表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
20/33

ギャップ勇者と大神官の心労

「女勇者……」


俺が呆然と呟くと、女勇者はやや不機嫌そうに目を据わらせた。


「何?女勇者って。女が勇者じゃいけないの?」


俺は慌てて首を振る。


「いや、別に嫌味とかそう言う意味で言った訳じゃ……確かに珍しいとは思ったけどさ」


俺は正直に心情を述べる。

女勇者はしばらく半眼で睨んできたが、やがて「ぷっ!」と吹き出した。

そしてそのままクスクス笑う。

唐突な変化に、俺がぽかんとしてしまう。


「ぷくくく……ああ、ごめんなさい。ちょっと君くらいの歳の子の反応にしては面白くて、つい」


にへっと笑う女勇者を見て、俺は自分がからかわれていた事を悟った。


それにしても、目の前の女勇者は本当に美人だ。

どことなく怜悧な見た目から冷たそうな雰囲気を感じるが、中身は全然そんな事はないらしい。むしろ、愛嬌のある可愛らしい女性(ひと)なのかもしれない。

先ほどの飾る事のない自然な笑顔と言い、見た目に騙された並の男ならそれだけで陥落してしまいそうだ。

母さんやローザ達みたいな美人に囲まれて育ってある程度美人耐性は付いていると自負している俺でさえも、一瞬ドキリとしてしまった。


内心のそんな感情の起伏などおくびにも出さない俺は、一応、呼び方の事は気にしてないのかと聞く。

すると、女勇者は手を振って答えた。


「そんな事ぜーんぜん気にしてないわよ。大概の人は大体勇者様勇者様って「様」付けして呼んでくるから、むしろ新鮮だったわ。そんな事でいちいち気を悪くするほどお高く止まってないわよ」


