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仔龍の轍  作者: ぱんつ犬の飼い主
第一章 守護の騎士
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魔素

食事を終え、クロナとローザは風呂へ向かった。俺は特にする事も無いので、取り敢えず自室に戻ろうと廊下へと足を向けると、


「待て、アル」


皿洗いを終えたらしいレスティから声を掛けられた。俺が振り返り何か用?と首を傾げると、レスティは呆れたような視線を向けてきた。


「まさか、忘れたのか?スカーレットが帰って来てから話をすると言っただろう。……そもそも、聞いてきたのはお前だぞ」

「え?……あっ」


俺は一瞬怪訝な表情を浮かべるが、すぐに調査派遣部隊の面々が帰った直後のレスティとの遣り取りを思い出す。

そう言えばそうだった。

俺が調査派遣部隊の隊長の話について、レスティが知っている事を教えて貰おうとして、母さんが帰って来てからと言われたのだった。


苦笑を浮かべるレスティは座布団に座り、俺にも席を進めてきた。

ちゃぶ台にはいつの間にか熱いお茶が。

レスティの隣では母さんが正座してお茶を啜っている。

俺はレスティと母さんの対面に腰を下ろした。


「さて、かの隊長殿の話についてだが、あの時にも言った通り、俺よりもスカーレットの方が詳しいからな。俺も横から聞いて見識を深めようと思う」


レスティはそう言うと母さんに視線を送る。母さんは湯呑みを置くと、レスティの視線に頷きで返した。


「ええ、分かったわ。……まさか、この話をこんなに早く貴方にする事になるなんてね」


母さんの言葉に、俺は僅かに引っかかりを覚える。言い方からして、今回の件がなくとも、いつかは話す事だったのか。

俺がそう聞くと、母さんは頷いた。


「そうね、いつかは話さなければいけない事だわ。まだ早いんじゃないかって思わなくもないけれど……早めに知っておいても損はないしね」


母さんは表情に真剣味を帯びさせ、「それに」と続ける。


「今回の黒い龍……もし、貴方達がそれに遭遇してしまった時、知識が無いのは致命的だわ」


致命的って……そんなにやばいやつなのか。


「……まあ、実際に面と向き合わないとアレ(・・)の恐ろしさ、(おぞ)ましさは分からないでしょうね」


俺が渋い顔をしていると、母さんはそんな事を言いながら苦笑いを浮かべる。


「母さんでも恐ろしいって、そんなに強いのか?」


俺が思わず質問すると、母さんは思案顔になりうーんと唸る。


「モノにもよるけれど……実力的にはそうそう負ける事はないでしょうね。でも、そう言う問題じゃないのよ。アレの存在自体が、私にとっては嫌悪の対象でしかないわ」


最後の方は吐き捨てるように言う母さんに俺が怯むと、母さんはそれに気付いて「あはは……」と申し訳なさそうに笑った。次いで、場を取りなすように一つ咳払いをする。


「……ところで、アルは魔力がどこから来るか、知ってる?」

「え?」


突然の質問に、俺は面食らった。

しかし、困惑しながらも頭を働かせ、答える。


「魔力って、魔法を使う時に使う魔力だよな?それは普通に空気中にあるんじゃ……」


魔力とは、魔法を使う際などに消費されるエネルギーの事で、体内の魔力保有量は『MP(マジックポイント)』と表示される。

(スラッシュ)で分かたれた二つの数値の内、右が総魔力保有量、つまりは、その者個人が体内に溜める事のできる魔力の限界値と言う事だ。

そして左が現存魔力保有量。名の通り、その時に体内にある魔力の量が記されている。魔法を使うと、この数値が減る。つまり、魔法を使う際に魔力を消費したと言う証左であると言えるだろう。

まあ、それはステータスの表記を信じると言う事が前提条件となるが。


とにかく、魔法を使えば、その魔法により体内の魔力が消費される。その事は確かだろう。魔法を使い過ぎて魔力が枯渇すると、妙な倦怠感や吐き気に襲われる。その事はもう経験済みだ。

魔法を習い始めた当初、調子に乗って使い過ぎて兄妹三人揃って卒倒したのはいい思い出だろう。


それはともかくとして。

魔法を使えば魔力が体内からなくなる。が、いつまでもそのままと言う訳ではない。

例え魔力の枯渇でぶっ倒れても、しばらく休めばある程度回復する。一日も休めば全快する事だろう。ステータスを見ても、時を置く事で魔力が回復している事は確認できる。

世の魔術師に何故そんな現象が起きるかと尋ねれば、体が空気中の魔力を吸収したから、と答えるだろう。

俺もそう思っている。

体内の魔力が枯渇すると、体は魔力を求めて空気の中を浮遊している魔力を吸収する。体内の魔力量が少なければ少ないほど、吸収する速さはそれに比例して早くなる。

何故体がそんなに必死に魔力を求めるか、その詳細は知らないが、魔力が何か体にとって重要な役割を持っているのではないかと俺は考えている。


まあそんな話は置いておいて、母さんの質問に対する答えはこれで合っていると思う。

そもそもこれは母さんが俺に教えた事だし。


だが、何か引っかかるような気がするのは気のせいだろうか。

母さんは、魔力がどこに『あるか』ではなく、どこから『来るか』と聞いた。特に深く考えずに答えたが、ひょっとして俺はとんでもなく見当外れな事を言ったんじゃないか?


