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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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一方我が家では

「むぅ……レスティアス殿の話からすると、その黒い竜は生半可な者の手には負えませんな」


腕を組み、難しい顔をして唸っているのはイグルス王国の調査派遣部隊隊長のウェルス。彼は昨日の約束通り再び火山の家を訪れていた。

一度目と違い、彼は同行する部下を大幅に減らし、自らを含め僅か五人だ。一度目の混乱を踏まえた結果、部隊の中での生え抜きの四人を連れてきていた。彼もまた騎士の一人。そう何度も見苦しい醜態を晒すわけにはいかないのだ。


対して、長机を挟んで座るのは、褐色の肌に赤銅色の長髪の青年。トレードマークのお花のワッペンのエプロンを纏う、レスティである。

レスティは唸るウェルスに静かに頷いてみせた。


「ええ。奴らは通常の魔物とは一線を画す能力を持っていますからね。いくら練度の高い騎士団や軍隊でも、奴らに敵うかと聞かれると、厳しいと言わざるを得ません。そもそも、攻撃が通るかどうかすら怪しい」


場を重苦しい沈黙が包む。

しかし、ウェルスの部下の一人がはっと顔を上げた。


「大翼騎士団なら、如何でしょうか」

「大翼騎士団……大鷲の魔物、白翼鷲(フリューゲル)を駆るイグルス王国の象徴とも言える騎士団でしたね」


部下の青年は頷く。


「はい。彼らならば、如何なる強力な怪物でも、打ち破ってみせるでしょう!」


青年の口調からは、大翼騎士団への憧れと、自国の最有力戦力に対する強い自信が感じられた。

レスティは少し思案したが、やがて口を開く。


「奴らの力量は元になる素体によって変動するので、確かな事は言えませんが……やはり勝率はあまり芳しくないものかと」


青年は愕然として「そんな馬鹿な……」と呟く。


「件の黒い竜の素体はお話から推測するに、中級下位から中位の飛竜(ワイバーン)。完全侵蝕後であれば、上級下位程度の実力はあるでしょうね。その特性も合わせれば、危険度は更に跳ね上がる。対してフリューゲルは中級下位から中位の魔物。それに乗る騎士も合わせ、数で攻めれば押し切る事は可能かもしれません」

「じゃ、じゃあ!」


喜色を浮かべた青年。

だがレスティは「けれど」と話を続ける。


「騎士団の損害は大きいでしょうね。良くて半壊、悪くてほぼ全壊、あるいは壊滅と言ったところでしょうか」


レスティは腕を組み、調査派遣部隊の五人を見据えた。


「現実は物語のように魔物を倒して万事解決とはいきません。いくら魔物を倒せたとしても、国の主力が大損害を負ったのでは意味がない。もし壊滅なんてしたら目も当てられません。事を終えても、物語の主人公と違い我々には『後』がある。……それに、人間の敵は魔物だけではないでしょう」


レスティの言葉の意味を察したウェルスは表情を硬くする。部下の四人は意図が分からず困惑しているようだが。


「貴方方イグルス王国が敵対しているレニアス帝国はとても好戦的で、貪欲だ。主戦力を大幅に欠くなんて大きな隙を見逃すような連中ではないでしょう。魔物は倒せども、今度は同じ人間に襲われ、その波に呑まれてしまうでしょう。あの国は、数だけは多いですからね」


ウェルスの四人の部下は、あっと声を上げ、顔を青くした。


レニアス帝国。


昔から周辺国と戦い、併呑を繰り返して勢力を伸ばしてきたこの国は、大陸東南のイグルス王国の国境に接する国を呑み込んでから、何度か戦を起こしていた。


しかし、ここ最近は戦いも落ち着いてきている。

と言うのも、大陸全土の掌握を目論む帝国に他の国々は危機感を覚え、もれなく敵対。四面楚歌の状態に陥った帝国は軍をどれか一つの国に集中させて自国の守りを薄くさせるわけにもいかず、やむなく表沙汰な軍事行動を控えるように。

他の国々も広大な領地とそれに見合う大量の軍と兵を持つ帝国においそれと攻め込むわけにもいかず、攻めあぐねている。

結果、どこの国も動くに動けず、睨み合いの停戦状態に陥っていた。

この膠着状態の裏では各国が奸計を巡らせ暗躍しているようだが、ここ数年、大きな戦争は起こっていない。


だが、イグルスの大翼騎士団が動けなくなったら。その好機を見逃さない帝国はすぐに戦端を開くだろう。そして、現状の危うい均衡は破れれば、やがては大陸内での大規模な戦争にまで発展する恐れがある。

魔国、それに獣国とも敵対している人国は、それらに隙を見せるわけにはいかない。人族内で内乱を起こし、弱ったところを突かれればひとたまりもない。魔族に獣人。どちらも精強で、一対一ではまともに戦えすらしない彼らと対等に渡り合ってきたのは、一重に人族の数の多さと統制によるものだ。数を減らし、戦後間もなく混乱した状態では、彼らに踏み潰されるだけだ。