俺は思わずほっと胸を撫で下ろす。

女性の機嫌を悪くさせるとどうなるか、女系家族の中で暮らしている俺は、その面倒くささとか、精神に掛かる心労など今までにも多く体験して知っているのだ。


「まあでも、私は女勇者って名前じゃないんだけどね。フレイアよ。出自が市井だから名字は無いわ。君は?」


俺が心の中で安堵のため息を吐いていると、女勇者が軽く自己紹介をしてきた。

何故名乗るのかよく分からなかったが、名乗られたからにはこちらも名乗り返すのが礼儀と言うものだろう。


「アルバートだ」


と、一言だけ返す。


人間の中で名字を持つのは貴族とか位の高い者達だけで、一般市民には名字は無い。

俺にはエルクリア姓があるが、人間と龍の名字では意味合いが違うので、変な誤解をされない為にも基本的に無姓だと偽るようにしている。


俺の『龍の慧眼』みたいな鑑定スキルを持っている者がいてステータスを見られれば即バレるが、今の所そんな奴には出会っていない。

目の前の女勇者改めフレイアも、特に疑う素振りも見せず「へ〜、アルバート君って言うんだ〜」とニコニコしている。


少しフレイアには興味があったが、変に付き合って龍だとバレると討伐されかねないので、颯爽とその場を離れようとする。

が、俺が行動する前に、何故か「よろしくね!」と言われた。

一体何をよろしくされたのか分からず戸惑っていると、フレイアはそんな俺を見て不思議そうに首を傾げる。


「釣りのコツとか、教えてくれるって言ったじゃない。忘れたの?」


呆れたように言うフレイアの言葉に、俺はそう言えばそんな遣り取りもあったっけなと思い出す。

フレイアの正体を知った衝撃でド忘れしていたが、直前にそんな会話はあった気がする。

俺は明確な答えは出していなかった筈だが、彼女の中では既に決定事項らしい。


俺は少し迷ったが、彼女の瞳を見て、「ああ、これは俺の意思とか関係無いな……」と悟る。

フレイアの瞳はどこか獲物を狙う肉食獣を思わせた。

母さんと同じタイプの人だこの人。


俺は思わずため息を吐いた。


「あー、そう言えばそうだったね。でも、ホントに大した事は教えられないよ?」


俺が一応確認しておく。

ちょっと慣れたとは言え、俺は今日やり始めたばかりだ。ひよっこもいいところだ。

もうちょっと経験がある人に聞いた方がいいんじゃないか、と言う意味合いも込めた言葉だったが、フレイアは軽く頷く。


「うん、別にいいよー」


軽いな、とは思いつつも、別にそんな食に切羽詰まってるとかそうゆう訳じゃないのかなと思い直す。

勇者だし、食糧を買うお金は潤沢にあるんだろう。

ここに立ち寄ったのは暇潰しか何かなのだろう。


となれば、俺も気負わずに軽く考えても問題は無いであろう。

そう判断し、一度まとめた釣り具を再び広げる。


「えーと、まずは……」


俺は簡単に釣り具の説明を始める。

フレイアは既に知っているだろうに、俺の話をちゃんと聞いている。

そして、すぐに簡易釣り竿を組み終えた。


「さて、まあここまでも、ここからもほぼマニュアル通りなんだが……」


俺はそこでなんだか急に恥ずかしくなり、頬を掻いた。


「えーと、次は、釣り糸を垂らすんだが……」


俺は釣り糸の先を持ち、岩の上からひょいっと竿を振る。

少し引っ張られるような感覚が釣り糸を持つ指に伝わってきて、指を離すと釣り糸は宙を横切り、ちゃぽんと着水する。


「この時に、あまり大振りにしない方が楽だ。釣り糸の先を持って竿をしならせれば、ある程度遠くにも飛ばせる。釣り針が軽いからどうしてもブレてしまうけどね」

「へぇ〜、じゃあ私も……そりゃっ」


俺と同じ動作でフレイアが竿をしならせる。

そして指を離すと、釣り針がひゅっと音を立てて飛翔し、少し遠くに着水する。


「おっ、やった」

「流石勇者。スペック高い」


俺が褒めるとフレイアは「へへっ」と照れ臭そうに笑って鼻の下を指で擦った。

少年か。


「で、この後どうすんの?」

「どうするって、ひたすら待つんだよ」

「え?」


フレイアはキョトンと目を丸くした。



◆◇◆◇◆



一方その頃、ヒラル川上流の名も無い滝壺では。


深い滝壺の前で、十数人の人がまばらに滝壺を囲んでいた。

間隔を置いて微妙に開く距離感から、それぞれのグループに分かれているのではと推測できる。


そしてその滝壺には、少し不穏な雰囲気が蔓延していた。



◆◇◆◇◆



「ああ〜クソッ、いつまで引き篭もってやがるんだ!」


ドドドドド……と轟音が流れる中、苛立ったような男の声が上がる。

その発言は、この場の全員の気持ちを代弁していた。


数時間前、この滝壺に棲み着いた大型の魔物、通称ヌシを倒すべく、十四人の人間が集まった。


十四人は、それぞれ五つのグループに分かれていた。


一つ目は、大柄で粗野な雰囲気の傭兵の男達三人のグループ。罵声を上げたのは、グループのリーダーのスキンヘッドの男だ。


二つ目は、腰に剣を差した亜麻色の髪の若い男剣士、紺色のローブに長杖(スタッフ)を携えた女魔術師。そして小柄な猫人の少年の冒険者グループ。


三つ目は、見目麗しい騎士と思しき美青年四人組。リーダーの金髪に、黒髪、茶髪、灰髪と、なかなかカラフルな頭をしている。

全員目鼻立ちが整っているため、若干のハリボテ感は否めないが……。


四つ目は、壮年の神官らしき白髪の男と、純白のローブを身に纏った小柄な巻き毛の少女の二人組。


最後の五つ目は、見るからにか弱そうな、燃えるように鮮やかな赤髪の幼女の二人組。

二人は姉妹らしく、ショートボブの、猫の耳のように跳ねたくせっ毛が特徴の方が妹、さらっとしたロングヘアの方が姉のようだ。


最初は全員、魔物がどんなやつなのかとか、誰が先に倒すとか、優勝賞品がどうのとか、ちょっとした小競り合いをしつつも互いに隙なく身構えて魔物を狩ろうと意気込んでいた。