俺の感じた僅かな違和感は、次の母さんの言葉……と言うか、質問によって事実であると確証される。


「そうね……少し質問を変えるわ。魔力は、一体どこから生まれる(・・・・)か、分かるかしら?」


やっぱり。

予想通り、俺は正解とは大分かけ離れた事を言っていたらしい。

物凄く恥ずかしいな。

俺は心の中で羞恥に悶えた。


少しして落ち着いたが、だからと言って母さんの質問に対する答えが見つかる訳でもない。

俺は素直に「分からない」と首を横に振った。

すると母さんはでしょうね、と頷く。

分かってるなら聞かないでくれ。

心の中でそう叫ぶが、もちろん口には出さない。これが話の本題に入る前のちょっとした問題提起であると分かっているからだ。

だから、俺は静かに母さんが口を開くのを待った。


「実はね、魔力と言うのは、生き物の心から生まれるのよ」


俺は思わず眉を寄せる。

だが、声は出さずに黙って母さんの話に聞き入る。


「正確には、心と言うよりかは感情と言った方が正しいかしらね。生き物が起こす喜びや悲しみ、怒りと言った情動によって、魔力は生まれるの」


うーん?

いまいち理解ができない。

母さんとしては、子供にも分かるように難しい内容を噛み砕いて言っているのだろうが、精神年齢がすでに二十七歳である俺にとっては要らぬ配慮と言うものだ。


「母さん、もうちょっと、詳しく」


俺がそう言うと、母さんは呆れた表情を浮かべて、


「貴方って……本当に自分の興味がある事はとことん掘り下げようとするわね。……オタク気質なのかしら?」


せめて研究者気質と言って。

好奇心の塊なんですー。


俺がキラキラした目で母さんを見つめると、母さんはうっと言葉に詰まり、やがて諦めたようにため息を吐いた。


「はあ、もう分かったわ……今の話をもうちょっと魔術的に言うと、生き物の強い感情によって、とある粒子が生き物の体内から発生、発散されるの。粒子の名前は魔素(エーテル)。この粒子の存在を知っているのは、世界広しと言えど、そういないでしょうね。多分、両手で事足りるくらいじゃないかしら?」


そう言うと、母さんは両手の指を折り数を数える。


「……うん、私の知っている限りでは、私も含めて五人くらいかしら。今聞いているアルとレスティも合わせて、全部で七人ね」


朗らかに笑う母さん。

まるで何でもない事のように言うが、ひょっとして、俺は今とんでもない事を聞いているんじゃないだろうか。

母さんの隣りのレスティに目を向けると、何とも微妙な表情を浮かべている。


ああ……やっぱり。


俺はレスティと視線を合わせ、互いに苦笑する。

「このことは口外しないように」と、目で訴えかけてくるレスティに頷きを返す。


「で、その魔素(エーテル)は、生き物から発散された後は空気中を彷徨うわ。そして、生き物の中に吸収されると、体内で魔力に変換されるのよ。ちなみに、空気中の魔素(エーテル)が大量に集まり、自我を持ったものが『精霊』になるの。中でも古くから存在する精霊達の長は『精霊王』と呼ばれているわ」

「へえ……」


俺の知らない事実に、思わず感嘆の声が漏れる。


「その精霊王ってのは、どれくらい昔からいたの?」

「うーん、少なくとも私が産まれた時にはいたわね。『原初の精霊』なんて呼ばれてたりもするから、心を持つ生き物が誕生した頃からいたんじゃないかしら」


母さんより年上……だと……?

それは一体どんな次元の話なんだ。


思わず表情が引き攣る。

固まっている俺に、母さんからさらなる爆弾が投下される。


「確かに歳はいってるけど、割と気の良いお爺ちゃんよ?」


知り合いなのかよ!


勇者や魔王の次は精霊王とか。母さんの人脈は一体どうなっているんだ。


ん?

そう言えば、さっきの母さんの話で、ちょっと気になるところがあったんだった。


「ねえ母さん、生き物から発散された魔素(エーテル)がまた生き物に吸収されて魔力になるんだったよね?」

「ええ、そうよ」

「じゃあさ、何で一回出してまた吸収するなんて手間を掛けるのさ?」


何気なく発した質問だったが、母さんは言葉を詰まらせた。


「痛いところを突いてくるわね……」


項垂れるようにして言う母さん。

俺は驚いた。


「母さんでも知らない事あるんだね」


母さんはさもありなんとばかりに頷く。


「そりゃそうよ。私は全知なんかじゃないもの。……ただ、推測なら立ててあるんだけれど」

「どんなの?」

「うーん、多分、魔素(エーテル)は魔力の元ではあるんだろうけど、両者は完全に別物なんじゃないかって思ってるの」

「それで?」


俺は話を促す。


魔素(エーテル)は魔力の役割を果たす事はできない。何らかの条件があるのか、すぐに魔力へと変換する事もできない。だから、体から不要な異物として、一度体外へ吐き出される。けれど、体外へ排出された魔素(エーテル)は、外気の影響か何かで、魔力に変換される条件を満たした状態で、再び生き物に吸収される……こんなところかしらね」

「成る程ね」


母さんの推測は、十分に納得し得るものだった。魔素(エーテル)が魔力に変換されるための条件が何だかは分からないが、大方合っているんじゃないだろうか。


「ま、あくまで推測だし、合ってるかどうかなんて分からないんだけどね。どうしても知りたいのなら、全知全能の神様にでも聞いてみたらどうかしら」


何だか最後の方は大分投げやりな事を言う母さんに、俺は苦笑を返した。


……?

でも、最後の言葉。何だか、どこかの誰かに対する皮肉のように感じられたのは気のせいだろうか。


俺がふと疑問に思っていると、母さんが再び真面目な顔付きに戻る。


「問題は、ここからよ」


ああ、そうだった。

まだ今回の話の本題には入っていないのだった。


俺は、静かに母さんの話に耳を傾けた。

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