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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
19/33

川釣り

さわさわと、風に揺れる木々の葉が擦れて音を立てる。

真夏の刺すような日差しを遮る木々の下には、清流が流れる。僅かに入り込む陽光を反射して、絶えず流れ続ける川面はきらきらと光っている。

静かな空間の中、川のせせらぎが心に安らぎを与える。

時たま、木々の上から小鳥の可愛らしいさえずりも聞こえてくる。


俺は、手に握る釣り竿の先をぼんやりと眺めていた。


すると、竿が僅かに引かれる。

俺は微睡んでいた眼をぱちっと開き、竿を握っている右手に感覚を集中させる。

やがて、くんっと、引っ張られる明確な感覚と共に釣り糸がぴんと張り、竿がしなった。


──食いついた。


俺は右手をひょいっと持ち上げる。

それだけで、俺と獲物の拮抗はいとも容易く破れ、釣り糸に引っ張られた獲物が空中に身を踊らせる。

人の姿を取っていても、腐っても(ドラゴン)。凡庸な人間とは隔絶した筋力を備えているのだ。


俺は釣り糸を咥えたまま岩場に落とされ、未だビチビチと跳ね回っている獲物を眺める。

大き過ぎなく、大人の手の平サイズの身体に、特徴的な口のヒゲ。

眼を引くのは、極彩色の体躯。

見た目はあまり頂けないが、脂の乗ったその身は焼けばふっくらと柔らかく、非常に美味だ。

名を、彩魚と言うこの世界特有の川魚だ。


俺は彩魚を掴むと、口から釣り針を外し、無造作に脇に置いたバケツに放り込んだ。

中には、数匹のお友達(・・・)が泳ぎ回っている。

しばしぐったりしたように浮かんでいた彩魚は、やがて他の彩魚と同じように元気良くバケツの中を泳ぎ始めた。

俺はその様子をぼんやりと眺めていたが、新たに釣り針に餌を付け、竿を振るった。

最早小慣れてきている動作だ。

釣り糸はひゅっと飛翔し、やがて川の流れの比較的緩やかな場所に落ちる。

後は、ただ待つだけだ。


「どぉーしてこんな事になったんだっけ……」


俺はぷかぷか浮かんでいる浮きを眺めながら、そんな事を思う。



◆◇◆◇◆



今朝の事だ。


俺は居間の座布団に腰を下ろし、昨晩の母さんの話を反芻しつつ、何か対策ができないものかと思考を巡らしていた。


王国近辺に突如として出現した黒い龍。

それは、とても国のちょっとした軍なんかではどうにもならないと言う事が分かった。


しかし流石と言うか何と言うか、母さんはその黒い龍の対処法を知っていた。と言うよりは、自ら見つけ出したと言うべきか。

かつて、母さんは同じような相手と対峙した事があったらしい。


だが、その対処法と言うのが、今現在の俺では如何ともし難いものだった。

母さんだからこそできた、荒技、力技と言ったところだろう。