が、一番初めに魔物が現れ、ちょっとした攻撃を仕掛けると、びっくりしたのか、滝壺に潜ってしまった。

その時は、皆魔物を臆病者だとか何とか言って楽観的な態度を取っていた。


しかし、魔物はそれ以降出てくる気配が無い。

かれこれもう数時間は待ち惚けている。


もはや彼らの集中力は霧散し、いつまでも滝壺に引き篭もっている魔物への苛立ちばかりが増していった。


「はあ、どうするか……」


亜麻髪の剣士の男が呟く。

それに過敏に反応したのが隣にいた女魔術師だ。


「どうするって……ちょっと、帰るなんて言いださないわよね?嫌よ、これだけ待ったのに何も成果無しですごすご引き返すなんて!」

「いや、でもなぁ……」


亜麻髪の剣士の方はいつまでたっても現れない魔物に、痺れを切らしたと言うか、もはや諦めているようにも見える。

だが、女魔術師はそんな亜麻髪の剣士に、己の癇癪をぶつけた。


「でもじゃないわよ!そもそもここに来たいって言ったのアンタでしょ!参加料の銀貨だって貧乏な私達にとって馬鹿にならないのよ!それを事の発起人が今更帰るですって……?舐めた事言ってんじゃないわよ!アンタ人生馬鹿にしてんの!?」

「うっ……ぐ……」


言葉に詰まる亜麻髪の剣士。

女魔術師は感情的に怒鳴り散らしてはいるが、それでも言っている事の内容が正論で、亜麻髪の剣士もぐうの音も出ないようだった。


「も、もう二人共〜、こんなところで喧嘩しないでよ〜」


茶色い毛並みの猫人の少年が二人の仲裁に入るが、イライラが爆発した女魔術師は止まらない。

最初こそ今回の件に関わる事柄で亜麻髪の剣士を責め立てていたが、ネタが無くなったのか、やがて日常で不満に思っている事をぶつけ始めた。

中には、「アンタはナニが小さ過ぎる」とか、「いい加減寝言で「ママ……」とか呟きながら抱きついてくるな」とか、かなりどうでもいいが亜麻髪の剣士にとっては大規模魔法級の爆弾発言もあった。