各国としても、そんなことは望む事ではない。


なら一致団結して立ち向かえばいいじゃないかと思うのだが、そうもいかないのが人族と言う生き物である。

『人族は欲が深い』

それで万事において説明はつく。


そんな色々際どい国家情勢の中で、進んで戦を起こそうとするレニアス帝国はとんでもない迷惑者なのである。

まあ、欲求の集合体である上位聖職者の坩堝(るつぼ)であるルヴェリア法国や戦闘馬鹿(バトルジャンキー)の集まったギリア王国、身内で小競り合いばかりしているリアト連合王国など、どの国も何かしら問題はあるのだが。

そんな中で比較的平和主義なイグルス王国は一番まともな国なのである。


東の方には倭ノ國と言う小さな島国があるが、閉鎖的な国なのでその全容はあまり分かっていない。


ともかく。

大陸内だけでなく異種族との対立が続く中、無闇に争いを起こすのは非常に望ましくないのである。


そう言うわけで、先々の事を考えると、確たる勝算もない魔物との戦いに国の保有する最高戦力を投入するのは下策なのだ。


「では、どうすれば……」


だからと言ってあの魔物を放っておけば、被害は甚大なものとなるだろう。それこそ、国力が弱るほどに。


「そう心配せずとも、この国には冒険者達がいるでしょう」


冒険者。通称、国を架ける便利屋。

冒険者組合、所謂ギルドと呼ばれる機関は、各国各都市各町村に点在し、各国の間に結ばれた協定により、国境を越える条件が普通の商人などと比べ遥かに緩和される。都市へ入るための関税など、完全にパスする事ができる。

故に国を越えて一時的な戦力として様々な問題や事件に充てる事ができる。

それ故に、各国で重宝されているのだ。


そして、ギルドは完全に独立していて、王命すら跳ね除ける事ができる。

これはギルドがどこかの国に傾倒しないために必要な措置だった。


「人と戦うのは軍の仕事、魔物と戦うのは冒険者の仕事ですよ」

「しかし……我が国の大翼騎士団にすら勝てるか危ういような相手に、冒険者が敵うものなのでしょうか?」


依然として暗い顔のままの青年が問う。

青年の口調からは、冒険者達を蔑んだり軽んずるような気配はない。単純に不安に思っているだけのようだ。

まあ、確かにそれは当然の疑問だろう。


だが、冒険者の実力はピンからキリまである。


「確かに、低級の有象無象では歯が立たないどころか蹂躙されるだけでしょうね。しかし、一部の本当の実力者ならば、あの魔物を倒し得るかもしれませんよ。『閃剣』や『魔弾』、『獄炎』など、見どころのある冒険者はそれなりに多いとうちの家主は言っていましたよ」

「家主殿と言えば……『緋炎の龍』でしたな。そのような大物が仰るのでしたら間違いはないのでしょうが……その情報は一体どこから?古参の『獄炎』などはともかく、『魔弾』などは、近頃頭角を現し始めた新人(ルーキー)ですぞ。いやに耳が早いように思われますが……」


訝しむような表情のウェルスに、レスティは苦笑する。


「いえ、そんなに込み入った事情などはないですよ。家主は冒険者ギルドで働いているのです」


レスティの発言に、調査派遣部隊の面々が一様に唖然とした表情を浮かべる。


「さ、左様ですか。正直、驚きですな」

「年甲斐もなく、受付嬢などをやっているそうですよ」


連投されるレスティの爆弾発言にウェルス達の表情が引き攣る。

彼らは今、何を想像しているのだろうか。


レスティは若干弛緩した雰囲気を払うように一度咳払いをした。


「まあ、冒険者には猛者が沢山いますし、緊急依頼として依頼を出せば、割合すぐに解決するかもしれませんよ。それに加えて、最近新たな勇者が誕生したと聞き及んでいます。身内の言によれば実力は確かなようですし、彼らにも期待できるのではないでしょうか」

「おお、勇者殿には国から討伐依頼を出して、現地に向かってもらっていると王が仰っておられました」

「ほう。しかしそうなると、何故こちらにいらしたのです?」


首を捻るレスティに、今度はウェルスが苦笑してみせる。


「勇者と言えど一人の人間。しかもまだ十代ですからな。実力もあり仲間がいるとは言え、あまり無理をさせないためにも、ある程度敵の情報は集めておきたいところですからな」

「成る程。確かに、この場で私が話した情報は有益に活用できるでしょうね」

「ええ、大変参考になりましたとも。勇者御一行は本日はヒラル川近辺のヒラル村に一泊滞在するとの事ですので、この場で得た情報は夕刻に使いを走らせて届ける予定です」


ヒラル川、と聞いてレスティの眉が僅かに上がった。


「ヒラル川ですか」

「何か?」


意外なところに反応したレスティに、ウェルスは疑問符を浮かべる。


「いえ、今朝家主の息子達がヒラル川の釣り大会に行ったんですよ」

「ほう?ならば勇者殿と鉢合わせるかもしれませんな」

「そうですね。誤って討伐されなければ良いのですが」


レスティの冗談に、ウェルスはくっくっと笑った。

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