故に、何か別の攻略法がないかと俺は朝っぱらから頭を捻っていたのだ。


喫緊の問題と言う訳ではないし、我が家から母さんが感知できる範囲内にもそれらしい反応は見つけられないらしいので、即遭遇、戦闘とはならないだろう。


だが、こうゆう事に頭を使うのは楽しかったりするのだ。

前世の時にやっていたゲームでも、強力なボスキャラクターを倒す為に色々と試行錯誤を重ねていた時が一番楽しかったと思う。

今のこの感覚は、それと同じような楽しさを俺に思い出させてくれる。

それに加えて、これが電子機器の画面越しでなく、自分が直接、剣や魔法を操って戦うと言うのだから、否が応でも興奮してしまう。

システムに決められた動作ではなく、自分の身体、そして力だから自分の思うがままに操る事ができる。

これで興奮しない者はいないだろう。


と、俺が内心ニマニマしながら術の構成を考えていると……、


ぱたぱたぱたと、軽快な足音が聞こえたかと思うと、廊下と居間を隔てるドアがバッと開く。

現れたのは、ボサボサの寝癖のまま、何故か瞳を輝かせたクロナ。

クロナはぱたぱたちゃぶ台に駆け寄ると、ちゃぶ台に置いてあった遠距離魔法具発動端末(リモコン)を手に取り、モニターに向けてピッと押した。

途端にホログラムにも似た画面が浮かび上がり、どうでもいいような内容のニュースが居間に流れ始める。


一体何事かと俺が訝しげにクロナを見ていると、クロナはとあるニュースが流れ始めると同時に更に瞳を輝かせ、モニターを指差しながら俺の肩をゆっさゆっさ揺らした。


「おにーちゃん!みて!みてあれ!」


瞳を煌めかせながら嬉々としてまくし立てるクロナに若干引きながらも、彼女に言われた通りモニターに目を移す。

するとモニターに映っていたのは……、


『ヒラル川のヌシを釣れ!ヒラル川釣り大会開催中!』


と言うテロップ。そして、妙齢の女性アナウンサーがいかにも楽しげに原稿を読み上げる。


曰く、広大なイグルス王国南部を走るヒラル川、その上流付近の滝壺で大型の魔物と思しき魚影が発見されたんだそうだ。

大型とは言え水棲の魔物ならば直接の害はない。だが、放っておいて特殊な進化をされて陸に上がられては面倒だから、今のうちに討伐してしまおう!

でも、わざわざ不確定な可能性を潰す為だけに大金を払って大型魔物を狩れるような冒険者を雇うのは嫌だなぁ。

あ、そうだ!この魔物をヒラル川のヌシとして、釣り大会を開こう。

それならば、参加料として収益を得られるし、魔物も狩れて一石二鳥!

とは言え、それだけではつまらない。

この時期は川魚もよく釣れるし、参加者は川で無料である程度釣り放題と言う事にしよう。

ヌシを討伐した者の為に賞品も用意して置かなくては。

こうなったら、村総出で大々的な釣り大会を開こうではないか!者共、各自準備をしろー!王都や近隣の町村に使いを送れー!