特に寝言の件は亜麻髪の剣士にも衝撃だったのか、呆然としていた。


やがて、女魔術師の無尽蔵の悪口雑言に耐えかねた亜麻髪の剣士は、涙目になりながら「そんなの今関係ないだろ!」と悲鳴を上げた。

その時、


「うるせぇぞテメェら!」


亜麻髪の剣士と女魔術師の口喧嘩のあまりの騒音に耐えかねた傭兵のスキンヘッドの男が怒鳴り声を上げた。

途端に静まり返る空気。

女魔術師も、亜麻髪の剣士の鳩尾(みぞおち)に膝蹴りをかました状態でスキンヘッドの男に視線を向けた。


「さっきから黙ってりゃあギャアギャアギャアギャアと、(やかま)しいんだよ!黙れ!もしくは他所でやれ!」


至極真っ当なクレームである。

だが、言っているのはスキンヘッドに強面のワイルドな雰囲気の男。

どうしてもチンピラもしくはその手の人に見えてしまう。

仲間の二人も同じく強面で、スキンヘッドの男と共に亜麻髪の剣士と女魔術師にメンチ切っているので更にチンピラ臭が漂う。


亜麻髪の剣士と猫人の少年がさあっと青褪める。

まあ、普通は強面三人に睨まれたらビビる。

が、女魔術師は違った。


傭兵の男達以上に恐ろしい気迫のこもった視線で男達を睨みつけると、亜麻髪の剣士をどさっと無造作に落とし、ゆらりと立ち上がる。


「今取り込み中なの。横から入ってこないでもらえる?」


ドスの効いた低い声に男達は若干怯むが、すぐに持ち直して食いかかる。


「あのな、俺達はいくらテメェらが喧嘩しようがどうだっていいんだよ。だがよ、ここですんなや!うるせんだよ!もう一度言う。他所でやれ!」


スキンヘッドの男の言葉に、他の二人も「そうだそうだ!」と声を上げる。

小物臭がとてつもない。


対する女魔術師は、そんな男達を睨みつけながら、心底鬱陶しそうに舌打ちをする。


「るっせぇな、このハゲ」


何気なく発した女魔術師のこの言葉がスキンヘッドの男の琴線に触れたのか、男は一気につるっとした頭を真っ赤にして怒鳴る。


「誰がハゲだ!これはハゲじゃねぇ、スキンヘッドだ!そう言うヘアスタイルなんだよ!ハゲじゃねぇ!断じて違う!」


憤る男を、女魔術師は「ハッ」と鼻で笑った。


「ヘアスタイルぅ?それを語るんならまず髪の毛(ヘア)を用意してから来なさいよ。ま、毛根全部死滅してんのかもしれないけどね」


冷笑を浮かべる女魔術師に、スキンヘッドの男は赤く上気している頭を更に赤くした。


「テメェ!ふざけてんじゃねぇぞ!」


激昂した男は女魔術師に掴み掛からんと迫る。

だが、女魔術師はそれをひょいと避け、手に持った長杖を男の顔面にめり込ませた。


「汚い手で触ろうとしないでくれる〜?菌が移っちゃうじゃない」


まるで小学生のような事を言う女魔術師に、スキンヘッドの男は鼻頭を押さえながら「テメェ!」と怒鳴る。


その様子を間近で見ている、亜麻髪の剣士と猫人の少年は、互いに肩を抱いてカタカタと震えていた。


再びスキンヘッドの男が女魔術師に飛び掛かり、女魔術師が身構えた、その時。


「それまでだ」


二人の間に、一人の人物が割り込んだ。

あの白髪の神官だ。


突然乱入してきた闖入者に、スキンヘッドの男は何とか踏み止まり、女魔術師は冷めた目で神官を見据えた。


「なぁに神官さん。今ちょっと取り込んでるんだけど」


隙なく身構える女魔術師に、神官はため息をついた。


「いい加減にしろ。お前達は一体ここに何をしに来た?喧嘩なら他所でやれ」


奇しくも、先ほど自分が言い放った言葉を言われ、スキンヘッドの男は顔を顰めた。


神官は、次いで女魔術師を厳しく見据えた。


「それとお主、先ほどから言葉が過ぎるぞ。口を慎め」

「別に貴方に関係ないでしょう」


ムッとした様子で女魔術師が言う。


「今この場で直接私に関係がなくとも、お主のような者がいる限り冒険者は荒くれ者と決めつけられ、それが回り回って私にも影響を及ぼす。よって厳密には私は私が冒険者である限り無関係ではない」

「ハッ、随分と回りくどい関係ね。もし私が冒険者全体に何かしら悪影響を与えても、それが降りかかる前に貴方は死んでしまうのではないかしら?」


神官に対しての仲間のとんでもない失言に、亜麻髪の剣士の顔色が真っ白になる。


しかし、尚もごちゃごちゃと罵詈雑言を並べる女魔術師が、突然ふらっとよろけたかと思うと、そのまま地面に倒れ込んだ。

慌てて受け止める亜麻髪の剣士。

亜麻髪の剣士達が訳も分からず混乱している中、スキンヘッドの男が口を開く。


「眠りの魔法か?」


若干畏れのこもった声音で言う男に、神官は「ほう」と片眉を上げた。


「よく分かったな」

「昔から、少し魔力に敏感な体質でな。その女、ただ眠っているだけみたいだからな……それにしても、無詠唱か、凄まじいな」


自分の魔法を見抜く者がいた事が嬉しいのか、神官は上機嫌に首を横に振った。


「いやいや、別にそこまで大した事ではない。昔、私が下っ端だった頃、教会によく不眠症の老人達が来てな、彼らに魔法を施してやっている内に、いつの間にか熟達していた。言わば年の功と言ったところかね」


謙遜する神官に、スキンヘッドの男は「それでも十分すげぇよ」と苦笑いを浮かべた。


「それにしても、お主も災難だったな。髪の事は……まあ、人それぞれだ。あまり気にするな」

「……おう」


神官は髪の毛の話を持ち出した途端にあからさまに落ち込む男の肩を叩いてやり、亜麻髪の剣士と、彼の腕の中で寝息を立てている女魔術師に目を向けた。


「あ、あのっ、神官様、仲間が大変無礼をしてしまい、申し訳ありませんでした!」

「申し訳ありませんでした!」


神官の視線を感じると同時に、平謝りし出す亜麻髪の剣士と猫人の少年。

神官は何だか剣士達が哀れに思えてきて、つい「気にするな」と言ってしまった。


「お主らが悪い訳ではない。その女子(おなご)が暴走した結果だ」

「しかし……」

「だからと言って、全く責任が無いという訳でもない。仲間の手綱はしっかりと握ってやらなければ、お主らにも、その女子自身にも災いが降りかかるぞ。昔から口は災いの元、なんて言われているしな」


