど、これだけの事だし、村長さんや冒険者ギルドにも報告しなきゃ」


イグルスの王宮に早馬も出してもらわないとね、とざっくりとしたこれからの予定を口に出したフレイアはよし!と気合いを入れた。


「で、でも、大丈夫なんでしょうか……?」


フィリアが若干の怯えを孕んだ声音で問いかけてくる。その視線の先にいるのは、もちろん龍の姉妹だ。


そんな事言っちゃ失礼、と言いたいところであったが、この状況だとフィリアの反応の方が正しいので、フレイアは苦笑いを浮かべるしかなかった。

しかし、フレイアは確信を持っていた。


「アル君の妹達だし、大丈夫でしょう。少なくとも、こちらから害そうとしない限りは安全なはずよ」


僅か数時間程度の付き合いではあったが、フレイアはアルバートの人となりを何となく察している。

その彼の妹達だから、悪い娘達ではないと、フレイアは思っていた。


先ほど魔法を撃ちながら耳に挟んだ二人の遣り取りからしても、彼女達はただ兄思いな優しい姉妹なんだと理解している。

それに、創神教の偏った人族至上主義に染まっていない元凡百な庶民のフレイアからしたら、龍と言うだけで理由もなく恐れたり厭ったりすると言う事にはならないのだ。

フレイアは自分の目で見た事、感じた事から自ら物事を判断し、それを信じて生きてきた。だから今回も自らの判断を信じて行動するのみだ。


フレイアは未だ不安そうにしているフィリアに、片目を瞑って見せた。


「大丈夫よ。面倒は私が見るから。安心しなさいな」


そう言うと、フレイアは少し離れたところにいる姉妹に、大股で歩み寄っていくのだった。

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