…………

……


こんな具合だそうだ。


食いしん坊のクロナが食いつきそうなイベントだなぁ。

実際、食いついてるし。


ニュースが流れている最中にも、クロナはモニターをジッと凝視して、瞳を爛々と輝かせながら涎を垂らしていた。


そっとちゃぶ台に垂れた涎とクロナの口元を布巾で拭う。


「……行きたいのか?」


俺がそう聞くと、クロナは首を千切れんばかりに振って肯定を示した。

もしクロナが元の姿だったなら、きっと尻尾もぶんぶん振っていたのだろうな。

俺は笑みを浮かべ、クロナの頭を撫でた。


「母さんに相談してみるよ」




結局、母さんの許可は下り、遅れてやってきたローザも巻き込んで、俺達兄妹はヒラル川へ向かう事になった。


母さんは今日も街に働きに出る為、後に訪れるであろうウェルス隊長率いる調査派遣部隊への事情説明及び警告は、レスティに任される事になった。


何だかレスティ一人に全部押し付けたように感じて、俺が申し訳なく感じていると、レスティは笑って「楽しんでこい」と言った。

非常に男前だ。


礼と言ってはなんだが、俺は夕食用に大量の魚を持ち帰る事を約束した。


斯くして、適当に準備を済ませた俺達は、ヒラル川に向かった。


我が家であるレスティアス火山からヒラル川までは馬車ならば数日掛かるだろうが、龍である俺達なら文字通りひとっ飛びだ。

僅か数時間でヒラル川の大会会場に辿り着いた俺達は、微妙に高い参加料と釣竿のレンタル代と餌代を払い、ごろごろと岩が転がる渓流へ足を運んだ。


その後、ヌシを狙うクロナとローザは上流の滝壺へ向かい、俺は適当な岩場に腰を下ろし、竿を振った。



◆◇◆◇◆



俺は胡座をかき、頬杖をつきながら絶えず揺らめく川面を眺めている。

先ほどヒットしてから、かれこれ数十分は音沙汰がない。

その間、俺が微動だにしなかった為か、俺の頭には小鳥が止まってきていた。

時々思い出したようにさえずるが、何故か飛び立たずに俺の頭頂部に鎮座し続けている。

だからと言って俺から何か動く気にもなれず、小鳥と共にぼんやりと川面を眺め続けているのだ。


川の水は透き通り、浅いところなら水底まで容易く覗ける。

時たま何尾か魚がじゃれ合うようにしながら視界を通り過ぎて行く。


時折、上流の方から僅かに振動が伝わってくる。

きっとクロナ達がヌシと拳を交えているのだろう。

一応、大型の魔物らしいが、最近出現したばかりのひよっこならば、クロナ達が遅れをとる事はまずない。


だから、俺は安心して釣り糸を垂らし続けた。



◆◇◆◇◆



それからまたしばらくして。


何の当たりもないまま、俺がうつらうつらと船を漕いでいると、突然頭の上の小鳥が飛び立った。


突然の事に、俺は僅かに驚いた。

今し方彼(彼女?)が蹲っていた頭頂部はまだ温もりをもっているが、若干軽くなった頭に、俺は少し物寂しさを感じた。


俺がジジ臭い感傷に耽っていると、俺の隣にふと影が差す。

先ほどから、人が一人こちらに近付いてくる気配には勘づいていた。小鳥が飛び立ったのは、この人物のせいなのだろう。


「この辺、釣れますか?」


声を掛けられる。女性の声だった。


「さあ。最初は良かったんだけどね。今はもうさっぱりだよ」

「ふぅん」


俺はずっと保っていた姿勢を崩し、強張った身体をうーんと伸ばす。

欠伸も出た。


「ここで釣りたいんなら、譲るよ」


俺は立ち上がりながら女性に向かって言う。

女性は少し迷ったようだったが、やがて首を縦に振った。


「ええ、お言葉に甘えさせて貰うわ。……でも、その前に釣りのコツとかそうゆうの、教えて貰えないかしら?」

「別にいいけど、連れはいないの?」


釣り糸を巻き戻しながら聞く。

背後で女性が苦笑する気配。


「いるのだけれど……二人共ヌシの方に行っちゃったわ」

「そうか、うちもそうだ」

「あら、奇遇ね。私達、お互い残り物って事かしら?」


茶化すように笑う女性に、俺は苦笑を返す。

この時、俺は初めて女性に目を向けた。


女性は、思わずはっとするような美人だった。

僅かに差し込む陽の光を受けて煌めく金色の長髪に、透き通るような白い肌。

額には白いカチューシャ。

少し吊り上がった双眸は勝ち気な雰囲気を感じさせる。瞳の色はサファイアブルー。

整然とした面立ちには、まだ僅かにあどけなさが残っているように見える。

袖なしの真っ赤なコートを纏った少女が、少し高い視線で俺を見下ろしていた。

年の頃は十七から十九くらいだろうか。何となく成人はしていないように思えた。

……まあ、この世界の成人はもっと早いのだろうが。


だが、俺は目の前の少女に、どこか既視感を覚えた。間違いなく初対面の筈なのに。


俺は失礼と分かってはいるが、少女の顔をまじまじと見つめる。

少女は怪訝そうに首を傾げる。


うーん。

どう見ても美少女だな。

こんな娘、一度見たら忘れなさそうだけど……。


うーん……?


どうしても既視感を覚える。

いつ、どこで?

そんなに昔の事ではない気がする。


少女の顔を見つめていた俺の視線は少しずつ下がって行き、少女の豊かな胸の辺りで一瞬止まり、更に下がって、少女が腰に下げている剣を見て固まった。


あれ……この剣……。


その瞬間、俺は全てを思い出した。


目の前の少女が誰なのか理解した。

でも、何故、こんな場所に?


俺は内心酷く戸惑いながら、再び少女の顔を見上げた。



「女勇者……」

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