神官の言葉に、亜麻髪の剣士は「はい!」と元気良く答えた。

猫人の少年もコクコクと頷いている。



◆◇◆◇◆



「では、俺達は拠点の街に帰ります。神官様、傭兵の方々、そして皆様、ご迷惑をお掛けしました」


女魔術師を背負った亜麻髪の剣士が一礼する。

隣では、猫人の少年も「ごめんなさい」と謝っていた。


機嫌を直したらしいスキンヘッドの男は、亜麻髪の剣士に向かって「気にすんな!」と言った。

亜麻髪の剣士は男にもう一度礼をした後、「ありがとうございます」と感謝を述べ、猫人の少年と共に帰路に着いた。


彼らを見送った神官は、振り返ると、その場の全員に声を掛ける。


「皆の者、このままこの場で見張っていても、魔物は怯えて出てこないだろう。だから一度、森に隠れ、油断して浮上してくるのを待つのはどうか」


神官の言葉に、先ほどの出来事には関わってこなかった騎士らしき美男子達が頷いた。


「了解致しました、神官様」


四人を代表して金髪の男が返事をする。

神官は彼らに頷き返すと、傭兵の男達に目を向ける。

すると、男達もすぐに「了解だ」と答えた。


最後に、神官は赤髪の幼い姉妹に目を向ける。


すると、妹の方は不思議そうに首を傾げていたが、姉の方が頷いた。


「了解しました。その作戦でいきましょう」


どうやら妹より姉の方がしっかりしているようだ、と神官は思った。

後に、妹の方が「え〜、まだ待つの〜!?」と不満を漏らしていたが、すぐに姉に「仕方ないでしょう」と窘められていた。



◆◇◆◇◆



各々が森の中に身を隠すべく動き出した中、神官に近寄る小柄な影があった。


最初神官と一緒にいた少女だ。

彼女は今の今まで姿が見えなかったが……。


「あの、ラージス様……」


少女がおずおずと声を掛けると、ラージスと呼ばれた神官が振り返った。


「おお、フィリア。やっと出てきたか」


フィリアと呼ばれた少女は、微笑みを向けてくる神官にいきなり謝った。


「あ、あの、申し訳ありません……」


ぺこりと礼をするフィリアにラージスは苦笑する。


「そうだな。自分の臆病な性格を直したいと言って魔物と戦いに来たのに、当の魔物を見ただけで泡を吹いて気絶し、人同士の諍いが起きただけで森の木の影に隠れてしまうようではな」

「あぅ……」


ラージスはしゅんとなる少女の頭を、ぽんぽんと叩いてやる。


「まあ、対象の魔物と言うのが、予想以上に大きかったと言う事も要因としてはあるがな。あれはリヴァロートルに似ていたが、大きさがふた回りほども違ったからな」


そう、ラージスはフィリアが魔物と戦いたいと言った時、こんな村の側近くの魔物など大したことはないだろうとたかをくくっていたからこそ許可を出したのだ。

だが、いざ来てみて現れたのは、巨大な山椒魚(サンショウウオ)のような魔物、リヴァロートルを更に大きくしたような見た事もない魔物だったのだ。

粘膜に覆われた焦げ茶の肌に、緑色の瞳のリヴァロートルと違い、あの魔物は、漆黒の体皮に、禍々しく光る赤い目をしていた。

ラージスは長く生きてきたが、あんな魔物は見た事も聞いた事もなかった。

大方、特殊進化によって生まれた亜種ではないかと予想しているが、何かそれだけではないのではないかと、そんな予感もする。

何とも気掛かりな問題である。


それと、気掛かりと言えば……。


ラージスは森に入っていく、二人の赤髪の幼い少女に視線を向けた。


何故あのような小さな子供が……。


ラージスが思案に暮れていると、隣から声が掛かる。


「あの、ラージス様……」


フィリアが、どこか不安そうな声でラージスを見上げている。

ラージスは、自分はそんなに厳しい表情をしていただろうか、と自問する。


ラージスが考えていると、更にフィリアが若干怯えたような声を上げた。


「あの、その……ラージス様は……その、あのような小さい女の子がお好きなんですね……」


とんでもない発言に、ラージスの顎が外れた。


「そ、そんな訳あるかっ!!」

「ひいっ!」


自分の薄い胸を隠すように腕を交差させて、ラージスから距離をとるフィリア。


ラージスはそんな怯える少女を見て、暗澹(あんたん)とした気分になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